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第二十九話「乱入者の迎撃と作戦の成否について」

酒の席でのこと

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 死者は米軍陸海空総勢で五十八名だった。これに対して、アメリカ上層部は「これだけの大規模な作戦で、この程度の犠牲で済んだことが奇跡だ」とコメントし、世間ではこの事に関して軽く物議を醸した。

 しかしそれ以上に、アメリカの一般市民は、自分たちが直接関係無いところで米軍が納めた勝利とハワイの解放を大いに祝い、喜び、賞賛した。それと同時に、この作戦で帰らぬ人となった米兵に対する同情心と、テロリストに対する憤りも噴出し、世論はテロ撲滅へと傾向していくことになる。

 比乃たちがサンディエゴ基地へと戻り、数日経った雨天の日、死者の葬儀はしめやかに執り行われた。雨がしとしとと降り注ぐ中、殆どの遺体は損壊が激しく、白い布に包まれたまま、棺へと納められた。傘も差さずに式に参列したメイヴィスの心中は、差し迫る物があった。彼女の部下の遺族が誰一人として、彼女を直接責め立てなかったことが、唯一の救いだろうか。

 ***

「かんぱーい!」

 それはサンディエゴにある和風レストランを貸し切って行われた。作戦の成功を祝って、そして散って行った仲間たちを送る為の、ささやかな宴会。

 流石に出席する気にはなれなかったメイヴィスを除いて、作戦に参加した生き残りの陸軍パイロットと、自衛隊のメンバーで行われたそれは、最初こそ暗かった物の、適度にアルコールが回ってくると、次第に明るく騒がしくなっていった。

「それにしても少佐もくればよかったのによ。新しい勲章だって貰ったんだろ?」

「馬鹿、あの人はあの人で責任感じてんだよ」

 陸軍の突入部隊を率い、その半分を失ったメイヴィスに対し、上からの咎めは無かった。むしろ、作戦を成功させたことへの賛辞の言葉が贈られることになった。だが、それが逆に、彼女にとって重石になったことは、言うまでも無い。

「でも少佐がいなかったら、俺達も生きて帰ってこれたかわからないよなぁ」

「ああ、だのに、あんなに一人で責任を背負うことはないってのに」

 そんな会話を横で聞きながら、比乃は酒代わりのオレンジジュースが入ったコップをぐいっと煽った。こう言う時は大人が羨ましい。酒に酔ってしまえれば、自分が抱えている悩みなんて、何処かへ行ってしまうかもしれないのに……大人という生き物は、そうやって辛い毎日を乗り切っているのかもしれない。

 少し離れた所で、米兵と飲み比べ対決をしている宇佐美と、それを止めるべきか悩んでいる安久。こっそり酒に手を伸ばそうとしている心視と志度を遠目に見ながら、テーブルに肘をついて、片手で乱暴に新しいオレンジジュースをコップに注いでいる比乃の後ろから、小さい影が忍び寄って来た。

「ねーせんぱーい。アメリカ陸軍来ましょうよー」

「うわ酒臭っ!  未成年飲酒は日本でもアメリカでもご法度でしょうが!」

「今日は特別だからいいんだって、軍曹たちが言ってたもーん」

 そう言いながら「へへへー」とだらしない笑みを浮かべて、比乃に枝垂れかかるリア。どうにも、先日の決意表明から、リアからの接触してくる機会が増えた気がする。本格的に懐かれたということだろうか。それとも、平気な顔をしていても、やっぱり心細いのかもしれない。

「まったく、これ飲んで落ち着きなよ」

 比乃が注いだオレンジジュースを差し出すと、リアは嬉しそうに顔を弛緩させる。

「へへ、間接キスって奴かな、いいの、いいの?」

「ガキじゃあるまいし、そんなこと気にしないよ。いいから飲みなって」

 それでもぐいと差し出されたそれを受け取り「それじゃあ遠慮無く」と橙色の液体を喉を鳴らしながら一気に飲み干すリア。少し水分を取れば落ち着くかと思われたが、何がそんなに嬉しいのか「えへ、えへへ」と相変わらず、へらへらと笑っている。

 先日、仲間の死に涙を流していた少女と同一人物なのだろうか、比乃は微かな疑念を抱いたが、目の前の少女は確かにリア・ブラッドバーン伍長であった。

「それにしても飲酒だなんて……あの怖い副官さんに見られたら不味いんじゃないの?」

「アッカーさん、向こうで潰れてるからへーきだもーん」

 リアが指差した方を見ると、カウンターにうつ伏せになって肩を上下させ、寝息を立てている副官の姿があった。どうやら酒には弱いらしく、枕代わりの腕の間から見える耳元は真っ赤だった。

「お目付役不在の恐怖……」

「それより先輩、やっぱりアメリカ軍には来てくれないの?  来てくれたら私すっごい嬉しいんだけどなー」

「だから行かないって、前にも言ったでしょうよ。僕は日本の自衛隊が合ってるんだって」

「ええー、それじゃあ、私がそっち行っちゃおうかなー。そしたら、先輩とずっと一緒だもん」

 そんなことを言いながら、どこからか持ってきたアルコール飲料入りのコップに口を付ける彼女に、比乃は呆れたように溜め息を漏らした。

「それで向こうに行ったら、先輩の僚機バディにして貰うんだー、へへ」

「それは……駄目」

「お、心視……も飲んでるねその顔は……まったく最近の女子高生って奴は……」

 いつの間にこっちに来たのか、顔を若干高揚させた心視が、比乃とリアの間に割って入った。リアが「むっ」と不機嫌そうな表情を見せるが、心視は知ったことではないと、無表情でそれを受け止める。

「比乃のパートナーは私……これは誰にも譲らない」

「えー、でも貴女、先輩の後ろにくっついて、大砲をばかすか撃ってるだけじゃない。そんなんだったら、私にだって出来るし、それに別々の機体に乗ってたって先輩の役に立てるよ」

「私以上に、射撃が上手い人なんて……そうは、いない。そっちこそ、戦場で漏らしたぺーぺーの、新人じゃない」

「なっ、そ、それをどこで……?!  せ、先輩、違うからね、あれはちょっと出撃前に水分を摂り過ぎただけで」

 顔を真っ赤にして何事か否定しにかかる彼女を前に、心視が「ふっ」と勝ち誇ったような表情を浮かべる。

「こんな、カマかけに引っかかるなんて……やっぱり比乃のパートナーは務まらない」

「ひ、引っ掛けたわね、この私を!」

 アルコールが回ったのか忿怒のためか顔を真っ赤にしたリアがテーブルを叩いて立ち上がる。それに続いて心視もすっと静かに立ち上がった。二人の剣呑とした雰囲気に、比乃はバレないようにこっそりと席から離れる。

「……やる?」

「じょーとーじゃないのよ!」

 次の瞬間、どっちからともなく相手に掴みかかり、盛大な取っ組み合いを始めた。普通であれば身体能力で有利な心視が圧勝するかと思われたが、酔っているからか、勝負は意外にも拮抗していた。周りにギャラリーとなった米兵が集まり「いけいけー!」「やっちまえリア!」「金髪の嬢ちゃんも負けんなー!」と煽り立て始める。

「なーにやってんだか……」

 それをまた離れた席に座り直した比乃は、止めるのも諦めて新しいコップにオレンジジュースを注いでちびちびと飲み始めたのだった。酔っ払いの相手など、素面でする物ではない。比乃はまた一つ、飲酒について詳しくなった気がした。

 ***

 なんにせよ、ハワイというアキレス腱を取り戻したことで、アメリカは長く続いた西海岸線における攻防戦から解放された。そして次は南部、テロ組織が根深く巣食っている、南アメリカへの派兵を本格的に始めることになる。

 ほぼ内戦と言っていい程にまで広がっている対テロ戦線は、更に拡大の一途を辿ることになるだろう。メイヴィスとその部下たち、それにリアの戦いも、戦場を移して続いていくことになる。

 比乃との別れ際、リアが言った「次に会う時には、もっと強くなるよ。だから、絶対に再会しようね」と言った言葉通り、彼ら彼女らが再び生きて会うことができるかは、彼女の力によるところと、それこそ、神のみぞ知る事だろう。

 アメリカを取り巻く戦火は、未だ、鎮ることを知らない。
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