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第二十六話「上官二人と休暇について」

トラブルメーカー

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 厳選なる話し合いの結果、ぬいぐるみの所有権は比乃が持つということになった。でないと、どちらが貰うかだけで一時間以上浪費しそうだった。仕方なくである。

 欲しくもない所有権と一緒に、その巨大なぬいぐるみを持ち運ぶ羽目になってしまったが、志度と心視に無益な言い争いを続けさせるよりはずっと良い。そう比乃は自分に言い聞かせた。

「それじゃあ結構時間も経ったし、宇佐美さん達の様子見に行こうか」

 脇にぬいぐるみを抱えた比乃が先頭になって、三人は三階のアーケードゲームのコーナーへ向かう。向かった先、ゲームのAMWが置いてある場所は、ちょっとした人集りが出来ていた。誰かと誰かが口論しているようである。というより、片方は思いっきり聞き覚えがある女性の声だった。

 比乃は若干嫌な予感がしたが、無視しておくわけにもいかないので「ちょっとすいません」と断りを入れながら人混みを掻き分けて、その中心に顔を覗かせた。
 そこでは、予想通りの人物と、明らかに初対面の人物三人が、言い争いをしていた。

「だから、ちゃんと名簿に名前書いて並んでたでしょ!  それを集団で横入りしてくるなんてどういう了見?!」

 激怒してボードを指差して抗議する宇佐美と、その隣で事を静観している安久。そして、全体的にこう、残念なビジュアルの、如何にもアンダーなオタクですと身体全体で主張している三人組が、飄々とした態度で宇佐美の訴えに反論していた。

「こ、ここは僕らの縄張りなんだな。余所者が僕らのやり方に物申そうなんて、ひゃ、百年早いんだな」

「拙者達が最優先でAMWを操縦する権利を有しているのござる、そこらの雑兵が口を挟むなど十年早い」

「そうでやんす!  余所者は余所者らしく隅で時代遅れの格ゲーでもやってるがいいでやんす!   我々に口答えなど一年早いでやんす!」

「どんどん期間が短くなってんじゃないのよ!」

 相手の余りな言い草にブチギレ寸前、いつもの刀があればすでに抜刀していそうな剣幕の彼女の肩を、安久が叩いて、落ち着かせようとする。

「宇佐美、言うべき所はそこではない……ではなく、この手の類にマナーやモラルを説いても仕方がない。こいつらの言い分に従うべき点は一つもないが、放って置くべきだ」

「一時間近く並んでたのよ!  それを横入りされるなんて、私のプライドが許さないわ!」

 その手を振り払って、宇佐美が阿修羅のような表情で三人組を睨む。それでもオタク集団は余裕たっぷりの態度で、むしろ煽り立てるようのに続ける。

「ぼ、暴力に訴えようって言うなら僕らにも考えがあるんだな」

「もっとも、通信空手で鍛え上げた拙者の相手になるとは思えんがな」

「店員を呼ぶでやんすよ!  出禁にして貰うでやんす!」

 そう騒ぎ立てる三人組。側から見ていれば、出禁になるのは彼らの方と見て間違いないのだが、何故、そんなに強気なのかが解らない。比乃は後ろで「加勢するか?」とうずうずし始めた志度と心視を片手で制して、近くにいた野次馬の一人に「あの人達何なんです?」と聞いた。

「ああ、あの先頭のデブが、ここの店長の息子なんだよ。少し前から、ここに来てはああやって横入りしたりとやりたい放題。他の連中も迷惑してるんだが、前に抗議した奴がマジで出禁食らっちまってな。それ以来、誰も文句言えないでいたんだよ」

 その人物はここの常連らしく、やけに詳しく比乃に説明してくれた。聞いた比乃は顔を顰めた。かなり質の悪い連中らしい。放置しておく店長も店長だと思うが、息子も息子である。

「絵に描いたような迷惑集団ですね……」

「本当にいい迷惑だよまったく。ゲームでケリつけようって奴もいたんだが、ああ見えてあいつら、ここの常連連中で一番強いんだ。それで尚更、誰も文句がつけられないわけだ。坊主、あのお姉さんの知り合いかい?」

「連れというか保護者です。とりあえず止めに入ろうと思います。志度と心視はちょっと待機で、話が拗れそうだから」

「「えー……」」

 遂に我慢ならんと、先頭のデブなオタクに掴み掛かろうとした宇佐美が、安久に羽交い締めにされて制止させられてるのを見て、比乃は小脇にぬいぐるみを抱えたまま入って行った。このままでは、本当に暴力沙汰になってしまう。

「宇佐美さん、ちょっと落ち着いてくださいよ」

「どいて日比野ちゃんm止めないで剛!  こいつら叩き斬ってやる!」

「得物がないでしょ得物が……えーっと、そこの方々、そちらのマイルールは良く解りませんが、ゲームで決着をつけるのはどうでしょう。ちょうど三人ずつですし、勝った方の言い分を聞くということで」

 突然、間に入って来た中学生に見える相手に、そう提案された三人は一瞬呆気に取られた様子だったが、揃って比乃を鼻で笑った。

「よ、余所者の相手をするほど、僕らは暇じゃないんだな」

「さよう、そこらの雑兵の相手をしたとなっては、我々の格が落ちると言うもの」

「そうでやんす!  チビはさっさと引っ込むでやんす!」

 散々な反応であった。チビとまで言われて比乃は、心の片隅で一瞬だけ取り巻きのひょろ眼鏡に殺意を覚えたが、しかし、あくまで冷静に、どうすれば相手が乗ってくるかを考える。比乃の経験上、この手の輩を乗せるのは案外簡単である。それはつまり、

「へぇ、このゲーセンで強豪って言う割には臆病なんですね。そんな言い訳をして挑戦から逃げるなんて」

 比乃は口角を釣り上げ、嘲るようにそう言うと、三人の余裕ぶった表情がたちまち憤怒の色に変化した。
 こう言う手合いは、簡単な挑発にもすぐに乗る。無駄にプライドが高いので、自分が舐められるという屈辱に耐えられないのだ。それも、相手が中学生くらいのぬいぐるみを抱えた少年となれば、その効果は覿面である。

「そ、そこまで言うならAMWでボコボコにしてやるんだな」

「吐いた唾は飲めんと知れ、小僧」

「そっちが負けたら出禁!  ブラックリスト入りでやんす!」

「それで結構です。それじゃあ宇佐美さん、剛、相手してやろうよ」

 そう言って比乃が振り返ると、羽交い締めにされていた宇佐美がぽかんとした表情で、安久は半分関心したような、半分呆れたような微妙な表情で比乃を見た。

「どうしよう剛、日比野ちゃん、東京に来てやさぐれちゃった……昔はあんなに純朴だったのに」

「むぅ……都会暮らしは少し早かったかもしれんな」

 比乃は思わず、ずっこけそうになった。
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