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第五話「長期的出張と長期的逃亡生活の始まりについて」
獅子身中
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フェリーの中は、ピリピリとした空気が流れていた。
乗客や船員として紛れ込んだ王室派の義勇兵と近衛軍の何人かが、フェリーの中を他の乗客に怪しまれないように巡回しているのだ。
ちょうど今、一般の客とすれ違って会釈した、船員の制服を着た男性、ジョンもその義勇兵の一人であった。
彼の任務は、王女とVIPを拉致しようと付け狙う不逞の輩の排除である。そのため、万が一にでも船内に工作員が紛れ込んでいないかを確認していた。
彼はなんと、王女とその側近である近衛兵とは、この船に乗る前から顔見知りだった。とても光栄な事に、王女殿下に顔と名前を覚えてもらったことがわかって以来、この一ヶ月間、髪型を一切変えないように努力していた。それほどまでに、ジョンの忠誠心は厚かった。
名前を覚えていただけるなど、普通ではありえないことだ。王女はそれほど、自分たち義勇兵を信じてくれているということ。それに尽くす為にも、しっかりと護衛の任を果たさねばなるまい。とジョンは意気込んで姿勢を正した。
そこに、近衛軍の制服を着た、茶髪の兵士が歩いて来た。
ジョンは、その顔に見覚えがあったが、名前までは知らなかった。向こうもこちらを知らないだろう。
同じ英国軍人でも、近衛軍でも好き好んで義衛兵の名前まで把握しようとする物好きは、あの金髪の側近くらいのものだ。
立場も階級もあちらが上であるし、威張り散らしている近衛兵もいるので、ジョンは一部を除いて近衛兵を毛嫌いしている節があった。
そんな彼は、自分の元に来た話したこともない、名前も知らない嫌な相手に緊張して、自分の黒っぽい茶髪の先を指で弄る。
――王女殿下、どうかこの近衛兵がこちらに話しかけて来ませんように
しかし、ジョンの祈りは叶わず、その茶髪の近衛兵はジョンのいる方に早足で歩いてきて、話しかけてきた。
「そこの義衛兵、通信装置があるのはこの先だな?」
ああ、殿下……と少し嘆きながらも、ジョンは機嫌を損ねない様に質問に率直に答える。
ここは早く用事を済まさせて立ち去ってもらった方が良い。
「は、はい。通信装置類はこの先の客室に置いてあります」
「……そうか」
用はそれだけとばかりに、近衛兵はジョンのを一瞥してその客室の方へと歩いていく。ジョンは心の中でほっと胸を撫で下ろした。
だが、ここで一つの疑問が彼の脳裏に走る。
(……万が一にでも通信を傍受される可能性があるのに、通信装置に用なんてあるのか?)
心のどこかでやめておけと警鐘がなるが、これで王女殿下に何かあったらーーというジョンの忠義心がそれを押し留めてしまった。
「あの、失礼ですが」「ところで貴様、私の顔を覚えたな?」
ジョンが振り向いた時には、その男は消音器付きの拳銃を構えていた。
何か言う前に、独特の空気音が立て続けに三回鳴り、鮮血が飛び散って糸の切れた人形の様にジョンは崩れ落ちた。
「全く、こんな所にいなければまだ長生きできた物を」
立ち去ろうとする近衛兵に、ジョンは罵りの言葉を投げ付けることもをできず、薄れ行く意識の中、胸元の小型無線に震える手を伸ばそうとする。
まさか、近衛軍に裏切り者がいるだなんて、あの優しい方は考えてもいないだろう。この危機を……危険を伝えなければ――
(王女殿下……敵は……)
しかし、その手がスイッチに届く前に、彼の意識は闇へと落ちていった。
今し方、義勇兵を処理した近衛兵、ニコラハムは、黙々とその遺体をすぐ側にあった無人の客室に放り込んだ。扉を閉めてから、奥にある通信機が設置してある部屋に入り、鍵を閉めてからその大型通信機の電源をいれる。
そして、登録されていない周波数を手動で入力し、どこかへと連絡を始めた。
向こうから雑音混ざりに聞こえてくるのは、明らかに不慣れといった様子の英語だった。英語圏の人間でないことは明らかだ。
「ニコラハムだ。すまない、邪魔が入って遅れた……ああ、事は今の所順調だ。時間通りに例の場所に着く、こちらの戦力は――」
そのどこか、少なくとも、英国とは友好的ではないことが明らかな敵勢力へ向けて、近衛兵は情報を流す。
王女の護衛の人数、輸送してきているAMWの数、そして自分たち側についている者の人数とその特徴。
「……ああ、解っている。そちらこそ解っているだろうが、王女とその連れは殺すなよ、手足の一本くらい折る分には構わんが利用価値の塊だからな……安心しろ、報酬はきちんと用意してある……それでは」
通信を終えると、ニコラハムは受話器に向けて吐き捨てる。
「全く、朝鮮人の訛り英語は聞き取り難くてたまらん」
通信機を元に戻し、懐から、義衛兵や他の近衛軍が持っている物とは違う機種の通信機を取り出した。スイッチを入れて、護衛のために配置された兵士の中に紛れ込んでいる、何人かの部下に指示を出す。
「悪いが誰か、清掃員の格好をしてる者。八番通路と八〇五号室の中にあるゴミを片付けておいてくれ、できるだけ急ぎでな」
――闇夜の中を船は進む。その体内に猛毒を乗せたまま、日本へ向けて。
乗客や船員として紛れ込んだ王室派の義勇兵と近衛軍の何人かが、フェリーの中を他の乗客に怪しまれないように巡回しているのだ。
ちょうど今、一般の客とすれ違って会釈した、船員の制服を着た男性、ジョンもその義勇兵の一人であった。
彼の任務は、王女とVIPを拉致しようと付け狙う不逞の輩の排除である。そのため、万が一にでも船内に工作員が紛れ込んでいないかを確認していた。
彼はなんと、王女とその側近である近衛兵とは、この船に乗る前から顔見知りだった。とても光栄な事に、王女殿下に顔と名前を覚えてもらったことがわかって以来、この一ヶ月間、髪型を一切変えないように努力していた。それほどまでに、ジョンの忠誠心は厚かった。
名前を覚えていただけるなど、普通ではありえないことだ。王女はそれほど、自分たち義勇兵を信じてくれているということ。それに尽くす為にも、しっかりと護衛の任を果たさねばなるまい。とジョンは意気込んで姿勢を正した。
そこに、近衛軍の制服を着た、茶髪の兵士が歩いて来た。
ジョンは、その顔に見覚えがあったが、名前までは知らなかった。向こうもこちらを知らないだろう。
同じ英国軍人でも、近衛軍でも好き好んで義衛兵の名前まで把握しようとする物好きは、あの金髪の側近くらいのものだ。
立場も階級もあちらが上であるし、威張り散らしている近衛兵もいるので、ジョンは一部を除いて近衛兵を毛嫌いしている節があった。
そんな彼は、自分の元に来た話したこともない、名前も知らない嫌な相手に緊張して、自分の黒っぽい茶髪の先を指で弄る。
――王女殿下、どうかこの近衛兵がこちらに話しかけて来ませんように
しかし、ジョンの祈りは叶わず、その茶髪の近衛兵はジョンのいる方に早足で歩いてきて、話しかけてきた。
「そこの義衛兵、通信装置があるのはこの先だな?」
ああ、殿下……と少し嘆きながらも、ジョンは機嫌を損ねない様に質問に率直に答える。
ここは早く用事を済まさせて立ち去ってもらった方が良い。
「は、はい。通信装置類はこの先の客室に置いてあります」
「……そうか」
用はそれだけとばかりに、近衛兵はジョンのを一瞥してその客室の方へと歩いていく。ジョンは心の中でほっと胸を撫で下ろした。
だが、ここで一つの疑問が彼の脳裏に走る。
(……万が一にでも通信を傍受される可能性があるのに、通信装置に用なんてあるのか?)
心のどこかでやめておけと警鐘がなるが、これで王女殿下に何かあったらーーというジョンの忠義心がそれを押し留めてしまった。
「あの、失礼ですが」「ところで貴様、私の顔を覚えたな?」
ジョンが振り向いた時には、その男は消音器付きの拳銃を構えていた。
何か言う前に、独特の空気音が立て続けに三回鳴り、鮮血が飛び散って糸の切れた人形の様にジョンは崩れ落ちた。
「全く、こんな所にいなければまだ長生きできた物を」
立ち去ろうとする近衛兵に、ジョンは罵りの言葉を投げ付けることもをできず、薄れ行く意識の中、胸元の小型無線に震える手を伸ばそうとする。
まさか、近衛軍に裏切り者がいるだなんて、あの優しい方は考えてもいないだろう。この危機を……危険を伝えなければ――
(王女殿下……敵は……)
しかし、その手がスイッチに届く前に、彼の意識は闇へと落ちていった。
今し方、義勇兵を処理した近衛兵、ニコラハムは、黙々とその遺体をすぐ側にあった無人の客室に放り込んだ。扉を閉めてから、奥にある通信機が設置してある部屋に入り、鍵を閉めてからその大型通信機の電源をいれる。
そして、登録されていない周波数を手動で入力し、どこかへと連絡を始めた。
向こうから雑音混ざりに聞こえてくるのは、明らかに不慣れといった様子の英語だった。英語圏の人間でないことは明らかだ。
「ニコラハムだ。すまない、邪魔が入って遅れた……ああ、事は今の所順調だ。時間通りに例の場所に着く、こちらの戦力は――」
そのどこか、少なくとも、英国とは友好的ではないことが明らかな敵勢力へ向けて、近衛兵は情報を流す。
王女の護衛の人数、輸送してきているAMWの数、そして自分たち側についている者の人数とその特徴。
「……ああ、解っている。そちらこそ解っているだろうが、王女とその連れは殺すなよ、手足の一本くらい折る分には構わんが利用価値の塊だからな……安心しろ、報酬はきちんと用意してある……それでは」
通信を終えると、ニコラハムは受話器に向けて吐き捨てる。
「全く、朝鮮人の訛り英語は聞き取り難くてたまらん」
通信機を元に戻し、懐から、義衛兵や他の近衛軍が持っている物とは違う機種の通信機を取り出した。スイッチを入れて、護衛のために配置された兵士の中に紛れ込んでいる、何人かの部下に指示を出す。
「悪いが誰か、清掃員の格好をしてる者。八番通路と八〇五号室の中にあるゴミを片付けておいてくれ、できるだけ急ぎでな」
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