上 下
25 / 344
第三話「基地を襲撃された際の迎撃方法について」

憤り

しおりを挟む
「Tk-9各機のフォトンドライブに異常負荷発生。機能不全を起こしていたようです……Child1反応喪失?!」

 Tk-9各機のコンディションを監視する通信士が告げたそれに、指令所内がざわついた。
 その報告を発令所の最後尾の席で聞いた部隊長は、ぴくりと眉を動かす。新しく出した煙草を強く灰皿に押さえ付けて、出来る限り声を荒げないように比乃の安否確認を急かす。

「機士のバイタルは確認できるか」

「できません……搭乗席が損傷ないし大破している為と思われます。HMDからの脳波受信サインは確認できているのですが、容態までは……」

 通信士が告げる、搭乗席の大破――通常であれば、この時点で搭乗員は死亡しているか致命傷を負っていることを示す。
 知らない仲でもない、自分よりも十歳近く年下の少年が、生死不明の状態になった事実に副官が息を呑む。
 その副官の目の前、部隊長が火の灯ったままの煙草を押し潰す。その内心煮え繰り返っている感情を抑えているように見える彼が、淡々と通信士に指示を下す。

「……救出班を編成する。機甲科、航空隊を召集しろ。目的は意識不明のTk-9一番機搭乗員の確保と機密保持。機甲科と航空支援を持って標的を牽制。child2とchild3を支援する。日比野三等陸曹を救出せよ。救出を終え次第、飽和攻撃にて損耗していると思われる正体不明機を殲滅する」

「了解。待機中の機甲科小隊各位へ」
「攻撃ヘリに出撃要請」
「特殊救護班へ非常呼集」

 指示を受けた通信士らが、一斉に基地内に召集連絡を掛け始める。それを尻目に、部隊長はまた吸えなくなってしまった煙草を屑篭に放り込んで、立ち上がった。

「五分で出させろ。悪い、ちょっと席外すぞ」

 そのまま発令所を出ようとする部隊長を、副官が慌てて止めに入る。
 どうにも冷静さに欠けている状態らしいこの指揮官は、下手すると自分が戦車に乗って突撃し兼ねない。
 そう思ったのは、出口に向かおうと振り返った際に見えたその表情が、これまで見たことがない程、険しく見えたからだ――視線を向けられたら、そのまま射殺されてしまいそうな迫力があった。

「まさか……現場指揮なんて言い出すんじゃないでしょうね。止めてくださいよ」

 止めたら何かされそうと思えるほどの形相を前に、顔を若干引きつらせながらも、副官は補佐の義務を果たそうとする。身を震わせながらも部隊長の行く手に立ち塞がった。
 しばしの間、通信士のやり取りを背景に沈黙が流れ――

「……何を勘違いしとるか。ちょっと医務室行って氷嚢もらって来るだけだ……指焼いちまった」

「あいちち」と、部隊長が少々芝居掛かった動きで振る手を副官が見る。どうやら押し付けていた煙草の火に触れて火傷したらしく、その指先がほんのりと赤くなっていた。

「あんまりに痛くて頭が冷めた。というわけでしばらく頼むぞ」

「は、はぁ……」

 肩をさっと押されて道を開けると、先ほどの剣呑とした雰囲気はなんだったのか、部隊長は普段通りの様子で発令所から出て行った。
 ぽつんと取り残された副官は、いつの間にか汗ばんでいた額を征服の裾で拭った。普段は規則規則と煩い彼女が、首元に手をやって、息苦しさを解消するために襟元を緩めた。あの部隊長を前にして、緊張がどっと抜けたのだ。思わず壁に寄りかかる。

「……あんな顔してるの、始めて見た」

 *   *   *

「さてと」

 駐屯地の正門ゲート。現在は緊急事態ということで歩哨も誰も立っていないそこに、迷彩服の男が一人立っていた。機士科の自衛官が操縦服の上によく羽織る、薄手のジャケットを身につけていた。
 中肉中背、特徴がないと言われる、印象に残り難い顔をしたその男は、数時間前にトレーニングルームで大貫らと会話していた自衛官、山口だった。

「さて、と」

 山口は繰り返す。先ほど、この一カ月間かけて用意した細工を発動させた所だった。後は標的を拉致して帰るだけであった……が、しかし、その人物が駐屯地内に見当たらない。山口は面倒なことになったと、舌打ちを一つ打つ。

 人づてに聞いて回る内に、その人物は厳重過ぎて仕掛けが施せなかった最新鋭機で出撃し、タンザナイトらと戦闘を始めたというのだ。流石に、AMWに乗っている人間を拉致することはできない。目標が基地に戻ってからというのも一瞬考えたが、そもそも、AMW如きであれに勝てるわけがない。下手をすれば死んでいるかもしれない。

 このままではなんたる無駄足、無駄手間。

(……最優先目標は達成できなかったが、後顧の憂いは絶って置くべきってな)

 頭の中で副次目標の達成に切り替えた山口は、ふと思い出したかのように、足元の布袋を一瞥した。百五十センチほどのそれを、足で乱暴で道路の脇に転がす。そして、服の中に仕込んだ得物の具合を確かめて、気だるげに肩を鳴らす。

 その風貌は、一月前にやってきた新人という雰囲気は一遍も見られない。特殊部隊か暗殺部隊など、そういった後ろ暗さを持つ者のそれであった。

「給料貰ってるんだ。最低限の仕事はしとかないとな」

 ぐっと伸びをしてから、山口はもう一度足元の布袋を見た。

「せめてものお情けだ。お仲間に墓でも立てて貰いな、山口さん」

 本物の山口だった物が納まったそれを、無造作に路肩へと蹴り転がした。成り代わっていた……否、現在進行形で山口に成り代わっている男は、隊員が慌ただしく走り回る駐屯地の中、誰にも咎められることなく、悠々と発令所へと歩みを進めた。

 そして目的の部屋へと続く通路に入った所で標的を見つけた。それも都合よく、単独でいる。
 山口は口元が歪みそうになるのを押さえながら、ポケットの中の得物を握って、いつもの様子で目標に声をかけた。

「部隊長! こんなところにいらしゃったんですか!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

自衛官、異世界に墜落する

フレカレディカ
ファンタジー
ある日、航空自衛隊特殊任務部隊所属の元陸上自衛隊特殊作戦部隊所属の『暁神楽(あかつきかぐら)』が、乗っていた輸送機にどこからか飛んできたミサイルが当たり墜落してしまった。だが、墜落した先は異世界だった!暁はそこから新しくできた仲間と共に生活していくこととなった・・・ 現代軍隊×異世界ファンタジー!!! ※この作品は、長年デスクワークの私が現役の頃の記憶をひねり、思い出して趣味で制作しております。至らない点などがございましたら、教えて頂ければ嬉しいです。

処理中です...