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北川

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 数日後、処方された薬が切れ北川は澤須クリニックへ向かった。自動ドアが開き、中には岡崎が座っている。ハッと顔を上げた佳代子が彼に気づくとにこやかに笑った。

「こんにちは」

いつもと変わりのない挨拶だった。

「ども」

軽くそう答えながら北川は待合の椅子へ腰を下ろした。北川は入ってくるときに佳代子の曇り顔が気になっていた。(何かあったのだろうか?)そう思っていると

「ねぇ、この頃最近休んでたみたいだけど、なんかあったの?」

隣で仕事をしている女が岡崎に聞いていた。

「特に何もないですよ。ちょっと用事があって…」

そう隣の女性を見ずに答える。北川は

(この頃休んでいたのか)と心配になった。知らずのうちに彼女のことを気になっている自分に驚く。彼氏がいたらどうしようか…と散々考えたこともあった。(食事だけなら許されるかな…)

北川は会計が済むと小さな声で

「今日空いてる?」と聞いた。クールさを装いながらも心臓は破裂しそうだ。短い沈黙が長く感じる。

「いいですよ」やっと返事が来た。

「終わったら連絡します」岡崎からの嬉しい返事に北川は心の内でこぶしを握った。足元に置いたカバンを持った彼はにこりと笑って「じゃあ」と片手をあげた。

 岡崎の仕事が終わったという連絡がいたのはちょうど北川の仕事が終わったのと同じころだ。一旦会社に戻り、診断書を上司に見せて自分のデスクに向かう。今日の夜は楽しみだと北川の心は踊った。憧れだった彼女とどこかへ行ける。その日の仕事は中々捗らず他の社員の目は冷たいものだったが、北川はそんなことは見向きもせずスマホばかり眺めていた。夕方になり、カバンを掴み時計を見ると17時を指していた。チャイムが鳴ったのと同時に出ていく学生のような勢いで会社を後にした。待ち合わせの時間は18時。待ち合わせをしていた場所へ向かうと先に岡崎が立っていた。彼は少し遠くの方で彼女を眺めていた。どこにいるのかと首を少し伸ばしながら待つ彼女の姿はあの頃より大人びていてかわいく見える。ほとんど仕事着のままの姿できたのか、上はブラウスで下は黒いスカートを履いている。遠くに立つ僕に気づき、手を振った。それに応じ、北川は軽く振り返しゆっくりと彼女のほうへと向かった。
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