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二章
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しおりを挟む「濱名君?」
まだ家に帰る気分になれず駅の方をフラフラしていると苗字を呼ばれて振り返る。
「今日休んだ?ゼミに来なかったよね」
女性5人と男性3人。
どこかで見た顔と思えば同じゼミの人たちだった。
「用事があって」
顔は朧気ながら覚えていても名前が分からない。
下手なことは言わず訊かれたことにだけ答えた。
「せっかくだから一緒に遊び行こうよ。親睦を兼ねて」
「良いね!そうしよう!」
「いや、俺は」
左右から腕を組まれて思わず振りほどこうとして堪える。
その行動をとって幾度か失敗したことがあったから。
どうしよう。
どう断れば角が立たない?
分からない。
「優一。僕のLINE読んだ?」
「え?」
「その反応やっぱりまだ読んでなかったんだ。訊きたいところがあるって送ったのに」
男性3人の中の1人。
この人のことは知っている。
でも話したことはない。
「白銀、いつ濱名君と仲良くなったの?」
「前にね。お互い分かんないとこ教えあってから」
「そうなんだ?意外な組み合わせ」
「そう?優一は頭が良いから勉強が捗るんだよね」
「二人とも良いもんねー。絶対私たちじゃついていけない」
シロガネと呼ばれる彼。
たまたま同じ学部で同じゼミ。
背が高く明るい彼の周りには男女問わずいつも人がいる。
「ってことで。優一は僕が連れてくね」
「えー!遊び行かないのー?」
「優一が返事くれないから今日は諦めてただけ。用事が終わったなら教えて貰う」
よく分からないけれど背後から彼におぶさられた俺を女性たちが離してくれてホッとした。
「楽しみにしてたのにー!」
「次は付き合うよ。終わらないと教授が怖いから」
「絶対だよ?」
「うん。約束」
苦情を言っていた女性たちは彼から頬にキスされ笑っている。
男性2人もキスされそうになるのを拒みつつ笑っていて、仲の良い人たちのその様子を眺めていた。
「誘ってくれたのにごめんって言っておけば良いよ」
またと彼らに言って俺の肩を組んだ彼はそう耳打ちする。
「濱名君も今度一緒に親睦会しようね!」
「う、うん。誘ってくれたのにごめんね」
「大丈夫大丈夫。急に誘ったの私たちだから」
「白銀も濱名君も勉強頑張ってねー!」
彼に言われたまま答えるとみんな明るく返してくれる。
もし言ってくれなければ無言で終わらせてしまっただろう。
「あの、ありがとうございました」
「んー?」
「見兼ねて助けてくれたんですよね?」
腕を掴んで歩く彼の後を着いて行ってゼミの人たちと距離が空いたことを確認してお礼をする。
「ああいうタイプの人たちは嫌い?」
「いえ。ただどう話せば良いのか分からなくて」
嫌いなのではない。
同じゼミと言うだけで誘ってくれたのだからいい人たちなのだと思う。
ただ俺が気軽に話せる相手は家族だけ。
他人と話す時はいつも、不快にさせないように傷つけてしまわないようにと言葉に迷ってしまう。
だから俺は親友と呼べる友人がいない。
昔はもっと話せたのだけれど。
「少し時間ある?」
「えっと……はい」
「ん?時間なかったら断って良いよ?」
「いえ。何かお礼をさせてください」
家に帰りたくない。
優香のことを考えて辛いから。
こんな日に辛さから目を背ける自分を最低だと思うけれど。
「じゃあご馳走になろうかな」
「はい」
初めて会話した俺にも分け隔てなく接してくれる彼の屈託のない笑みに救われる。
彼の周りにいつも人が集まる理由が分かる気がした。
「あの……本当にこれで良いんですか?お礼」
「特別なことしてないし。ジュース奢って貰って得したよ」
彼に連れられて来たのは公園。
その公園の入口にある自動販売機で買った缶ジュースが彼へのお礼。
ベンチに座ってプルタブをあげた彼は美味しそうに飲む。
そんなに喉が渇いていたのかと思いながら自分も買った缶ジュースを空けた。
「座らないの?僕の隣は嫌?」
「嫌とかそんな」
「じゃあ座りなよ。ベンチが前にあるのに変じゃん」
「はい」
言われてみればそうかとベンチの端に座る。
公園に来たのなど何年ぶりだろうか。
子供の頃は近所の公園で優香と遊んだこともあった。
物心ついた時から受験受験と言われ続けてきたけれど、父が家に居る時だけは遊びに行かせてくれたから。
優香も同じ。
年齢も性別も違うけれど歩かされていた道は同じ。
でも優香は素直に母の言うことを聞く真面目な子に。
俺は聞き流すことを覚えた狡い子に育った。
「なにかあった?」
「なにか?」
「やっぱ辞めとく。誰でも色々とあるよね」
意味を理解する以前に質問を取り消された。
こちらを見ずに缶ジュースの飲み進める彼を見ながら何を問われていたのかと考える。
「元気がないように見えただけ」
今まで一度も話したことのない彼が分かるほどの酷い表情をしていたのだろうか。
たしかに今の気分は良いものではないけれど。
「勝手に呼んでたけど、改めて優一って呼んで良い?」
「え?あ、はい」
どう答えようか考えている間にも彼はもう次の話題に。
気を遣って話題を変えたと言うより今はその話題の方が重要になっただけのように思う。
「僕の名前は知ってる?」
「白銀さんですよね?」
「さすがにさっきみんなが呼んでたから分かるか」
「……まあ」
本当はその前から彼の名前は知っていた。
ゼミではもちろん学部の中でも目立つ人だから。
いつも独りでいる俺とは反対にいつも誰かが傍に居る人。
「ちなみに白銀は名前だっても知ってた?」
「そうなんですか?」
「やっぱ苗字だと思ってたよね。白銀さんって言い方だと太郎さんって呼ばれたのと同じだし」
ずっと苗字だと思っていた。
生徒だけでなく教授も彼を白銀と呼んでいるから。
「シロって呼んでよ。白銀さんじゃなくて」
「シロ……さん」
「さんは要らない。シロ」
「………」
「シロ」
「……シロ」
顔を寄せられ勢い負けして呼ぶと彼は笑みを湛える。
身を乗り出すように顔を寄せる姿は子供のようだ。
「優一だけ特別」
「え?」
「キャンパスで僕をシロって呼ぶのは優一だけ」
「……それはどういう意味で」
「ん?特別って意味」
その特別の意味を訊いたのだけれど。
名前を知っていたから同じゼミ生であることくらいは知ってくれていたのだろうけど、ついさっき初めて会話をしたばかりの俺が特別扱いされる理由とは。
「ずっと待ってたからね。今日を」
「え?」
「んと、話しかけるタイミング。かな」
不思議な人。
目立ちもしない俺と話すタイミングを伺っていたと言うことだろうか。
「このさき分かるよ。運命だから」
「あの」
「今日はもう帰った方が良い。続きは今度」
近くにあった顔がますます近づいて口唇同士が重なる。
「またね、優一。ジュースご馳走さま」
一瞬の嵐が吹き荒れたように数々の疑問や驚きを残して先に帰った彼は、最後は普段見ている人懐こい笑みで笑っていた。
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