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一章
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しおりを挟む「着替えて来なさい。今回は遅刻にしないから」
「はい。ありがとうございます」
緋色さんのジャージを抱えて更衣室に走る。
誰も居ない更衣室はシンとしていて些か不気味。
「2本線」
着る前に広げてみるとラインが2本。
ということは、緋色さんは2年生。
体操服もないから制服を脱いでそのまま着るとまたフワリと香りがする。
「コロンかな?良い香り」
石鹸かと思ったけど、もっと複雑で不思議な香り。
ブカブカの袖や丈を見て、緋色さんが着た物を自分が着ているのだと今更になって少し照れくさくなった。
「早く行こ」
他には誰も居ないのに照れ隠しのように声に出してロッカーを閉める。
「……」
ふと目に入ったゴミ箱。
部分的に見えているそれを摘んで持ち上げると、ネームには『濱名』と私の苗字が書かれていた。
「小学生じゃないんだから」
ジュースのパックや食べ残しのゴミで汚れた体操服。
嫌だけどゴミ箱を漁ってジャージの上下と体操服の上下を救出する。
「放課後に洗って帰ろ」
更衣室のテーブルに置き去りにされているコンビニの袋を一枚貰って制服と一緒にロッカーにしまい、手を洗ってまた校庭へ走った。
その後の授業は無事に過ごせて放課後。
外の水飲み場で石鹸を使い汚れた体操服をゴシゴシ洗う。
どちらにせよ自分で洗濯するから帰ってからでも良いけど、万が一手洗いしてる所を母に見られたら面倒くさいから。
「優香なにやってるの?」
よく知るその声に手を止めて振り返る。
「こんな所で洗濯?自分の家の水道代ケチってるの?」
「お金持ちなのに家政婦は雇わないの?」
「中身は火の車ってやつじゃない?高い塾に行かせすぎて」
よくここに居るのが分かったね。
捜して回ったの?
わざわざ嫌味を言うためにお疲れさま。
「無視すんなよ」
「ムカつく。ツトム先輩の次は冬川先輩に色目使って」
「調子に乗るな。冬川先輩は優しいからアンタみたいなのでも助けたんだから」
緋色さん人気者?
たしかに綺麗な人だけど。
綺麗と言うか、それを超えて浮世離れ?
考えてみればたしかにモテそう。
「聞いてんの!?冬川先輩は誰にでも優しいの!」
「アンタみたいなのが一緒に居て良い人じゃないから!」
「どこかの国の王子さまか何かなの?緋色さんは」
一緒に居て良い人じゃないとか随分と勝手な話。
有名芸能人か遠い国の王子さまかというような扱い。
緋色さんだって同じ学校に通う高校生なのに。
「冬川先輩は真美が狙ってるんだから!」
「またそれ?好きなら告白すれば?」
七海の次は真美。
どうして誰かの好きな人だと私は会話してはいけないのか全く分からない。
「頭きた!」
洗い途中だった体操服を真美から強引に取り上げられ、地面に捨てられて踏まれる。
七海と深雪が私の髪を掴んで地面に押し倒すと5人がかりで蹴り始めた。
ああもう。
だから今まで腹の探り合いをしながら友達で居たのに。
女友達なんて女狐と牝狸の化かし合い。
中学公爵の卒業式でそれは学んだ。
なにかあれば「可哀想」と同情して、なにかあれば「分かるよ」と同調して、「私たちずっと友達だよ」なんて言っていれば友達とは成立する。
「痛っ!」
「なに!?」
母に隠せない顔だけは庇っておとなしく蹴られていると、5人の悲鳴に近い声がして蹴っていた足が止まった。
「なにこのカラス!」
「痛い!あっち行け!」
「なんなの!?」
顔を守っていた腕を離して5人の方を見ると、1匹のカラスから襲撃を受けていて唖然とする。
もしかしてこのカラス、私を助けてくれてる?ただの偶然?
5人ともカラスが好むような光り物はつけてないんだけど。
「アッチ行け!」
七海が振り回した手がカラスにあたり、目の前にスっと降下して来たそのカラスを受け止める。
「よこしなさいよ!」
「止めて!動物を虐めてどうするの!」
「カラスなんて害獣だから!」
「それは人間の勝手な都合でしょ!」
一度は受け止めたもののすぐに七海から奪われてしまい、片羽を掴まれたカラスは痛そうに鳴く。
「やめて!離してあげて!そういうの最低だよ!」
その鳴き声があまりにも痛そうで、片羽を掴んで持ち上げている七海を突き飛ばした。
「七海!大丈夫!?」
地面に倒れた七海からカラスが離れてその隙に抱きかかえる。
「七海?」
「どうしたの?七海?」
動かない七海の肩を叩いていた深雪たちの声が悲鳴に変わって驚く。
「死んでる!」
死んで……る?
真美たちは先に悲鳴をあげて逃げ出し、深雪と久美も私に「人殺し」と叫んで走って行った。
「……七海?」
呼んでも七海は動かず、蹴られた痛みも忘れてカラスを抱きかかえたまま七海の傍に行く。
「七海起きて?七海?」
七海は目を見開いたまま。
倒れているその頭の下にジワジワと血の海が広がった。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
私が殺した。
突き飛ばして殺した。
七海を、私が。
どうしてこんなことに。
・
・
・
「七海!」
目を開けて飛び起きる。
ココはどこ?……私の部屋?
どうして私は部屋に居るの?
混乱したまま階段を駆け下りてキッチンに駆け込む。
「七海は!?」
「吃驚したっ!優香?」
「お兄ちゃん七海は!?死んだの!?」
「なにを言ってるんだ?どうした?」
「朝から騒がないで。夢でも見たの?」
「違う!カラスが助けてくれて私が七海を突き飛ばして」
「落ち着け。意味が分からない」
朝食を摂っていた兄は私を椅子に座らせて背中をさする。
「怖い夢でも見たのか?」
「夢?……でも私たしかに七海を」
そう兄に話しながら自分の手を見て気づく。
5人がかりであれほど蹴られたのにパジャマから出ている私の腕には痣一つない。
覗いてみた身体にも。
「夢だったの?」
「確かなことは優香が今起きてきたばかりってことだけ」
「じゃあ私どうやって家に帰って来たの?」
「昨日の話?母さん、優香は昨日塾だったんだよね」
「私の送迎で帰って来たわよ。夢を見たくらいで騒がないで」
「そんな冷たい言い方しなくても良いだろ。寝起きでまだ混乱してたんだろうに」
……夢だったんだ。
身体に痣がないことと塾に送迎して貰ったことを聞いて、ただ怖い夢を見ただけだったのかとホッとした。
「騒いでごめんなさい。顔洗ってくる。お弁当を作らないと」
夢だったのなら良かった。
悪意はない咄嗟の行動だったと言っても七海を死なせてしまわなくて良かった。
「行ってきます」
二つお弁当を持っていつもの時間に家を出る。
緋色さんから借りたジャージも自分の体操服もちゃんと洗ってあったし、学校と塾の勉強だってしてあったし、まだ夢と現実の境目が曖昧だけど七海のことが夢だったのならそれで良い。
「よく来れたね。あれだけ忠告したのに」
「図々しい 」
学校に着いてすぐ昇降口で5人から出迎えられる。
「もうツトム先輩にも冬川先輩にも近づかないでよね」
こんな状況でおかしいけど七海が居てホッとする。
本当にあれは夢だったのだと心から安心できた。
「ところでどうしたの?頭の怪我」
「は!?昨日見たでしょ!カラスにやられたの!」
「え?あ、それで怪我したんだ?」
「馬鹿にしてるの!?」
「ううん。そんなに怪我してるとは思わなかったから」
カラスが七海たちを襲撃したのは現実だったみたい。
でも七海はこうして生きてるんだから、そのあと突き飛ばしたところから先が夢だったってこと?
「聞いてるの!?」
「え?」
「優香ちゃん」
「あ。萌葱さん」
久美の怒鳴り声でハッとしたあとすぐ名前を呼ばれて振り返ると萌葱さんが居て、おはようございますと挨拶をする。
「昨日はご馳走さま。今日も来るでしょ?」
「はい。沢山作ってきました」
やっぱり萌葱さんは大人な雰囲気。
明るくて楽しい人だけど。
「ここで何をしてたの?遅刻するよ?」
「もう行きます」
「この子たちはクラスメイト?」
「はい」
「道を遮るように目の前に仁王立ちされてるから虐められてるのかと思っちゃった」
そう言って萌葱さんは七海たちを見るとニッコリ笑う。
図星をつかれて七海たちは逃げるように走って行った。
「ありがとうございました」
「なにが?」
「いえ、なんでもありません」
本当は分かっているのに気づいていないフリをしてくれる萌葱さんは大人。
「あ、緋色さんのクラスを教えて貰えませんか?」
「緋色の?」
「昨日体操服を忘れて緋色さんが貸してくれたんです」
学年はラインの本数で分かるけどクラスまでは分からない。
余計なことは言わず忘れて借りたことにして訊くと、Aクラスだと教えてくれた。
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