貴方の憎しみ譲ってください

REON

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一章

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お昼休み、屋上に来た。
最初は教室で食べていたけど、1時限目の休み時間のことで深雪たちに邪魔されたから。

「馬鹿みたい」
「なにが?」

フェンスに指を絡めて呟くと声が聞こえて振り返る。

「なにが馬鹿みたいなの?」

ドアからは死角になっている場所に居て気付かなかったけど、声をかけてきた女の人ともう一人奥に人が居る。

「すみません。先客が居ることに気付かなくて」
「それは良いの。私たちの所有地じゃないもの」

先輩かな?
大人っぽい人で、お弁当を手に持って私を見上げていた。

「……子供?」
「ああ、気にしないで。私の弟だから」

女の人の隣に小学生くらいの男の子が座っていて、私を少し見ると顔を逸らす。

「お邪魔してすみませんでした」

弟を学校に連れて来た理由が分からないけど、事情があるのだろうと謝って教室に戻ろうとするとドアが開く。

「あ、昨日の」

昨日塾の帰りにスマホを拾ってくれた綺麗な男の人。
今日も肩には黒猫が乗っている。

「昨日はありがとうございました」

もう一度昨日のことをお礼すると今日も無言のままフイと顔を背けて私が今まで話していた女の人の所へ行く。

ここの先輩だったみたい。
あの女の人は彼女なのかな?

「一緒に食べない?」
「え?」
「なにか嫌だからここに来たんでしょ?」

学校に子供が居るのも猫が居るのも良いの?とは思うけど、堂々としてるからきっと学校公認の深い事情でもあるのだろうと教室へ戻ろうとすると、また女の人から声をかけられる。

「一緒に食べようよ。何年生?」
「1年です」
「名前は?」
「濱名優香です」
「優香ちゃん。一緒に食べよ?場所なら空いてるから」

不思議な女の人。
断るに断れなくて迷っていると男の人の肩に乗っていた黒猫が飛び降りて足に擦り寄ってきた。

「クロも一緒に食べたいって」
「クロちゃんってお名前なんですね。撫でても良いですか?」
「大丈夫」
「こんにちはクロちゃん」

明るい所で見ると艶々した綺麗な毛並みの黒猫。
オッドアイなのがまた可愛い。
人懐っこくグルグル言っていて愛らしい。

「おいでよ」
「邪魔になりませんか?」
「平気だよ。ね?」

女の人が訊くと綺麗な男の人は1度だけ肯く。
不思議な人たちに興味がわいたこともあって少しだけ参加させて貰うことにした。

「訊いて名乗ってなかったね。私は萌葱もえぎ。弟は青藍せいらん
「色の名前なんですね」
「そう。和染め職人のお爺ちゃんがつけてくれたの」
「それで色の名前に。素敵なお名前ですね」

祖父が名前をつけてくれたなんて羨ましい。
私も祖父が大好きだけど、もう何年も会っていない。
手紙を書けば返事はくれるけど。

「この無口なのは緋色ひいろ
「皆さんご兄弟ですか?」
「ううん。たまたま」

クロちゃんも含めてみんな色の名前。
運命的な出会いをしたのねと思いながら、3人+1匹に「よろしくお願いします」と会釈した。

「緋色さんはお弁当食べないんですか?」
「偏食なの。いつもトマトジュースばかり飲んでる」

萌葱さんと青藍君は立派なお弁当を食べてるのに緋色さんだけパックのトマトジュースを飲んでいて訊くと、萌葱さんがそう教えてくれる。

「もし食べられる物があればどうぞ?」
「……」
「あ、お箸をつけちゃった物は嫌ですよね」

トマトジュースばかりなのはどうなの?と思って自分のお弁当をすすめたけど、先に箸をつけたものを薦める方が失礼だったと腕を引っこめる。

無言のまま緋色さんは私を見ると空になっても銜えていたストローを口から離してお弁当を指さす。

「ミートボールですか?どうぞ」

緋色さんが指さしたのはミートボール。
どうぞともう一度お弁当を差し出すと私を見て口を開ける。

「……あ!手じゃ食べられませんよね!」

ミートボールを手掴みで食べるのは無理に決まっている。
取ってと言っているのだと分かって箸で挟むと緋色さんの顔が近づき、そのミートボールをパクと一口で食べた。

やっぱり綺麗な人。
浮世離れというのか、人間離れしているというのか。
至近距離まで近づけられた顔に見惚れてしまった。

「どう?美味しかった?」
「……」
「やっぱり?美味しそうだと思ったの」

肯きで返事を返した緋色さんに萌葱さんは悔しそうに言う。

「良ければ萌葱さんと青藍君も」
「「良いの!?」」
「え、はい。味はあまり自信がないですけど」
「ありがとう!」
「なんだお前イイヤツ!」

なんか可愛い。
わかり易い嬉しそうな表情で箸を伸ばす2人に少し笑う。
青藍君の声を初めて聞いたのが食べ物のことっていうのがまた可愛い。

「優香の母さま料理上手いんだな!」
「これは私が」
「え?優香が作ったのか?」
「お弁当は自分で。母は兄のを作るから」
「なんで兄さまのだけ?一緒に作って貰えば良いのに」
「決まりなの。うちの」
「花嫁修行?」
「かな。そんな感じ」

そうだったら良かったのだけど。
兄のお弁当はいつも豪華で一人分を作るだけでも時間がかかるから、私はその余りで自分の分を作っていると言うだけ。

「兄さまも高校生?」
「ううん。大学生」
「大学って食堂とかあるよね」
「兄も偏食なの。だから食べられない物も多くて」
「嫌じゃないのか?兄さまのだけって」
「それはない。兄が食べられないと可哀想だから」

それは強がりではなく本当に思っている。
子供の頃にアレルギー持ちだった兄の偏食もかなりのもので、今でもトラウマになっているらしくそれが少しでも入ってると全く箸をつけられないから。

「優香ちゃんはお兄さんが好きなんだね」
「はい。子供の頃から味方で居てくれてる優しい兄です」

だから兄が優先なのは良いの。
不満はない。

『……』
「あれ?私なんかおかしなことを言いましたか?」
「ううん。なんでもないの」
「優香、卵焼きくれ!」
「優香ちゃんのがなくなるでしょ!」
「好きなの食べて?人に食べて貰えるの嬉しい」
「ありがとう!優香好き!」
「子供の癖に胃袋掴まれてんじゃないの!」

不思議で楽しい姉弟。
高校に入ってお弁当の時間がこんなに楽しいのは初めて。
中学校の時の給食時間は楽しかったけど。

「あ、クロちゃんお昼寝したんですね」

さっきまでドライフードを食べてたけどお腹いっぱいになったのか、膝の上でお昼寝するクロちゃんを緋色さんが撫でていることに気づく。

少しだけ撫でさせて貰おうと手を伸ばすと緋色さんから手首を掴んで止められる。
触ったら駄目だったのだと手を引こうとしたけど離して貰えず困惑していると、制服のポケットに手を入れた緋色さんは私の手に何かを握らせた。

「……飴?」
「お肉のお礼だと思うよ」
「そうなんですか?」

開いた手にあったのはラムネ味の飴玉。
青藍君がお礼と教えてくれて緋色さんを見るとコクっと一度肯かれる。

「ありがとうございます。大事に食べます」

不思議。本当に不思議な気持ち。
いまだに愛想笑いの一つもしてくれないし声も聞かせてくれないけど、そんなことはどうでも良いくらい緋色さんの纏う空気は居心地がいい。

「俺もコレあげる」
「私もお礼にクッキーあげる」
「ありがとうございます。お菓子いっぱい」

青藍君からはチロルチョコ、萌葱さんからはクッキー。
3人ともお菓子が好きなのかなと、お礼を言いながらも笑った。

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