異世界で猫に拾われたので

REON

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「ある」

二回目の訓練日。
ブランシュを連れ屋敷に来た天虎へ初老の男性が光の加護の鑑定結果を隠す方法があるかと聞くと、あっさりそう答えた。

「だが、なぜ隠したいんだ?」
「祝い子さまから現皇帝が初代と戦い敗北した祝い子の子孫だと聞いて、敵にあたる私どもの光の加護は国に報告しない方が良いのではないかと。現皇帝が事実を知らないのだとしても、珍しい能力を都合のいいよう使われたくもありませんので」

初老の男性に理由を聞いて納得する天虎。
現皇帝がどこまで正確な歴史を知っているのか不明だけれど、仮に知らなかったとしても光の一族だけが使える光属性魔法を皇帝の権限で命じて悪用しないとも限らない。

「…………」

不安そうに自分を見上げる幼子を見る天虎は複雑な心境。
人々を導く者に授けられるリュミエールの加護を持つ幼子や一族は本来ならば尊ばれる存在だというのに、今時代では隠匿しなければならない加護を持つ者たちとなってしまったとは。

「光の加護を持つお前たちには二つの手段がある。一つ目は光属性の隠匿魔法を覚えてかける方法。こちらのメリットは魔法を解くもかけるも必要に応じて自身で出来るということだ。だが、自分よりも魔力値の高い者から鑑定された場合には見えてしまうというデメリットがある」

幸いにも光属性には隠匿魔法がある。
彼奴も森から出る時にはかけていた。
その理由が流刑された落胤だったからと気付いたのはブランシュから彼奴の正体を聞いたあとだけれど。

「もう一つは私が聖印を刻み隠匿する方法。鑑定をかけた者が何者でも看破することは出来ないというメリットがある。デメリットは刻むも消すも私にしか出来ないということだ」

神の聖印は神にしか解けない。
鑑定をかける聖職者が例え教皇であろうとも見られる心配はないというメリットがあるけれど、天虎が居なければ聖印を刻むも消すも出来ないというデメリットがある。

「光の加護の力を都合よく使われたくないということならば幼子だけの話ではない。同じく光の加護を持つお前たちも隠せるよう隠匿魔法を教えてやろう。それとは別に幼子は国に報告されてしまう十二の歳の鑑定の際に私が聖印を刻んでやる」
「天虎さまの聖印を……よろしいのですか?」

一時的に父が授かっていた天虎神の聖印。
それ一つで天虎の森の強い魔物が近付かなくなるほど効果がある代物だと知っているからこそ、少女は力のない自分がそのような貴重な聖印を授かってもいいのかと心配になる。

「条件がある」
「はい。なんでしょうか」
「ブランシュにヒトの子の女児の生活や遊びを教えてくれ」
「……え?」

それだけ?
どんな難しい条件を出されるかと身構えた少女がキョトンとなって天虎はくすりと笑う。

「いいか?これは天虎の私に出来ない事と引き換えの条件だ。ヒトの子に疎く友人も居ない娘に教えるのだから嘸かし骨が折れるだろう。だが、そのくらいはして貰わなければ。神の聖印を何もせず授かれると甘い考えを持たれては困るのでな」

少女の前にしゃがんだ天虎は真剣な顔でそう言い聞かせる。
まるでとてつもなく難しい条件を出したかのように。

「承知しました。条件を受け入れ必ず果たすと誓います」
「信じよう。途中で投げ出す真似はせぬように」
「はい!お友達になれるよう頑張ります!」

真顔の天虎と天虎の後ろに隠れてモジモジするブランシュと元気いっぱいに答えた少女を見ていたみんなは微笑んだ。

「では特訓を始めよう。前回同様、まずは基礎体力から。今のままでは隠匿魔法どころか簡単な光魔法も使えないぞ」

ほのぼのしていられるのはここまで。
疲れ果てるまで続く天虎神の特訓が始まった。





「ブランシュさま、私どももお手伝いいたします」
『い、いいの?ありがとう』

走ったり剣や魔法を使ったりとひたすら体力を削られている一族の為に自作のお菓子や飲み物を用意しようと籠を持ち立ち上がったブランシュに声をかけたのは執事のエミリオ。

「座れる場所を先にご用意いたしますね」
『お願いします』

騎士が地面に大きなシートを広げてその上にマットを敷きクッションなども用意する。
休憩を挟むことを想定していなかった前回は天虎が魔法でやってくれたとあって、今回からは自分たちがやらなくてはと事前に準備しておいた。

『わあ。可愛いクッション』
「でしょ?ディアの母が刺繍したんだよ!」
『お兄さんのお母さんが?ボヌールさんもデスティネさんもそっくりで凄い。とっても器用なんだね』

クッションカバーの刺繍はボヌールとデスティネ。
驚くブランシュにボヌールはエッヘンと自慢げ。

「なぜ私たちにまでを付ける」
『え?変?』
「ブランシュは祝い子だ」
『うん』
「神の寵児が下々の者に敬称を付けるのはおかしい」

そう指摘したのはデスティネ。
の加護を授かった祝い子のブランシュは誰よりも尊い存在なのに、天虎神以外にも敬称を付けるのはおかしい。

『よく分からないけど、祝い子だからって偉い訳じゃないよ?サヴィーノやクリステルのように沢山の人たちを救った祝い子は偉いけど、私は何もしてないもの』

ああ、ブランシュは自分の価値に気付いていない。
ブランシュがこの星に居るだけで意味があるというのに。
が加護を授けた唯一の祝い子。

『ただ祝い子に生まれただけで威張る方がおかしいよ。練習を頑張ってるみんなの方が偉い。快適に過ごして貰おうと気を配る執事さんや騎士さんの方が偉い。お兄さんや妹さんに力を貸してるボヌールさんやデスティネさんの方が偉い。私も誰かの役に立てる人になれるよう頑張らないと』

輝くほどに美しい魂の祝い子。
だからこそかと自分の指摘を反省するデスティネ。
他者へ偉ぶる者が美しい魂の持ち主であるはずもない。

『あ、そうだ。今日はボヌールさんとデスティネさんにもお菓子を作ってきたの。湖の大樹の実を使ったクッキー。光さんたちも好きだから二人も食べられるんじゃないかと思って』
「やったー!ありがとう!」
「ありがとう」
『どういたしまして。休憩時間に出すね』

ブランシュとボヌールとデスティネの会話を黙って聞いていた執事と騎士は静かに微笑する。

「ブランシュさま、どうぞおかけください」
『ありがとう。支度しないと』

執事から言われて靴を脱ぎマットの端にちょこんと座ったブランシュは籠を開けてイソイソとお菓子を出す。
その楽しそうな様子も座る位置の謙虚さも愛らしくて、執事や騎士もついつい頬が緩んでしまう。

一方では体力を削られる過酷な訓練。
一方ではほのぼの。
庭園は対極ともいえる状況になっていた。


休憩になったのはそれから三十分ほど経って。
ブランシュが蒸らしていた茶の香りを嗅ぎつけた天虎が一族に休憩をとるよう言って訓練を中断した。

『大変。みんな凄い汗』

汗をかいて休憩に来た一族を見て立ち上がったブランシュが両手を前に出すと背後にリュミエールが顕現する。

「……これは」
「なにが起きてるんだ」
「汚れが綺麗に」
「気持ちがいいですわ」
「本当に」

自分たちの身体を見て驚く一族。
汗がひいて土汚れも綺麗になるとリュミエールも姿を消した。

「精霊魔法の浄化だ。お前たちの為に覚えた」
「私たちの為に?」
「前回休憩の際に私がお前たちに浄化をかけただろう?その役目を自分が出来ないかと言うから精霊魔法を教えてやった。お前たちの為に出来ることが少ないことがもどかしいらしい」

そう説明しながらブランシュの頭に口付ける天虎。
一族は自分たちの為に魔法を覚えてくれたのかと感動する。

「出来ることが少ないなんて有り得ませんわ。こうしてお菓子や飲み物も用意してくださっているのに。ブランシュさまは心優しい素晴らしい方ですわ。ありがとう存じます」

感極まってブランシュの手をキュッと握る少女。
それを見て一族はヒヤリとしたけれど、ブランシュが拒まず照れくさそうに頬を染めていてホッとする。

「仲良くなるのは結構なことだが、ひとまず休憩しろ。体力と魔力を回復しなければこの後も身体がもたない」
「あ!つい!申し訳ありません!」
『だ、大丈夫!』

言われてハッとした少女はパッと手を離してブランシュもヒュンと天虎の後ろに隠れる。
二人とも恥ずかしそうにしているのを見て一族も和んだ。

みんなで座って鳥の囀りを聴きながら休憩。

「ああ……今日も身体に染み渡る」
「すぐに回復効果を感じられるのが凄いですね」

アクア山で育った薬草と美しい水を使ったお茶。
透明グラスに注がれた薄黄色の綺麗なお茶を飲んで安堵の息をつく初老の男性と少年。

「薬草は苦いものという常識が根底から覆るな」
「ええ。ブランシュさまはやはりお料理の天才ですわ」
「私が飲んでいたお薬もこのように美味しかったら投薬の時間も苦痛ではなかったのに」

青年と青年の妻と少女もお茶を飲んでホッと一息。
回復効果のある薬草にブランシュの祝い子の能力がプラスされたそれで疲れを感じていた身体が楽になった。

「あら?ボヌールとデスティネは何を食べてますの?」
「ブランシュが作ってくれたクッキー!」

小さな身体でクッキーを抱えて食べているボヌール。
デスティネもすっかりクッキーに夢中。

「美味しそうですわ」
『ヒトは食べない方がいいよ。葉っぱを使ってるから』
「葉っぱ?」
『天虎さんの湖にある大樹の葉を使ってるの。妖精さんや精霊さんは好きみたいだけどヒトには苦い』

食べられないものではないけど苦い。
ブランシュから話を聞いた少女は苦いクッキーを夢中で食べているボヌールとデスティネをジッと見る。

「妖精や精霊が野菜や葉を好んで食べるのは魔力を吸収する意味合いが強い。特に湖の大樹にはあらゆる魔力が含まれているから妖精や精霊にとってはご馳走だ。そのうえ祝い子のブランシュの魔力も含まれているのだから嘸かし美味いだろう」
「それでこのように夢中で」

天虎から聞いて納得した少女。
苦いのに夢中で食べていると思えば。

「ヒトの子は素直にこちらのヒトの子用を食べておけ」
「はい。ブランシュさま、頂戴します」
『どうぞ召しあがれ』

ヒトの子は美味しいお茶とお菓子で。
先に断りを入れて少女は銀のトレイに目をやる。

「わあ、綺麗なこれもお菓子ですか?」
『うん。甘い物が苦手な人や糖分を控えてる人でも食べられるようにカロリーの低いゼリーも作ってみたの』
「ゼリー?」

透明カップの中で透き通っている綺麗なそれを手にとった少女は初めて聞く名前に首を傾げる。

『ここではゼリーって名前じゃないのかな?スプーンですくって食べてみて。お好みでフルーツのシロップもどうぞ』
「ありがとう存じます」

ブランシュから銀のスプーンを受け取った少女は透明なゼリーをスプーンですくって口へ運ぶ。

「な、なんですの?プルンプルンですわ」
「味は?」
「果物の香りと仄かな甘みで爽やかな味です。美味しい」

水のように透明なそれからは予想できない味。
様子を見ていた少年から味を聞かれて答えた少女はフルーツのシロップも少しかけてまた口へ運ぶ。

「果物の甘さが加わってまた別の味になりましたわ!」
「見た目も美しいですね」
「とっても!」

フルーツのシロップはルビー色。
見た目も綺麗で味も美味しいゼリーを少女は夢中で口に運ぶ。

「ブランシュさま、ワタクシも頂戴しても?」
『どうぞ召しあがれ。たくさんあるからお好きなものを』

娘があまりにも美味しそうに食べていて普段は甘味を控えている青年の妻も誘惑に負けて口へ運ぶ。

「とても美味しいですわ。幸せ」
『お口に合って良かった』

青年の妻も気に入って幸せそうに口へ運ぶ。
前回のお菓子はカロリーを気にしてあまり食べていなかったことに気付いていたブランシュは、青年の妻でも食べられるようにゼリーを作ってきた。

「美味いな。なぜ透明なものがこのように美味いのか」
「不思議で美味しいお菓子とは革命ですね」

初老の男性と青年も驚きつつパクパクと食べる。
そんな家族を見て少年は苦笑。
すっかり祝い子さまに胃袋を掴まれている。

『お腹が空いてるお兄さんにはこっち』

ブランシュが器を持って少年に差し出したのは三角の何か。

「これは?」
『おにぎり』
「おにぎり?」

これはなんだろうと思っていたものを差し出されて怖々ながらもスプーンでとって取り皿に置く。

『テッラ山にしかないお米を使ったおにぎり』
「テッラ山のものなのですか!?」
『え?うん。お米はテッラ山の作物。飲み物はアクア山のものだし、お菓子はウェントス山やイグニス山の物も使ってる』

それを聞きゼリーを食べていた家族も吹き出しそうになる。
四大精霊山のものを使ったお茶やお菓子や食事が並んでいることを知って。

「授かった加護の魔力を含むものを体内に摂取すれば魔力の回復も早い。ブランシュの回復能力も含んでいればなおのこと。そのために作るよう頼んだのだからしっかり摂取しろ」
「天虎さまがそう頼んだのですか」
「ああ。弱体化しているお前たちを短期で鍛えるには体力や魔力を酷使する必要があるからな。授かっていない加護のものでも通常の作物を摂取するより回復効果が高い」

死山の物で飲み物や食べ物を作るよう言ったのは天虎。
体力や魔力をギリギリまで使わせて回復をしてと繰り返すことで能力をあげる為に用意させた。

「リュミエールの加護を持つ者が使える光属性魔法は攻撃にしても守備にしても四属性魔法より魔力が必要になる。今のお前たちの実力では到底無理だ。唯一簡単な光魔法を使えるとすれば大自然と精霊から力を借りられる少年だけだろう」

脅しでも何でもなく今のままでは一族魔法など夢の夢。
本来ならば光の一族は人々を導くための高い能力を持っているはずなのに、それを使えるだけの能力値に達していない。
精霊魔法を使える少年だけが辛うじてというところ。

「休憩中の飲食も訓練に必要だと言うことですね」
「ああ。力尽きて寝込みたくなければ必ず摂取しろ」
「分かりました」

少年は納得して皿を持ちスプーンでおにぎりを口に運ぶ。

「……ん?……あれ?美味しい」
『美味しくないと思ったの?』
「い、いえ。いや、すみません。初めて見る物でしたので」

ぷくっとしたブランシュに慌てて謝る少年。
見たことのない白い粒を三角にした物に躊躇していたことが事実で、申し訳なさそうな表情で謝る少年に天虎は笑う。

『笑ってるけど天虎さんも最初お米は嫌がったけどね』
「仕方がないだろう?何もせずそのままで食べたことしかなかったのだから。ガリガリとした石にしか思えなかった」

天虎までとばっちりを受けて一族は笑う。
籾殻をとり炊いて食べると知ったのはブランシュに知識があったからで、山の主のテッラすら食べ方など知らなかった。

『私は好きなんだけどなぁ』
「食べ方を知ってからは美味いと思っている」
「私も美味しいと思っています」

弁解する天虎と少年の姿にみんなはくすくす。
過酷な訓練の合間の和やかな(天虎と少年以外には)休憩時間になった。





休憩時間を挟み訓練を再開して一時間ほど。

「卵と野菜でいいんだな?」
『うん。小麦はまだあるから大丈夫』

そう話すのは天虎とブランシュ。
一度抜けて買い物に行くことになっていた天虎は一族にその間やることを伝えてからブランシュと話す。

『お金は忘れてない?』
「持っている」
『買い終わったらすぐに帰ってくる?』
「ああ。街に行くだけだからすぐに戻る」

しょぼんとするブランシュの頭を撫でる天虎。
ソレイユ領にある街に行って買い物をするだけだからすぐに戻ってくるのだけれど、森の外で天虎と離れるのは初めてのブランシュは不安になっている。

「少年と精霊魔法の練習をしていればすぐだ」
『……うん』
「祝い子さま。屋敷は安全ですので私たちと待ちましょう」
『……分かった』

渋々離れて少年の手を繋いだブランシュ。
訓練の最中に抜けるから早く帰って来れるよう天虎が一人で行くことにしたとブランシュにも分かっているから、それ以上は言わず大人しく待つことにした。

「すぐに戻る。ブランシュを頼んだぞ」
「承知しました。お気を付けて」

一族に頼んで元の姿に戻った天虎はすぐに姿を消した。

「天虎さまでしたら街まですぐです。お戻りになるまでは私と精霊魔法の練習をしておきましょう」
『うん』

ブランシュが唯一気にかけていて交流もある光の一族だから天虎も下手に連れて行くより預けることにした。
見知らぬヒトの子ばかりの街へ連れて行くより光の一族の屋敷に居た方が安全だろうと。
街まで近いからすぐに戻って来れるという理由もある。

二手に分かれて特訓の続き。
休憩時間に天虎から『今のお前たちでは到底無理だ』と言われたこともあって、みんな天虎がそれぞれに課した訓練内容に真剣に取り組んでいた。

精霊使いの少年とブランシュは目を閉じて瞑想。
自然が奏でる音を聞き風を感じながら心を落ち着ける。
精霊魔法は大自然や精霊の力を借りるのだから、こうして心を落ち着けて自然を感じることも重要な訓練の一つ。

別の訓練をしている家族の音を聴きながらも瞼を閉じて集中すること数十分。

「大旦那さま!」

聞こえて来たのは男性の声。
初老の男性を呼ぶその声に集中力が途切れた少年とブランシュは瞼をあげる。

『慌ててどうしたんだろう』
「私たちも聞きに行きましょう」
『うん』

執事や一部の騎士だけに限定して訓練していると知っているのに慌てた様子で来たことが気になって、少年もブランシュの手を繋いで使用人のところに集まる家族の元に行く。

「ブランシュさま!すぐに屋敷の中へ!」

向かう最中にこちらへ走って来たのは少女と青年の妻。
真剣な表情の二人を見てブランシュと少年は首を傾げる。

「どうした」
「妖精姫が」
「ごきげんよう、みなさま」

青年の妻が話し終える前に聞こえてきた声。
その聞き覚えのある声で理解した少年はデスティネとボヌールに離れるよう視線を送る。

「なぜ屋敷に姫が」
「貴方に会いに来たと」
「私に?」

短い会話を交わすだけでタイムアップ。
すぐに姿を見つけられて騎士や侍女を引き連れ歩いてくる。

「ごきげんよう、ヴァルフレード卿」
「訓練中でしたのでこのような姿で御無礼を。グルナ国の姫君へご挨拶申し上げます」

よりによって天虎さまが不在になった時に。
舌打ちしたい気持ちを抑えて隠すようにブランシュの前に出た少年は妖精姫に挨拶をする。

「ご訪問のご予定は届いていなかったように思いますが」

初老の男性も少年の隣に行ってブランシュを隠す。

「近くへ来たついでに嫁ぎ先を見ておこうと思いましたの」

そんな身勝手な行動を。
本来ならば事前に報せを入れて返事を聞いてから訪問するのが礼儀だと言うのに。

「それより、その子は誰ですの?」
「私の友人の娘です。外出中だけお預かりしております」
「あら、そうなの」

ブランシュのことを聞かれてヒヤリとする一族。

「ディア。二人で部屋に戻って遊んでいなさい」
「はい」
「お待ちになって」

青年から言われた少女がブランシュの手をキュッと繋いで歩き出そうとすると引き留められる。

「あの子を前に」
「「はい」」
「お戯れを。お預かりした子に勝手をされては困ります」

騎士に命じた妖精姫を咎める初老の男性。

「姫に無礼を働くのであれば斬る」

初老の男性に剣を抜こうとする騎士たちを見て少女はブランシュをギュッと抱きしめる。

『ありがとう。大丈夫』

震えている少女の背中をポンポンと叩いたブランシュ。
一族が自分を守ろうとしてくれていることは充分伝わった。

『お兄さんのお爺さん。私は喋れないことだけ伝えて?』
『祝い子さま?』

天虎が繋いだまま行った一族と執事と騎士にだけ聞こえる念話で初老の男性に伝えたブランシュは、少年や騎士の隣を通り過ぎると妖精姫の前に行ってカーテシーをする。

なぜ祝い子さまがカーテシーを知っているのか。
いや、それよりもなぜ妖精姫に従ったのか。
貴族ではないはずのブランシュが妖精姫に美しくカーテシーをする姿を見た少年は拳を強く握る。

「幼子の方が立場を理解しているようだな」

初老の男性にそれだけ言った騎士は剣を抜くことはなく妖精姫の背後に戻った。

「その子は言葉を話すことが出来ません」
「あら。病気?」
「はい」

隣国の姫という高い身分をいいことに門番や使用人が止めるのも聞かず屋敷の敷地へ足を踏み入れこの態度。
初老の男性も少年と同じく固く拳を握ることで怒りを堪えながらブランシュが願った通り話せないことを伝える。

「お顔をあげなさい」

妖精姫が命じるとカーテシーを止め顔をあげたブランシュ。
その瞬間に妖精姫の後ろに着いている侍女や騎士たちの表情が変わる。

なんと美しい少女なのか。
それになぜだろう。
少女を見ていると頭がスッキリしてくる。

『……従者たちの様子がおかしい』
『はい。なぜ祝い子さまに釘付けになっているのか』

念話で話す初老の男性と青年。
時が止まったようにただただブランシュをジッと見ている従者たちの様子を見て青年の妻と少女も首を傾げる。

『祝い子さま』
『なんだろう。みんなに見られてる』

念話で声をかけた少年にそう答えたブランシュ。
なぜ後ろの人たちがずっと自分を眺めているのかブランシュにも理解ができなかった。

『お姫さまはどうして何も話さないの?私を前に連れて来るよう言ったのに。そういう意味じゃなかった?』
『いえ。連れて来るよう命じたことは間違いないですが』

そこはブランシュの解釈で合っている。
ただ、いざブランシュが前に行ったら無言になってしまった理由は少年や一族にも分からない。

『もしかして私が話すのを待ってるのかな。天虎さんが居ないからお姫さまたちには話せないのに』

ジッと見られているからジッと見返しているブランシュは困ったように一族へ念話で話す。

「貴女……何者ですの?」

漸く口を開いた妖精姫。
自分の妖精たちが昔のように明るい光で点滅し始めたのを見てもう一度ブランシュを見る。

なぜかしら、なかなか言葉が出ない。
この子供を見ているととても不快になる。
人々から神の子と崇められる祝い子のワタクシがなぜこのような幼い子に何の言葉も言えなくなっているのかしら。

どうしてワタクシを見てもこの子は変わらないの?
他の人はみんなワタクシを神の子と崇めるのに、なぜこの子は表情も変えずただそこに立っているの?

平伏しなさい、ワタクシに。
貴女もワタクシを崇めなさい、神の子と。
神と妖精に愛された姫で祝い子のワタクシに生意気よ。

妖精姫の中で膨らんで行くブランシュへの不快感。
心の中ではブランシュに悪態をついているのに言葉が出ない。

なぜ。
なぜこの子は祝い子のワタクシよりも美しく見えるの。

お互いに見合っている妖精姫とブランシュを見る一族も何が起きているのか分からず、様子を見守るしか出来なかった。


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