異世界で猫に拾われたので

REON

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chapter.2

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結局神託の内容は思い出せず、早々にパレードから離れて店が建ち並ぶ道を歩く。

『いい匂い』
【食べ物を売っている店もあるようだな】

ずらりと並んでいるのは食材を売っている店や調理済みの料理を売っている店と様々。

『お買い物って言ってたけど天虎さんお金を持ってるの?』
【金なら今から作りに行く】
『どういうこと?』
【魔物を買い取って貰う】

湖で暮らしている天虎にはヒトの子のお金など必要ない。
けれどお金の作り方なら知っている。
初代がそうしていたから。

『魔物が売れるの?』
【ああ。ヒトの子も肉を食べるだろう?】
『うん』
【だから狩ってきた魔物をギルドで買い取っている】
『ギルド……あ、お兄さんが話してた冒険者が集まる場所』
【そうだ】

天虎が向かっているのは冒険者が集まるギルド。
場所など知ろうとすれば知れる天虎には既にギルドの場所が分かっているから、今はそこに向かっているところ。

【光の一族の初代が森で暮らしていた時に自分が食べる魔物以外はギルドに売っていた。彼奴もブランシュと同じヒトの子だけに衣類などは人里で買わなければならなかったからな】
『そっか。数百年ヒトとは関わってないって言ってた天虎さんがヒトのことに詳しいのはサヴィーノと居たからなんだね』
【聞いてもいないのに勝手に一人で話していた。ヒトの子の生活に興味などないのにペラペラと】

不満気な表情の天虎にブランシュは笑う。
嫌な顔をしているけど、しっかり覚えているということはちゃんと話を聞いてあげていたんだね、と。

【冒険者が増えて来たな】
『どの人のこと?』
【防具やローブを着て武器を持っている者がそうだ】

店を通り過ぎて奥へ進んでいると冒険者の姿が増える。
ギルドが近い証拠。

『……なんか見られてる?』
【白鷹が珍しくて見ているのだろう】
『精霊さんを?白鷹って珍しいの?』
【ああ】
『だからかぁ。綺麗だもんね。つい見ちゃうのも分かる』

念話で会話を交わす二人を見る人々。
見たことのない白鷹を連れた真っ白の目立つ二人を。
男性の方は幾つあるんだと思う背の高さの美丈夫。
腕に抱かれている少女も人形と間違うほどに美しい。

ヒトの姿になれば目立たないと思っているのは二人だけ。
ジッと見るのは失礼だと思ってチラ見しかしていない人が多いというだけで、パレードの最中もギルドに向かっている今も常に注目を集めている。

【あれだ】
『わあ……大きい』

話している間にも辿り着いたギルド。
周りの建物と比べて数倍の大きさと高さがある。
王都で最も大きいギルドがこの本部。

早速開いている扉からギルドに足を踏み入れる。

『人がいっぱい居る』
【冒険者が集まる場所だからな】

テーブルに座って飲食をしている人やカウンターで話している人や数名で集まっている人。
その人の多さにブランシュはまた怖くなったものの深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

大丈夫、この人たちに何かされた訳じゃないんだから。
誰も私のことなんて知らないんだから大丈夫。
天虎さんと光さんたちも一緒なんだから怖くない。
強くなるって約束したんだから頑張らないと。

ブランシュが落ち着くのを立ち止まって待つ天虎。
妖精と精霊も心配しながらも見守る。
自分の恐怖心と戦っているブランシュを。

『行かないの?』
【落ち着いたか?】
『私を待っててくれたの?』
【ああ。無理なら引き返すぞ?】
『ううん。頑張る。ヒトを怖がらないようにならないと』

返事を聞いた天虎はくすりと笑って頬に口付ける。
私の娘は頑張り屋だな。

【金を手に入れたら小麦や卵を探そう】
『うん!』

嬉しそうなブランシュに天虎も笑みを浮かべた。

天虎が向かったのはカウンター。
同じ衣装を着た者たちがこのギルドの職員だろうと思って。

「魔物を売りにきた」

カウンターを挟んで前に立った真っ白な男性。
真っ白な愛らしい子供と大きな白鷹を連れている見上げるほど背の高い男性にギルド職員は唖然とする。

「……耳が聞こえないのか?」

ぽかんと口を開けて見ている職員に天虎は首を傾げる。
その職員は今まで手続きをしていたから声をかけられるまで気づいていなかったけれど、冒険者や他の職員は二人が入った時から気付いて驚いたからその職員の気持ちは理解できた。

『精霊さんに驚いてる?』
【魔物をテイムして連れ歩いている者は他にも居るから大丈夫だろうと思ったが、そんなに驚くほど白鷹は珍しかったか】

天虎の知識は初代が居た遥か昔のもの。
その時代にも白鷹は珍しかったものの全く居ない訳ではなかったから大丈夫だろうと思っていた。
ただ、職員がいま唖然としているのは白鷹のことではない。

「おい。仕事をしてくれ」
「し、失礼しました!」

天虎がもう一度大き目の声で話しかけると漸く職員はハッとしてすぐに謝る。

「ほ、本日のご用件は」
「魔物を売りに来た」

さっきも言ったけれど。

「承知しました。ではギルドカードをお願いします」
「ギルドカード?」

大きく首を傾げる天虎。

「ギルドカードをお持ちではないですか?」
「持っていない。それがないと売れないのか?」
「ギルドでの買い取りは冒険者からしか行っておりません」
「他に買い取ってくれる場所は?」
「小さな魔物でしたら買い取りをしている商店もあります」

説明を聞いた天虎は眉根を押さえる。
彼奴は森の魔物を売っていたから、そのギルドカードというものを持っていたと言うことか。

「販売を希望するのは大きな魔物ですか?」
「ああ。小さくて売れそうな物はアベイユの巣しかない」
「!!」

それを聞いて職員の表情が変わる。

「少々お待ちください。ギルドマスターに確認いたします」

そう言ってすぐに立ち上がると行ってしまった。

『お姉さん行っちゃった』
【慌ただしい娘だ】
『確認するって言ってたけど買ってくれるのかな』
【冒険者だけと言っていたから駄目だろうな】

うーんと悩む天虎。
カードがなければ買い取らないとは知らず、大きな魔物の方が取れる肉も多いから高く買ってくれるだろうと思ってあえて大型種の魔物を狩ってきてしまった。

【仕方がない。王都の傍で小型種を狩るか】
『王都の傍にも魔物は居るの?』
【魔物はどこにでも居る】
『危なくないの?』
【強い魔物は警戒心が強く人里には近付かない。極稀に現れる時もあるだろうが、森の魔物と違って大抵は弱い魔物だ】
『そうなんだ』

天虎の森の魔物は別格。
神が暮らす森は自然豊かだから魔物の種類も数も多い。
弱肉強食の世界で弱い魔物は生き残れないから、必然的に天虎の森は強い魔物ばかりになっている。
冒険者は頻繁に来るけれど手前側に居る弱めの魔物を狩るのが基本で、腕の立つ者しか森の奥には進めない。

「お待たせいたしました」
「君がそうか」

先ほどの職員と一緒に走って来た男性。
ガタイのいい男性は天虎とブランシュを見上げる。

「私はギルドマスターのピムと言う」

そう先に自己紹介したギルドマスターはカウンター越しに天虎を手招きしてきて、何かと天虎は距離を寄せる。

「アベイユの巣を持っているというのは本当か?」
「持っているが」
「見せて貰えるか?」
「買い取ってくれるのか?」
「本物ならば買い取ろう」
「分かっ」
「ま、待った!ここで出すな!」

インベントリを開いた天虎を慌てて止めるギルドマスター。

「見せろと言ったではないか」
「危ないだろう!」
「危ない?」

コソコソ話すギルドマスターに釣られてコソコソ返す天虎。

「とにかく着いて来てくれ。話はそれからだ」

何が危ないのかは分からないものの、ここで買い取ってくれるならと思ってギルドマスターに着いて行くとソファやテーブルのある部屋に通された。

「すまないな。部屋まで足を運ばせて。座ってくれ」

部屋にはギルドマスターの他にも女性が一人と男性が一人。
二人は天虎とブランシュに軽く頭を下げ、ギルドマスターはソファに座ると天虎にも対面のソファに座るよう促した。

「早速だが見せて貰えるか?この上に置いてくれ」
「ああ」

ブランシュをソファに座らせて隣に座った天虎は開いたインベントリに手を入れ、今度こそアベイユの巣を取り出して布が敷かれているテーブルに置く。

「……これは」
「アベイユの巣だ」
「鑑定をかけさせて貰うがいいか?」
「構わないが疑り深いことだ」
「悪く思わないでくれ。ギルドでは買い取る物には全て鑑定をかける決まりなんだ。偽物を買い取る訳にいかないからな」
「まあそうか。好きに鑑定するといい」

鑑定をかけられて困ることはない。
本物だから。

「ミカ」
「はい。失礼いたします」

手袋をつけた男性はテーブルの隣に跪くと、そっとアベイユの巣を手に取る。

「これは食べていいのか?」
「どうぞお召し上がりください」

天虎とブランシュの前に女性が置いたのは紅茶とクッキー。
女性に確認してから天虎はクッキーを一枚とるとブランシュに渡す。

『ありがとう』
【たまにはヒトが作った物を食べるのもいいだろう】
『うん』

いつもは自分で作った物を食べているけれど、他人が作った物を食べるのは初めて。

『小麦だ!』

サクッと一口食べたブランシュは口を押さえてモグモグ。
念話だから食べながらでも話せる。

【味は?】
『あまり甘くない』

そんな感想に天虎は笑う。

【砂糖は貴族が食べるような高級品だからな】
『そうなの?』
【ああ。ブランシュはなくならない調味料があるから幾らでも使えるが、他の者はそうもいかない。それでも砂糖を使う菓子を出せるだけこのギルドは余裕があると言うことだ】

ブランシュが作った菓子の方が美味しいのは当然。
砂糖や胡椒は収穫できる量が少ないために高級品で、このクッキーも庶民のテーブルに載ることは滅多にない。
あって祝いの日くらいだろう。

「二人は兄弟なのか?」
「ブランシュは私の娘だ」
「娘?」

ああ、養子をとったか奥方の連れ子か。
二人を見比べたギルドマスターはそう判断する。
天虎の容姿が二十そこそこの青年にしか見えないがために。

「いや、そっくりだな」

養子や連れ子なら似ていないはず。
でも二人の容姿はそっくり。
髪も睫毛も肌も白く、虹彩が黄金。
一人居るだけでも珍しい容姿が二人居るとなると本当に血が繋がっていると考える方が自然。

やはり兄妹では……
いや、詮索するべきじゃないな。
事情があって親子ということにしているのだろう。
余計なことは聞くものじゃない。

「愛らしい娘だ」
「だろう?私の娘の可愛さには女神も敵わない」
「そうだな」

親バカならぬ兄バカかとギルドマスターは苦笑する。
ただ実際に美しい少女なのは確か。

「これだけ愛らしいと家族は気が気ではないだろう。おかしな輩に声をかけられても着いて行かないようにな」
「娘は喋れない」
「え?ああ……そうだったのか」

ブランシュに話しかけたギルドマスターは天虎からその話を聞いて、一言も話さないと思えばそういうことかと納得した。

「鑑定が終わりました」
「どうだった」
「本物です。アベイユの巣で間違いありません」
「……まさかの本物か」

男性の鑑定が終わって結果を聞いたギルドマスターは眉間を押さえる。

「この巣をどこで手に入れたか聞いてもいいか?」
「天虎の森だ」
「天虎の……そうか」

はあと大きな溜息をつくギルドマスター。
天虎とブランシュはどうしたのかと首を傾げる。

「本物だったというのに買い取って貰えないのか?」
「いや、買い取ろう。と言うより他では買い取れない」
「小型種の魔物ではないからか?」
「違う。確かに大型の魔物や素材をそのまま買い取れるのはギルドに限定されてしまうが、解体済みであれば物によって買い取る店もある。だがこれに関しては買取金が用意できない」

姿のまま持ってきて買い取れるのはギルドだけ。
ただ解体した物の一部だけなら売ることは出来る。
全て売るには何軒もの店を回って売ることにはなるけれど。

「君はいまいち世情に疎いようだから正直に話すが、どうせまた偽物だろうと思っていた。アベイユの巣ではないと知りながら騙せると思って売りに来る愚か者も居れば、よく似た別の魔物の巣をアベイユの巣と勘違いして売りに来る者もいる」

ギルドカードを知らないことも、平然と人前でアベイユの巣を出そうとしたことも、通常の感覚とはズレている。
一体どこの山の中から来たんだと思うほどに。

「似てるというとグロスの巣か」
「そうだ。世情は疎くとも魔物には詳しいんだな」

グサッと矢が突き刺さる天虎。
たしかにヒトの子の世情には疎い。
知っていることの殆どは彼奴から聞いたことだ。

「君が嘘をついているようには見えなかった。私が言ったらすぐに見せようとしたし、鑑定も拒まなかったからな。だからグロスの巣と勘違いしているんだろうと思ったんだ。この大きさを見て尚更。それがまさか本物だったとは」

あの場で出させなくて良かった。
もし出していたら大騒ぎになっていただろう。

「よくこれだけの立派な巣を見つけたものだ。少なくとも私は今まで生きてきて一度もお目にかかったことがない」
「アベイユの多く居る森の奥まで行けば幾つもあるぞ?」
「そこまで行ける者が居ないから出回っていないんだ」

軽く言われてギルドマスターはがくりと項垂れる。
アベイユが群れる森の奥まで行ける者自体が貴重な存在。
ランクの高い冒険者でも天虎の森の奥まで行くのは命懸け。

「とにかくこれは買い取る。ただ今日中に払うのは無理だ」
「それは困る。娘に小麦と卵を買う約束をしている」
「小麦と卵?数十年分の小麦と卵を買うつもりか」

アベイユの巣を売った金で買う物が小麦と卵とは、一体どれだけの量を買うつもりだ。

「そんなに小麦や卵は安いのか?」
「安い。安いがそうではなく、アベイユの巣が高いんだ」
「蜜を抜いてあるのに何故」
「……まさか蜜も持っているのか?」
「蜜は売らんぞ。娘が料理に使っている」
「……アベイユの蜜を料理に」

目頭を押さえて天を仰ぐギルドマスター。
この親子(?)はなんなんだ。

『そう言えばお茶と一緒に出した時にお兄さんのお爺さんが小瓶一つでお屋敷が建つ値段になるって言ってたね』
【蜜はな。だがこれは蜜を抜いた後の巣だ】

天虎からすればただの巣。
娘の料理に使いたいと話してアベイユから直接貰ってきた。
アベイユはすぐに次の巣を作れるから言えばくれる。

「アベイユの巣は死病に効果のある薬になる。だから小さなアベイユの巣でも欲しい。ただアベイユ自体が凶暴な上に、巣を作る場所も高山やそれこそ天虎の森だけに命懸けになる。この大きなアベイユの巣があれば何人の人の命が助かることか」

死病はその名前の通り死に至る病。
手足の先から腐り始めて最後には命尽きる。
その病に効果のあるアベイユの巣は貴重で手に入らない。
需要と供給が追いついていないのだから、どんなに小さな巣でも高く買い取って貰える。

「じゃあひと月程の小麦と卵が買える金額で買い取れ。それくらいなら今払えるだろう?」
「何を言っているんだ。軽く見積もっても数十年分は買える金額の物をそんな値段で買い取る訳にはいかない」
「これで多くの命が助かるのだろう?私も今すぐに金が必要だと言っているのだから何の問題がある」

森で暮らす天虎やブランシュには大金は必要ない。
また買い物に来る時は魔物を狩って来ればいいだけだ。

「そうだ。他に売れる物は持っていないのか?」
「大型種の魔物しかない」
「それを買い取ろう。そうすれば小麦も卵も買える。さすがに額が額だけに君の善意に甘えるようなことは出来ない」

多くの命が助かるならという優しさで言ってくれたんだとしてもその善意は受けとれない。

「私は冒険者ではない」
「ギルドカードを作ればいい。私の権限で発行する」
「カードを作る金もかかるのではないのか?」
「最初は無料だ。紛失して再発行する際にはかかるがな。ギルドカードを持っていれば次に売る時にはすぐ買い取れる」

世情に疎い青年ではあるけれど悪い青年ではない。
善意自体は受け取れなくてもその善意の心に答えなくては。

「では作ってくれ。小型種を売って回るのは面倒だ」
「ああ。すぐに発行させる」

ギルドマスターが手招いて耳打ちした女性は頷くと部屋を出て行った。

「ところで売りたい魔物だが、まさか天虎の森の魔物か?」
「そうだ」
「やはり……!」

そうじゃないかとは思った。
アベイユの巣のある森の奥に行ける実力のある青年なら途中で魔物も狩ってきただろうと。

気をしっかり保て。
恐らく驚くような魔物の名前が出てくるだろうが、アベイユの巣で既に驚かされたんだから何がきても大丈夫だ。

「魔物の種類を聞こう」
「種類?ドラゴン種だ」
「ん?」
「グリーンドラゴンを狩ってきた」
「無理だっっ!それも今日中には支払えない!むしろアベイユの巣よりも高い!皇族への献上品でも集めているのか!」

なぜ支払いに日数のかかる高い物ばかりなんだ!
わざとか!わざとなのか!
顔を覆って嘆くギルドマスターを見て天虎とブランシュは顔を見合わせる。

『楽しい人だね。何か可哀想でもあるけど』
【賑やかな男だ】

ブランシュは苦笑で、天虎は呆れ顔で会話を交わす。

「大袈裟な。宝石系のドラゴンでもあるまいし」
「軍隊で戦うようなドラゴンを一人で狩れて堪るか!」

狩れるが?
宝石系のドラゴン(身体から宝石が採取できて名前にも宝石の名前が付いている)は数が少ないだけに狩らないけれど。

「あれも無理これも無理と、なんならば買い取れるんだ」
「なぜ私の方が悪いような顔をされているのか。自分がそれほどの高価な素材や魔物を持ち込んでいるというのに」

ギルドマスターからすれば理不尽な話。
天虎は強いから簡単に言うけれど、ヒトの子はドラゴンの方から国を襲いにでもこない限り危険すぎて戦わない。

ブランシュはポシェットを開けて袋を取り出すと椅子から降りてギルドマスターにそれを渡す。

「クッキー?」
『食べて元気だして』
「なんていい子なんだ!ありがとう!」

ブランシュが渡したのは木の実のジャムを使ったクッキー。
天虎が売りに来た物で憔悴してるようだから、元気を出すようゆっくり口を動かして伝えるとギルドマスターは感動する。

『お兄さんもどうぞ』
「私にもくださるのですか?」
『うん』
「ありがとうございます」

またパクパクと口を動かして話したブランシュから男性職員も受け取り頭を下げた。

【なぜ菓子を渡した】
『お腹が空いてるから』
【ん?】
『そう思ったの。でもお料理は作れないからクッキー。悪い人じゃないのにお腹が空いてて可哀想』

またか。
光の一族の時にも腹が減っていることを話していた。
なくならない調味料が祝い子の能力になっているブランシュは恐らく、空腹という身体の状態を含めに纏わる物事を察知できるのだろう。

【優しい子だ】

隣に座ったブランシュの頭に口付ける天虎。
私の娘は心優しくて可愛い。

「食え。私の娘の手作りだ」
「圧が強い」
「私の娘の優しさを蔑ろにはするな」
「分かった。ありがたく頂戴するから。圧が強い」

本来なら仕事中に食べないけれど、睨んで言う天虎の圧に負けた二人は袋に入っている一枚のクッキーを出して口に運ぶ。

「「!?」」

サクッと一口食べて二人は口を押さえる。
その香ばしさと品のいい甘さのあるクッキーの味に。

「これは美味いな」
「はい。このように美味しいクッキーは初めてです」

衝撃を受ける二人。
まだ幼いのにもう菓子を焼けるのかと感心しつつ軽い気持ちで食べたらとんでもない。
子供が作った菓子の域を超えている。

「君の娘は料理の天才か?」
「美味いだろう?娘の作るものは全て美味い」
「凄い。お世辞抜きにこれは凄い」

喜んで貰えてもじもじ照れくさそうなブランシュ。
そんなブランシュの隣でドヤる天虎のことは受け流しながら、二人とも袋に入った二枚のクッキーをぺろりと完食した。

「ありがとう娘さん。とても美味しかった」
「ありがとうございます」
『どういたしまして』

ほんのり頬を染め手元をもじもじしてパクパク口を動かす愛らしいブランシュには二人もついついにっこり。

「優しい娘さんのお蔭でなんだか元気が出てきたようだ」
「そうだろうな。その菓子は天虎の森にある大樹の木の実を粉にした物にアベイユの蜜が練りこんである」
「「!?」」

ごほっと咳き込むギルドマスターと男性。

「娘さん!そのような高級品を人に渡しては駄目だ!それでなくとも愛らしいというのに悪い奴につけこまれてしまう!」

ギルドマスターの圧にビクッとするブランシュ。

「大きな声を出すな。娘が怯える」
「す、すまない。悪かった。つい声を荒らげてしまった」
『大丈夫』

天虎から言われてハッとしたギルドマスターはすぐに謝る。
声の大きさにはビックリしたけれど、自分を心配して言ってくれたことは分かっているから首を横に振って答えた。

「心配せずともブランシュは人を選んで渡している。お前たちが悪い者ではないと分かっているから渡した」

ギルドマスターは眉間を押さえて溜息をつく。
感覚がズレているとんでもない親子(兄妹)だが人は良い。
心配になるほどに。

「娘が可愛いなら親の君がもっと世情を知るべきだ。仮に他の場所でアベイユの巣を売っていたらどうなっていたことか。物の価値を知らないと分かればそれこそ小麦や卵の値段で買い叩かれていたかも知れない。君自身がいいカモにされるだけでなく君が連れている娘も利用されるかも知れないんだ」

そう言われて天虎は黙る。
たしかにそうだと。
自分にとってはヒトの子など恐るに足らない存在でも、一緒に居るブランシュが危険に晒されるかも知れない。

「分かった。知る努力をしよう」

知ろうと思えば知れるけれど知ろうとはしなかった。
ヒトの子と関わるつもりがなかったから。
繁栄するも滅亡するも自由。
自分のすることはヒトの子がやりすぎた時の破壊か再生か。

長い年月を生きてきた天虎。
ヒトの子など簡単に滅ぼせてしまう破壊と再生の神。
ただ、ブランシュを守るためには力だけでは駄目なんだと、ギルドマスターの言葉で気付かされた。
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