ホスト異世界へ行く

REON

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第十四章

叙事詩

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「これは?」
「青です」
「こっちは?」
「赤です」
「本当に判別できてますね」

アルシュ侯に色の確認をさせてスクロールに書き込む。
先代から杖で殴られて額を怪我した時に回復治療をする俺を見て驚いた様子を見せたけど、その理由がそれまで灰色だった世界に色がついたからだったらしい。

「魔法検査の結果にも異常ありません。額の怪我を治すためにかけた上級回復ハイヒールが錐体の異常も怪我と捉えたのでしょう。偶然の産物ではありますが、色覚異常が治って何よりです」
「ありがとうございます。閣下のお蔭です」

深々と頭を下げるアルシュ侯にくすりと笑う。
偶然の産物だったのに律儀な人だ。

「では次はジェレミーさま」
「はい」

アルシュ侯と交換で座ったジェレミーに魔法検査をかける。

俺がやっているのは健康診断。
裁判前の今は本人たちだけの外出が禁じられているから病院にも行けず、代わりに俺が魔法検査を行っている。

「今まで上級回復ハイヒール治療を受けたことがあっても治らなかった異常が治ったのは、やはり閣下の能力が高いからですか?」
「ジェレミーさま、今のワタクシはメテオールの姿ですのに口調が丁寧になっていましてよ?」

口に人差し指で触れた俺にジェレミーは赤くなる。

「す、すまない。気をつける」
「よろしい」

パッと横を向いて顔を逸らしたジェレミーにくすりと笑う。
普段の俺と雌性の俺との対応差に早く慣れて貰うために、俺が雌性になっている時は友人と会話をしているように常語で話す約束をしている。

ワタクシ回復魔法ハイヒールだから治ったのは間違いありません。風邪を引いた時に喉の痛みを緩和したり熱を下げたりするくらいは出来ますが、回復魔法で病は治らないというのが常識ですから」

症状は緩和できても病自体は治せない。
病で回復治癒を受ける人は症状を緩和して貰うため。
それがこの世界での常識。

「ただ例外があって、歴代勇者の中には大病でも治せる大聖女が居たそうです。ワタクシは大病を治すことは出来ませんが、特殊な能力を持つ異世界人であることと回復力が高いという条件が揃えば不可能を可能に変えることが出来るのかと」
「大病を?さすが勇者さまというべきか」

先天性異常を治した事をエミーに話したらそう言っていた。
歴代勇者の中でもその大聖女だけらしいけど、王家が患っていた死の病を治して神のように崇められたらしい。

「ジェレミーさまの検査結果も異常ありません。確認を」
「ありがとう」
「どういたしまして」

検査結果の画面パネルを拡大して確認させながらスクロールに状態を書き込む。

わざわざ書いているのはこの検査結果を国に提出するから。
裁判前に体調を崩されたら裁判が行えなくなるから、牢に居る加害者でも毎日受けさせる決まりになっている。
俺が身柄を預かっていて屋敷で暮らしているアルシュ侯たちは一週間に一度でいいけど、裁判に出廷する限り体調の変化を確認する健康診断は必須。

「体調に異変を感じたらいつでも言ってください」
「分かった」

ジェレミーの診察もこれで終わり。
16歳と若いし持病もないから健康そのものだけど、体調が悪いと感じたら言うようにだけ伝えた。

「レアンドル。交換」
「ああ」

最後はレアンドル。
ジェレミーから呼ばれて俺の前の椅子に座ったレアンドルにも魔法検査をかける。

「瓶の抑制剤は使用しましたか?」
「いえ」
「通常の抑制剤と栄養剤は?」
「飲みました」

レアンドルは魔力が不安定で毎食後に薬を飲んでいるから状態を確認するために毎日健康診断をしていて、今日も先に口頭で質問してスクロールに書く。

「口調」
「人前では変えます」

それを聞いてぷくりとして見せる。

「メテオールの時は言葉を崩す約束ですが?」
「女性の姿でも英雄エロー公爵閣下ですので」

頑な。
俺の正体を明かしてからずっとこうだ。
礼儀として目を合わせて会話をする時以外は声をかけるどころか近寄ってもこない。

「レアンドル」
「はい」

赤黒く変化した目で俺を見るレアンドル。
ただそれは目上の人に対して失礼がないよう見ているだけで、正体を知る前に俺を見ていた時の視線とは違う。

まあ仕方がないか。
正体を隠していたことにプラスしてレアンドルとは肉体関係を持ってしまったから、本当は同性(両性だけど)とヤってしまったというトラウマを植え付けてしまった可能性がある。
俺のように性別問わずの人ならまだしも異性愛者ノーマルの人にとっては、例えヤった時の身体は雌性だったとしても本当は男性(両性)だったという現実を不快に思ってもおかしくない。

「検査結果が出ました。確認を」
「はい」

これは正体を隠して関係を持った俺が悪い。
だからレアンドルには強く言えず、早々に出た魔法検査の画面パネルを確認して貰いながらスクロールに目をやる。
俺と居る限りなかなか忘れられなそうだから、裁判後はそのままこの屋敷に暮らさせて距離を置いた方が良さそうだ。

「診察はこれで終わりです。後は自由に過ごしてください」
「ありがとうございました」
「どういたしまして」

胸に手をあててお礼をした三人は部屋を出ていく。
裁判前の今は外出禁止だけど、屋敷内(庭園も含む)なら個人が何をして過ごすも自由。

「ベル。いつも通り頼む」
「承知しました」

巻いたスクロールに封蝋をして魔法で封じてベルに渡す。
このレアンドルの屋敷は近くに伝書館(郵便局的なもの)があるから、重要文書扱いで直接王宮師団まで届けて貰える。
俺が毎日何かしらの書簡を送るからベルも慣れたもので、いつも通りと伝えるだけで察して行ってくれる。

「お疲れさまでした。お食事はいかがなさいますか?」
「軽食を用意するよう伝えてくれ。書類に目を通しながらになるから片手で食べられる物で頼む」
「承知しました」

部屋を出て行くベルとエドを見送って溜息をつく。
アルシュ侯が先代邸の調査に協力しているからブークリエの屋敷には連れて行けず俺がこっちに滞在して仕事をしてるけど、ブークリエ国での領主の仕事(書類確認&捺印)にプラスして叙爵で貰った領地の書類を確認したり極秘裁判に使う書類の記入したりと忙しい。

叙爵は元から決まってたことだからまだしも、極秘裁判をすることになった今回の事件は完全に予定外。
調査の結果も毎日舞い込んでくるから一日中書類仕事。
お蔭で婚約発表で着る衣装や装飾品の用意はプリエール公爵家に任せきりになっているし、発表を行う会場の準備も国に任せきりで何も出来ていない。

俺に丸投げのエミーは別として、総領には申し訳ない。
婚約発表という大事な時を前に婚約者がバタバタしていて話し合いをする時間もろくに取れないんだから。
心の中で謝りながらも早速書類の確認に取り掛かった。


軽食を摂って確認した書類に紋印を押す作業を二時間ほど繰り返していると、扉をノックする音が静かな部屋に響く。

「入れ」
『失礼します』

聞こえてきたのはレアンドルの声。
このアルシュ領から近い場所にある耕作地の一つを確認に行ってくれているエドが帰って来たのかと思えば。

「これをお渡ししておこうと」
「スクロール?」
「閣下の執事は外出中とのことで直接お持ちしました」
「確認しますから座ってください」
「はい」

俺が今居るのはアルシュ侯の書斎。
そこを使ってくれと言われてありがたく借りている。
その広い書斎にスクロールを抱えてきたレアンドルに応接椅子に座るよう言って、俺も確認途中だったスクロールをデスクに伏せてから椅子を立って対面の椅子に座った。

「これは」
「私が分かっている範囲だけですが、祖父母や母が行った違法行為を纏めてあります。裁判で役に立てば良いのですが」

開いたスクロールの内容は違法行為について。
九本あるスクロールを全て開いて確認してみると、いつどこで誰に何をしてどうなったかまでが事細かに書かれていた。

「医療院にかかったことまで証拠が掴めてるのですか」
「私が連れて行って治療を受けさせましたので診察記録は医療院に残っておりますし、証言も協力してくれると思います」
「レアンドルが連れて行ったのですか?」
「証拠になりますから」

有能過ぎるだろ。
まだ成人したばかりの16歳の少年が弁護士や検察も顔負けのことをしているんだから。

「証拠になるから、ですか」

内容を読んでいてフッと笑いが込み上げる。
祖父から金を借りて返せず暴行された一般国民の診察結果と一緒に『あと数回は治療に通わせよう』という一言と『完治して良かった』と書かれているのを見て。

医療院に証拠を残すためなら一度でいい。
全治○○と診断結果は残るんだから。
最後まで通わせて治るまで見届ける必要はない。

「一言書くのは癖ですか?優しさが隠せてませんよ?」
「一言?……あっ!」

自分が書いた内容を忘れていたのか、慌ててテーブルの上のスクロールを取ろうとしたレアンドルに笑いながら魔法で浮かばせて自分の手元に運ぶ。

「でも何が目的でここまで記録をしていたのですか?」

自分の心境を書き留めたが書かれているということは俺が裁判に使えるよう書いてくれたものではなく、その都度書き留めていたものを持ってきたんだと分かる。
つまり別の目的で書き留めていたということ。

「レアンドル。何が目的ですか?」

隣に座って距離を詰め、顔を見ながら改めて質問する。
自分の祖父母や母親の数々の罪を書き留めてどうするつもりだったのか。

「……目的は果たされるだろう」
「ん?」
「メテオールが果たしてくれると信じて渡した」

レアンドルは俺を見て言ったあとそっぽを向く。

「私の望みは一つ。アルシュ侯爵家を潰すことだ」
「え?」

予想もしていなかったレアンドルの望み。
自分の家を潰すために証拠を集めていたとは。

「ジェレミーが家督を継ぐならこれは燃やして、全ての元凶の祖父母と母を事故に見せかけて消すつもりだった。真面目で友人も多く領民からも慕われているジェレミーと父上なら、二人で領民のためになる働きをしてくれるだろう。祖父母や母から権力でねじ伏せられて苦しむ者も居なくなる」

そう話してレアンドルは溜息をつく。

「事故に見せかけて自分も一緒に死ぬつもりだったと?」
「幾ら悪人とはいえ人の命を奪っておきながら生き長らえようとは思わない。罪を犯した責任は自分でとる」

愛した人を惨たらしい肉塊に変えた者たちに怒り滅ぼして自分にも呪縛をかけた過去のレアンドル。
苦しめられる人たちの姿に胸を痛めて祖父母と母親を道連れに自分も死のうとしていた今のレアンドル。
今のレアンドルに神魔族だった頃の記憶はないのに同じ末路を辿ろうとしていたことを知って背筋が寒くなる。

「私はそのようなこと望んでいない」
「メテオール?」

勝手に動いた口から紡がれた言葉。
身体も勝手に動いてレアンドルを抱きしめる。

「***。私はここに居るわ。貴方の傍に。だからもう***を憎むのはやめて。もう一度***の命を奪う必要はないの。奪えばまた貴方は苦しみ続けることになる。***が私の所為で苦しむなんてイヤ。だからお願い。もう繰り返さないで」

自分から発された言葉なのに聞き取れない部分がある。
つまり俺ではない誰かが話していることは間違いないけど、感情だけは俺にも伝わっていて胸が苦しい。

「***」

レアンドルが発した言葉も聞き取れない何か。
苦しいほどに胸が痛む俺をレアンドルが抱きしめ返す。

「でも痛かっただろう?辛かっただろう?」
「***が悲しむと思うと辛かった。胸が痛かった」

腕を緩めたレアンドルは俺と目を合わせる。
その目からは澄んだ赤い涙が流れていた。

「憎くないのか?***が」
「憎くない。哀れなだけ」
「…………」
「私が愛してるのは***だけ。心までは奪えない」

今のレアンドルと俺は身体を使われているだけ。
声はレアンドルと俺の声でも、俺たちではない二人が俺たちには分からない会話をしている。

「ねえ***。貴方はとても優しい人よ。小さな命でも大切にするとても優しい人。困っている人や救いを求める人が居れば見捨てられずに救いに行ってしまう心優しい人」
「だがその所為で***を一人にしてしまった。私が一人にしたから***が惨いことをされた。全て私の所為だ」

レアンドルからぽたぽたと落ちる涙。
血のような赤い涙は肌の上に落ちると透明に変わる。

「それが***の所為なら、そんな心優しい***を愛した私の所為でもあるわ。救いに行く貴方を行ってらっしゃいと見送っていたもの。私の所為で長い間苦しませてしまった」
「違う。***の所為ではない」
「じゃあ***の所為でもないわ」

身体が勝手に動いてレアンドルに口付ける。

「私は誰も憎んでいない。あの瞬間も***が悲しむんじゃないかと思うと怖くて、***と会えなくなることだけが辛くて苦しかった。でももうこうして***と会えたからいいの。もう悲しくも苦しくも辛くもない。愛してるわ、***」

もう一度口付けるとレアンドルも反応を返してくる。
呼吸をする隙も惜しむかのように深く執拗に。
その行為に俺の身体を使っている誰かの満たされた心が伝わってくる。

「***。愛している」
「私も愛してるわ」

戯れるように口付ける二人。
第三者目線で恋人同士の戯れを見せられている気分の複雑な心境もありつつ、何百年と離れ離れになっていた二人がまた会うことが出来て良かったとも思う。

「……いい加減にしてくれっ!」

続く口付けが止まったかと思えばレアンドルが怒鳴ってソファの背を拳で殴る。

「メテオール、すまない。大丈夫か?」
「レアンドル?」

レアンドルがメテオールと呼ぶと俺の身体も自分の意思で動くようになって、今まで自分の中にあった誰かの感情もスっと消えてなくなった。

「メテオールで間違いないか?」
「はい」
「……良かった」

安心してレアンドルは大きく息をはく。
どうやらレアンドルに戻ったようだ。

「記憶はありますか?」
「ああ。ただ、話していたのは私ではない。信じて貰えないだろうが、勝手に聞いたことのない言語で話していた。メテオールも何一つ分からない言語で話していたが記憶はあるか?」

ん?レアンドルは何も聞き取れなかったってこと?
俺が分からなかったのは部分的にだったけど。

「記憶はありますが、私にも分かりませんでした」

念の為にそう話を合わせる。
俺が神族だから聞き取れた言語なのかも知れないし。
いやでもそれなら神魔族のレアンドルも分かるような。

【まだ肉体が完全ではない彼に異界の言語は分かりません】
『急に喋りだしたな。何も教えてくれなかったのに』
【制限されていてお伝えできませんでした】
『ああ、それでか』

今の二人の会話は俺が失った記憶に関係している何かだったから伝えようにも伝えられなかったってことなんだろう。

『肉体が完全ではないってどういうこと?』
【彼の肉体はまだ半分エルフで半分神魔の状態です】
『え?そのうち肉体も神魔族になるってこと?』
【元の肉体は神魔族ですので、戻るというのが正しいかと】

マジか。
ステータスには種族も出るから厄介なことになるな。

「メテオール?」
「あ、すみません」
「大丈夫か?」
「はい。少しぼんやりしただけです」
「お互い幻覚魔法でもかけられたのだろうか。いや、私はまだしも能力の高い英雄にかけられる者が居るとは思えないな」

独り言を呟くレアンドル。
たしかに精神に影響する魔法の類いは俺には効かない。
幻覚も幻影も魅了も俺には無意味だ。

「分かりませんが、元に戻って良かった」
「ああ。口付けてすまなかった」

謝ったレアンドルにくすりと笑う。

「もっとしてくれて良いですよ?」
「英雄に無礼なことはできない」
「口調は戻してくださったのに?」
「あ」

無自覚に喋っていたのか、俺から言われて気付いたらしいレアンドルはパッと身体を起こす。

「御無礼をいたし」

胸に手をあてて謝ろうとしたレアンドルに口付ける。

「不快ですか?私と口付けるのは」
「そういう訳では」
「無理をしなくていいですよ。謝ろうと思っていたので」
「謝る?」

俺も身体を起こしてレアンドルと自分に浄化をかける。
頑なに距離を置かれてたから謝るタイミングを逃してたけど、漸く二人になる機会がもてたから今の内に謝りたい。

「姿を変えた状態で肉体関係を持ってごめんなさい。正体を明かした後のレアンドルの心境も考えず軽率でした。元の身体も性別は中性とは言え、容姿は男性にしか見えない私と肉体関係を持ってしまったと分かって不快だと思います。なるべく早く距離を置くようにしますから裁判が終わるまで待っ」
「ま、待ってくれ!」

対面の席に戻ろうと応接椅子を立つと手を掴まれてまた椅子に戻される。

「不快になど思っていない」
「え?ですが私を避けて」
「それは英雄エロー公に何てことをしたのかと」
「ん?」

不快だから避けてるのかと思えば違うようで、どういうことかと首を傾げることで問う。

「一線を引かないと不埒なことをしてしまいそうで。メテオールが英雄エロー公だと分かっていてもつい目で追ってしまう。今話しているこれも極刑に値する不敬な発言だと分かっているが、私が不快に思っていると誤解させたままでいるのは申し訳なく思うし、それだけは違うと伝えておかなくてはと」

少し赤い顔で横を向いたまま説明するレアンドル。
つまり俺と肉体関係を持ったことに不快感はないし、距離を置いたのは不埒なことをしてしまいそうだからと。
なんだその可愛い理由は。

「知らなかったとは言え英雄エロー公に」

まだ説明を続けようとするレアンドルの口を口で塞ぐ。
トラウマを植え付けてしまったんじゃないならそれでいい。
同意でしたことに謝る必要も無い。

「メテオールとして出会って親しくなったのに、正体を知ったら英雄としか扱ってくれなくなって少し寂しかったです。どちらも私なのに、もうメテオールは不要になったみたいで」
「そういうつもりではなかった。すまない」
「ではこの姿の時はメテオールと呼んでくれますか?」
「分かった。そうする」

よし、勝った。
ふふんと笑うとレアンドルは苦笑する。

「その姿で寂しそうにして見せるのは卑怯だ」
「英雄としてしか見てくれなくなったことが寂しかったのは本当ですよ?公の場では仕方がないですが、英雄と知らず親しくなった人から身分で距離を置かれるのは寂しいです」

俺は英雄だけど、多くの人が思うご立派な英雄じゃない。
人前では理想像を崩さないよう振舞っているだけで、本当の俺は威厳もなにもなければ品もないただのクズ。
肩の力が抜けた状態で素を見せた人から英雄だからと態度を変えて距離を置かれたら少し寂しいのはほんと。
相手も自分を守るためだと思えば仕方がないと思うけど。

「英雄に対して失礼がないよう態度に気をつけることが逆にメテオールを傷つけてしまうということか」
「公の場以外では、正体を知る前にメテオールとして接していた時のように気楽に接してほしい。それだけです」
「善処する。傷つけるつもりではなかった」

その言い草がレアンドルらしくて笑いながら口付ける。

「婚約者が居るのに私に口付けるのは駄目だろう」
「レアンドルは婚約者じゃないから?」
「ああ。それとも愛妾にでもしてくれるのか?」
「それは駄目です」
「だろう?それなら一線は」
「婚約者になればいいのでは?」
「……は?」

唖然とするレアンドル。
驚かして申し訳ないけど、それがベストだと思う。

「私が嫌いですか?」
「嫌いな訳がない。いや、今はそういう話ではなく」
「言いましたよね?私たちは運命だったと」

話の途中になってしまったけど、中の人が『元の肉体は神魔族ですので、戻るというのが正しいかと』と言っていた。
つまりレアンドルは肉体も神魔族に戻るということ。
アルビノのような今の姿に変化したのも神魔族に戻ったからなんじゃないかと思う。

運命が神族の俺と神魔族のレアンドルを引き合わせた。
古の縁を持つ魔王のように。
初のエルフの生まれ変わりのアルク国王のように。
勇者の子孫の総領たちのように。
神魔族のミットのように。

レアンドルは俺と違って自分が何者か知らない。
ステータス画面パネルに出る種族が神魔族に変わった時に何も知らない本人が驚くのはもちろん、誰かに知られたらそれこそとして扱われるかも知れない。

それを考えたら神魔族が何かを知ってる俺と居た方がいい。
愛する者を奪われて自分にも呪縛をかけ何百年と苦しんできたレアンドルがまた一人にならないように。
そのために俺たちは運命に導かれたんじゃないかと思う。

「こう考えてみてください。レアンドルと私が成婚すれば、アルシュ侯とジェレミーも私の婚族になる。貴族爵を失くして一般国民になっても私の婚族という立場は二人の身を守る術になる。大切な人なんですよね?祖父母や母親と一緒に道連れにすることを考えなかったアルシュ侯とジェレミーのことは」

俺の提案は紛れもない政略結婚。
レアンドルが俺に恋愛感情がなくても関係なく、父親と弟を守る力を手に入れるために俺と結婚しようと迫っている。

「ま、待ってくれ。一般国民が英雄と成婚など」
「私は全ての種族から伴侶を娶るよう言われています。英雄は全ての精霊族に平等でなければいけないので。つまり貴族爵のない一般国民の獣人族とも成婚するということですから、自分が一般国民だからというのは断る理由には使えません」

貴族は貴族と成婚する。
ただ、一般国民と結婚できない法律はない。
第一夫人や第二夫人は貴族家の令嬢で第三夫人は一般国民という人も居る。

「お忘れですか?アルシュ侯とジェレミーとレアンドルはもう私のものです。だから例えレアンドルが私と婚約したくなくても関係ありません。断らせない私を嫌ってくれて良いですよ?それでも私はレアンドルを婚約者にします」

レアンドルはもちろんアルシュ侯とジェレミーの為にも。
俺の婚族になることで上流貴族でも三人には下手なことが出来なくなるから、身柄を預かることにした責任を果たせる。
そのためなら嫌われても構わない。

「……嫌える訳がないだろう。婚約者が居るのだからと自分に言い聞かせて距離を置かなければ自制できない相手を。そこまでしても自分を見てくれないかと目で追ってしまう相手を」

そう言ってレアンドルは俺を抱きしめる。
加減が下手な強さで。

【ピコン(音)!特殊恩恵〝恩愛〟を手に入れました。特殊恩恵〝縁の糸〟と〝繋累〟と〝勇者の血族との縁〟と〝恩愛〟が融合進化。新たな特殊恩恵〝月の系譜〟を手に入れました。これにより叙事詩が解放されます】

痛いくらいの力で抱きしめられている腕の中で中の人が報せてきたのは、アルク国王と総領と総領の家族とレアンドルとの出会いで解放された能力が融合進化したということ。
いつものように一瞬の痛みのあと別次元に飛ばされたかのように風景が変わって俺の目に映ったのは、白銀の鎧や白銀色のローブを身につけた人たちの後ろ姿。

「…………」

いや、ではなく、神か、神魔族か、大天使か。
天を飛ぶ者と地に立つその者たちの背中には大きな翼が生えていて、それぞれが剣や大剣や槍や弓や杖を手に握っている。

その者たちの中心に居るのは……月神と月の使者。
二人も後ろ姿だから顔は見えないけど、白と黒の大きな翼で分かった。

つまり〝月の系譜〟というのは月神の系譜ということ。
月神を中心に系譜の者たちが天と地で武器を手にしている。

俺の中に居る月神。
叙事詩が解放されて見えたんだろうこの光景は月神に起きたことなんだろうか。

月神と俺の関係は一体。
解放される能力が月神に関係していることが多いのはなぜ。
やっぱり俺が月神の容物だから?

『******』

空に向かって両手を掲げた月神が言うと晴れ渡っていた青空は闇夜に変わる。
それを合図のように二本の鋭い三日月型の角と四枚の翼が生えた巨大な闘牛型の獣に変わった月の使者はまるで神獣。
恐ろしさと神々しさを兼ね備えたその姿で天高くまで届く遠吠えを上げると、系譜の者たちも武器を構える。

戦闘態勢に入った月神たちの前に現れた人物。
今まで闇夜に溶けていたかのように空中に浮き出てきた黒ローブ姿の人物の顔は黒く長い前髪で隠れていて見えない。

何が起きるのか。
なぜなのか胸騒ぎがして鼓動が早くなる。

『******』

月神たちの前に現れた人物がを言うと一瞬で両手に拳銃が現れ、それを構えると銃口の先を月神に向けた。

駄目だ。
そうじゃない。

そう声が洩れそうになった瞬間に月神が振り返る。
もう少しで月神の顔が……というところでテレビの画面がプツリと消えたように書斎の景色に戻った。

「…………っ」
「メテオール!?」

呼吸を忘れていたのか苦しいことに気付いて大きく息を吸い込むと腕を緩めたレアンドルが驚いた顔で俺を見る。

「すまない!そんなに強く締めていたか!?」

自分が強く抱き締めすぎたと思ったらしく心配そうな顔。
呼吸を整えながらレアンドルの顔を見てクスッと笑う。

「愛の深さは伝わりました」

冗談を言って笑いながら軽く口付ける。
レアンドルとの出会いでも特殊恩恵が解放されて縁者の能力と融合進化したということは、やっぱり運命だったんだろう。
過去の俺が堕天してまでしようとしてたことを思い出すために必要な人たちと出会えるよう、運命が俺を導いた。

「レアンドル。距離を置き自制していたというのが事実なら、もう必要ありません。私が貴方と貴方の家族を守ります」
「なぜ出会ったばかりの私たちにそこまで」
「運命だから。それ以外に理由はありません」

俺が神族でレアンドルが神魔族だから。
理由はそれだけで充分。
縁者は何かしらの形で出会い惹かれ合うものだ。

「……本当に私でいいのか?異質な姿になってしまった私で。これから身分も失う私で。私には返せるものが何もない」
「レアンドルは自己評価が低いですね。容姿もいいですし、貴族爵を失わせることが惜しいほど有能なのに」

自分で自分の有能さに気付いていない。
領民のことを真剣に考えているし、強欲な先代が権力を手放さない侯爵家の長子として自分の持つ力を最大限に使って守ろうとしているし、いい領主になれる才能を持った人なのに。

「何も返せないということはありません。今決まっている私の婚約者たちは自分も忙しくてあまり屋敷に居れないので、夫人の実権を握って取り仕切る第一夫人は無理と言うような人なんです。まだ16歳のレアンドルに英雄の第一伴侶の重責は背負わせませんが、助力してくれることは期待しています」

第一夫人の押し付け合いのような状況がなんとも、権力は要らないからイージーモードで生きたい俺の婚約者らしい自由さだけど、検事や弁護士も顔負けの証拠を用意できる賢いレアンドルには本来なら第一夫人がやる役割の助力を期待してる。

「……充分に重責だと思うが」
「すみません。主人の私を筆頭に変わり者の婚約者ばかりで。でもレアンドルもそのくらい気楽で居てください。成婚しても相手を縛ることはありませんから、英雄の権力を使って悪さをしなければ恋愛をするも事業をするも好きにしていいです」

役割を果たしてくれたら後は自由。
その条件はみんな同じ。

「私は戦の最前線に立って勝利することが役割の英雄です。死と背中合わせの人生だからこそ、生きている間は自分の信念を貫きたい。後悔のない人生を送ることが私の目標です」

頷いたレアンドルは俺をそっと抱きしめる。

「私がどこまで出来るか分からない。でもメテオールが役割を果たすように私も役割を果たすと約束する。だから私を伴侶にすると言うなら、みんなを悲しませないよう必ず生きて帰るんだと自分に重責を課して私たちのところに帰ってきてくれ」

戦場に立てばはない。
それはこの星で生きているレアンドルも承知。
でも最初から死ぬつもりで戦場に立つ訳じゃない。
みんな『必ず生きて帰ってみせる』と自分に誓って戦う。

「生きて帰る努力はします」
「約束だ」
「約束」

四人目の婚約者。
約束を交わして軽く口付けた。

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 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

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