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第十三章
先代邸
しおりを挟む「乗合馬車から見た時も思いましたが、立派な屋敷ですね」
レアンドルの屋敷の御者もアルシュ侯爵たちが乗って来た馬車の御者も聴取のため連れて行かれたから、アルシュ侯爵とジェレミーと俺の三人で乗合馬車を使って祖父母の屋敷に来た。
ちなみに総領は目覚めたレアンドルがまた暴走した場合に対応できるようあちらの屋敷で留守番。
「英雄公爵閣下の御屋敷はもっと」
「メテオールです」
「え?」
アルシュ侯爵の会話を遮って名前の部分を正す。
「アルシュ侯もジェレミーさまも、私がこの姿で居る時には貴族令嬢のメテオールとして扱ってください」
「そ、そのような恐れ多いことを」
「そうでないと私が困るのです。私が女性の姿になるのは正体を隠したい時。元の姿では街を歩くだけでも騒がせてしまいますし、失礼のないようにと危険物のように慎重に取り扱われて相手の素の姿を見ることも出来ませんので」
だから今日も雌性の姿で来た。
取引をするために両国王へ謁見を申し出て明かすことにはなったけど、正体を隠してるのに英雄の名前で呼ばれたり小娘にしか見えない俺に上の人を敬う物言いをされたら意味がない。
「身柄をお預かりすればこの姿の私と人前に出る機会もあるでしょう。その際には普段お二人が貴族令嬢に対してとる以上の言葉遣いや気遣いは不要です。慣れてください」
こればかりは慣れて貰わないと困る。
特にアルシュ侯爵は俺の部下として働いて貰うつもりだから、場合によっては雌性の俺と行動して貰うこともあるだろう。
「「承知いたしました」」
「ありがとうございます。こちらの御屋敷でも何か無い限りジェレミーさまの友人というていで後ろに控えておりますので、使用人への事情説明はアルシュ侯がお願いします」
「はい」
祖父母の屋敷の使用人は別部隊が連れに来る。
俺が最初から正体を明かしてしまうと使用人の中に共犯者や協力者が居た場合に尻尾を出さなくなるから、アルシュ侯爵の口から説明して貰うことになっている。
「お戻りなさいませ。旦那さま、ジェレミーさま」
「なぜ徒歩で」
屋敷の門の前に居た門番の二人。
馬車で行ったはずなのに徒歩で帰ってきたから不思議そうな表情を浮かべる。
「じきに分かる」
それだけ答えて門を通るアルシュ侯爵に続いてジェレミーと俺もご立派な門を通り抜けた。
レアンドルの屋敷は庭園も邸宅も白で統一されてたけど、こちらの祖父母の屋敷は一般的な侯爵家の庭園と邸宅。
何もかも白という逆に奇抜な屋敷を見た後だけに豪華な庭園の方が落ち着くと思いつつアルシュ侯爵に着いて行った。
「お戻りなさいませ、旦那さま、ジェレミーさま」
「今戻った」
エントランスで待ってたのは家令や執事だろう服装の二人。
その後ろでは整列したメイドや従僕が出迎える。
「突然だが、義父母とネージュは国王軍に拘束された」
「……国王軍?警備隊ではなくですか?」
「国王軍だ。王命で拘束に来た軍が相手では権力など無意味。今回ばかりは義父母でも揉み消すことはできない」
ザワザワする使用人たち。
普段は話しかけられない限り口を開かない使用人でも屋敷の主人が拘束されたと聞けばそうなるのも仕方ない。
「あちらの屋敷の使用人は既に聴取を受けているが、じきにこの屋敷にも別部隊の軍が到着する。よって証拠保全のため今時間をもって屋敷の全室への立入を禁ずる。物は例えスプーン一本でも触れて動かすことは出来ない。家令と執事は早急に全ての使用人をパーティホールに集めてくれ」
「「はい」」
これは国王命令。
軍が到着するまで屋敷の物はそのままにしておくようアルク国王が命令してアルシュ侯爵が使用人に伝えた。
「ジェレミーさま、少し外します」
「え?」
「説明は後程。おかしな行動をした使用人は拘束を」
ジェレミーに耳打ちして階段の上に転移する。
そこを通ったのは偶然だったんだろうけど、階段の上の廊下でアルシュ侯爵の説明を聞いて隠れるようにコソコソと逃げたメイドが居る。
「どこに行った」
扉が並んでいる長い廊下にメイドの姿はない。
こちらに逃げたことは間違いないから大天使の目を使うと薄暗い階段を降りるメイドの姿が見えた。
「隠し扉か」
上級貴族の屋敷に隠し扉があるのは珍しくない。
賊が侵入した時に逃げられるよう普段は隠されている避難路があって、俺の屋敷にも幾つかある。
「外への避難路だと厄介だな」
逃げたと言うことは何か疚しいことがある証拠。
外に逃げられると見つけるのに時間を取られるから逃がす訳にいかず、時空間魔法を使って扉のある部屋以外の空間を探すと廊下の途中に不自然な空洞があるのを見つけた。
「余計な手間をかけやがって」
少し強めに押すと回転扉のようにくるりと壁が動く。
壁の向こうは下に降りる薄暗い階段が続いていて、大天使の目で見えている場所はここだと確信して階段を降りた。
・
・
・
「なんで捕まってるのよ!」
地下室に積まれた木箱を抱えて動かすメイド。
「ああもう!早く来てよ!私一人でどうしろって言うの!」
細いメイドには木箱が重いらしく、独り言を言いながらも手は止めず移動させて五分ほど。
「ジビラ!」
「フィンさま!」
地下室に走って来たのは男性。
「急げ。軍が到着するまで時間がない」
「ヴィムさまは」
「命令通り使用人を集めている。いつまでも使用人が集まって来なければ疑われてしまうからな」
音を気遣う余裕まではないらしく、メイドに話しながらも木箱を乱雑に動かす男性。
「以前から目を付けられてたんでしょうか」
「分からない。拘束された理由は言っていなかった。ただ軍が突入したとなると、レアンドルさまの非行行為を揉み消したことがあるのがバレたという程度の話ではないことは確かだ」
ガタゴトと物音をたてながら木箱を動かす二人。
「だから扱い易い二男を後継者に選んで追い出せば良かったのに。気持ち悪いんですよ。あの長男。話しかけてやってるのに無視して何を考えてるのか分からないし、侯爵家の名誉を汚す行為ばかりして。どうせあの長男が軍が入るような悪事をして保護責任者の大旦那さまたちが拘束されたに決まってます」
口汚い言葉で文句を言うメイドは不満タラタラ。
「言ってるだろう。違うと。仮にレアンドルさまが事件を起こして保護責任者として大旦那さまたちが拘束されたなら父親の若主人が拘束されていないのはおかしい。レアンドルさまも拘束されず大旦那さまと大奥さまとネージュさまだけが拘束されたのだから、今回の件にレアンドルさまは関係ない」
積んであった木箱の下にあった床下収納を空けた男性は中からリュックを取り出す。
「いいか。これを必ずピニョン子爵に届けて大旦那さまたちが軍に拘束されたことと暫く動かないよう話せ。向こうもこれがバレれば追い込まれるのだからすぐに対応するはずだ」
「分かりました」
メイドに言い聞かせながらリュックを背負わせる男性。
その表情は真剣だ。
「作業ご苦労さま」
裁判に使う証拠の一つになるよう記録石での録音は続けながら鉄扉を開けて声をかける。
「だ、誰!?」
「君はジェレミーさまと居た令嬢……なぜここに」
「あら?目の前でアルシュ侯の話を聞いていたのに私が途中で居なくなったことには気付いていませんでしたの?ああ、都合の悪いものを隠さなければと頭が一杯だったのかしら」
真っ青な顔で俺を見たのはこの屋敷の家令。
話をするアルシュ侯爵の後ろに居た俺の動向まで見る心の余裕はなかったようだ。
「ど、どうするんですか!?見られて!」
「消す!早く行け!」
メイドの身体を押しながら反対の手でサッと腰に手をやった家令が投げたのは投げナイフ。
「お座り」
時空魔法で重力をかけるとナイフと二人は床に崩れ落ちる。
「そうそう。よく出来ました」
「なっ……なに?……重い」
「動けない」
手袋を着けながら足音が響く床を歩いてナイフを拾い、重力で床に蹲ってるメイドが背負っているリュックの肩紐をナイフで切る。
「辞めろ!」
「静かに。地下は声が響くのだから」
「うっ」
喋れないようにと自害防止のために二人の口を固定して、丁度いい高さで蹲ってる家令の背中に座ってリュックを開ける。
「魔導鞄なのね」
手を突っ込んで中から出てきたのは長いスクロール。
封蝋にかかっている魔法を無効化して紐を解く。
「なんの名簿かしら」
ズラリと並んでいるのは日付けと名前。
その隣には金額が書いてある。
「先代侯は貸金業でしたの?」
恐らくスクロールの内容は貸した日と貸した人と貸した額。
この世界にも貸金業はあるから裕福そうなアルシュ侯爵家が貸金業をしててもおかしくないけど。
「一日に複数回借りてる人も居るのね」
一回でドカンと大金を借りてる人も居れば、小さな額をちょこちょこと複数回に渡って借りてる人も居る。
苗字のある貴族も居れば苗字がない一般国民も。
「なるほど」
借りてる人の国民階級の幅広さと借り方で何の名簿かは察せたから、巻き直したスクロールは再び魔導鞄に戻して別のスクロールを取り出す。
「やっぱり」
そっちのスクロールは契約書も兼ねた権利書。
店の名前や互いの取り分などが書かれている。
「これを共犯に渡して隠蔽して貰わないといけなかったから慌てていたのね。裏カジノは犯罪だもの。しかもこの規模となると罪は重い。よくて奪爵と追放。最悪の場合は極刑」
カジノ自体は国に届出して許可がおりれば運営できるけど、最大で賭けられる金額は決められている。
最大額を決めないと破産するまで熱中して身を滅ぼす人も居るから法律で決められているのに、その法律を破って幾らでも賭けさせてしまう賭博場のことを裏カジノと言う。
裏カジノは一般国民でも気軽に入れてしまうから厄介。
ギャンブルに夢中になって返せる宛もないのにお金を借りてしまって、犯罪行為や奴隷のようにタダ働きをさせられる。
だから国は裏カジノを摘発してるけど、上手く隠されてなかなか尻尾を掴めない。
地球もこの星も悪知恵が働く奴が居るのは同じ。
次々に湧いてくる害虫をコツコツと潰すしかない。
「軍が探す前に取り出してくれてありがとう。逃げる姿を見て余計な手間をかけてと少し腹が立ちましたけど、それに関しては大きな手間が減ったことを考慮して許して差し上げます」
布袋にカラバリ豊富なチップが入ってることも確認してからリュックを閉じて家令の背中から立ち上がる。
「でも残念ね。これを急いで共犯に届けたところでアルシュ侯爵家に未来はないの。証拠を隠蔽しようとした貴方たちも」
仮に裏カジノには関わっておらず先代から何かあった時はと頼まれていたんだとしても、証拠隠蔽を謀れば罪になる。
しかも国が摘発に乗り出す裏カジノの証拠となればこの二人も重い罪になる。
「警備隊ではなく国王軍が突入したと聞いてコレのことで拘束されたと思って慌てて隠蔽しようとしたのね。ありがとう。知らなかった犯罪行為をわざわざ明かしてくれて」
捕縛魔法をかけて口はそのまま重力魔法だけを解き、腕輪の魔封石に魔力を通す。
『はい』
数秒足らずで映し出されたのはエドとベル。
「観光は中止だ。二人は今すぐエルフ族のピニョン子爵を捜して発見次第報告しろ。接触は不要。軍を向かわせる」
『『はっ』』
普段から英雄の俺の側仕えをしてくれてる二人は突然の話でも察してくれて返事をしたあと通信を切った。
「では行きましょう。手荒な手段にはなりますけど、怪我はさせないので安心してくださいね」
怪我をしないよう二人の身体には防御魔法をかけ自分には強化魔法をかけて引きずりながら地下を出る。
「掘れば掘るほど余罪も共犯も出てきそう」
俺が正体を明かして罪にしなくても充分奪爵になる状況。
裏カジノなんて真っ向から国に喧嘩を売るような犯罪行為をよくやったものだ。
「ああ、やっぱりもう来てた」
地下から出ると既に別部隊が到着していて、隠し扉から出てきた俺と丁度かち合って驚かれる。
「動くな!ここで何をし……白銀?」
雌性の姿だから俺と分からず警戒して剣を構えた騎士の前に家令とメイドを投げる。
「この屋敷の家令フィンとメイドのジビラだ。地下で裏カジノの証拠隠滅を謀っていたところを拘束した。連行しろ」
「裏カジノ!?」
話を聞いてすぐに騎士たちは逃げないよう二人を押さえる。
「こちらの別部隊では誰が指揮をとってる」
「ダンテ隊長です!」
「承知した。押収品はダンテ騎士団長に渡しておく。念のため他にも証拠物がないか地下を調べてくれ」
「はっ!」
白銀の髪と瞳でさすがに気付いたらしく、騎士たちは敬礼して返した。
二人は騎士たちに任せてエントランスに行くと騎士や魔導師が出入口の扉を閉鎖して立っている。
「英雄公爵閣下に」
「待て。この屋敷の使用人たちはまだ私の正体を知らない。私の正体を知れば共犯者が尻尾を出さなくなる」
すぐに俺の正体が分かって挨拶をしかけた騎士たちを止める。
「二階を調査していた騎士に証拠隠滅を謀った二名の使用人を引き渡したが、他にも共犯が居る。名前は隠してくれ」
「承知しました」
あの二人の会話で少なくとももう一人居るのは分かった。
家令が『命令通り使用人を集めている』と言っていたから、もう一人の共犯者は執事だ。
「ダンテ団長はどこに居る」
「今は使用人たちが集まるパーティホールに」
「では私もそちらに行く。誰一人この屋敷から出すな」
「はっ!」
話を聞いていた使用人が居ないことを確認してからパーティホールの場所を聞いて俺もそちらに向かった。
「……英雄公?ですか?」
「今はメテオールだ。ここの使用人は私の正体を知らない」
パーティホールのある部屋に行くと扉の前でアルシュ侯爵とダンテさんが話をしていて、俺に気付いて目を白黒させるダンテさんに答える。
「地下で裏カジノの証拠隠蔽を謀っていた家令のフィンとメイドのジビラを騎士に引き渡してきた」
「「裏カジノ!?」」
声を揃えて驚く二人に口元に人差し指をあて静かにするようジェスチャーする。
「その反応だとアルシュ侯は知らなかったのか」
「祖父母が個人で営む事業には関わっておりませんので」
「ああ、そうか」
この侯爵家の多くの権限を握ってるのは祖父母。
入婿のアルシュ侯爵はお飾りの侯爵という弱い立場にある。
アルシュ侯爵家として営んでいる表の事業は現侯爵も把握してるけど、祖父母が個人で営んでいる事業までは知らされてないという状況でもおかしくない。
「ヴィムというのは執事か?」
「はい。祖父の執事です」
「その者も共犯だ。既に拘束した二名が名前を出していた。これには地下での様子を収めてある。証拠として渡しておく」
「お預かりいたします」
説明しながらダンテさんに録音石を渡す。
「家令だけでなく執事も共犯とは」
「他にも居る可能性がある。聴取で徹底的に洗ってくれ」
「はっ」
家令や執事は主人の仕事(領地経営等)の代理を任されたりするから、祖父母個人の事業に関わっていても不思議じゃない。
「もう一つ、ピニョン子爵を知っているか?」
「はい。私や妻の学友……まさか」
「裏カジノの共犯者だ」
アルシュ侯爵や夫人の学友が共犯者本人なのかは分からないけど、仮に祖父母や両親がしたことだったとしても裏カジノという重い罪だけに家族も無傷とはいかない。
「拘束した二名は地下の床下に隠してあったこの魔導鞄をピニョン子爵に届けることで隠蔽を謀っていた。互いの取り分を書いた契約書やチップ等の証拠物が入っている」
「お預かりいたします」
押収した魔導鞄もダンテさんに渡す。
本当に裏カジノのことは何一つ知らなかったようで、アルシュ侯爵は真っ青になっている。
「大丈夫か?」
「も、申し訳ございません。ピニョン子爵の二男はジェレミーの友人でして……学生婚をして、先日子供が産まれたと」
産まれたばかりの嬰児が居るのか。
しかも自分の学友とだけでなく息子もジェレミーの友だちとなればアルシュ侯爵が真っ青になるのも分かる。
重罪の場合は家族や一族の連帯責任になるから。
「国家に背く重罪を見て見ぬふりは出来ないが、誕生したばかりの嬰児に関しては恩赦を与えてくれるよう口利きしよう。そのくらいのことしかしてやれなくてすまない」
「いえ……ありがとうございます」
仲のいい学友だったのか、ジェレミーの友人だからか、嬰児を思ってか、ハンカチで目元を隠して泣くアルシュ侯爵。
その姿を見て胸が痛む。
罪人が貴族ということは貴族裁判になるから俺も参加することになるけど、産まれたばかりで知るよしもない嬰児は赦してくれるよう話すことくらいしか出来ない。
罪を知っていたかや関わっていたかで科される刑罰の違いはあるけど、重罪の場合には本人だけでなく家族や一族の連帯責任になると国の法律で決められているから。
「使用人の前に立って話せそうか?」
「はい。アルシュ侯爵としての私の役目ですので」
「では頼む」
「はい」
涙を拭ったハンカチをしまって深呼吸をするアルシュ侯爵の目元に回復をかけ、騎士が開けてくれた扉から部屋に入った。
・
・
・
レアンドルの屋敷に戻ったのは数時間が経って。
共犯のピニョン子爵の行先についてエドとベルから報告が来て軍に配置を頼んだあと、一旦こちらに戻ってきた。
「悪いな。二人に頼んで。物の場所も分からないのに」
「いえ。細かく整頓されていたので分かり易かったです。どうやら仕事の出来る使用人が揃っているようですね」
「そうなんだ?」
纏めた荷物はこの屋敷にあるそれぞれの自室に置いて一度レアンドルの寝室の隣にある自室に集まり話をすることになり、呼び戻していたエドとベルが屋敷の台所を借りて飲み物を用意してくれた。
「レオポルトの家のアプール」
「ああ、本当だ」
ベルがテーブルに置いた果物を見てすぐにジェレミーが言ってアルシュ侯爵もそれを聞いてアプールを見ると頷く。
「よくお分かりになりましたね。一目見ただけで」
「ランコントル商会のアプールはこのように密の線が入っているのが特徴なので切断面で分かるんです」
「ジェレミーやレアンドルは幼い頃からランコントル商会の果物が好きで、別の果物を出すと違うと泣かれていました」
「父上そのような昔の話を」
昔話をされて顔が赤くなるジェレミーにベルはクスクス笑って総領とエドと俺もくすりと笑う。
ジェレミーは友人のピニョン子爵家も共犯だったことを知って動揺していたけど、時間が経って少し落ち着いたようだ。
「ただ、一時期からランコントル商会の苦情が多くなって」
「苦情?」
「はい。住居地区にある商会の他にも商業地区で観光客向けの商店を出していたのですが、そちらで取り扱う果物の苦情が商業地区を管理するうちにも多く届くようになったんです」
ティーカップを手に取りながら聞いた総領に答えるアルシュ侯爵。
「ランコントル商会を営む夫妻は勤勉で誠実な方々です。令息や令嬢も率先して果樹園の仕事を手伝う良い子で、仕事も人柄も信用できるご家族なのですが、苦情を言いに来た方が持ってくる果物は確かに傷んだり形が歪だったりと難があって。それでやむなく出店許可を取り下げるしかなくなりました」
アプールの話題になったことでエドとベルと俺が情報収集していたそれをこちらから聞くまでもなくアルシュ侯爵の方から話してくれた。
「嫌がらせという可能性は?」
「ございます。質の高い果物を販売していて観光客に人気の商店でしたので、営業妨害の可能性は私も考えました」
「ではなぜ許可の取り下げを?」
「義父の判断です。苦情の多い商店をそのまま放置しておいては商業地区の評判が悪くなると」
なるほど。
そこでも先代の祖父が関わってくるのか。
「店主には可哀想ですが、仮に嫌がらせだったのだとしても仕方のない判断ではありますね。私でもそうします」
「総領でも?」
首を傾げる俺に総領は苦笑する。
「ヴェールの商業地区にある商店は外部商人が多いので商品の入れ替わりが早く来る度に真新しい物が売られていますし、時には遠方の珍しい掘り出し物が見つかることもあって観光客に人気があります。商人からしても警備の目が行き届いていて安心して商売が出来るここの出店許可を取りたい人は多い。店舗が空くの待ちの商人が多い状況で領主は苦情の多い店を続けさせることにプラスがないんです。慈善活動ではないので」
それを言われたら確かにそう。
店の賃料と売上の数%が入るそれはアルシュ領の大切な財源だろうから。
「ランコントル商会の質の高い果物もヴェールの特産品の一つですから、義父も最初はミスで混ざってしまったのだろうと気にしていなかったのですが、あまりにも苦情が増えて見逃せる数ではなくなったものですからさすがにという様子で」
「最初は取り上げるつもりがなかったのですか」
「はい」
先代から見ても大事な収入源だった商店をそれでも営業停止にして出店許可を取り上げたということは余程のこと。
俺が考えるよりも苦情の数が多かったんだろう。
少なくともランコントル商会の嫌がらせの件にアルシュ侯爵家は関わってなさそうだ。
「誰が何の為に妨害をしたのか探らなければ」
「なぜ他領の問題に?」
「商会と果物の売買契約を結ぼうと考えているからです」
「え?」
「私が今日ヴェールに来たのは、ランコントル商会が運営する果樹園とコーレイン夫妻の為人を確認することが目的です。契約するかはまだコーレイン卿の返事待ちですが、問題事になりそうなことは先に片付けておいて損はありませんので」
少なくともアルシュ侯爵家は無関係だと分かったから、それなら正直に話して協力して貰った方がいい。
「私だ」
隣の部屋と繋がった扉が開いて姿を見せたのはレアンドル。
「大丈夫かレアンドル」
「はい」
「無理をするな。呼べば行ったのに」
体調がよくないのか壁に体を預けているレアンドルに駆け寄ったアルシュ侯爵とジェレミー。
レアンドルのあの姿を見ても怖がったり嫌がる様子のない二人の様子を見て改めて安堵する。
「メテオール。ランコントル商会の妨害をしたのは私だ」
支えようとする二人の手を拒んだレアンドルは俺の方を見るとそう告げる。
「……嘘だろう?」
「本当だ。アルシュ領から出て行かせる為にやった」
「ふざけるな!レオポルトたちは私たちの幼なじみだろう!なぜそんな酷いことをした!」
話を聞き胸倉を掴んだジェレミーをアルシュ侯爵が止める。
それを見ていた総領は無言で立ち上がるとレオポルトの前に行って首に手を添える。
「魔力が激しく乱れていますね」
「乱れている?」
「今は抑えてますが、いつ暴発してもおかしくない状態です。この魔力量だと次は身体が持たずに死ぬかも知れません」
「そ、そんな」
魔力が見えるらしい総領の話を聞いたアルシュ侯爵は青ざめてジェレミーも胸倉を掴んでいた手を離す。
「どうしますか?」
俺を振り返って確認した総領。
話よりも体調を優先したということは危険な状態にあるということなんだろう。
「対処法は?」
「抑制剤を使うか、魔力を体外に放出するかですね」
「魔法を使わせればいいのか?」
「いえ。今魔法を使えば暴走します」
魔法を使わず魔力だけを放出させる?
どうやって?
「抑制剤というのは医療院で処方して貰えるのか?」
「彼の魔力量だと通常の抑制剤では効果がありません。お時間をいただければ私が調合しますが、今の状態のままですとそれまでに暴発しない保証もできません」
切羽詰まった状態だな。
そりゃ話よりも状態を優先するはず。
また神魔族の魔力が暴走すればレアンドル本人はもちろん、ここに居る俺たちも巻き込まれる可能性があるんだから。
「レアンドル子息」
「はい」
「私が抑制剤を作るあいだ自慰行為をしてください」
深刻な空気の中で総領が言ったそれに吹き出しそうになる。
「理由は体液には魔力が含まれているからです。ただ体液とは言っても唾液を大量に出し続けるのは難しいですし、含まれる量も少ないので効果は薄いです。一番魔力を多く含むのは血液ですが、出し続ければ死んでしまいます。ですから簡単で安全な手段で体外に出せる体液と言えばソレかと」
なるほど。
一番簡単で安全に体外に出せる体液となれば確かにソレ。
「どのくらいかかる」
「二、三時間ほど。転移で屋敷に戻って調合して来ます」
「じゃあそちらは頼む」
「はい。急ぎますが、万が一暴走した時にはお願いします」
「分かった」
総領は床に描いた術式で一旦自分の屋敷に帰って行った。
「エド、ベル」
「「はっ」」
「アルシュ侯とジェレミー子息を連れて外食を。万が一暴発した時に私一人では他の者まで守る余裕があるか分からない」
レアンドルの魔力は神魔族の魔力。
一度目の暴走の時には何とかなったけど、もしかしたら二度目の暴走の方が酷い可能性もある。
神の俺に近い神魔族の魔力と能力を持つレアンドルから四人を護りながら戦っていては全滅する。
「承知しました」
「お気を付けて」
「ありがとう」
二人はまだ詳しい事情を知らないけど『護りながら暴走を止める余裕がないほどの相手』ということくらいは察してくれたようで、何かを問うことはせず胸に手をあてて頭を下げた。
「よく分からないが、メテオールも行け。私は一人でいい」
「駄目です。もうレアンドルは私のものですから」
「?」
「説明は後ほどゆっくり」
眠っていて何も知らないままのレアンドルに言ってアルシュ侯爵とジェレミーを見る。
「ヴェールであればどこに行っても構いません。総領が調合した抑制剤を飲ませて落ち着いたら私との通信手段を持つ執事のエドに報告しますから、外食でもして待っていてください」
「……レアンドルをよろしくお願いします」
胸に手をあて深く頭を下げたアルシュ侯爵とジェレミー。
息子や兄弟を心配する気持ちは充分伝わった。
同じ家族でも祖父母や母親は神魔族の魔力を暴走させたレアンドルを見て穢れ者と罵るろくでなしだったけど、その姿を見ても変わらず息子や兄弟と思っているアルシュ侯やジェレミーが居てくれることはレアンドルの救いになるだろう。
四人が部屋を出て行ったあと再びレアンドルを見る。
「寝室に戻りましょう」
「メテオールも傍に居ない方がいい。自分の身体に何が起きているのか分からないが、私が魔力を暴走させたことだけは分かった。また暴走する可能性があるならメテオールも危険だ」
腕を掴んだ俺の手を払ったレアンドル。
壁に身体を預けていないと倒れてしまいそうな体調の悪さなんだろうに、それでも俺を気遣ってくれている。
「なぜランコントル商会の妨害をしたのか聞かせて貰う前に死なれては困ります。それをゆっくり聞かせて貰うためにも今は魔力を放出させることを優先しましょう」
俺にはレアンドルが悪い奴には見えない。
だから何か理由があるんじゃないかと思う。
ただ、今はそれより体調の方が優先。
生きていれば話は後でも聞けるから。
「抑制剤を飲むまでに暴走しないようお手伝いしますから」
そう話しながら強化をかけた身体でレアンドルを支える。
「……私の姿が気味が悪くないのか?」
「気味が悪い?」
「少し鏡で見ただけだが、髪や瞳の色が変わっていた」
「色が変わってもレアンドルには違いありません」
白髪になろうと赤黒い虹彩になろうと中身はレアンドル。
アルビノのようなその容姿はこの世界でも特殊ではあるんだろうけど、気味が悪いとは思わない。
むしろ綺麗だと思う。
「メテオールは本当に変わっているな」
ベッドに下ろすとレアンドルは俺に言って苦笑する。
「それは既にご存知では?私が好奇心旺盛な変わり者だったからこそこうしてレアンドルとも親交を持てたのですから」
レアンドルも運命に導かれて出会った者の一人。
運命が俺の好奇心を擽ったから神魔族の生まれ変わりのレアンドルと出会った。
「私たちは出会う運命だったのです」
その出会いが何の意味を持つのか、今後何を齎すのか、それはまだ分からないけど。
「そうか。もしそうなら神に感謝しなくては」
頬に添えられた手のひらは熱い。
熱が高いことがその手のひらだけでも伝わって、少しでも楽になるよう回復をかけながらレアンドルに軽く口付けた。
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※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・)
※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・)
★追記
※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。
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めちゃめちゃ応援してます!
ゆっくりでも更新待ちます!
頑張って下さいね♪
ありがとうございます
頑張ります
この作品大好き💕です!
更新をとっても楽しみにしています。
嬉しい感想をありがとうございます。
最近は特に亀更新になっていて申し訳ありません。
今後もお付き合いいただけると嬉しいです。
恐悦至極ではないでしょうか?
ご指摘ありがとうございます。
どこかの『恐悦至極』が間違っていると言うことでしょうか。
何ヶ所か使った記憶があるので探してみます。
※追記
『最終戦』の恐悦至極が恐“縮”至極になっていたので修正しました。
誤字の指摘ありがとうございました。