ホスト異世界へ行く

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第十三章

解呪

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使用人が開けた重厚な扉。
手を引かれながら白い教会のような屋敷の中に入ると広いエントランスには多くの使用人が並んで待っていた。

「お戻りなさいませ、レアンドルさま」
「ああ」

執事の制服を着た初老の男性とお仕着せ姿の女性が慣れた仕草で挨拶をする後ろには若いメイドや従僕が左右に並んで頭を下げている。

「報告はあるか」
「はい。つい先ほど」
「レアンドル」

脱いだ外套ローブを従僕に渡すレアンドルに答える初老の男性の声に重なり女性の声が聞こえてくる。

「来ていたのか」

小声で呟いて舌打ちしたレアンドルは繋いでいた手を離して俺を隠すように前に立つ。

「母上。今日は茶会だったのでは?」

え?この人が母親?
随分と若く見えるけど美魔女ってやつ?
侍女だろう二人の女性を連れて目の前まで来た女性に言ったレアンドルの言葉で内心驚く。

「また御者を断って乗合馬車に乗って街へ行ったようね。貴方はアルシュ侯爵家の後継者なのよ?階級の違う一般国民とは身分が違うの。一線引くよう何度言えば分かるのかしら」

物凄い美魔女だけど性格は苛烈。
上流貴族に問題が起きた時に一般国民が居ると責任の所在が一般国民に及ぶこともあるから、お互いのため一線引くよう説くのは間違いじゃないけど、美魔女の言葉は一般国民を巻き込まないようにという気遣いではなく階級が下の者への蔑視。
レアンドルが舌打ちしたのも分かる気がした。

「次は気を付けます。では」
「待ちなさい。一緒に居るその子は誰なの?子供を屋敷に連れて来て何をするつもり?」

……俺のこと?
子供に見えてんの?
いや、人族より背の高いエルフ族からすると人族の女性の中でも背の低い雌性の俺は確かに子供に見えるのかも。
最初はレオポルトやジェレミーやシストからも木剣一つ持てない軟弱な子のように思われてたくらいだし。

「なぜ私の行動を母上に逐一報告する必要が?子供を自室に連れ込み何をすると想像されているのか分かりませんが、私が何をしようと母上にだけは言われたくありません」

レアンドルの言葉で美魔女は眉を顰める。
そう言われたら何も言えないがあると言うことか。

「私が渡した薔薇の棘でご令嬢の指を怪我させてしまった。飲み物と一緒に消毒を持ってきてくれ」
「承知しました」
「それと後ほど彼女の従者と侍女が迎えに来る。それまで私は自室に居るから来たら呼んでくれ。失礼のないようにな」
「承知いたしました」

お仕着せ姿の女性(恐らく家政婦長)と初老の男性(恐らく家令)に指示をしたレアンドルはまた俺の手を掴むと母親の方は見ることもなく歩き出した。


階段を登って連れて行かれたのは二階の一室。
広い部屋なのに物は少ないけど綺麗に整理整頓されている。

「不快なものを見せてすまなかった」
「ご夫人へご挨拶をしなくて良かったのですか?おかしな誤解をされたままではレアンドルさまが困るのでは」
「私はどう思われても構わない。顔や名前が分からなければ母でもどうにも出来ないから安心してくれ」

そう言ってレアンドルは溜息をつく。

「挨拶させるつもりはなかったということですか?」
「会わせるつもりすらなかった。朝食の際に今日は茶会へ行くと聞いていたから乗合馬車を使って出掛けたが、誰から聞いたのか話を聞いてこちらの屋敷に来るとは油断した」

よほど母親がイヤなのか不快な感情が露わ。
ようやく庭園で笑ったところを見れたのに今は無表情を超えて不快そうな表情になっている。

「夫人はここにお住まいではないのですか?」
「ここで暮らしているのは私だけだ。今朝は祖父母から呼ばれてあちらの屋敷で朝食を一緒に摂ったが」
「この広い御屋敷で一人暮らしを?」

使用人が居るから一人暮らしというのかは微妙だけど、一人だけ家族とは別の屋敷で暮らしてるのはどうしてなのか。

「広いか。母とは真逆だな」
「え?」

苦笑したレアンドルは俺のケープコートのリボンを指先で摘んで解く。

「ここは父が母と成婚した時に建てた屋敷だ。自分の名を現す屋敷を建てさせておきながら狭いと言って結局は祖父母の屋敷で暮らしている。だから今は長子の私が所有者になった」

そう説明しながら脱がせてくれると律儀にハンガーにかけてくれた。

「消毒をする前に洗った方がいいな。案内する」
「ありがとうございます」

案内してくれたのは室内の扉の一つを開けた先の浴室。
廊下に出なくても風呂に行けるようになってるのか。

「しみるか?」
「いえ。少し刺さっただけですから大丈夫です」
「そうか。だが念のため消毒しよう」
「はい」

洗面台の上の棚からタオルをとってくれたレアンドルは俺にそれを渡したあと細長い瓶に水を入れてさっき手折った一輪の白薔薇をさす。

「拭いたか?」
「はい」
「では戻ろう」
「はい」

躊躇せず手折ったから捨ててしまうのかと思ってたけど、しっかり持ってきて水に活けるのか。
そんなことを思いながら瓶に活けられた白薔薇を見てまたレアンドルの後に付いて部屋まで戻った。

「好きに座って寛いでくれ」
「お言葉に甘えて。ありがとうございます」

お高そうなテーブルとセットの猫足ソファに座る。
侯爵家だからおかしくないけど、随分と生活は裕福らしい。
大きなベッドまで行ったレアンドルはナイトテーブルにポケットから出した物を置くとシャツの一番上のボタンを外し、壁にあるボタンを押してから戻ってくる。

「自動で閉まるのですね」
「ん?」
「カーテン」
「メテオール嬢の屋敷は違うのか?」
「うちは手動です。ブークリエでは殆どそうかと」
「そうなのか。アルクでは珍しくない」
「さすが技術が発展してる国」

日本で暮らしている時は当たり前にあった自動のアレコレも異世界では珍しい技術。
改めてアルク国とブークリエ国の技術の差を実感して言うとレアンドルは俺の隣に座ってふっと笑う。

「たしかに技術はアルクの方が発展していて何かと便利だが、私はブークリエの人々の慎ましい生活も好きだ。ないものねだりと言われたらそれまでだが羨ましく思う」

そう話すレアンドルは初めて穏やかな表情を見せる。

「ブークリエに行ったことが?」
「ひと月だけな。家出をして獣人族の集落で世話になったが、自分で狩りをして自分で捌いてはじめて食事が出来る。それを経験することで改めて命の大切さを学ばせて貰った」
「レアンドルさまが家出?しかも集落で生活を?」

驚く俺にレアンドルは笑い声を洩らす。

「祖父母と母に嫌気がさして八歳の誕生日に魔導鞄アイテムバッグへ食べ物と着替えを詰めて家出をした。子供の足では国境の獣人集落まで行くのが精一杯だったし、後々大騒動になったが」
「国境?ブラジリア集落ですか?」
「ああ」

国境付近の領地にある獣人集落はブラジリア集落だけ。
カムリンたちの集落だ。

「男性は鉱山から宝石の原石となる塊を掘り出し、女性は男性が掘り出した塊から鉱石を取り出すことが仕事。まだ私は子供だったから女性の手伝いをしていた。日が暮れる前に危険な仕事を終えて帰ってくる男性たちを女性たちが出迎え、夜は無事に生きて帰れたことを祝って酒盛りをする。私には考えられない大変そうな生活だったが、みんな活き活きしていた」

懐かしそうに話すレアンドルに頷く。
鉱山労働は事故も多くて命の危険が付き纏う仕事。
今は魔導具で崩落を防げるようになって昔より事故で命を落とす人は減ったと聞いているけど。

「祖父母や母に知られたら集落の者に迷惑がかかると気付いて名乗らず去ったが、せめてもの恩返しで領主へ一年に一度鉱山の維持費を偽名で寄付している。獣人を虐げた過去のあるエルフ族から寄付をされるのは気分が良くないだろうからな」

あれ?レアンドルめちゃくちゃ義理堅い奴じゃね?
子供ながらに集落の人に迷惑をかけないよう去ってるし。
悪さをしても祖父母や母親が揉み消してくれるから甘え放題やりたい放題のぼんくら長男じゃなかったの?

聞いていた話と違い過ぎて一人で困惑していると扉をノックする音が聞こえてレアンドルの表情が一瞬で無表情に変わる。
電池が切れたようにスンと。

「受けとってくるから座っていてくれ」
「はい」

椅子から立ち上がって扉に向かうレアンドルを眺める。
事情は分からないけど家族(使用人も含む)の前ではわざと素の自分を隠しているっぽい。

廊下に出ていたレアンドルがカートを押して戻ってきたのを見て俺も立ち上がる。

「どうした?」
ワタクシがやりますからレアンドルさまは座ってください」
「ご令嬢にさせる訳には」
「いいから」

気を使うレアンドルを椅子に座らせ鑑定をかけたクッキーや果物が載った銀食器をテーブルに置いたあと、紅茶のポットと茶葉の缶にも鑑定をかけて種類を確認してからティースプーンで茶葉を入れる。

「人族の貴族令嬢は自分で紅茶を淹れるのか?」
「淹れたことのない方が殆どでしょうね。ワタクシは使用人の仕事がなくならない範囲で飲み物も淹れれば料理もしますが」
「料理も?」

俺が紅茶を淹れる手元を眺めるレアンドル。
貴族令嬢は使用人がやってくれるのが常識だから物珍しいんだろう。

「どうぞ」
「見事なものだ。熟練のメイドのように美しい所作だった」
「ありがとうございます」

時間を測って蒸らした紅茶をティーカップに注いで先にレアンドルの前に置いてから俺の分も置いて隣に座りなおす。

「頂戴する」
「はい。未熟でもお目こぼしを」

慣れた所作でティーカップを口に運ぶレオポルト。
その所作だけでもしっかりと貴族教育を受けたと分かる。

「美味しい」
「良かった」

表情を確認する俺に感想を言ったレアンドルはくすと笑う。

「まだ子供だというのにしっかりしているな」
「え?子供?」
「未成年だろう?」
「成人済みの大人ですが?」

お互いにお互いの言葉で驚く。

「……小さ過ぎないか?」
「背は小さいですけど育つところは育ってますが?」

ティーカップをテーブルに置いてまじまじと俺を見るレアンドルの手を掴んで胸に持っていく。

「たしかに育ってるな」
「でしょう?顔が見えなかったご夫人はまだしもレアンドルさまも子供だと思っていたなんて心外です。謝ってください」

夫人は身長で子供だと思ったんだろうから仕方ない。
でもレアンドルはフードを被ってない時の俺も見てるんだから話が別。

「すまない。だが、異性の手を運んで胸を触らせるのはいいのか?大人ならなおさら警戒心が足りないのではないか?」

たしかに。
貴族令嬢なら絶対にやらないだろう。
俺は貴族令嬢じゃないから無意識にやったけど。

「それを言うなら胸に手を運ばれて躊躇せず確認をしたレアンドルさまも警戒心が足りないのでは?ワタクシがそれを理由に傷物にされたと成婚を迫る女性だったらどうするのですか?」

そう聞いた俺にレアンドルはふっと笑う。

「それはいい。是非そうしてくれ」
「そこは冗談だと分かっていても困ってください」
「冗談でも冗談でなくとも困らないからな。そもそも私に成婚を迫るような女性など居ない」
「え?」

侯爵家の長子なのに?
レアンドル自体の容姿もいいし引く手数多だろうに。
アメリアもそれっぽかったし。
俺をジッと見るレアンドルの腕を組んで早く買いに行こうと俺から引き離そうとしたり、俺と二人で行かせたくなくて一緒に来ようとしたりしたあれは嫉妬心だろう。

まあパストルが婚約者というのが事実なら、組まれた腕を解いたり断って二人で行かせたレアンドルが正しいけど。
後から知った俺がパストルを不憫に思うくらいにはあからさまな言動だったから。

「アルシュ侯爵家より国民階級が上だろうご令嬢を私が傷物にしたとなれば祖父母や母はどうするのだろうか」

そんなことを言って鼻で笑ったレアンドルは再びティーカップを持って口に運ぶ。

「さすがに揉み消すのは難しいでしょうね。アルクのご令嬢ならまだ可能かも知れませんが、ワタクシは他国の貴族ですから脅しに使えるような弱点を何一つ握られておりませんし」

そう答えるとレアンドルは声を洩らして笑う。

「私がどのような人物か知っていながら易々と付いて来て二人きりになるのだから、肝が据わっているのか頭が弱いのか」
「どちらだと思いますか?」
「どちらでも構わない。お蔭で私にとって唯一の良い思い出を人に話すことが出来たのだから。感謝している」

集落の人に迷惑をかけないよう誰にも言ってないのか。
八歳の時ならもう何年も前のことだろうに、今まで誰にも話さず口を結んで世話になった恩も忘れず正体を隠して寄付を続けているというんだから、ほんと義理堅い。

「先に寛いでしまったが消毒をしよう」
「忘れてました」
「酷い怪我ではなくて何よりだ」

カートの下から救急箱を持ってきたレアンドルは隣に座りなおすと蓋を開けて指先の消毒をしてくれる。

「赤くなってしまったな。痛みはないか?」
「全く。忘れていたくらいですから」

消毒液を含ませたコットンをピンセットで挟んで消毒をするレアンドルの手つきは痛くないよう気遣ってるのかそっと。
治そうと思えば回復ヒールで治るけど(刺し傷ではかけないけど)、合同講義には参加していなかったレアンドルは俺が聖属性適性があることを知らないだろうから使わない。

「美しい物には棘があるというのはまさしくこれですね」

白い屋敷で美しく咲き誇る花々には棘が隠されている。
その屋敷を現すネージュという名の美魔女は名に反して苛烈で、現所有者の長子は薄暗い塊を抱えている。

「ではメテオール嬢にも棘があるのか?」
「ありますよ?一度刺されば深く刺さって二度と抜けないほどの鋭い棘が。だから刺さらないよう気を付けてください」

そう答えて笑うとレアンドルは指先を見ていた視線を俺に向けて口元を笑みで歪ませる。

「その時は長く苦しまないようトドメを刺してくれ」

唇が重なるとふわりと甘い香りがする。
レアンドルの服からなのか身体からなのか。
どこかで嗅いだことのある香りだけど思い出せない。

「…………」

強弱をつけて重なったり離れたりを繰り返していて最初は何の香りだったかを考えていたけど思い出せず、それどころか身体の奥が熱くなっていく。

「レアンドルさま」

何か使われて……ないか。
媚薬系で効くのは問答無用の魔王の体液と受け入れる必要がある魔法の催淫アフロディジアだけで、薬や香は俺には効かない。

「なぜなのかやはりメテオール嬢には妙な気分になる。それでなくともおかしかったのに歯止めが利かなくなりそうだ」

あ、レアンドルもなのか。
お互い理由は分からないものの普段と違う何かを感じとっているようだ。

ソファに押し倒されたものの重ねるのは唇だけ。
触らないよう精一杯の抵抗をしているのか、ソファの背に置いた手も俺の隣にある手も固く握られている。

「そんなに強く握っては怪我をしますよ?」

強く握り過ぎて痛々しい手の甲に手を添える。
魔王でも夢魔でもないレアンドルは俺には効かない薬や香も含め何も使っていないと分かるし当然俺も何も使ってないけど、なぜなのか互いに心よりも身体の方が先にに。

「ご令嬢を傷物にするより私が傷を負う方がいい」

そんなことを言いながらもまた口付けられる。
恐らくレアンドルはキス以上のことはするつもりがなかったんだろうけど、しないというほどの抵抗は出来ないようだ。

「すみません。少し大人しくしていてください」

レアンドルを腕におさめて浄化をかける。
さすがにこれはおかしいと俺にも分かるから。

「「…………」」

あ、駄目だ。
かけている途中でそれに気付く。

「……なにをした?」
「レアンドルさまの香りが原因かと思ってリフレッシュを」
「香りがしてるのはメテオール嬢の方だろう?」
「え?」
「何の香水か分からないが会った時からずっと甘い香りがしている。リフレッシュでますます濃くなった。逆効果だ」

ずっとしている香りが関係しているのかと思って浄化をかけてみたもののレアンドルが言う通り逆効果に。
お互い何かしらの催淫状態にあるのは間違いないのに浄化で効果が消えないどころか酷くなるとかなんだこれ。

手を離してもレアンドルはそのまま。
自制心が強くて堪えてるけど重なっている身体は熱い。
これは俺よりも酷そうだ。

「もういいですよ。耐えてくれなくて」

もう一度背中に腕を回して抱きしめる。

「やっぱりレアンドルさまはお優しいですね。ありがとうございます」

さすがに可哀想。
本当は相当辛いだろうに、それでも相手を傷物にしてしまわないよう自分の本能と戦ってるのは立派。

レアンドルは顔をあげると俺と目を合わせる。

「メテオール嬢」

何もしていないのに汗が滲んでいるレアンドルは俺の名前を呼んだかと思えば横を向いてテーブルに手を伸ばす。

「レアンドルさま!?」

レアンドルが掴んだのはデザート用のナイフ。
手に当たって床に落ちたカップが割れる音と同時にレアンドルは握っているナイフを自分の太腿に刺した。

「……駄目だろう。メテオール嬢は母とは違う。その場の衝動で傷物にしたら二度と合わせる顔がなくなる」

そう話しながら両手で握ったナイフを深く突き刺す。
痛みで気を散らして性衝動を抑えるとかどんなブッ飛んだ思考回路なんだ。

「夫人と比べられる意味が分かりませんが、ワタクシは疾うに傷物ですよ?男性を知らない清らかな身体ではありません」

レアンドルの両手を掴んで離させナイフを引き抜き、血が広がっていく太腿に手のひらを添えて上級回復ハイヒールをかける。

「清らかな乙女だと期待していたならすみません」
「既に男性を知っているかは関係ない。私の醜い衝動で手を出しては傷物にしてしまう。メテオール嬢には不思議と妙な気分になるが、下心があって連れて来たのではない」

未成年だと思ってたようだから処女だと勘違いして傷物非処女にしてしまうと言ってるのかと思えば、処女だろうが非処女だろうが関係なく傷物性被害者にしてしまうってことか。

上流階級の貴族らしい考えとも言える。
被害にあった(あったんじゃないかという疑いでも)令嬢を妻として迎えるのは避ける傾向にある。
特に昔に倣った親世代はそうで、結婚が個人の繋がり以上に家同士の繋がりの意味合いが大きい貴族家の子息や令嬢は親族に反対されたら身分も家族も捨て駆け落ちでもするしかない。

レアンドルはそれを心配してくれてるんだろう。
傷物にされたことを知られたら俺が虐げられると。
何もしていなくとも疑いが弱点にもなり兼ねないから、苛烈な母親には挨拶をさせず顔も名前も分からないままにさせた。
居ないはずの母親が居て一番焦ったのはレアンドルだろう。

「じゃあ下心のあるワタクシがレアンドルさまを傷物にしてしまいますね?原因は分かりませんがワタクシは堪えられそうにないので。懸命に堪えてくださったのに自制心のない女でごめんなさい」

上級回復ハイヒールはかけ続けながら口付ける。
原因は分からなくてもお互い催淫状態なのは間違いないから、その状態から抜け出すにはさっさとヤッた方が早い。
浄化も効かないなら他の手段が思いつかない。

逃げるように顔を逸らしたレアンドルは俺を抱き上げると大きなベッドまで運んで降ろして口付ける。

「自分の衝動を相手の所為にするほど落ちぶれていない。女性に気を使わせてしまうとは情けない男ですまない」

苦笑しながら謝るとまた唇が重なる。
うん、やっぱり紳士。
少なくとも話に聞いたような国民階級が下の人を下賎と罵ったり女性を傷つけるようなクズ野郎じゃない。





ベッドの上で静かに身体を起こしてレアンドルの顔を見る。
眠っている顔は穏やかで、もうあの香りもしない。

「…………」

結局あれは何だったのか。
やることをやったらお互いに落ち着いたから催淫状態だったことは間違いないけど、原因は不明のまま。

【ピコン(音)!神シン・ユウナギの能力を更新。特殊恩恵〝主神の導き〟と特殊恩恵〝神術〟が解放されました。特殊恩恵〝神子〟と〝魔刀陣〟が融合進化。新たに特殊恩恵〝神刀しんとう陣〟を手に入れました。神刀カルマを手に入れました。同時に特殊恩恵〝月の使者〟と恩恵〝天陣〟が融合進化。新たに恩恵〝月刀つきとう陣〟を手に入れました。月刀王覇おうはを手に入れました】

どういうこと!?
いつも通り唐突な中の人のお知らせに驚いて確認する。

[特殊恩恵]
・主神に愛されし遊び人
・神刀陣(業) evolve!
・神罰
・大天使
・始祖
・神力
・縁の糸
・繋累
・誓約
・***
・勇者の血族との縁
・主神の導き 𝗇𝖾𝗐!
・神術 𝗇𝖾𝗐!

[恩恵]
・神の怒り
・神の裁き
・大防御
・大天使の翼
・大天使の目
・月の恵み
・変身
・月刀陣(王覇) evolve!

またど偉い名前の特殊恩恵と恩恵だな!
カルマとか厄介そうな名前の刀だし!

カルマとはという意味を表わす言葉で悪い意味ではありません。悪い心で行う悪い行為は悪いカルマとして、善い心で行う善い行為は善いカルマとして返ってきます】
『そうなんだ?悪い意味で使われる言葉かと思ってた』

神と付いてる割に邪悪そうな名前の刀だと思えば、知恵袋さん(中の人)が即座に教えてくれる。

『で?今ってことはレアンドルとヤったのが関係してる?』
【…………】
『原因不明の性衝動も更新したのと関係してる?』
【…………】

うん。この反応はがっつり関係してるな。
レアンドルとヤったから今回の能力が解放されたと。

『ヤらせるために催淫効果のあの香りを?』
【言語化することを封じられていることにはお答えすることが出来ません。ですが、どちらにも必要だったとだけ】
『言語化することを封じられてる?あ、もしかして俺が自分で思い出さないといけない何かのことを言ってる?』
【はい】
『無言になったのはそれか。創造神ですら伝えられないんだからそうなるよな。気付かなくて悪かった』

言わなかったんじゃなくて言えなかったのか。
世界を創造した神が話しても何を言ってるのか伝わらないんだから、二人が創った中の人が伝えられないのも当然。

『待った。どちらにもってことはレアンドルも更新した?』
【はい。口語機能は神族のシン・ユウナギの特殊能力ですのでまだ気付いていませんが、覚醒して能力が解放されました】
『気付いたら驚くだろうな。寝てる間に覚醒したんだから』

同じ精霊族でも人族やエルフ族は覚醒しても獣人族のように容姿は変わらないから分かり難い。
どのタイミングで確認するか分からないけど、いつの間にか覚醒してたら驚くだろう。

【寝てからではなく最中に覚醒しました】
『え?全然気付かなかった』
【覚醒して能力が上がったことで催淫効果が切れました】
『出すもの出してスッキリしたからじゃなかったのか』

大抵の場合は魔力量が急激に増えたのを感じるんだけど、今回はいつ覚醒したのか分からなかった。

【呪縛がかかっていたので】
『……は?』
【弱体の呪縛です】
『弱体?』

それを聞いてレアンドルを見る。
見る限りだと健康そうだけど。
体力もあったし。

【特殊恩恵の〝弱体の呪縛〟が影響を及ぼすのは物理系数値の攻撃と防御と運。魔力系数値の魔力量、魔攻、魔防です。体力や精神力には影響しませんし、呪縛自体がステータス画面パネルに載らない隠し恩恵ですので本人や両親も気付いていません】
『えぇ……そんな特殊恩恵があるのか』

画面パネルに載らない隠し恩恵があるなんて初耳。
随分と厄介な特殊恩恵を持ってるな。

『いや、俺も変わらないな。オールセブンだし』

正確な数値がオールセブンで隠されてる俺も変わらない。
それも何か理由があってそうなってるんだろうけど。

『俺には中の人が居てくれるから良いけど、レアンドルは自分のパラが弱体化した数値だって分かってないんだよな』
【大丈夫です。解呪されました】
『え?』
【魂に刻まれた呪縛の解呪は神族と神魔族しか行えません。神のシン・ユウナギと交わり覚醒したことで解呪されました】

どちらにも必要だったっていうのはそれか!
神とやらないと解呪されないなら確かに俺とやるしかない。
俺の能力が解放される鍵だったのと同じく、レアンドルにとっても覚醒するためには必要な鍵だったということ。

『よりによって何でそんな厄介な特殊恩恵を持って生まれたのか知らないけど、解呪されたなら良かった』
【自身が魂に課したカルマです】
『自身って、レアンドルが?』
【遙か昔を生きていた彼が。愛する者を奪われた怒りと悲しみで全てを憎み、最期は自身を呪って絶望のまま滅びました】

誰かの生まれ変わりなのか。
自分を呪うほどに壮絶な人生を送った誰かの。

【魂の呪縛は咒や呪いのように他人にかけたりかけられたりするものではなく自身に課すもの。遙か昔を生きていた彼が望んで自らの魂に呪縛をかけるために、愛する者を奪った者たちの命を奪いカルマを背負って絶命することで呪縛がかかりました】
『…………』

人の命を奪ったことは美談にはならない。
例え相手が悪人だろうと。
それは英雄という粛清を許可された存在の俺も同じ。
でも全てを憎んで自分すら呪うほど愛していたんだろうと思うと、人の命を奪ってはいけないなんて当然の常識で片付けようとする俺もただの綺麗事を言う偽善者だなと思う。

【遙か昔を生きた彼の魂はもう償った。幾百年と呪縛を抱え幾度も生まれ変わっても幸せにはなれず無惨に死ぬことを繰り返して。それが生命を創造した主神のお考えです】
『そっか』

精霊神と魔神が償ったと判断したから俺に解呪させたのか。
それならもうレアンドルがカルマを背負う必要はない。

「…………な」

小さな声が聞こえて寝言かと顔を確認するとレアンドルは焦ったように飛び起きて俺の腕を掴む。

「行くな!」
「え?」

どこに?
大きな声と同時に腕に収められて吃驚する。

「……すまない。夢を見ていたようだ」
「夢?」

ゆっくり腕を離したレアンドルは浮かない顔で溜息をつく。

「悪い夢でも見たのですか?」
「いつものことだ。驚かせてすまない」
「いつも?どんな夢なんですか?」
「分からない。目覚めて考えても思い出せないが、いつも飛び起きた時にはなぜか腹立たしさと悲しさで苦しくなる」
「…………」

腹立たしさと悲しさ?
飛び起きるまでは何ともなかったのに今の一瞬で汗をかいたレアンドルの顔をシーツで拭う。

【昔の記憶が悪夢となっているのかと】
『やっぱそうだよな』

夢の内容は覚えてないようだけど、腹立たしさと悲しさと聞いて中の人が言っていたことを真っ先に思い出した。

「寝てすまなかった」
「幾らも寝てませんよ?数十分くらいで」
「人の屋敷では何もできず退屈だっただろう?」

大人しく顔を拭かれているレアンドルにくすりと笑う。
悪夢を見て飛び起きたばかりなのに俺を気遣ってるんだから良い奴だ。

「従者や侍女が迎えに来る前に浴室を使ってくれ」
「ありがとうございます。一緒に入りましょう」
「え?」
「お互い流さないと人前に出られない状態ですから一緒に」

そう話してレアンドルの手を繋いで少し強引に立たせる。
やることをやったんだからお互い風呂に入らないと人前に出られない状態なのも事実だけど、いま一人にさせると悪夢のことを考えてしまうんじゃないかと思って。

ワタクシはレアンドルさまのお背中を流しますから、レアンドルさまもワタクシの背中を流してくださいね」

黙って俺を見下ろしていたレアンドルは表情を変えてクスッと笑った。
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凡人がおまけ召喚されてしまった件

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