ホスト異世界へ行く

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第十三章

大晦日

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ディヴの月31日。
地球で言うニューイヤーイヴ、日本で言う大晦日。
歴代の勇者から得た知識でこの世界でもグレゴリオ暦が採用されていて、今日が一年の最後の日というのは同じ。

「破壊力が凄いッッ!」

約束通り成年舞踏会に間に合うよう屋敷に来てくれた魔王。
エドの案内で俺の自室に通された魔王のその姿の破壊力が凄すぎてぐふっとなり胸を押さえる。
プリエール公爵家の人たちもこんな心境だったのかと理解できてしまうほどに。

雌性に変身した魔王は極悪。
真っ赤なマーメイドドレスに真っ赤なハイヒール。
魔族らしくドレスから零れそうな豊かな胸に細いウエスト。
腰の下まであるブラウンの髪は手入れが行き届いたツヤツヤストレートヘア、少し気の強そうな顔にピッタリのメイク。
頭に乗せたティアラにも首元のビブネックレスにも赤と透明の宝石が散りばめられていて豪華。

「……これが〝美形は性別を変えても美形〟ってことか」

クルトが言っていたことを今更実感する。
元の姿の時も美形の魔王は雌性の姿になっても美形。
俺の好みにぶっ刺さりまくる魔王の美しさはまさしく極悪。

「この衣装なら人族に混ざっても違和感ないだろう」
「駄目です」

準備が大変だったのか腰に手をあて少しうんざりした様子で言った魔王にベルがキッパリ駄目出しする。

「なぜだ。精霊族も舞踏会での衣装は普段より露出してもいいと聞いたのに。地上では勇者色と尊ばれる黒も避けた」
「ご衣装ではなくティアラです。精霊族にとってティアラは王妃や王女の証明で、他の人が着けることを禁じられてます」

そう言えばそうだった。
魔界でも王や半身の王冠クラウンを真似て作った模造品を着けたり、魔王と半身を象徴する宝石のディアマンルージュを使用することは禁止されてるけど、精霊族はそもそも王冠クラウン(ティアラも)自体を王家以外の人が着けることを禁止されている。

「お城に入る前に逮捕されますよ」
「王妃より目立たないよう豪華な物を避け小ぶりな物を選んだというのに、ティアラ自体が禁止されているとは面倒な」
「ごめんな。俺が話し忘れてた所為で無駄になって。今回のためにわざわざ用意してくれたんだろうに」

ティアラを外す魔王を見て申し訳なくなる。
俺が先に魔界との違いを話しておかなかったことで折角用意したのに無駄になってしまった。

「これはお前に贈ろう。魔界に来た時に雌性の姿で着けてくれれば美しい半身の姿を見れるのだから無駄にはならない」

くすりと笑って言った魔王をギュッと抱きしめる。
見た目は恐ろしく美形な女性の姿に変わっているのに、中身は変わらず男らしい激甘魔王のままなのがギャップ萌え。

「シンさま、ご衣装にお化粧が付いてしまいます」
「それは案ずるな。落ちないよう魔法をかけてある」
「何ですかその羨ましい魔法」

衣装に付くことを心配するベルに答える魔王。
俺の好みドストライクの見た目で有能でエロくて好き。
雌性の姿になってることで俺より背も低くなってるから(それでも精霊族の女性にしては高いけど)抱き心地もジャストフィットしてて気持ちよくて好き。

「舞踏会はキャンセルしてこのままベッドに行きたい」
「俺は構わないが?」
「「駄目です」」

魔王の色気にメロメロになって抱きしめたまま頭にスリスリしているチョロい俺をエドとベルがハモって止める。
好みドストライクが目の前にいるのに無慈悲な。

「仕方ない。諦め……頭が寂しいな」

渋々離れて魔王を見てふと思う。
ドレスも靴も化粧も装飾品も舞踏会仕様に着飾っていて完璧なのにティアラがなくなった頭(髪)だけが物足りず、異空間アイテムボックスから地球のガーベラの形に似た赤い花を取り出す。

「それは魔界の花だな」
「うん。食用にも出来る花だから摘んどいた」

竜人街の視察で森を通った時にエディブルフラワー(食用花)が咲いてるのを見かけて、ちょっと洒落た料理でも作った時に添えようと思ってエディやラーシュと一緒に摘んできた。

「俺のカチューシャを使おう」

真っ赤な花を三輪、俺が前髪をあげたい時に使っている銀製の細いカチューシャの右側に風魔法を使って茎を巻き付け、仕上げに時空間魔法で時間を止め解けないよう固定する。

「出来た」

即席の髪飾りの完成。
花が右耳の上辺りにくるよう作ったそのカチューシャを魔王のブラウンの髪に飾った。

「うん。似合う」

真っ赤な衣装と真っ赤な花の髪飾り。
料理に飾るために摘んだ花だったけど、今回の衣装の色に合わせて摘んできたかのようにピッタリ。

「シンさま凄い」
「さり気ない大きさの花で上品な髪飾りになりましたね」
「うん。可愛いドレスなら沢山使って花冠にでもしたけど、色気たっぷりの衣装には可愛さより品の良さかなって」

魔王を見て驚くベルとエド。
ティアラほどの高級感はなくてもカチューシャも同じ銀製品だから舞踏会に着ける髪飾りとして最適だし、花を沢山つけ過ぎると幼くなるから三輪だけ使った。

「即興で作ったとは思えない仕上がりで素晴らしいです」

前後左右から興味津々に魔王を見上げるベル。
耳がピルピル尻尾フリフリで可愛い。
今度ベルにも作ってあげよう。

「さて。遅刻しないよう行くか」

今年成年を迎える令息令嬢が居る貴族家は昼の祝典に合わせて登城し国王のおっさんや王妃たちに挨拶を済ませてるけど、ゲストの俺が登城するのは夜の舞踏会の時間に合わせて。

「今日は俺がエスコートするから」
「ああ」

今日は魔王が雌性になってるからエスコートは俺。
ロンググローブをしている手をとって甲に軽く口付けた。

「俺たちが行った後はみんなで食事を楽しんでくれ」

エントランスでディーノさんから外套をかけて貰いながら、見送りのために集まっている使用人たちに声をかける。

「我々使用人にまで温かいお心遣い感謝申し上げます」
「普段頑張ってくれてるみんなを主人の俺が労うのは当然」

英雄屋敷なんて機密の塊だし襲撃を受ける可能性も高いのに、みんな自分たちの仕事に誇りを持って仕えてくれている。
そんなみんなを労うのは当然のこと。
一年の最後の今日は屋敷に仕えてくれている使用人や騎士たちで楽しんで貰えるよう、沢山の料理と酒を用意した。

「自作料理を使用人へ振る舞う主人などシンさまだけです」
「俺は変わり者の主人だからな。今更だろ」

魔王の肩にドレスコートをかけつつ苦笑したエドに笑う。
そんな俺とエドの会話にベルもクスクス笑った。

「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」

王城までは馬車。
待っていた御者コーチマンが開けた扉から魔王と乗って、見送ってくれるみんなに軽く手を振った。

「よい使用人たちだな」
「俺もそう思う。面倒で手間のかかる主人なのに」

うちで仕えてくれてるのは上級使用人ばかり。
元から優秀な人たちだからなんだけど、気品ある高貴な貴族からだって引く手あまたの人たちなのに変わり者の俺を選んで仕えてくれてるんだから、本当にありがたい。

「だから他の屋敷より良い待遇を心がけてる。普段の給金はもちろん、この世界にはないボーナスとか有給休暇とか、家族が居る人には家族手当てとか出産手当てとか住居手当てとか」

俺が出来ることはそのくらい。
忙しくて機密情報が多くて危険性も高い職場を選んでくれた人たちだから、それに見合うだけの高待遇にしている。

「あの者たちは待遇の良さで働き先を選んだのではなく、主人がお前だからこそ仕えているのだと思うがな」

くすりと笑った魔王は俺の頬に軽くキスをする。
そうだったら嬉しいんだけど。

「頬でもその姿でキスされたら理性が仕事しなくなる」
「雌性の俺を気に入り過ぎだろう」
「普段のフラウエルも良いけど、雌性のフラウエルも良い」
「そうか。俺がお前に思うことと同じだな」
「美人で中身はイケメンなの辛い」

雌性の時でも変わらず余裕たっぷりのイケメンで辛い。
エロイケメンを今すぐ押し倒したい衝動で爆発しそう。
俺の理性仕事しろ。


馬車の中で煩悩と戦っている(俺が)間にも城に到着。
御者コーチマンが開けた扉から先に俺が降りて魔王をエスコートすると、俺が来るのを待ってたんだろう軍人たちは壁のように赤い絨毯の左右に立って軍官が周囲を警戒する。

俺の登城時間が他の人より遅いのはこのため。
多くの人が集まる成年舞踏会で命を狙われ易いのは国王のおっさんと英雄の俺で、警備が厳重な城の中に居る国王のおっさんと違って城を出入りする俺はこのタイミングが一番危険。
探知をかけてるから隠れて狙ってても分かるし障壁もかけてるんだけど、俺が無事でも周りに居た人たちが巻き込まれる可能性もあるから登城時間をずらしてある。

「招待状を拝見します」
「ああ」

城に入ってすぐの所に待っていたのはエミー。
式典用の軍服を着ているエミーに招待状を渡す。
王家から送られてきたその招待状は偽装されたらすぐに分かるよう細工がされていて、もし持って来るのを忘れただけの人でも招待状がなければ城に入れない。

「随分と美しいご令嬢になったじゃないか」
「当然だろう?性別を変えただけの俺なのだから」
じゃなくてだろ。今日は英雄のパートナーとして来たエヴァンジル公爵家の令嬢なんだから言葉遣いに気をつけろ」
「お前に気をつける必要はない」

コソコソ話すエミーと魔王。
こんなところでも犬猿の仲の二人。

「君の正体を知ってるのは国王と一部の上官だけだ。間違っても正体がバレるような大失態はしないように」
「言われずともそうする」

仲がいいのか悪いのか。
そう思いながら苦笑した。

「何かあったら私かテオドールに」
「分かった」

俺とも短く会話を交わして会場に先導してくれる。
舞踏会が開始するのはゲストの俺が到着してから。
会場のパーティホール近くの廊下まで来ると、昼の祝儀から参加していただろう若い令息や令嬢の姿も見られた。

「お時間ですので会場にお戻りください」

パーティホールの扉の所で立っていたドアボーイや警備兵が俺が来たことに気付いて廊下に出ている人たちに声をかける。
急いで中に入る若者たちを焦らせないようエミーは少し歩く速度を落とし魔王と俺もそれに合わせてゆっくり歩き、扉の前に着く頃には警備兵とドアボーイたちだけになっていた。

英雄エロー公爵閣下、エヴァンジル公爵令嬢がご到着です」

警護のエミーはここまで。
城の外や廊下で警備につく軍人たちに指示を出した後は会場の警護に回るだろうけど、ドアボーイたちに俺と魔王の名前(仮名)を伝えて敬礼した。

英雄エロー公爵閣下、エヴァンジル公爵令嬢のご入場です」

無言ながら俺と魔王へ丁寧に頭を下げたドアボーイたちはパーティホールの重い扉を開けると、誰が来たのか会場内の人たちに報せるために大きな声で名前を伝えた。

玉座まで真っ直ぐに続いている赤い絨毯の上を魔王をエスコートしながら歩く。

「本日はご招待を賜り光栄にございます。シン・ユウナギ・エロー、エヴァンジル公爵令嬢と共に登城いたしました」
「二人ともよく来てくれた」

玉座に座っている国王のおっさんと正妃とルナさま。
左右には二妃と三妃、ルイスさまとミリーさまの姿も。
王家が勢揃いしている壇上に向かって俺はボウアンドスクレープで、魔王はカーテシーで挨拶をする。

チラリと横目で確認した魔王は真顔。
でも実の性別は雄性だと思えないほど綺麗なカーテシー。
先に話は通してあったとは言え国王のおっさんと同じの魔王にお辞儀をさせるのは申し訳ないけど、今回は王ではない別人として同行するんだから構わないと受け入れてくれた。

「本日の舞踏会は今年成年した子息と令嬢を祝うために行われている。晴れの日を迎えた彼らに英雄エローの貴殿からも祝いの言葉をかけてやってくれないか?」

……は?
そんなこと聞いてないけど?
アドリブで話せってこと?
頭が悪いんだから祝辞が必要なら先に言っといてくれよ。

「一言二言でも構わない。普段は聞く機会のない貴殿からの言葉は彼らにとって今日という日のよい記念になるだろう」
「承知しました。喜んで」

記念にと言われたら断れない。
国が新成人を祝うため舞踏会を開いたように、俺も一緒に新成人を祝ってやってくれということで招待されたんだから。

「こちらをお使いください」
「ありがとう」

了承すると騎士団長が歩いて来て拡声石を渡される。
魔王にはここで待ってくれるよう目配せすると騎士団長が魔王の隣に着いてくれて、それを確認してから成年者や親族が居る方を向いて一歩前に出る。

『新成年の諸君、まずは成年おめでとう。祝辞を述べる予定ではなかったために何も考えておらず気の利いたこと一つ言えそうにないが、少しの間だけ傾聴してくれたらと思う』

まだ十五歳になったばかりの子息や令嬢から期待の眼差しで注目を浴びる中、拡声石を通して祝いの言葉を伝える。

『成年を迎えた君たちはもう大人の一員だ。これを機に未成年の間は禁じられていた物事が解禁される。だがそれは同時に何をするにも自己責任になるということでもある。今まで多少の悪さをしても両親や周りの大人が守ってくれただろうが、今後悪さをすれば君たち自身で責任を負わなければならない』

酒も煙草も結婚も出産も成人年齢の十五歳から。
仕事でも私生活でも娯楽でも一気に選択肢が増えるけど、自由に選べる権利を得る変わりに責任をとるのも自分。
それが大人と子供の大きな違い。

『娯楽が増えて堕落しそうな時や、付き合いが広がり悪事に誘う者が現れることもあるだろう。その時は自分の心に問いかけて欲しい。それが自分にとって正しいと思えることなのかを。善行も悪行も最後に行うかどうかを選択するのは君自身なのだから。君の人生は君にしか歩けない。君の人生は君のものだ。そのことを忘れず君らしい人生を歩んでくれたらと思う。願わくば諸君の選んだ人生が素晴らしいものになりますように』

真剣な顔で聞いている成年たちにくすりと笑う。
その日その時を生きるため悪事にも手を貸した俺は偉そうなことを言えないけど、何をしてでも生きたいと最後に自分で決断したことは結果が何であれ恨んだことがなかった。

自分がしたことの結果を他人のせいにはしたくない。
自分の人生は自分で決める。
自分が決めたんだから責任も自分にある。
ろくでなしな俺が唯一、昔も今も貫いていること。

『最後に私から成年した諸君へ祝いの贈り物をしたいと思う。争わず一本ずつ受け取ってくれ』

西区のカフェの花壇に埋めようと思って購入しておいた花の種が入った袋を異空間アイテムボックスから取り出し、中の花の種をパーティホールの天井高くまで風魔法で舞い上がらせる。

「この星の未来を担う若者たちに神の祝福を」

月の恵みを使うと俺の中から月神が現れ種が花に成長する。
淡く優しい光を放つ月神の姿は誰にも見えていないらしく、ふわりふわりとそよ風に乗って降ってくる白い花を見上げている人々は驚きの声や歓声をあげた。

『改めて、成年おめでとう。諸君に幸あれ』

を担う成年たち。
遠くない未来に天地戦という苦難が迫っているけど、それを乗り越えた後の未来を作って行くのは彼ら若者。
一人でも多くの人が生き残ってくれることが俺の望み。

どうか彼らの未来が幸せなものであるように。

取り合いになってないことを確認してから成年たちへ背を向け敬礼した俺に、国王のおっさんは満足気な笑みで応えた。





「腹が減ってるのか?」

ゲストの俺が挨拶のした後は予定通りに舞踏会が始まる。
オーケストラの演奏で新成人になった子息や令嬢がダンスに興じる中、パーティホールの一角に用意されている料理を真剣に選ぶ魔王を見て首を傾げる。

「思った以上に支度に時間がかかって食事できなかった」
「そう言われてみれば俺も昨日の夜に食べたきりだ」
「昨晩から食べてないと?体調が悪いのか?」
「ううん。朝から残りの仕事を片付けてそのまま支度してって感じだったから空腹を感じる暇もなかっただけ」

真剣な顔で料理を選んでいた理由に納得して腹に溜まりそうな肉料理を皿に数種類とって渡す。

「気にせず食べて大丈夫。魔王城の夜会と同じく地上の夜会でも料理は皿が空く前に運ばれてくるから」

魔王は大食漢。
主役の成年たちが食べられるよう少しにしておこうと気を使って厳選してたんだろうけど、心配しなくても地上の夜会(舞踏会)でも提供されている料理の皿が空になることはない。
招待客への料理が足りないなんてことになれば料理人の恥というのがこの世界の常識で、そこは魔界と変わらないから。

「そうか。それならいいが」

成年舞踏会は日を跨ぐ深夜まで続くから、昼の茶会とは違って菓子や軽食の他にもガッツリ系の料理が並んでいる。
大食漢の魔王でも充分腹を満たせるだろう。

「召し上がれ。俺が作ったんじゃないけど」
「いただこう」

皿を受け取り上品な所作ながらもパクパクと食べる魔王。
マーメイドドレスは身体のラインがハッキリ分かるからぽっこりお腹になると目立つけど……まあ魔王なら大丈夫だろう。
普段から『異空間に繋がってるの?』と思うほど量を食べても変わらないから。

「うん。美味い」

俺も自分の分を皿に取って口に運んだのはローストビーフ。
並べられている料理は俺が王宮料理人に教えた異世界メニューも多く、完璧に再現されている。

「あの料理は初めてみた」
「ん?」

巨大な鉄板鍋にデンと横たわっている巨大魚。
魔王が指さした先にある別テーブルに置かれている存在感たっぷりなそれに少し笑う。

「あれはアクアパッツァって料理。俺が教えた時にはあんな巨大魚は使わなかったけど、今回は料理人が成年舞踏会に合わせてインパクトがあるようアレンジしたみたいだ」
「異世界料理ということか。食べてみよう」

早々に皿を空けた魔王と別テーブルに行く。
立食形式だから立ったまま食べて選んでの繰り返し。

「王都は近くに海がないから川魚が多いけど、この魚は海魚なのか。今日のために冒険者や商人に依頼したんだろうな」

トングで解した身を皿に取りながら鑑定をかける。
海から運ぶと氷魔法で凍らせる(氷魔法が使える人に依頼する)か、容量の大きな魔導鞄アイテムバッグで運ぶしかないから(異空間アイテムボックスという手もあるけど魔導師や賢者が運搬するはずもない)、魚の値段プラス魔法を使った手数料や運搬料でお高い魚になってしまう。

だから王都の市場に出回ってる魚介類は殆どが川のもの。
一般国民でも手が出せる値段に抑えるために。
貴族ならお高い海の幸だろうと商人に注文すればいい話で、買いに来るのは一般国民が多い市場がそうなるのは当然。

「王家が主催する舞踏会だから出せた魚ということか」
「舞踏会のために桁違いの予算が組まれてるくらいだし」
「祝い事で金がかかるのは魔界も地上も変わらないな」

貝類や野菜も乗せて軽くスープをかけた皿を魔王に渡しながらお互いに苦笑した。


「ふう。このくらいで止めておこう。腹が出てしまう」
「結構な量を食べましたけど?」

俺は疾っくにご馳走さまをしていたけど、魔王はガッツリ系も軽食も菓子までも余すことなくしっかり制覇していた。
成年も成年の家族も俺以外のゲストも舞踏会の醍醐味であるダンスに夢中なのに、食事に夢中だった魔王が何とも

「やっぱりぽっこりお腹にはならないんだ」

文字通り異空間の胃袋。
食べる前と変わらずストンとしているお腹を撫でる。

「魔族は胃が二つあるからな」
「え?そうなの?」
「嘘だが?」
「しょーもない嘘をつくな」

同じ雌性でも魔族には子宮がないという以外にも違いがあったのかと思えば嘘だったらしく、信じた俺を魔王は鼻で笑う。

「またおかしな噂をされるぞ?」
「おかしな噂?」
「今の俺は雌性の姿をしている。このように身体に触れていては肉体関係があると疑われてしまうんじゃないか?」
「ああ、疑われるかも。ダンスの時とかエスコートの時とか挨拶の手の甲は別として、伴侶や恋人以外には触らないから」

俺は距離感がバグってるから性別関係なく親しい人にはハグしたり肩を組んだりするけど、普通はしない。
伴侶や恋人や婚約者の腰に腕(手)を回すことはあるけど。

「フラウエルとは別に噂されてもいいや。肉体関係があるのも事実だし、精霊族の夫婦関係にあたる半身同士だし」

どこぞのご令嬢と会話に花を咲かせただけで関係を疑われて噂されるのは相手にも迷惑がかかるから困るけど、魔王と噂されても本当のことだから何も困らない。

「地上では俺を娶る気か?」
「魔界ではフラウエルが俺を娶ったから地上では俺がフラウエルを娶るってこと?もう披露式でお互い創造神両親に生涯を誓ったんだから二回もやる意味ないし。知ってるって言われそう」

そう話してお互いに笑う。
魔界でも地上でも誓う神が俺の両親というのは同じ。
魔王と俺が半身だということは疾うに知っている。

「シンさま」

笑っていると後ろから声をかけられて振り返る。

姫殿下プリンセス。ご挨拶申し上げます」

俺たちの方に歩いて来たのはルナさまと師団長。
胸に手をあて軽く頭を下げて敬礼する。

「今は周囲に人が居ないですから普段通りで構いません。ワタクシもシンさまとお名前で呼んでしまいましたし」
「ではお言葉に甘えて」

怖いのは周りの人よりも隣に居る師団長だけど。
王家への礼儀には別格で厳しいから。

「談笑中にお邪魔して申し訳ありません。自由に動ける今しか個人的にお話しする時間がないのでご挨拶をと思いまして」
「王家は今日から明日にかけて拘束状態ですからね。ろくに休む時間もないでしょうし、体調には気をつけてください」
「はい。ありがとうございます」

今日は朝から祝儀(成人式)を行い夜は成年舞踏会。
明日は新年を祝う新星ノヴァの祝儀。
年末年始のこの二日間は人前に出ている時間が多い過密スケジュールなんだから大変だ。

「まずはこちらからご挨拶をさせてください。今年も一年お世話になりました。来年もまたよろしくお願いします」
「こちらこそ。来年こそピクニックのお約束を果たせたら」
「是非とも。長らく不在にしていたためにお約束が守れず申し訳ございませんでした」

武闘本大会の時に約束したこと。
デュラン領に居た時のようにまたみんなで一緒に外で食事をしようと約束したのに、あのあと人為スタンピードを起こされて俺は魔界に行ってしまったから約束は果たされないまま。

「いいのです。こうして戻って来てくださったことが何よりも嬉しかったのですから。それにワタクシもまだ婚約発表前ですから、みんなでピクニックをする約束は間に合います」

ルナさまは俺が魔界に居たことは知らないけど、特異な自分が争いの火種になるのが嫌で姿を晦ませたことは知っている。
だから二度と戻って来ない可能性があったことも承知で『戻って来てくださった』と言っている。

「今度こそお約束を果たすと誓います。ルナさまのお時間の都合がつく時を教えてくだされば予定を空けますので」
「約束ですよ」

ふふっと笑ったルナさまに俺も笑みで返す。
もう約束は破らないと誓う。

「フラウエルさまも是非参加してくださいね」
「え?」

魔王の方を見て言ったルナさま。
エミーから一部の人しか知らないと聞いていたけどルナさまにも話したのかと師団長を見ると首を横に振られる。
話してないってこと?

「よく俺だと分かったな。雌性の姿になっているのに」
「フラウエルさまの髪や瞳も余りお見かけしない珍しい色ですし、お顔の造りも女性ならばこうなるだろうと予想のつく範囲ですので。最初はご兄妹かとも思いましたが、あらゆる魔法をお使いの賢者さまですから魔法で変えているのかと」

いや、鋭すぎない?
精霊族には性別を変化させる魔法がないのに。
デュラン領に居る間に魔王があらゆる魔法を使えることを知ったとは言え、精霊族にないはずの魔法でも魔王(賢者フラウエル)なら使えるんじゃないかと考え至るのが凄い。

「ただ愛らしいだけの姫君ではないと言うことか。常識に囚われず真実に辿り着いたとは、王位継承者を名乗るだけある」
「お褒めの言葉をありがとうございます」

フッと笑う魔王とにっこりと笑みで返すルナさま。
この世界にどんな魔法が知らない異世界人ならまだしも、次の国王になる者としてあらゆる常識を学んでいるルナさまが常識にない魔法の可能性に気付いたのは立派。

「以前子供賢者にも話したが、複合魔法を使える賢者ならば新たな魔法の可能性に挑戦するべきだ。例え賢者ではなくとも精霊族の扱う術式を使うことでも可能性は広がる」
「そうですね。今ある魔法は遙か昔の祖先さまが試行錯誤しながら考えたもの。そう思うと今時代の私たちにもまだ新たな魔法を発見することが出来るのではと思います」

あれ?何かお勉強スイッチが入った?
魔法の可能性について語り出した魔王とルナさま。
師団長を見るとうんうんと頷いていて俺だけ疎外感が凄い。

よし、俺は黙って呑んでよう。
頭が悪い俺が賢い三人の話に入れるはずもない。
術式ですらどういう風に成り立ってるのか知らないし。
以前は『精霊族の術など魔族の俺が知るわけない』と言っていた魔王はいつの間に学んでいたのか、ルナさまや師団長とああでもないこうでもないと議論を交わせてるけど。

こういう時は聞いてる素振りだけしておくに限る。
例え知らないことで興味もない話題でも、知らないなりに興味はあるかのように振る舞うことも空気を読むと言うこと。
空気読みも対人関係を悪くしないために必要なスキル。

熱く語りあう三人の邪魔はせず、馬鹿は馬鹿なりにひたすら空気を読むことだけに専念した時間だった。
    
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