ホスト異世界へ行く

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第十二章 邂逅

バルビ王家

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ノアが部屋を出てすぐ元の姿に戻り護衛に頼んで目が覚めたことを報せて貰うと、師団長と随行医が来て俺の診察をした。
診察と言っても他国に属する英雄の魔法検査を勝手にはできないから、問診や触診の他は俺が自分にかけた魔法検査の結果を病状があれば出る欄だけに限定して見せたんだけど。

結果は異常なし。
パラメータの数値は俺自身にも分からないけど、魔王や精霊神や魔神のお蔭で怠さも痛みもない。

「足を運ばせてすまない」
「構いません」

今居るのはアルク城の中にある執務室。
診察のあと国王にも報告が入りこの部屋に呼ばれたから、身支度を整えて報告に来た。

「体調はどうだ?痛いところはないのか?」
「はい。ご心配をおかけしました」

机には積み重なった書類の山。
隣にはこの国の宰相。
そこで今まで書類に目を通していたらしいアルク国王は少し目頭を押さえる仕草を見せる。

「貴殿の魔力量では目覚めるまでに何日かかることかと思っていたが、まさか数時間で目覚めるとは予想もしなかった。目覚めたと報告を受けて疑ったくらいだ」

まあ確かに倒れた時のままだったらまだ寝てただろう。
むしろ魔腐食で死んでたと思う。
訪問していた他国で死ぬという大問題になりそうなことにならなくてある意味よかった。

「本当に異常はないのか?無理をしているのではないか?」
「師団長や随行医にも検査結果をお見せしましたが異常ありません。体力も魔力も回復しておりますのでご安心ください」

師団長や随行医も同じようなことを言っていた。
それほどに魔力が枯渇して倒れるということは魔腐食を起こしかねない命にも関わることで、幸い魔腐食が起きずに済んでも目覚めるまでには時間がかかる。

「治療として魔力回復薬を飲ませ二名の賢者に魔力譲渡もさせたが、正直貴殿には意味があるのか甚だ疑問だった」

正解。
枯渇した際の治療としてはそれが最適解なんだけど、俺には一切意味がなかったから魔腐食を起こしていた。

「陛下が賢者を呼んでくださったことはお聞きしました。緊急時以外の招集はしない決まりに関わらず呼んでくださった陛下にも、すぐに駆けつけてくださった賢者の二名にも深く感謝申し上げます。そのお蔭で早々に目覚めることができました」

それが意味のないことだったのが事実でも、俺を助けるために最大限のことをしてくれたんだから感謝している。

「英雄が倒れたのだから緊急以外の何物でもないだろう。私たちに出来ることもせず英雄が亡くなったとあらば、両国の関係が崩れるだけではなく民が暴動を起こして革命が起きる」

そう言ってアルク国王はくすりと笑う。

「貴殿は自分の価値を低く見ているようだが、今や貴殿はあらゆる種族が崇拝する神のような存在だ。強く美しく心優しい神として。その神を失っては地上は混乱するだろう。そのことを自覚してもっと自身を大切にして欲しい。命を救われた上に継続して治療を施して貰っている私が言えることでは無いが」

その話を聞いて今度は俺がくすりと笑う。

「本当に私が神ならば魔力が枯渇することはないでしょうし、消滅することはあっても肉体がこの世に残るような死に様を迎えることはないでしょう。つまり私は特殊な能力を持っているだけの人族でしかないと言うことです」

神で間違いないけど、みんなが信仰するような神じゃない。
どんなに俺に祈られても願いは叶わないし、創造神のように世界を変える力もない。

「ただ、私の身を案じての陛下のお言葉はありがたく胸に留めておきます。この度は私の自己中心的な行動で多くの方々にご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます」

胸に手をあて謝罪を口にしつつ頭を下げた。

「貴殿には困ったものだ。その自己中心的な行動で三妃や民を救われた私はどう言葉を返せばいいのか」

苦笑し椅子から立ち上がったアルク国王は胸に手をあてる。

「精霊族の守護者英雄エロー。此度の事件は貴殿が尽力してくれなければ多くの者が命を落としただろう。私の妃である三妃を、娘を、我が国の貴族たちを、そして城に仕える者たちを、たった一つの身命を賭し救ってくれたことに深く感謝している」

俺に対して深く頭を下げたアルク国王。
仕事のために傍についていた宰相は驚く。

「どうぞお顔をあげてください。私は両国の陛下より勲章と称号を賜った英雄として役目を果たしただけですので」

国王が同じ国王以外に頭を下げるなど有り得ないこと。
いや、宰相からすればあってはならないことだろう。
ブークリエ国の国王のおっさんはそうすべき相手と判断したら頭を下げるけど、それだっていい顔をしない人の方が多い。

「今回は私の勝ちのようだな」
「ん?」
「内心では少し慌てただろう?」

そう言ってアルク国王はニヤリと笑う。
この野郎。

「貴殿に感謝していることは事実だ。だが、頭を下げるのは今回限りで辞めておこう。どうやら貴殿は上の者から頭を下げられることが苦手なようだからな」

あ、はい、正解です。
即見破られて苦笑した。

「ブークリエにも貴殿の様子と事情を報告をしておいた」
「問題には」
「なるな。間違いなく。明日の早朝に賢者の最高指揮官と貴殿の従者を招集してこちらへ向かわせると言っていた」
「……私からお断りしておきます」

国王ぉぉおお!
今日の内に目が覚めてよかった! 
大事になる前に目覚めて心からよかった!
ありがとう魔王!精霊神!魔神!

「いや、目覚めたことも既に報告してその話はなくなった。英雄に関わる重要事項だけにどちらも直接私が放映石を通して報告したが、最初に報告した際には珍しく顔色が変わっていた。それほどブークリエ国王は貴殿を大切にしているのだろう」

多分それは天地戦が頭を過ぎったからだと思う。
もちろん心配もしてくれただろうけど、魔力が枯渇して俺が倒れた→死の可能性→魔王が怒って天地戦の構図で。
魔王も知っていることを国王のおっさんは知らないから。

「別角度の大事にならなかったことは安心いたしましたが、賊については何か掴めたのですか?」

それでなくてもアルク国はいま問題を抱えている。
俺のことでも大事になっていたらあちらもこちらも対応する必要に迫られて大変なことになっていただろう。

「貴殿も覚えているだろうが、殆どの者は武闘本大会で人為スタンピードを起こした壊滅派の残党だった」
「殆どの者?違う者も居たのですか?」

壊滅派の残党だったことはまあ予想の範疇。
ただ、ということは壊滅派じゃない人も混ざっていたと言うこと。

「今回の件に巻き込んでしまった貴殿には隠さず話すが、この国の幾つかの貴族も今回の件に噛んでいた」
「貴族が?」

どうして貴族が壊滅派と。
今の言い方だとその貴族自体は壊滅派ではないんだろうし。

「そもそもの事の起こりが貴族家。その貴族家が壊滅派の残党に話を持ちかけ誘拐事件を起こしたというのが真相だ」

壊滅派が貴族家を利用したんじゃなくて貴族家が壊滅派を利用して事件を起こさせたと。
いまだに自首もせず捕まってもいない残党はまだ復讐心の残っている人たちだろうし、種族の象徴とも言える国王に復讐できるなら貴族の話に乗ってもおかしくはない。

「壊滅派の狙いは単純だ。妃や娘の命を残酷な手段で奪い私に大切な人を失う辛さを味あわせることで復讐を果たせると。二人を暴行し見るも無惨な姿した上で首を落とし、最終的には人目につく場所に晒し首にする手筈になっていたらしい」

話を聞いて自然と拳に力が入る。
そんな非道極まりない残虐行為を計画していたのかと。

「……陛下はそのような深い復讐心を持たれるほどの悪政治をしたのですか?三妃や姫殿下はそのような惨たらしい殺され方をするほどの罪を犯したのですか?」

話に聞いただけでも腸が煮えくり返る思い。
アルク国王は冷静に話しているけど、その供述の報告を受けた時にはどんな気持ちになったんだろう。

愛ではなくとも情はある。
もし居なくなれば胸が痛むだろう。
苦しくなるだろう。
私の伴侶はあの三人しか考えられない。

そう言っていたアルク国王が、三妃や姫殿下が無惨に殺されるところだったことに何も思わないはずはない。

「数百年前の話だ。その時代の国王は取り返しのつかない罪を犯した。獣人族を嫌い見下す愚かな妃たちの願いを聞き入れ罪のない獣人族の命を奪い、生き残った者からも住処を奪い国から締め出した。獣人族だけでなく同じエルフ族である民にも重税を課し多くの者が飢えて命を落とし、人族への流通を縮小させ値を吊り上げ得た金で自分たちは贅の限りを尽くした」

ああ、エドたちが話していたあのことか。
エルフ族も重税の所為で飢えて亡くなっていたことや、人族との流通が縮小されていたことは初めて聞いたけど。

「その国王を暗殺したのは第二継承者。国王の実の子だ。母である妃や兄弟も含め、悪行に加担し贅を尽くす全ての者を皆殺しにして自分が血塗られた国王となり改革を行った」

王位継承者として人々を苦しめる家族を自分の手で殺して悪政治に終止符を打ったのか。

「私のかかった病が呪いと言われるのはそれが理由だ。バルビ王家から苦しめられた者の呪い。原因不明の異常が起きる短命な者はその者たちを鎮めるために産まれてくる生贄だと」

そういうことだったのか。
心当たりがあったから呪いだと信じられていたと。

「私には復讐されるだけの理由がある。多くの者を苦しめたバルビ王家の血を継ぐ者なのだから。過去の話を聞いて育った者にとって祖先を苦しめたバルビ王家の私は憎い存在だろう」

全てを受け入れ国王になった人。
呪いと言われる原因不明の異常を持つ生贄だと言うことも、バルビ王家の自分に復讐心を持つ人が居ることも。
全てを受け入れて民のために豊かな国を築いている。

「くだらない。復讐されるだけの理由なんてありません」

ああ、くだらない。
本当に心からくだらない。

「既に存在しない者の呪いというのも鎮めるための生贄というのもくだらない。現国王である陛下が悪政治をして苦しめているのなら民から恨まれ復讐されても仕方がありません。私でも腹が立つでしょう。ただそれは今を生きている人たちが諸悪の根源の陛下に対して爆発させた怒りであって、既にこの世に居ない者の罪を子孫に押し付け復讐して何になるのですか?」

アルク国王に復讐されるだけの理由なんてない。
されても当然かのように受け入れてどうする。

「復讐を果たした本人は嘸かしスッキリするでしょうね。自分が新たな復讐の種を作ったことを考えず。まだ産まれていない子孫にとっては迷惑な話です。祖先が自己満足のために犯した罪で次世代の自分たち子孫が恨まれ復讐されるんですから」

繰り返される憎しみの連鎖。
復讐は新たな復讐をうむだけ。

「陛下は祖先の悪行を繰り返そうとしているのですか?」
「断じてそのようなことはしない」
「でしたら堂々としていてください。今の時代は今を生きている人のものです。祖先を復讐の理由にして自分の欲を満たそうとする者に屈することなく、未来に遺恨を残さないよう毅然とした態度で今を生きる人のための国作りをしてください」

過去の国王に悪い奴が居たからなんだ。
二度と繰り返さないよう国や民に尽くしてきた国王が居るから今の裕福な国になっているのに、その時の国王のことは評価せず過去の国王のことを持ち出し『バルビ王家の血筋』という枠で一括りにして復讐心を拗らせるんだから迷惑だ。

過去は過去と受け止め前に進んでいる人たちが殆どなのに。
怒るなら今の国王が何か仕出かした時に本人に対して怒れ。
罪を償うのは本人で、祖先でも子孫でもない。

「御無礼を。不適切な発言をいたしました」

国王の発言にはさすがに。
自分でも分かっていたからそこは謝罪するとアルク国王は声をあげて笑う。

「なぜ謝る。バルビ王家に産まれた者の多くが心に抱える罪悪感をくだらないことだと言葉で切り捨てただけだろうに。復讐心を持つ一部の者への罪の意識に囚われているよりも、今を生きる民のことを考えてよい国にしろと言うことだろう?」

うん。そういうこと。
多くの人にとって大切なのは今。
過去に囚われている、いや、過去を都合よく理由にして今の自分を満たしたいだけの一部の人の声ではなく、圧倒的に数の多いのことを考えて欲しい。

「私は過去の王が犯した罪を忘れないだろう。それはバルビ王家の者として忘れてはならないことだ。だが愚王に苦しめられた者たちに今の私が出来ることは無い。代わりに今を生きる子孫に対して国をよりよいものにすることで償うとしよう」

それでいいと思う。
やり直せない先人たちの過ちをどう今に活かして繋げるか。
今を生きる人が出来ることは先人と同じ過ちを繰り返さないことだけ。

「貴殿は私に喝を入れるのが上手いな」
「そのような恐れ多いことを考えて発言しておりません」

否定すると笑われる。
笑わせるようなことは言ってないのに。

「そうだな。貴殿は国王の私の顔色を伺い話を合わせるのではなく、嫌なものは嫌だと、違うものは違うと、駄目なものは駄目と本音でぶつかってくる。だからこそ心に響くのだろう」

俺が言葉を選べない人間なのは事実。
だから俺を失礼な奴だと思ってる人は大勢いるだろう。
それを知っていながら性格を治せない俺はしょせんクズだ。
クズですが何かと開き直って生きている正真正銘のクズ。

「陛下。英雄エロー公爵閣下とのお話を遮るようで大変心苦しいのですが、体調を第一にそろそろお部屋でお休みください」
「この報告書には目を通す」
「お部屋までお持ちいたします」

話が途切れたところで宰相が声をかける。
たしかに療養中の人が椅子に座って目を通す量じゃない。
王宮内で事件が起きてしまったんだから報告書の数が増えるのも仕方がないけど。

「せめて事件の報告書だけは」
「閣下にご協力いただいて死者を出さずに済みましたし、今日の今日で片付く話でもございません。今はご自身を第一に」

体調を考えてアルク国王にセーブをかける宰相。
鍛錬を止めた人物も宰相だろう。
国王の身を案じてのこと。

「私はこれで失礼いたしますが、一つだけ」
「なんだろうか」
「本日の治療は如何なさいますか?」

治療の予定にはなってるけど事件が起きたから。
変更になったら師団長が報せに来るだろうけど、当事者のアルク国王が居るんだから直接聞いた方が早い。

「まだ本調子ではないだろう?今日はゆっくり休んでくれ」
「私の体調を気遣ってのことでしたら問題ありません。治療を行う体力も魔力も回復しております」

事件があったから今日は辞めとくってことじゃなく、枯渇した俺に無理をさせたくないってことなら問題ない。
魔王と精霊神と魔神のお蔭ですっかり元気になってるし。

「……貴殿は自然治癒力が異様に高いのか?」
「極限に達すると普段より回復が早いという特性があります。その特性を利用して意識を失うまで魔力と体力を使わせ回復したらまた使わせてと繰り返して私を鍛えたのが師匠です」
「過酷すぎるだろう」
「その結果が今の私です」

自然治癒力が高いというより謎の超回復特性がある。
今回は関係ないけど。

「それで数時間の眠りで目が覚めたのか。貴殿の魔力量は無尽蔵かと思うくらいの多さなのだから常識では有り得ない」
「はい。ですので私への気遣いは不要です」

本当の理由は当然秘密。
ただそういう特性があることを知っていたら早く目覚めたことを変に疑われることもないだろう。

「ではよろしく頼む」
「承知しました。予定通りの時間にお部屋へ伺います」
「後ほど」

治療できるならそれに越したことはない。
次の硬化が始まるまでの時間が多少伸びたとは言え、一日治療しなければまた硬化して治療に痛みを伴うだろうし。

アルク国王に礼をして執務室を出た。

「閣下」

部屋の前で待っていたのは師団長。

「どうした」
「明日の訪問予定についてお話が」
「何かあったのか?」
「体調次第では延期にした方が良いのではないかと」
「ああ、私の体調を気にしてくれたのか。それであれば予定通りで問題ない。今夜の治療から予定通りに行う」

明日の予定は孤児院への訪問。
変更になるような何かがあったのかと思えば俺の体調次第で調整しようとしていたらしく、予定通りに行くことを伝える。

「治療を?本日はお休みになった方が」
「異常がないことは確認しただろう?」
「はい。たしかに病症には出ないだけの回復はなさったのだと思いますが、魔力を使う治療ですので大丈夫なのかと」

なるほど。
病症に出なければ数値も満タンって訳じゃないからな。
しかも師団長は複雑な魔法を使って治療をしていると思っているからなおさら、治療をしたらまた魔力が尽きて倒れるんじゃないかと心配してくれてるんだろう。

「気遣い感謝する。だが問題ない。陛下にもお話ししたが、私には極限まで力を使った後の回復速度が通常時より早いという特性がある。目覚めるのが早かったのもそれが理由だ」
「そのような特性が。素晴らしい能力をお持ちで」
「お蔭で師匠から極限まで使い果たし回復したらまた使い果たしてと反復させられる死と背中合わせの特訓を受けたがな」

そう話して笑う。
今回は違うけど、デスマーチな訓練を受けてたのは事実。
お蔭で嫌でも全てのパラメータが爆上がりしたんだけど(数値は分からないからあくまで体感で)。

「承知しました。では予定通りに準備をいたします」
「ありがとう。ところで三妃の様子は?」
「すっかりご回復なさいました」
「出血量が多かったが貧血にはなっていないか?」
「はい。むしろベッドに居るのが退屈らしく普段通りになさろうとして、今日は休んでおくよう陛下に咎められるほどに」
「そうか。それを聞いて安心した」

増血剤(液)と上級回復ハイヒールで治療をして傷が塞がったまでは見届けたけど、そのあとすぐ俺も意識を失って魔法検査まではかけられなかったから完治できていたか気になっていた。

「報告書を見て医療に携わる者や回復魔法を扱う者たちが閣下を尊敬し憧れる理由がよく分かりました。手術や回復魔法で傷は塞がっても深い傷の場合にはどうしても傷跡が残ってしまいますが、閣下に治療していただいた三妃殿下の傷は本当に大怪我を負っていたのかと疑うほどに跡形もなくなっていると」

師団長は医療師じゃないから三妃の背中を直接見てはいないだろうけど、宮殿の随行医の報告書で傷の状態を知ってそう思ったんだろう。

「傷跡を気にする女性は少なくないからな。三妃のお身体に傷跡が残らず済んだならば幸いだ。後は身体に怪我はなくとも怖い体験をした姫殿下を含め心のケアをしっかりして欲しい」
「はい。お約束いたします」

肉体に負った傷は治せても心に負った傷は治せない。
それは心のケアを専門に行う医療師たちに頼むしかない。

「お時間をいただきありがとうございました」
「こちらこそ気遣い感謝する」
「勿体ないお言葉を」

師団長と話を終えて今度こそ来賓室に向かった。


その日の夜。

「こちらの都合で予定時間を遅らせてすまなかった」
「大丈夫です。遅い時間までお疲れさまでした」

今日はいつもの治療時間より二時間ほど遅い。

「王宮妃たちの様子は如何でしたか?」
「驚いていたが、警備を増やすと話すと落ち着いていた」
「そうですか。それなら良かった」

予定の時間がずれ込んだのは王宮妃の宮殿に行ったから。
正妃や二妃や三妃の宮殿には俺が目覚める前にそれぞれ行って今後の警備体制など話し合ったらしいけど、同じ王宮の中に宮殿のある王宮妃にも暫くは警戒するよう話すために。

魔法検査をかけながら会話を交わす。
食事の前に時間が遅れることは聞いていたから俺はのんびり風呂に入ったりしてたけど、報告書を確認して王宮妃宮殿へ足を運んでとしていたアルク国王は慌ただしかっただろう。

「……ああ、疲労と出てますね」

予想していたけど、昨日は出なかった疲労の文字が。
昼の鍛錬+事件の対応+事件の処理+三人の妃の宮殿への訪問+王宮妃の宮殿への訪問。
体力が減っている療養中の身では日常生活を送るだけでも疲れるのに今日はあらゆることがあったから。

「やはり鍛錬の時間は確認だけで終わらせるべきでした。余計な体力を使わせて申し訳ありません」

回復も譲渡もしながらだったけどノーダメじゃない。
まさか鍛錬の後に事件が起きるとは思わず、普段通りの生活なら大丈夫だろうという前提で鍛錬をさせてしまった。

「鍛錬に付き合って欲しいと誘ったのは私だ。レベルが上がり魔法にも少し自信を持てたというのに、鍛えてくれた貴殿がやるべきではなかったなどと寂しいことを言わないでくれ」

回復ヒールをかける俺の頬に手を添えたアルク国王は口付ける。
なんだかもう恋人同士かのように自然にするな。
そうふと思った俺もすっかり慣れたものだけど。

「治療をする前に改めて伝えておく。私の妃や娘や民を救ってくれたことに感謝する。貴殿のお蔭で誰も失わずに済んだ」
「どういたしまして」

軽く口付け返して笑う。
礼なら何回も聞いたからもういい。
みんなが無事で本当に良かった。

回復してからはいつもの
一般的な治療じゃない治療だけど。

「……倒れた影響か?いつもより過敏になってるようだが」

あれ?のはずなのに。
アルク国王が気付いた通りなぜかいつもより刺激が強い。
今日は朝のアルク国王との行為も含め魔王ともしてるから、むしろ鈍くなっていてもおかしくないんだけど。

もしかしてやりすぎると敏感になる?
擽ったくなるのなら分かるけど、擽ったさは一切ない。
なんだ、どうした、俺の雌性体。

【ピコン(音)!吸収した魔王の体液の効果が残っています】

えぇ……こんな時にもピコンしてくる?
いや、疑問に答えてくれてありがたいけども。

『まだ残ってんの?』
【吸収した量が多いため、最短で見積もっても明日の昼まで効果が続くと予測されます】

明日の昼まで!?
あんの天然媚薬製造機……遠慮なく出しすぎ!
治療の内容は知ってるんだから少しは遠慮して!

【前半で終わっていた際の影響は夕刻まででした】
『あ、はい。俺が誘ったせいですね』
【魔王は自分の体液の影響を理解してのヤメ時だったかと】
『うん。完全に俺が悪いです』

中の人からチクチク説教される。
煩悩まみれの俺が悪い。

【治療に利用する体液としては最適の状態です】
『どういうこと?』
【シン・ユウナギが魔王の体液を直に吸収するより効果は落ちますが、今の体液には催淫と治癒の効果があります】
『俺の体液が魔王の体液の簡易版になってるってこと?』
【はい。魔族の体液に含まれる魔力は精霊族には効果がありませんが、神族シン・ユウナギの体内で生成されている体液ですので精霊族にも薬としての効果があります】

え?俺の(魔王の影響を受けた)体液凄くね?
それどころじゃない状況で淡々と説明されてて複雑だけど、薬代わりになってる体液って凄くね?

『分かった。ありがとう』
【今夜はお楽しみください】

いやなにその一言!
ゆうべはお楽しみでしたね、の宿屋の主人が前日の夜に言ったみたいな台詞!
俺の記憶の中でも覗けるの!?

「考えごとか?気が散っているぞ?」
「わざと考えごとしてるんです。没頭し過ぎないように」

本当は中の人と話してたけど。
でも気を散らさないとヤバそうなのも本当。
この反応のよさでは治療目的の行為じゃなく本当に『ゆうべはお楽しみでしたね』になり兼ねない。

「治療のためのそのような誘い文句も貴殿の反応が良すぎることも相俟って今日は本気にしてしまいそうだ。無自覚だったが絶望と安堵を経験したことで気が高ぶっているのだろうか」

ごめんそれ俺の(魔王の影響入りの)体液のせい!
俺がこんななのは魔王の体液のせい!
異世界最強の影響力が大きすぎる件!

「普段は英雄然とした頼もしい青年が今はこのように愛らしくなって私の下にいると思うとなんとも言えない感情になる」

はいそれギャップ萌え!
アルク国王にも体液(催淫効果入り)の影響がしっかり出てるらしく、スイッチオンしてて色気がだだ漏れになってる。

「陛下」
「最中は名前で呼ぶ約束ではなかったか?」

もう無理。
俺も素のビッチスイッチがオンになりそう。
いや、なりそうじゃなくてなる(断言)。

「カミロ……今日はいつもの治療が出来そうにありません」
「構わない。私が勝手に貴殿から摂取する」

頼んだ。
治癒効果もあるからちょうどいいし、自分の好きなタイミングで好きなだけ摂取してくれ。

全てが体液の影響だったかと言うと違うと思う。
アルク国王本人が言ったように、妃や娘を拐われた絶望と救出され何事もなかったかのように元気になった安堵に大きく感情を揺さぶられたから、その地獄から天国のような落差で気が高ぶっていたのもあると思う。

もしこれで三妃がまだ完治していなければ閨が方法の治療をする気にもならなかっただろう。
俺が二人を連れて帰った報告を受けすぐにアルク国王も三妃の宮殿に来たけど、随行医から魔法検査を受ける姫殿下と俺から回復治療を受ける三妃を血の気の引いた顔で見ていたから。

それぞれの夫婦の形がある。
魔族の魔王と元地球人の俺では常識から違うように、王家のアルク国王と妃たちの間にも俺たちとはまた違う常識がある。
愛ではなく情で強く結ばれた夫婦が居たっていい。
本人たちが納得してるなら他人が口を挟むことじゃない。

愛ではないけど情はある。
二妃もアルク国王も言っていたあの言葉が真実だということは間違いない。

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