ホスト異世界へ行く

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第十二章 邂逅

リビドー

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学校見学を終えて城に戻り仮眠をとって(中の人から治療前に仮眠を取るよう言われてたから)、そのまま来賓室で夕食を摂り入浴もしてから治療のために国王の寝室に行って先ずは報告。
希望する生徒と直接勝負をしたことや、魔力神経硬化症の生徒がいて家族の承諾を得て治療をしたことなども。

「プリエール公爵は私の従兄じゅうけいだ」
「従兄?」
「私の父でもある先代国王の兄弟の息子」

つまりアルク国王から見て従兄弟。
家名は違うもののアルク国王に近い家系の人だろうとは予想してたけど、やっぱりバルビ王家の家系に連なる公爵家だった。

「適性や魔力があっても魔法を使えない原因がまさか私と同じ病によるものだったとは。確かにバルビの家系ならば可能性はあったが、今まで同じ病で亡くなった者はみな体調不良を起こしやすく短命という共通点があったために考え至らなかった」
「ヴィオラ嬢の場合は部分的な硬化で軽症でしたから」

ベッドに座って魔法検査をかけながら話す。

「陛下の場合は全身の魔力神経が硬化しているために魔素の変換が阻害され体調不良を起こしますが、ヴィオラ嬢の硬化は人差し指の先ほどで二ヶ所。それ以外の正常な部分で魔素の変換が出来ていたために体調を崩すほどではなかったようです」

アルク国王は魔素を魔力に変換できないほどの重症。
女子生徒は硬化した一部分に魔力が流れないだけの軽症。
と言っても魔力を循環できないという症状が出ていたんだから本人は辛かっただろうし、家族も心配だっただろうけど。

「年々塞ぎ込む娘のためにせめて原因くらいは究明してやりたくて数々の医療師を当たったが分からず、こればかりは身分も人脈も金も役に立たないと頭を抱えていた。それを聞いて私の随行医にも診察と検査をさせたのだが、やはり身体に異常はないという診断結果しか出ずに原因は分からなかった」

個人的に協力するくらい交流があると言うことか。
国王専属の医療師に他の人を診て貰うのは余程のこと。

「分からなかったはずだ。これまで同じ症状に悩まされ無念にも亡くなった歴代のバルビ王家の者の随行医たちはもちろん、精神や皮膚にまで明らかな異常が見て取れる私を診察している随行医の魔法検査にすら病名が出ず、英雄エローに診て貰うまでは魔素に弱い体質としか分かっていなかったのだから」

俺の魔法検査だから病名が出たことは間違いない。
自覚はないけど、俺が精霊神と魔神の力を持つ神族だからヒトでは分からなかった病名も出たんだと思うから。

「軽症と重症の違いはあれど、英雄エローが居てくれなければ私もヴィオラも生涯原因不明の病に苦しめられただろう。従姪じゅうてつを、いや、プリエール公爵家を救ってくれたことに感謝する」
「どういたしまして」

魔法検査の結果を確認しながら軽く答えるとくすりと笑い声が聞こえてアルク国王を見る。

「国王の感謝を軽く流すとは不届き者め」
「まだ検査結果の」

笑いながらベッドに押し倒されて口付けで言葉を遮られる。
昨晩の治療途中まではまだあまり体調が良くなくてなすがままの受け身だったのに元気になりすぎだろ。

「今日は一日体調がいい。熱もなければ怠さもない。魔法の鍛錬をしようとしたら止められたことが唯一不満ではあるが」
「鍛錬?まだ安静にしてください」
「治療前とどれほど変わったのか気になってな」
「お気持ちは分かりますが」

魔法が得意なエルフ族の王家に生まれながら魔力系の数値が低いことを『王家の恥』と言われていたようだから、コンプレックスだっただろうそれが改善されて気が急いてしまうのも理解は出来るけど、つい四日前までは生死を彷徨っていたのに。

「治療前にも魔法は使えていたのですよね?」
「気休め程度にだがな。歴代の国王が継承する弓の王は全ての能力値の合計で威力が変わる特色を持つが故に、低い魔力値の分は別の能力値を鍛え補うことで王位は継承できたが」
「そうなのですか」

国王の最もたる力はの名が付く特殊恩恵。
国や国民を護るためのその力が使えないなら意味がない。
最悪他の魔法は使えなくても弓の王の特殊恩恵が使えるだけの能力値があれば王位は継承できるってことか。

「それは私に話して良かったのですか?」
「能力値の合計で弓の王の威力が変わることをか?」
「はい。継承能力については国家機密では」

どんな継承能力かは国民も知っていたとしても、国王自身の能力値で威力が変わることはさすがに機密情報じゃないのか。
能力値の高い低いで国民が国王を見る目が変わってしまう。

「確かに国王と王位継承権を持つ者だけが知ることだ」
「そんな重大な情報をポロっと話さないでください」

とてつもない機密情報じゃないか。
勘弁してくれ。
アルク国王は呑気に笑ってるけど。

「貴殿は本来ならば秘匿とされている知識や能力を惜しみなく使って私の治療にあたってくれている命の恩人。肉体だけでなく精神も楽にしてくれている。アルク国王としてではなくカミロとして言葉を交わせるほど信頼している者から裏切られるのであれば致し方なし。私の見る目がなかったと言うことだ」

随分と信頼されたものだ。
確かに口外されれば弱点にもなりかねないを抱えているのはお互いさまだけど。

「まあ言いませんけど。誰にも」
「それが分かっているから話している」

自分が極刑になりたくないのはもちろん国民のためにも。
いざという時に自分たちを護ってくれる特殊恩恵が国王の能力値に左右されることを知れば不安になる人もいるだろう。
赤い月が昇って勇者が召喚されてしまった今だから尚更。

「それで?魔法検査の結果はどうだった?」
「魔力神経硬化症とはまだ出てますが、他には何も」
「やはり。昨日は夕刻から倦怠感があったが今日はない」
「再び硬化が始まるまでの時間が少しは長くなったのかも知れませんね。治療の効果があったようで何よりです」

昨日は疲労と出てたけど今日は魔力神経硬化症の文字だけ。
アルク国王は重症だけに今回の滞在期間中にこの文字が消えることはないだろうけど、短くとも数十日、上手く行けば数ヶ月に一度の治療で済む状態までは治すことを目標にしている。
再び硬化するまでの時間が長くなったなら喜ばしいこと。

「これから疲れてしまうでしょうけど」

身体を起こしてアルク国王の身体を跨いで座り寝衣の胸元を少し緩める。

「貴殿は男性のはずだが、誘うのが上手いな」
「男性だからこそ男性の下心が分かるのでは?」
「なるほど」

ふっと笑ったアルク国王の手が胸に伸びてそっと掴む。

「寝衣の上からで良いのですか?」
「反応したところを寝衣の上から見るのも醍醐味だろう?雌性になっている時の貴殿の身体はここも弱いようだからな」
「焦らして楽しむなんて悪い国王さまですね」
「そう指南したのは自分だろうに。国王の私が教わった常識を大きく変えた責任をとって貰わなくては」

そう言われて俺もふっと笑いが込み上げる。
王妃はいつでも受け入れられるよう準備をしておいて、国王は傷つけないようそっと触って折を見て子宝を残すというが王家や王家に嫁ぐ者の常識だと言うんだから驚かされる。

「私は例えそれが一夜の情事のお相手だとしても、自分はもちろん相手にも満足して貰うことを心掛けてます。私との行為中は神がヒトに与えた本能に従って一緒に楽しんでください」

異世界人の俺からすれば国王や王妃を子作りの道具のように扱っていると感じる教育はいただけないし同情もするけど、それがこの世界の王家の常識だというなら強くは言えない。
子供の頃から女性らしく慎みを持つよう教育されて育った王妃はやり方を変えられると困るかも知れないから難しいけど、常識を変えられたアルク国王にはせめて俺との時くらいは。

「つまり満足させろと言うことだな」
「お互いに」

消極的だったアルク国王はもう居ない。
男の本能なのか僅か二日やそこらの経験で解放的なビッチな俺の行為に驚くこともなくなったし、むしろ楽しそうに攻めてくるようになったんだから、そもそも素質があったんだろう。
自分の本能を抑えて国王らしく振舞っていただけで。

「白く美しいだけでなく吸い付くような肌をしている」

だろう(ドヤァ)?
俺の雌性体がイケてるのは同意する。
肌の艶やかさも柔らかさもキュッと締まったくびれも最強。
もちろん肝心のだっていい。
治療としてその身体を堪能できるアルク国王には是非、雌性体の俺が積極的な最強ビッチだったことに感謝して欲しい。

「もう。胸ばかり」
「反応が良いのでな。つい見たくなってしまう」

行為の最中はしっかり女性として振る舞う。
本来なら同性には興味がないはずのアルク国王にもその気になって貰わないと治療にならないから。
もちろん俺もそういうプレイとして楽しんでるけど。
雄性でも雌性でも所詮ビッチはビッチだ。





目が覚めたのは翌日の早朝。
温もりを感じてまだ眠たい瞼を上げて自分の状況に気付く。

温もりの正体はアルク国王。
いつの間にかアルク国王の腕枕で眠っていたようだ。

ぐっすり眠っている顔を見て額に手をあて熱を確認する。
昨晩は行為の最中にまた少し熱が上がったけど、今はすっかり下がっていてホッとした。

「先に起きていたか」

額に触れた感触で目覚めたようでアルク国王も瞼をあげる。

「私も起きたばかりです」
「そうか」

寝起きで気が抜けているのか眠そうな顔。
それほど俺に気を許したと言うことだろうけど、欠伸をするアルク国王にくすりと笑う。

「起こして申し訳ありません。ごゆっくりお休みください」

アルク国王は療養中。
不調の間に失った体力を回復するために眠るのはいいこと。
話しながら身体を起こそうとするとグイッと引き寄せられて腕の中に収められる。

「どこへ行く」
「え?軽く流して部屋に戻ろうかと」
「まだいいだろう。今日は予定がないのだから」

いや確かに今日は公務の予定はないけど。
よく知ってるなと一瞬思ったけど、よくよく考えたら他国から公務で来ている来賓の予定を国王が知らないはずもない。

「毎日私の治療と公務を行っているのだから、予定のない今日くらいは貴殿がしっかりと眠れるよう私が呼ぶまで寝室には入らないよう言ってある。幾ら貴殿の体力が多いとは言っても無尽蔵ではないのだからゆっくり休む日も必要だろう」

どうやら気を使ってくれたらしい。
気持ちはありがたいけどすっかり元気なんだけど。

「今の今ゆっくり休めと言われた気がするのですが」

腰をなぞる手に苦情を入れる。
舌の根も乾かぬうちにゆっくり出来ないようなことをされたら苦情のひとつくらい言いたくなって当然だろう。

「肌触りの確認をしている」
「そんなベタな言い訳を」

国王ともあろう者が捻りがない。
まあ素で居られる時間は多くないんだから許してやるか。

寝起き早々なし崩し的に1回。
治療の効果があって体調が改善してきたとは言えまだ一応は病人のはずなのに、復活の早さ(シモの)は異常。
完治した時には果たしてどうなることか……。
王妃や王宮妃には頑張っていただきたい。

「お湯の温度は熱くありませんか?」
「ああ。英雄の貴殿に世話をさせてすまない」

国王の寝室と繋がっている浴室。
ことを終えて今は入浴の真っ最中。
俺が雌性体の今は国王の風呂の世話をする人は呼べないから、異空間アイテムボックスにしまっておいた俺の私物のバス用品を使ってアルク国王の身体や髪を洗って湯船に浸からせたところ。

「お気になさらず。今は英雄業をお休みしてる時間ですから」
「そうだったな。私も今は国王の時間ではなかった」

そんな話をして笑いながら自分の身体を洗う。
治療はもう終わったけど、二人しか居ない今はまだお互いに国王でも英雄でもない時間が続いている。

「湯浴みを終えたら朝食を用意させる。ここ数日の公務中に私へ話しておくことも出来ただろう。共に食事をしよう」
「ではお言葉に甘えて」

毎食ではないものの俺は王妃や王子や王女と一緒に食堂で食べてるけど、アルク国王はまだひとり寝室で食事をしている。
一人と言っても給仕や従者は居るけど、食事を運んで食べ終わるまで待っているだけのその人たちはノーカンだろう。
かと言って王妃たちに寝室で一緒に食べるようには言えないだろうし、俺としても話しておきたいことがあるから丁度いい。

「……なにか?」

髪を洗ってヘアパックを馴染ませている俺をジッと見ているアルク国王に首を傾げる。

「美しさに見惚れていた」

そう答えてアルク国王はくすりと笑う。

「王家に生まれて美しいと称されるものはヒトであれ物であれ見てきたつもりだが、貴殿ほど美しいと感じたことはない。強く美しい貴殿を神として崇め心酔する民の心理も理解できてしまうほどに。民のために存在する国王の私が誰か一人に惹かれてしまうなどあってはならないことなのだがな」

国王という立場は難儀なもの。
美しいものを見て美しいと褒め言葉は口にしても心は別。
それを個人的なにすることは出来ない。
国王が大切なものは国と民でなくてはいけないから。

精神(性格)が破綻してた武闘大会の時は個人的な感情で振り回す暴君になっていたけど、今のアルク国王は威厳ある国王。
国や民のために『国王らしく居なければ』という思いは国王のおっさんよりも強いと思う。

元から暴君なら民に嫌われていてもおかしくないけどしっかり敬われているし、あの時普段と違って暴君になっている国王の姿を見て一番驚いたのはエルフ族だったのかも知れない。

「もし貴殿が神であったなら、私も国王ではなく一つの生命として貴殿を美しいと思うことが許されるのだろうか」
「さあ。どうでしょう」

髪を洗い流しながらくすりと笑う。
たしかに俺は神族だけど。

「この星に召喚される異世界人の能力は様々。先代勇者が魔法を使って無から武器を創造するという神の領域とも言える能力を持っていたように、私もたまたま人知を超えた能力を使えるというだけの異世界人です」

そう話して立ち上がり浴槽に脚を浸ける。

「ただ、陛下が私を神だと思いたいのであれば二人きりの時だけ許しましょう。他の誰が許さなくとも私は許します」

国王もヒト。
現代人として生きてきた俺は身分関係なく誰にでも好きや嫌いがあって当然だと思ってるから、この世界で生まれ育った他の人がどう思おうと俺はその感情を咎めるつもりもない。
何より俺が神族だということは事実だし。

「そうか。神から許しを得たのだから、二人きりの時には私も一つの生命として本能のままに美しい神を崇めるとしよう」

笑みを零したアルク国王は俺の頬に手を添えて口付けた。

【ピコン(音)!特殊恩恵〝縁の糸〟を手に入れました】
「ん!?」

キスされている真っ最中に突然中の人の声がして驚く。
この状況で特殊恩恵が解放されたってこと?

「どうかしたか?」
「いえ。無意識に声が出てしまっただけです」
「何かに驚いたような声だったが」
「気の所為かと」

ごまかすように俺から口付ける。
この人ほんとちょくちょく鋭さを発揮してくるな。
ハラハラする。

『中の人。今のこの状況で更新したってことは、アルク国王と関わったことで解放された特殊恩恵ってこと?』

キスでごまかしつつ中の人に質問する。

『ボクが答えるよ』
『え?精霊神?』

聞こえてきたのは中の人ではなく精霊神の声。
顕現してないけど声だけが聞こえてきた。

『彼はこの星に初めて誕生したエルフの生まれ変わりなんだ』
『……エルフの始祖ってこと?』
『正確にはボクが創ったエルフ族の始祖となる者から誕生した初のエルフ。その初のエルフが子供を作って、その子供がまた次の子供を作ってと繰り返して今のエルフ族は神の力も薄まってるけど、彼は初のエルフの生まれ変わりだから能力も高い』

衝撃の事実。
まさかアルク国王が初めて誕生したエルフの生まれ変わりだったとは、本人ですら分かってないんじゃないかと思う。

『まだ神の力が残っている時に誕生したエルフの生まれ変わりだから、創造神のボクと魔神から誕生した神族の君に惹かれるのは当然のことなんだ。縁の者にあたる存在だからね』

縁の糸という特殊恩恵の名前はそれか。
創造神の子供の俺とも縁がある初のエルフだから。

『全ては運命だった。縁の者と出会う運命に導かれて彼もこの時代に生まれ変わった一人だから。国王として存在しようとする思いが強くて今までは否定していたけど、本当は君が神であることを最も肌で感じていたのは他でもない彼だ。そんな彼に君が慈悲を与えたから縁の糸が繋がって能力が解放された』

神だと思うことを許したから解放されたってことか。
美しいと思っていても言ってはいけないことが苦しいような様子だったから、『違うけど神だと思いたいなら思っていいよ』という冗談交じりの軽い気持ちだったんだけど。

『彼自身も君に惹かれる理由が分からなくて苦しがってた。一人に特別な感情を持つことを許されない国王なのにって。エルフ族のために国王らしくあろうとする強い意思を持っていたから尚更、まるで悪いことをしているように自分を責めてた』

そんな話を聞いてしまうとアルク国王を見る目が変わる。
いやもう本大会の時のアルク国王が実の姿じゃなかったことは分かってるから駄々っ子の印象ではなくなってたけど、誰にも本音を言えないまま一人で罪悪感に苛まれていたのかと。

『気軽に言っていいことじゃなかったな』
『いいんだよ。君がどんな気持ちで言ったんだとしても、彼は国王として許されないと自分を戒めていた苦しい感情を本能で神と感じる君自身から許されて楽になれたんだから』

まあそんなことで本当に楽になれたのならいいけど、国王って立場も面倒な柵が多くて大変だ。

『縁と言っても様々で良縁もあれば悪縁もあるけど、全ての縁に無駄なものはない。一つ一つの縁が良くも悪くも君という存在の人格を作り上げて行くんだ。だから縁を大切にしてね』
『うん。ありがとう』

お礼を伝えると精霊神の声や気配は途切れた。

「あがって食事にしますか?それともにしますか?」

ごまかすために重ねていた口を離して聞くとアルク国王はふっと笑う。

「私が神を崇める心にはどうやら不純な感情が混ざっているようだ。それでも強く美しい神はお許しくださるのだろうか」
「許しましょう。だってその神自身がこうして信徒に不純な感情を持つよう仕向けてるのですから。神から仕向けられては幾ら国王でも一つの生命として逆らうのは難しいですからね」

多くの者の上に立つ威厳ある国王も神にとっては一つの生命。
絶対的な存在の神から仕向けられたことだから仕方がない。
生真面目なアルク国王にそんなを用意する。

「国王という権力者も神からすれば星に誕生した一つの生命でしかありません。陛下が私を神と信じるのでしたら、私にとって陛下はカミロという一人のエルフでしかないと言うこと。愛おしい生命の純粋な感情も不純な感情も受け入れましょう」

笑う口に重なる唇。
まさかアルク国王が初めて誕生したエルフの生まれ変わりだとは予想も出来なかったけど、精霊族にしては強すぎると思った性欲も縁の者の俺に対してだけの可能性は高い。

完治した後の国王の体力(性欲)に王妃や王宮妃が付き合いきれるか心配だったけど、俺にだけなら良かった。
いや、俺は除外されてないんだから全く良くないけど。

「自分がこんなにも自制が効かない男だとは思わなかった」

体液を摂取する治療という以上の何か。
ただの治療とだけではない行為。
今のアルク国王からはそれをひしひしと感じる。
そして俺自身も、身分を忘れてヒトらしく性衝動リビドーに駆られる今のアルク国王の姿に慈愛のような何かを感じるのは〝縁の糸〟という特殊恩恵が解放されたからなのか。

縁の者も様々だと魔神が言っていた。
恋する相手や愛する相手として出会うこともあれば、友人や親兄弟という家族として出会うこともあると。
アルク国王と俺の縁の糸が繋がっている限り、完治して治療が終わっても何かしらの形で関わっていくことになるんだろう。


と風呂を済ませてお食事タイム。
寝室にセットしたテーブルに使用人たちが料理を並べる。

「…………」

夕食でもないのに随分と豪勢なメニュー。
起きてから
不埒なことをしたり風呂に入ったりでもう昼食と言える時間になってることは確かだけど、朝食は軽食派な俺には肉汁たっぷりな分厚いステーキがヘビーで胃もたれしそう。
アルク国王はいつも朝からこんなに重い食事をしてるのかとチラリと様子を見ると、小さく切ったステーキを口に運んだ。

「今のお身体で朝からこれは重すぎるのでは?」

表情は変わらなかったけど、小さく切っていたことと流し込むように水を飲んだのを見て直球で聞く。

「治療にあたってくれている当事者だけあって、今の私の体調を一番よく理解しているのは貴殿なようだな」

ナイフとフォークを置いたアルク国王は椅子の背にもたれて俺を見ながら苦笑する。

「体調を崩す以前より量は減らして貰っているが昨晩から通常食に戻させた。一日も早く体力を戻したいと考えてのことだったが、昨晩は問題なく食べられたというのに今は重い」
「それはそうかと。時間は昼食時と言っても胃が空の寝起きの身体に油たっぷりの分厚いステーキはさすがにやりすぎです。寝込んでいた間に胃も小さくなっているでしょうし」

通常食に戻したと言っても限度がある。
身体を動かしてお腹が空いた状態でのこれならまだしも、まだ療養中で一日の殆どをベッドで過ごしている人が食べるような食事じゃない。

「すまないが食事を全て下げてくれ」
「閣下のお料理もお下げしてよろしいのでしょうか」
「ああ。今の陛下のお身体では油の匂いで食欲がわくどころか具合が悪くなり兼ねない。陛下のメニューを考えている者に限度を考えるよう伝えて欲しい。豪華ならばよい訳ではない」

国王の食事だから豪華なのは分かる。
ただ、通常食を出すよう言われたからって完治した訳でもない病人に朝からこれはやり過ぎだ。

「かわりにこちらをお召し上がりください」

アルク国王の隣に行って肉汁たっぷりのステーキ皿を使用人に渡し、異空間アイテムボックスから出した魔導コンロの上に土鍋を置く。

「これは?」
「私が作った豆腐を使った湯豆腐鍋です。豆腐はエネルギー源の炭水化物やタンパク質が摂取できますし、消化吸収もいいので身体の負担がかかりにくいんです。野菜やお肉も時間をかけて煮込んでありますからこちらを召し上がってください」

療養中の人にあった食事というものがある。
アルク国の王城で出される料理は素材の良さに料理人の腕前がプラスされて美味しいから健康な時には嬉しいけど、療養中の人に対してはただ豪華な食事を出せばいい訳じゃない。

「始めて見る料理だ」
「私や勇者が居た異世界の料理をこの世界にある最も近い材料を使って作りました。私の領地で異世界料理の店を出すので最近は様々な料理を試しに作っていたところだったんです」

異空間アイテムボックスに湯豆腐鍋が入ってた理由はそれ。
最初はカフェからスタートするけど、それが上手く行くようなら魔王が切望していた茶碗蒸しを出せる和食料理店を出すつもりで色々と試してみているところだった。

「これが異世界料理か。よい香りがする」
「ただのお湯ではなく出汁を使って煮込んでおりますので。合わせてこちらのお粥もどうぞ。胃腸の働きを助けて消化を促進してくれる野菜を使っております」

一人前の土鍋には野菜や豚肉(に近い肉)も入った豆腐鍋。
もう一つの土鍋には大根(この世界での名前はナヴェ。なぜ大根の名前がカブなのかは不明)を使ったお粥。
取り皿と別の小皿にポン酢しょうゆ(もどき)も用意してレンゲと箸とフォークも置いた。

「自分で作ったものですが念のため鑑定もかけましたので安心してお召し上がりください。体力をつけたいと焦らず満腹感と相談しながらにしていただければ。療養中に焦ってまた体調を崩されては本末転倒ですので。大切なお身体なのですから」

鑑定もかけたことを話しながら魔法で出した水をグラスに注ぐ俺を見たアルク国王はくすりと笑う。

「異世界の貴重な知識を使って英雄エロー手ずから作った料理と魔法で抽質した水とは、随分と豪華な食事になったな」
「陛下のお口に合うといいのですが」

この世界にはない料理だから口に合うかは分からない。
ただ肉汁たっぷりのステーキを嫌々食べるよりはマシだろう。

「どのように食べるのだろうか。この棒は?」
「白いこちらはレンゲと言って粥や汁物を食べる際に使う食器です。スプーンのような物と思ってくだされば。隣の二本の棒はお箸と言って私の故郷ではこれを使って食事をします。和食料理ですので一応形式として置きましたが、慣れていない方には難しいですのでフォークでお召し上がりください」

地球でも箸使いに苦戦する海外の人は多かった。
この世界でもスプーンとフォークとナイフを使って料理を食べるから、いきなり使えと言われても無理だろう。

「フォークのように刺すのか?」
「いえ。日本料理は箸で摘んで口元まで運んで食べます」

箸に興味津々なアルク国王に少し笑いながら別の箸を異空間アイテムボックスから出して見本を見せる。

「こうか」
「え?上手いですね」
「昔から手先は器用な方だ」

びっくり。
見本を見せただけでしっかり持てているし、箸の先もクロスしてしまうこともなく器用に動かせている。

「試しにお箸で召し上がってみますか?おつぎしますので」
「うむ。せっかくの異世界料理なのだから異世界の作法に倣った食べ方をした方がいいだろう」

好奇心旺盛なんだな。
木杓子でとった鍋の中の豆腐や肉や野菜を入れた小皿をアルク国王の前に置く。

「陛下。恐れながら先に鑑定を」
英雄エローが鑑定したと申したではないか」
「承知しております。ですが通常は鑑査の前で複数名で鑑定を行ったものをお出しする決まりとなっておりますので」

なるほど。
そういう決まりがあるのか。
王家に出す食事なんだから厳しくてもまあ納得。

英雄エローが私を毒殺するとでも?」
「め、滅相もないことです!ただ決まりが」
「融通のきかないことだ。私を殺すつもりであれば人目のない治療中に殺っているだろうに。仮にこれで毒が盛られているのだとしたら私は毒で死んで英雄エローも断頭台で死ぬと言うだけのこと。信頼している者から殺されるのならばそれも私の運命」

有識者にそう言ったアルク国王は箸で器用に野菜を挟むと躊躇することもなくパクリと口にした。

「!!」
「陛下!」

口元を手で押さえたアルク国王を見て焦る有識者たち。

「冷まさないからですよ?お水どうぞ」

苦笑しながら魔法で氷を足したグラスの水を渡す。
今の今まで魔導コンロでぐつぐつしていた土鍋の中身を冷ましもせずに食べたんだからそれは熱いだろう。

「……口内が痛い」
「火傷したのでしょうね」

国王ともあろう者がドジっ子ちゃんめ。
そう思いながら回復ヒールをかけた。

「もう大丈夫だ。助かった」
「こちらのタレにつけて召し上がってください」
「ほう。この茶褐色の液体はそのためにあったのか」
「はい。浸けてもまだ熱いですので冷ましてくださいね」
「承知した」

二口目は肉をポン酢しょうゆにつけて慎重に冷ましてから。
この世界もお酢を使った料理はあるからポン酢しょうゆの多少の酸味も大丈夫だとは思うけど、しょうゆ自体はないものだから少し心配。

「……美味い」

また口元を押さえたかと思えば驚いた表情で感想を洩らす。

「初めて食べる味だがこれは美味い。私はこの種の肉の脂身と臭みが好きではないのだが、野菜や豆腐?という物としっかり煮込まれた肉から脂身も落ちていてほろりと柔らかく、この味の濃い酸味ある液体に浸けることで全く臭みを感じない」
「お口に合ったようで幸いです」

食レポ上手いな。
豚肉(豚系の味の魔物肉)が苦手らしいけど、たしかにこの世界の料理は全体的に下処理が甘くて臭みを強く感じる肉もある。

「む。これは難しいな。随分と柔らかい」
「豆腐は崩れ易いのでレンゲで召し上がってください」
「貴殿はこれを摘めるのか?」
「豆腐の種類にもよりますが、このくらいであれば」

試しに摘んで持ち上げて見せると少し納得の行かない顔をしていてつい笑ってしまう。
幼い頃から箸を使って食事をしている日本人のようには出来なくてもおかしくないのに負けず嫌いな。
見本を見せただけで使えてることが凄いのに。

「このように楽しみながら食事をしたのは初めてだ」

アルク国王はふっと笑って呟く。

「幼い頃から食事作法を教わり間違えば手を叩かれ育った。国王となった今はさすがに手を叩かれることは無いが、たらい回しの鑑定で冷めた料理を食べるのだから美味いはずもない」

痛みを思い出したのか箸を置いて手の甲を擦る。

「今の私を見たら皇后は怒り狂うだろう。信頼という目に見えない不確かなものでろくに鑑定もせず、火傷するほどに熱い料理の食べ方を食事中に教わりながら食べているのだから」

王家の常識では今の状況は有り得ないこと。
毒物が入っていないか確認する国使えの前で複数名で鑑定してから漸く国王の口に入るのが王家の常識。
悪気があるでも嫌がらせでもなく国王の身を案じてのこと。

「もし知られてしまったその時には一緒に怒られましょう。断頭台送りになるのは両国の戦の火種にもなり兼ねないので困りますけど、平謝りするくらいなら幾らでもしますよ」

そう話すとアルク国王は吹き出すように笑う。

「なんとも頼もしい味方ではあるが、英雄に平謝りさせたことを民が知れば断頭台送りになるのは皇后の方になる。英雄を慕う民の革命が起きないようこのことは秘密にするとしよう」
「ではそういうことで。私も座って同じ物を食べます」
「ああ。共に食事をしよう」

国王だからこそ万が一もないよう食事一つにも厳しくなってしまうのは仕方がないけど、複数名で鑑定するより俺一人の鑑定の方が性能がいいということで今回は目を瞑って貰えれば。

元が好奇心旺盛な性格なのか、興味津々に色々と聞いてくるアルク国王に答えながらも二人で和やかに食事をした。
    
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