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第十一章 深淵

初公務

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アルク国王の寝室を出たのは一時間ほど経って。
後で初回治療の効果を報告できるよう改めて詳細に魔法検査を行い結果をメモしてから貴賓室に戻り風呂だけ済ませた。

水を飲みながら休憩しているとノックの音。
部屋を訪問してきたのはこの国の師団長。
ブークリエ国の師団長と同じくこの人がアルク国の宰相さいしょうの地位にあたる人でもある。

「お休みのところ申し訳ございません」
「構わない。座ってくれ」
「ありがとう存じます」

訪問してきた理由は分かっている。
アルク国王の治療経過を先に聞くためだろう。

「先ずはお礼申しあげます」
「ん?」

椅子に座る前に床へ跪き頭を下げた師団長。

「こちらへ伺う前に陛下の寝所へお伺いしたのですが、ここひとふた月は特に青白く見えていた陛下のお顔の色が目に見えて変化しておりました。陛下ご本人もまるで憑き物が落ちたかのように体が楽になったとのこと。これも一重に英雄エロー公爵閣下のご助力があってこそ。心より感謝申しあげます」

そう話してもう一度深々と頭を下げた。

「まだ完治した訳ではないがな」
「承知しております」
「そのことも含め報告しよう。今度こそ座ってくれ」
「では失礼して」

対面の椅子に座って貰い早速メモを渡して結果を報告をする。
治療の効果自体は間違いなく出ていることや、治療後に数時間ほど熱が出たこと、熱が出た理由など口頭での報告も含めて。

「効果があったことは間違いないが、今回の結果だけでは治療期間の明言まではできない。現状で軟化している状態が今夜の治療までにどれほど戻ってしまうか、幾度治療を繰り返せば軟化した状態で安定するのか、毎回同じくらいの治療結果が出てくれるのか。幾度かの治療結果をみてから判断させてくれ」
「承知しました」

治療期間と言ってもではなくするまで。
完治ともなると数ヶ月や年単位になるだろう。
さすがに俺も数ヶ月や年単位でアルク国に居ることは出来ないから、今回の治療期間というのはあくまで『軟化状態が安定するまでの期間』のことであって、後は一ヶ月に一度くらいのペースで訪問して治療することになるのは先に話してある。

「治療後に発熱した際にも追加で回復治療ができるよう経過観察も行ってくださるということで、寝所に英雄エロー公爵閣下が仮眠をとれるベッドを用意するよう陛下より申し付かりました。今夜の治療からお使いいただけるよう早急にご用意いたします」
「よろしく頼む。仮眠が出来れば小さくて構わない」

国王の寝室に寝泊まりしても大丈夫なのかという俺の心配を他所に、不快な顔もされずあっさりと用意してくれるとは。
それほど信用されてると思えばまあいいことなのか。

英雄エロー公爵閣下の体調はいかがですか?陛下より治療中に数回の検査と譲渡と回復を行ったことをお聞きしてかなりの魔力を消費したと予想されましたので魔力回復薬をお持ちしました」
「必要ない。魔力回復薬を使うほどのことではない」

お高い魔力回復薬を用意してきてくれたらしく、魔導鞄アイテムバッグを開けようとした師団長に必要ないと断る。

「通常であれば治療の途中で飲んでいてもおかしくない消費量のはずなのですが……改めて魔力量の多さに驚かされます」
「陛下に許可をいただいて経過観察の途中で少し仮眠をとらせて貰った。午後に行う浄化にも影響はない」

本当は魔力譲渡での治療はしてないから。
尤も、本当に魔力譲渡で治療してたとしても魔力回復薬を飲まないといけないほどではなかっただろうけど。
いまだに数字は『オールセブン』だから正確な数値は分からないけど、単純な魔力量は魔王以外の人に負ける気がしない。

そんな話も挟みつつ三十分ほど。
後は師団長が随行医たちにも治療結果の報告をしておいてくれるということで、一回目の治療報告は終わった。





本日の午後の予定はアルク大聖堂への訪問と浄化。
これが今回の訪問で初の公務になる。

少し早めの昼食をとったあとシャワーを浴びて、従者に手伝って貰いつつアルク国側が用意してくれた白い祭服に着替える。
名目上は『アルク国でも豊穣の祈りを捧げるため』ということになっているから平服ではなく祭事用の。

「これを私が着るのか?この形は教皇や国王陛下が身につける祭服だろう?それともアルク国では違うのか?」

カズラ(聖職者用マント)の後ろが長いことにふと気付く。
ブークリエ国で後ろの長いこれを着るのは教皇と国王だけ。
地面を引きずって歩く長さがあるだけに、結婚式でウエディングドレスの裾やベールを持つベルガールやベルボーイのように後ろに人が付いて歩くことになる。

「アルク国でも同じでありますが、こちらがアルク大教会より英雄エロー公爵閣下へと届けられた祭服で間違いございません」
「……そうか」

種類を間違って送ってきたとか?
いや、この世界の人に比べて高い身長の俺に合うということは最初からこれを着させるつもりでオーダーメイドしたのか。
国や教会側がそれでいいなら構わないんだけど。

髪型は自分でやって着替え完了。
ストラやマニプルス(この世界での名称は知らないけど)などの付属品もしっかり揃えて送られてきていた。

「エントランスまでは私がお仕えいたします」
「ありがとう」

従者の一人がカズラの長い裾を持ってくれて部屋を出た。


英雄エロー公爵閣下へご挨拶申しあげます。聖地アルク大教会枢機卿エルマー・バイヤールと申します。お迎えにあがりました」
「よろしく頼む」

エントランスホールで待っていたのはまだ若い枢機卿。
体格はエルフらしくスラッとしていて、瞳は淡いブルー。
金色の髪を濃紺の紐を使って緩く右側に束ねている美丈夫。
若くして枢機卿になってるということは優秀な人なんだろう。
この世界の聖職者がどんな基準で昇格するのか知らないけど。

挨拶を済ませるとエルマー枢機卿は隣で跪いていた少年の肩にそっと手を置き、その合図でようやく顔を上げて立ち上がった少年は俺の後ろに回って従者に代わりカズラの裾を持つ。
年齢や身につけている祭服からしてまだ見習いの子か。

「ありがとう」

後ろに居る少年を少し見て小声で感謝を伝えると、パッと顔をあげて目が合った少年の顔が一瞬にして真っ赤になる。
その初々しい反応についくすりと笑った。

「ではまいろう」

豪華絢爛なエントランスホールから外まで続く赤い絨毯を歩いて城から外に出ると左右には騎士や魔導師が規則正しく並んでいて、胸に手をあて頭を下げた状態で迎えられる。
絨毯が途切れる先には白いキャリッジが停まっていて、その手前には三人の王妃と子供たちが姿勢を低くして待っていた。

英雄エロー公爵閣下へご挨拶申しあげます」

第一王妃のその声で王家の人々が顔をあげる。
俺を見たみんなが少し驚いた表情をしたのを見て、もしかして王家側は俺がこの祭服を着ることを知らされていなかったんじゃないかと一瞬不安になる。

「祭服に問題があるなら着替えるが」
「いえ。そちらの祭服は国と大教会で協議し双方合意の上でご用意したものですので問題ございません。失礼いたしました」

それを聞いてホッとする。
教会側が独断で決めたとかだったらどうしようかと思った。
他国に来て国と教会の対立に巻き込まれたくない。

「本日の護衛は第一騎士団と第一魔導師団が務めます。馬車には障壁をかけ万全を期しておりますが、どうぞお気を付けて」
「よろしく頼む」

半歩前に出て頭を下げたのはダンテさんとラウロさん。
団長の二人から胸に手をあて軽く頭を下げられる。
実力を知っているだけに二人が揃っている安心感は半端ない。

「馬車には私がお供させていただきます」
「承知した」

そう追加した枢機卿の先導で御者が開いた扉から馬車に乗る。
自分でも裾を踏まないよう気をつけつつ見習いの子もしっかりと後ろを持ってくれて何とか無事に乗り込めた。

キャリッジの中にも赤い絨毯。
祭服が汚れないよう配慮されているようだ。
シワにならないよう座ると俺の対面には枢機卿が丁寧に頭を下げてから座った。

護衛の騎士や魔導師は馬。
俺たちが乗ったあとラウロさんがキャリッジに障壁をかける。
しっかりかかったことを確認したあとラウロさんも慣れた様子で馬に跨るとすぐにキャリッジは動き出した。

王宮内を走る二台の馬車。
前を走る馬車は大教会の馬車で、見習いの少年が乗っている。
その後ろを走っているのが枢機卿と俺が乗っているこのキャリッジで、キャリッジの左右には護衛のために騎乗した騎士たちが並走している姿が窓から確認できた。

英雄エロー公爵閣下。発言の許可をいただきたく」
「許可しよう。以降の会話に発言許可は必要ない」
「光栄にございます」

話しかけられてカーテンを閉めつつ窓の外を眺めていた顔を対面にいる枢機卿へと向ける。

「……浄化のことなのですが」

どこか言いにくそうにそれだけ話すと口を結ぶ。

「本日浄化を行うことは聞かされているのだろう?」
「はい。それは」

さすがに枢機卿という立場の人が知らないはずもないか。
自分で聞いたものの『まあそうだよな』と納得する。

英雄エロー公爵閣下を疑うような質問になって心苦しいのですが、浄化ができていないというのは事実なのでしょうか」

ああ、言いにくそうだったのはそれが理由か。
たしかに俺の発言を信用できていないということになる。
真面目で大人しそうな枢機卿が不安げに、でも俺の目をしっかりと見て聞く姿を見てくすりと笑いが洩れた。

「浄化できていないというと語弊がある。一度の祈祷では全ての負の気を浄化できずまだ残っているというのが正しい。今年はブークリエ国でも同じ状況になり、夜のリュヌ祭の最中にプソム教皇がそれに気付いてくれたお蔭で難を逃れることができた」

そのことを改めて枢機卿にも説明する。
浄化できていないというとまるで神職者たちが浄化に失敗したように聞こえてしまうけど、浄化自体は成功したものの全てを浄化することはできなかったというのが正解だろう。

「今年は負の気の溜まり易い年であったことは承知で入念に月の祈りを捧げたのですが……やはり残っていたのですね」
?」

下を見ながらポツリと呟いた最後のそれを聞き返すと枢機卿はハッとした様子で顔をあげる。

「負の気が残っていることに気付いていたのか?」
「いえ。不安が的中してしまったというだけで」

俺から視線をそらした枢機卿。
隠しごと下手か。

「本当にそれだけか?」
「は、はい」

枢機卿の隣に手をついて前屈みに距離を詰めながら聞く。
状況を鑑みて今年は負の気が多いと予想していたから儀式後もまだ本当に浄化できたのか不安が拭えなかったという話でも矛盾はないけど、それだけではないように思う。

「……プソム教皇と同じく負の気を感じることができるのか」
「それはっ!」

やっぱり。
他の人のように負の気が分からないからまだ残っているんじゃないかと不安だった訳じゃなくて、儀式の後にもまだ負の気を感じとれたから『』だったんだろう。

そしてその能力は浄化に優れたプソム教皇と同じもの。
神職者でも見えないし感じとれないことが普通で、特別なその能力を持っているならエリート街道まっしぐら。
この若さで枢機卿なのも納得できた。

「教皇には負の気が残っていることを伝えなかったのか?」
「…………いいえ」

まだ残っていることを黙っていたのか聞くと枢機卿は数秒沈黙したあと観念したのか小さく首を横に振って答える。

「私が負の気を感じとれることは誰も知りません」
「能力を隠しているのか」
「最初から隠して神職に就いた訳ではなく、能力を得たのが赤い月が昇った日だったのです。それもプソム教皇のようにこれが負の気だとハッキリと分かる優れたものではなく、ただ漠然と嫌な感覚が拭えないというだけで確信できるほどでは」

なるほど。
覚醒したか何かで能力が解放されたんだろう。
それが赤い月が昇った日ならまだ二年足らず。
プソム教皇は枢機卿よりも長い月日を生きているから感じた感覚の違いで負の気だと分かるようになったんだろうけど、まだ能力を得たばかりの枢機卿には断言できるほどの経験がないんだから確信が持てなかったというのも理解できる。

「もし負の気が残っていたらと不安が拭えず教皇にはお話ししました。負の気かどうかは曖昧で確信の持てない私の戯言にも耳を傾けてくださり翌日にはお一人で神殿に籠り祈りを捧げてくださったのですが、それでもまだ……。ですから私の感じているこの感覚が負の気ではなかったのではと思うように」

他ならぬ教皇が二回も祈りを捧げてもまだ嫌な感覚が拭えないのは、その嫌な感覚の正体が負の気じゃなかったからと思ってしまったということか。

「我がアルク大教会のメダルド・オベルティ教皇も素晴らしい御方です。私がまだ見習いだった頃から何かと気にかけてくださいました。ですから私には自分の感じとる感覚の方が信用できなかったのです」

枢機卿にとって教皇は信頼できる人なんだろう。
だから教皇が浄化できなかったんじゃなく自分の感じた感覚が誤りだったとの結論に至ったと。

「民の安全より教皇への忠誠心がまさったか」

体を起こして溜息をついた俺に枢機卿は肩を震わせる。
結界内に負の気が残っていれば民に悪影響を及ぼすと分かっていながら自分の能力よりも教皇の能力を信じて口を結んだんだから、民の安全より教皇への忠誠心が勝ったということ。

枢機卿が膝の上で握っている拳は白くなるほど。
言われて初めて気付いたのか、本当は気付いていながらも自分の考えに鍵をかけたのか。

「もっともエルマー枢機卿がまだ残っていると話したところで浄化できた保証はないがな。素晴らしいというのが人柄の話か能力の話か分からないが、教皇が二度の祈りを捧げてもまだ浄化できていないのだからよほど負の気が多いのだろう」

同じ神職者でも能力に違いはある。
他国の国王さえ浄化能力の高さを認めるプソム教皇でも二度の祈りが必要だったんだから、ブークリエ国よりもアルク国の方が負の気が多く残っている可能性は高い。

「これは俺も魔力が尽きる覚悟をした方が良さそうだ」

また魔力とが削られる覚悟を。
そう思って独り言を呟く。

プソム教皇たちと祈りを捧げた時と同じ感覚で浄化を申し出たけど、二回祈りを捧げた上でまだ残っているということは残念ながらアルク国の教皇たちの能力の方が低いとハッキリした。
あの時と同じく神職者たちは月の祈りを捧げて貰って俺は恩恵の月の恵みを使うつもりだけど、神職者たちの能力の差のぶん俺がごっそりと魔力や生命力を削られそうだ。

「……申し訳ございません。私が神より賜った能力を信用せず軽率な判断をしたばかりに英雄エロー公爵閣下にまでご迷惑を」

今にも泣き出しそうな表情で呟き唇を噛む枢機卿に少し笑って噛み締めている唇に触れる。

「自分の過ちに気付いて悔いてるならそれでいい。その悔いを忘れずこれからは国や民のために貴重な能力を使ってほしい」
「必ず」

ポロリと一粒だけ落ちた涙を手の甲で拭った枢機卿。
俺を見る目は強い決意を秘めた目で、もう大丈夫そうだと俺の口元も綻んだ。

「……あの」
「ん?」
「口元の指は」
「柔らかくて気持ちいい」

そう話してぷにぷした下唇を触る俺に枢機卿は固まる。
最近は魔王やクルトやアルク国王といった薄い唇の感触しか体感していなかったからぷにぷにの唇が新鮮に感じる。

「あれ?俺のこれセクハラじゃね?」
「セクハラ?」

ふと気付いて素で呟き今更申し訳なく思いつつ指を離す。
これが日本ならセクハラで訴えられてるところだ。

「すまなかった。最初は唇が切れると思って噛むのを止めただけで下心はなかったが、後のぷにぷには完全に下心だった」

最初はどうでも完全にアウト。
気持ちのいいぷにぷに感触の誘惑に負けたことを謝罪すると枢機卿は少しキョトンとした後くすくすと笑う。

「偉大なる英雄エロー公爵閣下に下心を抱いて貰えるとは光栄です」

俺が冗談を言ったと思っているのかそんな言葉で返される。
ぷにぷに感触の魅力に負けたのが本当なんだけど。
同性だからただの冗談だと思ったんだろうけど、整った顔の美丈夫でありながらそんなことを言ったら本気にしてしまう人も居るだろうに、本当は口説かれ慣れていてただ躱し方が上手いのか、神職者だけにそちらには疎いのか。

「天然っぽくてちょっと心配なレベル」
「え?」

後者っぽい。
周りの人も神職者ばかりだろうから大丈夫だとは思うけど、この枢機卿はもう少し自分に危機感を持った方がいい。
俺のように性別を気にしない奴も居るんだから。

「よし。お詫びとして私にも触っていい」
「はい?」
「セクハラ返し。好きに触れ」

自分から触らせてる時点でセクハラ返しにはならないけど。
椅子に座り直して枢機卿にドンと来いと両手を差し出すと困惑した表情をされる。

「……本当にそのような不敬をお許しいただけるのですか?」

あれ?意外とノリ気?
結構ですとキッパリ断られる予想をしてたのに。

「いい。私も触ってしまったからな」
「では……お言葉に甘えて」

頬を赤く染めて枢機卿が触ったのは手。
俺の指先を両手で挟んだかと思えばすぐに離す。

英雄エロー公爵閣下にあやかって私にも幸福が訪れそうです」

嬉しそうに自分の手を握って言った枢機卿。
ああ、そういえばアルク国ではいま俺の特徴色がブームになっていると言っていた。
俺の特徴色をした家具や物がお守りのように扱われていると。
その結果がこれか。

「……純粋すぎるだろう」

眉間を押さえてボソリと呟く。
セクハラと思われてなくて良かったけども。
神職者の鑑とも言える純粋な心を持つ人に下心でぷにぷにした俺の醜さが際立ってズシリと胸に突き刺さる。

「やはり意味もなく手に触れるなど失礼すぎたでしょうか」
「いや全く。選んだ場所が予想外だっただけだ」

心配そうに聞いてきた枢機卿に苦笑で答える。
何言ってんだコイツとキッパリ断られるか、英雄という俺の身分に何かしらの企みを持って際どい場所を選ぶかと予想していたけど、まさか何の企みも感じない指先とは。

「これは私個人の興味であって答えられなければ口を噤んでくれていいのだが、エルマー枢機卿は独身なのか?」
「私は幼い頃から神にお仕えしたく六つの時に見習いになりましたので、成婚どころか異性と親しくなる機会もなく」
「神職者はみな独身でなければいけないのか?」
「神職に就く前であれば成婚していても問題ありませんが、神にお仕えすると誓ってからの成婚は禁じられています」

つまり神に自分の生涯を捧げるってことか。
これだけの美丈夫でありながら勿体ない気もするけど、心も体も薄汚れた俺だからそう思うんであって、神職者にとっては神に生涯を捧げることが神聖なことなんだろう。

「私生活の話に踏み込んでしまってすまなかった」

若いと言っても決して少年の歳ではない。
俺と変わらないくらいだろうにあまりにも無防備だと思ってつい聞いたけど、独身なのかという質問も人の捉え方によっては失礼な質問だろう。

「とんでもないことにございます。尊き英雄エロー公爵閣下に興味を示していただけるなど光栄です。お恥ずかしながら私も一目でいいからお傍で拝見してみたいと考えておりましたので、こうしてお言葉を交わしてくださることが夢のようです」

なんだろうこの可愛い生き物は。
また眉間を軽く押さえて項垂れる。
性別不問のパンセクシャルの俺が好む顔でやめてほしい。
せっかく神聖な衣装を身につけているのに俺の下心が揺さぶられて醜さがますます際立ってしまうじゃないか。

「それは光栄だ」

それだけ笑みで答える。
さすがにその気がない相手には手を出したりはしない。
そこは俺も紳士(?)だ。

「王都に入ったようです」

誰に言い訳をしているのか一人葛藤していると、枢機卿がキャリッジの窓のカーテンをほんの少し開けて外の様子を伺う。

「今日も凄いことに」
「沿道に人が集まっているのか」
「安全面を優先して日付や時間は発表していないのですが」
「今回の訪問中に私が大聖堂に行くことは民も知っている。それぞれが日付や時間を予想をして待っていたのだろうな」

国からアルク国民に知らされていることは『今回の訪問目的は大聖堂へ祈りを捧げに行く』ということだけで、日付や時間はもちろん滞在期間も不明なのに待ち構えていたのは凄いけど。

「ありがたいことだ」

カーテンの隙間からチラリと見える沿道には人の姿が。
俺を一目見ようと時間を使ってくれるんだからありがたい。
ただ、どんなに熱心に俺を見たところで幸福は訪れないということだけは断言できるけど。

訪問初日のように警備隊や軍人でガチガチに警備されている訳じゃないから下手に顔を見せて騒動にならないようカーテンは開けず隙間から眺めていると、視線を感じて枢機卿を見る。

「どうした?」
「も、申し訳ございません」

なにが?
目が合った枢機卿がサッと顔を逸らしたのを見て首を傾げる。

「ああして待ち侘びてまで英雄エロー公爵閣下のご尊顔を拝し奉りたい人々に申し訳ない気持ちがありつつ、こうしてお傍でご尊顔を拝する機会をいただけた私は何と幸せ者なのかと」

そう言って苦笑した枢機卿。
これ以上俺の下心を擽るのやめてもらっていいですか?
男性らしい顔の美男も女性らしい顔の美女も好きだけど、中性的な顔もそれはそれで好物なんです。

いや、分かってる。
枢機卿のこれは沿道でキャーキャー言っている人たちと同じく英雄という特殊な存在への憧れ的なアレだ。
ただ、それが憧れだろうと好みの顔でそういうことを言われるとついつい手を出しそうになるからやめてほしい。

まさか神職者から下心を擽られる日が来るとは。
創造神父さん母さん(どっちが父でどっちが母か知らないけど)ごめん。
あなたの息子は神に仕える神職にムラっとした罰当たりです。

「ありがとう」

心の中では創造神両親へ懺悔してることなど表情に出さずお礼を言うと、枢機卿も少し照れくさそうにしつつ笑みで返してくる。
大 聖 堂 ま だ 着 か な い の!?
と叫びたくなりながらも取り繕った表情で返した。

「話は変わるが、浄化には私が恩恵を使い教皇たち神職者には月の祈りを捧げて貰うことになるのは聞いているだろうか」

このままでは下心が暴走しそうで話題を変える。

「はい。既に粗食期間に入っておりましたが、昨日王宮より数名の使者が参られまして話し合いのうえ準備いたしました」
「私はアルク国の神職者には詳しくないから聞くが、新たな結界をはり直す新星ノヴァの儀までに魔力を蓄えられそうだろうか」
「まだ日数がございますので間に合うかと」
「そうか。それなら良かった」

ブークリエ国の神職者のことは知っていてもアルク国の神職者のことまでは知らない。
さっきの話を聞いて両国の神職者に実力差があることが分かったから祈りに使っても大丈夫か少し心配になったんだけど。

年末に行う豊穣の儀と年始に行う新星ノヴァの儀。
浄化と結界をはる二つの行事は大量の魔力が必要になるため、神職者は普段から神殿にある魔封石に魔力を溜めている。
ただこの二つの行事は年末年始と期間が短いから、神職者たちは豊穣の儀の後にすぐ粗食期間というのを設けて普段よりも多くの魔力を魔封石に溜めなくてはいけない。

二度目になる今回の浄化でも魔封石に溜めた魔力を使う。
使ったことで結界がはれなくなり国の中枢である王都に魔物が入り放題になってしまうのも一大事だけど、かと言って負の気を残したまま結界だけ貼り直しても人々に悪影響が出る。
だからどちらもやらない訳にはいかないんだけど、それまでには間に合うようで安心した。

思えばエルフ族は全体的に人族よりも魔力量が多い。
浄化に関しては人族のプソム教皇の方が能力が高いけど、魔力を溜めることはエルフ族に軍配があがるのもおかしくない。
そう考えると結界をはるのはエルフ族の方が得意そうだ。
浄化のみで考えていたけどそれぞれ得意分野があるというだけで優劣を付けるものではないと自分の考えを省みて反省した。

下心のことなどすっかり忘れて三十分ほど。
今日は午後の一般礼拝は行わず大聖堂内で神職者と俺だけで浄化を行うことなど枢機卿から話を聞かせて貰っていると、大聖堂に到着したらしくキャリッジがゆっくりと停まる。

「少々お待ちください」

枢機卿がカーテンを開こうと手をかけると外からノックの音。
窓をノックされたことで枢機卿は窓を開ける。

「……え?」

俺側のカーテンは閉めたままだから見えないけど、枢機卿が外を見てボソリと声を洩らしたことに少し首を傾げる。

「も、申し訳ございません。こちらでお待ちください」
「ああ」

枢機卿が降りた後も開いている窓から声が聞こえてくる。
たくさんの人が集まっていることが外を見ずとも分かる。
ただ俺が人寄せパンダなことはいつものことで、今日も大聖堂の前に人が集まっているんだろうと予想はできた。

英雄エロー公爵閣下。第一魔導師団副隊長を務めておりますルカと申します。そのままお顔は出さずお聞きください」
「承知した」

聞こえて来たのは男性の声。
いつもなら到着したらすぐ護衛に囲まれつつ目的地に入るんだけど、今日は待たされるとは珍しいと思いながら返事をする。

「ただいま大聖堂の外だけでなく内にも信徒が居る状況にあります。我々が聞いていた状況とは明らかに違うため、団長二名が教皇に話を伺うためエルマー枢機卿と大聖堂に入りました。大変申し訳ないのですが少々お時間をいただきたく存じます」

さっき枢機卿から午後の一般礼拝は行わないと聞いたばかり。
外を見て驚いていたし、枢機卿にとっても聞いていた予定ではなかったんだろう。

「知らず礼拝に来た信徒を止められなかったのだろうか」
「私どもの到着時から大聖堂の扉は解放されておりましたし、現在も出入口で神官が信徒たちを止めている様子は一切見られません。普段と変わらず解放されている大聖堂へ英雄エロー公爵閣下見たさに多くの信徒が集まっているのだと思われます」

どういうことなのか。
昨日の今日では余裕を持って時間をとることが出来なかっただろうから間違って伝わってしまったとか?

「承知した。団長たちが戻るのを待とう」
「申し訳ございません。馬車の周囲には近づけないよう騎士と魔導師で警戒をしておりますのでご安心ください」
「ありがとう。よろしく頼む」
「勿体ないお言葉」

副隊長が窓を閉めたあと椅子にもたれて大きな溜息をつく。
しっかり伝わってなかっただけのミスならいいけど(命令を受けて来た軍人たちにはよくないだろうけど)、これが仮にミスじゃなくてだったら面倒なことになりそうだ。

「言ってたなぁ……そういえば」

以前プソム教皇から『教団(宗派)は複数あって中には国と対立している教団もある』と聞いたことをふと思い出した。
ブークリエ国では大聖堂を持つ教団と国が強く結びついているから対立関係の教団が目立たない(俺は見たことがない)けど、あの話はアルク国の教団も含めての話だったのかも知れない。

異世界系で権力を巡り国と教会がバチバチなのもよくある。
そう考えるとブークリエ国は至って平和だ。
英雄信仰や勇者信仰という人も中には居るらしいし無宗教の人だって居るけど、国の行事関係を行うのはフォルテアル教の大聖堂と決まっているし全くバチバチしていない。

教皇と言えばプソム教皇。
それが多くの人の認識。

他国に来て対立に巻き込まれるのは本当に勘弁。
嫌な予感が外れてくれれば良いけどと改めて溜息が洩れた。
 
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クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

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