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第十一章 深淵
継承
しおりを挟む体力を回復させたあと、ここ数日寝込んでいたアルク国王には気分転換を兼ねて入浴や軽食をとって貰うことにして、従者と入れ替りで寝室を出る。
「英雄公爵閣下。改めてお礼申し上げます。陛下を、父上をお救いくださり心より感謝申しあげます」
胸に手をあてて深く頭を下げたのは王太子。
隣では深く膝を折った第一妃も頭を下げる。
「後ほど陛下より恩賞のお話になるかとは思いますが、私個人からもお礼を差しあげたく存じます」
「それは結構だ。見返りを求めてここへ来たのではない」
国王のおっさんから話を聞いて俺の能力が役に立つならと思って来ただけで、助けたことの見返りは求めてない。
「英雄公が見返り欲しさに動く方ではないことは十二分に存じ上げております。ですがここは私の顔をたてるということでお受け取りいただけないでしょうか」
そう話して第一妃は顔をあげる。
「英雄公がお救いくださったのは陛下や私たち王家の者だけではございません。弓の王の加護を持つ陛下が崩御するということはアルク国を守護する手立てを失うということ。既に赤い月が昇ったこの時に加護を失えばどうなっていたことか。次の継承者となるロランドが加護の継承を終えるまで、民はいつ起こるとも分からない天地戦に怯え国が揺らいだでしょう。英雄公はアルク国やエルフ族をお救いくださったのです」
たしかに天地戦を控えたいま国王が居なくなれば国民は不安になって騒乱状態になっていた可能性はある。
この世界ではただ国王が代わるというだけでなく、王の名のつく能力を継承する時間も必要だから。
「承知した。そういうことならばありがたく頂戴しよう」
「光栄にございます」
正妃の申し出を何度も断るのは失礼だろうから。
「サロモネ。英雄公をフォルスの間に」
「はっ」
呼ばれたのはアルク国の法衣を着た魔導師。
ここに居るということはそれなりに高い役職の人だろう。
「城内にお部屋をご用意してございますのでそちらでお休みください。陛下のお支度が整いましたらお迎えに参ります」
「心遣い感謝する」
深く頭をさげる第一妃と王太子に俺も頭をさげ感謝を伝えて部屋に案内して貰った。
・
・
・
「ふぅ」
豪華な部屋に案内されて上着を脱ぎソファに座る。
女王のお蔭で最悪の事態は免れて良かった。
「あ、そうだ」
鑑定をかけた葡萄を摘みながら腕輪の水晶に魔力を送る。
「ん?美味いな。この葡萄」
特殊鑑定にはエルフ族の領域にしかない湖の実という名前の果物だということと、シャインマスカットに似てると書いてあったけど、皮が薄く酸味や甘味もちょうどよくて食べやすい。
『どうした』
水晶を通して連絡を入れた相手は魔王。
どこかの森に居るらしく後に木々が見える。
「ごめん。公務中か?」
『いや。狩りに来ているだけだ。そちらはどうなった』
「女王のお蔭で何とかなった」
『女王?』
「星の大妖精。今話す時間あるか?」
『ああ。休息をとろう』
魔族は基本的に自給自足。
食料(肉)を狩りに出ていたらしく、話を聞くため休息をとってくれた魔王にアルク国王の病状のことや女王に知恵を借りて治療できたことを話す。
『魔族は過多になる者も珍しくないんだがな』
「え?そうなの?」
『まだ魔力神経が拡がっていない子供の頃や幼い頃に親から魔力補助を受けていない者がかかる』
魔力補助……?
どこかで聞いたような。
「あ、フラウエルが一部の召使にやってる伽の理由」
『ああ。俺は体液に含まれる魔力を使っているが、本来は魔力神経が柔らかい幼い頃に親が自分の血を飲ませて拡げてやる』
「血?」
『血が最も魔力を含んでいるからな。俺の場合は血を与えてしまうと逆に魔力過多を起こすから他の体液を与えているが』
だから伽を行って血とは別の体液を与えていると。
そう聞くと魔王の伽が義務化しているのも分かる。
『アルク国王は魔力量が多いのだろう。それに反して魔力神経が細いために魔素の取り込みが上手くいかず過多になったり過少になったりと弊害がでているのではないか?』
「魔力量なら賢者も多いけど、みんななるものなのか?」
『いや。大抵の者は年齢や魔力を使うことで自然と拡がる。だが中には魔力神経が拡がり難い者が居て、その者の魔力量が多い場合はアルク国王のように命に関わる危険がある』
「なるほど」
アルク国王の家系に魔素に弱い人が生まれる理由は魔力神経が細い(拡がり難い)家系だからということか。
その家系でも特に今代のアルク国王は魔力量が多く、今回に至っては負の気が多い魔素を大量に取り込んでしまったから、病歴はもちろん書物にも遺されていない症状が出たと。
『魔力神経を拡げれば魔素が魔力に変換される量も増えて過多を起こすことも無くなり魔法も上手く使えるようになる』
「え?アルク国王は上手く使えてないってこと?」
『魔力は魔力神経を使って流れているのだから細さに応じた魔法しか使えない。お前も魔法を使えるのだから威力の高い魔法ほど魔力が必要になることは知っているだろう?』
「そっか」
魔素は魔力に変換されて魔力神経を通り全身に流れる。
魔法を使う時には魔力を一ヶ所に集めて放出するから、魔力神経が細く流れが悪いアルク国王が上手く使えないのも当然。
「魔力神経を拡げない限り再発する可能性があるってことか」
『そういうことだ』
今回は星の樹の枝葉と実を使って完治したけど、根本的な原因は治っていないんだから再発を繰り返す。
「魔力譲渡じゃ治療できないのか?」
『気が狂うか最悪の場合は死ぬだろうな』
「え?」
『強引に神経を拡げるのだから激痛どころの話ではない』
「少しづつ譲渡しても?」
『それでは拡がらない』
「なるほど」
譲渡する量が少ないと拡がらないし、一気に譲渡すれば強い痛みで気が狂ったりショック死する可能性もあると。
『仮に譲渡で治療するとすれば、術者は他人の魔力神経に干渉できる高い魔力値を持ち数日か数十日間譲渡し続けられる魔力量を持つ者に限定される。魔力神経が柔らかい子供の頃であれば痛みを伴わないよう少しづつの譲渡でも拡げられたんだが』
「納得。だから魔族は幼い頃に魔力補助を受けるのか」
数日や数十日単位で魔力譲渡をするなんて現実的に無理。
術者は譲渡する対象に一日中付きっきりでそれこそ風呂やトイレにも一緒に行く必要があるし、眠ることすら出来ない。
譲渡し続ければ当然魔力が枯渇するし、仮に魔力回復薬で強引に回復したとしても何度も繰り返せば過剰摂取で死ぬ。
魔力回復薬はあくまで補助として使う物だ。
精霊族で魔力譲渡を使えるのは賢者だけ。
魔力値が高く魔力量も多いという条件をクリアできる有能な賢者数人の命を犠牲にすることになる。
「大人になってからの治療法は体液しかないってことか」
『他に方法があるなら俺もやっている』
「たしかに」
他の手段があるなら伽が義務になっていない。
長年その手段で治療し続けている人から言われてはぐうの音も出ない。
「体液……俺の血は?」
『お前も駄目だ。少量舐めたところで死にはしないが、魔力神経に干渉するほど与えるとなれば毒にしかならない。アルク国王がお前と同じかそれ以上の魔力値があるというなら別だが』
「じゃあ魔力値が高い他の人でも駄目?」
『他の者でも同じだ。大人になり固くなった魔力神経を拡げるには大量の血を与える必要があるし、激しい痛みを伴う』
「んー……」
血での治療(補助)は幼い(神経が柔らかい)頃限定ということ。
大人になって(神経が固くなって)からというのが厄介。
『一番難のない手段は伽を行うことだ。体液といっても色々あるが、それをグラスに出されて飲めと言われても嫌だろう』
「うん。そういう性癖でもない限り拷問でしかない」
気持ちが悪いし精神を病みそう。
血が使えるなら点滴(輸血)という手段もとれたんだけど。
「つまり魔力値が高い賢者とヤって体液を貰えってことだな」
『そういうことだ』
一番楽に体液を摂取する手段はヤルこと。
なんとも野生的な治療法だ。
「治療に協力してくれる異性の賢者が居ればいいけど」
『異性?』
「精霊族は魔族と違って両性の人が居ないし、性別を気にせずヤれる種族でもない。極めつけに女性の賢者自体が少ない」
『ああ。そうだったな』
魔族なら『魔力値が高くて治療と割り切り協力してくれる人』の条件で済むけど、精霊族は賢者+異性という条件もつく。
仮にアルク国王が性別を気にしない人だったとしても、賢者という数少ない人の中で治療に協力してくれる人となると相当な狭き門になってしまいそう。
『お前が雌性化して協力するのが早そうだ』
「そんなことしたらクルトの能力がバレる」
『クルトの能力として知られるのは困るが、以前伽を行えば能力を継げると話していたよな?クルトも構わないと言っていたのだから能力を継いでお前の能力ということにすればいい』
「そういえば中の人が言ってたな」
すっかり忘れてたけど、クルトと伽を行えば自分の性別を替える能力は使えるようになると中の人が言っていた。
クルトのように別人(魔物も含む)に姿を替える能力を使えるようになるには経験値が必要らしいけど。
『クルトは城に居る。必要なら報せを入れるが』
「いや、一応後で原因や治療法については説明はするけど、アルク国王が治療を希望するかは分からないし」
『今回は使わなくとも能力が増えるのは悪いことではない』
「それはそうだけど」
『俺ならすぐに継承するがな。幻を見せる幻視ではなく実際に身体を替えられる能力の有用性は高い』
それは間違いない。
幻視や幻影のように『あくまで幻』の魔法は眠ったり気絶して意識を失ったりすれば切れるけど、クルトの継承能力は解除するか時間(日数)で切れるまで姿を保っていられる優れもの。
魔王や俺のように顔が知られた奴にとっては欲しい能力。
「分かった。クルトに報せてくれ。後で部屋まで迎えに来る予定だから数時間眠るから起こすなって伝えて魔王城に行く」
『ああ。報せておく』
迎えに来て居なければ騒ぎになるからそこはごまかさないと。
魔王との通信を切ってから魔導ベルを鳴らすと、すぐに部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「如何なさいましたか?」
「すまないが数時間ほど眠りたい。魔力を使い過ぎたようだ」
「体調が優れないのでしたら医療師をお呼びしますか?」
「魔力が減って怠いだけだから心配ない。眠れば回復する」
「承知しました。お伝えしておきます」
「頼んだ」
扉から一歩入って敬礼した護衛騎士と魔導師にこれから眠る素振りとしてベッドを捲りながら伝えると、二人は納得して部屋を出て行った。
「よし。行くか」
誰かが部屋に来たら分かるよう水晶を置いて魔祖渡りを使う。
転移した先は魔王城の門前。
「お戻りなさいませ。半身さま」
「ただいま。数時間だけしか居ないけど」
「お忙しいですね」
「魔界と同じで地上も今は忙しい時期だから仕方ない」
門番とそんな会話を交わしながら門を開けて貰う。
魔界も地上も同じく新しい年を迎える今は忙しい時期。
『お戻りなさいませ』
「ただいま」
庭園を抜けて出迎えてくれたのは山羊さんとクルト。
それと使用人たち。
「フラウエルから話は聞いてるか?」
「はい。後ほど魔王さまもお戻りになるそうです」
「忙しい時に俺の都合で手を止めさせてすまない」
「半身さまのご予定が優先にございます」
「ありがとう」
先に山羊さんに声をかけて謝る。
お披露目が済んだのに山羊さんに敬語を使うと示しがつかないからということで、今は他の人に話す時と同じように敬語を使わず話すよう心掛けている。
「時間が限られているとのことですので早速お部屋へ」
「うん。クルトにも時間をとらせてごめん」
「半身さまのお役に立てるのでしたら光栄にございます」
クルトも仕事があるだろうし俺もあまり時間がない。
話もそこそこに背中に手を添えられ転移した。
「ん?ここは?」
「私の部屋です」
「俺の部屋じゃないんだ?」
「半身さまのお部屋を勝手に支度する訳にいきませんので」
「そっか」
転移した先はクルトの自室。
風呂に湯を溜めている最中なのを見て納得する。
たしかに俺の部屋の風呂(湯場)を用意するなら使用人の手を借りて支度することになる。
「たしか私は実体でないといけないんでしたね」
「そうらしい」
「半身さまもですか?」
「俺?」
「私は両性体ですので本来ならばどちらのお役目としてお使いくださっても構わないのですが、お時間がないのでしたら半身さまに雌性体となって貰って催淫を使うのが早いかと」
「ああ、時間の問題か。自分に催淫はかけれないんだっけ」
「はい」
天然媚薬製造機の魔王もそうであるように催淫も自分には効果がないから、時間を優先するなら俺が雌性化して催淫を使って貰った方が早いことは確か。
『中の人。能力を継承するのは俺も実体じゃないと駄目か?』
【ピコン(音)!継承する側は変化体でも問題ありません】
『分かった。ありがとう』
【お役に立てましたら幸いです】
実体じゃないと駄目なのはクルトの方だけらしい。
それなら俺が雌性化した方が早い。
「どっちでもいいらしいから俺が雌性体になる」
「承知しました。では先に雌性にしてしまいますね」
「うん」
唇を重ねられて魔力を送られる。
普段は色気もなく開いた口に口を重ねて送るだけだけど、今日はその先があるだけにいつもとは違うようだ。
「なんかごめん。能力を貰うために相手させて」
雌性体になって唇が離れたあと今更ながら謝った俺と目を合わせたクルトはクスクスと笑う。
「魔王さまより賜ったお役目をようやく勤めることが出来て光栄ですし、何より半身や番を作らない四天魔の私にとっては役得でしかありません。ただ作らないというだけで、この手のことへの欲求は他の魔族と変わらずありますから」
身体が縮んでぶかぶかになった服を脱がされながらそんな話を聞いて、今度は俺の方がくすりとする。
四天魔の四人は性に奔放な魔族の割に達観した仙人かと思うくらい性欲を感じさせないけど、しっかりヒトなんだと。
「じゃあ時間が許す限り楽しむか。お互いに」
「喜んで」
クズの俺の貞操観念なんて所詮は雀の涙。
性のことに関しては俺も解放的な考えを持つ魔族よりの人間。
クルトにもしっかり欲求を解消して貰って能力をいただこう。
・
・
・
「大丈夫ですか?加減はしたつもりですが」
「これで?……魔族の性欲と体力は無尽蔵か」
疲れてベッドに身体を投げ出す俺を見てクルトはふっと笑う。
魔王の性欲(と体力)が特別な訳ではなかったらしい。
「精霊族は分かりませんが、魔族は能力が高い者ほど性欲も強い傾向にあることは確かです。だからこそ歴代の魔王は半身の他に伽を行う相手として公妾を多く抱えておりました。魔王さまは魔力補助のために伽を行うので必要ないようですが」
「フラウエルはむしろ伽の相手が居すぎて大変そうだからな」
魔力補助を行わなければいけない召使だけでも手一杯なんだから公妾など必要ないとなるのも当然。
補助する必要がなくなった人は伽役から外したことでお勤めの日が減り多少は楽になったようだけど、それでも週に数回は複数人とやらないといけないとか俺なら断固拒否している。
「幾ら魔族の性欲が強いと言っても自分がしたくてするのと義務でするのでは違いますからね。大変だと思います」
「クルトの伽役って役割も義務だけどな」
「たしかに他の方でしたら義務感から勤めたと思いますが、半身さまは私にとっても自分の半身に等しく大切な方ですから」
「ぶれないな。そこ」
半身を作らない四天魔にとって魔王の半身である俺が自分の半身に等しく大切な人だと言ってくれるところは変わらず。
米酢を探しに二人で竜人街に行った時もリュウエンに対して同じことを言っていたのを思い出して笑い声が洩れた。
『クルト』
「はっ」
クルトの腕輪が点滅して魔王の声が聞こえてくる。
『済んだか?』
「はい」
『部屋に入るぞ』
「どうぞお入りください」
既に部屋の前に居たらしくすぐに扉が開いて、クルトはベッドから体を起こして上着を羽織る。
「お帰り」
「お帰りなさいませ魔王さま」
「ああ。まだ休んでいて構わない」
部屋に入ってきたのは魔王一人。
ベッドから降りようとしたクルトを止めて俺の隣に腰を下ろすと額に軽く口付ける。
「継承はできたのか?」
「うん。吃驚するほどあっさりと」
「吃驚?」
「入った瞬間に中の人から能力が更新したって言われた」
そう説明すると魔王は笑う。
たしかに『交わることで覚える』とは聞いてたけど、入れただけで覚えるのかと驚いた。
「そこで辞めたのか?」
「まさか。その状況でもう継承したから終わりなんて酷いことはしてない。その気になってるのに生殺しにも程があるだろ」
「たしかに酷いな」
入れただけで終わりとか蛇の生殺しでしかない。
そこはさすがに継承したあともしっかり最後までした。
「継承を終えてクルトの能力はどうなった」
「画面を確認しましたが私の能力もそのままです」
「複写したということか。熟々神の所業と思わせるな」
「私も無くなるものと思っていたのですが」
「え?」
二人の会話を聞いて首を傾げる。
「継承したら能力が無くなるのか?」
「継承能力は代々譲り受けるものですので」
「え、待て。消えると分かってて継承させたってこと?」
「はい」
それを聞いてベッドから飛び起きる。
「断れよ。大切な能力が無くなるんだぞ?継承したら無くなるって先に聞いてたら頼まなかった」
「半身さまのお役に立つのでしたら喜んで継承します」
「駄目だから!」
無くならなくて良かったけどそれは結果論。
誰かに継承したらクルトからは能力が無くなるというなら気軽に引き受けるようなことじゃない。
「フラウエルも知ってたのか?」
「ああ」
「ならおかしいだろ。あんな早く継承しろみたいな言い方」
クルトと魔王は大きく首を傾げる。
まるで俺の言っていることが理解出来ていないかのように。
「継承能力は名前の通り別の者に継承できる能力だ」
「いや、継承の意味を分かっていながら気付かなかった俺が一番頭が悪いことは確かなんだけど、継承したらクルトは能力を使えなくなるって知ってるのに簡単に継承しろって言うなよ」
「使えるぞ?クルトは蛇竜種だからな」
「……ん?」
どういうこと?
継承したら能力が消えるって言ったのは二人なのに。
「あ。半身さまは蛇竜種のことをご存知ないんですね」
「知らない。魔族には純血種とか蛇竜種とか夢魔種とか細かく分類されてることは前に聞いたけど」
精霊族で○○種とつくのは獣人族だけ。
人族は人族としか言わないし、エルフ族もエルフ族としか言わない。
「蛇竜種はそもそも肉体を変化させることが出来るんです。私から継承能力が無くなって出来なくなることと言えば他人を変化させることだけで、自分の肉体は今まで通り変身できます」
「だから継承しても大した問題じゃないってこと?」
「はい。自分を変化させる能力は影の役割を果たすために必要ですが、他人の性別を変える状況など滅多にありませんので」
詳しく聞いてようやく理解できて再びベッドに倒れる。
クルトは元から肉体を変化できる種だから、能力を継承しても他人の性別を変えられなくなるだけで大した問題はないと。
たしかに変身や擬態は変わらず使えるんであればあっさり継承することにしたのも納得できた。
「胸を揉むな」
「無防備に出していればつい手がいく」
「まあ俺も目の前にあったら揉みますけど」
「だろう?」
人の胸を揉む魔王の手を抓る。
たしかに隠しもせず『はいどうぞ』とばかりに平然と出していたら揉みたくなるけど、今は暢気に揉む時じゃない。
「蛇竜種だから変身できるってのは分かったけど、自分の能力を簡単にあげるようなことはもうしないでくれ。この先誰かに能力を継承する時は自分の後継者として選んだ人にしろ。俺は人の能力を奪うなんてことはしたくない」
クルトの手を掴んで甲に額を重ねる。
知らずに能力を奪うようなことにならなくて良かった。
「私は半身さまにならと思ったのですが、逆にご心配をおかけしたようで申し訳ありません」
そう言ってクルトは苦笑する。
俺にならと思ってくれたことは素直にありがたいけど、俺としてはクルトと同じ能力を使えるようになるというだけの感覚でしかなかったから話を聞いて肝が冷えた。
「空気を読んでくれ。俺とクルトは真面目な話をしてるのに」
「話していればいいだろう。俺は俺のしたいようにする」
「胸揉まれながら真面目な話をしても入って来ないから」
話を聞くクルトも揉まれてる俺も話が入ってこない。
揉まれながら真面目な顔で話されても笑ってしまうだろうに。
「能力の使い方は教わったのか?」
「まだだから手を離せ。戯れに付き合う時間がない」
のんびり胸を揉んで揉まれてしている時間はない。
まだ部屋には誰も来てないことは水晶で繋げてあるから分かってるけど、数時間だけ寝ると言ってこちらに来たからその内起こしに来るだろう。
「半身の俺を邪険にし過ぎだろう」
「今は時間がないから。次に来る時まで待ってくれ」
「いつ来る」
「年の最後かな。年の終わりと初めは地上でも祝いの儀式が重なってるから英雄のお勤めを果たしに一旦戻ってまた来てとはなるけど、年を越す時間にはこっちに居るようにする」
年末(所謂大晦日)は今年成年を迎えた若者を祝う舞踏会があるから英雄のお勤めとして顔は出さないといけないけど、年越しはさすがに半身の魔王と一緒に迎えたいと思っている。
「こちらの祝儀には出れそうか?」
「うん。どうしても忙しくはなるけど半身の役目も果たす」
年末年始に祝いの行事があるのは魔界も同じ。
まだ御目見え前だから多くの魔族の前に半身として立つような行事には参加しないけど、魔王城の城仕えとの行事と軍官との行事には魔王の半身として参加する予定になっている。
「こちらの祝い事には出なくとも構わない」
「え?駄目だろ。半身が公務に不参加とか」
「あちらこちらと出るんでは体調を崩しかねない」
急になんだと思えば俺の体調を気遣ってくれてるのか。
相変わらず半身の俺には激甘。
「ありがとう。でも軍官や城仕えから魔王の半身に相応しくないって思われたくないし、半身のフラウエルや家族同然の四天魔と迎える年の締め括りと最初の大切な行事だから参加する」
地上にも大切な人が居るように魔界にも大切な人が居る。
普段は地上に居て不在にしてることが殆どだけど、魔界で大きな行事がある時くらいは魔王の半身として役目を果たしたい。
「分かった。ただ無理はしなくていい。お前の体調が優先だ」
「うん。ありがとう」
お礼を言って魔王の頬に軽く口付けた。
・
・
・
「よし、バレずに済んだ」
あのあとクルトから能力の使い方を教わり試しに何度か性別を変えてみて問題なく使えることを確認してから、急いで風呂を済ませてアルク城に戻ってきた。
戻る前に魔王が譲渡してくれたから魔力量もしっかりある。
風呂から出たあと部屋着にも着替えたから、いつ声がかかっても外に出掛けていたとは気付かれないだろう。
クルトには次に行った時に改めて礼を言わないと。
継承する目的のためだけに伽役をさせてしまったから。
能力が欲しい、でも時間がないから早くとか、今更ながら失礼極まりない話だ。
そんなことを考えつつ置いて行った晶石を腕輪に戻す。
寝ると言って三時間は経ってるからそろそろ声がかかるはず。
今まで寝ていたと思われるようしっかりベッドに横になって安堵のため息をついた。
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