ホスト異世界へ行く

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第零章 先代編(後編)

神眼

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寵愛ファヴール宮殿に着いたドナとフレデリク。
二人もこの宮殿に足を踏み入れるのは初めてのこと。
緊張の面持ちで長らく閉ざされていた宮殿の扉を開けると、華やかなエントランスホールにはイヴが待っていた。

「賢者さま。ロザリーとリーズの様子はどうですか?」
「今は落ち着かれて春雪殿とそちらの礼拝堂チャペルにおられます」

落ち着いたと聞きホッとするフレデリクとドナ。

「私にも何かお手伝い出来ることはございますか?」
「おお、それは助かります。私は解放する場所が残っておりますので、勇者さまや殿下方の警護をお願いできますかな?」
「承知しました」

手伝いを申し出たドナにイヴはにっこり。
宮殿内の解放は陛下が参られてからと思っていたが、ドナに四人の警護を任せられるのならば助かる。

「殿下方も陛下が参られるまで礼拝堂チャペルでお待ちください」
「「はい」」

寵愛ファヴール宮殿にかけられた魔法は特殊なもの。
外観にかけられた魔法は解放したがまだ他にも解放しなくてはならない箇所が幾つかあるため、イヴは礼拝堂で待つよう言ってすぐに転移した。

まだ警備や使用人もおらず静かなエントランスホール。
そちらと教えられた厳かな扉を開けたフレデリク。

「美しい礼拝堂チャペルだ」

ステンドグラスから射し込む陽の光。
天井に描かれた壁画には月の神と戦神と戦の女神。
そして聖像はフォルテアル神。

「私たちの宮……ドナ?」

話しかけながら隣を見てフレデリクは驚く。
まっすぐ前を見ているドナの目から涙が落ちていた。

「「兄さま!」」

フレデリクとドナに気付き走って来たロザリーとリーズ。
笑顔で走って来た二人もドナの涙に気付いてポカンとする。

「ドナ殿下?」

二人からひと足遅れて歩いて来た春雪。
フレデリクやロザリーやリーズと同じく、ドナの目から涙が溢れていることに驚いた。

「ど、どうしたんですか?どこか痛いのですか?」
「いえ、そういう訳では」

慌てて聞く春雪に答えながらグイッと涙を拭うドナ。
礼拝堂の扉が開いて最初に見えた春雪の姿に涙が溢れた。
ステンドグラスから射し込む陽の光に照らされた春雪に。

「申し訳ありません。驚かせて」

そう言いながら涙は止まらない。
ドナにもこの込み上げる涙の理由が分からなかった。

「ドナ殿下」

名前を呼んでドナを抱きしめた春雪。
今日は二妃の献花式。
つまりドナやセルジュの母親を弔う式。
普段通りに見えたけれど本当は涙が出てもおかしくない。

「……春雪さま」

抱きしめられ伝わる春雪の体温にドナの胸は痛む。
胸を締め付けられるほどに涙は溢れ、春雪の肩に顔を伏せ忍び泣く。

そんなドナを心配そうに見上げるロザリーとリーズ。
何も言わないと言うことは悪い感情での涙ではないのだろうと察したフレデリクは双子の頭を撫でた。


それから数分。
漸く落ち着いてきたドナは春雪の背に腕を回して幼い子供が甘えるかのように春雪の肩に顔をすり寄せる。
突然すぎる感情と涙に自分でも驚きはしたけれど、泣くだけ泣いたら気分が良かった。

「申し訳ありません。お恥ずかしいところをお見せして」

ハッとして春雪から離れたドナは顔を逸らす。
春雪に涙を見られるのは二度目。
ドナ本人も物心ついてから泣いた記憶がなかったと言うのに、成年してから、しかも春雪には二度も見られていると思うと少し恥ずかしくなった。

「何も見えておりませんよ?」
「え?」
「お顔がここにあったのに見えるはずがありません」

自分の胸に手のひらをあて自信満々に言う春雪。

「ドナ殿下のお顔を見ていたのはこの衣装だけです。だから恥ずかしいことと言うのが私には分かりません」

いや既に見られた上で抱擁されたのだが。

「でしたら安心しました」

ぷっと吹き出して笑うドナ。
不器用な気遣いが面白くて、その優しさが愛おしかった。

「フレデリクも悪かった。驚かせて」
「大丈夫なのか?」
「ああ」

フレデリクに謝罪を口にしたドナ。
目は赤いが漸く見せたその顔はスッキリしたように見える。
気丈に振る舞っていたが、神聖な礼拝堂チャペルにきて実の母を亡くした悲しみが不意に溢れての涙だったのだろう。
献花式では母が騒動を起こし、王宮に戻って来てからもこうして私たちの警護について貰ったりと改めて申し訳なく思う。

「ドナ兄さまキラキラ」
「綺麗ね」
「そうか。勇者さまのお傍に居たからかな」
「うん。ピカピカキラキラで綺麗なの」
「キラキラで眩しい」
「二人も驚かせて悪かった」

ジーッと見上げる双子を見てドナは笑う。
双子の目にはどのように見えているのか分からないけれど、憑き物が落ちたかのように気分が良いことは事実だ。

「そう言えば先ほど私に何か言いかけていなかったか?」
「私が?」
礼拝堂チャペルに入ってすぐ」
「ああ、私たちの宮殿の礼拝堂チャペルより立派じゃないかって」
「……たしかに」

ドナの涙で止まった会話。
何を言おうとしたのかフレデリクが話すとドナは顔をあげる。

「月神?」
「そのようだ。珍しいよね」
「何が珍しいのですか?」

天井の壁画を見ながら話すドナとフレデリクに春雪が問う。

「他の宮殿の壁画は全て戦神と戦の女神なのです」
「この宮殿だけ違うと言うことですか?」
「はい。例外で父上の居る王城の礼拝堂チャペルは月神ですが」

二人から話を聞いて春雪も見上げる。
雄々しい戦神と天女のような戦の女神。
そして尤も大きく描かれているのが月神なんだろう。

「月神は豊穣の神ですが、運命を決める神でもあります」

ドナの言葉で以前ミシェルから聞いたのを思い出した春雪。
リュヌ祭の日には月の神へ一年の豊穣を感謝して祈り、来年の豊穣も願うのだと。

「未来を見通して運命を決める神。生か死か、破壊か救済か」
「……物騒な神さまですね」
「神とは優しい部分と怖い部分を併せ持つものですよ」
「そうなのですか」

白色の長い髪、純白の衣装に純白の大きな翼。
闘牛のような姿の黒い動物と一緒に描かれている。

『え?』

話をしてると突然鳴り出した礼拝堂チャペルの鐘の音。
不意打ちの音に驚き一緒に天井を見上げていたロザリーとリーズはビクッとして春雪の足元にしがみつく。

「なぜ鐘が?」
「ミシオネールさまが鳴らしたのか?」
「なんのために?礼拝中でもないのに」

辺りを警戒するフレデリクとドナ。
春雪も双子をぎゅっと抱きしめる。
念のため障壁をかけようとドナが術式を描こうとすると鐘の音はピタリと止まった。

「……なんだったんだ」
「分からないが、探索には何もかからない」
「ミシオネールさまは?」
「少なくとも私の探索にかかる範囲にはおられない」

鐘は本来祈りの時間に鳴らすもの。
つい先ほどまで閉ざされていたこの宮殿には今、イヴと春雪とドナとフレデリクとロザリーとリーズしか居ない。
ここに居る五人は違うのだから後はイヴと言うことになるが、礼拝中でもないのに鳴らす意味がない。

「あ。時間になると自動で鳴るようになっているのでは?」
「刻の鐘のようにですか?」
「詳しくは分かりませんが、誰かが鳴らしたのではないなら」

警戒するような何かが居るでもなく勝手に鳴った。
それを考えると春雪の言うように決められた時間に鳴るよう魔導具が使われている可能性はある。

「半端な時間ではあるけど、過去にこの宮殿を与えられたご寵妃の礼拝時間だったのかも知れないな」
「その可能性はある」

寵妃の予定に合わせて鐘が鳴る仕様になっている。
その理由が一番納得できた。

「姫殿下、大丈夫そうです。突然鳴って驚きましたね」
「誰も居ない?」
「はい。ドナ殿下が調べてくださいましたが居ないそうです」
「「良かったぁ」」

足にしがみついていた双子を優しく撫でる春雪。
何よりも先に怖がっていた双子を安心させる春雪の姿は実の母である三妃よりも遥かに母のよう。

やはり勇者さまは女性なのではないか。
フレデリクにその思いが強くなった。

「春雪さま、また踊って?」
「あ!続き見たい!」

ホッと安心して思い出したように言う双子。

「踊り?」
「兄さまが来るまで踊ってくれてたの」
「そうなんだ?舞踏会の時の踊りかな?」
「ううん」
「違うよ」

フレデリクに否定して大きく首を横に振る。

「演舞です」
「演舞?」
「殿下方がおいでになる前に姫殿下とも天井画の話題になりまして、少しでも気が紛れたらと」

呼吸が苦しくなくなってもまだ恐怖心は残っているようだった双子の気を紛らわすため、以前セルジュや踊りの講師から教わった演舞を踊って見せているところだった。

「そのご衣装では踊れなかったのでは」
「はい。ですので戦の女神の演舞を」
「そうでしたか」

戦神の演舞は動きが大きく脚を高く振り上げたりとする。
今は女性の衣装を身につけているのにと思ったドナだったが、そこは春雪もさすがに戦の女神の演舞を選んだようだ。

「舞踏会もそうでしたが両パートを踊れるのは凄いですね」
「以前から人の動きを覚えて真似るのだけは得意でした」
「素晴らしい才能です」
「お褒めいただく程のことでは。所詮は真似事ですので」

感心するフレデリクに気恥しげな様子の春雪。
充分に立派な才だと思うが、謙虚なのがなんとも愛らしい。
そのような姿を見れば見るほど女性なのではと思う。

『え、』

再び鳴った鐘の音。
つい先程も鳴ったばかりで再び時間を報せるはずもない。
警戒して周囲を見渡していると礼拝堂チャペルの扉が開く。

「「父さま!」」

開いた扉から姿を見せたのはミシェルとイヴ。
軽く礼拝堂チャペルを見渡し春雪たちを見つけてこちらへ歩いて来た。

「父上、この鐘の音は一体。先程も突然鳴ったのですが」

ミシェルにもイヴにも鐘の音を気にする様子が見られず、やはり何か細工があるのかと思い真っ先に問うドナ。

「ほう。鳴ったのか」
「それはそれは」

足許に抱きついた双子を抱き上げたミシェルはニヤリと笑いイヴは髭を撫でる。

寵愛ファヴール宮殿の鐘はヴェルデ王家の血を持つ一定量の魔力量を超えた者に反応して鳴る。礼拝中であってもこの宮殿を作った三代目国王の訪問が分かるようそうしたらしい」
「そうだったのですか」

ミシェルから話を聞いてホッとしたフレデリクとドナ。
予想していた刻の鐘とはまた違うものではあったが、突然鳴った理由が明らかになって漸く安心できた。

「と言うことは先程鳴ったのは」
「ドナに反応したのだろう」
「三代目の魔力量に等しいかそれ以上だと言うのですか?」
「ああ。ドナの魔法の才は愛児の中でも別格と言える」

以前のドナならば鳴らなかっただろう。
だが今のドナは覚醒済み。
ヴェルデ王家の血を引き魔法に長けたドナに反応してもおかしくない。

「お待ちください。それはいつ反応するのでしょうか」
「いつとは?」
「訪問を報せるためであれば宮殿の敷地か、少なくともエントランスホールに足を踏み入れた際に鳴るのでは」
「そうだ。宮殿の入口に来た際に反応する」

現に今ミシェルが来て鳴ったのも宮殿の扉を開けてから。
ミシェルの魔力を感じ取ったイヴが迎え入れて礼拝堂チャペルに来た。

「でしたら先程の鐘は私に反応したのではありません」
「ん?」

難しい顔をして言ったドナに春雪も頷きフレデリクも少し間をあけ、鳴るのが『宮殿の入口に来た際』と言うのが事実であればたしかにおかしいと気付く。

「今回の鐘の音が父上に反応したことは間違いないですが、先程鳴ったのは私がこの宮殿へ来て数十分ほど経ってからです」
「……たしかにエントランスホールでは鳴りませんでしたな」
「はい」

ドナに反応して鐘が鳴ったのであれば、イヴがフレデリクとドナを迎え入れた時に鳴っている。
イヴも鳴るようになっていることを忘れていたため今ミシェルが話して思い出したが、ドナが条件を満たしていて反応したのであれば時間が経ってから鳴るのはおかしい。

「綺麗になったからだよ」
「うん。煙がなくなったから」
「綺麗?煙?」

双子の話に首を傾げるミシェル。

「ドナ兄さまずっと煙の中に居たの」
「今日はずっともやもやの煙の中だった」
「普段は違うのか?」
「違う。ドナ兄さまは銀色なの」
「春雪さまが綺麗にしてキラキラになったの」

俺?と自分を指さす春雪。
そう言えばさっきも双子が『ドナ兄さまキラキラ』と言っていたのを思い出し、あの時に浄化されていたのかと納得する。

「その煙が反応しなかった理由なのですか?」
「んー。分かんない」
「でも銀色でキラキラのドナ兄さまは強いよね」
「うん。煙の中に居た時はしおしおだったけど」
「セルジュ兄さまもだった」
「煙の中でしおしおだったね」

頬に手をあてアンニュイな様子でイヴに答える双子。
これは一体何が見えているのか。

「どうやらロザリーとリーズも神眼を持っているようだ」
「なんと!女児で神眼持ちとは!」
「だがそうも手放しに喜べる状況にない」
「はい?」
「それについては後で話そう」
「承知しました」

献花式の場に居なかったイヴには初耳。
女児で神眼持ちともなると素晴らしいことなのだが、ミシェルの言葉と表情で喜べない事情があると察してイヴは頷く。

「銀色と言えばドナ殿下の魔力色ですな」
「ああ。魔力色の見える私も魔力を通した際には見えるが、ロザリーとリーズは常に見えているようだ。しかもその魔力色が感情によって色や形を変えるらしい」
「ほう。それは何とも興味深い」

魔力色が見えるのはその者が魔力を使った時だけ。
魔力の色が分かったところでどうということはないが、感情で形を変えると言うなら有用性は一気に跳ね上がる。

「今改めて聞いていて思ったのですが、姫殿下が見えているのは魔力色と言うよりオーラではないですか?その人が普段から纏っているオーラが喜怒哀楽で変化する様子が見えている」

そう口を開いたのは春雪。

「オーラとは?」
「生体が発散するエネルギーのことです。例えばですが、その場に居るだけで威圧感を感じさせる人って居ますよね。独特の雰囲気を持っている人と言うか。目には見えないものですので地球に居た時は懐疑的だったのですが、魔力や魔法のあるこの世界ならば有り得ない話でもないのかなと」

ドナに聞かれた春雪はそう説明する。
独特の雰囲気を持つ人の存在は感じても目に見えないオーラやその色が見えるなどという話は信じていなかったが、魔法を使えたり魔力色が見えるこの不思議な世界でなら生体エネルギーを肉眼で見ることが出来る人が居てもおかしくないのでは。

「生体エネルギーの色は私たちの目に見えないというだけで本当は誰もが持っていて、その人が生まれ持った特性や育った環境で培われた性格で色や強さが違い、喜怒哀楽などの感情の起伏で形を変える。逆に魔力色とはその人が持つ生体エネルギーの色が魔力を使ったことを機に見えているだけなのでは」

ほうと呟き髭を撫でるイヴ。
実に面白い話である。

「姫殿下。魔力を持たない方に会ったことはございますか?」
「どの人が魔力を持ってるのか分からない」
「一般国民で色を持たない人を見たことがございますか?」
「ううん。みんな色がある」
「ある」

ミシェルに抱っこされている双子に聞いた春雪。

「やはり姫殿下に見えている色が魔力ならば魔法を使えない人にも色があることに矛盾がうまれます。講義で習いましたが一般国民の中には魔力のない者も少なくないのですよね?」

たしかにそうだ。
多少の魔力があっても属性の適性がなく使えない者も中には居るが、魔法を使えない者の大半は魔力がない。
それなのに双子には色が見えている。

「魔力を使っていない時にも魔力色が見える神眼なのだと思っていたが、その者の性質で違うオーラと言うものが見えているとなれば途轍もない神眼を持っていることになる」

神眼の種類は様々。
ドナやセルジュのように(鑑定できる)能力というのは同じだが、人の性質や感情を見ることができるとなれば命を狙う者や悪巧みで擦り寄る者を振るいにかけられる。

「私たち悪い子なの?」
「見えたら駄目なの?」

大人たちの様子を見て不安な表情をする双子。

「違いますよ。ロザリー姫殿下やリーズ姫殿下が悪い人と結婚せずに済む素晴らしい能力です。ニコニコと優しい言葉を話す人でも心が悪ければ分かってしまいますからね。お二人が幸せになれるよう神さまが特別な能力を授けてくれたのでしょう」

そう春雪が言うと双子は笑顔に変わる。

「リーズは春雪さまと結婚する!」
「ロザリーも!」
「大変結構。勇者がお相手であれば民も喜びますぞ」
「え」

ニヤリ顔のイヴと困り顔の春雪にミシェルたちは笑う。
今日起きたことでの負の感情が浄化されたかのように礼拝堂は明るい雰囲気に包まれていた。

「さて。このよい空気を壊すのも何だが」

穏やかな時間を惜しみつつミシェルが切り出す。

「一度みなで座ろう。大切な話がある」

このあと藍色インディゴ宮殿から家令と従者と侍女が来る。
その前に双子には辛い話を聞かせなければならない。
ミシェルがこれから何を話すかを知っているフレデリクとドナは神妙な面持ちで椅子に座る。

「大切なお話であれば私は席を外した方が」
「いや、ロザリーとリーズの傍に居て欲しい」
「……承知しました」

大切な話ならばと席を外そうとした春雪をミシェルが止める。
その真剣な表情とという言葉で自分が残される役目を察した春雪も双子の隣に座った。

「今から話すことはまだ幼いロザリーとリーズには辛いことだろう。ミシオネールにも後で詳細を話すが今は聞いて欲しい」
「承知しました」

宮殿を分ける話はあの場に居て聞いていた。
分宮を口にしたのだから恐らく謹慎を申し渡したのだろうが、三妃のあの様子では揉めたか。
会話の内容を予想しながらイヴはミシェルの斜め後ろに立つ。

「ロザリー、リーズ。三妃、いや、母とはもう会えない」
「「え?」」

椅子に座っている双子の前にしゃがんで膝をついたミシェルは二人の小さな手を握って話を切り出す。

「フレデリクとロザリーとリーズの母であるマリエルと私はお別れすることになった」

それを聞き驚いたのはイヴと春雪。
双子にも分かるようという言葉を使っているが、それは他でもない離婚することになったという報告。

「私の決断でフレデリクやロザリーやリーズから母を奪ってしまうことはすまないと思う。だが私は三人の父として、ブークリエ国の国王として、この決断を変えることはできない」

まだまだ母が必要な歳の幼い双子。
どのような非道な行いをされようと母は母。
三人のため国のためと言っても今は理解できないだろう。
恨まれる覚悟もできている。

「お別れ?」
「母さま居なくなるの?」
「ああ。生家、三人の母の父君が居る家に帰ることになる」

それを聞いて顔を見合わせる双子。

「フレデリク兄さまは?」
「フレデリクは居る。二人と一緒に藍色インディゴ宮殿で暮らす」
「良かったぁ」
「良かったね」

そう言った双子はにっこり。
泣かれると思っていたミシェルには肩透かし。

「……悲しくないのか?」
「どうして?もう痛いことされないもの」
「大きな声で怒られなくなるね」
「怖くなくなるね」
「苦しくもならないよ」
「そっか。良かった」
「良かったね」

安心してニコニコ笑う双子。
双子は物心ついた時からヒステリックに怒鳴ったり物に八つ当たりをしたりと黒の塊になっている母親の姿を見てきた。
物や使用人だけでなく双子にもすぐにカッとして腕や髪や衣装を引っ張ったり叩いたりと暴力を奮っては、反省することも慰めることもせず使用人に世話を押し付け自分は男妾の元に行き顕示欲を埋めて貰うことに夢中になっているような母親だったのだから、双子にとって三妃は疾うに母ではなく

「父さま、もう春雪さまが赤いマント着れる?」
「春雪さまの方が似合うもんね」
「うん。ピカピカのティアラも似合うよ」
「早く見たいなぁ」

そう聞かれてミシェルはハッとする。
成年舞踏会の時にも二人はその話をしていた。
王妃の証でもある王家の紋章の入った赤いマントを借りてくると言うのを止めた私に、自分の母よりも春雪の方が似合うと。

「……すまない。既に母ではなくなっていたのだな」
「「父さま?」」

自分の母よりも春雪の方が好きな二人。
王家の王女として時に叱らなくてはならない厳しい母より、第三者として優しくしてくれる春雪に懐いているのだろうと簡単に考えていたが、二人は疾うに三妃を見限っていたのだろう。
性質や感情が目に見える二人だからこそ三妃がどのような人間であるかを分かっていた。

「父さま悲しいの駄目。ロザリーも泣いちゃう」
「リーズも泣いちゃう」
「ああ。二人の父の私がしっかりしなくてはな」

幼い双子を抱きしめるミシェル。
大声での怒鳴り声や強引に引っ張られる痛みだけではなく内面の醜さも目に見えていたのだから、まだ幼いからと言って無条件に母を愛することはできなかったのだろう。

この人はそういう人。
そう諦めた。

母と会えないと聞いても悲しみのない二人。
むしろ喜んだ二人を見たフレデリクは、どうして傍に居た自分がもっと早く気付いてやれなかったのかと後悔の涙を落とす。
母親の存在が不要なものでしかなかったドナにもフレデリクや双子の気持ちは察せるもので、静かに涙を流すフレデリクの背中をそっと撫でた。

夫である国王にも血を分けた子にも国民にも不要だった王妃。
改めて有識者たちを腹立たしく思うイヴ。
よくもまあこれほどの負の遺産を作り出したものだと。
そしてこの国にはとうとう王妃が居なくなってしまった。

いや、居なくなって良かったのだろう。
成年したフレデリクはおろか幼い我が子にまで居なくなることを喜ばれるような王妃など、王位継承者を出産した功績だけでは天秤がとれていない。

国民よりも夫よりも子供よりも我が身を守ってきた王妃。
良かったではないか、今後は目立つことができる。
尤も、向さけられるその目は国や王家を捨てた元王妃を見る冷やかで残酷な視線だろうが。

春雪は悲しみや悔しさという感情に包まれているみんなにかける言葉が見つからず、天井に描かれた神々を見上げた。





「ビクトル!カール!」

人前で失禁するという醜態を晒した三妃は恥をかかされたと腹立たしく思いながら入浴を済ませ、男妾おとこめかけのビクトルとカールに自己顕示欲を満たして貰うため部屋へ行く。

「……何をしているの?」

ベッドに置いた大きなバッグに衣装をしまっていた二人。

「陛下と離縁することになったと聞いたので家に帰る支度を」

そうハッキリと答えたビクトル。
宮殿の使用人の長である家令ランド・スチュワートのノエルが来て事情を聞いた。

「出て行くよう言われたのね?安心なさい、二人にいとまを出すつもりはないわ。ワタクシの生家へ一緒に帰りましょう」

三妃の生家は伯爵家。
男妾の二人を囲うくらいの経済的余裕はある。

「出て行くようには言われておりません。満期で自分たちの家に帰るか、恐らく王妃殿下は連れて行くつもりだろうから一緒に着いて行くか、自分たちで決めて良いと言われました」

二人がノエルから聞いたのは数日以内に離縁することと、ミシェルの計らいで満期の扱いにしてくれると言うこと。
その上で三妃に着いて行くか自分の家に帰るかを決めるよう言われただけ。

「貴方たちはワタクシの男妾でしょう!?」
「私たちがなったのは王妃殿下の寵臣ちょうしんです。貴族令嬢の愛人になるつもりはありません」

寵臣ちょうしんは国から認められた仕事。
国から僅かながらも賃金を貰い衣食住と学びの場も与えられているのであって、貴族令嬢に買われた愛人とは違う。
国で正式に認められた御役目だからこそ、年季が明ければ国の仕事を務めあげた者として堂々と帰れるのだ。

「誰が今まで可愛がってあげたと思ってるの!」
「感謝しております。王妃殿下が私たち二人を選んでくださったお蔭で国から衣食住や賃金までもいただけました」
「一般国民の私たちが国に仕える御役目をいただけたのも全ては王妃殿下のお蔭。貴族に戻られましてもご自愛ください」

胸に手をあて丁寧に頭を下げた二人。
可愛がってあげたも何も母親以上の年の人との性行為や思ってもいない嘘で褒め称えたりすることに嫌悪感しかなかったが、一般国民が不自由のない暮らしや勉学の機会を与えて貰い実家に仕送りすることが出来たのは王妃が選んでくれたから。

「私たちを選んでくださってありがとうございました」
「ありがとうございました」

選んでくれたことに対しての感謝はある。
けれど満期になったのに着いて行きたいとは思わない。
二人は仕事として役目を果たしていたのだから。

今まで自分を褒め称えていた二人に突き放された三妃。
喜んで自分の男妾をしていると思っていたのにそうではなかったことが分かり、裏切られたとヒステリックに部屋にあるものを床や壁に投げたり落としたりといつもの光景が始まる。

「はぁ……ノエルさまの言う通りになった」
「うん。早目に纏めて良かったね」

二人が着いて行かないことを選ぶのならば暴れるだろうから大切な物を優先で早く荷物を纏めるよう言われていた。
そのアドバイスを聞いてすぐに荷物を纏め始めたから、後の物はもう諦められる程度の物しか残っていない。

「ではこれで失礼します」
「待ちなさい!」
「走ろ」
「うん」

怪我をさせられては堪らないと鞄を抱えて部屋を出た二人。

「「デジレさま?」」
「宮殿の前に馬車を用意した。今は許しますから走りなさい」
「「はい」」

部屋の前で待っていたのは宮殿長ハウス・スチュワートのデジレと若い従僕が二人。
本来ならば宮殿の廊下を走ることなど許されないが、若い従僕が荷物を持ってあげて五人でエントランスホールに走る。

「祝い金は離縁調印後に実家へ届ける。幸せになりなさい」
「気をつけるんだぞ」
「元気でな」

既に御者が乗って待っていた馬車に急いで乗った二人。
デジレや従僕たちにかけられたその言葉に涙ぐむ。

「お世話になりました!」
「皆さんもお元気で!」

走り出した馬車の窓を開け手を振る二人に三人も手を振り返して見送る。

王妃の寵臣ちょうしんという大役を務めあげた、まだ成年前の二人。
よいことなど殆どなかっただろうが、この宮殿で学んだ勉学や処世術が今後の彼らの人生で役に立つことを願いたい。

一つの大役を最後まで務めあげた若者たちへ、三人や門番や警備兵は去って行く馬車に向かい頭を下げた。
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