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第零章 先代編(中編)
ダンス披露
しおりを挟む「ねえねえ。もしかして兄弟仲が悪かったりする?」
春雪たちが鏡台の前に座ったあと召使や侍女たちが化粧直しを始めると、美雨が言葉を濁すこともなくズバっと聞く。
エステルはそんな美雨にハラハラ。
「そのように見えましたか?」
「強い口調で注意されてたから」
春雪とダフネは顔を見合わせて苦笑する。
なんでもズバリ聞く美雨のメンタルは春雪にはないもの。
尤も美雨もグレースと親しくなったから聞けたことでもある。
「私も正直自信はありません。今日はお兄さまからダンスに誘ってくださって、幼い頃に戻ったようで嬉しかったのですが」
交換でダンスを踊った時にグレースを避けることもなく一緒に踊ったことが、変わってしまう前のマクシムに戻ったようで心から嬉しかった。
「グレースさん」
「申し訳ございません。みっともないところを」
自信をなくしてポロリと涙を落としたグレース。
誘ってくださったのはただ周りに合わせただけで、本当は何も変わっていないのではないかと。
「グレースお姉さま大丈夫?」
「泣かないで」
「ごめんね、心配をかけて」
髪を結び直して貰っていた双子は心配そうにグレースを見る。
「二人がどうしてそう判断したのか分からない」
グレースや双子の侍女や美雨の召使がハラハラしているのを見て春雪が口を開くとダフネはスっと手を止める。
「優しくしてくれたら兄弟の仲がよくて、注意されたら兄弟の仲が悪いってなるのが普通の人の考え?俺には王太子殿下がグレース姫殿下を護ってるようにしか見えなかったけど」
春雪は二人の考えとは真逆に捉えていた。
正解は本人に聞いてみないと分からないけれど。
「美雨や俺は異界から来た庶民だけどグレース姫殿下は王家の王女だ。様々なものを求められる大変な身分の人だからこそ、王太子殿下はグレース姫殿下のことを思って強く注意したんだと思う。ただ従うだけの王女は利用されるかも知れないから」
一般的な兄妹と王家の兄妹では立場が違う。
舐められてはそれが破滅に繋がることもあるだろう。
だから何でも従うだけの王女になって欲しくないのだと思う。
「甘やかしてくれる優しい兄って自分にとって都合が良くて居心地もいい兄なんだろうけど、悪役になっても間違いを正してくれる兄の方がよほど妹のためになるいい兄だと思う。グレース姫殿下が理想とする兄妹の形とは違うのかも知れないけど、仲が悪いって自信を失くす必要はないんじゃないかな。やり方が不器用なだけで大切にしてくれてると思うよ」
それを聞いたグレースは笑みを浮かべて侍女から受け取ったハンカチで涙を拭う。
「ありがとうございます、春雪さま」
「俺が感じたことを言っただけだから」
「いえ。言われてみればそうだとスッキリいたしました」
「じゃあ良かった」
ありがとうございます、勇者さま。
ハラハラしながら見守っていた侍女たちもグレースが笑ってくれたことに感謝して春雪に小さく頭を下げた。
「ごめんね、グレースさん。余計なこと聞いて」
「いえ。申しましたように私も自信をなくしていたので」
あとは親しい二人でどうぞ。
口を結んだ春雪にダフネは笑みを浮かべて化粧を再開した。
「あ、衣装を直すなら俺は先に出ておく」
化粧直しが終わり着崩れた部分を直す話を聞いて、それならばと春雪は申し出る。
「春雪さんは直さなくて良いの?」
「ダフネさん、大丈夫だよね?」
「問題ございまいません。リフレッシュだけおかけします」
「ありがとう」
春雪のドレスはグレースや美雨と違ってシンプル。
背が高い春雪は美雨たちのようにスカートがふわっと広がっている可愛らしいドレスよりスッとした大人のドレスが似合う。
それを考えてイヴが仕立てさせたものだが、着崩れする箇所がないという強みもある。
「ごめんね、外で待たせることになって」
「大丈夫。時間はまだあるからゆっくり直して」
長いスカートを軽く摘んで立ち上がった春雪の美しさよ。
男性だと忘れてしまいそうな得も知れぬ色気がある。
「私ももう良い?」
「良い?春雪さまと行く」
「お待ちを。おリボンだけ結び直しましょう」
「「はーい」」
幼い子供の双子もドレスは着脱しやすいもの。
侍女からドレスのリボンを結び直して貰った双子は満足気。
「ロザリー、リーズ、春雪さまを困らせては駄目ですよ」
「「はーい」」
すっかり春雪にべったりの双子。
春雪の手を引いて控室を出た。
「「父上!」」
控室を出るとミシェルが待っていて、駆け寄った双子の頭を優しく撫でる。
「殿下方はまだ支度中ですか?」
「いや。疾うに済ませて先にダンスホールに戻った。男性が直すところなど多くはないからな」
たしかに。
苦笑で答えたミシェルに春雪もくすりと笑う。
「お父さまと春雪さま一緒なの」
「春雪さまが新しいお母さまになるの?」
「ん?」
春雪とミシェルを見比べる双子。
何の話をしているのかと二人は首を傾げる。
「白と金なの」
「同じなの」
「ああ、衣装の色のことを言っているのでは」
「そう!白と金!」
「同じ」
春雪が気付いてハッとしたミシェル。
またか、イヴ。
「赤いマントつけたら同じ」
「お母さまに借りてくる」
「いや、待て」
無邪気な双子をミシェルは慌てて止める。
「このマントは国王と王妃の証明だ。貸せる物ではない」
「えー駄目なの?春雪さまの方が似合うのに」
「見たかったなぁ」
それが出来たらどんなに良かったか。
誰よりも私自身が赤いマントとティアラをした王妃の春雪と並びたかった。
「陛下にはお色直しがあるのですね」
「ああ。ダンスを、そうだ。その話だった」
ダンスを踊るから衣装を変えると説明しようとして思い出す。
「ダンスのパートナーをつとめてくれないだろうか」
「私がですか?」
「ああ。急遽のことで申し訳ないが」
最初はグレースに頼もうかとも思ったが、やはり本音を言えば滅多にないこの機会に春雪と踊りたかった。
まるで若い少年のような感情だと自分でも呆れるが。
「王妃殿下にお願いした方がいいのでは」
「朝から式典続きで脚が痛いらしい」
「え?大丈夫なのですか?」
「怪我をしている訳ではないから心配は要らない。ミシオネールが回復をかけると言ったが、疲労だからと断っていた」
治されてしまっては踊らなくてはならなくなるのだから、踊りたくない三妃が治療を拒むことなど分かりきっていたこと。
それ以前に本当に痛いのかも怪しいが。
「私に陛下のパートナーが務まるかどうか」
「愛児たちと踊っている姿を見ていた」
「見られていたのですか」
ほんのり頬を染めた春雪にミシェルはピクリと眉を動かす。
何を考えて頬を染めたのか。
ドナと恋人同士のように踊ったことを思い出して?
そんな勘違いでミシェルは胸がチクリとする。
春雪はただ幼い子供が踊る遊戯のダンスを見られたことに照れただけであることを知らず。
「私と踊るのは嫌か」
「え?それはありま」
パッと顔をあげた春雪はミシェルの顔を見て首を傾げる。
どうしてそんな表情をしているのかと。
あ、すぐに返事をしなかったからか。
「承知しました。私でよければ務めます」
「よろしく頼む」
ミシェルと春雪を見上げる双子。
今の父上は少し怖い、と。
「父上、春雪さまを怒ったら駄目」
「駄目なの。仲良くして」
「ん?怒る?」
「お顔が怖いの」
「キラキラの父上じゃないの」
双子は必死の様子でミシェルのマントを掴む。
「怒ったような顔をしていたのだろうか」
「少し。すぐお返事しなかったから怒らせてしまったのかと」
「それはない。こちらが頼んでいるのだから。すまなかった」
すまないことをしてしまった。
醜い嫉妬心が表情に出てしまったようだ。
「父上、春雪さま嫌い?」
「ロザリーとリーズは春雪さま大好き」
「キラキラで綺麗なの」
「金色キラキラで暖かいの」
そう訴える双子の前にしゃがんだミシェルは頭を撫でる。
「私も春雪殿が好きだ。心配させてすまなかった」
「良かった!」
「良かった!父上と春雪さまはキラキラなの!」
そのキラキラと言うのは分からないが、表情に出してまだ幼い愛児を不安にさせてしまったことを反省しなくては。
「キラキラ!」
「春雪さま綺麗!」
「え?」
春雪を見上げて喜ぶ双子。
ミシェルも顔をあげれば春雪の顔がほんのり赤い。
何故頬を染めて……。
自分の言動を振り返ってハッと気付いたミシェル。
今の『好き』はそういうつもりではなかったのだが、そのような反応をされては釣られてしまいそうになる。
「父上もキラキラ」
「父上も春雪さまもキラキラ」
双子に見えているものは他の者には見えないもの。
大好きな父親と同じ金色を纏っている春雪が綺麗で好き。
双子のその能力をミシェルが知ることになるのはまだ先。
・
・
・
「お父さま?」
支度を済ませて控室を出て来たグレースと美雨。
春雪や双子と一緒にミシェルが居ることに気付く。
「悪いがロザリーとリーズを連れて行ってくれるか?」
「あ、春雪さまとお話があるのでしたね」
「話は済んだ。双子を連れて入る訳には行かないから頼む」
「え?」
控室に行く前に話があると言っていたことを思い出したグレースは双子が居ては話せない内容なのだろうと判断したが、双子を連れて入る訳には行かないと聞いて顔をあげる。
「もしや春雪さまをパートナーに?」
「ああ。踊れているのを見てそれならばと」
「今年はマリエル妃と踊るのかと思っておりました」
「式典続きで脚が痛いと断られてしまった」
「まあ。そうなのですか」
国王と王妃は朝からずっと人前に出ている。
お疲れであることは間違いなく、それで他の女性ではなく角の立たない男性の春雪さまに頼むことにしたのだろう。
「承知しました。ダンス楽しみにしております」
「期待に応えられるよう努めよう」
グレースはクスクス笑うと双子を連れて美雨とフロアに戻る。
「春雪さんと国王さまがダンスするってこと?」
二人から離れて興奮気味に聞く美雨。
「ええ。毎年この休憩時間を挟んだあとお父さまが一曲踊るのです。去年まではアルメル妃がパートナーだったのですが、今年は不在ですのでマリエル妃と踊るものと思っておりました」
そう説明するグレース。
「大丈夫なの?王妃殿下じゃない人と踊って」
「国王もダンスパートナーに決まりはありません。ただ貴族家の中から選んでは角が立つので春雪さまにお願いしたのかと」
「そうなんだ。春雪さんが睨まれないなら良いんだけど」
「お優しいですね、美雨さまは」
「だってあの王妃さま嫉妬深そうだから」
最後のそれは双子に聞こえないようコソッと話した美雨。
嫉妬深いという言葉が理解できるかは別として、母親の印象を双子の前で堂々と話すのは失礼かと気遣って。
「お母さまはねえ、苔なの」
「黒っぽい苔だよ」
「そう。黒っぽい苔」
「「苔?」」
双子の話に首を傾げる二人。
「グレース姉さまはお花のピンク」
「キラキラ」
「美雨さまは真っ白」
「キラキラ」
「でもお母さまは黒っぽい苔」
「キラキラじゃないの」
一体なんの話をしているのか。
ただ残念そうなことだけは伝わる。
大人の真似をしているのか、頬に手を添えて溜息をついてみせるアンニュイな双子も可愛い。
「私とグレースさんはキラキラなの?」
「キラキラ!」
「グレース姉さまと美雨さまは綺麗なの!」
「何か分からないけどキラキラで嬉しいなぁ」
「ロザリーも嬉しい!」
「リーズも嬉しい!」
美雨の言葉で元気になった双子。
そんな三人にグレースは上品にクスクス笑った。
・
・
・
「何をしている?」
「おまじない」
「咒?」
呼びに来るまで男性用控室で待っている間に緊張してきた春雪は、手のひらに人の字を書いてパクリと食べる仕草をする。
「春雪は咒が使えるのか?」
「え?使えるって?」
「咒を行っているのだろう?」
「うん。え?」
噛み合わない二人の会話。
互いに少し首を傾げてみせる。
「緊張してるから気持ちを落ち着かせるためのおまじない。過去人がやってたって言うのを思い出して試しにやってみた」
「道具や術は使わないのか?」
「道具や術?……もしかしてそれ呪いのこと?」
「それとは違うのか」
「違う違う。ただの願掛け。緊張しませんようにって」
「そうか。ならば良かった」
この世界には咒という恩恵がある。
人を操ることができる危険な恩恵で、祝福の儀でその恩恵を持つことがわかった子供は国に届出をする義務がある。
悪事に使用した際にはわかるように。
「この手に緊張しない何かをかけたのか?」
「かけたっていうか書いた。それを食べておしまい」
単なる気の持ちよう。
それで緊張しなくなるなら苦労はしないと分かっている。
「私も食べておこう」
春雪が人の字を書いた手を掴んで口に持って行ったミシェル。
噛みつくように口を開けたミシェルに春雪の顔が熱を持つ。
「じ、自分で自分の手に書いて食べるんだって」
「春雪が書いた方が効きそうだろう?私は咒を知らない」
「子供みたいなことしたって自分でも分かってるけども」
口許を笑みで歪ませたミシェルの額を春雪はピシピシ叩く。
からかわれていることへのせめてもの反抗で。
「少し癒されたいだけの可愛い戯れをしただけだろう」
「可愛くない。断じて可愛くない」
残酷な癒しを受けたあの夜以来の近い距離。
人の腕の中で気持ち良さそうにぐっすり眠られて、信用されていることが嬉しかったの半分、そういう対象として見られていない虚しさが半分の複雑な心境だったと言うのに。
「舞踏会のあと部屋に行っても良いか?」
「二時くらいまで続くのに?」
「多忙だからこそ少し休みたい」
「あ、この前みたいに寝に来るってこと?」
「あの日は寝に行った訳ではないがな」
眠られてしまっただけで。
ただ自分も朝まで寝てしまったから人のことは言えないが。
「わかった。一人の時ならいいよ」
あっさりと。
口許に手を持って行っただけで頬を染めたと言うのに。
その行為に照れただけで私だから照れたのではないのだろう。
「陛下。お時間です」
ノックの音と騎士の声。
もう少し二人で話していたかったが仕方ない。
「おかしなところはない?」
「ああ。美しいから安心するといい」
「衣装とか化粧のことを聞いたんだけど」
「だから言っているだろう。それも含め美しい」
「今日のシエルは俺をからかい過ぎ」
ああ、本当に愛らしい。
本音で言ったと言うのに伝わらないその鈍さも。
「行こう」
「うん」
二人きりの時間を惜しみつつ控室を出た。
「うむ。偶然にも衣装の色が合っていて良かったですな」
偶然?口から出任せを。
控室の外で待っていたイヴをミシェルは呆れ顔で見る。
「ダフネさん?」
イヴの隣に箱を持ったダフネが居て春雪は首を傾げる。
「ダブネ。すぐに支度を」
「はい。勇者さま失礼いたします」
「え、うん」
騎士が春雪の後ろに台を置いてそれに乗ったダフネは、別の騎士が開けた箱からドレスと同じ白の生地に金の装飾をあしらったジュリエットベールを取り出す。
「なに?」
「ベールです。今のままでもお美しいのですが、陛下のダンスパートナーですので少し華やかさを足さなくては」
なにをするのかと聞いた春雪にイヴが答える。
ダフネはベールをふわりと春雪の頭にかぶせてダンスをしても外れないようアップスタイルの髪にしっかり留め、絞った部分は白百合のような大きな華のコサージュで華やかに飾った。
「お待たせいたしました」
「うむ、美しい。ご苦労だった」
「ありがとう、ダフネさん」
「勿体ないお言葉を」
ベールも着けた姿はまるでウエディングドレスを着た花嫁。
この世界のウエディングドレスのオーソドックスは白ではないが、美しく着飾った春雪に見惚れてミシェルは言葉を忘れる。
「国王陛下?」
黙ったままジッと見ている姿に首を傾げて春雪が声をかけるとミシェルはハッと我に返る。
「よく似合っている」
「ありがとうございます」
二人を見るイヴはひっそりとニヤリ。
これで舞台は整った。
「さあさあ。恒例のダンス披露を終わらせなければ成年者たちが後半の舞踏会を楽しめませんぞ」
やれやれ。
今日のイヴは昔周りにいた世話焼きの有識者たちのようだ。
ミシェルはそう呆れながらも騎士の先導でホールに向かった。
・
・
・
「マリエル妃と踊るのではなかったのね」
「アルメル妃が回復してお出でになったのか?」
フロアでは時間を待つ人々がそんな会話を交わす。
てっきり今年は三妃がパートナーを務めるものと考えていた貴族たちからすれば、本来ならそこに居ないはずの三妃が玉座に座っていることを不思議に思うのも当然のことだった。
椅子に座って待つ双子はワクワク。
何も知らないフレデリクはニコニコしている双子を見て小さく首を傾げた。
午前零時、新星の月一日。
新年を報せる鐘の音が王城のダンスホールにも響く。
鐘の音とともに騎士の手で開いた扉。
赤い絨毯の上を歩いて来たのはミシェルと春雪。
揃いの白と金の衣装を身に着けている事にフロアがザワつく。
驚くのも当然のこと。
この世界の舞踏会で衣装の色を揃えることは夫妻や婚約者同士がすることなのだから。
そんなザワつきを気にする様子もなく堂々と歩く二人。
尤も春雪は色の揃った衣装が夫妻や婚約者同士ですることなど知らず、王妃じゃない人がパートナーを務めているからだろうとしか思っていないのだが。
「ドナ殿下の想い人ではなく陛下の寵妃だったと言うことか」
「お色を揃えたのだからそうなのでしょうね。陛下が合わせたと言うことはとびきりのご寵愛を受けているのでしょう」
パートナーが王妃かどうかなどどうでもいいこと。
伴侶や恋人以外とも踊ることは舞踏会の常識なのだから。
ただ、色を揃えた衣装を着ていることは別。
春雪の方は最初からあの衣装を着ていたのだから、お召しかえをしたミシェルが春雪と色を合わせたと言うことになる。
「遂に陛下もご寵妃を。頑なにお迎えしなかったと言うのに」
「三名とも歳の離れた王妃殿下ですもの。上の殿下が成年したことで漸く安心してご寵妃をお迎えしたのかも知れないわね」
「そうだな。幼い陛下が十以上も離れた王妃を迎えた時にはどうなることかと思ったが」
前国王の崩御を悲しむ間もなく王位に着いた九つの少年。
会話も合わないだろう十以上離れた者を三名同時に娶った際には正気の沙汰ではないと有識者を批判する国民が多かったが、たった九つだった少年は国王の責務である世継ぎの問題もしっかりと解決させ、今もなお立派に国をおさめている。
「本来ならばまだ学問や遊びが務めの若き頃を犠牲にして我々国民のために尽力してくださった御方だ。その陛下がお選びになったご寵妃なのであれば祝福せねば」
「ええ」
ミシェルの人生が決して華々しいものではなかったことを知っている貴族たちは、恐らく寵妃であろう春雪を歓迎ムード。
実際には自分たちを救う勇者で寵妃ではないのだが。
フロアの中央でミシェルは右手を胸の前にやり左手を腰の後ろにやるボウアンドスクレープで挨拶をし、春雪はドレスを掴み最上級の敬意を表し深く姿勢を落としたカーテシで応える。
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見慣れたはずのそれに見惚れてフロアは静かになった。
オーケストラの演奏が始まると二人は歩み寄りしっかりと手を組んで踊り始める。
「曲は例年通りだがアルメル妃の時と印象ががらりと違うな」
「とても可憐でお上手だわ。まだお若いご寵妃ですのに」
「ご寵妃が上手いから陛下も気兼ねなく踊れているのだろう」
「ええ」
二人のダンスに釘付けの両親たち。
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『…………』
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「この曲って俺たちも習って全然駄目だった曲ですよね」
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いつもダンス講師に褒められている春雪が唯一表現力が足りないと指摘された曲でもある。
「今あの二人が恋人同士って言われたら信じる自信ある」
「俺も今もしかして付き合ってるのかなって思いかけてた」
「今日の春雪殿は女性にしか見えないからな。男性と分かっていても錯覚しそうになるのは分からなくない」
真顔で言う美雨と柊に苦笑する時政。
普段から中性的な容姿をしている者がドレスを着て化粧を施しているのだから、それはもう誰が見ても女性にしか見えない。
「でも国王さまとはさすがに駄目だろうね」
「何が?」
「国王さまが同性と付き合うのはさすがに無理だろうなって」
「無理以前に本人たちにそんな気は更々ないと思う」
「曲に合わせて表現しているだけだろう」
「あんなにお似合いなのに」
残念そうな美雨に呆れる柊と苦笑する時政。
たしかに跡取りを望まれる王家の者が子を成すことの出来ない相手を伴侶にすることはできない。
けれど春雪は子を成せる半陰陽のため話は別。
「父上と春雪さまキラキラで綺麗なの」
「綺麗ねー」
キラキラ舞う金色に夢中の双子。
大人の恋愛云々やダンスの上手さなど幼い双子には全く分からないが、キラキラ光るものが好きな双子はうっとり。
そんな双子の会話を聞きながらチラと隣を見たセルジュ。
ダンスだとは分かっていても面白くないのだろう。
そんな時でも長い前髪で隠した作り笑いで『気弱で心優しい王子』を演じているのは見事なものだが。
「春雪さまから教わろうかしら」
「とてもお上手だよね」
「ええ。私はあまりこの曲が得意ではなくて」
「私も同じだ。ただ踊るだけならできるけど」
「男性パートも難しいものね」
そう話すのはグレースとフレデリク。
なんの濁りもない心でダンスを見ている二人は純粋。
「お兄さまはこのダンスは踊れますか?」
「…………」
「マクシム兄さん?」
「お兄さま」
「ああ、なんだ」
グレースから軽く袖を引かれハッとこちらを向いたマクシム。
「このダンスを踊れるか聞いたのですが……お疲れですか?」
「いや、考えごとをしていた。踊れるには踊れるが父上のように体の動きや表情も使って表現できる自信はない」
「お兄さまでも苦手な曲があるのですね」
「私などまだまだ父上の足元にも及ばない。王妃よりも私の方が父上との年の差は少ないと言うのに」
十しか離れていないのにその十年の壁はあまりに高い。
九つで国王となった父上とは背負ってきた責任の重さが違う。
ダンス一つでも父上に勝てる気がしない。
それは恋愛面でも。
確信した。
やはり父上は勇者さまを好いている。
あの日王太子宮殿で、勇者の名を呼び恋人を心配するかのように見ていると感じたのは私の考え過ぎではなかった。
父上には心を許せる者が必要だと常々思って居たが、何故同じ人物に思いを寄せてしまったのか。
しかもそれが勇者だと言うのだから笑い話にもならない。
それぞれが様々な感情を抱く中で面白くないのは三妃。
本来ならそこに立って注目を浴びていたのは自分なのに、と。
王妃が自分一人になって漸く注目を浴びる機会がきたと式典までは気分が良かったのに、貴族たちの興味も子供たちの興味も異界から来た勇者に移ってしまった。
女性だったなんて聞いていない。
今まで何の為に品位ある王妃を演じていたと思っているのか。
全ての者から注目を浴びて賞賛される王妃になりたかったからだと言うのに。
品位ある王妃を演じている時点で叶わなかったこと。
三妃が本当に人々から尊敬を買う人徳者であれば、国母となり既に十八年が経っているのだから疾うに賞賛されている。
春雪が来たから人々の興味がなくなった訳ではない。
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そこにミシェルの意思は一切ない。
音楽が終わるとフロアは拍手に包まれる。
「上手いではないか。気分よく踊らせて貰った。感謝する」
「足を踏まずに済んでホッとした」
握手をして互いに耳打ちしたミシェルと春雪。
安心して笑う春雪にミシェルは笑いながら手を繋ぎ、拍手を送る貴族たちにミシェルは胸に右手をあて軽く頭を下げ、春雪は左手でドレスを掴んで姿勢を低くし感謝を伝えた。
そのままミシェルと春雪は一旦フロアから退場する。
「お疲れさまでした。素晴らしいダンスでしたぞ」
待っていたのはイヴ。
「心臓に悪いことは控えて欲しいものだ」
「お互いさまでしょう。陛下は老人を労わらないのですから」
何の話をしているのかと春雪は首を傾げる。
「春雪殿が両パートを覚えてくださっていて助かりました」
「もし俺が踊れなかったらどうなってたの?」
「毎年行う陛下のお披露目がないまま終えていたでしょうな」
「え。そんな崖っぷちの状況だったんだ」
「はい。一生に一度の舞踏会で成年者に残念な思いをさせずに済みました。改めてありがとうございます」
「役にたてたなら良かった」
春雪殿に断られた際はグレース姫殿下に頼むつもりだったが。
愛児たちに遠慮して独りモヤモヤしていたミシェルの気も晴れたようで何より。
「足の治療を」
「ええ。そのつもりでお待ちしてましたので」
「治療?」
「春雪の足だ。慣れないヒールで踊って痛いのだろう?」
「気付いてたんだ。踊ってて気付いた?」
「いや、踊り終えた後だ」
ダンスの最中は痛い顔など一瞬も見せなかった。
だからミシェルもイヴも気付いたのはダンスを終えて貴族たちに挨拶をしている時だった。
「どうですか?まだ痛みますか?」
「ううん。もう大丈夫。ありがとう」
「ご協力いただいたお礼と言うことで」
「これで借りを返すところが小狡いな」
そんな会話をして三人は笑った。
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唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
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勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
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屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
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わー、凄いテンプレ展開ですね!
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え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
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2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
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