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第零章 先代編(中編)
前兆
しおりを挟む「報告は以上です」
「ご苦労だった。下がってよい」
「はっ」
国王の執務室のデスクに重なる報告書。
魔層の警備をしている騎士から報告を受けたあと、その重なる報告書に目をやりミシェルは溜息をつく。
神の月も終わりに近付き新たな年へと変わる新星の月を迎えようとしている今、各地から亜種の発見報告も含めて魔物の生態の変化報告が届くようになった。
この報告が表すものは一つ。
魔王が天地戦の準備に入ったと言うこと。
報告の数を見る限りまだ初期ではあるが、今後魔物たちはますます活発化して行くだろう。
「ただいま戻りました」
「ご苦労。領の様子はどうだった」
「脅威が去ったことで落ち着きを取り戻しております」
「そうか。それは良かった」
ノックをして入室したのはイヴ。
王都から半日ほど離れた先にある領に一泊二日で行っていたイヴは、そう話しながらスクロールをデスクに置く。
「勇者方は如何しておられますか?」
「美雨殿はグレースと新年の衣装の話をするらしく金色宮殿に。柊殿は買い物で王都地区に。時政殿は訓練で王都森林に。春雪はセルジュやドナとギルドで依頼を受け討伐に出ている」
外出を許可したことで休日の行先は様々。
それぞれが自由に行動するようになって心配でもあるが、今の勇者たちの方が活き活きしていると感じる。
「ギルドの依頼も魔物に関するものが増えつつあります。そろそろ気付いている者も居るのではないでしょうか」
「ああ。勘の良い冒険者ならば気付いているだろう」
赤い月が昇ったことは全ての精霊族が知っている。
幸いにも王都も含め他領にも大きな被害は出ていないが、冒険者であれば魔物が活発化してきたことに気付いているだろう。
「私も支度をする時が来たようですな」
イヴは賢者。
勇者を魔王の元まで送り届ける役目を担う。
赤い月が昇った時から覚悟はしていたが、開戦の刻が近付いたことで改めて死地に向かう準備をしなければならない。
「最期まで苦労をかける」
「何を申しますか。陛下にお仕えすることのできた私の人生は十二分に有意義な時間でした」
繰り返されてきたこの世界の歴史。
幼い頃から傍に仕えていた者が死地に向かうことを引き留めることが出来ない自分の立場にミシェルは密かに拳を握った。
・
・
・
「エドワール!」
草木の生い茂る森を駆け抜ける白の牡馬。
主の声を辿り大きな岩を飛び越える。
「そのまま走れ!」
牡馬の手網を掴んで鐙に足をかけた主は、追い掛けてくる魔物たちをフルオートライフルで殲滅した。
「お疲れさまエドワール。助かった」
確認のため道を戻って打ち損じた魔物が居ないかを確認して安堵の息をついた春雪は巨体の白馬を撫でる。
「春雪さま。お怪我はござませんか」
「大丈夫です」
黒馬に乗って現れたのはセルジュ。
無事を教えるために春雪はヒラヒラと手を振る。
「そちらはどうでしたか?」
「やはり以前より気性が荒くなっております」
「そうですか」
天地戦が始まる前触れ。
ギルドの冒険者たちが話していたそれが現実味を帯びてきた。
「回収お手伝いします」
「ありがとうございます」
春雪が受けた依頼はブランシュという名の魔物の討伐。
体長は1mほどで名前の通り木に擬態するCランクの爬虫類だが、大量発生しているとのことで討伐依頼が出ていた。
「春雪さま。兄さん」
「ドナ殿下」
セルジュに手伝って貰いながら集めたブランシュを魔導鞄に回収していると黒馬に乗ってやって来たのはドナ。
ドナの目的は薬に使う珍しい薬草を集めることで、同じ森には来たものの今までそれぞれが別行動をしていた。
「あったのか?」
「はい。ただ予想していたように成長した物はほぼ食い荒らされていたので根ごと持ち帰って育てることにしました」
「他の群生地は」
「駄目でした」
「この森になくなるとソワレ領まで行かねばならなくなるな」
「困ったものです」
ドナが異空間から出して見せたのは紫色の薬草。
本来の摘み方をした物と根っこがついたままの物。
魔物が増えたことで餌となる草木にも影響が出始めている。
「凄い量ですね。お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。エドワールが活躍してくれました」
「そうでしたか。エドワールもよく頑張りましたね」
集められているブランシュを見たドナは春雪に怪我がないかを確認して、自慢げにブルルルと鼻を鳴らすエドワールに携帯用の餌(オヤツ)をあげる。
「すっかり大人しい馬になって」
「兄さんは振り落とされそうになりましたからね」
「暴れ馬め」
「元ですよ。今は春雪さまの愛馬ですから」
エドワールはドナの厩舎で育った白馬。
飼育員にも懐かず乗ろうとすると暴れて手をやいていたが、不思議と春雪のことだけはすんなりと背に乗せた。
「春雪さまに一目惚れしたんでしょう。私の馬だけあって」
ドナが頬にキスすると春雪は顔を赤くする。
厳格な王家に生まれて人前でこのようなことをするのはドナくらいで、そういう意味でもドナは異端児。
尤も、周りにセルジュしか居ないからというのはあるが。
「回収を手伝え」
「貴重な求愛の時間なのに」
そんな様子を見せられるセルジュは堪ったものではない。
呆れた表情で言うセルジュにドナはくすりと笑った。
「ブランシュが大量発生していることは分かりましたが、クロポワソンの方はどうでしたか?」
「凶暴化の傾向が見られる。念のため泉に潜り確認したが今のところ数に大きな変化は見られなかった」
風魔法で回収して貰ったらあっという間。
そのあと血で汚れた地面を水魔法で洗い流しながら聞いたドナにセルジュが答える。
「私はこのまま森を一通り見廻ってから戻る」
「私もお供して良いですか?」
「お疲れでは」
「大丈夫です。お邪魔じゃなければ同行させてください」
「分かりました。ではお願いします」
魔物の異変は春雪にとっても気になるところ。
ギルドで受けた依頼は完了したものの、見廻りをするセルジュに同行させて貰うことにした。
「ドナはどうする」
「春雪さまが残るのでしたら私も同行しますが、少し離れた場所で一度休憩を挟みましょう。馬たちを休ませなければ」
「もう正午を回っていたのか。丁度いい。昼食にしよう」
「はい」
早朝に依頼を受けて王都を出て既に正午過ぎ。
この森と王都との距離は馬を走らせ一時間ほど。
休憩を挟み見廻りをしても夕刻には戻れるだろう。
ゆっくり寛げそうな泉の畔に座って昼食休憩。
先にそれぞれの馬にたっぷりの水と牧草を用意してから、春雪は宿舎の料理人が用意したクロワッサンに野菜と肉を挟んだサンドウィッチを、セルジュとドナは宮殿の料理人が用意してくれた野菜と肉を挟んだバケットサンドを口に運ぶ。
鳥のさえずりと水の音が聴こえる森。
食事をしながらも平和だなと春雪は空を見上げる。
この平和が続くのも長くはないのかと思うと複雑な心境にもなるけれど。
そんな様子を眺めるセルジュとドナ。
春雪の口数が少ないのはいつものことで、その静かな時間を共有することも嫌いではなかった。
「何か物音が」
「魔物か?」
「いえ、人のようです」
ドナが気付いて三人はローブのフードを被る。
その後すぐに聞こえて来たのは楽しそうな男女の話し声。
その他愛ない内容の会話を聞き、少なくとも命を狙いに来た者ではないことが分かったセルジュとドナは安堵の息をつく。
整備された道を通って畔に訪れたのは数名の男女だった。
貴族か。
三名の女性にはそれぞれ隣に侍女がつき日傘をさしていて、貴族の子息だろう上等な乗馬着を身につけた男性が三名、他にも荷物を持った従者や馬を引く護衛騎士の姿も見られる。
元々は散策地なだけあって単に遊びに来ただけのようだ。
「先客が居るようだ」
「服装からして冒険者でしょう」
セルジュもドナも春雪も目立たないよう多くの冒険者が着ている質素な外套を着ているから従者が冒険者と思うのも当然。
護衛や従者も付けず大きな魔導鞄を持って地面に座り食事をしている者がまさか王家や勇者などとは思いもしないだろう。
ヒソヒソ話すご令嬢たち。
一般国民の冒険者を毛嫌いする貴族令嬢は多い。
綺麗な衣装を身につけ美しく着飾っていても蔑むような目でこちらを見ているご令嬢を残念な人たちだなと思いつつ、春雪は再びサンドウィッチを口へ運んだ。
子息の一人が耳打ちすると護衛騎士の二人が歩いてくる。
「申し訳ないのですが場所をお譲りくださいませんか?」
「これだけ広いのだから離れて座れば良いだろう」
「安全上の不安がありますので」
「それも離れて座れば解決すると思うが」
キッパリと答えたのはセルジュ。
たしかに畔は広いのだから離れて座れば問題ない。
例え三人が危険人物だろうと視界を遮る物はないのだから、もし狙われているような動きを見せればすぐにわかる。
「私たちが後から来たならば遠慮するが、先に来ていたのはこちらだ。なぜ後から来た者のために食事を中断しなければならない?不安ならばそちらが他の場所へ行けばいいだろう」
至極ご尤もな意見。
護衛騎士にもそれが当然の意見だと分かっているものの、自分が仕えている貴族家の子息の指示を無下にはできない。
変な主人に仕えると苦労するな。
偉そうな子息や令嬢と違って申し訳ないと伝わる護衛騎士をサンドウィッチを食べつつ眺めながら不憫に思う春雪。
かと言って冒険者を下に見ている子息や令嬢の理不尽な要求を通すことを良しとしないセルジュの立場もわかる。
ドナをチラリと見ると我関せずで珈琲を飲んでいて、視線に気付いたのかフードから見えている口許を笑みで歪ませる。
その無関係を貫くメンタルはある意味凄いと春雪も苦笑した。
「これだから卑しい生まれの庶民は嫌いなのです。貴方がたのようにみすぼらしい姿をした者がこの美しい泉に居る権利はなくてよ。斬り捨てられる前に去りなさい」
手に持った何かの羽根を使った扇でピシャリと指すご令嬢。
それに続いて他の二名のご令嬢もピーチクパーチク。
子息たちもやれやれという苦笑でこちらを見ているのだから救いがない。
「いつからこの泉は来訪者を国民階級で選ぶ場所になった?泉も含め国が管理している森だと記憶しているが」
くつくつと笑うセルジュに顔色を変えたのは護衛騎士。
落ち着いた口ぶりも態度もただの冒険者とは思えない。
正体を隠しているだけで実は高貴な方なのでは、と。
「仕方ない。これを恵んでやるから大人しく去るといい。数日の宿代にはなるだろう」
「お待ちを!」
と護衛騎士が止めた時には手遅れ。
子息の一人がピンと飛ばした金貨が春雪の体に当たる。
『…………』
正面から子息の顔との距離数センチに突きつけられた剣。
後ろからは首に腕を回され絞められる。
転移を使われ護衛騎士だけでなく誰一人として動けなかった。
「貴様、誰の御身に傷をつけたと思っている」
「大人しく去れば見逃したものを」
ギリギリと首を絞めているその腕を子息が必死の形相で叩くのを見てハッと我に帰った護衛騎士は慌てて立ち上がる。
「金貨が当たっただけで怪我なんてしませんから」
『勇者さま!?』
話しながらフードを外し苦笑した人物の容姿を見て勇者だと分かった全員が青ざめその場に跪く。
「これはお返ししますね。施しの心があるのでしたら本当に困っている人のために何らかの形で役立ててください」
体に当たった金貨を子息に返した春雪。
その美しい容姿に跪いている全員が魅入っていることは気付かず、邪魔にならないようセルジュやドナの後ろに戻った。
「これが我が国の貴族とは情けない」
「……セルジュ殿下、ドナ殿下」
後からフードを外した二人はよく知る顔。
冒険者の振る舞いとしては違和感を覚えたのも当然だった。
王位継承権を持つ王家の王子だったのだから。
「正体が分かった途端に随行としおらしくなったではないか。私たちのような者が嫌いなのだろう?それなのになぜ頭を下げる?私たちはここに居る権利がないのではなかったか?」
散々なことを言った令嬢の前で身を屈めたセルジュは皮肉を言って口許を嘲笑で歪ませる。
「普段の行いを見るため名乗らず対応したが、まさか全員が冒険者を見下しているとはな。貴様らが口にする肉の多くは冒険者が危険を犯して狩った魔物ではないのか?感謝されることはあれ蔑まれる謂れなどないだろうに」
この世界で食べられている肉の多くは冒険者が狩ったもの。
それをギルドや依頼主が買い取り人々の血肉となっている。
冒険者が居なければ戦う術のない者たちは飢えることになるのだから、彼らはありがたい存在。
「人を見下し金貨を投げ恵んだ行為は気分がよかったか?貴様のしたことは持たざる者への施しではない。侮辱だ」
金貨を飛ばした子息を見下ろすセルジュの表情は厳しい。
王家の王子として育ってきたからこそ貴族に相応しくない行為をした者に厳しいのは当然のことだろう。
「貴様らは今一度貴族の義務とは何かを学び直せ」
「セルジュ殿下!」
春雪の声と同時に泉から水飛沫があがり令嬢は悲鳴をあげる。
「……フロアセルパンか!」
泉から姿を現したのは全長数十メートルはあろう巨大な蛇。
普段は泉や湖の底に居て大人しい魔物だが、数年に一度地上に姿を現した時には甚大な被害をうむSランクの魔物。
「ドナ!春雪さまとその者たちの避難を!軍に伝達を送れ!」
「私のことだけは却下で」
穏やかだった森林に連続で鳴り響く銃声。
セルジュの隣を駆け抜けた春雪がサブマシンガンでフロアセルパンを撃つ。
「私が引き付けてる間にその方たちの避難を!」
魔物のヘイトを自分に向ける役目をかった春雪にドナは舌打ちして真っ先に物理防御と障壁をかける。
「森林の入口へ転移する!荒くても文句は言うな!」
地面に術式を描いたドナは怯えている令嬢や子息を術式の上に突き飛ばして転移させ、護衛騎士や従者にも行くよう指示を出した。
「お前たち。これを王都へ届けてくれ。良いか?来た時に教えた森の入口にある術式に入るんだ。間違わないように」
戦っているセルジュや春雪を背に危険を報せる狼煙をあげたドナは、急いで場所と魔物の種類を書いたスクロールをエドワールの鞍に着いたケースに入れて木に結んでいた手綱を解く。
「行け!」
ドナの声と共に走り出したエドワールと黒馬二頭。
主人に万が一のことがあった時には伝達役になる訓練を受けている三頭は、足場の悪さもものともせず駆けて行った。
「兄さん!」
「ドナ殿下!セルジュ殿下に回復を!」
「春雪さま!」
尾の一振りで弾き飛ばされたセルジュ。
魔物を誘き寄せるため銃を撃ち続けながら走って行く春雪。
まんまと誘われフロアセルパンが春雪を追いかけるのを見たドナは、血を吐いているセルジュに回復をかける。
「……春雪さまを連れて逃げろ」
「兄さんは」
「コイツをここから出す訳には行かない。狼煙に気付いた者たちが逃げる時間を稼がねば」
魔物の討伐依頼が増えた今、この森林には冒険者も居る。
先程の貴族のように事情を知らず散策に来ている一般国民も居るだろう。
「私は王家に産まれた者。民を護る義務がある」
血に濡れた口許を拭ったセルジュは再び立ち上がる。
「では三人で時間を稼ぎましょう」
「春雪さまは精霊族の宝。失う訳にはいかない」
「それを聞き入れる御方だと思いますか?一緒に戦いたいと父上に宣言した方ですよ?あの御方は根っからの勇者です」
苦笑したドナは魔法回復薬を飲む。
「兄さんを置いて逃げて春雪さまに恨まれるのは御免です」
セルジュにも障壁と物理防御をかけたドナ。
「困った御人だ」
「ええ。でも頼りになる御方でもあります」
「勇者だからな」
自分に強化魔法をかけたセルジュはフッと笑う。
「では参りましょう」
ドナも自分に障壁と物理防御をかけるとセルジュの肩に手を置いて春雪の所まで転移を使った。
「「春雪さま!」」
「セルジュ殿下!大丈夫ですか!?」
「ご覧の通りです!」
弾切れで喰われそうになっていた春雪にドナは二枚目の障壁をかけ、セルジュはフロアセルパンの顔面を殴って弾く。
「……セルジュ殿下の拳は戦車かなにかですか?」
どんな怪力だと春雪も苦笑するしかない。
この兄弟の力が合わさった時の強さは本物だ。
「少しの時間お任せして良いですか?武器を用意します」
「「お任せを!」」
春雪は前線から退き魔導鞄から出した魔力回復薬を飲む。
回復薬の類は飲むと目眩がして隙が出来てしまうから戦闘中は飲めないけれど、二人が戦っている今なら任せられる。
「ここで仕留めないと」
魔力を手のひらに集め、記憶にある細部までイメージしながら巨体の魔物に対抗できる武器を作る春雪。
「よし」
改良に改良を重ねた未来型の対戦車用ロケットランチャー。
その数、十二挺。
殺傷能力の高い銃は魔力の消費量も多く、今の春雪に造れる限界まで用意して再び魔力回復薬を飲んだ。
「セルジュ殿下!ドナ殿下!退避を!」
傷を負いつつ戦っていた二人はチラと春雪を視界に入れる。
「巻き込まれたら死にます!」
春雪が肩に担いでいる見知らぬ武器。
忠告を受けずとも見ただけで危険なことが伝わり、セルジュが剣でフロアセルパンの顔面を斬りつけたタイミングでドナがセルジュの肩に手を置き春雪の所へ転移する。
「思い切り耳を塞いでいてください!」
「「はいっ!」」
創造したイヤープラグを付けた上にイヤーマフも付け音を遮断した春雪は、こちらへ向かってくるフロアセルパンに狙いを定めてロケットランチャーを撃った。
強く耳を塞いでいても聴こえた発砲音と風圧。
フロアセルパンの身体の一部が弾け巨大な叫び声をあげる。
手を離すと銃は消え、地面に立ててある二挺目を再び担いだ春雪はすぐに二発目も放つ。
まるで魔導砲。
いや、破壊力はそれ以上だ。
春雪が撃つ弾が当たる度にフロアセルパンの肉片が弾け飛んでいることを、セルジュとドナはただ唖然と見ていることしか出来なかった。
・
・
・
「……これは一体」
第三森林に響き渡る砲撃音。
為す術なく体を弾き飛ばされ絶叫するフロアセルパン。
ドナが万が一の時のために用意しておいた術式を使って緊急招集したミシェルとイヴと国王軍の軍人たちは、自分たちが見ている光景に理解が追いつかない。
Sランクの魔物は軍が動いて戦わねばならない敵。
森林の被害だけでなく軍人の犠牲も覚悟で出撃して来たと言うのに、たった一人の青年がフロアセルパンと戦っている。
いや、蹂躙していると表すのが相応しい。
「まさしく戦の女神」
金色を纏った勇者。
銃弾も金色を纏っていて、フロアセルパンに当たる度に血肉と共にキラキラと光の粒が飛び散っていた。
体のあらゆる所が欠損したフロアセルパンは力を失いユラリと泉へと倒れ、大きな水飛沫があがる。
その水飛沫で空には大きな虹がかかり、その場に居合わせた者たちは美しいその虹を一瞬魅入ったあと我に返って驚きと勝利の歓声をあげた。
「お前たち、よくやった」
「「父上」」
三人の元へ来て馬から降りたミシェル。
ミシェルたちが到着した時は既に春雪だけが戦っていたが、怪我を負っている二人を見れば三人で懸命に戦ったと分かる。
「春雪殿!」
「「春雪さま!」」
真っ青な顔でふらりとした春雪をミシェルが抱き留める。
「セルジュ殿下やドナ殿下が時間を稼いでくれたお蔭で武器を創ることが出来ました。今回は誰も死ななくて良かった」
それだけ言うと春雪は気を失った。
「回復薬の過剰摂取で意識を失ったようです」
「体内に異常は」
「ございません」
「そうか」
即座に魔法検査で調べたイヴから聞きミシェルは安堵する。
訓練校で生徒たちを救えなかったことが春雪の中の凝りになっていたのだと分かって、腕の中にいる春雪の頭を撫でた。
「解体班と周囲の調査班を残し撤退する」
『はっ!』
春雪を抱いて立ち上がり軍人たちに指示を出すミシェル。
その様子を見てセルジュとドナはチラリと目を合わせる。
いや、まさかな。と。
「セルジュとドナも治療を受けるよう。褒美を考えておけ」
「「え?」」
「本来であれば甚大な被害を齎しただろうSランクの魔物を死者を出すこともなく三人で倒したのだ。国王として褒美を与えるのは当然のことだろう」
Sランクの魔物を三人で倒すなど本来は有り得ないこと。
森林の環境を守り死者もゼロという奇跡を成し遂げた者に褒美を与えず、今後他の誰に与えられると言うのか。
「春雪殿はこう言っていた。二人のお蔭で武器を創ることができたと。勇者を護り勇敢に戦ったお前たちを誇りに思う」
「「勿体ないお言葉を」」
セルジュとドナは跪きミシェルに頭を下げ、軍人たちはセルジュとドナと春雪に敬意を表し胸に手を当て敬礼した。
「さあ。セルジュ殿下とドナ殿下も王都に戻って治療を」
「「はい」」
イヴが新しく書き直した術式で今回の功労者のセルジュとドナと春雪、そして春雪を抱いたミシェルを王都に戻らせる。
「この時期に姿を現したことは偶然ではないのでしょうね」
「ああ。魔物の異変の一部だろう」
四人が術式で戻ったあとそう話すのはイヴと騎士団長。
異変の報告が相次いでいるのは軍人ならば知っていること。
その報告数も含め、本来は極暑が活動期のフロアセルパンが厳寒の時節に姿を現したのもただの偶然では片付けられない。
「知識はあっても今地上層に生きている誰もが経験したことのなかった刻が来る。私たちも今一度気を引き締めなければ」
天地戦が近付くと魔物が増え凶暴化する。
その知識は学んでいても実際に体験した者は居ない。
この先の変化は誰もが手探り。
「とは言え今はこうして脅威が去ったことをみなで喜ぼうではないか。誰一人欠けることがなく生還できるのだから」
「はい」
数年に一度現れるSランクの魔物。
その魔物のこのような無惨な姿など誰が予想しただろうか。
魔導砲よりも小さい兵器でありながら威力は桁違い。
それを一人の青年が使いこなすのだから恐ろしい。
歴代勇者の天賦の才については禁書に遺っているが、兵器を創り出しSランクの魔物を一人で倒した勇者の記録などない。
彼は歴代勇者の中でも別格の存在だろう。
まさしく精霊王に愛されし勇者。
「さあ。傷む前に回収して新星の祝儀で振舞おう」
『はっ!』
新星の月一日から七日間は新年を祝う儀が行われる。
このような時だからこそ盛大な祝いを。
全ての精霊族の生きる活力となるように。
勇者が召喚されて二度目の新しい年がやってくる。
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