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第零章 先代編(中編)
聖剣
しおりを挟む月日は流れ勇者が召喚されて一年。
再び神の月がやってきた。
「春雪殿!そちらは頼む!」
「了解!柊!美雨!」
「停止させます!」
「行くよー!」
湿っぽく薄暗い洞窟。
表皮を硬い鉱石で覆われた狼種の魔物数十匹の動きが柊と美雨のかけた停止魔法でピタリと止まる。
そのタイミングを見計らい時政は剣で首を斬り落とし、春雪はサイレンサー付きの自動小銃で眉間を撃ち抜いた。
「……勝ったー!」
床に横たわる魔物たちの亡骸を見てガッツポーズをする美雨。
「お見事です。が、」
転がる亡骸の中に一匹、ムクリと起き上がって美雨に飛びついてきた群れのボスを停止魔法で止めた人物はニコリと笑う。
「最後まで気を抜いてはなりません。命が惜しいならば」
「は、はい!気をつけます!」
「素晴らしいお返事で大変結構です」
闇に包まれた群れのボスはグニャリと歪んで絶命した。
「ごめん美雨。当たりが甘かったみたいだ。大丈夫か?」
「大丈夫。ドナ殿下が助けてくれたから」
「ドナ殿下、ありがとうございました」
「美雨さまにお怪我がなくてなによりです」
危機一髪のところで美雨を助けたのはドナ。
春雪が額を撃ち抜いたはずが少しズレていたようで、助けてくれたことに勇者の四人は感謝して深く頭を下げた。
「事前に聞いてはいましたが本当に魔物の数が多いですね」
「勇者の祠は一般の者が足を踏み入れることが出来ない禁足地に指定されておりますので魔物にとってはよい住処なのです」
そう話すのは時政とセルジュ。
軽く辺りを見渡して魔物が途切れたことを確認してから二人も剣を鞘におさめた。
「ここで一度休憩にしよう」
「では私は亡骸を片付けます」
「ああ」
異空間を開き風魔法を使って魔物の骸を仕舞うドナ。
「羨ましい。異空間」
「異空間はまだ習っていないのですか?」
「強化や障壁が優先だって言われました」
「なるほど。身を守る術が優先であることは確かです」
その残念そうな柊の表情にドナはくすりと笑う。
「実は異空間自体は難しくないのです」
「そうなんですか?」
「はい。ただ、イメージや魔力量で容量に大きな差が出ます」
「魔法の威力の違いと同じですね」
「左様にございます。魔導師の柊さまの魔力量は申し分ありませんので、後はしっかりとイメージが出来れば私とは比べ物にならない立派な異空間を使えるようになりますよ」
真剣な表情でドナから話を聞いている柊の様子を見て春雪と美雨はくすりとする。
柊が魔法を覚えるのが早いのは、天賦の才能プラス魔法への好奇心の強さも関係しているのだろう。
「美雨さま、後はお願いできますか?」
「はーい!」
骸が片付いた後は聖女の美雨の出番。
「神の身元へお導きを。浄化」
美雨が両手を組み祈ると薄暗い洞窟がパァっと明るくなり、血痕が光の粒に変わってサラサラと消えた。
「何回見てもこの魔法は凄い。美雨の能力で唯一聖女っぽい」
「唯一ってなにさ!」
余計なことを言って美雨から腹にパンチを喰らう柊。
普段の美雨はたしかに格闘系だと思いつつ絶対に口には出さない空気の読める春雪だった。
「服や体も綺麗になってありがたい」
「使用人のリフレッシュの強化版みたいな感じなのかな?」
「正解です。聖女の浄化魔法の極一部がリフレッシュです」
「やっぱり系統は同じなんですね」
「はい。尤もリフレッシュを使って綺麗になるのは汚れだけですので、魂が亡者とならないよう穢れを払う聖女の能力と同じ扱いにすることは憚られますが」
リフレッシュは聖女の能力の極一部。
汚れを落とすのがリフレッシュで穢れを払うのが浄化魔法。
セルジュから話を聞いて時政と春雪は納得した。
「凄いな美雨は。神さまみたいな力を使えるんだから」
「そんなに褒められたら照れる」
「チョロ」
「は?」
よせばいいのに春雪が褒めたことで照れた美雨に余計なことを言った柊はまた腹パンを喰らい、春雪と時政は見慣れたその光景を横目に魔導鞄から取り出したシートを敷いた。
「お二人もどうぞ」
「「ありがとうございます」」
シートに座った春雪が魔導鞄から出したのは、ダフネが用意して持たせてくれた紅茶のセットとお菓子。
先に王子の二人に渡してから時政たちにも紅茶を注いだティーカップを渡す。
「洞窟で優雅に紅茶を飲んでるのが不思議な気分」
「ダフネさんが休憩の時にって持たせてくれたから。変?」
「いや、美味しいんだけどね」
薄暗い洞窟に優雅な光景が不似合いというのは尤もな意見。
チグハグな表情での美雨と春雪の会話に時政と柊は笑った。
「ところで進み具合はどうですか?」
「予定していたより早く進んでおります。この調子で進めば明日の昼過ぎには聖剣まで辿り着けるかと」
「景色が変わらないので少し心配でしたが安心しました」
セルジュから聞いて時政はホッとする。
魔物を倒しながら半日以上は歩いているのに洞窟の中は変わり映えがなく、順調に進めているのかと疑問に思っていた。
「勇者の祠は長い上に景色も変わり映えしませんからね」
「セルジュ殿下とドナ殿下に同行して貰わなければ不安なまま進むことになったと思います。改めてありがとうございます」
「これも王家の務めですので」
ここは『勇者の祠』と呼ばれる洞窟。
六人は遊びに来た訳でも外部訓練に来た訳でもなく、勇者だけが抜くことの出来る聖剣を取りに来ていた。
「聖剣ってどんな剣なんだろう。ドキドキする」
「古ぼけた剣です」
「え?」
「石に刺さった今にも朽ち果てそうな剣が聖剣です」
「えぇ……カッコイイのを想像してたのに」
柊の疑問に答えたのはセルジュ。
ゲームに出てくるような聖剣を想像していた柊は肩透かし。
「勇者さま以外の者には古ぼけた剣でしかないというのが正しいかと。王家に生まれた男児はみな成人の儀式としてこの勇者の祠に来て聖剣に祈りを捧げるのですが、誰一人として聖剣の真の姿を見たことがありません」
セルジュの話にドナがそう補足する。
「文献によると聖剣が真の姿をしているのは勇者が手にしている間だけ。つまり勇者が手に入れてから魔王を討伐するまで。勇者が手にしていない時は武器屋で投げ売りされている剣の方がよほど役に立つような価値のない剣なのです」
勇者が所持している間以外はただの古ぼけた剣。
むしろ抜こうと力を入れたら折れるのではないかと不安になるようなボロボロの剣でしかない。
「でも稀少価値は凄そうですね」
「そうですね。そちらの価値に目をつけて狙う愚者はいるので代々王家がこの祠を護っております。盗みに入ったところで勇者以外には抜けませんし、仮に周りごと持ち運んで手に入れたところで洞窟から出られないので馬鹿なのかと思いますが」
ふふと笑いながら言ったドナは毒舌。
今まで幾度かそういうことがあったのだろうと勇者の四人はそっと察する。
「ん?洞窟から出られないって言うのは?」
「聖剣の魔力に引き寄せられて次々と魔物が集まってくるのです。魔物から襲われ続けるので生きては出られません」
「帰りが心配に」
「真の姿に戻った聖剣は別です。むしろ真の姿に戻った後は魔物が近寄らなくなるそうで、行きより楽に帰れるかと」
「不思議。勇者にしか抜けなかったり古ぼけた剣なのに勇者が手にしたら姿が変わるとかも」
美雨が言う通り聖剣は謎が多い。
先代勇者の時代に生きていた者はもう居ないのだから、ドナが話してきかせたことも禁書に書かれていた知識でしかない。
「勇者一行の装備も同じように古ぼけてるんですか?」
「そちらは聖剣の下に仕舞われているので私どもも実際に見たことがないのです。禁書にも詳しくは遺されていないので」
「全部の情報が遺されてる訳ではないんですね」
「前回の天地戦では精霊族が敗北して多くの禁書や文献が消失してしまいましたので。もしかしたらその消失した中に詳しく書き記したものもあったのかも知れません」
魔族との戦いは勝ったり負けたり。
先代の勇者は敗北に終わり地上の民の多くは命を失った。
「失礼を。いい話題ではありませんでしたね」
勇者たちの反応を見てハッとしたドナ。
この世界の者ならば誰もが学んでいる歴史でも、実際に魔王と戦う勇者には重荷になる話だった。
「前回は敗北したって今初めて知りました」
「申し訳ございません。私の配慮が足りませんでした」
「そうじゃなくて、国の歴史とかはもう良いってほど聞かされたのに重要な歴史は教えてくれなかったんだと思って」
そう言って苦笑したのは春雪。
「俺たちに気を使って教えてないんだとは思いますけど、今までの天地戦の様子や勝敗の行方は今代勇者の俺たちにも重要な情報だと思います。全く教えて貰えないからいまだに天地戦と言われてもどんなものなのか想像ができない」
天地戦=魔族との戦争。
勇者たちがわかるのはただそれだけ。
どのような状況で開戦するのか、開戦したらどうなるのか、地上で開戦した場合はどうなるのか、魔界で開戦した場合はどうなるのか。そういう情報が一切耳に入らない。
「たしかに。戦争が悲惨なことは地球に居た時に授業で習ったけど実際に体験した訳じゃないし、天と地での戦いって言われても全然想像できないし、魔法のある世界での戦争となったら私たちの知識なんて役に立たないだろうね」
知識のないまま開戦してもどう対応すれば良いのか。
国に居る間は指示をしてくれる人が居ても、その人が魔王と戦う時まで指示を出せるとは限らない。
「講師たちもそこは迷いどころだと思います。歴史を教えたことで勇者方に恐怖心を抱かせてしまう可能性が高いですから」
歴史を教えること自体は簡単だ。
けれど教えたことによって勇者が恐怖心を持ち戦えなくなるかも知れないし、天地戦に行かないと拒むかも知れない。
「なるほど。ただ俺は学んでおきたいです。どうであろうと天地戦には行くと誓える者だけ学ぶというのでは駄目ですか?」
「春雪さまは誓えると言うことですか」
「行かない選択肢はありません」
召喚されたばかりの頃なら迷っただろう。
けれどこの世界で過ごす内に親しい人ができて討伐に行かないという選択肢はなくなった。
「でしたら父上に話して禁書の閲覧許可を貰ってください。歴代の勇者や天地戦について詳しく学ぶにはそれが一番です」
「分かりました。ありがとうございます」
本当は読んで欲しくないだろうに。
いや、行かないと言って欲しかっただろうに。
ドナと春雪の会話を黙って聞いていたセルジュは洩れそうな溜息を紅茶と共に飲んだ。
・
・
・
「あれが聖剣」
勇者の祠に入り一泊して辿り着いた祠の最奥。
祠の中心には台座に突き刺さった剣。
セルジュやドナが話していた通り古ぼけている。
「本当にボロボロ」
「なんか思ってたのと全然違う」
そう話すのは美雨と柊。
つい本音が洩れてしまうほどに台座に刺さったその剣は聖剣という御大層な名前からは掛け離れた印象だった。
「この剣、勇者以外が触ったら駄目ですか?」
「いえ。昔は何人もの人が抜こうと挑戦したそうですよ」
「私も儀式に来た際に挑戦しましたが抜けませんでした」
「やっぱり挑戦してみたくなりますよね」
美雨と話してドナとセルジュは苦笑する。
聖剣は神聖な物ではあるが触ったところで何もない。
何もおきないと言うのが正しいが。
「春雪さん。先に挑戦してみていい?」
「うん。触っても問題ないなら」
「俺も試したい!」
「一通り試してみれば?他の人には抜けないって言うのも本当なのか知りたいって気持ちもあるし」
触ったらいけない決まりがないなら問題ない。
抜けないと聞けば試してみたくなる気持ちも分かるから。
「挑戦して折れたりしないのでしょうか」
「不思議とこれだけ古ぼけていても折れません。力の強い者が抜こうとしても魔法を使ってもビクともしないのです」
「そう聞くと神物と感じますね」
「はい」
精霊王に愛されし勇者だけが手にすることが出来る剣。
見た目は古ぼけた剣であっても神が与えた物。
「ぬ、抜けない!」
最初に美雨が挑戦してみたけれど全くの無反応。
引っ張っても押しても微動だにしない。
「はい!次は俺!魔法でやってみる!」
「洞窟内だから火属性は駄目だからね」
「わかってる」
美雨と交換して柊が使ったのは得意の氷魔法。
氷の塊に閉じ込めて持ち上げようとしたけれど、どんなに魔力を込めても持ち上がらなかった。
「えぇ……ほんとにこれ抜けるの?」
「ちょっとこんなところで魔力使い過ぎだから」
「悔しい」
心底悔しいと伝わる表情で柊は美雨から渡された魔力回復薬を飲む。
「時政さんもチャレンジ!」
「セルジュ殿下に抜けなかったのならば抜けないと思うが」
「そこはほら、勇者って名のつくチート能力で抜けるかも」
時政とセルジュは同じパワー系。
強化魔法をかけて時政も挑戦したものの本人が予想した通り全く動きもしなかった。
「どれだけの力自慢が挑戦しても聖剣と台座は壊れないのですよ。大賢者であっても無理だったのですから」
笑いながら言ってドナが何発もの氷魔法を撃ち、その攻撃に重ねてセルジュが落雷を落とす。
地面が揺れるほどの衝撃を受けたに関わらず、土埃の晴れたそこには何ら変わらない台座と剣があった。
「……なに今の。セルジュ殿下とドナ殿下強すぎない?」
「うん。二人が勇者って言われても信じる」
セルジュとドナの魔法を見て唖然とする美雨と柊。
二人も随分魔法を使えるようになった気でいたけれど、セルジュとドナに比べればまだまだヒヨっ子だと実感した。
「さあ春雪さま。どうぞ聖剣の真の姿をお見せください」
「頑張ります」
セルジュに言われて深呼吸する春雪。
誰がやっても駄目だったのに自分に抜けるのかという不安は拭えないけれど、勇者なのだから挑戦しない訳には行かない。
「……え?」
春雪が手を近付けると古ぼけた剣が眩く光る。
その余りの眩しさに春雪はギュッと瞼を閉じた。
『異界の者よ』
「…………」
声が聞こえて瞼をあげると真っ暗。
つい今の今まで傍に居たはずのみんなの姿も見えず、春雪はキョロキョロと辺りを見渡す。
『問おう。汝は真か偽か』
暗闇に射した一筋の光。
そこに姿を現したのは白銀の鎧を着た巨大な何か。
その大きさに驚きはしたものの怖さは感じない。
「……精霊王さま?」
姿など当然見たことがなく話にしか聞いたことがないのに、何故なのかそう頭を過ぎった。
『汝、真なり。さあ剣をとれ』
目の前の地面に突き刺さっている古ぼけた剣。
春雪は言われるがまま剣のグリップを握る。
「……これは」
映像のように次々と頭に流れ込む男女の姿。
その全ての人物が黒髪と黒の瞳。
「歴代の勇者?」
笑っている者、泣いている者。
それが何を表しているかに気付いた春雪の胸は痛む。
「どうしてこの世界の人は戦うんだろう。どうして戦いを辞めないんだろう。どうすれば戦いは終わるんだろう」
泣いている子供。泣いている大人。
美しい自然が火に包まれて大地も荒れ果てている。
「みんな生きるために戦ってる。自分が生きるために。大切な人を生かすために。俺も死にたくないから戦う」
歴代の勇者たちの顛末を見て春雪は古ぼけた剣を引き抜いた。
『真の汝に加護を授けよう』
春雪の体に降り注ぐ金色の光。
手にしていた古ぼけた剣が神々しさを感じさせる立派な剣へと姿を変える。
『最期の選択肢を選ぶ者よ。星を、生命を救い給え』
金色の光の塊が体内に吸い込まれると、その温もりを感じながら春雪の意識はふっと遠くなった。
「「戦の女神」」
金色の光を纏った勇者と空中に浮かぶ聖剣。
その美しい光景にセルジュとドナは呟く。
「春雪さん……綺麗」
「うん」
「まるで何かの儀式を見ているようだ」
目の前の光景に釘付けになる美雨と柊と時政。
つい先程まで古ぼけていた剣は金色を纏い禍々しいほどに美しい剣へと変わる。
先代勇者から幾百年。
眠り続けていた聖剣が遂に真の姿をとりもどした。
春雪がぱちりと瞼をあげると空中に浮かんでいた聖剣はゆっくりと下降し、目の前まで降りてきたその剣のグリップを春雪がしっかりと握ると金色の光はスっとおさまった。
「えっと。手に入れたっぽい」
振り返ってそう言った春雪はいつもと変わらぬ薄い表情。
たった今まで神々しい光景を見せていた者とは思えないその言葉と表情に美雨と柊と時政は笑う。
「凄かったね!ピカーって光ってた!」
「よく覚えてない」
「覚えてない?」
「なんか気がついた時には剣が浮いてた」
「えぇぇ」
駆け寄った美雨と柊と時政に話す春雪は困った顔。
尤も光景を見ていたみんなも最初の光で目が眩んで、次に瞼をあげた時には既に剣が空中に浮かんでいたのだが。
「セルジュ殿下、ドナ殿下。無事に聖剣を手に入れました」
「「おめでとうございます」」
聖剣を見せる春雪に二人の口許も緩む。
精霊王に愛されし唯一無二の者でも春雪は春雪なのだと。
「どうぞこちらの鞘とベルトをお使いください」
「ありがとうございます。助かります」
ドナが異空間から出して渡したのは文献に遺されていた聖剣のサイズに合わせて作られた鞘と剣帯。
勇者によって剣のサイズが変わるということはないらしく、しっかりと鞘におさまった。
「さあ、装備も確認してください」
「そうだった!開けよ開けよ!」
聖剣が刺さっていた下の台座の蓋を開けると、チェインアーマーと赤と青のサーコートのセットが二つと白と黒のローブが二つ入っていて、古ぼけていた聖剣とは逆に新品そのもの。
「まるで私たちに合わせたみたいな装備品だね」
「皆さまに合わせた装備で間違いありません。聖剣だけは変わりませんが、装備は召喚された勇者によって違うそうです」
「え?どういうことですか?」
装備のタイプもサイズもまるで自分たち用に誂えたかのようにピッタリで美雨が不思議に思って聞くと、ドナがそう答える。
「勇者と勇者一行の装備は討伐を終えるとどこにでもある装備品に変わってしまうので聖剣のように封印されることはないのですが、新たな勇者が召喚され聖剣を抜くと必ず台座にはその時代の勇者に合わせた装備品が収められているそうです」
それも勇者の祠に関する謎の一つ。
例え勇者が敗北して息絶えようと聖剣は台座に戻り、次の勇者が訪れた時には空のはずの台座の中に装備が補充されている。
「何かそう聞くとこの世界には神さまが居る気がする」
「今更?俺はステータス画面の時点でそう思ったけど」
「ステータスは異世界系なら鉄板であるものだから」
「漫画脳」
ローブを体に当てて確認する美雨と柊と交換で春雪と時政も台座からそれぞれの装備品を出す。
「これは」
「どうかした?」
「驚くほど軽い」
「え?……ほんとだ」
時政が驚くのも納得。
見た目は重そうなチェインアーマーなのに関わらず、何の素材で出来ているのかと不思議に思うくらいの軽さ。
「思えば時政さんはフルアーマーじゃなかったんだ」
「フルアーマーがないと言うことはそうなのだろう」
剣士の特殊恩恵を持っているだけに召喚祭で着た時のようにフルアーマーが一番しっくりくる気がするが、サイズを見ても青のサーコートとチェインアーマーのセットが時政の装備。
「時政さまは格闘の特殊恩恵もお持ちでしたね」
「はい」
「恐らくですが、それで春雪さまと同じく軽くて身動きの取りやすいチェインアーマーになったのではないでしょうか」
「たしかにこれなら動きやすそうです」
ドナから言われて時政も大きく頷く。
もうここまでくると流石に神の存在を信じざるを得ない。
まさに今代の勇者たちの特殊恩恵に合わせた装備が揃っているのだから。
「その装備品も勇者の皆さま以外の者が身につければの通常の装備品以下の代物になります。特殊な装備品を巡って愚かな争いが起きないよう神のご配慮なのかも知れませんね」
人の欲とは限りない。
神が授けた物とあらばそれを巡り戦が起きてもおかしくない。
だからこそ神は勇者以外の者には無用の産物に変えてしまうのではないかというのがドナの考え。
「全ての装備に物理と全属性耐性の加護がかかっている」
「聖剣はどうでしたか?」
「見えない。やはり聖剣だけは解明できないようだ」
「そうですか。期待していたのですが残念です」
そう話すセルジュとドナ。
四人は小さく首を傾げる。
「ああ、私は神眼の持ち主なのです」
『神眼?』
「加護や守護が鑑定できる特殊能力です」
「それって凄い能力じゃないですか?」
「いえ。術式を使えば鑑定できますので。私は術式が不要と言うだけで大した能力ではありません」
それを聞いてふとドナの能力を思い出した春雪。
ドナも血液を見ただけで分かる特殊能力を持っている。
兄弟揃って特別な眼を持っているようだ。
「術式を習ってるから分かりますけど、本来術式を使わないと出来ないことが出来るって凄いことだと思ます」
「そう言っていただけると。ありがとうございます」
術式は不足している物(魔術式)を補うことで魔法の威力を上げたり術式でしか使えない魔法が使えたりする。
それを学んだ柊だからこそセルジュの能力の特別さが分かる。
「王家の人はみんな特別な能力があるんですか?」
「そういう訳ではありませんが」
「美雨。それは聞いたら駄目だと思う」
「どうして?」
「本人が話すならまだしも他の人の口から能力を聞くのは勝手にステータスを覗き見したのと変わらない。俺たちも契約を結んでる人以外に聞かれても教えないよう教わったよね?」
柊に言われてハッとした美雨。
ステータス(能力)は個人情報。
ステータスの開示を拒めないのは罪人だけで、自分たちの能力も勇者教育に関わる極一部の人しか知らないくらい厳重に国で管理されてるのだった。
「セルジュ殿下が濁してくれたから良かったけど犯罪だよ」
「すみませんでした。反省します」
「いえ。それで答えてしまうようでは王位継承権を持つ者として失格ですので、聞かれたところで美雨さまを罪人にしてしまうことはありません」
柊から説教されて深々と頭を下げた美雨にセルジュはくすっと笑って答えた。
「さて。用は済みましたのでそろそろ帰路に着こうと思いますが、装備は身につけて戻られますか?別の機会にということでしたら魔導鞄に仕舞った方がよろしいかと」
全員が手に入れた装備を腕に抱えたまま。
魔導鞄の存在を忘れているのだろうと気付いてドナが話すと四人は「あ」と自分の鞄を見る。
「どうしようかな。耐性の加護がついてるらしいから」
「聖剣のお蔭で魔物は寄ってこなくなるって言ってたけど」
「低ランクの魔物は近寄りませんが高ランクの魔物は別です」
「「やっぱり着よ」」
高ランクの魔物は帰りも出ると聞いて即座に着ることを決めた美雨と柊に時政と春雪は苦笑した。
「新しいローブ嬉しいなぁ。しかも形も可愛い」
「軽い。このローブもかっっるい。サイズもピッタリだし」
白のローブの美雨と黒のローブの柊。
国が用意した物も上質の生地を使ったローブだったけれど、勇者装備のローブは驚くほど軽くて不思議と体に馴染む。
「着てみるとなおさら軽さが際立つ」
「ほんと何の素材で出来てるんだろう。頑丈なのに」
時政と春雪のチェインアーマーとサーコートもピッタリ。
春雪は背が高くて身体は細く、時政は春雪より背が低くがっしりした体格をしているが、丈の長さもまるで誂えたかのよう。
「皆さまよくお似合いです」
「まさしく皆さまのための装備かと」
勇者や一行にしか着ることの出来ない装備。
決して派手派手しいものではないのに、どことなく神聖な雰囲気を感じるのは気の所為ではないだろう。
「お二人が同行してくださったお蔭で聖剣や装備を無事に手にすることができました。帰り道もまたお世話になります」
「「光栄です」」
胸に手をあて丁寧な礼をした春雪に続いて時政と柊と美雨も頭を下げ、セルジュとドナも王家の王子らしく慣れた仕草で礼を返した。
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◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
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