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第零章 先代編(中編)

勇者覚醒

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「少なくともあの生徒はラムシュヴァルを従わせる自信があったということですよね?もし仮使役で借りたのだとしても全く指示に従わないようなら試合には出さないでしょうし」

指示を聞かない魔物を出す意味がない。
今回は相手が棄権してくれたから勝てたけど。

「棄権させることが狙いだったのかも知れませんよ?」
「なんのために?」
「勝つために」

ん?と首を傾げる春雪にドナは笑う。

「学生の試合で出す魔物がラムシュヴァルの時点で試合にならないのです。これが国王軍の騎士や魔導師のような強者との試合であれば高ランクの魔物も出してくるでしょうが、例え優秀な彼には出来ても他にAランクの魔物を従わせることのできる生徒などおりませんので相手チームは棄権するしかない。その結果今のように試合は盛り上がらないまま終わりです」

たしかに話題性は抜群だったものの盛り上がりには欠ける。
入場で驚かせただけの出オチのようなもの。

「相手の魔物が怯えて試合にならないのであれば指示に従わなくとも関係ありません。普段から重い枷をつけて動かないよう躾ておけば檻から出て来て自分が危険に晒されることもありませんし、後は相手が勝手に棄権してくれるので必ず勝てます」

なにその非人道的な作戦。
普段から重い枷をつけて動き難いことを学ばせるなど、春雪の感覚からすれば心証が悪い話だった。

「たんなる想像です。少なくとも練習試合に出す魔物が使役されているかどうかは講師が確認しますし、それがラムシュヴァルとあらば従うかどうかも確認したでしょう。いいことではないですが、まだ訓練が甘くて今回は従わなかっただけかと」

春雪の眉間をつんつんして笑うドナ。
眉を顰めているということなのかと春雪は苦笑する。

「ヒトも魔物も訓練が大切ということですね」
「ええ。私は訓練より研究に時間を使いたいですが」
「ほんとに研究が好きなんですね」
「未知の世界を知ることや解明することが楽しくて」

堅苦しい様子のない仲睦まじい二人。
王子と勇者でなく素で話して笑っているのがわかる。
春雪に恋心を抱くマクシムにとっては複雑な心境だった。

「次は生徒同士の試合か」

警備兵つきで運ばれている大きな檻二つとは別の出入口から入場してきた生徒を見てセルジュが口を開く。
その瞬間に大きな金属音が響いて、春雪たちが居る観戦席とは反対側に位置する観戦席の方から悲鳴があがる。

「え?」

観戦席に飛び込んで来たのはラムシュヴァル。
本来であれば障壁に遮られてステージ側から観戦席には入れなくなっているが、試合が終わって障壁が解かれていたために侵入を許してしまった。

「軍の者はラムシュヴァルの捕獲を!講師と警備兵は生徒の救助と避難誘導を!」

ラムシュヴァルが飛び込んできたのは春雪たちが居る観戦席。
前に居た生徒たちがパニックになり闘技館の出入口に走る中、マクシムは自分たちの護衛についていた騎士や魔導師に捕獲を命じ、講師や闘技館に配置している警備兵にも指示を出す。

「生徒たちが!」
「「動かないでください」」

逃げられず生徒が襲われるのを見て助けに行こうとした春雪の腕をセルジュとドナが掴む。

「でも襲われ」
「それでも貴方を失う訳には参りません!」

声を荒らげて止めるドナに春雪は肩をビクリとさせる。

「例え多くの犠牲をはらおうとも春雪さまだけは生きて貰わなくては。貴方は代わりのいない勇者なのですから」

セルジュはそう言ってマクシムの方に春雪の体を押す。

「春雪さま、どうぞご無事で」
「マクシム兄さん、リディ嬢。春雪さまを護ってください」
「……ああ」
「命にかえても」
「ドナ殿下!セルジュ殿下!」

ラムシュヴァルの方に走り出したドナとセルジュを止めようとした春雪をマクシムが止めてリディが障壁をはる。

「ドナとセルジュの気持ちを無駄にしないでやってください」

大パニックになっている闘技館。
出入口には生徒たちが殺到していて喧嘩になっている。
そんな喧騒と襲われる生徒の悲鳴や叫び声が聞こえる中、苦渋の表情で言い聞かせるマクシムに春雪の目から涙が落ちた。

「剣をよこせ。異空間アイテムボックスに入れてあるのだろう?」
「はい?その腰の剣は飾りですか?」
「違う。もっと斬れる剣があるだろう?」
「人の大切な剣を折らないでくださいね」

数百人の犠牲者を出したSランクの魔物の牙で作られた剣。
研究の功績が認められミシェルから下賜された世界にたった一本しかない剣を異空間アイテムボックスから出したドナはセルジュに投げる。

「好いた人を護りたいなら本気で戦え」
「兄さんも」

フッと笑って抑えていた魔力を解放したドナ。
その魔力にあてられてセルジュは胸元を押さえる。

「……下手な魔物よりお前の方がよほど恐ろしい」

ニコラ・ダリエ・エクスピアシオン。
それが過ちを犯した自らを許せず命を絶ったドナの父の名。
賢者の特殊恩恵を持った処刑人ブラーという特異な存在だった贖罪の名を持つ返り血の狂人の才はドナへと引き継がれている。

「獄門が開きました。行きましょう、セルジュ兄さん」
「ああ」

美しい鳥籠牢獄の中で狂い続けた二羽の鳥。
生か死か、扉の開かれた鳥籠牢獄から飛び立った。

「誰だ。あれを外れ王子などと言った愚か者は」

春雪を腕におさめたままドナを見て呟くマクシム。
実力を隠していることは予想していたがここまでとは。
外れなどとはとんでもない。
その魔力の強大さはまるで父上のよう。

「今まで隠しておられたのですね」

王家の中でもとりわけ印象の薄い王子。
研究室にこもりきりで滅多に顔を見せず、剣や武闘の才はなく魔法の才も広く浅くで生活魔法程度の威力しかない。
臆病で母親の第二妃に逆らえず、優れているのは頭脳だけ。
とてもではないが国王の器ではない。
それが国民の印象。

ワタクシでは到底敵いませんわ」

蓋を開けてみればこれ。
優れていたのは頭脳だけではなかった。
ただ臆病で気弱な王子を演じていただけなのだと、今の堂々とした戦いを見ていれば分かる。

「ドナ殿下は国王じゃなくて研究者になりたいんです。自分の力を知られたら研究者になるのを反対されると隠してたのに」

知っていたのか。
両膝を床ついてラムシュヴァルと戦っているドナとセルジュの姿を見ている春雪の目から幾つも涙が落ちては床を濡らす。

「王太子殿下!勇者さま!リディ嬢!ご無事ですか!」

王太子と勇者を誰も護衛しない訳にはいかず、捕獲を命じられた護衛騎士の中の一人が来て片膝をつく。

「ラムシュヴァルを使役している先ほどの生徒はどうした。鎮まるよう指示をさせろ」

マクシムが言うと騎士は小さく首を横に振る。

「最初の犠牲者がラムシュヴァルの主人です」
「ではもう止められる者が居ないということか」
「はい。討伐する以外の選択肢はありません」
「救援要請は」
「出しております」
「……それまで持つかどうか」

ラムシュヴァルの動きは素早く、闘技館が広いことが逆に仇となって護衛騎士の攻撃や魔導師の魔法が躱されてしまう。
魔法の範囲の広いドナやドナと連携して剣技を使っているセルジュは辛うじて戦えているが、そもそも護衛の二名とドナとセルジュの四人で倒せるほどラムシュヴァルは弱くない。
救援要請を受けて外に配置している国王軍の騎士もじきに来るだろうが、それまでの間にも犠牲者は増え続ける。

生徒たちの殺到している出入口。
あの中に勇者を行かせる方が危険か。
八方塞がりの状況にマクシムは眉根を寄せ瞼を閉じた。


「主人がさっさと死ぬとはな」

攻撃を受けて額から血を流しながら舌打ちするセルジュ。

「使役できていなかったということです」
「どういうことだ」
「指示に従うかどうかは別として、使役された魔物は主人に害をなすことができません。奴隷印を使っているのですから」

風魔法を使いながら説明するドナ。
使役された魔物は主人に害をなすことができない。
それが奴隷印の効果であって相手が魔物でも変わらない。
と言うより奴隷印というもの自体が最初は魔物を使役するために開発されたものだった。

「使役していない魔物を放つつもりだったと言うのか?」
「そこまで悪いことは考えていなかったと思いますよ?出ようとした時に慌てて閉めたくらいですから。ただ、檻から出ない出不精の魔物だとは知っていたのでしょうね。予想ですが」
「お前の予想はそれらし過ぎてただの予想には聞こえない」

本人が最初の犠牲者となったために真実はわからない。
けれど『使役状態になかった』ということだけは間違いない。

「兄さん!」

魔導師の氷魔法から逃げたラムシュヴァルがセルジュ目掛けて走ってきたのを見たドナは咄嗟に風の攻撃魔法から物理障壁に切り替えてセルジュを護る。

「助かっ、春雪さまっ!」

風魔法が消えた瞬間にターゲットを変更してドナの遥か上を飛び越えたラムシュヴァルが春雪やマクシムやリディの方に向かって行くの見てセルジュは声をあげる。

「リディを護れ!」

ラムシュヴァルの風刃でリディのかけていた障壁がパリンと音をたてて砕け散り、マクシムはリディを騎士の居る後ろに突き飛ばすと春雪を庇ってギュッと腕におさめる。

『…………』

そのままドサリと床に倒れたマクシムと春雪。
一瞬の出来事。

「……ドナ」
「マクシム兄さんはついでです」

二人に覆いかぶさるように居たのはドナ。
転移を使い一瞬で移動して来てラムシュヴァルの攻撃から二人を護ると、マクシムに減らず口を言って青ざめた顔で笑う。

「ドナ殿下……腕が」

大粒の涙を零す春雪。
自分とマクシムを庇ったドナのそこにあるはずの右腕がない。

「なにを惚けている!リディ嬢を護れ!」
「はっ!」

すぐ傍にある顔に春雪が震える手を伸ばすと、触れるよりも早くドナは顔をあげて護衛騎士へと命じる。

「「ドナっ!」」

重なったマクシムとセルジュの声。
グッと唸ったドナの吐いた血が春雪の顔にかかる。

「くそっ!」

視界には逃げるラムシュヴァルと追いかけるセルジュの姿。
姿が見えなくなると同時にドナからも力が抜けた。

「ドナ殿下?」

ドナを支えて体を起こした春雪はその体を見て絶句する。
ラムシュヴァルに咬まれたドナの右腹は大きく欠損していた。

「……お怪我はありませんか?」

息も絶え絶えに聞いたドナに春雪は大きく首を横に振る。
周囲を赤く染める血は全てドナのもの。
春雪にはかすり傷一つない。
右腕と右腹を失いながらもドナが春雪を護ったから。

「春雪さまがご無事でよかった」

それを聞いて春雪はまた大きく首を横に振る。

「王太子殿下。ドナ殿下の回復を」
「私には聖属性や神官の適性がありません。ただ救援要請は出してありますから白魔術師も来るはずです」

マクシムは春雪の願いに小さく首を横に振る。
使えるものなら疾うにかけている。
講師や魔導師でも神官や聖属性を持っている者は少ない。

回復ヒールは自分でかけました……ただ、無理そうです」

今辛うじて生きているのは自分で回復ヒールをかけたから。
けれどこの怪我を治せるとすれば回復特化の大賢者や教皇や聖女くらいで、自分や白魔術師の回復ヒールでは到底追いつかない。
それがわかっているからかけるのを辞めた。

「無駄な魔力を使うなら春雪さまを護る障壁に使います」

ドナの顔にぽたぽた落ちた春雪の涙。
自分のことで泣いてくれるのかと口許が綻ぶ。

「イヤです。生きてください。まだ何も知らないままなのに。これから互いを知っていこうと約束したじゃないですか」

警戒心が強く人を避けて生きていた春雪。
ドナは初めて実験体でも勇者でもない春雪自身に好意を持ってくれた人で、これから互いのことを知っていこうと思えた人。

「では私も願いを。どうか天地戦に勝ってください。……精霊族のためではなく、お慕いする春雪さまに生きて欲しいので」

血の気のない顔でそれでも笑うドナ。
春雪は泣きながらも必死に笑って返す。

「マクシム!春雪さまを護れ!」

聞こえてきたセルジュの声。
春雪はドナの血で濡れた手に魔力を集め銃を作る。

「ドナ殿下ごめんなさい。このままただ護られていたら私は自分を許せそうにありません」

そう言って春雪は顔をあげ銃を構える。

「私を護るためにみんなが傷付くくらいならもっと早くにこうしておくべきだった」

喧騒の闘技館に響いた発砲音。
春雪はドナを腕に抱いたまま逃げることもなく、こちらへ向かって来るラムシュヴァルに何発も銃弾を撃ちこむ。

「……なぜ当てられる」

片腕で支えられているドナを一緒に支えて呟くマクシム。

銃弾を受けて怒り心頭のラムシュヴァルは右へ左へ上へ。
国王軍の騎士の剣や魔導師の魔法ですら素早いラムシュヴァルに当てるのは容易ではなかったのに、どこへ移動しようとも春雪の小さな銃弾で撃ち抜かれている。

しかもそれが当たっているのはラムシュヴァルだけ。
生徒や警備兵には当てることなく確実にラムシュヴァルだけに当てていて、闘技館はその何発もの発砲音と撃たれ続けるラムシュヴァルの様子で静かになっていた。

「ドナ殿下。ラムシュヴァルの弱点は分かりますか?」
「胸……腹下からでないと」
「誰か風魔法で浮かせられる人」
「やりましょう……私なら上級ハイクラス風魔法を使えます」

最期の力を振り絞り体を起こしたドナ。
もう目も霞んでいてまともに見えない。

「マクシム兄さん。……タイミングを見計らって指示を」
「……わかった」

止められない。
今ここでラムシュヴァルを浮かせるほどの強い魔法を使えるのはドナしかいないのだから。
これがドナの最期の魔法になるだろう。

「上級風魔法を使う!総員退避!」

マクシムが周囲に指示する間にも春雪は新たに銃を作ってラムシュヴァルを攻撃し続ける。
近くに居る人たちが避難できるよう、ラムシュヴァルのヘイトを自分だけに向かわせるために。

「春雪さま。最期の御無礼をお許しください」
「最期とか」
「お慕い申しております」

血に濡れたドナの口が頬に。
その唇の冷たさに春雪はまた涙を落とす。

「……どうして俺には回復ヒールが使えないんだ」

独り言を呟き唇を噛む春雪。
美雨と同じ聖属性の適性はあるのに。
命を絶つ力は使えるのに救う力はないなんて。

「王太子殿下。ドナ殿下を支えてください。反動の大きいこれは両手でないと撃てないので」

マクシムにドナを支えるのを任せて立ち上がった春雪が手にしているのは未来の最新型ライフル銃。

「前方1mの地点で合図する」
「はい」
「カウントを開始する」
「私の残された命を春雪さまのために」

左右に飛び跳ねながらこちらへ向かってくるラムシュヴァル。
距離を測りマクシムがカウントし始めると春雪もライフル銃を構えてスコープを覗く。

「打て!」

マクシムの合図でラムシュヴァルの体が風魔法で浮かぶ。
残された命を振り絞りかけたその風魔法の威力は、ドナの背を支えるマクシムも強化魔法をかけていなければ吹き飛ばされそうなほど。

「大切な人すら救えなくて何が勇者だ!」

スコープを覗く春雪の目尻から伝った涙。
体勢を崩され遂に腹の下を見せたラムシュヴァルへ春雪の撃つ弾丸が何発も撃ち込まれる。

「……あれは一体」

足でまといにならないよう騎士に連れられ離れていたリディは飛ばされそうなほどの威力の風を騎士が遮る後ろで自分の見ている不思議な光景に呟く。

「勇者さまから光が」

騎士にも何が起きているのかわからない。
金色こんじきを纏う春雪と、春雪が弾丸を撃つ度に舞い散る金色の粒。
キラキラと光り輝く美しい光の粒が春雪とドナとマクシムに降り注いでいる。

「春雪さま……もしや覚醒を」

満身創痍で膝をついていながらもいつでも手助けに行けるよう三人を見ていたセルジュも美しいその光景に呟く。

それはまるで戦場を舞う戦の女神。
光を纏い、時に自らが戦い、時に兵士を癒す。
物語でしかないと思っていた教典の中の戦の女神を見ているかのようだった。

何発もの弾丸を受け空からドサリと落ちたラムシュヴァル。
光の粒と共に空から降ってきたラムシュヴァルの返り血に濡れた春雪の前に落下してピクリとも動かない。

多くの負傷者や犠牲者を出したラムシュヴァルを一人で。
たった一人で倒してしまった。

「……これが勇者」

春雪の背中を見上げて呟くマクシム。
その呟きとともに大きな歓声があがる。
それはまだ闘技館から出れずに成り行きを見守っていた生徒たちが勝利を喜ぶ声だった。

「ドナ?」

生徒たちの歓声に混ざってマクシムの声が聞こえて春雪はハッと振り返る。

「……え?」

マクシムの腕の中で瞼を閉じているドナ。
春雪はその光景に驚く。

「ドナ!」
「ドナ殿下!」

走ってきたセルジュとリディと騎士もドナを見て言葉を失う。

「誰が上級回復ハイヒールを」

ドナの体を支えているマクシムも何が起きたのか分からない。
分からないが、ラムシュヴァルから食いちぎられ無惨に欠損していたドナの右腕と右腹が上級回復ハイヒールをかけている時のように再生していく。

「……生きている」

ドナの胸に耳をあて心音を確認するセルジュ。
気を失ってはいるものの、風魔法が止んだことで死んだと思われたドナの鼓動はしっかりと刻まれていた。

「ドナ殿下」

生きていることを聞き跪いてドナを抱きしめる春雪。
ポロポロ落ちる涙も光の粒に変わりドナへと降り注ぐ。

春雪さまのお力か。
いまだ春雪の周りをキラキラと舞う金色の光の粒。
落ちる涙の粒がドナに降り注ぐほど再生スピードがあがる。

ドナの命を救ったのは春雪さまの強い想い。
マクシムとセルジュはそう確信した。





緋色カルマン宮殿閃光エクレールの間。
緊急時の特例で春雪が来る際に利用した術式を使い宿舎へと戻って来たあと、気を失ったままのドナを運ぶセルジュに付き添い春雪もドナの寝室である閃光エクレールの間へ一緒に来ていた。

「勇者さまも王宮医療室で検査を受けてください」
「ドナ殿下の検査結果が出るまで居させて貰えませんか?検査の邪魔をしないよう離れておきますので」

私は構わないが……勇者の付き人たちが何と言うか。
血まみれで帰ってきた勇者を早く検査したい者たちは緋色カルマン宮殿まで付き添うことに難色を示したが、その者たちの反対を押し切って着いて来ている。

「セルジュ殿下。国王陛下がご来訪らいほうになりました」
「父上が?お通ししろ」
「はっ」

考えている間にもドアの外から執事の声。
やはり勇者を連れて来てはマズかったか。

「挨拶はよい」

開いた扉から入って来たミシェル。
胸に手をあて頭を下げるセルジュにそれだけ言ってドナの居るベッドへ真っ直ぐ向かって行く。

「ミシオネール入れ。すぐにドナの魔法検査を」
「はい。失礼いたします」

扉の前に立っていたイヴ。
部屋に入って来るとセルジュに軽く頭を下げドナの元へ行く。

「セルジュも怪我をしているようだな」
「私は大した怪我ではありません」
「怪我には違いない。執事、宮殿の随行ずいこう医を呼べ」
「私が緋色カルマン宮殿の随行医にございます」
「セルジュの治療を頼む」
「承知しました」

ドナのベッドの傍で指示を出すミシェル。
そうしている間にもイヴはドナの検査の準備をする。

「ん?そこの女生徒も酷い怪我ではないか。すぐに治療を」
「私はどこも怪我しておりません」
「……春雪殿か!?」
「え?はい」

部屋の出入口に立っていた血まみれの女生徒。
それが春雪だと気付かず声を聞いてミシェルは驚く。
そんなに驚くかとイヴは準備の手を止めることなく動かしながらもくすりとした。

「後程詳しくご報告いたしますが、これは魔物の返り血とドナ殿下の血です。私に怪我はございませんので、ドナ殿下とセルジュ殿下の検査や治療を優先でお願いしたいと存じます」

春雪は疾うに王宮医療室へ行っているものと思っていたが、まさか緋色カルマン宮殿まで来ていたとは。

「本当に怪我はないのだな?」
「はい。王太子殿下やドナ殿下やセルジュ殿下がお救いくださいました。どうか検査の結果が出るまで同席させてください」
「承知した」

心配なのだろう。
それを察してミシェルが許可すると春雪はホッとする。
師団や魔導師のように今すぐ検査を受けるよう言われるのではないかと思っていたから。

静かな閃光エクレールの間。
イヴはドナの魔法検査を、随行医はセルジュの治療を。
春雪は二人をジッと見守っていた。

「右腕と右腹部を欠損していたとお聞きしましたが」
「はい。ラムシュヴァルに食いちぎられました」
「ふむ」

魔法検査をかけ終えたイヴはセルジュから聞き小さく唸る。

「何か問題があったのか?」
「逆です。何一つ問題ございませんでした」

ミシェルに問われてイヴは魔法検査の画面を拡大する。

「欠損というからには致命傷のレベルで臓器も傷付いていたことでしょう。ですが魔法検査の結果には何一つとしてお身体の異常を報せるものが出ておりません。上級回復ハイヒールでも重症者を一度で綺麗に治すことは至難の業だと陛下もご存知かと。まるで聖属性特化の大賢者や聖女さまの所業ですな」

それを聞いてセルジュはチラリと春雪を見る。
ご本人は自分の力に気付いているのだろうか、と。

「あの、ドナ殿下はもう大丈夫と言うことでしょうか」

春雪には大賢者や聖女の所業うんぬんよりまずドナの容態。
それが心配でここに居るのだから。

「ええ。異常ありません」
「……よかった」

力が抜けその場に両膝をついた春雪。
安心してまたポロポロ涙を零す。

「無事でよかった」

春雪が涙を。
イヴとミシェルは驚く。

「春雪殿」
「怖かった。勇者じゃない俺個人として扱ってくれるドナ殿下なら生まれて初めての友達にもなってくれるんじゃないかって思ったのに、思った矢先に死んじゃうんじゃないかって」

目の前にしゃがんだミシェルの腕を掴み訴える春雪。

幼い頃は研究所で。
ある程度の年になってからは広い家にたった一人で。
人に心を許さず買い物に出る以外は家から出ない春雪には、恋人は疎か友人すらも居たことがない。

その春雪に初めて真っ直ぐに好意を伝えたのがドナ。
互いを知りまずは友人になってからそこに恋心が芽生えるか。
気の長い話ではあるが、人を信用できない環境に置かれていた春雪にはという過程も必要な時間。
まず信用できなければ恋人など到底無理なのだから。

だから春雪はまずドナと友人になりたかった。
その矢先にこれ。
これから互いを知っていこうと思えたことが奇跡のようなものなのに、早速失いそうになって怖くないはずがない。

セルジュは随行医と従者に部屋を出るよう目で合図する。
勇者のこの姿は人に見せてよいものではないと判断して。

「もう心配は要らない。ドナは生きている」

随行医や従者が部屋を出たのを見届けミシェルは春雪を腕におさめて背中を撫でる。

マクシムから報告を受け来たが、まさか春雪も居るとは。
しかも人を信用しない春雪がドナを想い号泣している。
胸がチクリと痛むのを感じつつ、落ち着くまでミシェルは春雪の背中を撫で続けた。


「申し訳ありません。陛下に御無礼を」

泣くだけ泣いて春雪は自分の行動にハッと気付き、慌ててミシェルから離れる。

「よい。無事と知り感情が露わになるほどドナが心配だったのだろう?私の愛児をそこまで想ってくれたのだ。感謝する」

本当は複雑な心境だろうに。
春雪へ微笑するミシェルを見て思うイヴ。
ただ、愛児のドナ殿下を心配していたことは確か。
報告を受け公務を放り出し緋色カルマン宮殿へ来たのだから。

「さあ部屋に戻り湯浴みを。そのあと検査と報告をして貰う」
「父上、お待ちください」

肩の治療をしていてシャツを脱いでいたセルジュは再び腕を通しつつ止める。

「他の者が居ない今、勇者さまも含めたこの場でお耳に入れておきたいことがございます」
「聞こう」

チラリと春雪を見たセルジュ。
マクシムも気付いてはいただろうが、戻って来た際には部外者も居たためまだ父上の耳には届いていないだろう。

「恐らく勇者さまは覚醒なさったのではないかと」

それを聞きミシェルとイヴはパッと春雪を見る。

「覚醒?私が?」
「ステータス画面パネルに変化がないかご確認を」
「は、はい」

無自覚か。
あの光が本人には見えなかったのか、普段からそうなのか。
いや、少なくとも王都の森ではあのような光はなかった。

「……聖勇者?ってヤツになってる」

画面パネルを開き確認すると特殊恩恵の勇者が聖勇者に。
ステータスも魔力や体力の数値が倍以上になっていて、変化に全く気付いていなかった春雪本人も驚く。

「初めて聞く特殊恩恵だ」
「ええ。歴代の勇者一行に聖騎士パラディンであればおりましたが」

やはり覚醒していたか。
予想した通りでセルジュはベッドで眠っているドナを見た。

「なぜ覚醒に気付いた」
「お力をお使いの際に金色こんじきの光を身に纏っておられたことと、ご本人だけでなく撃つ玉からも金色こんじきの光の粒が舞い散っておりましたので。私は勇者さまのお力に詳しくないですが、王都森林ではそのようなことはありませんでしたので、もしやと」

人族の中にも覚醒する者は居るが光を纏う者など居ない。
居ないからこそ、この世界の者が得ることのない〝勇者〟の特殊恩恵が覚醒したのではないかと気付いた。

金色こんじきの光……戦の女神のようだな」
「私もそれが真っ先に思い浮かびました。今になれば不謹慎だとは思いますが、あの光景は神秘的で美しいものでした」

思い返せば犠牲者の居る場で想うことではない。
けれどあの光景は神を目にしたように神秘的に見えた。

「それからドナの命を救ったのも勇者さまのお力です」
「春雪殿が回復ヒールを使ったと?」
「通常の回復ヒールではありません。ミシオネールさまが聖属性特化の大賢者や聖女の所業と申しましたが、ドナの欠損した右腕や右腹部を再生させたのは勇者さまの光の粒です」

あの場に上級回復ハイヒールを使える者は居なかった。
唯一回復ヒールを使えるドナも聖魔法のレベルはそこまで高くなく、なにより既に気を失っていたのだから使えるはずもない。

「あのお力が何かは分かり兼ねますが、涙が金色こんじきの光の粒となってドナに落ちるたび再生が早まるのを見たので勇者さまのお力であることは間違いありません。勇者さまを守りたい一心で命をしたドナの行動が勇者さまを覚醒へ導き、勇者さまのドナを想う強い心がドナの命を救う力になったのだと思います」

共にこの宮殿で狂い続けた弟。
最初に抱いたのはいつものように研究対象としての興味だったのだろうが、それがいつの間にか変わっていたのだろう。
研究にしか興味がなく人前では力を隠してきたのに、勇者を護るため躊躇なく力を使ったのだから。

「詳しくは後程マクシムも居る場でご報告します」
「わかった。だがその前に」

立ち上がったミシェルはセルジュの前に行く。

「よくぞ生きて戻った。諦めず戦ったお前たちを誇りに思う」

ミシェルに抱擁されセルジュは固まる。
父上に抱擁されたのなどいつ以来だったか。
ただ、その温もりは変わっていない。

その光景に頬を緩めるイヴ。
春雪もセルジュの照れくさそうな嬉しそうな表情に笑みを零した。
 
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