ホスト異世界へ行く

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第零章 先代編(中編)

三人の王子

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「あら、そう」

シンプルな造りのカフェテリア。
コラリーから事情を聞いたリディはそれだけ答えると上品な仕草でティーカップを口に運ぶ。

「そう、って」

想像もしていなかったリディの反応に驚くコラリー。
リディの取り巻き二人も素知らぬ顔で紅茶を楽しむ。

「例えコラリーさまの仰ることが事実であっても、王太子殿下は子供ではないのですからご自身で何とかいたしますわ」
「婚約者が庶民と親しげなのを放っておいていいのですか?」

力強く言ったコラリーにリディはフフっと笑う。

「協力者が必要でしたらサロメ嬢やモニク嬢にお声をかけてみては?ワタクシはゆっくりお茶を楽しみたいので結構ですわ」
「もう結構です!サロメ嬢とモニク嬢を誘います!」
「そう。お二人はご自分のお店に出ていてよ」

騒ぐだけ騒いで去ったコラリーと慌てて追いかける取り巻き。
リディは見ることもなく再びティーカップを口に運ぶ。

「セルジュ殿下も大変ですこと」
「ええ、本当に」
「第一候補がアレとは同情してしまいますわね」

身分ばかり立派で下品な公爵令嬢。
それがリディたちのコラリーに対する印象。

「あら?サロメ嬢。いらしてましたの?」
ワタクシとモニク嬢へ押し付けるなど酷いのではなくて?」
「ごめんなさいね。言葉を交わすのも煩わしかったもので」
「今回は許しますわ。こうして回避できましたし」
「ふふ。ご一緒にいかが?」
「お言葉に甘えて」

マクシムの二人目の婚約者候補であるサロメ。
サロメも休憩時間でカフェテリアに来ていたが、運良くコラリーたちに見つかることなく難を逃れた。

「お話は聞こえておりまして?」
「ええ。あの大声で聞こえないはずがないですわ」

王子たちがどうとか女生徒がどうとか説明するコラリーの声は好みのメニューを選んでいたサロメの耳にも届いていた。

「すっかり婚約者気分ですのね。ただの候補だと言うのに」
「候補の意味を理解なさっておられないのか、ご自分が選ばれると確信しているのか。コラリーさまはどちらかしら」

呆れるサロメと上品に笑うリディ。
リディの取り巻きも苦笑する。

「父から聞いたのだけれど彼女は候補から外されるそうよ」
「まあ。そうなんですの?」
「ええ。セルジュ殿下のご希望で」
「よく今まで持ちましたわね」
「外すほどの興味もなかったのでしょう」

サロメやリディからすればやりたい放題のコラリーが今まで婚約者候補から外されなかったことの方が奇跡であり、遂に外されると聞いてもなんら驚きはない。
そして外されなかった理由はサロメのいう『外すほどの興味もなかった』が正解。

「王太子殿下から本日のご予定はお聞きになりまして?」
「陛下のめいを受けマロウドを案内すると」
ワタクシもそう聞いたのですけれど、大丈夫かしら」
「そう思うのなら教えてあげれば良かったのではなくて?」
「あら。ワタクシは王太子殿下の婚約者候補ですもの。セルジュ殿下がお話ししたか分からないことを軽々しく話せませんわ」

ふふっと笑うリディとサロメ。
彼女たちはというだけで、誰も選ばれないこともあれば候補者が増える可能性もあることを承知の上でなっている。
むしろ婚約者に選ばれる必要もないとすら考えている。

婚約者になれずとも候補に選ばれた時点で王家に相応しい家柄という証明であり、その後の婚約者探しに困ることはない。
また、王妃や王家に相応しい者を育てるという名目で教育から美に関わる資金まで国が援助してくれるという利点もある。

彼女たちは賢く強か。
恋や愛など二の次三の次で、損のないその有難い特典が得られる今の立場を愚かな言動で逃すつもりはない。
王子もその候補者たちも互いに利がある関係だからこそ成り立っているのだ。


一方コラリーと取り巻きは。

「そう申されましても、」

ボタニーク伯爵家の三女、モニク・ダラス・ボタニーク。
植物学者の父を持つ彼女もマクシムの婚約者候補。
校内の展示室で王都森林の珍しい植物を展示していた彼女は、コラリーとその取り巻きに詰め寄られていた。

「王太子殿下が他の女生徒と居るのですよ!」
「それは伺いましたが」
「でしたら協力してくださいませ!ワタクシ一人では王太子殿下までは助けられないのですから!」
「王太子殿下は助けを求めておられないかと」

静かな展示室に響くコラリーの声。
コラリーの味方につき同調する取り巻きの声も相まって、展示物を見に来ていた生徒や保護者はもちろん廊下を歩いている者も何事かと中を覗く。

「わ、分かりました。一緒に参りますのでお静かに」

可哀想なモニク。
断れない性格が災いして一緒に行くことに。
父親の頭脳を買われ選ばれた時から王太子の婚約者候補としては向いていないと噂されていたモニクだったが、その噂通り将来の国母となる妃としては意思が弱い。

「よいですか?ワタクシはセルジュ殿下をお誘いしますから、モニク嬢は王太子殿下を誘ってくださいませ。これは離れるに離れられない王太子殿下とセルジュ殿下のためですの。ワタクシたちがきっかけを作ってさしあげるのですわ」

逃げるに逃げられず着いて行きながら、本当にそのような状況にあるのかと信じられないモニク。
モニクは昨日まで王都森林で植物を探していたためマクシムから今日の予定を聞かされていないが、王太子のマクシムが離れるに離れられない状況に陥ることが想像できない。

「あの、本当に女生徒はドナ殿下の婚約者候補なのですか?」
「セルジュ殿下の候補でも王太子殿下の候補でもないのだから他に誰が居るというのです?例え外れ王子の婚約者候補であっても庶民には充分すぎる幸運ですのに、セルジュ殿下や王太子殿下にまで色目を使うなど許せませんわ」

外れ王子という発言にギョッとするモニク。
この場に国仕えが居れば王家を侮辱した罪で捕まり親が爵位を剥奪されるどころか極刑にされてもおかしくない。

「ドナ殿下は若くして数々の功績をあげている素晴らしい御方です。そのように不敬なことを言う方には協力できません」

ピタリと足を止めたモニクは震えながらも反抗する。
モニクは植物学者の父からドナの高い評価を聞いているため外れ王子などとはただの一度も思ったことがない。

「あら。王太子殿下を裏切り外れ王子に媚を売るのですの?」
「裏切るなど!ただ不敬だと言っているのです!」

珍しく声を荒らげたモニク。
モニクにとってマクシムは植物研究という学びの道を認めてくれている王子であり、ドナは父からの評価が高い優秀な王子。
尊敬する二人を貶める発言には黙ることができなかった。

「もう展示室へ戻ります!」
「お待ちなさい!」

走り去るモニクと引き留めるコラリーと取り巻き。
偶然見ていた生徒は愚かなコラリーの暴言にヒソヒソ。

「もういいですわ!王太子殿下の浮気を許すのならそうすればいいのですわ!外れ王子に媚を売るなど愚かな子!」

気の弱いモニクの反抗にコラリーは怒り心頭。
ただ、その反抗が正解だったことは後に分かること。





ことドナの居る庭園。

「色んなものがある」

一般国民の生徒が出している出店の集まるそこは活気があり、春雪も上品な食べ物や高価な物ばかりが並んでいた貴族家の出店の時とは打って変わって自ら率先して見て回る。
それを和やかな目で見守るマクシムとセルジュとドナ。

そんな四人とは正反対に緊張する生徒や保護者たち。
保護者からすれば滅多に見る機会のない王家の王子であり、生徒からしても同じ学び舎というだけで雲の上の存在の王子。
漏れ出る高貴な雰囲気に緊張するなというのが無理な話。

「あ!リンゴ飴!」
『リンゴ飴?』

春雪が目をつけたのは地球でいうリンゴ飴。
初めて聞く名にマクシムとセルジュとドナは疑問符をあげる。
春雪自身も実物は見たことも食べたこともないが、昔の祭りを映した映像で見たことがあった。

「これはアプールか?」
「は、はい!小玉アプール二種に甘いお砂糖を絡めてます!」

聞いたマクシムに答える生徒。
緊張し過ぎて声が震えている。

「高価な砂糖を使っているのであれば採算が合わないのでは」
「そ、そうなのですが、さ、祭典ですので特別に」

ドナに聞かれた別の生徒も緊張で言葉が上擦る。
手伝いに来ている両親たちも王子と会話する子供たちに頑張れと手を組んで見守っているほど。

「召しあがりますか?」
「是非」
「では二本ずつの四本貰おう」
「あ、ありがとうございます!」

セルジュからチケットを受け取る生徒と、鑑定をかけた上で問題がないことを確認してから「私が受け取ります」と手を出したドナへ四本のアプール飴を渡す生徒。
どちらも緊張で手が震えていた。

「これは舐めて食べるのですか?」
「え?好きに食べればいいと思いますよ?」

食べ方が分からず聞いたマクシムに適当な返事をした春雪。
王家で生まれ育ったマクシムとセルジュとドナには舐めるという食べ方をしたことがなく、そのマナーも何もない未知の食べ物を平然と舐めている春雪を困り顔で眺めている。

この女生徒強い。
四人の姿を見てハッと察する生徒たち。
普段は堂々として落ち着いている王子たちを困らせるとは。

「あ。セルジュ殿下は召し上がれないのでは?」
「初めて見るものだったのでつい買ってしまいました」
「分かります。珍しいものってつい買ってしまいますよね」

甘いものが苦手なセルジュも買ったことに気付いて聞いた春雪は、つい買ってしまったことを知って笑う。

「召し上がってみて無理そうなら私がいただきます」

王子が口にしたものを食べると?
黙って様子を見ている生徒たちは春雪の発言に驚く。
庶民ならまだしも、貴族はもちろん王家の者がをするなど有り得ないこと。

「兄さんが口にしたものを召し上がるのですか?」
「捨てるのは勿体ないですし。知らない人が口にしたものを食べるのはさすがにイヤですがセルジュ殿下ですので」

一体その「セルジュ殿下ですので」はどういう意味なのか。
好意がある人だからいいということなのか、単純に伝染るような病は持っていないだろう人ということなのか。
聞いたドナだけでなくマクシムも意図が分からず翻弄される。

「召し上がらないのですか?美味しいですよ?」

それに気付かず平然とアプール飴を食べながら聞く春雪。
やはりこの女生徒強い。
一般国民の生徒たちに王子<女生徒な印象が付きつつあった。

「では私も」

春雪を少し眺めて怖々口に運んだのはドナ。
庶民が作った食べ物を食べた王子の心意気に生徒たちは内心拍手喝采。

「あ、美味しいですね」
「ですよね」

甘い物も食べられるドナにはいざ食べてみれば口に合う。
ただ舐めることにはやはり抵抗があるらしく齧ってだったが。

「…………」

ドナが食べたのを見て意を決したのはマクシム。
最初のドナと同じく怖々と少量を齧る。

「ああ、大丈夫でした」

そんな感想を口にしたマクシムに笑う春雪とドナ。
そもそも食べ物なのだから大丈夫ではない物は売っていない。

引くに引けなくなって最後に食べたのはセルジュ。
一口齧ったあと少なすぎて味が分からなかったのか、もう一口齧ってモグモグ動いていた口の動きが止まる。

「無理に食べては具合が悪くなるぞ?」

そう言ってセルジュの手からアプール飴をとって食べたマクシムにみんなは驚く。

「なぜお前が食べる」
「お前が口にしたものを春雪さまが召し上がるくらいであれば私が食べる」

ヤキモチ?
マクシムの子供のような言動にハッとする生徒たち。
この女生徒は王太子殿下の婚約者候補なのだろうか。

「青アプールの方が少し酸味が強いですね」
「はい。兄さんには青の方が良かったかも知れません」
「たしかに」

マクシムの婚約者候補と疑われた当の本人は、青アプール飴を食べていたドナと自分の赤アプール飴を交換して食べている。
あれ?ドナ殿下の婚約者候補?

「セルジュ殿下、こちらはどうですか?試しに」
「では一口」

春雪が手に持つ青アプールの飴を齧るセルジュ。
自分が食べた物を人に差し出すというマナーに反した行為に対して「こちらの方が多少は」というセルジュの薄い反応が返り、何が何だか理解の追いつかなくなった生徒たち。
ハッキリしたのは、女生徒も王子もマナーを気にしたり互いが口にした物を食すことに嫌悪感がないくらいには親しい仲ということ。

分かります。
お人形のようにお美しい方ですからね。
すっかり見守り隊になっている生徒たちだった。

「なにかいい香りがしますね」
「ポーグサンドの香りではありませんか?」
「ポーグサンド?」
「一般国民の間では人気の肉を挟んだパンです。すぐそこで出店しておりますのでよろしければ」

ドナが嗅ぎつけたのはポーグサンドの香り。
見守り隊になっていた生徒たちは王子たちの意外な一面を見てすっかり緊張感が薄れている。

ポーグサンド……シエルと食べたパン。
聞いたことのある名前だと思えば、召喚された初日にミシェルと半分ずつ食べたパンであることを思い出した春雪。

「せっかくですのでそれも召しあがりますか?」
「いただきます」

マクシムへ即答した春雪にセルジュとドナはくすりと笑う。
即答したのはミシェルと食べて美味しかったことを知っているからだったが、三人には一般国民の作る気軽で遊び心もある食べ物が好きなのだろうという印象に。

手を挙げて即答した春雪の可愛さに生徒たちも和む。
王子が来たと分かった時はどうなることかと思ったが、謎の見目麗しい女生徒が場を和ませてくれたお蔭で怖い印象だった王子たちの印象が少し変わった。

この方が将来の国母になってくだされば。
ツンとした印象もなく一般国民を見下す様子もない春雪は、生徒たちにも見守っていた両親たちにも好印象だった。

「いらっしゃいませ」
「四つ貰えるだろうか」
「一つが大きいですので半分ずつにした方がよいかと」

ポーグサンドを出店している生徒もアプール飴を食べていた四人の姿をほのぼのと眺めていたため、緊張することなく一つの大きさを見せておすすめする。

「そうした方がいいか」
「ああ。他の出店も回るだろう」

会話を交わすマクシムとセルジュ。
二人が会話しているところなど見たこともなかったが、それぞれが王子らしく振舞っていたというだけで決して仲が悪かった訳ではないのだなと生徒たちは考えを改める。
実際は仲が悪いというのが正しいのだが。

「お熱いのでお気を付けてお召しあがりください」
「美味しそう。ありがとうございます」

出来たての二つを四等分に切ってくれた物をそれぞれ受け取り春雪が笑みで礼を言うと、手渡した女生徒も笑みを浮かべる。
同じ女性から見てもなんて愛らしい方なのだろうと。

「いただ」
「セルジュ殿下!」

いざ実食、の春雪の声にかぶった声。
現れたのはコラリーとその取り巻き。

「ごきげんよう、王太子殿下、セルジュ殿下、ドナ殿下」

誰この人たち。
キョトンとする春雪の横でひっそり舌打ちしたセルジュ。
マクシムとドナも溜息をつく。
まさかこの状況で声をかける愚かな婚約者候補が居るとは。

「セルジュ殿下、ワタクシと一緒に見学いたしましょう」
「すまないがそれはできない。今日はこの四人で見学することになっているのでな」

春雪の手前、この場を穏便に済ませようと王子らしく振る舞いコラリーの誘いを断るセルジュ。
マクシムが少し離れて護衛についている騎士にその場で待つよう手で合図したのが視界に入った。

「ではワタクシも皆さまに同行させてくださいませ」
「それも許可できない」
「なぜですの?ワタクシはセルジュ殿下の婚約者ですのに」
「婚約者ではなく候補だ」
「他の女生徒が一緒とあらば不安ですわ」

自分の婚約者の傍に他の女が居ることが不安であることを悲劇のヒロインになったかのようにアピールするコラリー。
眺めている生徒たちはコラリーがただのであって恋人や婚約者ではないこともその性格の悪さも知っているため、仲睦まじく楽しんでいたところを絡まれたセルジュの方に同情的。

「セルジュ殿下の婚約者なら一緒に回ればいいのでは?心配になるのも分からなくないですし」

え。
セルジュもマクシムもドナも生徒たちも春雪の発言に固まる。
なんの事情も王家のことにも詳しくない春雪からすれば、自分が女性を装ってるためにセルジュの婚約者へ心配をかけているのが申し訳なくて言ったことだった。

「婚約者候補というのは正式な婚約者ではありません」
「え?違うのですか?」
「候補の中の一人というだけです」
「あれ?でも彼女が婚約者と」
「違います。だから兄さんが候補だと言い直したのです」
「そうなのですか」

ドナから詳しく聞いて納得した春雪。
セルジュ殿下の婚約者になるかもしれない人と言うことかと。

ドナと春雪のそんな会話で赤っ恥をかかされたのはコラリー。
ただの候補者の一人でしかないと公言されたのだから。
尤もそれが嘘偽りない真実でみんな知っていることなのだが。

「……そのお手の物は?」

ふとコラリーの目に入ったのは王子たちの手のポーグサンド。
手が汚れないよう紙で挟まれたそれは食べ物に違いない。

「まさかそれを召し上がるのですか!?なりません!」

何を使っているか分からない物を王子が食べるなど言語道断。
手に持っているだけでもおぞましい。

「お腹を壊したらどうするのですか!」
「心配せずともドナが鑑定を使っている」
「そういう問題ではございません!そのような汚らしい食べものを王家の皆さまが口になさることが問題なのです!」

マクシムにも噛みついたコラリー。
王太子にすら噛みつくその心意気は天晴れ。

「春雪さま、お騒がせして申し訳ございません」
「お構いなく」

セルジュの謝罪を軽く流してポーグサンドを食べた春雪。
たったいまと表現された食べ物を平然と食べた謎の女生徒のこの心の広さ、只者ではない。
ポーグサンドを出店している生徒たちはそう悟る。
春雪本人は売り子たちに気を使ったわけではなく、単純に熱いうちに食べたかっただけなのだが。

離れた位置で待機している騎士は王子たちの指示待ち。
勇者の命を狙う者なら自己判断で行くが、この程度で行っては騒ぎを大きくしてしまうだけだと分かっているからだ。
春雪が危険に晒されていないならセルジュとコラリーの問題。

「離れて話せ」
「ああ」

マクシムに言われてセルジュは面倒そうな仕草で溜息をつく。
本来は婚約者候補にそんな態度をと思われるところだが、相手がコラリーだけに生徒たちはセルジュを可哀想に思う。

「王太子殿下も一緒に参りましょう!」
「なぜ私が?」
「来る前にリディさまやサロメさまやモニクさまにもお声をかけたのですが断られましたの!きっと王太子殿下からのお誘いを待っているのですわ!高貴なセルジュ殿下や王太子殿下がそのような下賎げせんの者にお手を煩わせずとも、ご自分の婚約者候補の世話くらいドナ殿下ご本人にお任せすればよいですわ!」

ああ、こんな時にも思い込みの激しさが。
気が昂っていたため言葉を選ぶ余裕がなかったとは言え、その発言がどんな影響を及ぼすかにも気付けない愚劣。

「ほう。この御方をと罵るか」

一瞬にしてマクシムの顔が無表情に変わる。
自分の婚約者候補も巻き込もうとしたことや、知らないとは言え特級国民である勇者への下賎という罵りを聞いたとあってはもう、セルジュとコラリーだけの問題では済まされない。

「なぜドナの婚約者候補と勘違いしたのか理解に苦しむが、今の発言は王位継承権を持つドナを軽んじる発言である」

ドナにポーグサンドを押し付けたマクシム。
春雪が勇者であることはこの場で明かすことはできないが、第五位でも王位継承権を持つ王子を罵る言い草は不敬にあたる。

愚かなご令嬢だ。
よりによって王太子のマクシム兄さんを怒らせるとは。
そう呆れながらドナも自分のポーグサンドを口に運んだ。

「ブークリエ国王位継承権第一位マクシム・ヴェルデの名において命ずる。コラリー・バリエ・イムヌ。王家の者を侮辱したその罪、許されるものではない。そこに直り頭を下げよ」

マクシムの宣言を聞き今まで様子を伺っていた騎士が走って来ると呆然としているコラリーを押さえてその場に座らせる。

「セルジュ。なぜもっと早く契約を解消しなかった。お前の興味のなさが招いた失態だろう?どう責任をとるつもりだ」

シンとする生徒たち。
活気があった時間が嘘のように、今は騒動に気付かない距離にある出店の生徒たちの声しか聞こえない。

「どうかした?具合が悪い?」

平然と食べ終えて目の前の女生徒の様子に気付いた春雪。
少し俯き蒼白い顔で胸を押さえながら荒い呼吸をしている。

「危なっ!」

問うと同時に女生徒がふらりと気を失い慌てて抱き止めた。

「大丈夫か!?」
「エマ!?」

マクシムたちの様子を見ていた仲間の生徒たちも春雪の声で気付き慌てて寄ってくると苦しそうな女生徒の様子を伺う。

「なにがあった」
「顔が真っ青ではないか。何かの発作か?」

腐っても王子だけあって倒れた女生徒を放っておけず、セルジュとマクシムもコラリーを放置して女生徒を見る。

「恐怖心が限界になって気を失ったのだと思いますよ?」
「恐怖心?」

食べかけのポーグサンドを出店の生徒に預け、春雪が地面に寝かせた女生徒の制服のリボンを解き第一ボタンを外すドナ。
脈拍を測りながら言ったそれに春雪は首を傾げる。

「彼女は一般国民です。後は分かりますね?兄さん」

セルジュを見上げたドナ。
どういうことかと一瞬考えたセルジュはを思い出し、女生徒が突然倒れた理由を察する。

「既に陛下へは契約の解消を申し出ているが、まさかここまで人を追い込むほどの人物とは私の認識が甘かったようだな。どうやらを選んだ有識者も罰する必要があるようだ」

コラリーの前に行き冷たい目で見下ろしたセルジュ。
見たことのないセルジュのその目にコラリーは生唾を飲む。

「既に契約解消の手配はしていたのか」
「ああ。この者たちの悪事を見たドナから報告を受け申し出た。調査が済み次第イムヌ公爵へ打診する手筈だったのだが」

婚約者候補とは契約を交わす。
その契約を解消するには調査も含め日数を要するため、まだ表立っていなかったというだけ。

「ど、どういうことですの?」
「私の婚約者候補に相応しくないと判断したと言うことだ」
「なぜですの!?ワタクシはなにも!」
「ほう。ではドナが私に偽りを述べたと?」
「ドナ殿下が何を申したのか分かりませんが、ワタクシは婚約を解消されるようなことはしておりませんわ!」

コラリーにとっては全く身に覚えのないこと。
なぜ自分が相応しくないと判断されるのか理解できない。

「婚約をした覚えは一切ないがそれはさて置き、ドナは私と長い時を過ごしている弟だ。嘘を言えばわかる」

狂った宮殿の中で同じ時を過ごした弟。
偽りを口にする時の癖や表情は分かっている。
ドナのあの発言に嘘はない。

「あ。大丈夫?」

緊迫した状況の続く中倒れた女生徒がガバッと起きあがり、様子を見ていた春雪が声をかける。

「だ、大丈夫で」

口を開いた女生徒の視界にうつったのはコラリーと取り巻き。
騎士に取り押さえられているその姿を見て女生徒は震える。

「大丈夫」

そう言って女生徒の頭を撫でた春雪。

「事情は分からないけど今セルジュ殿下があの子と話してくれてるから。マクシム王太子殿下とドナ殿下も居るし、怖がらなくて大丈夫。頼りになる人たちだから安心していい」

笑みで言った春雪に女生徒はブワッと涙を浮かべる。
一般国民の自分を気遣ってくださるなんて、なんとお優しい方なのかと。

「そこの女生徒。話を聞かせて貰おうか」

セルジュから声をけられた女生徒はビクッとして春雪の制服の袖をキュッとつかむ。

「お前は顔が怖いのだからもう少し言葉を選べ」
「すまない。怯えさせるつもりではなかった」

マクシムから指摘されて困り顔で謝るセルジュ。
春雪とドナはそれを見てクスクス笑う。

「辛いだろうが今ここで一つだけ聞かせて欲しい。君もコラリー・バリエ・イムヌから虐げられた経験があるのだろうか」

セルジュ殿下が膝を。
女生徒を怖がらせないよう気遣って片膝をついて問うセルジュに、そこにいた生徒たちもその両親たちも驚く。

「わ、私は」

女生徒は一般国民でコラリーは公爵令嬢。
貴族ですら泣き寝入りをする相手のことを言えば何をされるか分からず怖くて言えない。

「彼女にそれを問うのは酷というもの」
「リディ」

付き人と護衛を連れ姿を見せたのはリディ。
生徒たちにとっては王子に続き彼女も一般国民の店が集まるここへ来るなど驚きでしかない。

ワタクシの知ることでよろしければ証言いたしましょう」

リディ・フォル・ガルディアン。
守護者の名を持つ彼女は、代々王家の盾や剣として仕えてきた長い歴史のあるガルディアン公爵本家のご令嬢。

そして何を隠そうイヴの親族でもある。
尤もイヴは賢者の覚醒と共に前国王から爵位を授かり病死したものとして鬼籍に入っているため、ガルディアン公爵家の者だと知るものは本家の者と王家に名を連ねる者だけだが。

リディはマクシムの婚約者候補だが婚約者候補ではない。
順当に行けば次の国王となる王太子の婚約者候補たちが妃に相応しい人物かを調べることがリディの役目。
今回はセルジュの婚約者候補のことでリディには無関係ではあるが、イヴから命じられてコラリーのことを調べていた。

「本日は生徒たちが楽しみにしていた祭典。みなには気分のよい証言ではございませんので然るべき場所のご指示を」
「では学長室で」
「承知しました」

マクシムと話すリディをジッと見る春雪。
育ちのよさが伝わるこの女生徒、誰かに似ている。と。

「ふふ。ご挨拶は学長室で」

春雪が見ていることに気付いたリディは上品に笑いスカートを軽く摘むと優雅な仕草で軽く挨拶をし、付き人や護衛を連れ一足先に去って行った。

「コラリー嬢と取り巻きの令嬢を学長室へ」
『はっ』
「セルジュ殿下どうかお話を!なぜ外れ王子の言うことを信じるのですか!ワタクシは何もしておりませんわ!」

去り際にまた失言をするコラリー。
ただしこの場でもうマクシムが引き留めることはしない。
そしてセルジュも必死に訴えるコラリーの方を見ることさえしなかった。

「外れ王子とは。救いのない」
「まあ彼女の言うことが事実なのですけどね。兄さんたちと違って私は国王には向いていないので」

王家を侮辱する発言として罪ではあるが事実でもある。
ヘラっと笑うドナにマクシムとセルジュは眉根を寄せる。

「人には向き不向きがありますからね」

女生徒に手を貸して立ち上がらせた春雪は自分が着ている制服の上着を脱いで女生徒の肩にかける。

「国王に向いていないとというのが私には分かりません。ドナ殿下は国や国民のためになる研究をしている方ですし、むしろ国民にとってありがたい存在の王子だと思いますけど」

たしかに。
春雪の発言を聞いていた生徒たちは納得する。
例え国王にならずとも、ドナ殿下の研究が将来多くの人々を救う日が来るかもしれない。

「王太子殿下もセルジュ殿下もドナ殿下も頼りになる方々ですから、それぞれの得意分野で互いに助け合えばきっといい国になると思います。その未来を守れるよう私も頑張りますね」

勇者として国民を救えとか精霊族を救えと言われても困るけれど、自分が生きるために、親しくなった人たちを死なせないために、と言うなら頑張ってみようかと思える。

春雪に芽生えたヒトらしい心。
滅びを待つ世界で終わりゆく人類のために研究者たちの手で作られ、たった一人の新人類として監視や研究をされながら生きていた春雪にとって、この世界は信じてもいいと思える人のいる温かい世界だった。

春雪を見る三人の王子たちの目は優しい。
それを見ている生徒たちも明るい未来に希望を馳せた。
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