ホスト異世界へ行く

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第零章 先代編(前編)

能力検査

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ブークリエ国王都、王宮第一訓練場。
王家の血を引く者だけが利用するそこにイヴと春雪は居た。

「どうやってるのか聞かれても上手く説明できなくて。俺の場合はミシオネールさんの魔力が通った場所を思い返してたらたまたま出来ただけだから」

春雪の話題は午前に行われた魔学の講義での話。
まずは属性の種類や魔法の有用性や危険性を学び、実際に魔導師から魔力を流して貰い自分で流してみるまでが午前の課程。
既に解放が済んでいる春雪も事実は秘密にしたまま訓練に参加し、その訓練で初めて魔力の解放に成功したをした。

「すぐに流せない方が普通なのです。まずは魔力の通る場所をしっかり覚え、繰り返し訓練を行うことで体中に魔力を行き渡らせることができるようになります。春雪殿が特別なのです」

一度魔力の通りを知っただけで流せる者の方が稀。
魔法特化の賢者でさえ魔力解放には時間のかかる者もいる。
解放後も最初に使えるのは魔法と呼ぶに憚る種火や水滴程度。
魔力の解放と同時に独自の固有魔法を使った春雪のそれはまさに天賦の才能だった。

「うん。講師も一度で出来る人の方が珍しいし習得の早い遅いで威力が変わる訳でもないから焦らなくていいって言ってた。でも、俺が上手く説明できてれば三人が感覚を掴むきっかけくらいにはなれたんじゃないかと思って」

人を不快にさせない距離感を保ち生きてきた者の処世術か。
いや、今のこれは青年なりの優しさか。
同胞が躓いているから手を貸してあげたいと。

「他の勇者方は午後も訓練を続けるのですよね?宿舎に戻った時には既に成功しているかも知れませんぞ?」
「だといいんだけど。昨日の講義は眠そうだったのに今日はみんなも興味津々で講師の話を聞いてたし、今まで居た世界になかった魔法を早く使ってみたいって気持ちはわかるから」

やはり早急に魔学を取り入れて正解だった。
この国や王族の素晴らしさを語りたかった講師には不満だろうが、そんなものは同属と集まり酒のつまみにでもすればよい。
大抵の者には深く掘り下げるほどではない話題なのだから。

「春雪。ミシオネール」

転移を使い訓練場へ現れたミシェル。
国王が護衛もつけずにほいほいと転移魔法を使ってくるとは。
今更のことではあるけれど。

「遅れてすまない。手間取った」
「本日は二妃との昼食でしたからな。王の務めでもあるそれに手間取ったという言い方はいかがなものかと思いますが」

最低でも週に一度は王妃やその子供と食事を行う決まり。
今日は第二王妃のアルメル妃との食事会で三名の子供の中には王位継承権第二位のセルジュ殿下も居たというのに、こちらの用事の方が重要だったような言い方はいただけない。

「食後に二人で茶を飲む予定などなかったのだから手間取ったと言って何が悪い。それより春雪。初の魔学はどうだった?」
「面白かった。何も知らないことを一から学ぶのは楽しい」
「勉学自体は嫌いではないのだな」
「うん」

上手く話題を変えおって。
ただ、ミシェルが春雪との訓練を重視する気持ちも分かる。
第二王妃のアルメル妃は宮殿に若い公妾を多く抱え民の血税で贅の限りを尽くす愚妃で、継承権第二位のセルジュ殿下は第一位のマクシム王太子殿下に代わり自らが次期国王になる野望を持っていて如何に足を引っ張ろうかと企んでいる。

そのうえ実の父であり現国王のミシェルの命すら狙う愚息。
まだ実行に移していないため自由に泳がせているが、ミシェルの暗殺を狙っている情報は掴んでいる。

愛も信頼もない王妃とそれでも食事をするのは、決められたその時間が愛児たちと過ごせる貴重な時間だから。
王妃への愛はさて置き、他の二名の愛児はもちろん自らの命を狙うセルジュ殿下にもミシェルは父としての愛を持っている。

ただ国王という立場は難儀なもので、例え生まれたばかりの愛児であっても自由に会いに行くことはできない。
第一王妃のブランディーヌ妃が生きていた頃には、あの御方が二妃と三妃を上手く纏めてくれていたために子に会える時間も多かったが、崩御されてからはパタリと止まった。

悲しくもミシェルには心の拠り所がない。
前王の突然の崩御で慌てた有識者に集められたのは面識すらない年の離れた令嬢たちで、二妃と三妃はそれぞれ性格に難があるため心を許すことができず、愛児にも国王として威厳のある姿を見せなければならず素の顔は見せられない。

前王崩御の際に外戦へ出ていたことをどれほど悔やんだか。
自分が国に居れば婚約は阻止したというのに。

国母となれる者は三名までと決まっているに関わらず、有識者が事を急ぎ同時に三名との婚約を進めたため無かったことに出来ず、ミシェルはもう心許せる女性を娶ることも叶わない。
お世継ぎを作ることも国王の責務ではあるものの、まだ九つの少年が毎夜毎夜お世継ぎのためだけに交合することになったのは有識者が三名の王妃を同時に娶らせてしまったから。

それが国母として国王の妻として相応しい者を厳選したのならばまだしも、事を急いだためろくに為人ひととなりを調べもせず、案の定第一王妃以外は性格に難アリというのだから笑えない。
ブランディーヌ妃は八歳の妹のセリア嬢が王太子の婚約者候補として名が上がっていたため家族も調査済みだったからわかるが、二妃と三妃に関しては侯爵家と伯爵家いう家柄で選んだとしか思えない。

貴族令嬢であれば人格者でとの考えは軽率の極み。
家柄で判断するその愚かさが国にもミシェルにも毒となった。

有識者とは名ばかりの無能。
教育係として厳しくも大切に育てたミシェルを操り人形マリオネットのようにした者たちを私は許すことができず、嘸かし忙しい人生だったろうと手厚く扱い永久とわにお休みいただいた。

誰も知らない私だけの罪。
罪深い私が神の身許に召されることはないだろう。

「ミシオネール。声が聞こえぬほど集中して考えごとか?」
「もしかして体調悪い?俺のことで色々やって貰ってるから疲れが溜まったんじゃないの?大丈夫?」

イヴを不思議そうに見るミシェルと心配そうに見る春雪。
隣同士並んでこちらを見るその距離は近い。
その距離感になれるのはミシェルが春雪に心を許している証。

ああ、神よ。
春雪殿を勇者にお選びくださり感謝します。
若き国王が心許せる者をこの世界へ招いてくださったことを何よりも深く感謝いたします。

「年寄り扱いはやめてくださいますかな?私はただ、また二妃から苦言をいただくのかと頭を悩ませていただけです」

もっともらしい理由で誤魔化すイヴ。
王妃から愚痴を聞かされていることを知っているミシェルは納得して軽く手を叩く。

「案ずるな。茶には付き合った」
「おや?お断りしたのではなかったのですか」
「ああ。尤も、茶に誘った理由の申し出は却下したが」
「申し出?」
「王妃予算を増やせと」
「それはそれは」

強欲な。
今でも十二分に予算を組んでいるというのに。
また新しいドレスや装飾品が欲しくなったのだろう。

「なあ。俺の前でそれ話して良かったの?部外者なのに」

申し訳なさそうに言った春雪を見てミシェルとイヴは笑う。

「そうか。部外者だったな」
「あまりにも馴染んでおるので忘れておりました」
「そんな大事なこと忘れる?」

既に墓場まで持っていかなくてはならない話を幾つもミシェルから聞かされているというのに、いまさら王妃の話が一つ増えたところで変わらないだろうに。

「近々、互いの紹介と挨拶を兼ねた晩餐を王家と勇者で行う予定になっている。言わずとも春雪なら無難にやり過ごすだろうが、一癖も二癖もある者ばかりだから気を抜かぬようにな」
「今の話を聞いた後だとなおさら警戒するじゃんか」
「よいことだ。敵か味方かを見極めるよい訓練になる」
「訓練なら何でも嬉しい訳じゃないのに」

まるで仲睦まじい兄弟のよう。
国王に対して兄弟や友人のように話していることを他の者が見ればよい顔はしないだろうが、幼い頃からミシェルの傍に居たイヴにとっては二人の仲睦まじい姿は喜ばしいことで注意するつもりはない。

「さて。陛下も参られましたので始めましょう」
「うん」

今日の目的は春雪の能力を調べること。
もし春雪の能力が危険なものであるなら他の勇者と訓練させる訳にはいかず、個別の訓練を組まなくてはならない。
そのためにも詳しい調査が必要。

王宮第一訓練所を選んだのは今時点で他の者には極秘のため。
王家の者しか足を踏み入れることがないここであれば誰かに見られる心配がない。

「昨晩の物より魔力消費が少なそうな物を作れますかな?」
「どんな物が少ないか分からない」
「ふむ。魔法の場合、魔力の消費量は威力で変わります」
「じゃあ小さな物にしてみる」
「イメージは正確にな。暴走しては怪我をする」
「うん。講義でも習ったから気を付ける」

魔法を使う者にとって魔力の暴走は命に関わる。
使い慣れた魔法であれば意識せずとも暴走しなくなるが、祝福の儀で自分に魔法属性があると知り興味本位に使ってしまう幼い子供や、魔法訓練校の初等科の者が訓練中に暴走させ大怪我を負ってしまう事故が年間数件は起きている。

怪我で済めば御の字。
文字通り暴走した魔力は本人にも止めることが出来ず、魔力を使い果たして魔腐食で亡くなる時もある。

「……あれ?」
「どうした」
「失敗した。同じようにやったのに」

不発。
手のひらを見ていた春雪はコテンと首を傾げる。

「何を作ろうとしたのですか?」
「蝶」
「魔物は止めろ」
「魔物?」
「家畜を襲う魔物だろう?」
「え?俺が知ってる蝶はこのくらいの小さな昆虫だけど。綺麗な羽根でヒラヒラ飛ぶだけで、人や家畜を襲ったりしない」

春雪が指で表したサイズは数センチ。
環境汚染の酷い時代で春雪自体も実物は見たことないものの、ナノを使い何度も見たことがあるためそれを選んだ。

「この世界でバタフライと聞き思い浮かぶのは金属蝶メタルバタフライという魔物で、幼虫期は赤子の背丈ほど、羽化後は子供の背よりも大きくなります。普段は大人しいのですが蛹化する際は凶暴化するので、通りがかった冒険者や家畜が襲われることもあります」
「なにそれ怖。地球にはそんな生き物居ない」

認識の差。
危険なものを作ろうとしたのではないと分かり、ミシェルとイヴはホッと胸を撫で下ろす。

「危険でないのは分かったが、何故それを作ろうとした?」
「今まで作ったことがあるのが機械だから」
「だから生物に挑戦したのか」
「何を作れるか調べる目的なら生き物も試さないと」

今日の訓練の趣旨をよく理解している返答。
自分の能力を詳しく知りたいという探究心の強さもあるが、公務に忙しいミシェルがわざわざ調査の場に同席している理由を春雪は正しく理解していた。

「確認のため、もう一度挑戦されてみては?」
「うん」

再び手のひらを見る春雪。
体内の魔力を感知し手のひらへ流すことが魔法の基本。
それを教わる前からやってのけた春雪はやはり才能がある。

「……やっぱ駄目だ」
「ふむ。では他の小型生物ではどうですかな?」
「やってみる」

次に挑戦したのはスズメ
それも不発に終わり、幾度か兎や鶏といった危険のない動物で試してみたものの全て不発に終わった。

「昨晩作ったアレをもう一度作ってみろ」
「ドライヤー?わかった」

ミシェルに言われて挑戦したドライヤーはあっさり。
訓練所の地面にコトリと落ちる。

「魔力量は幾つ減った?」
「ステータスオープン」

減っていたのは二百。
昨晩と同じ数値。

「不発の分は減らないと言うことか」
「そのようで」

七属性の魔法を使えば不発であっても魔力は減る。
春雪の能力はまたこの世界の常識を覆した。

「ミシオネールの見た箱ではどうだ?」
「ナノか」

ナノもあっさり成功。
ドライヤーの隣にコトリ。

「ナノは1000減った」
「随分と差が出たな」
「うん。ドライヤーとナノの違いを考えると、複雑な作りの物ほど消費が激しいのかも。大きさならナノの方が小さいし」
「その可能性が高そうですな」

魔法の場合は威力で消費量が変わるなら、春雪の能力も作りが複雑な物ほど大量の魔力を消費すると考えられる。

「他の大きめで複雑な作りの物ではどうだ?」
「えっと、大きめで複雑な作りの物っていうと……」

ナノやドライヤーよりサイズが大きく複雑な作りの物。
そう言われて暫し考える仕草を見せた春雪は、何か思い浮かんだようで手のひらを前に出し瞼を閉じた。

「……成功」
「「これは」」
「ヒューマノイド。家事専門の」

作り出されたそれを見て驚いたミシェルとイヴ。
透明ケースに横たわり眠っている女人に驚きを隠せない二人を尻目に、春雪は透明ケースのボタンを押す。

「おはよう。ゼット」
「おはようございます。マスター」
「うん。ちゃんと作動できてるな」

蓋が開き春雪が声をかけるとむくりと起きあがった女人。
未来の最先端技術で作られたヒューマノイド『ゼット』。
美しいその姿はまさに人そのもの。

「えっと……あ、ゼットの場合は3000減ってる」
「さ、左様で」
「人も作れると言うのか」
「人じゃなくて人型のロボットだって。見た目は人間そっくりだけど、スキン素材や毛髪は人工的に作った物だし、体も機械で出来てる。他に男体型のもあって、そっちは防犯用」

春雪の居た時代は当たり前のようにロボットが活躍していた。
出生率や生存率の低い生身の人間の代わりになるロボットの研究が進むのも当然の成り行きと言える。

「今のこれは初期の状態だけど、色々覚えさせるほど人間と変わらなくなるから家族として買う人も居た」

ゼットの本来の用途は家事。
掃除をしたり風呂を沸かしてくれたり食事を用意してくれたりと家事全般を行ってくれるが、子供の居ない夫婦や独り身の者が寂しさを埋めるために購入することもある。

「本当はアルファっていうもっと精巧なアンドロイドもあるんだけど、富裕層の人じゃないと手が出せない値段だから一般家庭に流通してるのはこのゼットの方」

アルファは万能型。
それこそまで出来る高性能。
ただし一般家庭の者にとっては手の届く値段ではなく、家事専用のゼットの方が売れていた。

「これを着せろ。人ではないと聞いても目のやり場に困る」
「服はオプション品だから最初は着てないんだ」

裸体の女性にしか見えないゼットから申し訳なさそうに目をそらすミシェルを見て春雪はくすりと笑い、差し出されたローブを受け取ってゼットに着せる。

「ふむ。作ることの出来た物から予測するに、緻密な物であるほど魔力を消費し、生命は作れないと言うことでしょうな」
「そのようだ」

命を宿した生命体は全て不発。
ただし命を宿していなければ人型であっても作成可能。

「生命を創造できる能力でなかったことは喜ぶべきか」
「はい。そうであれば秘術として禁じなくてはならない事態になっておりました」

生命の創造は神の領域。
その領域を侵すことだけは認められない。
仮に生命を創造できる能力でそのことが知れ渡れば、魔王との天地戦以前に精霊族同士での地上戦の火種となっただろう。

「しかし、消えませんな」
「ん?」
「昨日も申しましたように、一般的な魔法は、込めた魔力量、障害物に当たる、集中力が途切れる、時間の経過。というように幾つかの条件で消えますが、一向に消える様子がない」

ゼットの前に作ったドライヤーとナノもそのまま。
魔法を長く留めておく魔導具や術式を使っていないにも関わらず、春雪の意識が他に移っていても消えていない。
一般的な属性魔法で例えると、同時に三つの魔法を発動させている状態。

「自分の意思では決められないの?」
「と言いますと?」
「消えて欲しいと思えばってこと」

視線をドライヤーに向けた春雪。
ミシェルとイヴも視線を追いかけドライヤーを見ると、一瞬にしてドライヤーは消えた。

「今のはなんだ」
「少なくとも無効化したのではないことは確かですな」
「自分の意のままに操ることが出来ると言うことか」

眉根を押さえたミシェルと困り顔のイヴ。
春雪はそんな二人を見てキョトン。

「何か変なことした?」
「発動後の魔法を消す際には闇属性の無効化や火に水というように反する属性魔法を使い打ち消すのですが、今の春雪殿ように頭の中で思っただけで魔法を消すことなど出来ません」
「え?じゃあミシオネールさんはどうやって消すの?」
「お見せしながら説明しましょう」

火属性を使い両手に火の玉を作ったイヴ。
訓練所に設置されている魔導具の的に向かって片方を撃つ。

「このように打って的へ当てるか、まだ打つ前の段階でしたら魔力を流すのをやめることで消すことができます」

残った一方はそのまま放たれることなく消えた。

「えっと」
「つまり完成後の魔法は無効化か反する属性で打ち消すしか術がないのです。陛下、私に火魔法を二発打ってください」
「ああ」

大人の握り拳サイズの火の玉を二発ミシェルが撃つと、イヴは片方を闇属性の無効化で、もう片方を水属性で消して見せる。

「春雪殿の作り出した物は既に魔力を込め終え手から離れており、いま陛下が打った炎と同じ状況にあります。ですが、無効化も反する属性も使わず自らの意思だけで消してみせた」

魔力を注いでいる段階であれば流れを止めることで消すことができるが、完成して放たれたものを消えろと念じるだけで消すことなど賢者にもできない。

「……どうしよう。俺がおかしいってことじゃん」
「常識にないことではあるが、自らの意思で消せると言うのは悪いことではない。人が触れると消えるという特徴も含め、何を作っても春雪以外の者の手に渡る危険はないと言うことだ」

ただの慰めではなく、むしろよいこと。
春雪が如何なる物を作り出したとて他の者には使えない。
少なくとも、心ない者に奪われ悪事に使われてしまうという最悪の事態が起きる可能性は消えた。

「ではもう一度消して、今度は魔力消費量の確認を」
「うん。…………減らない」

イヴに言われて春雪はナノを消し、ステータス画面パネルを確認してから首を横に振る。

「やはりそうですか。羨ましい能力ですな」
「羨ましい?」
「無効化するも反する属性で打ち消すも、魔法ですので魔力を消費します。しかし春雪殿のそれは消費しない。魔法を使う者にとって戦で如何に魔力を温存するかは重要なことなのです」

魔力の尽きた魔法使いなど格好の標的。
長期戦になることを想定した訓練を重ねて魔力量の最大値を上げるのはもちろん、使いどころも計算して戦う必要がある。

「そっか。マイナスなことじゃないなら良かった」

たしかに良かった。
長期にわたる天地戦に挑むの能力としては。
ただし、逆に春雪が敵に回れば厄介極まりない能力と言える。
それでなくとも初期の段階での魔力量が多いのだから。

「この娘の名はゼットと言ったか」
「ゼットは商品名。個体名はない」
「ふむ、そうか」

喋らず動かずのゼットをジッと見るミシェル。
容姿は見目麗しい令嬢のようではあるが、がないことはたしかなようだ。

「春雪はこの娘と暮らしていたのだろう?」
「暮らしてたって言うか……まあ、家事を任せてた」
「人が居ると落ち着かないのではなかったのか?」
「ヒューマノイドは人間と違って裏切らない。主人になる購入者が知識を与えるから、して欲しくないことは最初から覚えさせなければ良いだけ。家族のように扱う人は沢山の知識を覚えさせてたけど、俺は家事の知識しか覚えさせなかった」

人間と違って裏切らない。
なんとも春雪言葉。
人間は裏切るものと思っているのがその言葉で分かる。

「知識はどのように覚えるのですか?人のように勉学を?」
「PCとゼットを接続して情報を送るだけ」
「ぴぃしぃ?」
「あ、この世界にはないのか。PCって言うのはパーソナルコンピュータのことで、CPUとか……簡単に説明すると、家に居ながら世界中の情報を得ることができたり、地球の反対に居る人と交流することもできる便利な機械のこと」

頭の上に大きな疑問符が浮かぶミシェルとイヴ。
この世界で科学技術は発展していない。
何故なら魔法という便利な能力があるから。
魔導車でさえ、ミシェルが国王となってから魔法の使えない一般国民のための交通手段として開発された物だった。

「階層の違う者と交流できると言うことか?」
「階層?ってなに?」
「この世界だと地上層、魔界層、魔層に分かれている」
「え?空の上に大陸があるってこと?」
「ああ」

手振り付きのミシェルの話しを聞き今度は春雪が唖然とする。
地球は球体で当然空の上になどない。
空を昇った先にあるのは広い宇宙だ。

「もしかして大昔の人が信じてた地球平面説と似た感じか」
「地球平面説?」
「星の形状が平面状とか円盤状っていう宇宙論」
「宇宙論?すまないが全く分からない」
「あ、地球で使われてる言葉は置いて。俺たちがいま居るこの大陸の上に並行した大陸があるって信じてるってこと?」
「そうだ。地の地上層と天の魔界層は魔層で繋がっている」
「うーん……」

地球平面説とはまた違う説に春雪は唸る。
並行して存在する天(魔界層)と地(地上層)が魔層というもので繋がっているとは、随分面白い発想だと。
まるでサンドウィッチ。
天と地の大陸が食パンで、魔層が間に挟まった具。

「ただ、精霊族は魔層を使えない」
「どうして?」
「魔素に耐えられない。魔層に入り生還した者はいない」
「魔素?……あ。それがあるから魔法が使えるって習った」
「ああ」

昨日の魔学で習ったばかりの言葉。
この世界では体内に流れる魔力と空気中の魔素によって魔法を使うことができる。

「魔層を使えるのは魔族だけってこと?」
「あとは魔物もだ。魔物も魔層から出てくる」
「ふーん。ん?精霊族は耐えられないなら魔王と戦う時はどうするの?向こうが仕掛けてくるのを待つだけ?」

冒険小説の印象で勇者が魔王の城へ討伐に行くものだと思っていた春雪は首を傾げる。

「いや。勇者も魔界層への道を繋げることが出来る」
「俺たち四人が?」
「時政殿と柊殿と美雨殿は勇者一行。精霊王の力を得ることができるのは特殊恩恵〝勇者〟を持つ者ただ独り。つまり春雪にしか繋げることができない」

精霊王の力を得ることができるのは勇者のみ。
覚醒により得た精霊王の力と、勇者にしか抜くことのできない聖剣を用いて天に繋がる道を開く。

「……俺の行動が戦いの幕開けになるのか」
「春雪が開かずとも魔王が魔族を従え地上へ来るだけだ。その場合は地上が火の海と化す」

神にもっとも近い力を持つ魔王。
赤い月が昇ったいま、開戦まで残された時間は長くない。
力を蓄え準備が整ったあかつきには、こちらが仕掛けずとも魔王の方から魔族を従え地上へ降りて来る。

「もし俺が力を得る前に来るとすれば猶予はどのくらい?」
「分からない。遺された歴史書によれば、勇者が召喚されすぐだった場合もあれば何年も経ってからだった場合もあった。何故それほどの違いがあるのかは分かっていない」

赤い月は魔王の復活をあらわしている。
けれど復活後すぐに仕掛ける時もあれば何年も音沙汰のない時もあり、覚醒した勇者の方から仕掛けるのは後者の場合。
ただし勇者も同じく、覚醒の早い者も居れば覚醒が遅く開戦に間に合わなかった者もいる。

「これはあくまで予想に過ぎませんが、復活した際の魔王の力の差ではないかと言われております。十二分な力を持ち復活した場合の開戦は早く、十分でなければ勇者と同じく鍛えた上での開戦になるのではないかと」

あくまでも予想。
真偽を問える相手ではないのだから予想の域を出ない。

「今来てもおかしくないってことか」
「それは今のところないだろう」
「なんで?」
「開戦が近付くと魔物の出入りが活発になる。地上層全ての魔層は監視しているが、そのような報告は入っていない」
「今回は活発にならずにって可能性は?」
「もしそうなるのであれば今代が初と言うことになるな」

今までは魔物の出入りで予測できた。
今回は違うのであれば不運としか言いようがない。

「分かった。ただ、呑気に歴史を学んでる余裕はないってことも分かった。間に合わず無駄死にするなんて御免だ。こっちから仕掛けるくらいの気持ちでやるから戦う術を教えて欲しい」

生への強い執念。
ミシェルとイヴは目を合わせて小さく頷いた。

「春雪。一つだけ聞かせて欲しい」
「うん」
「春雪の能力は恐らく兵器をも作り出すことができる。他人に扱うことはできないが、春雪本人の気持ち次第ではその能力で精霊族を殺すこともできるだろう」

回りくどい確認はここまで。
何より懸念していることをミシェルは春雪にぶつける。

「お前は精霊族の敵となるか?」

威圧感のあるミシェル。
国王の顔になっているミシェルをジッと見返していた春雪は、くすりと口元を綻ばせる。

「俺は生きたい。生きるために敵と戦う。精霊族だからとか魔族だからとか関係ない。俺の敵であれば誰であろうと戦う」

なんとも分かりやすい。
本音でぶつかったミシェルに本音で答えた春雪。

「では私は春雪から敵と判断されないよう努めるとしよう」

春雪の答えは、こちら次第・・・・・と言うことに他ならない。
それならばミシェルができることは春雪の敵にならないこと。

「早速始めよう。春雪が生きるための訓練を。私やミシオネールが厳しいからといって敵と勘違いされては困るぞ?」
「そんな馬鹿じゃない」

そもそも敵になどなれはしないだろうに。
春雪と話すミシェルを見ながらイヴは苦笑する。

「こちらの方は如何なさいますかな?」
「消す」

透明のケースの中で体を起こした後は動かないままのゼット。
今ならまだ『ロボット』でしかなく機械を消すと言うだけ。

「ゼット。おやすみ」
「おやすみなさい。マスター」

ミシェルのローブを脱がした春雪が一言告げるとゼットは再び透明ケースに横になり、自らの手で開閉スイッチを押した。

「……生命は作れなくて良かった」

ゼットの消えた場所を見て春雪は呟く。
機械であるのは事実だとしても、人の形をしているものを消すことはやはり胸にチクリと刺さる。
これが生命体であればもっと罪悪感があっただろう。

「これ。ありがとう」
「ああ」

消すとただ一言感情もなく言い放った割には……。
差し出されたローブを受け取ったミシェルは、浮かない顔をしている春雪の肩をそっと叩いた。

 
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屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
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母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

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