ホスト異世界へ行く

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第零章 先代編(前編)

特殊能力

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「春雪殿」

遂に始まった講義初日。
休みの時間を挟みながら三時間ほどで午前の過程が終了し、これから昼食というところで無言のまま出て行った春雪を時政が追いかける。

「これから食事なのに何処へ行く」
「要らない。俺の分も三人で分けてくれ」
「しっかり食べなければ体調を崩してしまうだろう?」
「ごめん。食欲がないんだ」

青白い顔の春雪を見て時政は頭を搔く。
春雪の気持ちも分からないものではない。
今日こそはと期待していただけにウンザリしたのだろう。

「勇者さま!どちらへ行かれるのですか!」
「すみません。お腹が空いてないので別の部屋で休んでます」
「体調が優れないのでしたらすぐ医療師を」
「いえ。少し寝不足なだけですから」

後から追いかけてきた師団員にそう説明する春雪。
難しい性格ではあるものの争いを好まないのは救いか。
少なくとも苛立ちを口にして騒ぎにするつもりはないようだ。

「生活様式が変わったばかりで眠りが浅いのだろう。大事をとって今日の講義は休ませてやって欲しい」

今日の講義は時政にも首を傾げる内容ではある。
ハッキリ言ってしまえば今受ける必要性を感じない。
それならば春雪の気持ちを優先するべきだろうと判断して、時政も師団員に口添えする。

「では本日の講義は中止にして、明日四人でまた」
「三人の邪魔はしたくない。俺が受けないと中止になるなら食事時間が終わったら戻る。暫く休ませてくれ」

初めて表情を変えた春雪。
有無を言わさないその表情に師団員が黙ると春雪は少し罪悪感のある表情を見せ、そのまま休憩室へと入って行った。

「勇者さまがお怒りになることを申しましたでしょうか」
「寝不足であればつい苛々してしまうのも分からなくない。本人もあの顔は強く言い過ぎたと思ったんだろう。彼にいま必要なのは静かに休ませることだ」

今追いかけられてはますます機嫌が悪くなる。
そしてまた罪悪感を持たせることになるだろう。
春雪の場合は気持ちを落ち着かせる時間を与えるのが一番。





やってしまった。
逃げるように休憩室へ入った春雪はしゃがんで項垂れる。

講師が悪いのではない。
ただ、漸く今日で『自分の能力が分からない』という悩みが解消されるのだと期待していたから、この世界の歴史を延々と聞かされるだけの講義に嫌気がさしてしまった。

いつ能力について学べるのかの問いに返った答えは明後日。
それまでは王族の歴史や王都の造りや現存する種族など、幼い子が学ぶものからやっていくとのことだった。

この世界の者ではない勇者と勇者一行。
幼い子ですら知っていることを知らないから基本から学ばせるのだと理解はできるものの、歴史を聞けば聞くほど自分が本当に特別な能力を使えるのかと不安になり、連日続いている浅い眠りと食欲不振も祟ってつい口調が強くなってしまった。

あんな言い方をするつもりではなかったのに。
心配して言ってくれた人へ強くあたってしまった罪悪感に苛まれつつ長椅子へと横になった。


それから幾許か。
ドアをノックする音が静かな休憩室に響き、もう講義が再開する時間になったのかと体を起こす。

「ミシオネールさん?」
「起こしてしまいましたかな?」
「ううん。最初から寝てなかった」

静かに開いたドアから顔を覗かせたのはイヴ。
春雪へ入室の許可をとってから部屋に足を踏み入れた。

「食欲がないと報告を受けて診察に参りました」
「ああ……手を煩わせてすみません」
「口調が戻っておりますぞ?」

謝罪を流して笑いながら魔法で椅子を春雪の前に移動する。

「検査いたしますので暫しお時間をいただきます」
「検査?ここで?」
「なに、すぐに終わります」

説明して手を翳したイヴに春雪はどのように検査をするのかと不思議に思いながらも邪魔はせず、大人しく座ったまま終わるのを待った。

「ふむ。睡眠障害と食欲不振と出てますな」
「出てる?」
「魔法検査という能力で体の状態が診断できるのです」
「え、……結果で出たのはその二つだけですか?」
「他は軽い目眩もあるようですが、臓器の異常を知らせる結果は出ていないので睡眠障害によるものでしょう」

窺うように見る春雪にイヴは脈拍を測りながら答えると、春雪はホッと安堵の息を洩らす。

「臓器に異常がないからと言って安心されては困ります。睡眠障害は体にも心にも大きな負担となるのですから」
「あ、うん。ごめんなさい」

一瞬で表情を変えシュンとした春雪。
安堵したのは別の理由だと本当は分かっていたけれど、イヴはそのまま知らないふりをした。

「さて。宿舎の料理人から春雪殿が食事を残している報告は受けていないのですが、食欲不振とはどういうことですかな?」

勇者の体調管理も重要事項。
朝昼晩の食事を作る料理長のトビはもちろん、食事の配膳をするダフネからも春雪が食事をしていない報告は受けていない。
異世界人の勇者の口に合うよう改善を重ねている段階のため他の三人は屡々しばしば残している報告は受けているが、春雪だけは毎日完食していて安心していたというのに。

「棄てていたと言うことですか」
「……すみません」

まさかそこまでするとは。
恐らくトイレに棄てていたのだろう。
部屋のゴミに棄てていればダフネが気付く。

「何故そこまで。お口に合わなかったのですか?それとも見知らぬ者が作ったものは食べられないのですか?」

味か潔癖か不信感か。
何にしても食事を棄てる行為は度が過ぎている。

「好き嫌いが酷いとか人が作った物を食べられないとかじゃなく単純に食べられなくて。毎回スープだけ飲んでます」
「スープは口にできるのですか」
「正直に話すと全部飲めない時もありますけど、スープはまだ口にしても吐き気が少ないので」

これは宜しくない傾向だ。
強いストレスで睡眠障害になり食欲もなくなり、本人に食べる意思はあっても口にすると気分が悪くなってしまうのだろう。

「料理人が俺たち勇者のために模索してくれてるのは分かってるから手をつけてないまま返すのは申し訳なくて。食事を棄てる罰当たりなことをしてる罪悪感もありますけど、毎日確認に来る師団に食べない理由を根掘り葉掘り訊かれるのも嫌で」

やはり様子を見に行けなくなったことが悔やまれる。
独りを好む、いや、人に怯えてるとも言える春雪が毎日師団の訪問を受けることは負担であり、その上に食事を棄てる罪悪感も重なっていたとあらば精神に異常をきたすのも仕方ない。

これは春雪だけの問題ではない。
従者のダフネとすら滅多に言葉を交わさない極端な性格の春雪が最初に症状が出ただけで、他の勇者にも可能性はある。
早急に対策を考えなくては。

「お食事に関しては一旦粥とスープに変更しましょう」
「余計な手間を増やしてすみません」
「言い出し難かったのも分かります。ただ寝込むほど体調を崩してからでは遅いので、次からは食べられなくとも棄てずそのまま下げさせてください。料理人にも伝えておきますゆえ」
「分かりました」

目に見えて肩を落としている春雪。
親に叱られた子供のようなその姿にイヴも、忙しさにかまけて報告書の情報だけを見て安心していた自分を反省した。

「食事の変更と併せて胃のお薬と眠れるお薬をご用意しますので、数日間服用してみて様子を見ましょう。無理に食べよう眠ろうと考えるのも精神的な負担になりますから」
「はい」

食事は胃の負担の少ないものに変更して他にもいつでも摘めるものを部屋に用意し、夜は眠剤を服用して眠れるよう促す。
今日からすぐに出来る対策とすればそのくらいか。

「さて。自然治癒力を上げる魔法をかけつつ本題に入りましょう。春雪殿が体調を崩したのは急な環境の変化や人間関係も重なってのことでしょうが、原因の一番は自分の能力に対する不安からだったのではないですかな?」

自然治癒力を上げる魔法をかけながら問うと春雪は俯いていた顔をパッと上げる。

「以前春雪殿が能力について知りたがっていたので、聴聞員には歴代勇者が持っていた能力などをお聞かせするよう助言したのですが、逆に不安にさせてしまいましたかな?」
「え?違う、違います。何も聞いてません。どうしても気になって一度聞いてみたら、子供でも知ってるこの世界や国の基本と常識を学ぶのが先だって言われたので」

逸るように言った春雪。
聞いていたらこれほど鬱々とした気持ちにはなっていない。

「異世界人の俺がこの世界の常識を知らないのは確かだし言ってることも分かるから、講義が始まるまではと思ってそれ以上は訊かずに我慢しました。それなのに蓋を開けたらまた歴史の勉強からで、肝心の能力については明後日から。ミシオネールさんに言っても仕方ないけど、もう歴史はうんざりです」

あの無能どもが。
召喚祭の様子を見てろくに話していないのだろうと予想していたものの、まさか何一つ教えていなかったとは。
マニュアル通りが絶対の正義と信じてやまない師団や魔導師の無能ぶりにイヴは心の中で舌打ちする。

「聴聞員から毎日聞かされる歴史を講義でも最初に学ぶのは、俺たち勇者にこの世界への愛着心を持たせることを優先してるからですか?仮に今敵が攻めてきて戦わなくてはいけない状態に追い込まれたら、教わったこの世界の歴史は俺が生き残るための力になってくれますか?俺は生きたい。生きたいから自分の能力のことを何より知りたい。俺が生きられたら結果的に世界や国が護られたって言うんじゃ駄目なんですか?」

力強い春雪の目と言葉にイヴの肌は粟立つ。
その恐ろしいほどの生への執着に。
イヴはにんまりと口許を歪ませる。

「ええ、ええ。歴史など幾ら学んでも能力は開花しません。この世界の造りやどんな種族が居るかを知っても剣が振れるようにはならない。この国の成り立ちや王族のことを知っても魔法を使えるようにはならない。至極真っ当なご意見ですな」

勇者が道を誤れば魔王に匹敵する強大な敵になってしまう。
だから能力を教えて強い力を持ってしまう前に『勇者が護るのは地上層とそこに生きる種族だ』とすり込んでおきたい。
そんな師団や魔導師たちの思惑を読んだ春雪は賢い。
もっと単純な愚人であれば疑心暗鬼にならずに済んだろうに。

「一つ試してみましょうか」
「試す?」
「私の手に手のひらを重ねてください」
「こう?」

この国に都合の良い勇者の育成などそもそも反対だった。
自分が生きるために戦う。
少なくとも春雪はそれが一番本気になれるだろう。

「もし具合が悪くなりそうならすぐに離してください」
「え?」

極少量、そして緩やかに。
イヴは細心の注意を払う。

「な、何か手から」
「感じましたか。それが魔力です」
「これが?」

重ねた手から体へ流れる魔力を感じ取った春雪は一瞬驚いた表情を見せ、それが魔力だと知ってからは真剣な表情に変わる。

「この位にしておきましょう」

魔力を止めると手のひらを眺める春雪。
幾ら手のひらを眺めたところで変化はないが、初日に魔法を見せた時のように興味津々なその様子にイヴはくすりと笑む。

「魔力の流れが分かりましたか?」
「何かが体の中に流れこんで来たのは分かりました」
「ふむ。でしたら春雪殿は魔法が使えます」
「今の答えで分かるものなんですか?」
「魔法の使えない者には体が温かく感じる程度ですので」
「そうなんですか」

本来はそれも実際に魔力を流す前に座学で教わること。
それを省いて体感させたのは、何一つ分からない自分の能力に不安を覚える春雪の安心材料になれば良いと思ったのと、イヴも春雪の能力を知りたかったからという理由もあった。

「どんな魔法が使えるのかはどうやれば分かるんですか?」
「自分で魔力を流すことが出来れば適性も分かります」
「ステータス画面に出ますか?」
「はい。この世界の者は産まれた際に適性も決まっていて五歳で受ける祝福の儀という儀式で知ることが出来ますが、異界から来た勇者方は魔力の解放と同時に更新するのです」

この世界では王族以外の者は五歳の誕生日までステータス画面を解放しないよう法で定められている。
能力の有無で嬰児が不平等に育てられたりしないように。

「なるほど。じゃあ俺も何かしらの適性があるのは確かだけど、それが何かは魔力を扱えるようになるまで分からないと」
「さようで。今時点で適性のある属性が予想できるのは、聖女の美雨さまの聖属性と魔導師の柊さまの闇属性だけです」
「柊もそれ以外の属性は分からないってことですか」

独り真剣に何かを考え始めた春雪。
ただそれは何も知らなかった先程までの不安そうなものとは違って、魔法や能力について考えているのだと分かる。

「歴代の勇者には魔法が使えずとも剣や武闘に長けた方も居れば、剣や武闘は苦手でも魔法に長けた方もおりました。以前お話したように勇者の特殊恩恵は沢山の可能性を秘めているのです。今後訓練を積むことで向き不向きも分かるでしょう」
「はい。ありがとうございます」

自分に魔法の適性があることを知っただけ。
それでもこの世界で戦うための能力が一つあると分かっただけで春雪の強い不安は少しだけ和らいだ。

「ではそろそろ言葉遣いを改善していただけますかな?このままでは私が白い目で見られてしまいますので」
「あ、すみま、いや、ごめん」

言葉遣いのことはすっかり忘れていたようで、指摘されてぎこちなく謝る春雪にイヴは笑う。
国民階級で言えば勇者と賢者は同じ特級国民ではあるが、やはりこの世界で産まれ育ったイヴにも勇者は特別な存在。

「講義もこんな風に必要なことから教えてくれたら良いのに。今後この世界で生きるなら歴史や常識を学ぶのも必要になるけど最優先事項とは思えない。だから不信感がつのる」

春雪がぽろりと洩らした本音。
疑い深い春雪だからこそ、肝心な能力について教えるのをあえて先延ばしされていることや裏があると気付いてしまった。

「そうですな。私が講師であれば初日の今日は歴史ではなく魔学から始めたでしょう。最初は座学で属性の種類や魔力を扱うことでの危険性を教え、次に訓練を行い今のように魔力の流れを体験させて自分で魔力を流せるようになって貰います」

もしイヴが講師であれば魔学から始めていた。
若者であれば特に、異界に居た時にはなかった力を先ず教えた方が異界とこの世界の違いに興味を持つ可能性が高いから。
こちらの都合で召喚された勇者へ訓練校の講義のように歴史を聞かせたとて「素晴らしい世界だ」とはならないだろうに、師団や魔導師はそれに気付かないのだから呆れる。

「ミシオネールさんに講師をして貰うのは無理?」
「ふむ。賢者については学びましたかな?」
「少し。全魔法を使えるのは賢者だけで地上に数人しか居ないことと、俺たちと一緒に魔王の討伐に行くってことは聞いた」

賢者は魔法を扱う人の中で頂点の存在。
国王城のあるこの地に居る賢者は一人だけと聞いて、既に自己紹介を受けていた春雪はイヴのことだとすぐに分かった。

「では少し補足いたしましょう。講義で学んだ通り賢者はその能力の高さ故に命を狙われたり悪用しようと近付く者も多いため、正体を明かさず各地で生活しています。私は陛下の付き人や相談役を兼ねているので国に仕える者であれば正体を知っておりますが、一般国民は誰も知りません」

イヴが賢者だと知っている者は極一部。
他の賢者については名前どころか顔すらも知られていない。

「正体を隠さないと危険なのは分かる気がする。魔法を見せて貰った時に思ったけど、あれだけ凄い能力を持ってる人を自分の傍に置きたいと思う人は少なくないだろうし、悪さを企む人にとっては逆に強い賢者は何より邪魔な存在だろうから」

実際にイヴの魔法を見た春雪には正体を隠すのも理解できる。
特別な力を持つ存在と言うのは争いの火種にもなると知っているからなおさら。

「ええ。ですから賢者は有事の時以外、賢者だけが使える特別な能力を使わないよう制限しています。最初の段階であるいま私が講師に付かないのはそういう理由があるからです」
「そういうことか」

最初の座学や訓練は初歩の初歩。
能力の高い賢者が現段階で勇者に教えることはない。

「ん?今ってことは後々は講師になってくれるってこと?」
「はい。魔法レベルが魔導師の教えられる範囲を超えた際に」
「じゃあ俺は教わる機会ないかも」

しゅんと肩を落とした春雪を見て髭を撫でるイヴ。
いやはや、そんなしおらしい姿を見せられては落ち着かない。
知りたがっていることを教えた為に、他の者よりは多少の信用を勝ち取れたのだろうか。

「座学の講師に付いている師団や今後の訓練に付く魔導師も優秀な者を選別しております。私でなくとも学べますぞ?」
「それは分かってる。勇者教育の講師に選ばれる人が無能のはずがない。それは分かってるんだけど、なんか……」

言い淀む春雪にイヴは首を傾げる。

「ごめん。上手く説明できないけど変な気分にさせられる人が何人か居る。寒気がしたり鳥肌がたったりして落ち着かない」
「どういうことですかな?」
「分からない。講義を受けてる最中とか休憩中にもあった。誰かにジッと見られてるような。いや、様子を見られるのは当たり前だと思うんだけど、それが何か変な気分になるんだ」

懸命に伝えようとする春雪。
けれどイヴにはその『変な気分』が分からない。
あらゆる理由で講師陣が目を光らせているのは予想の範疇で春雪本人も見られること自体は理解しているが、問題はそれが『変な気分になる』と言うことのようだ。

「他の勇者方のご様子は?」
「多分俺だけだと思う。聞いてないから分からないけど」

その違和感が女性の美雨であれば、不届きにも聖女さまを下心のある目で見ている者が居るとも解釈することができる。
だが春雪は男性で講師陣も全て男性。
勇者だからつい眺めてしまうという方が現実的。
ただそれであれば春雪も『見られて不快』と言うだろう。

「……ふむ」

いや、どうだろうか。
ぱっちりとした二重の大きな目でイヴをジッと見ている春雪を見て、その可能性を捨てるのはまだ早いかと考え直す。
なにせ春雪は性別の判断に迷うほど中性的なのだ。

「これを身に付けておいてください」
「ネックレス?」
「お守りのようなものです。今晩引き取りに参りますので」

イヴが春雪の首にかけたのは録音石の付いたネックレス。
賢者という立場にあるイヴの身に何かあった際には記録されるよう既に魔法が付与してあるもので、まだ魔力を使えない春雪でも石に記録が残る。

「これには私の防御魔法が付与してあります。万が一春雪殿に何かあれば効果が発動して御身を守ってくれるでしょう。引き取りに行くまでは肌身離さず着けておいてください」
「え?でもミシオネールさんの身を守るための物なのに」
「私は咄嗟に魔法が使えなかった際の代用として付けているだけですので。普段は魔法を使えますからご安心を」

イヴは気を失うでもしない限り魔法は使える。
春雪に渡したのも防御魔法の効果より、近付く者の姿や声を記録して『変な気分』の原因をつきとめるのが何よりの目的。

「……ありがとう。何から何まで」
「なんの。春雪殿が少しでも安心できるよう私が努めたいだけですので礼など不要。立場上直接教えることのできない罪悪感を埋めているだけの自分本位な行動だとお考えください」

罪悪感と言うのも半分は本音。
もう半分は、万が一春雪に何かあればミシェルがどのような行動を起こすか分からない怖さ。
物心ついた時から自らの心も体も制御してきた若き国王が、素のままに心を許せる者の身に万が一のことがあっても『今までの国王』を貫けるかどうか……考えただけでも恐ろしい。

騒動になりかねない芽は早く摘む。
それもミシェルの付き人で相談役のイヴには重要な役目。
国王のミシェルや国や自分のための行動であって、春雪からの礼を受けとるようなことはしていない。

「食事は難しくともお飲み物なら如何ですかな?」

安心材料を一つ用意したことで春雪の表情が少し穏やかになったのを見て、イヴは異空間を開き手を入れる。

「これも魔法?」
「時空属性を使った異空間アイテムボックスです。生命体は入れられませんが、荷を仕舞って運べるのはもちろん作った料理を腐らせず仕舞っておくこともできるので旅をするには便利ですぞ」
「へー」

イヴが異空間アイテムボックスからティーポットやティーカップを出す様子を見る春雪は、玩具を見る子供のように興味津々。

「少し触っても良い?」
「どうぞ。春雪殿が入ってしまうことはありませんので」
「俺も一応生命体だからね」

ハハッと笑い声を洩らして異空間アイテムボックスに触れる春雪。
今度はイヴが初めて笑い声を洩らした春雪に興味津々。
よほど魔法が好きらしい。

「俺も早く魔法を使ってみたい」

そう言って春雪は自分の手を見る。
血管を何かが流れるあの不思議な感覚。
それを思い出しながら。

「ん?」
「春雪殿!」

手のひらに集まった温もり。
春雪がそれに気付くと同時にイヴが珍しく声を荒らげる。

「なんか手のひらが温かいんだけど」
「…………」

手の温もりに首を傾げる春雪と唖然とするイヴ。

「は、春雪殿。そのまま危険のない何かを想像してください」
「危険のない何か?なんのために?」
「春雪殿の手には魔力が集まっています」
「……え?」

無意識に魔力を通してしまった春雪。
本来なら座学で魔法について学んだ後に訓練で繰り返し魔力を流す練習をするのが通例に関わらず、春雪は一度イヴの魔力を感じ取っただけの経験で魔力を流せるようになった。

「出したい魔法をしっかり想像してください。想像が甘いと魔法が暴走して大怪我をします。自分が一番想像し易い物を頭に思い浮かベて実体化させるのです。実体化させてくだされば私が無効化できますので、落ち着いて挑戦してください」
「分かった」

真剣なイヴに反して春雪は至って冷静。
想像が甘いと大怪我をすると言うことは、しっかり想像すれば問題ないと言うこと。

「危なくなくて、想像し易いもの」

少し考え頭に浮かんだもの。
春雪にとっては馴染み深いものを思い浮かべる。

「ナノ」
「!?」

春雪の手からゴトンと床に落ちた小さな金属の箱。
魔法の適性が分からないため火がくるか水がくるかと構えていたイヴは、床に落ちている箱を見てまた唖然とする。

「は、春雪殿……これは?」
「ナノ。映像を観たり音楽を聴いたりする機械」

説明しながら床から箱を拾った春雪はスイッチを押す。

「!?」
「使えた」

未来の映像機器『ナノ』。
ボタンを押せば立体映像が浮かび上がり、小さな機械に内蔵されたスピーカーからは臨場感のある音が聴こえる。

「これは持ち運びタイプのだからしょぼいけど、置型のだと等身大の立体映像で五感体験も出来るから迫力がある」

春雪がミシェルに話したバーチャルリアリティでの祭りというのも、テレビやパソコンに成り代わり未来で普及している映像機器を利用したもので、7Dホログラムよりも先を行く。

「異世界でアイドルグループが観れると思わなかった」

小さな箱の上で踊る女性が二名。
肌の露出の多い衣装を着て謎の言語で歌っているそれに、イヴは驚きのあまり声を失っていた。

「……触ってみても?」
「うん。ただの立体映像だから触れないけど」

深呼吸をして冷静を装うイヴが謎の機械に手を伸ばし持ち上げると、何故か映像機器はスっと消えた。

「え。消えた」
「ふむ。魔法で作られた物ではあるようですな」
「魔法だと消えるってこと?」
「はい。術式というものを用いて留めることはできますがそれもずっと残せる訳ではありません。普通は術者の集中力が途切れれば消えますし、対象物に当たれば消えます。今の場合は恐らく私が触ったことで当たり判定になり消えたのかと」

消えたことで魔法を用いた物であることは分かったものの、その魔法が特殊なことは間違いない。
賢者にも属性魔法を使った氷や炎の剣などは作れるが、春雪のように属性の分からない謎の箱を作り出す魔法などない。

「春雪殿。ステータスを確認して貰えますかな?」
「あ、魔力を通せたら更新されるんだっけ」
「はい」
「ステータスオープン」

魔法を使えた喜びの隠せない春雪はステータスを開き、何が追加されているのか確認する。

「属性魔法の項目は更新されましたか?」
「属性……あ、これか。聖、闇、時空だって」
「な、なんですと!?」

適性のある魔法属性を聞いて大きな声をあげたイヴに春雪もビクッとする。

「な、何かおかしい?」
「有り得ないと言うのが正しいかと。基本である四属性の適性が一つもないに関わらず上級の三属性全てに適性のある者など聞いたことがありません。以前お話ししたように、四属性の何かを極めなければ三属性は使えないのです」

火・水・風・雷の四種類が基本四属性。
例えば基本四属性の中から火属性の適性があり、その他にも聖・闇・時空属性の適性があると言うのであれば分かる。
それであれば火属性を極めれば三属性も扱えるようになる。

ただ春雪の適性には四属性がない。
適性のない属性魔法は使えず極めようがないのだから、永久に三属性を扱えるようにはならない。

「……じゃあ魔法は使えないってこと?」
「本来は。ですが、たった今春雪殿は魔法を使ったばかり。一体何の属性魔法を使い箱を作り出したのか、四属性の適性なくどうして魔法が使えたのか。私にも全く分かりません」

これが魔法を使う前ならば「残念ながら」で片付いた話。
けれど春雪はイヴの目の前で魔法を使い小さな箱を作り出したのが紛れもない事実。

「春雪殿。一旦他の者には他言無用で。私が調べてみます」
「う、うん。分かった」

さて、どうしたものか。
幾ら勇者の能力は未知と言っても、歴代勇者の中に春雪のような極めて特殊な能力を持つ者の記録など遺されていない。
こうなれば禁書を読み漁って手がかりを探してみなくては。

イヴはすぐにでも調べたい気持ちを抑え軽く髭を撫でた。
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