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第十章 天地編
王家
しおりを挟む裁判が終わり気が抜けたのか惰眠を貪った後の夕方。
異空間に仕舞ってきた礼服に着替え参加した少し早めの晩餐。
広い大食堂に長いテーブル。
その長いテーブルに着いているのはアルク国王と王妃三名とその子供たち(5~19歳までの王子王女)、その対面にはブークエ国王と第一王妃とルナさま……そして俺。
場 違 い 感 が 凄 い 。
なにこの罰ゲーム。
俺以外が全員王家という状況の晩餐など罰ゲームでしかない。
気を抜くとチキンムーブが発動しそうだ。
「こちらは氷山のステーキです。賢者の葉で香り付けしてあります」
氷山?
肉料理で運ばれて来たのは謎の肉。
晩餐を仕切る料理人の説明を聞きこっそり特殊鑑定をかける。
NAME イスベルク
寒冷地の山に棲息する体長三mほどの魔物。
長い鼻と鋭利な牙を持つ。
体内に雪を蓄える性質を持っており怒ると氷塊で攻撃してくるため、寒期に遭遇した際には注意が必要。
寒期以外は地中に潜っていて発見が難しく食用になる部位も背部だけのため、貴重な食材として取引される。
栄養価が高く鉄分が豊富。
味はマンモスの肝臓に似ている。
………食ったことねえよ!
『味はマンモスの肝臓(キリッ』って説明されても絶滅したマンモスを食ったことがないし当然見たこともない。
写真(画像)を見る限り確かに博物館に飾られているマンモスそのものの容姿だけど。
貴重な肉らしいのに無反応な王族たち。
いや、王家の晩餐が賑やかになるはずもないけど少し驚くくらいの表情は見せてもいいと思うけど……と思いつつ一口。
味と食感は水分が少なめのレバーといった感じ。
食用は背部だけと言ってたから肝臓ではないんだろうけど、牛と豚のレバーを混ぜて固めたような微妙な味と食感がする。
香り付けというよりレバー特有のクセの強さを消すため賢者の葉(ローズマリーらしきもの)を使ってるんだろう。
はっきり言ってマズイ。
単純な調理法が基本のこの世界ではこれ(塩コショウで焼いただけ)が限界なのかも知れないけど、パサパサモソモソしていて口内の水分を持って行かれるし、肝心な下処理の臭みとりをしていないレバーの生臭さに香りの強い賢者の葉の香りが混ざって地獄の所業だ。
後で口内洗浄液をしようと思いながらモソモソ食べていて、目の前に座ってる男の子(第三夫人の子6歳)のフォークとナイフが止まっていることに気付く。
ああ、子供にはキツイか。
それに気付いて他の子たちも見れば、口が止まっていたり水で誤魔化していたりと嫌々食べている状況。
その状況でも美味しくないとか食べたくないと言わないのはさすが帝王学を受けている子だと思う。
いただいた命を残さず食べるというのは基本といえどうしても口に合わないものはあるんだから「残せば?」と言ってあげたいけど、教育方針は家庭によって違うし両親が揃っているのに部外者の俺が口を挟む訳にもいかない。
そもそもレバーは大人でも好き嫌いが分かれる。
まして臭みとりをしてないレバーに強烈なローズマリー(的なもの)の香りがブレンドされているとあれば大人でもマズイと思う人の方が多いだろう。
貴重な食材でも調理法が悪ければ生ゴミ。
この生ゴミとしか思えない代物を表情を変えず食べている大人たちがむしろ鉄壁の仮面。
「英雄。口に合わないか」
無理矢理食べてる子供たちを不憫に思いながら見ていて手が止まってたようでアルク国王から問われる。
王家の晩餐に呼ばれて参加した身分だから本来ならそんなことはないと答えるべきなんだろうけど……。
「貴重な食材をいただく機会を賜り光栄なのですが、異世界人の私には得意としない味です。申し訳ございません」
異世界人じゃない子供たちの口にも合わないようだけど、幾ら高級食材でもこの味が苦手な人は居るんだと知って貰うため(特に料理人に)あえて正直な感想を答える。
「うむ。私もこれを美味と思い食したことはない」
「陛下も好んで召し上がっている訳ではないのですか」
「栄養価が高いから仕方なくというのが正直なところだ」
「そうでしたか」
アルク国王をはじめとして他の大人たちも美味しいとは思ってなかったらしく、正直な感想を言った俺に苦笑する。
「この食材は私の居た異世界の肝臓という食材にそっくりなのですが、調理前に血抜きや臭み取りといった下処理をしっかりした方が臭みが消えて今よりは食べ易くなると思います」
「シンさまの故郷では肝臓を召しあがるのですか?」
「はい。この世界では薬にしか使いませんよね」
「お料理に使うというのは初めて聞きました」
話しかけてきたのはルナさま。
この世界だと肝臓は薬にするのが常識だから驚くのも当然。
「血抜きというのは吊るしておくのとは違うのだろうか」
「私のいう血抜きは肉に入っている血の塊を取り除く作業のことを言います。血の塊を丁寧に取り除き肉が浸る量のミルクに二・三時間ほど漬けておけば臭みが抜けますので、大量の賢者の葉を使い香りを誤魔化さずとも食べやすくなるかと」
「ほう。料理人に次はそうするよう話しておこう」
「是非お試しください。現物を見ていないのでもしかしたら私が知る肝臓と違い血の塊はないのかも知れませんが、ミルクに漬けておくだけでも臭みは多少和らぐと思いますので」
肝臓は下処理が大事。
これは肝臓じゃないから血の塊があるかは分からないけど、これ系の食材の臭み消しと言えばミルク。
贅沢を言うなら子供の口にも合う味付けにしてあげて欲しいと思うけど、この世界では調味料の種類が限られているから(俺は自分で作ってる)難しいだろうし、何より味にまで口を出すと王宮料理人もさすがにいい顔をしないだろう。
「英雄は料理に詳しいのだな」
「シン殿は召喚された時から料理人レベルが7だった」
「道理で。すぐにでも王宮料理人になれるレベルだ」
「お強いだけでなく多才なのですね」
「素晴らしいですわ」
「お褒めに預かり光栄にございます」
家族だけ+王家同士の晩餐という理由も関係しているのか、アルク国王も含め王妃たちも武闘本大会の時とはがらっと印象が打って変わって意外にもフレンドリー。
国王のおっさんや第一王妃やルナさまもさっきまでは静かに食事をしていたのに料理の話で盛り上がっている。
何か少しホッとした。
地上層に二つしかない国の王家同士の関係がギスギスせずに済んでいるというのは国民にとって好ましいことだ。
両国との繋がりを深めるために結婚することを決意したルナさまにとっても、ルナさまの幸せを願うエドにとっても。
その後の晩餐は終始和やかだった。
・
・
・
「英雄公爵閣下」
「はい」
「お引き留めして申し訳ございません」
晩餐を終えて位の高い順にアルク国王と第一王妃(ホスト国の国王が優先)、そして来賓側の国王のおっさんと第一王妃とルナさまが先に大食堂を出たあと俺に声をかけてきたのは第二王妃。
ブルーの髪と瞳の美形マダム。
「このあと第二宮殿で公爵家のみなさまをお招きして夜会を行うことはお聞きいただけましたか?」
「はい。伺っております」
「よろしければ英雄公爵閣下も足をお運びくださいませ」
「是非伺いたく存じます」
「ありがとうございます」
貴族裁判の後に夜会があることは来る前から聞いていた。
アルク国に来ても夜会かよ!と言いたいところだけど、貴族ならまだしも王家主催の夜会を断れるはずがない。
「部屋に戻り支度をしてから参ります。後程改めてご挨拶を」
「お待ちしております」
短い会話を交わし敬礼をして残っていた王妃二人と子供たちを見送った。
「お急ぎください」
「うん」
一番最後に出た俺を待っていた団長。
第二宮殿で行う夜会のための支度をしないといけないから、出て早々に急かされ部屋に急ぐ。
もう少し時間に余裕を持って欲しかったけど、夜会に集まる公爵家は晩餐に参加してないから長く待たせる訳にいかないと言うのも分かる。
「衣装に不備がないか確認だけ頼む」
「はっ」
部屋に戻って礼服を脱ぎ、今まで着ていたものより華やかな夜会用の衣装のチェックを団長に頼んで俺は浴室に。
そのまま夜会に行けるならまだしも〇〇用と使い分けて衣装を着替えなくてはいけないから貴族は面倒くさい。
ゆっくり浴槽に浸かる暇もなくシャワーを浴びて(歯磨きと口内洗浄だけは念入りにして)急いで風呂を出る。
夜会まで一時間半ほど時間があると言っても魔導具で髪を乾かして整える時間を考えると結構ギリギリ。
「あれ?」
バスローブを羽織り髪を拭きながら部屋に戻ると部屋の担当をしてくれてる客室メイド二人が居て首を傾げる。
「席を外している間に入室したことをお許しください」
「団長が許可したなら構わない。どうかしたのか?」
「ライラ王妃殿下より英雄公爵閣下のお支度を手伝うよう命を受けました。ご用命があれば何なりと仰せつけください」
「王妃殿下が?」
「従者をお連れでないことがお耳に届いたのかと」
ライラ王妃とはアルク国の第一王妃(正妃)。
俺が従者を連れて来てないことを聞いて夜会の支度を手伝うようこの部屋を担当する二人に指示したようだ。
団長が俺の入浴中に入室を許可したのも納得。
「私にはありがたい話ではあるが、客室メイドに従者の役目を頼むのはさすがに気が引ける」
客室メイドの仕事は接客。
直接客と対面するから容姿のいい者しかなれないし、他の使用人よりも上等な衣装や装飾品を身につけていたりと使用人階級の中では割と位の高い立場にある。
「お気遣い感謝申し上げます。ですが英雄公爵閣下のお役にたてるのでしたら光栄に存じます」
「……では、頼んでもいいだろうか」
「是非。おかけになってください。髪を乾かします」
「よろしく頼む」
位が下の従者の役目をして貰うのは気が引けるけど、時間がないからありがたく甘えることにした。
「質問の許可をいただけますか?」
「許可する。以降は質問や発言の許可をとるのは不要だ。堅苦しいのは苦手でな。私は普段通りに話させて貰う。そちらもどのように接しようと責めもしないし強要もしない」
「ありがとうございます」
この世界だと目下の者から目上の者へ挨拶をするのがマナー。
それ以降に発言する時も目上の者に許可を得てからが基本。
ただ、異世界から来た俺には一々面倒くさいとしか思えず、誰でも好きに発言してくれるよう話している。
「シモン大商会のヘアパックをお使いですか?」
「ん?ヘアパックを知ってるのか。たしかに使ってる」
「やはり。王家でも最近になって使われるようになったのですが、艶はもちろん櫛の通りも格段に良くなりました」
「へー。アルク国の王家でも」
「英雄公爵閣下の御髪も艶やかで滑らかですのでお使いになっているのではと思いまして」
ブークリエ国の王家は既に使ってたんだけど、まさかアルク国の王家まで使ってるとは。
さすが種族問わず人気の大商会だけある。
「元々ヘアパックは俺の要望でシモン侯爵夫人が開発してくれた商品なんだ。この世界にはない男性専用の洗髪剤を作って貰うついでに異世界の知識を話してヘアパックも作って貰った。ブークリエの王家や貴族には既に出回ってることは知ってたけどアルクでも使われてるのは知らなかった」
洗髪剤という名前でシャンプーやコンディショナーはあったけどダメージを修復するトリートメントやヘアパックはなく(オイルで代用してた)、商会の美容部門を担う夫人に作って貰った。
「英雄公爵閣下の発案だったとは存じ上げませんでした」
「俺はただ異世界にあったものの知識を提供しただけで何もしてない。その知識を元に開発をしたのはシモン侯爵夫人や職人だから功績もシモン大商会のものだ」
俺は知識を話して後は丸投げしただけ。
商品として開発したのはシモン侯爵家。
「共同開発という形にはしなかったのですね」
「シモン侯爵にも共同でとは言われたけど、俺はヘアパックで商売するつもりはないから断った。自分の領地で経営する料理店のメニューは開発者権を取られて俺が作れなくなったら困るから取ったけど、それ以外は権利を主張するつもりはない」
仮に異世界のレシピを登録せず他の人に開発者権を取られた場合、商売する時に(個人で作るのは自由)この世界に持ち込んだ本人の俺が使用許可をとらなくてはいけなくなる。
それは困るから取ってるけど、そもそも自分が作った物じゃない異世界の知識を必要以上に主張するつもりはない。
「欲がないと申しますか」
「いや、俺も充分欲深いぞ?領地の経営はもちろん自分が生きるためにも金は必要だから誰にでも施しをするような聖人じゃない。ただたんに欲求の優先順位が金じゃないってだけ」
生きる上で金が必要なのは地球でも異世界でも同じ。
殺人以外のことはしたのも全ては生きるために金が必要だったからで、欲のない聖人君子とは真逆の存在だ。
「貴族らしくない貴族であることは間違いないですね」
「だって成り上がり貴族だし。一般国民の感覚と同じ」
「一般国民の感覚ともズレていると思います」
「え?そんなに違う?」
真顔でいう団長と衝撃を受ける俺の会話に客室メイドたちはクスクス笑った。
「「お美しい」」
乾かして貰った髪型を整えて礼服に着替えるためバスローブを脱ぐと、客室メイドのそんな呟きが聞こえて振り返る。
「体が?刺青か?」
「……ご無礼を!」
「申し訳ございません!」
俺と目が合って慌てて顔を逸らした二人。
「謝らなくていい。褒めてくれてありがとう」
社交辞令ではなく素で洩れた感想ならありがたい話。
謝る必要は一切ない。
「礼儀作法に厳しい客室メイドでもつい言葉を洩らしてしまうのも理解できます。シンさまの容姿はこの世界の者と比べて驚くほど優れておりますので」
「ありがたい褒め言葉だけど自分ではそこまでとは思わない。22年間見てきた容姿だし」
自分で言うのも何だけど不細工な部類ではないと思う。
ただ、この世界の人と比べて自分が別格に優れた容姿をしているかというとそうは思わない。
むしろこの世界には美形が多いと感じる。
「表現が適切か判断に迷いますが、シンさまは全てが整った芸術作品のようで不思議と神々しさを感じるのです」
「そう言われてみればエミーもよく見た目だけは神々しいって言ってるな。全然ピンとこないけど」
馬子にも衣装的な意味で言ってるんだと思ってたから聞き流してたけど。
「シンさまを神のように崇拝する者が多いのは、優しさや強さだけではなく神々しい容姿も関係しているのだと思います」
「んー。ただのクズなんだけどなぁ」
神々しいと言われて唯一思い当たる節と言えば、俺が精霊神と魔神の子ということ。
精霊神と魔神の顔はいつもフードや布で隠れていてまともに見たことがないから似てるのか分からないけど。
「まあ人から褒めて貰えるのは光栄なことだから素直に受け取っておく。ありがとう」
地球に居た21年間も含めて自分にとってこの容姿が様々な場面で使えるものだったことは事実。
グレーゾーンの生活をしてた時もホストになってからも、この体や顔が役立ってくれたから生きてこれた。
・
・
・
「何とか間に合った。手伝ってくれてありがとう」
「勿体ないお言葉をありがとうございます」
「英雄公爵閣下のお役に立てましたなら幸いです」
「本当に助かった。感謝する」
時間ギリギリ。
手伝ってくれなかったら間に合わなかっただろう。
二人の手をとって指先にキスをして感謝を伝えた。
「騎士さま。整頓は私どもにお任せください」
「第二宮殿まで距離がございますのでお急ぎを」
「では頼む」
「「はい」」
俺が使ったバスローブやタオルを片付けようとしていた団長を二人が止め、後のことは任せて部屋を出た。
「やっぱディーノさんに付き添って貰うべきだったか」
「申し訳ございません。私も従者のお役目には慣れておらず段取りに手間取ってしまいました」
「いや。慌ただしくなることは予想できたのに自分でできると判断した俺の考えが甘かっただけ。むしろ貴族家の団長に手伝わせることになって申し訳ないと思ってる。ごめん」
団長は子爵家の三男。
本来なら従者の役目をして貰うこと自体が失礼。
「生家は子爵家でも今は軍人ですのでお気になさらず」
「ありがとう。団長が居てくれて助かってる」
「嬉しいお言葉をありがとうございます」
アルク国に居る間の専属護衛として付き添ってくれる団長に世話までさせて迷惑をかけるけど、慣れない土地で傍に心を許せる人が居るという意味でも本当に助かっている。
話しながら馬車に乗って第二宮殿へ。
名前で分かるように第二王妃が暮らすその宮殿は王城を出て豪華な庭園を抜けた先にあった。
「英雄公爵閣下。お待ちしておりました」
「第二王妃殿下はもうお見えになっているか?」
「いえまだ。公爵家のみなさまは既にお揃いです」
「わかった。ありがとう」
第二王妃が来る前に間に合って良かったぁぁぁ!
尤も夜会の場合は主催者の屋敷で行われるから後も先もないんだけど、その主催が王妃だけに気分的に。
「私は離れますが何かあればすぐに参ります」
「よろしく頼む」
団長は夜会の参加者じゃないから交流の邪魔にならないよう離れて(俺の姿が見える場所には居る)警護をする。
結婚していれば夫人と参加するのが一般的だし、ブークリエでの夜会なら異性を誘って一緒に参加して貰ったけど、独身のうえアルク国に誘える相手も居ない俺は当然ボッチで参加。
「英雄公爵閣下がお見えです」
使用人の二人が開けた豪華なドアから入ったダンスフロア。
さすが宮殿……広い。
「偉大なる英雄公爵閣下へご挨拶申し上げます。第二王妃殿下の侍女のベルタと申します」
「同じく侍女のフレアと申します。ご案内いたしますのでどうぞこちらへ」
フロアに入ってすぐの場所で待っていた侍女二人。
第二王妃に挨拶する以外はすみっこに居ればいいかなんて思ってたけど、そうは問屋が卸さないらしい。
侍女の案内で連れられて行ったのはフロアの奥。
椅子に座っていた紳士淑女が俺を見て一斉に立ち上がったと思えばフロアに跪く。
「英雄公爵閣下へご挨拶申し上げます。第二王妃殿下の生家シャルム公爵家当主、カール・フェリング・シャルムと申します。この度は傍系の者が大変ご迷惑をおかけいたしました」
代表して挨拶をしたのは第二王妃の祖父。
ご老体に関わらず威厳がある。
「お心遣い痛みいる。だが私を恨んでいるのではないか?私に詫びたということは此度の事件は私が指揮をとったことを誰かに聞いたのだろう?決定打となる追加証拠を私が集めなければ少なくとも公開処刑は免れた。謹慎刑と罰金であればフェリングの名が傷つくことも最小限に抑えられただろう」
貴族裁判に身内は参加できない。
俺に詫びたということは参加した誰かに聞いたということ。
外道はトロンという爵位名を与えられていてシャルム公爵家を名乗ってないとはいえ、フェリングの苗字を名乗る一人。
一番重い処分である公開処刑判決の出た一族ともなれば当主にも多少の影響は出るだろう。
「恨むなどとんでもないことでございます。クレールの犯した罪は決して許されることではなく、此度の判決は適正な裁きだと考えております。仮に不正な判決がくだっていれば我が一族の者が直接断罪したことでしょう。フェリングを名乗る我が一族は今後理不尽に命を奪われた方々を厚葬し、心にも体にも傷を負った子供たちへと償いを続けて参る所存です」
深く頭を下げていながらもハッキリ答えた当主。
一緒に跪いている人たちも同様に深く頭を垂れている。
「シャルム公並びにその一族の者。顔をあげよ」
『はっ』
顔をあげた紳士淑女に異論のある表情をした者は居ない。
フェリング一族は男女問わず王宮仕えを排出してきた優秀な家系だと国王のおっさんから聞いていたけど、あの話に間違いはないようだ。
「あの者が異端者だっただけでフェリング一族自体は爵位を持つに相応しい貴族だとよく分かった。解放された子供たちに今後害をなす者でないかを確認するためとはいえ意地の悪い問いをしてすまなかった。非礼をお詫び申し上げる」
「詫びなど!どうぞ顔をお上げください!」
俺を逆恨みして子供たちを狙う奴が居るかも知れない。
それを心配して煽ってみたけど少なくともここに揃っている人たちは外道の犯した罪を庇う様子は一切なく、厭味ともとれる俺の言葉にも真摯な態度を崩さなかった。
一族のしたことを真摯に受け止め償おうとしてる人たちに失礼なことをしてしまった。
「恐れながら英雄公爵閣下。特級国民の英雄が目下の者に頭を下げては示しがつきません」
「悪いことをしたら詫びる。何かして貰ったら感謝する。謝罪や感謝で頭を下げる行為に身分は関係ない。子供にそう教えているのに大人の自分がしない方が恥ずべきことだと私は思う」
コソっと助言してくれた第二王妃の侍女に苦笑する。
王妃の侍女は貴族家の者だから彼女の常識は貴族の常識。
でも一般人として生きてきた俺にとっては身分差関係なく謝罪と感謝を伝えるのが常識。
「差し出がましいことを申しました。申し訳ございません」
「いや。私の立場を考えての助言、感謝する」
膝を曲げて謝罪した侍女に笑って返した。
「第二王妃殿下がお見えになりました」
「英雄公爵閣下、どうぞこちらへ」
そうこうしてる間に第二王妃の来臨を知らせる警備兵の声が聞こえシャルム公と互いに胸へ手をあて軽く挨拶をしたあと、侍女から第二王妃の身内である一族と対面に位置する人族側の列の壇に一番近い場所へ案内される。
壇(王家の席)に近い場所ほど身分の高い者というのが基本。
この夜会で言えば、第二王妃>英雄(特級国民)>第二王妃の直系公爵>第二王妃の傍系公爵>他の公爵の順番になる。
エルフ側は王妃の身内とはいえ貴族階級のシャルム公爵が壇に一番近い位置に居るということは、俺以外の特級国民(勇者はアルク国には居ないから賢者)は居ないということか。
王宮騎士と魔導師に前後を護衛されて歩いて来た第二王妃。
その姿を見て少し驚く。
てっきり夜会に合わせ晩餐の時より華やかな装いで来ると思ってたのに、無駄な飾り気のないシンプルな水色のドレス姿。
「みなさま本日はようこそお越しくださいました」
壇の上に立った第二王妃はドレスを軽く摘み上品に挨拶する。
シンプルなドレスでも気品に溢れているのはさすが王妃。
「此の度は私の傍系にあたる者が起こした罪によってみなさまのお時間をいただいたこと、また、恐ろしい状況をご記憶に残すことになってしまったことを、第二王妃としてではなく生家の一員として深くお詫び申し上げます」
既に本家のシャルム公爵家からアルク国王の姓に変わっていながら(王家に嫁いだ時点で生家の姓と爵位名は捨てることになる)生家の一員として謝罪した第二王妃に貴族たちは驚く。
「この夜会は少しでも皆さまのお心が軽くなればと準備させていただきました。どうぞ本日は最後までお楽しみください」
短い言葉だけで済ましてまたドレスを摘み挨拶をした第二王妃へ男性は胸に手を当て敬礼を返し、女性は第二王妃よりも深く膝を曲げて挨拶を返した。
第二王妃が席につくとオーケストラの演奏が始まる。
この後は酒やダンスを楽しんだり交流したりと自由行動。
ただ、基本的には先に開催者(ホスト)へ挨拶するのが普通。
今回は俺以外に特級国民は居ないようだから一番最初に挨拶をしておかないといけない。
「第二王妃殿下へご挨拶申し上げます。シン・ユウナギ・エローと申します。此の度はお招きに与り誠にありがとうございます。拝謁する機会を賜り光栄にございます」
フロアに片膝を着いて第二王妃へ挨拶をする。
本当は既に晩餐で会って会話もしているから名乗らずとも知ってるけど、俺が王城に泊まっていることは誰にも知らされていないから基本通りに名前を名乗る。
「どうぞお顔を上げてくださいませ。此度のことは英雄の尽力なくしては成し遂げることが出来なかったと陛下より伺っております。英雄の活躍で傍系の者が犯した罪が公になり適正な裁きがくだったことで、ようやく被害に合われた方々への償いに尽力することができます。心より感謝申し上げます」
そう言って微笑んだ第二王妃。
第二王妃という立場になる時に生家の名は捨てたと言っても、気持ち的に一族の者が罪を犯したことは簡単に割り切れるものではなかったんだろう。
「第二王妃殿下、もしや」
スッキリした様子を見てまさかと思い訊こうとすると第二王妃は微笑んだまま自分の口許に人差し指をあて言葉を止める。
やっぱり。
王妃は恐らく第二王妃の座を降りようとしてる。
第二王妃の立場では国民を特別扱いすることが出来ないから。
言葉通り第二王妃の座を降りて被害者へ償いをするつもりなんだろう。
「英雄もどうぞ夜会をお楽しみくださいませ」
アルク国にも居た立派な志を持つ王妃。
気高いその姿は王家に相応しい者。
「これは私の他愛のない独り言です。償いの形とは一つだけではなく、その立場の者にしかできない形の償い方もある」
王妃の座を退くには惜しい存在。
独り言だから頭を下げたまま言って再び顔をあげる。
「心優しく気高い第二王妃殿下へ神の御加護があらんことを」
どうかその優しさを忘れず民を導いてほしい。
第二王妃にしか出来ない償いの形を選んでほしい。
全ての人が同じ形の償い方をする必要はないんだから。
最後に最大の敬意をこめた敬礼をして挨拶を終わらせた。
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