ホスト異世界へ行く

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第十章 天地編

英雄の在り方

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包丁では解体できるサイズじゃないから恩恵武器の風雅を召喚してエドにリフレッシュをかけて貰う。

「今から解体するから苦手な人は見ないように」
「魔物の解体が苦手な人など居るのですか?」
「え?居ない?子供とかは怖がらないか?」
「この集落では子供も解体を手伝いますが」
「この集落の子たち鋼メンタル?」
「鋼メンタル?」

カムリンから聞いて驚く。
俺が居た世界なら子供に見せたら問題になりそうだけど。
残酷だとか子供に悪影響を与えるって。

「私たちが生きるために狩ったのですから苦手と思うことの方が失礼かと。無駄のないよう解体して美味しく食すことがいただいた命に対する礼儀だと私たちは教わります」
「たしかにそうだ」

思えば集落は魔界層と同じ自給自足。
自分たちが食べるために狩りをして生き長らえてるんだから、精肉店で既に解体されて売られている肉を買うより命の尊さを分かっているだろう。

「まあ俺も前はそのだったんだけど」
「最初は魔物を倒すのすら嫌がってたからね。この世界では戦って勝たないと生きていけないと話してもトドメを刺すことを躊躇してよく怪我をしていた。解体するのにも真っ青になって具合が悪くなってたし、手のかかる弟子だった時が懐かしい」

まだ訓練を始めたばかりの頃のことを思い出したらしくエミーは苦笑する。

「食べ物を粗末にしないとか命に感謝をして食べるってのは俺が居た世界でも同じ考えだけど、自分で生き物を狩ったり捌いたりはしないから可哀想とか申し訳ないって気持ちの方が大きかった。姿のまま捌くのなんて魚介類くらい」

魚介類も同じ命には違いないのに肉類を解体するとなると途端に残酷だと感じてしまう。
それでも加工済みの肉は食べてたんだからただのエゴだと自分でも思うけど。

「異世界では自分で狩らないのですか」
「うん。食べる肉は畜産農家っていう職業の人が育てた食肉用の生き物だからこの世界みたいに野生の生き物を狩るってことがまず無いし、屠畜とちく場で働く人が解体して食肉加工した物を買うのが一般的だった。生きた状態の生き物を自分で狩って一から捌くなんてしたことがない人の方が多い」

地球と異世界の大きな差は畜産農業の有無。
異世界ではわざわざ食肉用に動物(魔物)を育てることはせず、戦う術のある人(主に冒険者や狩人)が魔物を狩って自分で食べたり売ったりする。

生き物(魔物)を殺すなんて可哀想。
なんて言う人はまず居ない。
そんなことを言っていたら生きていけないから。
魔物も人間も自分たちが生きる為に命の狩りあいをしている。

俺が居た世界の多くの人からすればこの世界の食事情(自分で生き物を狩って自分で捌く)はトラウマ級だろう。
でもこの異世界では生きるために必要なこと。
と言っても異世界にも王都のような大きい街には精肉店があるから、そういう場所に住んでいる人の中には解体するところを見たことがない人も居そうだけど。

英雄エロー公爵閣下。こちらで足りますでしょうか」
「おお。随分と沢山。ありがとう」

大きな寸胴や外で使える魔導炉コンロや野菜や調味料など侯爵や集落の人たちが持ち寄ってくれて沢山集まった。

「本当に閣下がお料理をなさるのでしょうか。私の屋敷の料理人もおりますし、集落の者たちも料理ができますが」
「心配しなくていいよ。シンはこう見えてもLv.7の料理スキル持ちだ。王都では王家の方々も王宮料理人がシンから教わった異世界料理を好んで召し上がってる。味は保証するよ」
「いえ、お味の問題ではなく、私どもいち国民のために英雄エロー公爵閣下のお手を煩わせてよいものかと」

そう話すエミーと侯爵。
味を気にしている訳ではないようだ。

「君は貴族としての正しい常識を備えている。大変素晴らしいことだ。だが、この奇天烈師弟には貴族の常識が通用すると思わない方がいい。細かいことを気にしては胃を痛める」

侯爵の肩に手を置き真顔で言い聞かせる師団長。
それだけ俺やエミーが師団長の胃痛の原因になってるってことだから耳が痛い。

「じゃあそういうことで俺は解体を。手が空いてる人たちで調理器具の準備と野菜を洗っておいて貰えると助かる」

師団長の冷たい目から目を逸らしながら脱いだ軍服や外套ペリースをベルに渡してカムリンから笑われながら、シートの上に横たわらせてある飛行竜の亡骸の前へ行く。

「シンさま。大食い竜グルートンドラゴンは皮も希少価値のある素材ですので傷は最小限に抑えてください。高値で買取して貰えます」
「了解。綺麗に残して誰かの生活に活用して貰おう。作業中は危ないし血も飛ぶから近寄らないようにな」

エドから話を聞きながら血飛沫防止のために自分に障壁をかけ翼で飛んで、牙や角やエミーに譲る瞳がある頭をまず落とす。

「剣を弾く大食い竜グルートンドラゴンをあのようにいとも容易く」
「祖龍も斬れる恩恵武器だけある」
「さすが英雄エロー。素晴らしい」

……キラキラしすぎ!
第三騎士団は新人も多いとあって武闘大会の合同訓練をした時のように新人騎士から期待たっぷりの目で眺められる。

英雄エローさまって本当に強くてカッコイイんだね。こんなに大きくて強そうな魔物でも一人で倒しちゃうんだから」
「うん。僕ももっと鍛えて英雄エローさまになる」
「無理だよ。鍛えるだけじゃなれないと思う」
「鍛えたらなれるのなら何百年も居なかったことがおかしいもんね。前の英雄エローさまが居たのってもう数百年前って長が言ってたよ?長老も生まれてない時」

カムリンが言うように鋼メンタルの子供たちは解体を怖がることも嫌がることもなく平然と話をしている。

「勇者さまじゃないからなれないよ」
「今の英雄エローさまは勇者さまじゃない」
「でも異世界から来た人だし」
「きっと異世界の人は強いんだよ」
「僕は異世界の人じゃないから駄目なのかな」

なんだなんだ。
雲行きが怪しくなってきたな。

「そこの英雄エローの話をしてる子たち」
『は、はいっ!』

俺に聞こえてると思わなかったのか、子供たちは自分たちのことを言われていると分かって驚いた顔で返事をする。

「どの子か英雄エローになりたいって言ったな」
「ごめんなさい。僕、じゃなくて、私が言いました」
「言葉遣いは気にしなくていい。それよりも、君がなりたいのは英雄エローか?それとも英雄エロー勲章や称号を持った奴か?」

一旦手を止め巨体の飛行竜の上に降りて英雄になりたいと言った子供に問う。

英雄エローさまみたいな人になりたいです」
「君から見て俺はどんな人だと思う?」
「強くてカッコよくて獣人でも助けてくれる優しい人」
「そっか。ありがとう」

キラキラした目で言う子供に苦笑する。
中身はただのクズだってことは黙っておこう。

「先に言っておくと、何百年も英雄エロー勲章を持つ人が現れなかったのはむしろ喜ばしいことだ。倒した人に勲章を与えないといけないような強敵が居ない平和な時代だった証拠でもある。そこは勘違いしないように」

本当は英雄エロー勲章を持つ人が現れない方がいい。
英雄エロー勲章を与える対象になるほどの何かが現れてしまったということだから。

「それを分かった上で君がなりたいものが強くてカッコよくて優しい人だと言うなら、なれる。君がその気持ちを忘れずに努力をすれば。称号や勲章は自分が起こした行動に対して後から他人が付けた評価に過ぎない。俺も勲章や称号欲しさに行動した訳じゃなくて、王都の人たちを守りたかっただけの咄嗟の行動が後から評価されただけだった」

英雄になりたくて魔王に挑んだ訳じゃない。
このまま撃たせたら王都の人が危ないと咄嗟にとった行動が多くの人を救った功績として評価されただけ。

「もし君が俺の質問に英雄エロー勲章を持った人になりたいと答えていたら、自由が制限されて有事には戦の最前線に駆り出される人になりたいなんて物好きな奴だって話して終わった。ただ、君が目指すものが強くてカッコ良くて優しい英雄ってことなら話は変わる。勲章や称号を持っているのは俺一人でも英雄は一人じゃない。君が努力をして強くなって大切な人を守った時、その人にとって君も英雄になる」

手柄(英雄勲章)が欲しいだけなら言えることはなかった。
英雄勲章や称号を貰うということは、この子や地上の人がそれだけの危険に晒されるということだから。
そんな相手(危険)に晒されることなど早々ないから夢を叶えるのは難しいと言わざるを得ない。

ただ、にはなれる。
この子が誰かを守りたいと思う気持ちを忘れず、守れるだけの力を得られるよう努力をすれば。

「君たちにはまだ無限の選択肢と可能性がある。夢を見ることを恥じるな。大いに語れ。やる前から諦めず様々なことに挑戦して自分に向いたものを選べばいい。英雄になりたいなら自分と大切な人を守れる強さを手に入れろ。その強さは沢山の知識でも鍛えた体でもいい。手に入れた力を悪事じゃなく自分と大切な人のために使うんだ。未来の英雄たち。君たちが努力をして身につけた強さで誰かの英雄になる日を楽しみにしてる」

分かり易く英雄エロー称号を持ってるのが俺というだけで、称号のないはこの世界のあらゆる所に居る。
勲章や称号を持った人ではなく、誰かを守りたいと思う心とそれを叶える力を持った英雄を目指して欲しい。

「返事は?」
『はいっ!』
「善い子だ。小難しい話はこのくらいにして美味いものを作ってやるから待っててくれ」

元気に返事をした子供たちに笑って解体を再開させた。





「お疲れさまでした」
「ありがとう」

解体が終わり風雅にリフレッシュをかけてくれるエド。
風雅もお疲れさま。

「集落の人たちもすっかりシンさまの虜ですね」
「ん?」

綺麗にして貰い役目を終えた風雅が消えるのを見ながらエドはそう言ってクスクス笑う。

「そうですね。元より英雄エローの存在は私たちブラジリア集落の者にとっても憧れ慕う対象ではあったのですが、それは同時に手の届かない雲の上の存在でもありました。ですが今日実際に自分の目で英雄エローを拝見する機会を賜って、その気さくな為人ひととなりに驚いた者も多かったと思います。そのうえに先程のありがたいお言葉ですから。虜になるなという方が難しいかと」

ありがたい言葉?
そんな言葉を言った覚えがなくてカムリンに首を傾げる。

「シンに特別なことをした自覚なんてないよ。ただ子供たちと会話したってだけで。英雄エローを直接見たり言葉をかけて貰うことがどれだけ価値があるありがたいことかなんて知らない」
英雄エロー本人が一番英雄エローの価値を過小評価しているのだから困ったものだ。らしいと言えばらしいが」

眼球を水魔法で洗いながら言ったのはエミーと師団長。
骨や肉を水魔法で洗う師団員たちも苦笑。

「まあ英雄エローがどんな存在で居るかは意見が別れるところだね。国王のように緊急時に命令をくだす必要がある方なら雲の上の存在であることも必要だけど、民の代表でもある英雄エローはシンのように民寄りの存在でいいと私個人は思う。距離感が近いぶん命を狙われ易いって難点もあるけど」

エミーが言ったそれは俺の迷いどころでもある。
命を狙われ易いっていうのは自分で気をつけるにしても、俺の言動で地上層の人にとって大切な『英雄エローという存在』への夢を壊してしまうんじゃないかと。

勇者でもあった先代英雄エローから数百年。
英雄エローは地上層の人の数百年ぶんの憧れが詰まった存在。
例えハリボテでも手の届かない存在を演じた方が夢を壊さずに済むんじゃないかと思ったこともある。

「俺自身もどうあるべきか迷いはするけど、どんなに迷ったところでそもそも崇高さの欠片もない俺へ常に英雄エローらしく居るよう望まれても無理だ。必要な時には英雄エローを演じるからそれで勘弁してくれ。俺は俺らしくしか生きられない」

いまだに正解は分からない。
でもは無理だからで勘弁して欲しい。

「今のままでいいよ。英雄エローなんて所詮は他人が勝手に作りあげた理想像に過ぎないんだから。変わり者の英雄エローで結構じゃないか。肝心なことは君が何度も国民を救ってくれてるって事実だろう?英雄エローの一番大切な役目は果たしてるんだから、自分の理想とする英雄エロー像を押し付けるような奴のことは放っておきな。君の人生は君のものだ。君らしく生きればいい」

出会った時からブレないエミー。
国仕えなのに国仕えらしくない考えの持ち主。
俺がどんな能力を持とうと立場が変わろうと『夕凪真』という一人の人間として変わらず接してくれる。

「君の生き方は否定しないが、国王陛下やルナさまへの礼儀はどうにかならないものか。無礼極まりない」
「師団長もほんとそこはブレないな」

師団長も出会いから礼儀礼儀とブレない。
既にそれも師団長のキャラクターとして愛着があって、変わらない為人ひととなりに笑みが浮かんだ。

「シンさま。お野菜の皮が剥けました」
「お、ありがとう。じゃあ早速調理に取り掛かるか」

集落の人たちと下準備をしていたベルが知らせに来てくれて早速調理に取り掛かるために異空間アイテムボックスを開く。

「何を作るのですか?」
「一つは素材の味を楽しめるよう串焼き。後はコレ」
「スパイス?……あ!カレーですか!?」
「正解。みんなが持ち寄ってくれた材料を見た感じだと揃ってたし、人数が多い時には大鍋で作れるカレーが一番」

スパイスの種類で察したエドは尻尾を振る。
最初に作った時から喜んで食べてはいたけど、今となってはすっかりカレー信者。

「それって武闘大会で出店した異世界メニューか?」
「そう。カレーなら大量に作れるから」
「物凄い人気で連日満席だったらしいね。警護で時間がなくて行けなかったけど食べてみたかったんだ」
「じゃあちょうど良かった」

この異世界の人の口にもカレーが受け入れられることは武闘大会で出店したカレー屋の人気ぶりで検証済み。
ワクワクするエミーを見て笑いながらエプロン(ソムリエエプロン)をする。

「君の異空間アイテムボックスは大鍋や調味料まで常備しているのか」
「いつどこで料理するか分からないから」
「冒険者でも大鍋はこんなに持ち歩かんぞ」
「それはそうだ。冒険者が持ち歩くような魔導鞄アイテムバッグは容量も大きくないから他の物が入らなくなるし。俺は異空間アイテムボックスが使えるんだからいざって時のために備えておいて損はないだろ?」

大鍋=寸胴鍋。
俺が取り出した三個の寸胴鍋を見て師団長は呆れ顔。
魔界層では狩りや訓練で外出した時には自分で作ることが基本だったから、大食らいの魔族や祖龍の食事を作るとなるとこのくらいは最低でも必要だった。

「俺しか知らない味付け以外の行程はせっかくだからみんなで手分けして作ろうと思う。みんなで食べられるぶんのライの実を炊く人と野菜や肉を切る人で分かれよう。料理が出来ない人には切り終えた肉を串に刺す作業を頼む」

カレーの味つけは俺しか知らないから一人でやるとして、せっかく集まってるんだから一緒に作った方が思い出作りになる。

「ライの実まで仕舞ってあるのか。このように大量に」
「早速役に立っただろ?」

異空間アイテムボックスから出した布袋に入ったライの実(米)数十キロと大量の串を見て師団長は驚く。

「まずは俺が切って見本を見せるから覚えてくれ」

先に串焼き(BBQ)とカレーに使う食材の切り方を教えてから集落の人たちと調理開始。

英雄エローさま早い!」
「凄ーい!」
「だろ?これが料理スキルLv.7の実力ってヤツだ」
「子供相手に威張るんじゃないよ」

料理スキルのお蔭で早剥き早切りもお手のもの。
近くまで来て興味津々に見ている子供たちにドヤるとエミーから呆れられる。

「指を切らないようにね」
「はーい」

わざわざ自宅から包丁やまな板(木の板)を持って来た人たちもいて、大人も子供も一緒に和気藹々わきあいあい
広場は集落の獣人たちの明るい笑い声で賑やかだ。

「みんな楽しそう」
「ん?」
「こんなに気を抜いたみんなを見たのは久しぶりです」

俺が切ったリモ(じゃがいも)を樽に移しながらカムリンはそう言って笑みを浮かべる。

英雄エロー叙爵式じょしゃくしきでの宣言後に厳戒態勢は解除されたものの、まだ普段通りとは行かず緊張感が拭えませんでした。それに子供たちも楽しみにしていた一年に一度の集落のお祭りが厳戒態勢に重なって中止になったので可哀想に思ってたのですが、今日は大人も子供も本当に楽しそうです」
「そうだったのか」

厳戒態勢と重なったなら安全を第一に考えて中止にするのは仕方ないけど、子供たちからすれば楽しいイベントが中止になって嘸かしガッカリしただろう。

「みんな、英雄エローが来てくださって良かったね」
『うん!』
英雄エローさまありがとうございます!」
『ありがとうございます!』

周りに集まっていた子供たちのいい笑顔。
腹黒い考えなど一切感じさせない純粋な感謝の言葉は言われた方も嬉しい。

「それならみんなカムリンにも感謝しないとな。カムリンが顔が見たい会いたいって手紙をくれたから、俺の希望で一番最初の慰問先がブラジリア集落に決まった」
「そ、そうなのですか!?」
「うん。王都からの距離や被害状況で考えればブラジリア集落はもっと後の慰問になったと思う」

驚くカムリンに野菜を切る手は止めず説明する。
実際に火を放たれたのはバレッタ集落だけだったけど、宣言後に壊滅派や暴動派が降伏したことで既に潜伏状態だったことが確認された集落はあったから、恐らく国が予定を組んだらそちらの集落が先だったと思う。

「よろしかったのですか?先にそちらへ行かず」
「国の予定ではもう少し落ち着いてからの慰問になるはずだったんだ。俺がカムリンの手紙を読んで獣人集落に行きたいから術式を使わせて欲しいって師団長に相談をしたら、それなら慰問の予定が入ってるから前倒ししようってなっただけ。もし被害が出た集落があったらそっちに行ったけど、幸いどの集落も被害はなかったから」

慰問に回ることになったのは俺が言ったから。
カムリンが居る集落に来るつもりで聞いた後に慰問の話が出たから、最初の訪問先として希望したのは当然ブラジリア集落。

「被害がないって言ったら語弊があるかも知れないけど。生活を制限されたり祭りが中止になったりしたんだから」
「いえそれは。実際に被害にあった集落があったのですから暴動も起きず怪我人も居なかったこの集落は幸運でした」

国がいうは暴動が起きたか怪我人が出たかどうか。
そこに集落の人たちの生活が制限されたかは含まれない。
だから『被害がない』と言って不愉快にさせてしまったかと思ったけど、そこはしっかり理解してくれているようだ。

「急かしたようで申し訳ありません」
「急かす?何が?」
「私が手紙に書かなければまだ先の予定だったのですよね?お忙しいのに予定を前倒しさせて申し訳ありません」
「俺本人に来る気がなければそもそも師団長に聞いてない。来るつもりだったから聞いた結果で前倒しになっただけ」

早く慰問に来いと催促したなら分かるけど、たんに自分の気持ちを書いただけで急かしたとは言わない。
ベルから今なら術式で行けることを聞いて「じゃあ行くか」となっただけで、カムリンに催促されて来た訳じゃない。

「シンが君の気持ちに応じたというだけの単純な話だろ。君がここで謝ると話を聞いている子供たちが困ってしまうよ。英雄エローに悪いことをしたんだと心配させたいのかい?」
「そ、そんなつもりでは」

今まで黙っていたエミーはそう言って苦笑する。
まあたしかにカムリンが英雄エローの俺に謝ってるところを見れば子供じゃなくても何を仕出かしたと気にするだろう。

「じゃあ子供たちのように素直に会いに来てくれてありがとうとだけでいいじゃないか。仮に申し訳ない気持ちがあるのなら二人きりの時に言えばいい。それなら誰も心配せずに済む」
「その通りですね。失礼しました。みんなもごめんね」

ホッとした様子の子供たち。
エミーが空気を読んでフォローしてくれたから子供たちしか聞いていないまま終わったけど、俺との会話の内容によってはカムリンが怒られる可能性もあるんだと気付かされた。





仕込みが終わり後は煮込むだけになってから鍋の見張りをエドやベルに任せ、少し休憩を貰って再び泉を見に来た。

「演じ疲れかい?」

美しい泉を見てると声をかけて来たのはエミー。

「着いて来たのか」
「ご公務中の英雄エローを一人には出来ないよ。まあ本当は君に護衛なんて必要ないけどね。私にも立場ってものがある」
「なるほど」

形だけの護衛。
エミーらしい本音に笑う。

「随分とご立派な大樹だね。この辺り一帯は数十年前の戦火に巻き込まれたというのによく残っていたものだ」
「戦争があったんだっけ。ドニから聞いた覚えがある」

ドニやロイズは戦争孤児。
その戦地にこのカスカド領も含まれていたのか。

「最初は貴族同士の小競り合いだったものが派閥同士での領地戦争に発展した。いざ開戦すればもう国が仲裁に入っても簡単には止まらない。既にお互いが命懸けで戦ってるからね。最終的には加担してない他の領にも飛び火が始まったから、戦争を終わらせるために国王軍が敵対する者同士を滅ぼした」
「ん?アルク国との戦争じゃなかったのか」

戦争=国同士の戦い。
それが日本で生まれ育った俺の認識だったけど。

「国同士の大戦はもう数千年起きていない。戦争はいつも領地で起きる。その相手がエルフ族の時はあるけどね」
「それって国同士の戦争じゃないのか?」
「種族問わず国民同士が起こす領地戦争は、争っている領主たちが持つ領地たい領地での戦争。国同士での大戦はブークリエ国に属する全ての領地たいアルク国に属する全ての領地での戦争。相手の城を落とす、つまり国王を亡き者にするのが大戦だ」

国民(領主)同士で戦争をしたら領地戦争。
国(国王)同士が戦争をしたら大戦。
という分け方をしてるのか。

「領地同士の戦いって聞いて戦争って表現を使うのは大袈裟な気がしたけど、考えてみればこの世界の領地は一つ一つが広いんだったな。しかも派閥同士ってことは何人もの貴族が参戦したんだろうから戦争って表現になるのも当然か」

異世界の領地は俺が居た世界の都道府県のようなもの。
加担した貴族の中に広い領地を持つ貴族が何人も居れば、俺が居た世界での国同士の戦争と変わらない規模になる。

「二人の領主が起こした争いなら国王軍は参戦しなかった。国王が下賜した時点で領地の責任者は領主だからね。国の決まりごとさえ守っていれば領地をどう使うかは領主次第で、争いも基本的に国は関与しない。ただ、無関係な領までも巻き込む争いになれば話は別。このカスカド領も戦争とは無関係だったのに戦火が飛び火した領地の一つだった」

撃っていいのは~が罷り通るのは戦争も同じ。
ただし、無関係な人を巻き込めば国の決まりに反する。
だから戦争を起こした領地(貴族)は滅ぼされたと。

「先々代のカスカド侯爵が優秀な方で開戦後すぐ万が一のことを考えて避難をさせたから領民は全員無事だったけど、ここにあった人族の街は燃えてなくなってしまった。その頃は私もまだ子供だったから実際に参戦した訳じゃないけど、街は燃えたはずなのにこの泉や大樹はよく残ったものだ」

妖精の女王レーヌドゥフェについて書き残した先々代か。
領民のことを考えたいい領主だったようだ。

「この集落の人は妖精の女王レーヌドゥフェと呼んで守り神として扱ってるって聞いたけど、街が燃えても無事だったことを考えれば本当に妖精にでも守られてそうな気がしてくるね」

聖域に守られた大妖精の依り代ですから。
そのことを知った後の俺には大樹や泉が無事だったことも何ら不思議ではない。

「それにしても白い花に白い実とは今まで見たことがない種類の樹木だ。研究者としては調べてみたくなるね」
「この泉は渡れないぞ」
「え?なんで?」
「純白の花や実をつけるその美しい樹に触れるなかれ。泉を渡ろうとすれば神の怒りに触れ災いがおきる」
「ん?」

現カスカド侯爵から聞いた『先々代の教え』を話して聞かせるとエミーは小さな背で俺を見上げて首を傾げる。

「エミーが優秀な人だと言った先々代のカスカド侯爵が遺した書記にそう書かれてたらしい。先々代のその教えを信じずにここを埋め立てて鉱山労働者の街を作ろうとした先代カスカド侯爵は地鎮の儀の最中に小舟で泉に出て亡くなった」
「事故は神罰だったとでも言うのかい?」
「うん」

半信半疑の様子で大樹を見るエミー。
まあ神の存在は信じていても何かしらの原因がある事故が神罰だったとは信じられないか。

「この大樹には大妖精が居る」
「は?」
「エドとベルとカムリンも一緒に大妖精の姿を見た。ただ、大妖精が居る大樹だって知られたら集落の人も危険な目にあうかも知れないから俺たちだけの秘密にすることにしたんだ」
「まあそれが事実なら騒ぎになるだろうね。大妖精を一目見ようとする者が押し寄せて一躍人気観光地だ。それと同時に大樹を手に入れようとする馬鹿も現れるけどね」

人気の観光地になることは悪いことじゃない。
でもその鹿も必ず現れるから問題で、こっそり泉を渡ろうとして命を落とされたら領主にも集落の人にも迷惑だ。

「……君が冗談を言ってるようには見えないけど」
「信用できないか」
「私は研究者なんでね。まずは疑ってかかる性分なんだ。君たちが見たという大妖精も誰かに幻術をかけられて見せられただけの幻の可能性だってあるだろう?その方がよほど現実的だ」
「なるほど。非現実的なことは疑うのが研究者か」

納得。
話しただけじゃエミーはしかしないな。
尤も俺に幻術は効かないけど。

「大樹の女王。もう一度姿を見せられるか?」
創造主クレアトゥールがお望みでしたら】

大樹の下に現れた女王と泉から浮かび上がる光の玉。
フワフワと飛んで近寄って来た子供たちを見るエミーは言葉を失ったまま驚いた顔をしている。

「これで幻じゃないって信じたか?」
「信じるしかないね。幻術にかかってる気配がない」
「例え研究者の血が騒いだとしても命が惜しいなら泉を渡ろうとするな。こんな大樹もこの世界にあるって事実だけで諦めてくれ。現カスカド侯爵も先々代の教えを守ってこの場所を守って行くと言ってくれた。そっとしておいてくれると助かる」
「さすがに私も大妖精に手を出すほど罰当たりではないよ」

俺とエミーの周りをフワフワ飛び回る子供たち。
人懐っこく肩に乗る子供たちにエミーは笑みを浮かべてそう答えた。

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