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第九章 魔界層編
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しおりを挟む軽く談笑しながら食事を済ませたあと飲み物を飲みながら本題に入る。
一つ目は魔王との誓約について。
内容としては既に魔王から聞かされていた通りで、誓約を交わしたことや内容を知っている者は国王と第一王妃とエミーと師団長と団長の五人だけだということを説明して貰ったあと、今回魔王たちも一緒に呼ばれた目的だった『王都出入り許可証』が魔王へと渡された。
出入り許可証とは国が正式に出入りを許可した人の証明。
本来は貴族や大商人のように身分がハッキリしてる人に発行される物で、冒険者が持つギルドカードのように出入り審査で使える身分証のようなもの。
この許可証を利用できるのは魔王と四天魔。
そして、魔王の半身の役目もある俺の専属秘書のエディとラーシュだけが利用していい約束で発行されている。
まあ魔王は魔層を使わず魔祖渡りで来るから、実際に利用するのは四天魔とエディとラーシュになるだろうけど。
二つ目は爵位の話。
武闘本大会で初の三冠をおさめたことと壊滅派が起こした人為スタンピードで種族問わず多くの命を救ったという理由で公爵まで上がり、王族が所有していた屋敷が下賜されたことと王都じゃない地域の領地も与えられるとのこと。
西区だけで手一杯なのに。
と思ったけど今現在は住人の居ない領地らしく、その土地を何に使うかは俺が自由に決めていいそうだ。
急を要する場所じゃないから魔力漏れがおさまり次第行う予定の陞爵(爵位が上がること)式の場で正式に授与されるらしく現時点では一旦保留。
そして三つ目。
現在俺は療養中の扱いになっているとのこと。
先日迷子の話を聞いて『子供たちは英雄が居なくなったことを知らされてないのか』と思ったけど、あれは大人が子供たちには話さなかったのではなく、むしろ俺が行方不明になったことを知っている国民の方が極一部だったらしい。
英雄は壊滅派が起こした人為スタンピードで能力を酷使したため服喪期間中に体調を崩し、現在はとある場所で療養中。
治療に専念できるよう療養先は明かさない。
完治までには時間を要すると判断して西区の清浄化は一時的に国が代理で行う。
……というシナリオになっている。
よくそんなシナリオを押し通したものだ。
帰って来なかったらどうするつもりだったのか。
実際、急襲を知って戻ったもののあくまで手助けに来ただけで地上層に帰って来るつもりはなかったのに。
「逆に俺が行方を晦ましたことを知ってる人は?」
「王家では私とフランセットとルナ、国仕えではここに居る三名を含めた軍部に属する者とエドワードとベルティーユ。他は代表騎士のロイズ殿とドニ殿、屋敷の総責任者のディーノ殿には管理の問題で話したとエドワードから報告を受けている」
つまり国仕えで知ってるのは軍部に携わる軍人。
一般国民で知ってるのはロイズとドニとディーノさん。
後はみんな国王のおっさんたちが描いたシナリオを信じて、とある場所で療養中だと思ってると。
「ディーノさんや屋敷の使用人はフラウエルを賢者だと思ってたけど、ルナさまやロイズたちはもう正体を知ってる?」
「正体を知っている者はシン殿が居た時と変わっていない。国仕えには当然のこと口外を固く禁じてある」
「そうなんだ。分かった」
それが広まってないなら良かった。
ルナさまもロイズもドニも魔王と親しくしてたから、天地戦まではせめて知らないままで居てくれたらと思う。
「英雄が居なくなったことを知られれば王都だけでなく地上層全体に混乱が生じる。壊滅派が起こした人為スタンピードでまだ人々の不安が残る中、それは何があっても避けねばならなかった。私の嘘にシン殿を巻き込むのは申し訳ないが、療養が終わって戻ったと話を合わせて欲しい」
……ああ、そっか。
嫌でもシナリオを押し通すしかなかったのか。
「ごめん。そこまでは考えてなかった。地上には勇者や英雄が居ることで安心感を持ってる人たちも居るんだよな。自分が地上戦の火種になるんじゃないかとか、傍に居る人たちまで避けられるんじゃないかとか、怖がる人が居るから姿を消そうって考えにしかならなかった」
何かあっても勇者や英雄が居るから大丈夫。
そう思うことで安心感を得ている人たちは居るだろう。
壊滅派の起こした事件で地上層の人たちが不安を抱えてる時に安心材料の一つである英雄の存在を失えば、それこそ混乱が生じてもおかしくなかった。
「シン殿が謝る必要はない。自由に生きたいと言っていたシン殿に栄誉勲章を与え、地上唯一の英雄という大きな荷を背負わせてしまったのは私だ。自分がそうしておきながらシン殿の気持ちを慮ることが出来なかった上に、姿を消した後ですらシン殿の存在を利用してしまった私の方こそ謝らなくてはならない。本当に申し訳ないことをした」
深く頭を下げて謝る国王。
俺が勝手に独りで考え答えを出して去ったのに。
謝ってしまうところが国王のおっさんらしい。
「うん。じゃあもうこの件での謝罪は辞めよう。国王が俺に悪いと思ってくれた気持ちだけは素直に受け取っておくけど、姿を消す前に相談しなかった俺が悪いことも事実だし、何よりお偉いさんから頭を下げられるのは苦手だ」
お互い悪い部分があったってことで終わらせないと、いつまでたっても謝罪が終わらない。
偽りのシナリオだって地上層の人たちを混乱させないためにしたことなんだから責めるつもりは一切ない。
「ではそうしよう。私とシン殿の間での謝罪は済んだ」
「うん」
俺が頭を下げられることが苦手なことを知っている国王は少し笑うと頭を上げてくれてホッとした。
「西区に関してはテオドールから説明を」
「はっ」
エミーと一緒に壁際に立っていた師団長。
西区の状況も気になっていたことの一つ。
「まずは説教を」
「え」
「と言いたいところだが、それは後日にしよう」
「…………」
やっぱり怒ってらっしゃるんですね( ˙-˙ )スンッ
今の今まで表情に出さなかった辺りはさすが鉄壁の仮面をつけた人族の国仕えだけある。
「陛下よりご説明いただいたように西区の政策は今現在国が代理で行っている。君が最優先事項のひとつとして進めていた住居も既に数カ所が完成して子供の居る世帯から入居を行った」
師団長から受け取った書類。
現状で行われてる解体工事箇所や完成した建築物などの情報がズラリと並んでいる。
「あ。駐屯所と警備兵宿舎も完成したんだ?」
「うむ。領民の安全を確保するために警備団を置いてから新築住居への入居を開始した。入居者の情報は後半に纏めてある。全て話すには時間がかかるため後で目を通して欲しい」
「分かった」
前領主が居た時に滞っていた警備団の件。
計画をたてた時に優先で建築を決めた駐屯所数ヶ所と警備兵宿舎も無事に完成したようで、危険なスラムには絶対に必要なそれが建ったと知って少し安心した。
「ん?地区領事館?」
説明を受けながら目を通していた二枚目。
この王都には国家領事館と地区領事館の二種類あって、国家領事館ではブークリエ国全体のあれこれを行い、地区領事館は領主が主体となって地区のあれこれを行う国の施設。
そんな『地区領事館』が建築済みの中に入っていて、俺が行く前には予定になかったその施設に首を傾げる。
「以前君が医療院も必要だと話していただろう?」
「うん。西区には医療施設が一つもないから」
「そこで地区領事館の出番だ」
「ん?」
地区領事館と医療施設になんの関係が?
全くの無関係といえる施設なのに。
「あの時にも話したが今の西区に高価な機器のある医療院を作ることは犯罪に繋がる。医療師の身の安全も保証出来ない。仮に作ったところで生活難の者が頻繁に治療は受けないだろう。ただ、警備の厳しい施設内であれば何かあった際には医療師を呼び診察を行うくらいは出来ると気付いてな」
「ああ、それで国の施設の領事館か」
「そういうことだ。清浄化が頓挫しない限り今後も事務方が増えるのだから、今までのように教会の離れを借りるのでは迷惑がかかる。領事館のない地区など西区だけだ。どちらにせよ必要になるのだから先に建ててしまうことにした」
さすが師団長。賢い。
地区領事館は清浄化が進んでからでもいいと思ってたけど、ゴロツキ程度の奴なら狙わない国の施設扱いの場所があれば他にも活用出来ることはありそうだ。
納得して再び書類を見る。
俺が居ない間に完成した建物は、西区北側に三棟、南側に三棟の住宅(団地のような物)。獣人専用の住宅も南北に一棟ずつ。
商店が北側に一店舗、南側に二店舗。
駐屯所(日本の交番)が北側に二箇所、南側にも二箇所。
それプラス、警備兵宿舎と地区領事館が南北の境目になる大通りに完成していた。
「なんか予定してたよりも早く完成してるな」
「宿舎と駐屯所を先に建築して警備団を置いたことで仕事を引き受ける建築士が増え同時進行で建設と解体ができている。異世界料理店の第一号となる南側のカフェも完成間近だ」
「なるほど。西区は当分のあいだ解体と建設ラッシュだから職人が増えたことはありがたい」
書類で見てるだけでも目まぐるしい変化。
完成しても犯罪者や貧困者の集まる西区ではまだどうなるか分からずお試し段階ではあるけど、今後様子を見ながら商業施設を増やし雇用率を増加させることで貧しさを理由に起きる犯罪を減らしたい。
「ついにカフェが出来るのか。茶碗蒸しを置こう」
「置きません」
「…………」
「しょぼんしても駄目。カフェに茶碗蒸しは変だって前にも言っただろ。成功したら和食店も考えてるからそれまで待て」
キッパリ断るとしょぼんとする魔王。
どれだけ茶碗蒸しが気に入ってるんだ。
「魔王さま。客へ提供する店の料理を実際に作るのは半身さまからレシピを学んだ料理人ですので、魔王さまは半身さまご本人から魔王城や屋敷で作っていただく方がよろしいかと」
「本物を食べられる魔王さまの方が幸運です」
「多めに作っていただけば毎日でも食べられますよ」
山羊さんと赤髪と仮面の必死のフォロー。
クルトとエミーはクスクス笑い、国王と師団長と俺は何となく苦笑を交わした。
「西区については今ここで全て話すことは不可能だ。就任した者の紹介などもあるのでな。屋敷へ帰って書類にだけ目を通して貰って後は君が西区へ出向ける状態に回復してから話そう」
「うん。その方が良さそう」
西区の件は全て説明したら数時間がかりになるだろうから、俺の魔力漏れが治まって領主の仕事に戻れるようになってから改めて話を聞かせて貰うことにした。
「シン殿」
「ん?」
「地上を離れている間のことで幾つか耳に入れておきたい」
「え?……うん」
いい話題じゃなさそう。
今までは悪い話じゃなかったからノンビリした雰囲気だったけど、話題を分けてわざわざ話す報告がいいものとは思えない。
「大会の付添人だった女性師団員を覚えているだろうか」
「ジャンヌだろ?もちろん覚えてる」
「その者のことだが、獄中で亡くなった」
「……は?」
武闘本大会の最初の付添人だったジャンヌ。
大聖堂で俺の命を狙った罪で捕まり投獄されていた。
「その言い方だと処刑したって意味じゃなさそうだけど」
「していない。彼女は自ら命を絶った」
ジャンヌは咒で操られている疑いがあったから慎重を期すため師団長が直接赴き取調べを行う予定だったらしい。
刑が決定するまで口外を禁じられているから捕まった後のことは聞かされてなかったけどまさか亡くなっていたとは。
「……思い詰めてってこと?」
「それが分からないのだ。面談を行ったガスパルや看守が言うには罪を犯した記憶がないと話していたらしい。ただ、迷惑をかけた王都代表へは刑に処される前に直接詫びたいとも話していたと。思い詰めていたことに誰も気付かなかった可能性も無くはないが、前日も当日も普段通り落ち着いた様子だったに関わらず深夜に魔法で自らに火をつけ命を絶った」
俺たちに詫びたいと言ってたのに自ら命を絶った。
刑に処される前にと口にしていたのなら、記憶にはなくても刑に処される覚悟は少なからず出来ていたようにも思える。
だから分からないなんだろう。
「壊滅派の人数が多いため現在もブークリエ国とアルク国で連日取り調べが行われているが、彼女の名前は出ていない。それにステータス画面を確認しても咒を扱う者はおらず、あの場で粛清された者の中にも居なかったと証言を得ている」
「少なくとも壊滅派とは無関係ってことか」
「まだ取り調べ中ではあるが現時点では」
じゃあ俺は別々の人たちから命を狙われたのか。
話を聞きながら飲んでいたカップが空になるとエミーがポットから注いでくれる。
「壊滅派かどうかは分からないけど、やっぱジャンヌは咒で操られてた気がする。教会で俺を刺そうとした時ですらジャンヌの殺意に気付かなかったくらいだから。もしジャンヌが自ら命を絶ったことも咒の所為なら、彼女に咒をかけた本当の黒幕から今後も俺は命を狙われるってことになるけど」
真相は闇の中。
ジャンヌの意志だったとしても操られていたんだとしても、もうジャンヌの命は戻らないという事実だけは変わらない。
「もう一つ話さなくてはならないことがある」
「え?まだ?」
「こちらは話すか最後まで迷ったのだが、例え私が黙っていようともシン殿が領主の仕事に戻れば耳に入ってしまうだろう。どうか落ちついて聞いて欲しい」
さっきよりも重い話である予感しかしない。
落ちついて聞けと言われる話が軽い話であるはずもないけど。
「バレッタ集落が暴動により消滅した」
「……え?」
バレッタ集落はロザリアの故郷。
暴動で集落が消滅した?
「記念すべき本大会の閉幕日だったあの日は各地で放映が行われていた。壊滅派は地上に生きる全ての民に自分たちの革命を知らしめるため、あえてその日を選んでスタンピードを起こしたと供述している。その目論見通り彼らは多くの民の目に映ることになったのだ。魔物を呼び寄せ罪のない観客の命を奪うという悪行が。地上唯一の英雄を撃つという最悪の行為が。それがどんな結末を生むかなど分かっていただろうに」
そう話す国王は悔しそうに強く口を結ぶ。
「シン殿が粛清した歌唱士は王家への祝歌を唄いシン殿を撃った様子を多くの者が目にしたとあって、特に人々の怒りが集まった。その結果暴動が起きて火が放たれ集落は消滅した」
「でも集落の人みんなが壊滅派だった訳じゃないだろ?」
「うむ。バレッタ集落の代表騎士もあの人為スタンピードで魔物と戦い魔術師から治療を受けた記録が残っていた。少なくとも代表騎士の五名は壊滅派とは無関係だったのだろう」
「それなのに個人じゃなく集落にまで怒りの矛先が向けられたのか?集落の人たちは無事なのか?代表騎士の五人は?生き残った人たちは居るのか?」
その問いに返った返事は首を横に振る行為。
ロザリアに向かった怒りの矛先が、無関係の人も多く居ただろう集落の人たちの命を奪う結末になってしまった。
「二度と同じことが繰り返されぬよう、各地の獣人集落には現在厳戒態勢が敷かれている。国王軍の騎士も各集落に散らばり警戒にあたっているため王都の警備が以前よりも手薄になっているところで此度の急襲も起きた。急襲は魔素溜まりが原因であったが、悪いこととは重なるものだな」
最後は独り言のように呟いた国王の本音。
壊滅派が起こした革命はあの場に居た人だけでなく、その後も多くの人たちの命を奪う結果に繋がっている。
「……だから報復は別の新たな憎しみを生むだけだって言ったのに。現に壊滅派が起こした報復がこうして新たな憎しみを生みだして暴動に繋がった。憎しみに憎しみで返して何になる。悲劇が繰り返されるだけなのに」
憎しみが新たな憎しみを生んで多くの命を奪う負の連鎖。
その現実に胸が痛む。
「半身」
隣から伸ばされた手が背中を撫でる。
「知恵のある生命が存在する限り憎しみを断ち切るのは容易ではない。だが、それを嘆いたところで何も変わらない。お前は俺の半身でもあるが精霊族の英雄なのだろう?お前の立場だからこそ出来ることもあるのではないか?嘆くのは今だけにして一人でも多くの者の憎しみを断ち切ってみせろ」
難しいことを言ってくれる。
でも現実を嘆いても現状が変わる訳じゃないことは事実。
「例え難しくても現状に甘んじるつもりはない」
「それでこそ俺の半身だ」
発破をかけられ決意する俺に魔王はクスと笑う。
全ての人々の憎しみを断ち切ることは出来ないのが現実だとしても、俺にも出来る方法で現実に抗い続ける。
「バレッタ集落があった場所は今どうなってるんだ?」
「今はもう何もない。領主が到着した時には既に集落だけでなく周辺の森にも炎が燃え移っていたそうだ。それ以上広がる前に木々を切り倒して更地にするしかなかったのだろう」
「そっか」
森にも火の手が回ったのなら仕方がない。
領主が判断しなくてはならないのは領地の安全の確保。
「一度跡地に行って来てもいいかな。せめて手を合わせたい」
「構わないが急ぐなら私が領主に伝達をしよう」
「出来れば誰にも報せないでほしい。英雄としてじゃなくて一緒に武闘大会や人為スタンピードで戦った者の一人として行きたいから。仰々しい歓迎は要らない」
「承知した」
英雄が来るとなれば領主もこんな時だろうと歓迎しない訳にはいかないだろう。
俺もこんな思いの時に英雄の顔なんて出来ない。
ひっそり行って終わる方がいい。
一通りの話を聞かせて貰って晩餐の時間も終わり。
「ああ、一つ話し忘れていた」
「ん?」
「君が西区の警備兵として声をかけたというブラジリア集落の代表騎士五名と付添人が一時期王都へ来ていた」
「カムリンたちのことか?」
「そうだ。全ての獣人集落に厳戒態勢が敷かれることが決まってすぐに集落へ戻ったが」
「そうだったのか」
俺が居ない間に来てくれてたのか。
師団長から聞いて溜息が洩れる。
「自分で声をかけて居なくなるとか最低だな」
「うむ。ただ、彼らは君が療養中だと思っているのだから下手なことは言わぬようにな。本当に申し訳ないことをしたと思うのならば言葉ではなく行動で詫びるといい」
「うん。そうする」
「それとルネにもしっかり詫びるように。ルネは君が姿を消したことを知っているが、約束したからと西区の経理に回った」
「そっか。ほんとみんなには悪いことした。師団長にも。清浄化の途中で姿を消してごめん」
カムリンたちやルネにも申し訳ないし、計画の初期から協力してくれていた師団長にも申し訳ないことをした。
「君とエミーリアの奇天烈師弟の奇行にはもう慣れた。体が完治したらしっかりと働いて貰うぞ」
「えー」
「何で私まで奇天烈なんて言われないといけないんだ」
「エミーが奇天烈なことは間違ってない」
「あれ?可愛い愛弟子はそんなに私と戦いたいのかな?」
「すみませんでした勘弁してください」
師団長やエミーと交わす懐かしい空気感に笑う。
もう失ったものと思っていた居場所が地上層にもまだあったことが嬉しかった。
「シン殿の魔力が治まるまでどのくらいかかりそうだろうか」
「断言は出来ないが、六日前よりも放出が緩やかになったことは間違いない。恐らくあと数日だろうと予想している」
「承知した。貴台方のように彼の魔力を抑えられる能力は私にないが、もし何か協力出来ることがあれば言ってほしい」
「ああ。その時は水晶を使って伝達する」
ドレスに復元魔法をかけてから髪や瞳の色を変えるために俺へ魔力を流しつつも魔王は国王とそんな会話を交わす。
「水晶?国王にも渡してあるのか?」
「俺とではなくお前の屋敷と繋いだものをな」
「へー。俺の屋敷のはずなのに俺が知らないのが納得いかない気もするけど、どうせそれも忘れてたんだろうからいいや」
「ああ。忘れていた」
「でしょうね」
所々報告漏れがある状況にも驚かなくなってきた。
魔王にしても四天魔にしても俺のためを思ってしてくれたことだから、多少の報告漏れがあってもありがたく思っておこう。
「最後に一つだけ。リサの様子はどうだ?」
部屋を出る前に国王にそれだけ問う。
「変わっていない。良い意味でも悪い意味でも」
悪化はしてないけど治ってもいないってことか。
勇者まで駆り出された急襲の時にもリサの姿だけがなかったから治っていないことは何となく察してたけど。
「分かった。ありがとう。じゃあご馳走さま」
正直に答えてくれた国王にお礼を言って、来た時と同じように魔王のエスコートと四天魔の護衛で部屋を後にした。
・
・
・
城から屋敷までエミーの術式で送り届けて貰い四天魔にはエドやベルへの報告を頼んで屋敷に戻って貰ったあと、魔王と俺はそのまま魔祖渡りを使ってバレッタ集落があった跡地に来た。
「本当に何もない」
唯一残っている形跡は地面の焼け跡。
燃えてしまった住居の痕跡も綺麗に片付けられている更地にしゃがんで集落の入口の森で見つけた真っ赤な永遠の花を置く。
「ほんの少し前まではここに集落があって、そこに生きてる人たちが居たんだよな」
早く結婚しろと言われると話していたロザリア。
バレッタ集落がどんな場所だったのかは見たことがないけど、少なくともお小言を言えるくらいには平和な集落ではあったんだろう。
「大会期間中に一緒に祝賀会をして話したり笑ったりした騎士たちももう居ないなんて、まだ現実味がない」
エドを見て嬉しさを隠せず尻尾を振っていた女騎士。
他の四人の男騎士も最初は俺たち王都代表に緊張してたけど、みんなで一緒に呑んで笑い話をしている内に打ち解けていた。
でもその五人の代表騎士ももう居ない。
「ロザリアがこの永遠って花の名前の由来になった物語を歌って聴かせてくれたんだ。なくなった集落に永遠って名前の花を手向るのは皮肉かも知れないけど」
血を滴らせたような真紅の花。
ロザリアの髪と瞳も同じ赤だった。
そんなことを思い出しながら両手を組んで祈りを捧げる。
「それが愚かな行為だと分かっていても天地戦を止められない俺が言えたことではないが、恨みや憎しみは幾らでも人を残酷にする。あの娘はこうなることまで考え革命に参加したのだろうか。自分の憎しみによる行動が新たな憎しみを生み、共に生まれ育った者たちにその憎しみが向かうことを」
それはもう知ることはできない。
分かっていることは壊滅派の革命という大義名分で新たな憎しみが生まれ、その新たな憎しみの報復に罪のない人々が巻き込まれてしまったということ。
「壊滅派がしたことは聞こえのいい革命って言葉を使っただけの残虐行為だ。代表騎士や騎士や魔導師、子供を含む観客の命までも奪った行為は絶対に許されるものじゃない。だから壊滅派に対して憤るのは俺も分かる。でも無関係の人に報復をすれば壊滅派がしたことと何ら変わらない」
風が少し冷たくて指輪に変えていた絹をストールに変えて肩にかけると、魔王は腕輪の晶石を使い自分の腕に俺を転移させ抱きしめて体温を分け与える。
「天地戦も同じ。天地に生きる者の憎しみが新たな憎しみを生み破壊と再生を繰り返して、とうとう誰にも制御できない報復合戦になってしまった。今代の魔族が何をした?今代の精霊族が何をした?憎しみの原因を作った先代たちはもう疾うに居ないというのに、それでも天地から憎しみはなくならない。俺に出来ることは理由をつけてその時を引き伸ばすことだけだ」
そう話す魔王の背中に腕を回して抱きしめる。
それが魔王の本音なのかと胸が痛かった。
「フラウエルがどんな形で憎しみに抗うのか分からないけど、刻が来てどんな結末になったとしても俺は最期までフラウエルの半身だから」
魔族の敵にも人族の敵にもならない。
その代わりに俺は敗れた方と運命を共にする。
天地戦でどちらにも手を貸さないことを決めた時からそう思っていた。
精霊族が敗北すれば精霊族と。
魔族が敗北すれば魔族との滅びを選ぶ。
でももし地上層の精霊族と滅びることになったとしても、魔王の半身ということだけは最期まで変わらない。
「その刻が来るまでは二人で抗い続けよう」
一日でも多く。
一秒でも長く。
この星と生命にどうか安らぎを。
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