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第九章 魔界層編
晩餐
しおりを挟む「お戻りなさいませ。お帰りを心よりお待ちしておりました」
『お帰りなさいませ、旦那さま』
「お帰りの際にはご挨拶を申し上げることができませんでしたので、遅ればせながらご挨拶申し上げます」
階段の下で頭を下げて並んで待っていた使用人。
その人数と聞き覚えのある声に固まる。
「……ディーノさん?」
「ご記憶にお留めくださり恐縮に存じます」
「やっぱり!」
武闘大会の特別室で世話をしてくれてたディーノさん。
予想もしていなかった人が居て階段を駆け下りる。
「お久しぶりです。こんな姿での再会ですみません」
「まだ研究中の複合魔法を使った治療法であると賢者フラウエルさまより伺っております。外部に情報を漏らすことはいたしませんので、どうぞお屋敷では安心してお寛ぎください」
あ。賢者のまま通してるのか。
地上層にない魔法だから複合魔法と誤魔化す徹底ぶり。
しかも研究中と言っておけば『まだ公にされていない魔法』と受け取るだろう。
「そういえばどうしてディーノさんがここに?」
「陛下より直接指名を受け英雄公爵家の使用人を管理する総責任者として勤めさせていただくこととなりました」
「え?外部から来た賓専門じゃなかったですか?」
たしか使用人協会にもランクがあって、ディーノさんは屋敷(貴族)に仕えるんじゃなく王都に来た貴族や王族などの要人を饗すことを専門にしてると話してた記憶がある。
それを聞いて、使用人というよりも俺の居た世界にも居たパーティーコンパニオンみたいだと思ったんだけど。
「お仕えしたい主人に出会えていなかっただけです。武闘大会の約一ヶ月王都代表のみなさまにお仕えする栄誉を賜り英雄の為人を知り、この方にお仕えしたいと強く思いました。そのあと国王陛下より英雄公爵家の専属使用人にならないかとのありがたいお話を賜り喜び勇んで馳せ参じた次第です」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
貴人から引く手数多の人に専属になって貰うのは申し訳ない気持ちもあるけど、今後何かあった時はディーノさんたちに依頼しようと思っていたから本音を言えば嬉しい。
「これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします。ただ、お言葉遣いは変えていただけると。使用人に敬語では示しがつきませんので」
「分かりまし……あ。分かった」
言い直すと後ろで聞いていたエドとベルがクスクス笑う。
大会の時に丁寧語程度には使ってたからつい出てしまう。
「料理を冷めさせるのは料理人に申し訳ないから簡単にはなるけど、せっかく集まってくれてるみんなにも挨拶を」
ずらりと並んでいる使用人たち。
後々顔合わせする場を設けてくれるだろうけど、せっかく今集まってるからディーノさん以外の使用人にも簡単に挨拶をしておきたい。
「初めて会う人も多いだろうからこれだけは話しておきたい。俺は今までみんなが出会ってきた貴人のような品はないし堅苦しい言葉遣いや態度も苦手だ。常に公爵や英雄らしい威厳のある姿を期待してる人は落胆させることになると思うから先に謝っておく。それを分かって貰った上で屋敷に仕えてくれる人とは親しくしていきたいと思う。これからよろしく頼む」
『よろしくお願いいたします』
英雄らしくでいるのは必要な時だけ。
例え公爵の位を授かろうと屋敷を下賜されようと突然品のある紳士になれるはずもなく、『他人は他人、俺は俺』という姿勢は今後も変わらない。
今集まっている人の他にも使用人が居るから挨拶の場は俺が落ち着き次第設けてくれるとのことで、みんなと食堂に行く。
普段四天魔は宴会以外で魔王と同じ席について食事を摂ることはないけど、地上層に居る今は魔王と同じくこの屋敷の客人扱いだから一緒に席についた。
「エドとベルは一緒に食べないのか?」
「総括を行う身分になった限りは主人と同じ席につき食事をすることはできません。ですが、お屋敷の外では今まで通りパーティの一員として同席させていただけたらと存じます」
「そっか。他の使用人に示しがつかないもんな」
以前はエドとベルしか居なかったから「奴隷は主と食べない」と遠慮する二人に一緒に食べるよう言ったけど、種族以前の問題として執事や女給が主人と同じ席につくのは非難される。
使用人全員が俺と同じ席について食事をするなら平等だからまだしも人数を考えれば無理だし、ここで俺が我を押し通すとエドやベルの立場を悪くしてしまうだろう。
「分かった。何なら良くて何が駄目になったのかを後で教えてくれ。今後はそれに慣れていくようにするから」
「ありがとうございます」
二人に信頼できる部下が出来たことを喜ばないと。
今まではエドとベルが二人でやってくれてたことも魔王城のように役目ごとに割り振られた担当の人が居るだろうから、まずは使用人について知ることから始めよう。
エドと話してる間にも運ばれて来た食事を見る。
「……お粥か」
「五日間眠っておられましたので配慮したのかと」
「そっか。体を気遣ってくれたんだから有難くいただく」
五日間も寝続けていても体は元気。
魂の契約の時に一ヶ月以上寝込んだ時もそうだったけど、今回も誰か(魔王か仮面)が自然治癒力をあげてくれたんだろうか。
「先に話しておけば良かったな。覚醒で眠りにつく時は成長が止まる。五日程度なら転寝したのと変わらない」
「あ、だからフ」
危な!
以前魔王は覚醒を繰り返して長い眠りにつくから寿命が長いと聞いたことを思い出して、何十年も体の成長が止まるからだったのかとつい言ってしまいそうになってヒヤっとした。
エドとベル以外の使用人も居るんだから気をつけないと。
半年以上ぶりに戻った地上層は分からないことだらけ。
五日ぶりに目覚めた屋敷のことも分からないことだらけ。
みんなから話を聞かせて貰うしかない。
・
・
・
浦島太郎状態の翌日。
「……この格好で行くのか」
ベルや女中が着付けてくれたドレス。
本来の姿の時は同性の男の従者が着替えを手伝うけど、雌性体になってる今は男の従者が着替えをさせる訳に行かないから、一般女中の中から数名が侍女の役目をしてくれている。
「軽装で王城の晩餐に行く訳にはまいりません」
「しんど」
魔界に行ってた間のことや魔王との誓約のことなど諸々の説明を受けるため王城へ出向くのは分かるんだけど、俺が雌性体になってることがバレないよう、姿を偽って暮らしている賢者の娘(賢者は例のごとく魔王)を装い王城へ行くことになった。
「入った後は個室での謁見と晩餐のご予定ですので、大変だと思いますがそれまでは公爵家のご令嬢を装ってくださいね」
「頑張ってみる」
城に呼ばれたのは俺と魔王と四天魔。
エドとベルは俺の執事や女給だと知られているから、四天魔が魔王の付き人や護衛を装って一緒に来ることになっている。
「シンさま。支度はお済みですか?」
「うん。入って大丈夫」
「失礼します」
扉を開けて入って来たのはエド。
その後を軍服で正装した魔王と四天魔が入って来る。
「ご苦労さまでした。女中のみなさんは下がっていいですよ」
「ありがとう。助かった。この姿の間はよろしく頼む」
『承知しました』
6人が入って来たのと入れ違いに俺の身支度を手伝ってくれた女中数人は部屋を出て行った。
「姿は変わらず美しいが衣装は地味だな」
「地上ではこれが普通。夜会の時はもう少し肌を露出した華やかなドレスだけど、普段は露出を抑えるのが美徳」
「魔族には理解できない美徳だ。美しい物を隠すとは」
「清楚なんだよ。地上の貴婦人は」
魔界層では『童貞を殺すセーター』顔負けなガッツリ露出が普通でも、地上層では丈の長いドレスで足を隠して腕もロンググローブをしてと極力露出する面積を減らすのが普通。
貴族は特にそれが顕著。
「こちらをご用意くださったのはクルトさまですよ?」
「クルトが?」
「はい。半身さまが地上で身に付ける雌性衣装や装飾品を揃えるため擬態して街を視察したのですが、仰るように地上の雌性は露出を好まないようでしたので、布地は最上級で露出の少ないそのドレスをまずは優先して魔王城の針子に作らせました」
「さすがクルト。先を読んで準備してたのが凄い」
「光栄です。ですが人族の王との謁見は予想できましたので購入する手段もある普段着より優先させたというだけです」
目が覚めた後に国王と謁見することはみんな分かってただろうけど、魔界層で着ているドレスをそのまま持って来たんじゃなく俺が浮かないよう地上層の文化に合わせた衣装(ドレス)を作らせる気遣いが凄い。
「魔族の針子は優秀なのですね。たった数日足らずでドレスを仕上げてしまうなんて。地上だと一ヶ月はかかります」
「魔王城には魔王さまと半身さま専属の針子が数十名居て、みな魔法を使って縫いますので早くて美しい物が作れるんです」
「魔法で?器用に魔法を扱うのですね」
そんな会話をするベルとクルト。
何気に距離感が縮まってて頬が緩んだ。
「衣装は目立たない物を身につけていても、やはり半身さまの特徴である白銀の髪と瞳は目立ってしまいますね」
そう言って考える仕草を見せたのは山羊さん。
たしかにこの姿で王城に行けば嫌でも目立つだろう。
「城に着く前に色を変えてやろう。数時間は持つ」
「あ!前に目の色を変えて貰ったアレか!」
「ああ。あの時は体も小さかったために瞳を変える程度しか魔力を送れなかったが、今日はもう少し送っても大丈夫だろう」
「助かる!個室に入るまでもってくれれば充分だから!」
魔王から言われて以前瞳の色変えて貰ったことを思い出す。
時間が経てば魔力が馴染んでしまうから長時間変えておくことはできないけど、俺だと知らない人の前だけでも変えて貰えば余計な疑問を持たれずに済む。
そう話している間にも出発の時間。
みんなで一階に降りるとエントランスに居たのは知った顔。
「エミー?」
「随分と可愛らしいじゃないか」
「ありが、じゃなくて何でここに?」
「王城前と術式を繋げた。馬車より楽だろ」
「いいのか?俺としてはありがたいけども」
「礼は国王に言いな。私に指示をしたのは国王だ」
「そうなのか。会ったらお礼を言っとく」
王城までは馬車で行くと聞いてたけど(王宮地区はパレード以外で魔導車は禁止)、わざわざエミーが王城前までの術式を繋げに来てくれたらしい。
「術式を抜けた後は私が先導するから」
「仰々しいな!」
「それはそうだろ。普段貴賓を迎える時と違うことをする方が疑問を持たれる。国王と晩餐をするような要人なのに」
「なるほど。たしかに」
謁見を名目にして行くと謁見室で騎士や魔導師がついている状態で話すことになってしまうから、王都へ遊びに来た要人との気軽な晩餐(食事)的な扱いで呼ばれている。
ただ気軽なと言っても国王のおっさんとの晩餐なんて同じ王家でもない限り滅多にないことなのに、そんな要人が国仕えの先導なしで城に入るはずもない。
「そういうことなら今変えてしまおう」
「うん」
「変える?」
「髪と瞳の色を変える。雌性になっていて特徴も変われば誰も夕凪真だと気付かないだろう?念には念を、だ」
そうエミーに話しながら魔王は白いグローブをした手を俺の顔のすぐ傍まで寄せる。
「また見たことがない不思議な魔法を使うね」
「歳を重ねれば既存の魔法以外にも使ってみたくなるものだ。お前も複合魔法が使える賢者で研究者なのだから既存の魔法だけで満足せず新たな可能性を模索するといい」
「爺さんみたいなことを」
「お前たちからすれば年長者に違いない」
瞼を閉じたままエミーと魔王の会話を聞いて笑う。
地上層の平均寿命で言えば数百年生きてる魔王も四天魔も爺さんどころか不死を疑われる存在だろう。
「このくらいでいいだろう」
「変わった?アップヘアだから見えないけど」
「別人のようになってる。たしかにこれなら誰も君だとは思わないだろうよ。犯罪に使われたら一大事の魔法だ」
「俺もクルトも悪事に能力を使うほど愚かではない」
「もちろんそこは信用してるよ。君たちが悪事を働けば彼にも無関係ではないからね。少なくとも彼に関わることだけは君たちを信用してる」
そこは以前から変わらない。
正体を知ってる一部の人たちは、俺に関わることだけは魔王に信頼を置いてる。
「あ、行く前に話しておかないと。城内で先導中は基本話しかけないけど、もし呼ぶ必要がある時はフラウエルを閣下と呼んでシンを公爵令嬢と呼ぶから。閣下って呼ばれても普段の癖で君が返事しないようにね」
「気をつける」
公爵も伯爵も正式な場では閣下と呼ばれる(夜会などの時は公爵が閣下or公で、侯爵から男爵までの呼称は卿)。
ただ今日俺は魔王の娘である公爵令嬢を装ってるから閣下と呼ばれて返事をしたらおかしなことになる。
「晩餐を行う部屋の警護は事情を知っている私とテオドールとレナードがつく。部屋の中では普段通りの呼び名でいいけど、部屋以外の行きと帰りだけ注意してくれ」
「分かった」
師団長も居るのか。
エミーと団長には五日前にも会ったけど師団長とは服喪期間に一度会ったのが最後。
西区の領主を辞めて黙って消えたから怒っていそうだ。
「じゃあ行って来る。屋敷のことは頼んだ」
「行ってらっしゃいませ」
『行ってらっしゃいませ』
一緒に居たエドやベル。
出かける主の見送りに集まっていたディーノさんや女中に見送られつつ魔王のエスコートで術式に乗った。
術式から出た先は王城前。
正装した騎士や魔導師が既に待っていた。
「エヴァンジル公爵閣下、公爵令嬢がお見えです」
福音?
エミーが口にした謎の名前(爵位名)を不思議に思いながらも、ここで聞く訳には行かないから聞き流す。
性別が違うのはもちろん髪や瞳の色を変えて貰ったこともあって、胸に手をあて敬礼する騎士や魔導師に俺だと気付いた人や不思議そうに見る人も居なくてホッとした。
左右に並んで敬礼する国王軍の間を通って城に入り、そのままエミーの先導(案内)で城の奥へと行く。
「この先の階は術式を使って移動していただきます」
一階の階段の前で立ち止まったエミー。
緊急時以外王城内は術式が禁じられてるはずなんだけど、今日は術式を使う許可が出ているようだ。
既に準備されていた術式を抜けた先は見知らぬ場所。
王城の中は一階にある謁見室と玉座の間しか来たことがなかったけど、術式を抜けた先は一階の『さすが王城』と思う豪華さと違って調度品なんかも意外とシンプルだった。
「お待ちしておりました」
辿り着いた部屋の前に居たのは団長。
俺たちへ敬礼して部屋の扉を開ける。
「お疲れさま。防音してあるからもう楽にしていいよ」
部屋に入ったあとエミーが言ったそれでようやく一安心。
誰にもバレずに来れて良かった。
「国王も時間になったらおいでになるから」
「分かった。座って待ってていいのか?」
「ソファに座って寛いで。飲み物を淹れるから」
「ありがとう」
大抵こういう時には来客をもてなす役目の使用人がやるけど、本当に今日は事情を知ってる人だけで取り仕切るようでテーブルに用意してあった飲み物をエミーが淹れてくれる。
「なあ。さっきのエヴァンジルって何だったんだ?」
「ん?魔王から聞いてないのかい?」
「なにを?」
飲み物を全員の前に置くのを手伝ってから魔王の隣に座り、さっき聞き流したことをエミーに聞く。
「後で国王が話すだろうけど、魔王には地上にいるあいだ賢者を名乗って貰う。賢者はみんな公爵位を与えられてるのに国王が名前で呼ぶのはおかしいから急遽仮の公爵名をつけたんだ」
「え?エミーのことは名前で呼んでるよな?」
「私は現役の軍人だから名前も正体も明かしてるけど、王都以外で暮らす賢者は姿を偽って爵位名を名乗り暮らしてる。王都の賢者は私しか居ないのに名前で呼んだらおかしいだろう?」
「へー。そうだったのか」
爵位名は国王が爵位と同時に授けるもの。
賢者は安全のために正体を隠して生活していることは聞いてたけど、名前も爵位名だけで生活してるってことか。
「名前だけで本当に爵位を与えたんじゃないけどね」
「それはそうだ。フラウエルも国王のおっさんと同じ王なのに貴族爵を貰ったら身分が下がる」
ピラミッドの頂点は王で貴族はその下の位。
魔界に貴族制度はないけど、地上層の制度に従って貴族爵を持てば魔王が国王以下の身分になってしまう。
それは魔王も四天魔も許可しないだろうし、国王のおっさんも魔界の王相手にそんな失礼な提案はしないだろう。
「要は国王がフラウエルを呼ぶ時の通り名だろ?」
「そういうこと。正体が分からなくても詮索されずに済むのは賢者くらいだからね。魔王として堂々と迎え入れる訳にはいかないからそこは協力して貰うことになった」
「なるほど」
納得。
魔王は既に会ったことのある人たちからも賢者だと思われてることだし、本当は魔王だと知ってる人たちからも賢者として対応して貰う方が俺にも都合がいい。
「そうなると四天魔はフラウエルをどう呼ぶんだ?」
「俺のこともお前のことも真名で呼ばせることにした」
「なんかすみません。魔族のルールに反することをさせて」
「いえ。魔王さまと半身さまのためであるならば」
人族で言えば国王を「ジェラルドさま」と呼ぶのと同じ。
いや、魔界の王はただ一人だから王に対しての敬意はそれ以上なのに、俺の都合で呼び方を変えさせて申し訳ない。
「そのように気に病むな。お前が気に病む方が四天魔も自分たちは地上へ来ない方がいいのではと気を使うだろう」
「魔王さまの仰る通りどうぞ我々にお気遣いなく」
「……ありがとうございます」
そんな分かり易い表情をしていたのかフォローしてくれた魔王や山羊さんに苦笑した。
国王のおっさんが来たのは約束の時間ピッタリ。
時間になる前に魔王からドレスに修復魔法をかけて貰って起立して待っていた俺は、貴族流の正式な挨拶であるカーテシー(雌性体だから女性式)で出迎える。
「シン殿。今日は堅苦しい挨拶は必要ない。私が個人的に親しい者をお誘いした食事会なのだから」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
挨拶をやめて顔をあげると、普段よりラフな衣装を着ている国王とその隣に師団長が居た。
「その髪もだか、瞳までどのように変化を?」
「フラウエルの魔法で。性別も違って特徴も違えば誰も俺だと分からないだろうって。魔力を俺の体に流して留める必要があるから長時間は無理だけど、せめて行き帰りだけでも」
「そのような魔法があるのか。私が城の外に出て話せたら良かったのだが気を使わせてすまない」
「ううん。謁見じゃなくて食事会にしてくれたり馬車を術式に変えてくれたり気遣ってくれてありがとう」
気を使って貰ったのは俺の方。
魔力漏れがおさまるまで雌性でいないといけないから周りにバレないよう色々と気を使わせてしまった。
「立ち話していては失礼だな。まずは食事にしよう」
「うん」
「支度いたします」
部屋の中で寛いでる間に準備をしておいたらしく国王のおっさんが上座に座り魔王と俺と四天魔も席に座る間にも、エミーと師団長と団長が数々の料理を運びこみテーブルに並べる。
「給仕が来ないよう配慮して正式な晩餐形式とはいかないが、御無礼をお許しいただきたい」
「構わない」
本来の晩餐は一品ずつ運ばれてくる。
同じ王という存在が居るのに正式な饗を出来ないことを詫びる国王に魔王はサラリとそれだけ返した。
「おお。煮込みハンバーグ」
エミーと師団長と団長が外して回ったクローシュの下のメイン料理は煮込みハンバーグ。
俺が王宮料理人へ一番最初に教えたメニューだ。
「シン殿に教わってから王城の食事にも出るようになった。私はこれが好物でな。王妃や子供たちも好んでいる」
「そっか。異世界料理を好んで食べてくれるのは嬉しい」
最初は同じ異世界から来た勇者の食を改善するために教えた料理だけど、王城の食事でも好んで食べて貰えてるなら嬉しい。
「あ」
自分で言った言葉にハッとして隣に並んで座っている四天魔を見ると不思議そうな顔をされる。
「……あれ?」
「どうかなさいましたか?」
「今の俺の会話聞いてた?」
「もちろん聞いておりましたが」
「あれ?」
俺が異世界人だとバレる話をしてしまったのに。
四人とも変わらず不思議そうな顔。
「ああ。異世界料理と言ってしまったからか」
「うん」
「もう四天魔もお前が異世界人だと知っている」
「え!そうだったのか!」
魔族の中で唯一、俺が異世界人だということも隠していたことも知っていた魔王は俺が何に慌てたのか気付いて笑う。
「お前は勇者と魔王が半身契約を結んだと勘違いさせて魔界を混乱させないよう気遣っていたが、もう四天魔も先の件で勇者の姿は見ている。今後地上に来る機会が増えればお前が異世界人だと耳に入るだろうから寝ている間に話しておいた」
俺が寝てる五日の間に魔王から話してくれたのか。
地上層の人たちは俺が異世界人だと知ってるからついその癖で話してしまった俺が悪いんだけど。
「そういう大事なことは先に話しておいてくれよ」
「物事には優先順位というものがある。たしかにそれが悪い報告ならばすぐにする必要があるが、他に優先すべきことが多々あったのだから後になっても仕方ないだろう」
「それらしい言い訳してるけど忘れてたってことだろ」
俺が寝ている間も魔界のことを放っておいた訳じゃないだろうし、地上でも国王のおっさんと話し合いをしてたみたいだから慌ただしかったんだろうけど、つまりはやること(やったこと)が多くて俺に話すのを忘れてたってこと。
言い訳する魔王と呆れる俺に四天魔はクスっと笑った。
「そうだ。王妃とルナさまの体調はどうだ?俺が意識を失ったあとに目が覚めたことはフラウエルから聞いたけど」
「うむ。あの後すぐに専属医が診察と魔法検査を行ったが、フランセットにもルナにも異常はなかった。元気にしている」
「そっか。良かった」
俺が気を失ったあと入れ替わりで目覚めたことまでは魔王から聞いたけど、その後の体調はどうなのか気になっていた。
「それについて食事のあとに伺うつもりでいたが、あの時の光の波紋はシン殿の能力で間違いないだろうか」
「光の波紋は俺。第二覚醒して得た特殊恩恵だから自分でもどんな能力かよく分かってないんだけど」
水に水滴が落ちた場所から波紋が広がるかのように自分から光の波紋が広がったことは覚えてるけど、気を失う前に魔王や四天魔の声が少し聞こえた程度で実際にその能力がどんな影響を齎したのかまでは分からない。
「あの時に覚醒したということか」
「うん。国や民を護るために命懸けで戦ってる人たちを見て死んで欲しくないって思ったんだ。そしたら急に中の人が」
「中の人とは?」
「俺のステータス画面は更新すると音声で教えてくれるんだ。その音声の人を俺が勝手に中の人って呼んでるだけ」
「開くと声で読み上げてくれるのではなく?」
「ん?開かなくても勝手に喋る」
最初からわざわざ開かなくても更新すれば教えてくれたし、覚醒したあとからは色々な知識を教えてくれる親切な相棒になっている。
「異世界から来た者は同じ機能が備わっているものと考えていたが、勇者さま方とシン殿ではまた違うようだ」
「勇者のパネルは開かないと喋らないってこと?」
「そう報告を受けている。パネルの確認を行い能力値の上昇などの変化があった際には音声で読み上げてくれると」
「じゃあ俺のとは違うな」
同じ世界から召喚された異世界人でも最初からそういうところでも勇者と俺には違いがあったってことか。
「パネルの違いも一つだが、やはりシン殿には勇者さま方とはまた違う形の特別で強大な力が備わっているようだ」
「ん?」
フォークとナイフを置いてそう言った国王に首を傾げる。
「魔王フラウエルに伺いたい」
「なんだ」
「魔族には完全回復の魔法があるのだろうか」
「既に答えは分かっていて聞いてるのだろうが、そんなものはない。あれば天地戦で魔族が敗北するはずがないだろう」
「やはりそうか」
食事の手を止めて答えた魔王は再び料理を口に運ぶ。
「急襲後の報告を受け調べた結果、シン殿が使った能力の効果は少なくとも地上に存在していない力だと分かった」
「え?」
「シン殿の光の波紋に触れた魔物は消滅し、反対に騎士や魔導師は回復した。しかも私たち地上の者が扱える最上級の回復ではなく魔力や体力を含めた能力値までも。怪我だけでなく全ての能力値を回復させる力など地上には存在しない」
神よ……またやったな?
いや、能力は条件が揃った時に解放されるんだから元々俺が秘めていた能力を神が解放したのか。
「魔界にも存在しない。そしてどんなに半身を研究しようとも同じ能力を持てる者など現れないと断言できる。ここに居る者はそんな愚かではないと思うが、他の者まで信用した訳ではない。もし半身の能力を知り悪用しようと企む者が現れた時には俺たち魔族が無に還すと忠告しておく」
澄ました顔でまたそんな忠告を。
でも魔王が俺を地上層に居させる条件として唯一提示したのが『俺を戦の火種に使う者が現れれば魔王軍がその者を滅ぼす』という内容だったから、戦に利用するため研究材料にすることも条件の内に入るのか。
「シン殿の能力を調べる話が出たことは事実。地上を離れた後にもその話は出ていた。だがそのようなことは許可しない。研究者の長でもあるエミーリアも私と同意見だ」
まあそんな話にもなるだろう。
この世界にない力を持ってる奴が居るんだから。
「名前が出たから私も発言させて貰うけど、賢明な軍人ならシンを研究材料にするなんて馬鹿なことは考えないよ。彼は今や人族だけでなく種族を超えて慕われる地上の英雄。その英雄を研究材料になんてしてご覧?精霊族規模での大革命が起きて私たち研究者だけでなく王家まで断頭台行きだ」
同意見なのかエミーの隣に居る師団長もコクリと頷く。
「ただ、国王陛下が仰ったように一部の馬鹿は居た。だからこそ国王陛下はその馬鹿からシンを護るためにあえて、王城からも騎士団宿舎からも近い王家所有の御屋敷を下賜したんだ。シンは王家の庇護下にあるということと、シンに手を出すことは王家に刃向かうことだとどんな馬鹿にもわかるように」
なるほど。
それであの屋敷を。
不在中にとんでもない物を寄越したと思えば。
「お前たちが半身のことに関しては俺を信用していると言うように、俺もそれに関してはお前たちを信用している。いつか互いに戦う日が来るまでは必要以上に牽制するつもりもない。今言ったのは、そのようなことがあれば誓約通りに行うと改めて念を押しただけだ。俺や四天魔が望むのは半身の幸せ。それを揺るがさない者にわざわざ手を出すほど野蛮ではない」
血も涙もない野蛮で恐ろしいはずの魔族。
文献に遺されたその話と違って魔王も四天魔も誓いは守る筋の通った性格をしている。
いや、文献は正しいんだろう。
デザストル・バジリスクが言っていたけど、今代は奇妙な王が揃ったというだけで。
敵の精霊族を半身に選び地上の民を恐怖で支配しない魔王。
敵の魔族や魔物でも礼を尽くし頭を下げて感謝する国王。
魔層を統べる者でありながら従魔になった厄災の王。
文献は間違ってると思ってたけど、きっと今代の王たちが変わり者なだけなんだろうと気付いて少し笑った。
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
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しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
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こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
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