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第九章 魔界層編
善人の顔をした詐欺師
しおりを挟む「大丈夫?呑ませすぎた?」
最初だけ一緒に居た厳つい雄性の竜人が居なくなったあと、竜人街にある職種や俺でも働けそうな店の話をエディから聞きながら、ずっとちびちび酒を呑み続けていた。
「少し酔ってしまいました」
「弱いって言ってたの忘れてた。ごめん」
「いえ。好んで呑んだのは私ですから」
「お水どうぞ。落とさないようにね」
「ご親切にありがとうございます」
氷水を作ったグラスを両手で持つよう手のひらを重ねられ、お礼を言いながら笑みでエディを見上げる。
「竜人街の方はみなさん親切な方ばかりですね。ヘレンさんもトマスさんもエディさんも、魔人界では奇妙なものを見るような目で見られる私でも優しくしてくださって感謝しています」
酒が入り少し火照った顔で目を逸らさず感謝を伝える。
すっかり三人を信じきっているかのように。
「エディでいい。俺もシンって呼んでるし」
「じゃあ、エディ。……少し気恥しいですね」
手を添えて貰ったままそう言って笑い氷水の入ったグラスを口に運ぶ。
「あ、余計なお手間を。失礼しました」
コクコクと数口飲んで近かった身体と距離を置いた。
「少し暑くないですか?店内」
「俺は平気だけど暑いなら上着を脱いだ方がいい」
「ではお言葉に甘えて」
薄いカーディガン(的なアウター)を脱いだ中はワンピース。
背中のバッチリ開いたキャミソールワンピース姿になると否が応でもエディの視線を感じる。
「そういう衣装初めて見た。似合ってる。可愛い」
だろう?そうだろう?可愛かろう(ドヤッ
けしからん身体をした竜人族ではセクシーになりすぎて、このちょいエロ可愛いワンピースは似合うまい(いつもの自賛)。
「お世辞でもエディからそう言って貰えると嬉しいです」
「本当に可愛いと思ってるよ」
「ありがとうございます」
とまあ愛嬌も色気も振り撒いてるのを見てお察しの通り、酔ってるのはただの演技(実際は少し酒が入ったな程度)。
一緒に呑みながら会話をしていてもボロを出してくれなかったから、強硬手段で酔っ払うと甘えっ子になって距離感の近くなる子を演じてエディの懐に入り込もうとしている。
「あの。トマスさんが紹介してくれようとしていたお仕事はヘレンさんが言っていた身体を売る仕事なんですか?」
「最初は多分。竜人街はそういう仕事が多いから。ただ後々迷ってるみたいだったから、俺と同じでシンに身売りさせるのは勿体ないと思ったんじゃないかな」
意外とすんなり認めたな。
上手くごまかしてくるのかと思えば。
「身売りする仕事の方がいい?」
「誰も好んで身売りはしないと思います」
「え?どうして?好んでやってる人が多いけど」
「そうなんですか?」
「うん。竜人街では遊女や男娼が一番の人気商売」
さすが異世界。
日本の遊郭は口減らしや金のために売られた人たちばかりの仄暗い印象だったけど、異世界にある遊郭は好んで仕事に就く人の方が多いらしい。
でもそれも『魔族だから』と思うと何か納得。
それを仕事にしても妊娠する心配はないし、何より驚くことに身体が頑丈だから性病自体が存在しない。
誰でもかかったことのある風邪のような病気ですら数十年から数百年に一度かかるかかからないかの種族だから、身を売ることで抱える心配や不安が違う。
「ただ最上位の花魁や上男娼まで上がれるのは容姿や芸が優れてるひと握りの人だけで、並の人は中下位の遊女や男娼がせいぜい。早々に諦めて座敷茶屋や湯屋で働きながら安い値段で身を売る人の方が多い。竜人街はそんな場所」
竜人街の主な商売は妓楼と陰間。
客も当然それを求めて来てるから必然的に妓楼や陰間以外の店でも春を売る人が増える。
あらゆる性風俗が集合しているのがこの竜人街。
「苦労してでも花魁になりたくて竜人街に来たんじゃないならもっと簡単に出来る仕事があるよ」
肩を抱かれて引き寄せられ耳元でそう囁かれる。
「私にも出来るお仕事ということですか?」
「もちろん。いや、むしろシンには天職だと思う」
「私に天職?そんなものが?」
やっと釣り針を啄きだしたか?
肩を抱かれたまま胸に寄り添い甘える様子を見せながら、事を仕損じることがないよう疑問符だけを口にする。
ここで焦って竿を引けば逃げられる。
しっかり喰らいつくまで焦ってはいけない。
「それが本当なら……」
「本当なら?」
「本当にあるなら教えてください。……もう魔人界には戻りたくない。人目を避けて独りで生きるのは寂しいです」
胸に両手は添えたまま顔を上げて目を合わせる。
「助けて、エディ」
さあ喰らいつけ。
逃げられないよう喉奥まで針を飲み込め。
「シン」
目を潤ませての訴えのあと重ねられた口唇。
長く続く舌の動きにわざとぎこちなく応える。
不慣れな子のように。
不慣れな子がそれでも必死に応えているように。
「エディ……ここでは恥ずかしい……」
口唇が離れてすぐ顔を逸らして恥じらって見せる。
よし、ラーシュの時はビッチな素がでたけど今回は忘れずに演技できた。
「分かった」
それだけ言ったエディは俺が脱いだ上着と荷物を持ち俺のことも抱き上げると、店の出口ではなく奥に向かう。
どこに行くんだ?
「俺の部屋には誰も入れるな」
「「はい」」
俺の部屋?
つまりこの店はエディの店ということ。
奥に続くドアの前に立っていた厳つい竜人二人に言ったエディは開けてもらったドアを通る。
トマスの奴め、『紹介しようとしてる仕事の人』は後で来るどころか最初から一緒に居たんじゃないか。
品定めするためにトマスの友人と偽って同席していたと。
廊下を歩いて一番奥の部屋。
ここで暮らしているのか少し乱れたままの大きなベッドに下ろされる。
「ここなら誰にも見られないから」
いや、クルトが見てるけどな。
ヘレンやトマスの様子を見に行って貰ったあと戻って来ていたクルトが場所を変えてもしっかり護衛役を果たしている。
ベッドの下に置かれた小型の機械のスイッチをエディが押すとふんわりと漂う花の香り。
店内でも途中からこの香りがしてたけどエディの好みの香りなんだろうか。
そう余所見してる間にスプリングを軋ませベッドに乗ったエディの手がキャミソールワンピースの肩紐にかかり、キスと同時進行で肌を撫でながらゆっくり下げられる。
ゆっくりじっくり。
簡単に脱がせてしまうワンピースをあらゆる場所を撫でながら焦らすように少しずつ脱がせるエディは相当手慣れている。
時間をかけてベッドに身を委ねる頃には身を包んでいた脆弱な砦は全て脱がされていた。
「……エディ?」
横たわる姿をジッと見ていて動かなくなり急にどうしたのかと恥じらう様子は忘れず演じながら声をかけると、その声で我に返ったようにエディは目を合わせる。
「参ったな。さっき言った仕事させられそうにない」
え!?
な、なんで!?
今の間でなにかやらかしたか!?
「私なにかしましたか?どこかおかしいですか?」
美人局に関係してそうな大本命なのに。
身体をジッと見てて言い出したってことは、竜人から見ると俺の身体は働かせられないほどおかしいのか?
「違うよ。どこもおかしくない。この白い肌も整った造りも非の打ち所がないくらい綺麗だ。だからこそ例え肌だけだろうと他の誰にも見せたくなくなった」
独占欲か。
また厄介な感情を。
「……肌だけ?」
「言ったよね。勿体ないとしか思えなくなったって。シンのこの美貌を使ってベッドに誘うまでの簡単な仕事をさせるつもりだったけど……今はそれすらも惜しい」
簡単に出来る仕事=身売り(美人局の実行役)だと思っていたから肌だけという言葉に疑問を持つと、エディはそう答えながら肌にキスをする。
「ベッドに誘って何の意味が?」
「誘われたらやることは一つ。今のシンと俺のように」
「ベッドに誘ってこうするお仕事ということですか?」
「言葉通りシンは誘うまでで終わり。後は別の人の仕事」
行為に至る前まで。
つまり情事を行える場所まで誘う役目か。
実際情事が始まってからじゃクルトのように〝変身〟が使える人でもない限り途中で交換なんて出来ないから。
……もしかして居るのか?
クルトの〝変身〟と似た能力を使える竜人が。
クルトの使う〝変身〟は人族の国王が持つ〝盾の王〟のように特定の家系の者にだけ齎される珍しい特殊恩恵だから、あくまで似た能力ということになるけど。
「大丈夫。もうそんな仕事させようと思ってないから」
させてくれないと(話してくれないと)困るんだけど。
仕事に関わらせてくれないと美人局に関係した役目だと確信が持てないし、エディが親玉なのか任されてるだけで他に親玉が居るのかも確信が持てない。
「でも仕事しなければ私は魔人界に」
「俺の傍に居ればいい。食事も衣装も必要なものは全て俺が用意する。シンはそんな仕事なんてしなくていいんだ」
厄介な感情を持たれたな。
役目(仕事)を与えられれば一発で分かると思ったのに。
ここまで言われてこれ以上言ったら怪しまれそうだ。
「独りにさせたりしない。寂しくさせない」
仕方ない。
回りくどいやり方にはなってしまうけど、このまま親密な仲になって一緒に居ることで探って行くしかないか。
「ありがとう、エディ」
喜んでいるふりの笑みでエディの首に手を回すと誘われたエディの顔は近付きまた口唇は重なる。
生命の源の精霊神と魔神を堪能して飲み下せ。
お前の中にある悪を引きずり出してやる。
・
・
・
「クルト」
「はっ」
情事を終えたあと眠ったふりをしてエディが部屋から出て行ったのを見計らい気怠い身体を起こして名前を呼ぶと、擬態していたクルトが姿を現す。
「ヘレンとトマスの方はどうだった?」
「当たりでした。痴話喧嘩は本当に嫉妬してのことだったようでしばらく言い争っていましたが、半身さまをこの店に手引きすることは最初から予定していたようです」
荷物と一緒に置かれていたカーディガンを肩にかけてくれながら追尾したあとの報告を受ける。
「ただあの二人はこの店に手引きするまでが役目で、実際に貶める役目には別の者が居るようです」
「やっぱそうか。俺を誘い役にしようとしてたエディの話を聞いてそうだろうと思った。一組二組の男女でやってることならソイツらを捕まえれば済む話だけど、大人数で分担を決めて組織的にやってるとなると厄介だな」
個人がやってることなら簡単に片付くけど、組織的にやってるとなると纏めて炙り出さないと雲隠れしてしまう。
ほとぼりが冷めた頃に再開されたらイタチごっこになる。
「もう一点。あの二人はエディと呼ばれるあの者が自分たちを動かしている上役だと知りませんでした」
「え?一緒に居たのに?」
「はい。どうやら普段は気の弱い態度をとってるようで、任せて来たけど上手くやれているのかと気にしていました。自分たちと同じ役目をしている一人の認識のようです」
ってことはトマスが言った『紹介しようとしてる仕事の人が後で来る』ってあれは嘘をついたんじゃなく、本当に別の人(上役)が居ると思って言ったことだったのか。
「影武者を置いて自分は正体を隠してんのか。俺をこの部屋に連れて来るまでエディはもちろん店の奴もそんな様子は見せなかったし、下の奴は誰もエディの正体を知らないのかも」
「恐らく」
トマスが聞いてみると言ってたから直接会って判断を仰げるような影武者を置いてるはず。
下っ端たちはソイツを本当の上役だと思ってるんだろう。
「ほんと有能な詐欺師ほど善人面してるな。大したもんだ。その才能を他に使えばいいのに勿体ない」
「遣い方さえ誤らなければよい商売人になりそうですね」
「うん」
才能も使い方を誤れば毒になる。
悪い方にとはいえ今まで疑われることなく商売を成し遂げて来れたんだから才能があるのは間違いない。
「お話の途中ですが、お身体は大丈夫ですか?」
「ん?」
「媚薬香が使われているので」
「媚薬香?」
そう話してクルトが指さしたのはベッドの下の機械。
部屋に来てすぐエディがスイッチを押したアレ。
「それ媚薬なのか」
「はい。私はこの手のものにかからないよう調査をする際には鼻や口を隠せる衣装を着てるので問題ないですが、半身さまは何もしておられないのに効いていなさそうですね」
「自分でも効いてる感じはしない」
たしかにクルトは口や鼻を布で隠してる。
水蒸気が出てるからアロマオイルを入れて使う加湿器的なものかと思って疑いもしなかった。
「媚薬香は魔法ではないので効果があるかないかに精神力の高さは関係しないはずなのですが、半身さまは魔王さまの体液を摂取しているので耐性があるのかも知れませんね。同じものが店内でも焚かれておりましたがかなり強いものですよ」
天然媚薬製造機の体液に勝る媚薬なし。
身体のサイズの問題か、雌性体の時は特に強烈に効く。
たしかにアレで耐性はできてそう。
「ん?その強い媚薬香を店内でも焚いてたなら店に居た他の客たちは大丈夫なのか?従業員も」
「あのエディという竜人や店の者は慣れているようで平然としておりましたが客には効いていました」
「え?媚薬が効いてるなら性的な方向に」
「そういう店なんでしょう」
ただの呑み屋じゃなくてハプバー(ハプニングバー)か!
さすがあらゆる性風俗のある街。
あの薄暗さも隣の席が見えない造りのボックス席になっていたこともそれを聞いて納得。
「恐らくですがこの店に客を手引きして媚薬香で判断能力を鈍らせてから店内か外に連れ出し房事に及んでいるのかと。妓楼や陰間でも使われている種類の物を強くしてあります」
「なるほど」
妓楼や陰間でも使ってるなら独自ルールのある竜人街でも媚薬香の使用は禁じられてないんだろう。
そうなると店が媚薬香を使うこと自体に問題はないから、例え客同士が後々で揉め事になろうと店には無関係と。
「この店が美人局に使われてる店ってことはほぼ確だけど、ボスはもちろん関係者も一斉に捕まえるとなるともっと詳細な情報が必要だな。やっぱエディと居て探るし」
真相を突き止めるまで時間がかかりそうだと思いながら話していると爆発音とともに建物が振動する。
「この店か?なにが爆発したんだ」
「分かりませんが記録石は三箇所に置いてあります。私はいま一度擬態して護衛いたしますがどうぞお気をつけて」
「うん」
異空間に荷物を投げ入れシーツを手にして、それを身体に巻きながらも部屋を出て店内に走る。
「え?」
出入口側の壁が一部崩れていて店の中はパニック状態。
「……なあ。何でこんなにパニックになってんだ?」
見る限り壁の一部が崩れているのと擦り傷程度の軽い怪我をしてる人が居る以外の被害はないのに、客や店員は異様なほどパニックを起こしていて「開けろ」と壁を必死に叩いている者や誰も居ない場所を見ながら「来ないで」と叫んでる者もいる。
爆発でパニックを起こしたにしてもおおごと過ぎないか?
壁の一部が壊れてるだけで店内は何ともないのに。
「恐らくこれは幻覚だと思います」
「幻覚?」
「かかった者に幻を見せる幻の上位能力です。幻を見せているに過ぎない幻とは違って幻覚はかかった者が幻の中で攻撃を受ければ現実でも怪我を負います」
幻(偽物)の中で受けた攻撃で本当に怪我するってこと?
なにその高度な暗殺者魔法(震え)。
「魔王さま以外にも使える者が居たとは」
「え?そんなレベルの魔法なのか?」
「はい。魔王さま以外では先代の四天魔に使い手が居たそうですが、今となっては〝魔王〟の特殊恩恵を持つ者にしか与えられない滅びた魔法と言われていました」
とんでもない魔法じゃないか。
一体誰が滅びた魔法を?
客や店員の中に使ってそうな人は居ないけど。
キョロキョロ様子を見ていて背筋がゾクとする。
危険を察知して咄嗟に障壁をかけると再度爆発音がして店の天井や壁が崩壊した。
「……ギリセーフ!」
半分ほど倒壊してしまった店。
クルトも咄嗟にかけてくれて何とか障壁が間に合い客や店員は無事だった……けど。
「派手にやりすぎじゃないか?エディ、ラーシュ」
破壊された店の前に居たのはエディとラーシュ。
やっぱりこの二人は繋がりがあったようだ。
「シン出て来るな!危ない!」
「ご無事でしたか!」
同時に別々の言葉を発した二人。
ラーシュは俺を助けに来てエディは俺を助けようとしたってことか?
「はぁ……仕方ない。クルト、とりあえず二人から詳しく事情を聞こう。これだけ騒ぎになればもう極秘には動けない」
「むやみやたらに裸体を晒すのはお辞めください」
「シーツが解けるのを気にしてたら障壁が間に合わなかったんだから勘弁してくれ。わざと裸体になった訳じゃない」
「せめて手で隠すくらいの抵抗は必要です」
擬態を解いたクルトは文句を言いつつ異空間からケープを出すと、巻いていたシーツが解けて裸体になっている俺に着せる。
「……魔王直属隊の衣装?」
「シン……貴女は一体」
魔王軍のケープを着た俺に眉を寄せるエディとラーシュ。
お花畑な変異種だと思ってた奴が四天魔と一緒にいて魔王直属隊の紋章が入ったケープを着てるんだから不思議に思わないはずもない。
「全員その場から動かないでください。魔王さまの直属隊である我々に逆らう行為をすればどうなるのか分かっていますね?命が惜しければ大人しくしていてください」
魔王軍だと分かって逃げようとした客や店員たちをクルトが魔法を使って動きを止める。
騒動を聞きつけ集まって来ただけの竜人たちもクルトの言葉ですっかり大人しくなった。
「本命のエディには聞くことが多いから後にして、ラーシュ。この店に来たのは偶然か?それとも俺がここに居ることを分かっていて来たのか?」
他の人たちと違って逃げる様子を見せなかった二人。
なかなか肝が据わってる。
「……確信があった訳ではないですが、シンを誘ったという湯女を名乗る者とその半身が私の予想する厄介者たちであれば恐らくここに居るだろうと思って来ました」
「ん?やっぱヘレンとトマスを知ってたのか?」
「いえ、知りません。予想したのはあくまで最近厄介事を起こしている者たちではということだけです」
「ああ、そういう意味か」
嘘をついたのかと思ったけどそうではなく、美人局に関係した奴らなんじゃないかって予想はしてたってことか。
何度も行くなと止めていたから自分が予想してる奴らで正解なら危ないと思っていたんだろう。
「つまり心配して来たってこと?」
「邪魔はしないと言っておきながら破ったことは申し訳ないと思っています。ですがやはりここに関わっている者なのではないかと思うと気が気ではなくて」
「いや別に責めてない。心配してくれてありがとう」
たしかに情報収集をできる状況じゃなくなったけど、心配して来てくれた人を責めるようなことはできない。
「次。ここだろうって予想できたってことはこの店がどんな奴らが集まる店なのかも知ってたんだよな?」
「はい」
「エディのことは?」
「それは」
「湯女と半身って情報だけで店を予想できたのにエディのことは何者か知らないっていうなら、ラーシュもコイツらと同じく下っ端として事件に関与してるってことか?」
今まで答えていたのにエディのことには口を結ぶ。
「聞こえないのか?お答えしろ」
「クルト、気が短い。剣を収めろ」
「承知いたしました」
ラーシュの背後に転移して剣を首に添えたクルト。
見た目に反して血の気が多すぎ。
「知ってますよ。元は同じ陰間で働いていた男娼で、上男娼だったラーシュを陥れたのが俺ですから」
そう答えたのはラーシュではなくエディ。
口を噤むラーシュを見て鼻で笑う。
「やっぱエディも男娼だったのか」
「気付いてたんですか?」
「酒を作るのも手慣れてたし房事もただ場数を重ねてるだけって感じはしなかった。ラーシュもエディも陰間で客を喜ばせることを仕事にしてたから辞めてもまだ無意識にその頃の技術を使っちゃうんじゃないか?二人とも上手かった」
一度身についた技術は廃れない。
ラーシュは一番人気の男娼だったらしいけど、芸(技術)だけ見れば恐らくエディも客の多い男娼だったんだろう。
「それはどうも。そのお褒めいただいた俺たち二人はシンの初々しい演技にすっかり騙された訳ですが」
「ラーシュには申し訳ない気持ちがあるけどエディには一切ないな。善には善を悪には悪をっていうだろ?」
「たしかに」
ケラケラ笑うエディ。
これがエディの本当の顔か。
「エディが上男娼だったラーシュを陥れたってことは、ラーシュが客を人売りに売ろうとして陰間を辞めさせられたっていうヘレンのあの話は嘘か」
「嘘です。ラーシュの客を売ったのは俺ですから」
「エディが?」
それは予想外。
エディの客をエディが売ったって言うなら分かるけど、なんでラーシュの客をエディが?
「それじゃなくてもラーシュとはギリギリのところで競ってたのに、その客が頻繁に来るようになったから煩わしくて。その客さえ来なくなれば楽に勝てると思ったんです」
「嘘をつくな」
ペラペラ喋るエディの話を否定したラーシュ。
「俺があの客から困らされてたからだろ?」
「まだそれ言ってんのか。いいようにとるなよ」
「じゃあなんであの後すぐに店を辞めたんだ。あの客が来なくなったら楽に勝てると思ってたんだろ?それなのにいざ勝てる状況になったら突然店を辞めたのはどうしてだ」
「楽に勝てるのがつまらないって気付いたから。失敗したと思ってるよ。ギリギリで競ってたから面白かったのに」
んー……複雑。
ラーシュの方はエディが客を人売りに売ったのは自分のためにやったことだと思っていて、エディは勝負がつまらなくなったから辞めただけと主張している。
「っていうか今その話って関係なくね?」
「私もそう思いますが聞いたのはご自分ですよ」
「どの話が本当でどの話が嘘か知りたかっただけなんだけど、まさかこんな痴話喧嘩に発展するとは」
「痴話喧嘩って。それはない」
「有り得ません」
「あ、そうなんだ」
そこだけは仲良しか。
痴話喧嘩はハッキリ否定する二人に笑う。
「二人にとってそこは大事な話だろうから後でゆっくり話せる時間を作る。今はそれよりも美人局の話」
「美人局?」
「エディがやってた詐欺のこと。一人が客と身体の関係を持つなりして脅しの材料を作って、他の奴が難癖つけて金品をせしめる。例えば俺の半身に手を出した詫び代よこせ、よこさないなら触れ回るぞ。とかな」
本題はそっち。
この世界には美人局という言葉がないようだから、何だというように首を傾げたエディに屯所で調べた内容を話す。
「魔王軍の直属隊がわざわざそんなことに関わってくるんだ。竜人街では揉め事なんてよくある話なのに」
「悪いことには違いないんだからよくある話だろうと耳に入れば潰す。もちろんそれ系の揉め事を全てエディやその仲間がやったとは思わないけど、組織的にやってる奴らが最初に目をつけられるのなんて当然だろ?言わば見せしめだ。悪いことをしたらこうなりますよって警告」
抑止力を狙った見せしめ。
個別に暮らしている者が多い魔族には犯罪になるような罪の種類は本当に少ないけど、集団で暮らしている竜人街や人の集まる魔人街には独自のルールというものがある。
利便性や安全性を重視すればルールができるのは当然。
誰か一人のためではなく同じ場所で暮らしている人たちみんなが便利で安全な生活ができるようルールが必要。
そういう場所を自ら選んでいるのにルールは守りませんなんて自分勝手は許されない。
「どっちが悪者だか分からないな」
「善には善で、悪には悪で応えるまで。今回はエディも俺も善じゃない。大人しく捕まって洗いざらい吐け」
「了解」
笑ってお縄につくエディ。
仲間たちも四天魔に出てこられては命が惜しいのか、爆発騒動を聞きつけ既に来ていた警備隊とクルトから大人しく拘束魔法にかけられる。
「トマスやヘレンも含めてここに居る奴で全部じゃないよな?詐欺に何人が関与してるのか知らないけど、どんなに些細な役目でも美人局に関わった奴のことは隠さず話すように」
「分かってる。隠しても芋づる式にバレるし」
「まあこれだけ人数が居れば口を割る奴も居るだろうからな」
ここに居るだけでも客を除いて数十人。
実際にはもっと居るだろうから竜人街の警備隊はしばらく忙しくなりそうだ。
とりあえず今できることはここまで。
一段落ついて溜息をついた。
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