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第九章 魔界層編
魔人街再び
しおりを挟む「晴れたぁぁぁぁあ!」
月喰期の七日間が終わって魔界は快晴。
地面にはまだ雪が積もっているけど天候は頗るいい。
「半身さま。上着を羽織らず出ては体調を崩します」
「ああ、ごめん。外に出られるのが嬉しくてつい」
「雪は止んでも寒さは残っています。今日は雌性体なのですからなおさら、雄性体の感覚ですと痛い目を見ますよ」
「はい。気を付けます」
慌てて追いかけてきたのは赤髪。
子を心配する親のように文句を言いながら、魔王軍の女騎士用の赤い軍服を着ている俺の肩に白いコートをかけた。
今日雌性体になっているのは、月喰中に減った城の食糧庫の物を魔人街へ買いに行くついでに女体化している時用の衣類を買うことになったから。
「半身さま、おはようございます」
「おは、あ!跪かなくていい!お仕着せが汚れる!」
コートを着て庭園の雪かきをしていた庭師たち。
俺の姿を見て跪こうとしたのを慌てて止める。
「雪かきお疲れさま。これだけ広いと大変だろ。時々休憩を挟んで体を温めながら仕事するようにな」
「お心遣い感謝いたします」
そんな会話をしてると山羊さんと話しながら魔王も城から出てくる。
「跪く必要はない。衣装が汚れてしまう」
「同じこと言ってる」
「ん?」
跪こうとした城仕えを止めた魔王の理由が俺と同じで赤髪と笑った。
「来たようだ。庭師たちは離れておくよう」
『はっ』
魔王が見た先の空には六つの飛行物。
飛んで来たのは祖龍で、魔王城の庭園へ降りるためにグルリと旋回する。
「ん?」
旋回している祖龍の中の一匹。
見覚えがあるその体の色は……
「ピィィィイ!」
「えぇぇぇぇえ!?」
俺に向かって勢いよく急降下して来た祖龍。
そのまま突っ込まれたら死んでしまいそう(※俺が)な勢いの祖龍をラヴィが咆哮して諌めると、しょぼんとした様子でゆっくり地面に降りた。
「アミュ……だよな?」
「ピィー!」
「デカくなりすぎっ!」
俺に突撃しようとしていたのはアミュ。
祖龍は冬眠中に育つことは魔王から聞いてたけど、たった八日間会ってなかっただけで成人した祖龍たちと余り変わらない大きさになっていた。
「我々も起こしに行って驚きました」
「ここまで成長しているとは」
自分たちの眷属から降りて来たのは仮面とクルト。
祖龍の塒へ迎えに行っていた二人もアミュの成長には驚いたらしい。
「祖龍の成長には契約者の能力も影響する。祖龍王の子であり契約者が半身なのだからアミュが高い能力を持つ祖龍になるのは当然のこと。成長の早さも驚くことではない」
ラヴィを愛おしそうに撫でながらそう教えてくれた魔王。
魔王にはアミュの成長が意外なことではなかったようだ。
「ピィー」
「体が大きくなっても甘えん坊なのは変わらずか」
「ピィ!」
「痛い痛い。女体なんだからいつも以上に加減しろ」
みんなが撫でて貰っているのを見て羨ましくなったのか顔を擦り寄せてくるアミュを両手で撫でると、調子に乗ってグイグイと顔を押しつけてきて笑う。
「ピィ?」
「どうした?」
不意に顔をあげたアミュ。
どうしたのかと顔を向けた方を見ると、雪かきを一旦止めて待っている庭師たちを見ていた。
「ピィ!ピィ!」
「待て!何を!……ん?」
ドスドスと足音を立て庭師たちの方へ向かったアミュ。
怖がる庭師たちの前に転移して止めようとするとアミュはその前でピタリと止まり、庭師の一人が地面に落とした籠を鼻先でツンツンする。
「え?あれって俺が今朝作ったサンドウィッチ?」
「は、はい。私たちの昼食にも分けていただきまして」
怖がりながらもそう話す庭師から聞いてアミュを見る。
籠をツンツンしてるのはまさか。
「もしかしてサンドウィッチが喰いたかったのか」
「ピィピィ!」
「あんな勢いで近づいたらみんな吃驚するだろ!」
「ピィ!」
「ちゃんとごめんなさいしろ!」
「ピィー」
俺から怒られて庭師たちにペコペコ頭を下げるアミュ。
大きくなろうと食い意地が張ってるのも変わってないようだ。
「驚かせてごめん。冬眠から目覚めたばかりでお腹が空いてるみたいだ。変わりの昼食を用意するから許してほしい」
「いえ、自分たちで用意できますのでお気持ちだけ。それよりアミュさまはパンを召し上がるのですか?お野菜も生ですが」
「それだけでは食べないけど肉が入ってれば生野菜もパンも食べる。俺が食べてるのを一緒に食べてたから」
庭師たちはアミュが生野菜やパンを食べることに驚いたようでほうと感心したような声をあげる。
「それはアミュにやってみなは食堂で昼食を」
「魔王さま。私たち庭師は食堂には」
「マルク。庭師の昼食も食堂に用意するよう伝えろ」
「はっ」
魔王から言われて山羊さんはすぐに転移する。
「その落ちているパンをアミュにあげてみろ」
「私たちがですか!?」
「ああ」
怖々と近づいて来て籠から落ちてしまったサンドウィッチを拾い雪をはらう庭師たち。
何をさせようとしているのか分からないけど様子を見てる魔王や四天魔の三人を見て、間違っても襲うなよと思いながらアミュの体を撫でる。
「ど、どうぞアミュさま」
「ピィ!」
おずおずと差し出した庭師の手から食べたアミュ。
同じように他の庭師たちからも貰ってアミュは嬉しそうに尻尾を振りながら食べている。
「ピィピィ!」
「可愛らしい」
「私たちの手からでも召し上がってくださった」
お礼に鼻先でツンツンされて庭師たちも嬉しそう。
気難しい祖龍とは思えないアミュの社交性が凄い。
「お前たちには半身への敵意がないようだ」
「て、敵意など!私たち下方にもお気遣いくださるお優しい半身さまに滅相もございません!」
「クラウス。明日から庭師たちも食堂で食事をさせるよう。半身の眷属から気に入られた者を無下にはできない」
「はっ。戻り次第料理人へ伝令いたします」
仮面に命じる魔王に庭師たちは唖然。
城仕えの中で下の位の庭師や倉庫番は城内の食堂に入れず小屋で食事をするのが決まりだから、食堂で食事をと言われて驚かないはずもない。
「魔王さま。伝えて参りました」
「ああ。正午の鐘が鳴ったら食堂へ行くよう。今晩は仕込みが間に合わないが、明日から朝昼夕と食堂で食事を摂るといい」
山羊さんが料理人に伝えて戻って来ると魔王は庭師たちにそう直接話す。
「だって。これからは三食温かい料理を食べられるな」
「魔王さまありがとうございます!半身さまもアミュさまもありがとうございます!」
『ありがとうございます!』
嬉しそうな表情で頭を下げる庭師たち。
アミュの行動で扱いが変わったというのに、当人(龍)のアミュは「ピィ?」と鳴いて可愛く首を傾げていて笑った。
「よしアミュ。初の空中散歩にしゅっぱーつ!」
「ピィー!」
俺の掛け声の後アミュはバサっと翼で風を起こして空に浮く。
人を背に乗せて飛ぶのはこれが初めて。
「上手いではないか」
「ピィ!」
魔王から褒められて嬉しそうなアミュ。
飛ぶ前は心配そうだった四天魔もアミュが安定して飛んでいるのを見て安心した表情に変わった。
「今日も魔界は綺麗だな」
「ピィ!」
アミュの背中から見下ろす魔界層はまだ雪景色。
それでも月喰期の間には巣ごもりしていて見かけなかった魔物たちの姿も見られる。
「魔族は人族のように群れになって集落を作らないぶん環境も自然のままに保たれている。地上は地上で利便性があるのだろうが、魔界にもいいところはある」
「うん。食べ物に関しては断然魔界の方が質がいい。水が綺麗だから魚も生で食べられるし、土壌も汚染されてないから野菜も育ちがよくて味もいい」
質は落ちるけど店で売っている物をすぐに購入できる地上層。
取りに行く手間はかかるけど鮮度抜群の魔界層。
どちらの生活にも良い部分と悪い部分はある。
「自分は地上へ行ったことがないので分からないのですが、そんなにも魔界の環境とは違うのですか?」
「地上では精霊族が集落を作り住居を建てて生活している。そのために山や土地を開拓して木々を伐採するのだが、自然が少なくなった影響で土壌は汚染されて水も汚れてしまった」
赤髪の疑問に答える魔王。
俺が居た日本に比べれば地上層も充分緑豊かだけど、大自然の魔界層と比べると生魚を生食できなかったり野菜が小さめだったりと違いが如実に見られる。
「私たち魔族は生きるために魔素が必要不可欠ですが、地上の者は魔法を使う以外に必要ないという重要性の違いも自然に対して考えの違いが生まれる原因なのかも知れませんね」
「それもあるだろう。精霊族も自然の大切さは分かっているだろうが、魔族よりも体が脆く体力も少ないとあって利便性も重視しなくてはならないことも理解できる」
山羊さんと魔王の話にも耳を傾け頷く。
ただ、利便性ばかり求めていては俺が居た世界のように環境問題に頭を悩ませる時が来るだろうけど。
そんな難しい話をしている間にも辿り着いた魔人街。
上空から見る魔人街は綺麗に除雪してあった。
「お待ちしておりました、魔王さま」
前回来た時にも見た光景。
みんなで牧場(?)に降りると守人たちが跪いて待っていた。
「月喰中も龍族たちに問題はなかったか?」
「期間中は外に出せず宿舎におりましたので少し元気がなかったのですが、早朝に解放してからは元気にしております」
「そうか。普段外に居る龍族には閉じ込められる月喰期は辛かっただろう。充分遊ばせ食事を与えるよう」
「はっ」
守人のゲルトさん(前回も居た人)と魔王が話している間、鼻先でツンツンしてくる祖龍たちを交互に撫でる。
みんな体は大きいのに甘えたがりなのが可愛い。
「買い物に出ている間に祖龍たちにも食事を。特に白龍は冬眠から目覚めたばかりで空腹なようだ」
「白龍……もしや前回お会いした幼祖龍さまですか?」
「ああ」
「冬眠で随分と成長なさったのですね」
アミュを見て驚くゲルトさんと守人たち。
たった数日で大きくなりすぎていて、魔王から言われるまで前回も会ったアミュだと分からなかったらしい。
「ラヴィの子だ。血に恵まれている」
「祖龍王さまの御子さまでしたか!大変御無礼を!」
「謝罪は必要ない。自分の身を守れるようになるまであえて話さなかったのだから知らなくて当然だ」
前回来た時はアミュについて何も言ってなかったからとっくに知っているものと思ってたけど、知らなかったようだ。
そんな話題の人(龍)物のアミュは我関せずで俺にゴスゴス。
体は大きくなっても束縛の激しい彼女(性別はないけど)なのは変わらず。
「祖龍たちの世話を頼む」
「はっ。行ってらっしゃいませ」
今日は何事もなくあっさり。
アミュたちには守人たちの言うことを聞くよう話して、後のことはお任せしてきた。
「そういえばこの前のお嬢は?教育し直すって言ってた」
「ロッテか。月喰のあけた今日から龍の塒へ行かせている。祖龍に近づこうとした城仕えたちと一緒にな」
な に そ の 笑 顔 (震え)
魔王の笑みが邪悪で震える。
「いま一度祖龍の塒にて祖龍の生態について学び直させたのちに私が再教育を行う予定となっております」
「祖龍の塒ってどんな場所なんですか?」
「切り立った崖の上にございます。眷属の祖龍だけでなく野生の祖龍も数多くおりますので、否が応でも祖龍の生態を学べる素晴らしい場所です」
な に そ の 笑 顔 (二回目)。
教えてくれる山羊さんの笑みも邪悪。
「扱いさえ間違わなければ守人も居ますし小屋もあるので大丈夫ですよ。間違えれば骨にされますけど」
「さらっと怖いこと言った!」
「罰として行かせる場所が安全な場所のはずがありません。それだけのことをしたから行かされてる訳ですから」
いやまあそうだけど。
さらっと言った赤髪の様子を見るに、罰として塒行きになるのは珍しくないんだろう。
「あ、でも守人のお嬢は扱いが分かってるから平気か」
「どうでしょう。扱いが下手だから案内役なので」
「え?」
「ゲルトの娘なので無下にできず名目上は守人になっておりますが、扱いが下手で危険だから守人の仕事を任せられず魔王さまの温情で案内役という任を与えたというのが実状です」
えぇぇぇぇえ!?あんなに目立ってたのに!?
むしろ長のゲルトさんより率先して前に出てたのに!?
仮面から聞かされた衝撃の事実に驚きを隠せない。
「案内役って職務が元々ある訳じゃないのか」
「そもそも魔族の王である魔王さまや我々四天魔がお連れしなければならない賓など存在しません。魔王軍の上官を連れ立って来る時はありますが何かしらの仕事ですし」
「……たしかに!」
仮面から言われてハッと気付いたけど、王の魔王や最高幹部の四天魔が『ご案内しますね~』と気遣う相手など居ない。
それこそ魔王の恋人や俺のような半身ではない限り。
「ですからロッテに案内をさせるために上官のご家族を我々四天魔が時々お連れしているのですが、非戦闘員のロッテでは護衛できませんので結局は我々が影で護衛をしております」
「案内させるために連れて来ないといけないとか、影で護衛しないといけないとか、何その手間がかかるだけの役割」
四天魔にとっては余計な仕事が増えてるだけ。
無下にできないからと言ってもそれはさすがに。
「普段は買い物や遊びに来た魔族の案内をしてるのか?」
「魔人街の案内を必要とする魔族はいないかと」
「うん。要らねえな」
案内を必要とする人が居て普段から誰かを案内しているのなら観光地のガイドのように職業として成り立つけど、必要とする人も居ないし案内させるためにわざわざ人を連れて来なくてはいけない状況なら魔人街には必要のない職業ということ。
「別の職務に就かせれば?四天魔が不憫なんだけど」
「出来ることで考えたらそれしかなかった」
「祖龍に直接近づかない役目は?例えば食事の用意とか」
「料理ができない。刃物を持たせたことがないらしい。野菜を茹でれば火傷をして、皿に盛るのさえも上手く掴めず落とす」
お、おう。
さすがお嬢。
見た目だけじゃなくて甘やかされ方もお嬢。
「じゃあ湯浴みの準備をさせるのは?お湯を沸かす係」
「沸騰させる上に下手をすればボヤ騒ぎだろうな」
「……守人たちに必要な物を買いに行く買い物係とか」
「非力だから重い物を運べないらしい」
……はじめてのおつかいの子供を見習え( ˙-˙ )スンッ
子供ですらあんなに頑張って買った物を運ぶというのに。
「濁さず訊いてごめん。雇ってる意味は?」
「ない」
でしょうね!
無駄な賃金払ってますね!
「一応もう一人の城主って立場になったから言わせて貰うと、守人の長の娘だからって少し甘やかしすぎじゃないか?守人は諦めて他の仕事を探した方がお嬢のためにもなると思う」
あれもこれも駄目なら守人には向いてないってこと。
必要ない役目を作ってまで雇った割には仕出かしてるし、守人に拘らなくてもお嬢に向いてる仕事が他にあるかも知れない。
「ゲルトの家系は代々親子で守人をやっている」
「だから?代々やってる家系にも向かない子が居たっておかしくない。守人の家系に産まれたら守人にならないといけない決まりでもあるのか?親は親、子は子だろ」
地球でも子供が親と同じ職に就くことを強要されたりする話は聞いたことがあったけど、子供には子供の人生があるんだから親が決めることじゃない。
「俺もそう思うが本人が守人を希望している」
「人には向き不向きがある。それでも本人が努力をしてるなら見守ってやればいいけど、刃物を持ったことがないとか重い物を運べないとか言い訳ばかりで努力してるとは思えない。魔界は望みさえすれば好きな仕事が出来る優しい世界なのか?俺が望めば魔王にもなれるのか?仕事に関してだけは努力もせず甘えるだけの奴も無駄に甘やかす奴も嫌いだ」
甘え放題と甘やかし放題の組み合わせ。
周りの人からすれば大迷惑。
努力して頑張ってる奴なら困ってる時や頼って来た時に手を貸そうとなるけど、最初から努力しない奴に貸す手などない。
「……ごめん。魔族のことをよく知らない奴が余計な口出しをして悪かった。買い物しよう」
四天魔が黙ったことに気付いて話を終わらせる。
魔王と俺の二人の時なら良かったけど、間に挟まれる四天魔には悪いことをしてしまったと反省した。
黙ったまますぐに入ったメインストリート。
前回来た時のように活気があって、魔王や四天魔に次々と声をかけてくる商売人たちの賑やかさに少しホッとする。
今日の目的は食糧庫の食材を補充するための買い出し。
尤も魔族は肉類や魚類を自分たちで狩るから、ここで買うものといえば主に野菜や米(擬き)や調味料関係になる。
俺の目的は寿司に合う米とお酢。
衣類は後回しにして先に食材の店が並ぶゾーンに行く。
魔王城の食糧の買い出しだから量も多く、一・二軒離れた店に分かれてそれぞれが買い出しをしていた。
「いらっしゃいませ」
「少し見させてください」
「どうぞごゆっくり」
俺が立ち止まったのは調味料が売っている店。
以前来た時に買った山葵(西洋わさびに近い)なども売っていて、追加で買っておこうかと迷いながら鑑定スキルでひっそり物を調べる。
「リネガーの種類はここにあるので全部ですか?」
「うちで扱ってるのはここにあるものだけですが、もっと奥にある店なら高価な商品も扱ってますよ」
「その中に米、じゃなくてライの商品はありますか?」
「ライの実の商品ですか……聞いたことがないですね」
リネガー=ビネガー(酢)、ライの実=米。
親切な店主は首を傾げて少し悩んだあと、聞き覚えがないらしく首を横に振る。
地上層では生で魚が食べられないから寿司用の酢飯のために米酢を探して買うことがなかったけど、聞いたことすらないってことはこの世界に米酢はないんだろうか。
「分かりました。グリーンラ」
親切に教えてくれたからこの店でも購入しておこうと山葵(グリーンラディッシュ)を指さすと同時に背後から口を塞がれ、店主も俺とほぼ同時にローブ姿の何者かから口を塞がれ首にナイフを寄せられる。
「動くな」
どこで見ていてどこから転移して来たのか。
賑わっていて人が多いことと鑑定に夢中になっていて警戒が甘くなっていたせいか全く気配に気付かなかった。
狙いは俺?
魔界層で俺のことを知ってる人は少ないから城仕えか?
「大人しくしてろ」
店主が刃物を寄せられているから下手に動けず、言われるがまま大人しくして様子を伺う。
「やはり美しい。当たりだ」
「白銀の髪と瞳とは珍しい。変異種か」
「これなら高く売れる」
コートのフードをおろして俺を値踏みする男二人。
高く売れるという会話を聞くに人売りか。
「大人しくしていれば傷付けはしない。売る前に少しくらいは楽しませて貰うがな」
魔界層でそんなテンプレの言葉など聞きたくない。
口を塞いでいる奴の腕を掴むと同時に店主の首にナイフを寄せている奴の体を後ろに蹴り飛ばし、俺を襲ってきた奴のことは背負い投げして道に叩きつける。
「チンケな人売りが俺とやろうなんて数千年早い。力が物を言う魔族なら俺と戦って勝ってからにしろ。クズが」
「半、賓さま!」
騒動に最初に気づいたのはクルト。
今『半身』って呼びそうになっただろ。
危な。
「なにがあった」
「魔王さま!人攫いです!」
「この寝ている者がそうか」
「寝て、は、はい」
店主から聞いて魔王が胸倉を掴み持ち上げるとローブのフードが脱げて男の顔が見えた。
「誰かこの二人に見覚えはあるか?」
『いえ』
「それならいい。片付けておけ」
『はっ』
魔王から持ち上げられている男も周りの店主たちから捕まえられている男も四天魔は見覚えがないらしい。
ってことは城仕えじゃないことは間違いないから、たまたま見えた顔で俺を狙っただけの人売り(攫い)だったんだろう。
「店主、怪我はないか?」
「はい。こちらのお客さまが撃退してくださいました」
「怪我がなくて何よりだ。落ちた商品は全て買い取ろう」
「め、滅相もないことでございます!」
「この者は魔王城の賓だ。責任は俺にある」
「いえ!落としたのは賓さまでは」
口に人差し指をあてジェスチャーで店主に黙るよう促す。
たしかに落としたのは俺じゃないけど、地面に落ちて売れなくなってしまったんだから買い取って貰った方がいい。
調味料は俺も魔王城の料理人も使うし、城仕えの人数が多いから量があっても困るものじゃない。
「あ、ありがとうございます!すぐにお包みします!」
「慌てなくていい」
店主が調味料を袋に入れてる姿を見ながら魔王はくすと笑う。
「ほんの少し目を離した隙にこうなるとはな。どこにいても話題に事欠かない奴だ」
「好きで話題の提供した訳じゃないし」
好きで人売りに絡まれた訳じゃない。
ただ純粋に米酢を求めていただけで。
「一応訊くが怪我はないか?」
「一応って。本当に怪我してたらどうするんだ」
「あの者たちが無に還るだけだ」
「あ、してません。かすり傷ひとつありません」
「知っている」
四天魔から魔法で縛られている二人。
悪人とはいえ俺の嘘で天に還されては困る。
「思えば悪気を払うって割に襲われたじゃん」
「悪気とは強い嫉妬や憎しみから生まれた邪気のことだぞ?」
「襲おうとか殺すって気持ちがなくなるんじゃないのか?」
「相手から邪気をなくさせるのではなく自分に向けられた邪気を払ってくれる。お前にも聞き覚えのある言葉で言えば呪いを跳ね返すということだ。邪気は体を弱らせ場合によっては命を落とすこともある。賜った加護はその邪気を払うものであって守護のように障壁がはられる訳ではない。守護と加護は違う」
「言われてみればそうか」
腕輪にしてきた神たちの贈り物を見ながら呟いた俺に魔王が詳しく説明してくれて納得する。
守護と加護が別物なのはこの世界の常識。
分かりやすくいうと、守護は障壁などで外から守ってくれる能力、加護は能力値の上昇などで内から守ってくれる能力。
「さきほど途中で止めた話の件だが、城に戻ってから改めて話そう。お前も城主となったのだから意見は聞いておきたい」
突然話題が変わってなんの話かと一瞬思ったけどお嬢の身の振り方の話か。
「意見って言っても別の役目を考えた方がいいんじゃないかって以外に言うことない。お嬢がどんな人なのかも知らないし」
「そこも説明する。苦肉の策だとは自分でも思っていた。何かいい案が生まれるならそれに越したことはない」
まあ考えた末の役目だとは言ってたけども。
「父親のゲルトさんは自分の娘が案内役って職務をわざわざ作って貰って守人になってることをどう思ってるんだ?」
「喜んでいた」
「本当は必要ない役目だって分かった上で喜んでるのか?」
「分かっているのかは聞いたことがない」
「じゃあまずはゲルトさんとお嬢にそれを話した方がいい。自分や自分の娘の置かれた状況が理解できてないから甘い考えを持ってるのかも知れない」
必要がないと分かっていて役目を貰えたと喜んでるなら脳内お花畑な親子だし、必要ないと気付いていないならそれを教える必要がある。
「必要がない役目を作らないといけないほど使い物にならないってことは本来なら恥じるべきことだ。それを正しく理解してたら娘のワガママを諌めるだろうし、本人も自重するだろ。俺たちが話し合って別の役目を考えたところで理解した上での今なら何をやらせても甘えた考えは変わらない。二人がどう捉えてるのかを聞くのが先だ」
必要のない職務を与えられたことに気付いてなくて考えを改めて努力するならもう少し続けさせてもいいだろうし、正しく理解していながら重い物が持てないだ何だと甘えたことを言っているなら辞めさせた方がいい。
「なるほど。一理あるな」
「二人の考えが分かってから俺も一緒に考える」
「分かった」
「悪いな。効率の悪いやり方は苦手なんだ」
「時間の無駄になるのは俺も好ましくない」
そうこう話している間にも店主が調味料を袋に詰め終え、魔王が魔界層の金を払ってから二人で異空間に仕舞う。
「魔王さま。引き渡してきました」
「ご苦労だった。二人も買い物を続けてくれ」
「「はっ」」
魔人街の警察(的な存在)に人売りの男たちを引き渡しに行っていたクルトと赤髪も戻って来て食糧の買い出しを再開した。
時間にして二・三時間ほど。
食糧庫の物や俺の衣装の買い出しが終わってフードコート(的な場所)で飲み物を買って休憩する。
「思ったけど狩りは?肉と魚」
「城仕えが行っている」
「そうなんだ」
肉と魚は自分たちで狩るからどうするのかと思えば、俺たちとは別に城仕えが狩りに行っているようだ。
「あ」
『ん?』
飲み物を飲んでいて声を洩らしたのはクルト。
「すみません急に。半身さまが探していたライの実のリネガーに似た物が竜人街にあったことを思い出して」
「え!竜人街にはあるのか!?」
魔人街では見つけられず半ば諦めていた米酢を竜人街で見かけたことを聞いて身を乗り出す。
「半身さまが欲している物と同じ物かは分かりませんが、竜人街へ視察に行っていた時に一度、ライの実の味のするリネガーを使った料理を食べたことがあります」
「ライの実の味がするリネガーなら多分俺の知ってる米酢の味に近いと思う。そっか、竜人街ならありえる」
日本から召喚された勇者の影響を色濃く感じる竜人街。
たしかにあの街なら日本食に近しい食べ物(調味料)があってもおかしくない。
「近い内にクルトを連れ行って来るといい」
「いいのか?」
「ああ。ただし雌性体で行くことが条件だ。雄性体のお前はもう竜人街では知られているから念のためにな」
「そっか。分かった」
米酢が買えるなら見た目などどちらでも構わない。
竜人街の人には連れ拐われた時に本来の姿を見られているから雌性体の方が安全というのも理解できるし。
「じゃあクルト。仕事の手が空く日に付き合ってくれ」
「喜んでお供いたします」
「ありがとう。待ってろ寿司!」
俺が知ってる米酢なら今度こそ寿司を作れる。
日本を離れて一年以上ぶりの念願の寿司。
「やはりお前は衣装や装飾品より食べ物か」
「食いしん坊みたいな言い方するな」
鼻で笑う魔王と即座に否定する俺に四天魔の四人は笑った。
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しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
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