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第九章 魔界層編
披露式
しおりを挟む竜人界で除雪作業をした翌々日。
昨日は予定していた披露式を延期して、事故で亡くなった人を魔神の元に還す『魂還し』という儀式を行った。
魔族は精霊族とは違って誰でも葬式(的な儀式)を行うのではないらしく、今回のように善行で亡くなった場合にのみ新たに生まれ変わるよう願いをこめて魔族の王である魔王が天に魂を還す儀式を行うらしい。
魔神の元に魂還しされた者は生まれ変わる。
生まれ変わればまた会える。
それが魔族の認識で喪にふくすことはしない。
昨日行われた魂還しは猛吹雪の中。
綺麗な衣装を身につけた骸は装飾が施された布に包まれ、儀式用の衣装を身につけた魔王の炎に焚かれて天に還った。
そんな儀式から一日経った今日はもう通常通り。
……通常……通り?
「半身さまもう少し我慢を!」
「出る!全部出る!」
「出ません!」
そんなやり取りをするのは俺とクルト(女中Ver)。
今は内臓を絞り出すかのような勢いでコルセットを締められているところで、まるで拷問器具にかけられている気分。
一昨日は神の子と跪いていた相手にする行動じゃない。
「この前みたいな簡単なドレスじゃ駄目なのか?」
「駄目です。披露式は魔王さまと半身さまが半身の誓いを行うだけでなく、私たち四天魔や城仕えが今後魔王城のもう一人の主として半身さまにお仕えることを誓う大切な儀式なんです」
なんか婚約発表みたいだ。
魔族には俺が知ってるような冠婚葬祭はないけどクルトの話を聞いてそんなことを思った。
「本日の披露式をもって城仕えたちも魔王さまの半身が誰かを認めざるを得なくなります。半身さまは形だけの存在、魔王さまのご寵愛を受けているのは自分などという愚かな考えを持つ者も現実を見ることになるでしょう」
ますます嫉妬でギリギリされそうだけど。
ただ魔王城での俺の立場が明確になるということだから気軽に嫌がらせをする(できる)人の数は減りそうだ。
「本来契約が結ばれた後すぐに披露式と御目見式を行うのが通例ですから魔王さまのご寵愛を受けていないと考える者が居たことも分かります。城仕えの殆どの者は魔王さまと半身さまが仲睦まじくしている姿を見る機会がありませんので」
「あー、たしかに」
部屋に来て世話をする召使は数が多い魔王城の城仕え(使用人)全体で見れば極一部の人だし、部屋以外で魔王と俺が一緒に居るのは食事だけどそれも離れた席に座って食事をしてるだけだから仲良くしてる姿は見たことがない城仕えが殆ど。
俺も会ったことがない人の方が多いくらいだし。
「人族の国王と王妃も仲睦まじくしてる姿なんて見る機会ないけど不仲説は聞いたことがないな。ひっそり囲ってる相手と盛大に婚約発表や結婚式をして国中で祝った相手の違いか?」
国王のおっさんがデレてる姿を見たことがないどころか、むしろ人前に出ている時は二人で会話をしている姿すらも殆ど見かけないけど、一国の王と王妃の立場はそんなものだと思っているから不仲なんて思ったこともなかった。
「婚約発表?結婚式?とは?」
「結婚は魔族の半身契約みたいなもの。婚約発表は、この人と将来結婚する約束をしたっていうのを人に教えるためにやる。ただ、書類一枚で結婚も離縁もできる地上の結婚より一度契約したらどちらかが死ぬまで続く半身契約の方が遥かに重い」
結婚と半身契約は似て非なるもの。
生涯を誓うことは同じでも、仮に生活が上手くいかなければ紙一枚で離婚できる婚姻関係と上手くいかなかろうと死ぬまで別れられない半身契約では重みが違う。
「その差を考えると魔族が半身を傷つけられると怒り狂うのも分かる気がする。長い時間を一緒に生きて行く人として厳選した相手だろうから思い入れも強そうだし。会ってすぐ勝手に契約したフラウエルの思い入れは別として」
魔族の寿命は精霊族より遥かに長い。
一度契約を結べば数百年を共に生きることになるんだから、厳選に厳選を重ねて決めるんだろう。
夫婦生活が上手くいかないから離婚しますと出来ないだけに。
「魔王さまは魂色で為人が分かりますから時間をかけて選ぶ必要がありません。今まで何千何万の魔族が魔王さまの半身になろうとしましたし魔王軍の上官が紹介したりもしましたが、魔王さまは決して首を縦には振りませんでした。その魔王さまが選んだ方です。半身さまとの出会いからは一瞬でも、他の誰よりも自らの半身への思い入れは強いと思います」
そうか。
俺にとっては出会って数分、会話して数分。
でも魔王からすれば数百年分の重みがあるのか。
「ん?だとしても勝手に契約するのはどうなんだ?」
「そこは魔王さまだな、としか」
「やっぱ魔族から見ても普通じゃないんじゃん」
手では着付けを続けながらクルトは笑う。
こうして会話して笑っていられるのは生きていてくれたからだと思うと、力をくれた魔神や精霊神に感謝しないと。
朝から風呂でウィルに磨かれ丹念にマッサージをされ、そのあとクルトとバトンタッチして着付けや髪や化粧と続き数時間。
やっと支度が終わった。
「それでは私はこれで失礼いたします」
「分かった。朝から大変だっただろ。ありがとう」
「勿体ないお言葉をありがとうございます。では後ほど」
「うん。また後で」
今日着せられたのはディアマンルージュ色の赤いドレス。
雌性体で披露式をすることになった理由はティアラをまだ雄性体用の装飾品に作り替えていないから。
大切な披露の時だろうと何よりも重要なのは華やかに着飾っているかどうかで、俺が雄性体でも雌性体でも関係ないらしい。
「……嫁に行く気分」
金糸や金のレースで装飾された真っ赤なドレスとハイヒール。
首元にはディアマンルージュのビブネックレス。
それを身につけてるのは雌性体の俺。
本当は男なのにまさか女の体で結婚報告(半身披露)をする日が来るとは思わなかった。
ただ御目見式はしっかり男の姿でやるらしい。
御目見式の目的が『この人が魔王の半身』ということを城仕え以外の魔族に報せるためだから、顔を覚えて貰うためには本来の姿じゃないといけないという理由。
「はい。どうぞ」
「「失礼いたします」」
ノックの音に返事をすると開いた扉。
先に(見た目)男の近侍が二名入って来て俺に頭を下げると扉を押さえ、その扉からは華やかな正装をした魔王が入って来た。
「ご苦労だった。下がれ」
「「はっ」」
再度丁寧に挨拶をした近侍が出て行って部屋に残されたのは魔王と俺の二人。
「珍しく召使は一緒じゃないんだ?」
「これから一時間ほど二人で過ごす」
「え?そうなのか」
「その間に城仕えたちも支度をする」
「ああ、なるほど」
今日は城仕えへの披露だから全員参加。
今まで魔王の支度をしていた人たちも当然参加するから、その人たちの支度の時間を設けてあるようだ。
「城の針子だからどのような物になるかと思ったが、思いの外いいドレスに仕上がっているな。よく似合っている」
「ありがとう。時間がなかったのに相当頑張って作ってくれたんだと思う。フラウエルから労っておいてほしい」
「ああ。褒美を出そう」
「頼んだ」
俺は直接針子と会えないから魔王に頼むしかない。
三日前の宴会で急遽披露式を行うことが決まったのにこれだけ立派なドレスを仕立ててくれたんだから凄い。
この世界の針子は魔法を使って縫うから速いとはいえ三日間で仕上げるのはさすがに大変だっただろう。
「話しておきたいことがある。前に座ってくれ」
「話?分かった」
魔王が座ったソファの前のソファを指さされてドレスが皺にならないよう気を付けて浅く座る。
「状況を考えて急ぎ披露式を行うことにしたが、いざ披露式をしてしまうとお前にも煩わしい役目が増えることになる。式の前にそのことを話しておこうと思ってな」
「役目?」
ソファの肘置きに左肘を置き頬杖をついて言った魔王。
面倒そうな表情をしてるってことはよほどの役目なのか?
「今日は城仕えたちに新たな主君を披露する式ではあるが、披露するということは同時に俺や四天魔が正式にお前を半身だと認めた証拠にもなる。民に報せるのは御目見式になるが魔王軍の上官は別だ。披露式後に報せなくてはいけない」
そう話して魔王は溜息をつく。
「魔王軍の上官って四天魔じゃないのか?」
「もちろん四天魔が魔王軍の最高官だが、精霊族の軍と同じように魔王軍も部隊で分かれていて各地に散っている」
「なるほど。それもそうか」
言われてみれば広い魔界のアレコレを魔王と四天魔の五人だけでやってるはずがなかった。
魔界より狭い(らしい)地上でさえ各地に貴族を置いて管理しているくらいだから。
魔族は貴族制度がないから軍人がその役目をしてるんだろう。
「それで?各地に居る魔王軍の上官たちに報せることと俺の煩わしい役目っていうのはどう関係するんだ?」
「半身のお前に気に入られようと貢ぎ物を持って謁見を申し出る者も中には居るだろう。面倒でも上官には会っておく必要がある。会食などの機会も増えるということだ」
うん、面倒くせえな( ˙-˙ )スンッ
英雄と親しくなっておこうと目論んで近寄って来る人がいた地上の時と似た状況になる可能性があると。
「面倒くさいのが心からの本音だけど、考えてみれば俺の今の立場って精霊族の第一王妃と同じなんだよな。第一王妃も国王とは別に王妃の役目を果たしてたことは知ってるし、俺もフラウエルの半身として披露される限り必要な役目は果たす」
そう話すと魔王は少しホッとした表情を見せる。
俺が嫌がって駄々をこねるとでも思ってたんだろうか。
そんな子供みたいなことはしないのに。
「俺よりフラウエルの方が煩わしそうな顔してたけど」
「煩わしい付き合いなどしたくないのが本音だ」
「やっぱり?」
互いに本音を吐露して笑う。
もし魔王が地上で言い伝えられているような悪魔的な存在なら半身の役目なんて拒否したと思う。
いや、それ以前に魔王自身が人族と魂の契約をしようなんて思わなかっただろうけど。
「少しこちらへ来い」
「断る。何をする気だ」
「水入らずの時間を過ごすまで」
「断る。支度で何時間かかったと思ってる」
「一度着付けて貰いさえすれば魔法で戻せる」
「え?そんなことができるのか」
「今更か?剣や弓の修理をしていただろう?」
言われて思い出してポンと手を叩く。
たしかにデュラン領での訓練中(俺は療養中)、壊れたり傷んだみんなの武器を魔法で直してくれていたのは魔王だった。
あの魔法はそんな使い方も出来るのか。
「でも断る」
「ドレスを脱がせてどうこうしようとは思っていない」
「……本当か?」
「お前が望むならするが?」
「断ってるのに望んでるはずがないだろ」
文句を言いつつ隣に座り直すと満足そうな顔。
大切な話の最中は正面の方が話し易いから前に座らせたんだろうけど、魔王は基本的に二人で居る時には手の届く範囲に居させたがるのがデフォ。
「フラウエルのあの魔法ってリフレッシュに近い?」
「魔界にないスキルはあまり詳しくないが、あれは汚れを綺麗にするスキルだろう?俺の魔法は時間を戻している」
「時間を戻すなんてできるのか!」
「期待させて悪いが命あるものの時間は戻せない。異空間の中と同じく生命のない物が対象だ。復元と言った方が分かるか」
なんだ( ˙-˙ )スンッ
まあ生き物にそんな魔法が使えたら死ぬ前に時間を戻すということができてしまうし、うっかりそんな魔法を覚えたら間違いなく悪い奴から利用されてしまうだろう。
「生命を司る神以外の者に死者を生き返らせる能力などない方がいい。知恵を持つ欲深い我々にそれが出来ては争いの火種になってしまう。傷を負い癒せればまだ生きる運命。間に合わなければ死ぬ運命。それが我ら生命の理」
「うん。そうだよな」
考えていたことを察したのか、俺の肩に頭を寄せる魔王の言葉に大きく頷いた。
二人で会話しながらダラダラして数十分。
「そろそろ迎えが来る。支度を済ませよう」
「うん」
魔王が時を戻してくれてドレスの皺や化粧崩れもなし。
姿鏡の前に立って最終チェックをする。
「髪型も崩れてないか?」
「ああ。心配せずとも美し」
『ボクたちの愛しい子』
魔王の声に重なった声。
この声は……
「精霊神」
『跪かなくていい。せっかくの衣装が汚れてしまう』
声しか聞こえないけど跪こうとした魔王を精霊神が止める。
『大切な儀式の前にボクたちから祝福をあげようと思って』
「祝福?」
首を傾げると空中に光の術式が描かれ、そこから白と黒の二つの箱がゆっくり降りてくる。
『白の箱はボクたちの愛しい子に。黒の箱はボクたちの愛しい子の大切な君に。開けてみて?』
そう言われて俺は白い箱を、魔王は黒い箱を開ける。
「布?ただの布なのに神々しく見えるのは気の所為?」
「いや。俺も尊いものと感じる」
『ボクたちの祝福がかけられている絹だからね』
「そのような貴重な物をいただけるのですか?」
『これが親心って感情かな?贈り物だから受け取って』
「ありがとうございます。大切にいたします」
「ありがとう」
神にも親心なんてあるのか。
自分でも自信なさげに言ってたけど。
『魔王フラウエル。まずはお前の手で白い箱に入った絹を我々の寵児の頭にかぶせるよう』
「はっ」
次に聞こえてきたのは魔神の声。
魔王は言われた通り俺が持っている箱から白い布(絹)を出すと髪型を崩さないようフワッと俺の頭に被せる。
『今の衣装ならばヴェールがいいだろう』
「「!?」」
魔神の声と共に頭にかぶせられた布が繊細な金レースが施されたディアマンルージュ色のロングヴェールに変わる。
最初からドレスに合わせて作られていたかのようなその美しいロングヴェールからも神々しさを感じる。
「凄っ!変化する布とか凄っ!」
『そうだろう?ただの布だと思って衣装箱の奥に仕舞われては困る。お前は精霊神に似ているからやりかねない』
ただの布と言ったのが気に入らなかったんですね( ˙-˙ )スンッ
さり気なく精霊神へのディスも含むとは、魔神さま、一昨日に引き続き大人気ないです。
『さあ次はボクたちの愛しい子の手で祝福をあげる番だよ』
「俺もフラウエルの頭に被せればいいのか?」
『彼にヴェールは必要ないからマントはどう?』
「もうマントはしてるけど」
「いや。神から賜った物に替えよう」
紋章が入ったマントを脱いだ魔王に屈んで貰って黒い箱から出した布(絹)を肩にかける。
『見た目は今していたマントと同じにしておくね』
精霊神の声で布から変化したマント。
今までしていたマントと完全に同じ作りなのにやっぱり神々しく見えるから不思議だ。
『その布には悪気を払う効果がある。今はその衣装に合わせてヴェールとマントにしたけど、生物以外の物なら望む形に変えられるようにしたから常に身につけておくといいよ』
「二人じゃなくても変化させられるんだ?とんでもなく貴重な物をくれたけど、もし盗まれたら大変なことになるな」
神の祝福を受けた布。
しかも生物以外の物なら何にでも変化するとなれば、国宝どころか世界規模でのお宝になってしまうだろう。
この布一枚で戦争が起きそうなレベルに。
『案ずるな。祝福を与えたのは我々の寵児と魔王フラウエルに対して。他者が手にしたところでただの布に過ぎない』
「あ、ただの布発言にまだ拘ってるんですね」
『今のはその表現が相応しいから言ったまで』
ただの布につっこむと魔神は否定して、精霊神の笑い声がクスクス聞こえてくる。
「貰った後のことまで考えた贈り物をありがとう」
「賜りました宝は大切に身につけさせていただきます」
『喜んでくれて嬉しいよ』
『物の力を過信せず自らの身も鍛えるようにな』
「うん。本当にありがとう」
「ありがとうございます」
二人で最後にお礼を言って暇を持て余した神々(俺の親だったけど)との通信を終えた。
「自在に変化することも神のお力と感じるが、こうして身につけているだけで護られている感をひしひしと感じる」
「分かる。俺の方は引っ張ったら破れそうなヴェールになってるのに神々しさが半端ないし安心感も凄い」
プラシーボ効果じゃなく本物の創造神の加護。
俺たちにしか効果はないらしいからそれは良かった。
ただの布で戦争は起きないだろう。
「神の贈り物の前では宝石も霞むな」
「それはない。魔神もフラウエルがくれた装飾品やドレスに合わせてこの色のヴェールにしたんだろうし。俺にとってはどちらも心のこもった大切な贈り物だ」
ビブネックレスに触れながら苦笑する魔王に笑う。
心のこもった贈り物に優劣なんてない。
「……駄目だから。雌性体の時はフラウエルの体液が効果抜群だって知ってるだろ」
キスしようとした魔王の口を手で塞いで止める。
これから披露式だというのに油断も隙もない奴だ。
「重ねるくらいいいだろう?」
「口紅してるから駄目です」
「時間を戻せばいいだけだ」
「力技で来るかこの野郎」
「雌性体の時の半身の力などスライムと変わらない」
「スライム舐めんな。キモさなら群を抜いてるぞ」
ロンググローブをしている俺の手首を掴み意地でもキスしようとする魔王と意地でもキスされないよう顔をそらす俺との地味な争いをしていると扉をノックする音が聞こえてくる。
「魔王さま、半身さま。支度はお済みになりましたか?」
扉の外から聞こえたのは山羊さんの声。
「仕方ない。続きは披露式のあとで」
「うん。あとならいい……のか?」
首を傾げる俺を他所に魔王は精霊神と魔神から貰った布(絹)の入っていた箱二つと外したマントを異空間に仕舞いながらクスッと笑った。
「入れ」
「失礼いたします」
扉を開けて敬礼したのは山羊さんと赤髪。
二人とも宴会の時以上に華やかな正装姿だ。
「半身さま。本日はいつも以上にお美しい」
「ありがとう」
雌性体の時に言われると微妙な気分だけど。
まあでも雌性体の俺が割とイケてることはたしか(自賛)。
赤髪の貴族っぽい褒め言葉にカーテシーで応える。
「恐れながら魔王さま。半身さまのお美しいヴェールは針子が用意した衣装には含まれておりませんでしたが、いつの間にご用意なさったのですか?魔王さまのマントもですが、この世界の者が作ったとは思えない神々しさを感じます」
さすが山羊さん。バレてる。
俺のヴェールは衣装になかったから気付くとしても、当初からしていたマントと全く同じ見た目でも一瞬で気付くとは。
「分かっていながら訊いているのだろう?祝いだそうだ」
「左様でございますか。御二方が魂の半身であると認めていただけた何よりの証。心よりお祝い申しあげます」
「おめでとうございます」
赤髪も魔王と山羊さんの会話で誰に貰ったのかを察したらしく自分のことのように嬉しそうな表情で敬礼をした。
一昨日の精霊神と魔神に会った後の話。
あの暗闇に呼び出されているあいだ俺と魔王は行方不明になっていた(目の前で突然消えた)らしく、俺たちが戻った時に四天魔の四人は外に探しに行くか待つかを真剣に話し合っていた。
魔法が使えない祠の中で先に俺が消えた後しばらくして魔王が消えただけに、人(魔族)が出来ることではないとすぐに分かって迷っていたらしい。
そんななか二人で戻れば何も説明しない訳にいかない。
創造神である精霊神と魔神と会って話をしたこと、俺が精霊神と魔神の寵児であること、二人の寵児である俺と半身で居ることを認めて貰ったことを正直に話した魔王は、精霊神から力を与えられたことだけは約束通り秘密にした。
神は信じてるけどあくまで信仰対象として崇める精霊族に神に会ったなんて話したら『会えるはずがない』と疑われそうだけど、魔族は『神は身近に居て見守ってくれてる』という認識らしく四人とも疑うどころか興奮気味に魔王の話を聞いていた。
その話をしてあったから今回も祝いとだけですんなり。
もちろん一昨日のことも贈り物のことも口外禁止にしたけど。
「では礼拝堂まで我々が嚮導いたします。昨夜も説明しましたように半身さまは何があってもお声を出されませんよう」
「はい」
前には山羊さん、後ろには赤髪が付いて、俺の部屋から出てそのまま礼拝堂へと向かう。
披露式は魔王のエスコートで俺の部屋を出た瞬間から既に始まっていて、半身の俺は礼拝堂に着くまで一切声を出してはいけない決まりらしい。
もし声を出してしまったら披露式は中止。
彼方者(死人)に魅了されるからという謎の理由が如何にも儀式と感じるけど、俺が声を出しただけで準備をしたことが一瞬で無駄になるんだからその方が恐ろしい。
無言で向かっていると左側でキラリと何かが光る。
刃物を手に走って来たのは雌性(見た目)の召使。
前を歩いていた山羊さんが剣を抜くと魔王と俺が返り血を浴びないよう赤髪がマントでサッと隠した。
……本当に居た。
昨日説明を受けた時に半身が声を出してはいけない嚮導中に命を狙う者が居ることは聞いていた。
歴代の魔王が披露式をした時にも必ず現れていたらしく、中には嚮導中だけで数十人を斬り捨てたこともあるらしい。
嚮導の最中を狙うのは驚きだろうと恐怖だろうと半身が少しでも声を出せば披露式が中止になるから。
もう一つは礼拝堂に入るまでが半身契約を無効にできる(殺して強制的に契約を解除させる)最後のチャンスだから。
披露式を終えたあとは軍官からも正式に半身と認められて護衛が厳しくなるから近づくことすら容易ではなくなるらしい。
そう聞いてはいたけど本当に来るとは。
嚮導中に四天魔がつくのは今のように命をかけて向かってくる刺客を斬り捨てて魔王と半身を護るため。
死を覚悟しておこした最期の謀反だから自分の命を狙った者に同情せず魔王の半身として堂々としておいてほしいと山羊さんから言われている。
撃っていいのは撃たれる覚悟のある者だけ。
が、まかり通るのは地上も魔界も変わらない。
礼拝堂まで計六人。
その人数が多いのか少ないのか魔族じゃない俺には分からないけど、声は出さなくとも気持ちはすり減る。
そんなに反対する人がいるなら披露式なんてしない方がいいんじゃないかとも思ってしまう。
でもそうやって同情や罪悪感を誘うことも相手の狙いの一つだろうし、それで俺が辞めると言えばその程度の気持ちしかないと判断されて魔王の顔にまで泥を塗ることになるし、この先一生魔王の半身として認められることはないだろう。
斬り捨てられることが分かっていながら覚悟を決めて向かって来たその生き様(死に様)は否定しない。
ただし同情もしない。
魔族には魔族の決まりや生き様(死に様)がある。
俺は俺で魔王の半身として生きることを決めている。
お互いに自分の信念を貫くだけ。
礼拝堂の扉の前で待っていた城仕え。
魔王と俺に敬礼をして重いその扉を開く。
しっかり顔をあげて礼拝堂に一歩脚を踏み入れた。
礼拝堂で直前の謀反などなかったかのように騒動もなく厳か。
互いを半身だと認めて生涯を誓うのは魔族も同じ。
いや、披露式を行うのは魔王の半身の時だけだから、魔族も同じというより『魔王城のしきたりも同じ』と言うべきか。
ただ、それを誓うのが魔神というのが奇妙な気分。
俺からすれば自分の親(実感はないけど)に対して『魔王を半身と認め生涯を共にします』と誓っている訳だから、微妙な気分になるのも仕方ないことだと思う。
「魔王フラウエルの名にかけ夕凪真を魂の半身として認め、共に寄り添い、共に生きることを誓う」
魔族の創造神である魔神を祀る祭壇に誓いを行った魔王は、隣で跪いている俺の頭に半身の証であるディアマンルージュを使ったティアラをつける。
「私、夕凪真は魔王フラウエルの魂の半身であることを認め、共に寄り添い、共に生きることを誓います」
俺の戴冠が済んだあとは魔王の番。
山羊さんから教わった誓いの言葉を口にした後、隣で跪いている魔王の頭にディアマンルージュを使った王冠を載せる。
立ち上がって目を合わせた魔王は微笑を浮かべると、精霊神と魔神から貰ったヴェールを捲って誓いのキスをした。
魔王と俺の半身としての儀式が済んだ後も式は続いて、今度は魔王直属の護り手である四天魔の誓いが行われる。
「魔王軍四天魔の『知』マルク。夕凪真を魔王フラウエルの魂を分かつ者として正式に認め、今後もう一人の主君として我が身朽ちるまで忠誠を尽くすことをここに誓う」
俺が持たされているのは金色の剣。
跪いている山羊さんの首にその剣を寄せて誓いを聞く。
それを繰り返すこと四回。
四天魔の四人の誓いを聞いてから一段高い階段を上がる。
「四天魔の誓い聞き入れた。今後四天魔を魔王フラウエルと私夕凪真の臣下として受け入れ、共に居ることを認める」
簡単に言えば『一緒に居ていいよ』ということ。
回りくどい言い方をさせるのはさすが儀式といった感じ。
そんなことを思いながら披露式の最後の締めをする魔王に金の剣を渡す。
「生を受け三百と有余年。心美しく逞しい唯一の半身を設け、愛おしいということがどのようなものかを知ることができたことを喜ばしく思う。我に忠誠を。半身に忠誠を。さすれば魔族は今後一層繁栄していくことだろう」
金の剣を翳して言った魔王に割れんばかりの歓声。
こういうところは地球や地上の結婚式と違って魔族の儀式らしいと少し頬は緩んだ。
・
・
・
「今日は疲れただろう」
「多少。でも終わって安心もした」
式を終えた深夜。
魔王の部屋で酒を酌み交わしながら魔王と二人で話す。
「俺も今はその思いが強い。伽を魔力補給が必要な者だけに限定したことや不満のある者は持ち場を変えるか暇を出すと話したことで、今後しばらく城内は慌ただしくなるだろうが」
披露式の後に行った立食式(結婚式の後の披露宴のようなもの)の場で山羊さんがそれを発表したら城仕えたちは驚いていた。
今までのやり方が突然変更になれば驚くのも当然。
詳しい説明を受けて事情を理解した後はすぐに落ち着いた。
あの発表で一番慌てたのは召使だろう。
クルトの内部調査で既に判明していた、俺のことを形だけの半身と発言していた人たちや魔王の寵愛を受けているのは自分だと言って他の城仕えを見下していた人たちは名指しで召使の職から下ろされ、魔王城では最下職になる倉庫番に降格された。
ただ披露式の恩赦として、その降格させられた人も含め魔力供給が必要ないとの判断で伽役から外された人には、今後も変わらず城に仕えるか暇を貰って(辞職だから辞職金が貰える)城を出るかの選択肢が与えられている。
「俺が魔王城に来たことで混乱させちゃってるな」
「それは違う。力が物をいう魔族の性格じょう人族を半身として認めないと反発するまでは理解できるが、召使が半身より自分の方が愛されていると勘違いして見下すのはおかしい」
まあおかしいと言えばおかしい。
伽役はあくまで愛だ恋だは無関係に召使(役職)の仕事だから。
ただそこに生まれてしまった恋心(下心含む)。
自分の方が愛されていると勘違いしてるというより、魔王の半身になった(魔王から半身として選ばれた)俺が妬ましくて八つ当たりしているというのが一番多いパターンだろう。
「王の俺や四天魔は魔王城の秩序を守るために城仕えの誤った考えを正さなくてはならない。半身が城に来たことでそのような考えを持っている者をあぶりだすことが出来たのだから気に病む必要はない。むしろ感謝している」
そう話して魔王は俺の頭を撫でる。
「誰が何を言おうともお前は俺が選んだたった一人の半身だ。お前も城の主君になったのだから堂々としていろ。主君が不安な顔をしていてはお前を認めた者たちが戸惑ってしまう」
「……そっか。うん。そうだよな」
立食式で今まで話したことがなかった城仕えとも話したけど、跪き頭を下げて忠誠を誓ってくれた人たちも大勢いた。
俺を殺そうと謀反を起こした人や嫉妬で敵意を持つ一部の人のことで豆腐メンタルを発揮するのは忠誠を誓ってくれたその人たちに失礼だ。
「みんなから認められる存在にはなれないだろうけど、フラウエルの顔に泥を塗るような真似はしないよう気をつける」
「仮にお前が誤ったことをしようとした時には俺が諌めよう。だがそんなに気負わずともいい。時には煩わしい役目を頼むことにはなるだろうが、魔王城もお前の住居の一つというだけで縛りつけるつもりはない。お前は自由だ。好きな場所へ行って色々なものを見て学ぶといい」
思えば魔王は最初からそうだった。
勝手に契約を結んだ割に俺を魔界に縛ることはなかったし、自由にさせてそれを一緒に楽しむ余裕もある。
さすが三百年以上を生きる魔族の王。
懐の深さが違う。
二十数年生きただけの俺の行動なんて魔王からすれば子供が走り回っている状況と変わらないんだろう。
「ありがとう。披露前と変わらずこれからもよろしく」
「ああ」
そう話して酒の注がれたグラスを軽く重ねた。
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言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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