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第九章 魔界層編

英雄の行方

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「やはり減っている」
「やっぱそうか。繋がってるのに影響がない訳ないよな」
「強制的に呼び寄せられたとはいえあれで魔層内の魔物の数が減った。当分は起こらないだろう」

魔人界にある魔層。
スタンピードの兆候を探っていた魔王と調査に来てやっぱりなと納得する。

「デザストル・バジリスクも協力ありがとう」
【構わん。魔層は我の住処すみか。異変があれば教えよう】
「ありがとう」

魔層内の魔物調査に協力して貰ったデザストル・バジリスクにも礼を言って魔層を出た。

「ピィー!」
「ただいまアミュ。デカイんだから手加減しろ」

魔層から出てきた俺に飛びつくアミュ。
世話が必要なのが二年というだけあって祖龍の成長は早く、もう到底抱き上げられるサイズではなくなった体での飛びつきは結構な打撃を受ける。

「如何でしたか?」
「魔層内の魔物たちも数が減って落ち着いていた。この様子なら魔界でも地上でも当分は起こらないだろう」
「左様ですか。お疲れさまです」

アミュやラヴィと待っていたのは赤髪。
地上でのことを知っているから『良かった』などの言葉は避けてくれたんだろう。

「もし地上で起こされなかったら次のスタンピードは魔界で起きてたんだろうな。まだ先ではあっただろうけど」
「兆候と呼べる程ではないが出現数が増えていたことは事実。恐らく数年後にはそうなっていただろう」

強制的に起こさなければ地上でのスタンピードは当分なかったということ。
当分なかったはずのことで多くの人が犠牲になったんだから、報復のために起こした者の罪は計り知れない。

今思えば魔王が見てロザリアの魂色が濁ってみえたのはあの人為的なスタンピード計画が理由だったんじゃないか。
俺が最終戦の早朝に理由も分からず何かを感じていたのも悲劇が起こることへの第六感だったんじゃないか。

数回感じた地鳴りも気の所為などではなく予兆だったんじゃないか、ロザリアが代表騎士宿舎ではない宿に居たのも仲間との密会だったんじゃないか、最後の夜会の時に見せた突然の涙の理由も「ごめんね」という謝罪も「違う場所で会いたかった」という言葉も俺を殺す計画だったからなんじゃないか。

過ぎてみればそう思う。

魔王から忠告されていたのに。
いや、忠告されたところでどうにもできなかったけど、それでも何か防ぐ方法があったんじゃないかと考えてしまう。

「ピィー」
「大丈夫」

元気のない声で鳴くアミュを撫でる。
当分は起こらないと分かっただけでも今はよしとしないと。
目を逸らしたくなるあの悲惨な光景はもう二度と見たくない。

「ウィル。先に城へ戻っていろ。少し寄り道をして戻る」
「承知しました。マルクさまへ報告しておきます」
「ああ」

寄り道?
状況を記録した晶石(魔封石)を赤髪に渡す魔王に首を傾げる。

「ノブル!」

赤髪の呼び声で姿を見せたのは赤い肢体。
赤髪が契約している祖龍だ。
バサっと翼で風を起こしながら地上に降りてくる。

「魔王さま、半身さま、お気を付けて」
「ありがとう。ウィルも気を付けて」

赤髪の祖龍もラヴィと同じ巨体。
ラヴィよりは少し小さいけど、その分スピードはノブルの方が速いらしい。

「以前約束した魔人街へ行こう」
「あ、魔族の商売人が集まってるって言ってた街?」
「気晴らしくらいにはなるだろう」
「……ありがとう」

魔王は俺が魔界に来ることを反対しなかった。
あのあと色々と考えた結果「魔界に行ってもいいか?」と聞いたら「構わない」とそれだけ。
でも俺が何を考えて魔界に来たのかは聞かずとも分かっているんだろう。

「ラヴィ。アミュの飛行に合わせてゆっくり飛ぶように」

鳴き声で返事をしたラヴィの背に俺も乗せて貰う。
もっと大きくなればアミュも人を背に乗せられるようになるらしいけど、今はまだ飛行訓練中。

「こうして空から見ると魔界って自然豊かで綺麗だ」
「ピィ!」

俺の漫画やアニメの知識での魔界は太陽も緑もない殺伐とした場所だったのに、召喚されたこの世界にある魔界は青い空と澄んだ水が美しい緑豊かな場所。

「魔界にも死の大地は数多く存在する。濃度の高い魔素が噴き出す地には草も生えず、湧き出る水も毒に侵されている」
「へー。俺が知ってる魔王城付近が自然豊かなだけか」

そっちの方が俺のイメージに近い。
魔界は地上より遥かに広いと言っていたから、魔王城付近しか出歩いたことのない俺が知らない場所が沢山あるんだろう。

「ピィ!」

アミュは上機嫌。
尻尾を左右に揺らしていて可愛い。
自分で飛ぶのが楽しいみたいだ。

「この湖を超えた先に魔人街がある」

魔王が指さして教えてくれた巨大な湖。
自然豊かな場所の湖だけあって水が澄んでいる。

「デカイ湖。ヌシでも居そう」
「この湖のヌシは水龍だ」
「あ、やっぱ居るのか」
「歴史ある土地には大抵なにかしらのヌシが居る。魔神の加護を受けた守護者としてその地を護り続けている」

予想を裏切ることなく居るらしい。
それがというのが何とも異世界ファンタジー。

「龍族って何種類いるんだ?」
「水中に生息する水龍すいりゅう、地に生息する地龍ちりゅう、空を飛ぶ空龍くうりゅう、全ての場所で活動可能な祖龍そりゅうの四種だ」
「祖龍の万能感が凄い」
「龍族の王だからな」

陸海空の龍とオールラウンダーの祖龍。
その四種類で龍族。
陸海空全てで活動できるオールラウンダーの祖龍が龍族の王というのも納得。

「見えてきた」
「え……デカっ!」

魔族は群れで生活をしないから街と言っても小さな街だろうと勝手に想像していたけど、ここは王都かと思うようなとんでもない規模の街だった。

街の中心にある広大な空き地……いや、牧場?
そこに降りると数十人の魔族が跪いていた。

「お疲れさまです」
「街に変わりはないか?」
「今のところは滞りなく」
「そうか」

数十人の中で唯一顔をあげた男。
右の顔半分を隠す仮面をしている赤いローブを着たその男はチラと俺を見てすぐに魔王へ視線を戻す。

「恐れながら視察のご予定ではなかったかと」
「街を見せてやろうと思ってな」

一歩後ろに居た俺を振り返り隣を指さす魔王を見て、来いということかと理解して隣に行く。

「紹介しておく。この者は魔王軍四天魔してんまのクラウスだ」
「ご紹介に与りました四天魔してんまの『魔』を務めるクラウスと申します。ようこそお越しくださいましたまろうどさま」
「お初にお目にかかります。シンと申します。突然の訪問でお手間を取らせてしまい申し訳ございません」

四天魔してんまってなに?『魔』を務めるとは?
地上層の国王軍と同じで魔族にも魔王軍なんてあんの?
魔王の奴、俺が知ってる前提で話しすぎじゃね?
という疑問は飲み込み敬礼(胸に手をあてる)で返す。

「では街のご案内を」
「クラウスさま。案内でしたら私が」

仮面の男の声にかぶせるように口を開いた魔族の一人が顔をあげる。

「ロッテか」
「ごきげんよう、魔王さま」

貴族っぽい挨拶をする魔人。
ドレスもそれっぽいけど魔族には貴族階級がないと魔王が言っていたから『いいお宅のお嬢』というところか。
牧場に居る服装ではないと思うけど。

「本日も麗しくあらせ」
「ピィー!」
「!?」

お嬢が挨拶中に背後から俺にゴスっと突撃してきたアミュ。
……空気を読め、空気を(痛)。

「成長したと思っていたが、まだまだ甘えたいようだな」
「笑ってないで助けろ」

小型の熊くらいはありそうなアミュから背中にのしかかられ重さで地面に平伏す俺を見下ろしプークスクスする魔王。

「ラヴィ」

魔王が名前を呼ぶとラヴィがアミュの首根っこを咥えて俺から引き離す。

「怪我はないか?」
「大丈夫。ありがとう。ラヴィもありがとう」

魔王から手を借りて起き上がり礼を言いながらラヴィに手を伸ばすと、いつものように鼻先でツンツンと触れてくる。
これが言葉が通じない他の種族への意思表示らしく、撫でろと言いたげにグイッと体に寄せられた顔を撫でた。

「魔王さま……ラヴィさまに触れる許可をこの方にもお与えになったのですか?」

え?
お嬢の質問にも跪いてる魔族たちが驚いていることにも驚く。

「俺は命じていない。ラヴィ自身が決めたことだ」
「そ、そのようなことが」
「よほど気に入ったのだろう。知らぬ間に懐いていた」
「魔王さまの眷属けんぞくに触れるなど不敬では」
「不敬?ラヴィが好んで触らせているのに不敬もなにもない」

あれ?
もしかして俺が何かやっちゃったパターン?
お嬢の悔しそうな顔を見て内心焦る。

「接触禁止のルールがあったなら先に教えてくれよ」
「そのような決まりはない。わざわざ作らずともラヴィ自身が触らせはしないからな。俺もお前がラヴィを撫でているのを最初に見た時は命令せずとも触らせていることに驚きはしたが、決まりなどないのだから今後も変わらず愛でてやってくれ」

魔界には魔界のルールがある。
それを知らずに仕出かしてしまったのかと思って訊くと魔王は否定する。

「ん?本来は命令しないと触らせてくれないってこと?」
「ああ。祖龍王のラヴィはプライドが高く警戒心も強い。主人の俺以外に自ら触れることがないのはもちろん、例え世話のためだろうと他の者が触れようものなら憤怒する。仮に今のお前と同じ行動を他の者がしていれば食い殺されただろう」

……えぇぇぇぇぇぇぇぇええ!?
そんな危ないことは先に言っておけよ!
俺が触ってるところを何度も見てたのに!

「だから世話をする守人もりびとが食い殺されないよう俺がラヴィへ命じる前に触るなと言ってあるだけで、ラヴィに触れることが不敬と思われているなど俺もいま初めて知った」

ああ……お嬢が悔しそうだったのも理解した。
魔王の眷属に触れるのは自分たちに与えられただと思ってたから、無関係の俺にも触れる許可を与えたのかと悔しかったんだろう。

「ゲルト。守人たちの教育はお前を信じて一任してあるが、ラヴィに触れることは不敬と教育しているのか?」
「恐れながら魔王さま。我々守人にとって眷属さまは神聖な存在にございます。ここへ参られた際には心からの敬意を持ってお仕えするよう教育しておりますが、あくまでそれは守人としての心得であり、誤って捉えられていたことは私の不徳の致すところであります。深くお詫び申し上げます」

要はとして教えたことが全ての人がそうしないといけないと勘違いされてたってことか。
同じ言葉でも人それぞれ捉え方が違うから教える方も大変だ。

「詫びを受け入れよう。ただし他にも誤って捉えている者がいれば再教育を。ロッテにはマルクの教育を受けて貰う。王の俺が招いたまろうどへ不敬と発言するなどそれこそが不敬。ここに居た四天魔してんまがクラウスでなければ斬り捨てられていた」
「はっ。魔王さまの御心みこころのままに」

ああ、やっぱ魔族でもさっきの発言はアウトだったか。
地上でいえば国王が連れている客に『失礼な奴だ』と言ったのと変わらないから、お嬢よく言ったなと思ったけど。
俺は気にしてないから怒るなよと言いたいところだけど、仮に俺じゃない客人にまで同じことを言ったら一大事になるかも知れないし、お嬢の今後のための勉強だと思って黙っておこう。

「不快な思いをさせて悪かった」
「気にしてない」

謝って貰うようなことじゃない。
むしろラヴィに触ったら喰われる危険があると最初に話しておいてくれなかったことを謝って欲しい(怒)。

「詫びにさきほど話した地龍と空龍を見せてやる」
「魔王さま、それはまろうどさまに危険が及ぶのでは」
「この者なら大丈夫だろう。なにかあれば俺が護る」

少し焦る様子を見せた仮面の男の忠告を無視して魔王が指笛を吹くと、ジュラ紀にタイムスリップしてしまったのかと疑いたくなるような恐竜(龍種)たちが牧場の遠くからも空からも集まって来た。

「……リアルジュ〇シックパーク‪(  ˙-˙  )スンッ‬」

この牧場……街中にある癖になんて危険地帯デンジャーゾーン
さすが普段から祖龍が雀のように和やかに飛んでいる魔界。

「翼があるものが空龍、ないものが地龍に分類される。中にはこの地龍のように翼があっても飛ばないものも居るが」
「ああ。ペンギンみたいなもんか」
「ペンギン?」
「俺が知ってる飛べない鳥」

魔王から手渡されたのは翼のある地龍の子供。
初めて会った時のアミュよりも一回り小さい。
毛がもっこもこのふわっふわでまん丸の綿毛のようだ。

「まん丸くて可愛い。ふっかふか」
「可愛いか。火の息ファイアブレスをはくがな」
「!?」

またコイツ説明もなく危険なものを!
驚いた俺にプークスクスするその顔を殴りたい。

「よし、綿毛。フラウエルに火の息ファイアブレス
「赤子はまだ」

綿毛を魔王に向けるとカハカハっとなにかを吐き出すような音がして驚く。

「なにか詰まらせてる!?」
「いや。火の息ファイアブレスをはこうとしたんだろう」
「俺の所為か!綿毛ごめん!」

言葉が通じると思わずからかった魔王への仕返しに冗談で言っただけなのに、本当に火の息ファイアブレスをはこうとするとは。

「心配せずとも赤子だから不発だったというだけだ」
「でもカハカハ言ってたし苦しかったんじゃ」
「不発の際の呼吸音だ。子供が危険に晒されれば親の地龍が怒っている。コイツは息をしただけ。こんな風にな」

そう言って魔王は俺にフーっと息を吹きかける。

「本当に?大丈夫なのか?」
「安心しろ。親が怒っていないことが何よりの証拠だ」
「そっか。でも本当にごめんな?言葉が通じるのは祖龍だけなんだと思ってたから。お前たちも賢いんだな」

ふっかふかの体を撫でて謝る。
可愛い上に賢いとか有能か。

「……魔王さま」
「分かっている」

綿毛を撫でる俺をジッと見る魔王と仮面の男に首を傾げる。

「これを取ってくるよう命じて投げてみろ」
「遊んでやれってことか?」
「ああ」
「分かった」

魔王から渡されたのはボール。
普段アミュの狩猟訓練という名のボール遊びで使っている魔法で硬化された頑丈なそれを受け取って綿毛を魔王に渡す。

「いいか?ボールを持って俺のところに戻ってくるんだぞ?」
「まずはサウスドッグから。いつものように投げろ」
「了解。……サウスドッグ!取って来い!」

先に龍種たちにボールを見せて説明してから腕に強化魔法をかけて遠くに投げると、狼のような姿の地龍が一目散にボールを追いかけて走って行く。

「おお!早い!」

早速見つけたらしく一斉に戻ってくるのが可愛い。
体は大きいけど行動は完全に犬。

「よくやった。善い子だ」

俺にボールを持ってきた犬、もとい、サウスドッグを最初に撫でて一緒に戻ってきた他のサウスドッグたちも撫でる。

「次は空へ投げろ。命ずるのはシメールドラゴン」
「うん。シメールドラゴン!取って来い!」

今度は空高く投げると、大蛇のような細長い空龍が一斉に翼を羽ばたかせて追いかけて行く。
祖龍だけじゃなく地龍や空龍もボール遊びが好きらしい。

「あ!こら!喧嘩するな!最初に取った奴の勝ち!」

戻りながらボールの取り合いをしているのを見て止める。
どれだけボール遊びがしたいんだ。
運動不足か。

「よくやった。回復してやるから」

俺の手にポロっとボールを置いた空龍を撫で、取り合いでやられた腹に血が滲んでいるのを見て魔回復ダークヒールをかけた。

「みんなボール遊びが好きみたいだからフラウエルも投げるの手伝ってくれないか?一人で投げ続けるのはさすがにキツい」
「貸してみろ」

みんなと遊んでやりたいけどこれだけの匹数を相手に投げ続けるのはシンドいから言うと、魔王は俺からボールを受け取る。

「シメールドラゴン、取って来い」

魔王が空に向けて軽く投げたボール。
空中で弧を描いて地面へと落ちた。

「あれ?何で取りに行かないんだ?」

つい今しがたあんなに張り切って取りに行ったばかりなのに今回はスルーしたのを見て首を傾げる。

「それはそうだろう。俺の言葉が分からないのだから」
「え?俺の時は取りに行ったけど?」
「お前の言葉はなぜか分かるようだ」

どういうこと?
普通は通じないってこと?

「……ぇぇぇぇえええ!?」

ひと足遅れて驚くと魔王は声をあげて笑う。

「ネジュドラゴンの子が火の息ファイアブレスを使おうとしたのを見てまさかとは思ったが、このネジュドラゴンが特別な個体なのではなくお前が地龍や空龍に言葉を伝えられる特別な人種だったと。しかも命じられるがままに従っている。やはりお前は面白い」

楽 し そ う で す ね(棒)
俺は守人たちの視線が痛いんですが。

「ピィ!」
「痛っ!なんで怒ってるんだ」
「他の者と遊んでいるのを妬いたんだろう」
「お前は束縛の激しい恋人か」

アミュから鼻先でゴスゴスされて痛がる俺を魔王はまた笑う。
アミュには自分の体が大きくなったことを自覚して欲しい。

「そろそろ街へ行こう」
「もう遊んでやらなくていいのか?」
「ここで遊んでいるのを見て時間を過ごすのもいいが、初めて来たのだから今日は街へ出よう。遊ぶのはまた次の機会に」
「分かった。じゃあみんな、次はゆっくり遊ぼうな」

俺たちが居ると守人が気を使って大変そうだし。
魔王の指笛で帰って行く龍種たちに手を振って見送った。

「ラヴィとアミュはここで休んでいろ」
「ピィー」
「そう拗ねるな。守人たちに世話をして貰え」

祖龍のラヴィとアミュは牧場(多分)で待機。
まあ、この巨体を連れて街中を歩けるはずがない。

「それではご案内いたします」
「案内は私が。私の役目にございます」

あれ?デジャヴ?
仮面の男が案内を申し出ると「私が」と会話に割り込んだお嬢を見て、来た時にもこのやり取りを聞いたなと既視感。

「ロッテ。俺に恥をかかせたいのか?」
「魔王さまにそのようなことは!」
「ではさきほど自分がまろうどへ無礼を働いたことを忘れたのか?それとも既に許されたとでも思っているのか?」
「私はただ自分に与えられたお役目を勤めようと」
「立場も弁えずまろうどへ不敬などと発言する者に案内させるはずがないだろう。不快にさせるために連れてきたのではない」

呆れた顔で溜息をつく魔王。
凄いな魔族女子。
役目をまっとうしようとするのはいいことだけど、今は失態をおこして怒られたあとなんだから素直に引けばいいのに。

「ゲルト。ロッテに任を与えるのは尚早だったようだ。マルクの教育を受け案内させても問題ないと判断するまで任を外す」
「はっ。魔王さまの御心みこころのままに」

物凄く気まずい。
守人たちも再び跪いていて青ざめてるけど、まろうど=俺なだけに無関係じゃないから気まずい。
守人も早く行って欲しいだろうけど俺も早く去りたい。

「クラウス。歩きながら視察報告を」
「恐れながら魔王さま、少々お時間を」

そう言って仮面の男は後ろを振り返る。

「ロッテ。大切なことを忘れているのではないか?」

仮面の男から漏れだす殺気。
今の今まで穏やかな印象だったのに。

「聞いているのか?」
「た、大切なこととは」
「そんなことも言われなくては気付けないのか」

なんかヤバそう。
普通の魔人じゃないことはその殺気で分かる。
間違いなくこの仮面の男は強者だ。

まろうどさまへ心からの謝罪を」

……え?
殺気コレの理由はそれ?
その理由でこんなに殺気を垂れ流してる?

「一介の魔人がまろうどさまへ不敬を働き謝罪すらしないとは何様になったつもりだ。さきほど私が斬り捨てなかったのは、お近くにおられる魔王さまとまろうどさまのご衣装が汚れることを避けたに過ぎない。だが今なら汚れるのは私だけだ」

帯刀していた剣を抜いてお嬢に向けた仮面。
この仮面、普段は冷静なのに怒ると怖くなるタイプだ。

「も、申し訳ございません!」

その場にしゃがんで真っ青な顔で謝るお嬢。
本気で斬り捨てるつもりなのは垂れ流しの殺気で伝わるから青ざめるのも当然だろう。

「誰に対しての謝罪だ」
まろうどさまへ」
「それならばまろうどさまを見て謝罪を」
まろうどさま、申し訳ございませんでした」
「あ……はい」

どう返事をすればいいのか迷っての「はい」。
客人に不敬を働くということは連れて来た魔王はもちろんお嬢の上司だろう仮面の男の顔に泥を塗る行為なのは間違いないから「お気になさらず」と答えるのも変だし(むしろ大反省して二度とやらかさないよう気をつけないといけない大失態)。

「もう反省してるようなのでこれ以上の謝罪は不要です。他のまろうどの時に同じ誤ちを繰り返さないよう気をつけてください」

はい、だけではさすがにと思って付け加える。
俺からも注意を促すことで、仮面の男の指導も必要のないものではなかったと伝わるだろう。

「随分お優しいことだ」

そう言って魔王はくすりと笑う。
思えば魔王も仮面の男が剣を抜いても止めなかったんだから斬り捨てられてもおかしくないという考えだったんだろう。
魔族の上下関係と対応(処罰)は思った以上に厳しい。

「クラウス。視察の報告を」
「はっ」

今度はあっさり。
魔王から軽く背中を押されて歩き出し、気まずい空気になっている牧場(多分)からようやく離れられてホッとした。



「半身さま、配下の者がご無礼を」

牧場(多分)を出てすぐ前に回った仮面の男は突然跪く。

「お気遣いなく。それより半身だと分かってたんですね」
「一目拝見して分かりましたが御目見おめみえ前ですので」
御目見おめみえ?」
「魔族には人族のような婚姻の儀式はないが、魔王の半身は民に披露する御目見おめみえ式がある。それまでは半身に危害が及ばないよう明かさない。知っているのは城に仕える者だけだ」

魔王が教えてくれて納得する。
だから仮面の男は分かっていながら口にしなかったのか。

「そういう決まりなら連れてきたらマズかったんじゃないか?人族だからなおさらどんな関係だって疑われそう」
「珍しい容姿だとは思っているだろうが人族とは思っていないだろう。普通の人族は魔層を通れないからな」

ああ、たしかに。
魔層に耐えられない人族が魔界に居るとは思わないか。

拝謁はいえつさせていただき半身さまと分かりましたので私が案内をと思ったのですが、守人が命に背くとは思わずご無礼をいたしました。考え至らなかった私の責任です」
「本当に気にしてませんから。顔を上げてください」

深々と頭を下げる仮面の男を見て『どうにかしてくれ』と魔王をチラっと見る。

「クラウス、半身が許しているのだからもう謝罪はいい。今後また繰り返さぬようロッテの教育はマルクに任せよう」
「はっ」

ようやく立ち上がってくれてホッとする。
山羊さんのというのが恐ろしい響きだけど。

「それでは私は視察に戻ります。お呼びくださればすぐに参りますので、お二人でごゆっくりお過ごしください」
「ああ。頼んだ」

視察報告と言ったのは一緒に牧場(?)を離れるための理由だったのか、謝罪が済んで魔王と俺に深く頭を下げた仮面の男は転移魔法を使ってスッと姿を消した。

「なあ。さっきは聞かなかったけど四天魔してんまってなに?」
「まだ話していなかったか」
「うん。さっき聞いたのが初めて」
「簡単に言えば魔王軍の中でも俺の直属で仕える上官四人のことだ。『知』のマルク、『剛』のウィル、『魔』のクラウス。もう一人まだ会わせたことがないが『影』のクルトが居る」
「へー。マルクさんとウィルも四天魔してんまなのか」

さっき聞き流したことを今度こそ訊いて納得する。
魔王の秘書的な山羊さんが『知』というのも、魔人を片手で持ち上げる怪力の赤髪が『剛』というのもピッタリ。
ということは『魔』の仮面の男は魔法に長けているんだろう。

「三人は何となく分かるけど『影』っていうのは?」
「言葉の通り影の者だ。姿形を使い分けて諜報ちょうほうや暗殺など裏の役目を担う。魔王の俺ですらクルトの素顔は滅多に見ない」
「諜報や暗殺」

エドやベルと同じ。
あの二人も特殊部隊というをしていた。

「いいのか?このままで」
「ん?」
「あの獣人二人とは主従契約を結んでいるのだろう?置いて来て良かったのか?」

俺が二人のことを考えていたのを察したようで、歩きながらも訊く魔王に苦笑する。

「良いか悪いかなんて分からない。でも魔層を渡れない二人を魔界へは連れて来れないし、地上で暮らそうにも俺の問題に巻き込むことになる。なにが正解かなんて分からないけど、あの二人が俺を護ろうとするように俺も二人を護りたいんだ」

エドとベル。
そして、西区の子供たちや司祭さまたちや領民たち。
シモン、デュラン侯爵家の人たち。
ドニやロイズや冒険者のみんな。
エミーや師団長や国王やルナさまや騎士たち。
親しくしてくれた人たちを俺の問題に巻き込みたくない。

あの人為スタンピードから服喪期間の10日間。
俺を怖がる人も居れば腫れ物のように扱う人も居た。
そして議会も停止している服喪期間が終われば俺の存在がとして問題視されることは分かっていたから、その期間を使い手続きに必要な書類などを思いつく限り用意して姿を消した。

「お前の能力は既に人族の到達できる域を超えた。魔層の王である厄災の王を従え、聖魔の大天使を召喚し、最高神である精霊神と魔神の力を遣う。もう人族ではない。魔族でもない」
「うん。俺はそのどちらでもない」

魔王が言うそれが正解。
あの日以降俺のステータス画面からの文字は消えた。

「夕凪真」
「ん?」

足を止めた魔王。
外に声が漏れないよう防音魔法をかける。

「魂の半身として問う。夕凪真。お前の種族はなんだ」

人族の文字が消えて新たに現れた文字。
人族でも魔族でもなく、エルフ族や獣人族でもない。

「俺の種族は……」
「神魔族か?」
「え?」
「やはりそうか」

口にすることを躊躇した俺に魔王はクスと笑う。

「魔物の中でも特異な存在である魔層の王を使役できる者などこの星に居ない。大精霊を使役することと等しいそれは魔王の俺であっても不可能だ。神に通ずるその力と、厄災の王がお前を白銀の神魔と呼んでいたのを思い出してな」

ああ、そうか。
魔王にも厄災の王の声が聞こえてたんだった。
言わずとも分かっていて訊いたのか。

「フラウエルの種族は?」
「俺は魔人族だ」
「本当に?フラウエルも神魔族じゃないのか?」
「どうしてそう思う」
「思い出してくれ。デザストル・バジリスクが言ったこと」

厄災の王はたしかに俺を『白銀の神魔』と呼んだ。
でも、その前に別のことも言っていた。

「デザストル・バジリスクが最初に語りかけてきた時に、神魔の民よ。民を名乗る神魔よって言ったんだ。俺一人が神魔ってヤツならとは言わないんじゃないか?白銀の神魔魔王って言い方なら分かるけど」

数多くの種族へ同時に語りかけたというなら『神魔とその他の者たち』という意味で使ったのかとも思うけど、あの時厄災の王が語りかけたのは魔王と俺の二人。
たった二人なら『〇〇と〇〇』で済む話なのに。

「たしかに言っていたな。だが俺のステータス画面パネルには今までと変わらず魔人族と書かれている。嘘はついていない」
「あれ?本当に魔人族のまま?」
「ああ」

事実を隠しているようには見えない。
本当に魔王は魔人族と書かれているようだ。

「そっか。じゃあフラウエルのことはデザストル・バジリスクの勘違いだったのか、あのは神魔とその他の者たちって意味だったってことか。ごめん。疑って」

俺のステータス画面が更新された時に厄災の王の言葉を思い出して「もしかして魔王も」と思ったんだけど。

「神魔族ってどんな種族なのか知ってるか?」
「神と付くのだから神に準ずる種族だろう?」
「……は?」
「この世界の創造神である精霊神や魔神が特定の種族に神を名乗らせるとは思えない。前例がないから分からないが、恐らく精霊神や魔神自身に深く関係した種族なのだろう」

……とんでもないこと言いだした。
ただ、人のステで遊ぶ神だからないとは断言できない。
暇を持て余した神々よ。
遊びが遂に自分たちの領域にまで遊び心を?

人族と魔族のハーフすら突き抜けて神に準ずる種族とか。
もし魔王の予想するそれが事実ならまさしく人外。

本当に、暇を持て余した神々はいい加減にして欲しい。
 
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