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第八章 武闘大会(後編)
団体上位戦
しおりを挟む個人戦が終わり団体上位戦も佳境。
残っているパーティは六組。
エルフ族が一組、獣人族が三組、人族が二組。
特別室のテーブルにリーグ表を広げる。
「ここで点数をとっておきたい」
「うん。取れば決勝戦確定だからな」
今日の試合で残るのは三組。
その中で一番点数が高かったパーティは次の試合が免除になって一足先に決勝進出が決定する。
「で、俺たちが戦うのはエルフ族だけど」
『…………』
なんと俺たちの今日の相手はあのザコ虫たち。
ザコ虫だから余裕だろう……なんて甘い話ではない。
「完全に団体戦に狙いを定めたパーティだったな」
「ある意味潔い」
個人戦ではサクッと全員消えたパーティ。
でもそれは団体戦の前に実力をみせないようただ個人戦を捨てただけだった。
「注意するのは騎士と魔導師の二人。ただ他の三人も魔導師のサポート次第では脅威になる可能性もある」
俺がアルク国で会ったのは四人のザコ虫。
だから組んでいるのもその四人だとずっと思ってたけど、四人の中の一人があの日のザコ虫じゃなく魔導師だった。
それにプラスして騎士が一人の五人パーティ。
ザコ虫に加わったその騎士と魔導師が別格に強い。
「お前たちならすぐに終わるだろう」
「優雅に茶を飲みながらサラッと言うな」
代表騎士の俺たちが真剣に作戦会議をしてる横で優雅に紅茶を飲んで寛いでいる魔王。
「お前たちが戦うエルフ族の試合も観たが所詮は小虫だ」
「フラウエルからすればそうかも知れないけど」
魔王からすればみんなザコに違いない。
呆れて言うと呆れた顔で溜息をつかれる。
「いいか?今回の試合はお前の行動が重要だ。開始とともに向こうの魔導師が防御や障壁をかけてくるだろう」
「うん。その可能性は高い。しかも早い」
その魔導師の戦い方は特殊で、俺が居た世界の陰陽師のように術式を描いた札を使う。
だからわざわざ試合中に術式を描く必要がなく、本来なら術式が必要な魔法でもアッサリ使ってくる。
「それで?」
「ん?それでって何?」
「早いからなんだ。それよりも早ければいいだけだろう」
いや、そんなのは分かってるけど……ん?
いや、うん。ん?
「他の者との試合を観て自分たちも苦戦すると考えているんだろうが、お前たちには誰か居ることを忘れていないか?」
魔王がそう言うと四人は一斉に俺を見る。
「強者が騎士と魔導師だけであれば簡単だ。魔導師とオマケの小虫三人は夕凪真に任せて四人は騎士だけに集中すればいい。エルフ族の技術を駆使した道具を使われようとも、お前たちには道具などなくとも速さも威力も上の存在が居るだろう」
『たしかに』
「納得するのか!俺の負担が大きすぎるだろ!」
「「シンだから」」
「「シンさまですので」」
こんな時に聞きたくなかったその言葉。
いつもその言葉で物事をなあなあにしているツケが回ってきた気分だ。
「いつも通り開始と同時に物魔防御をかけ、もしその間に防御系ではなく障壁をかけられていれば無効化する。その後すぐに小虫三匹の動きを縛り魔導師に攻撃を行う。ただそれだけだ」
「全然ただじゃないけど!?特殊恩恵なしだぞ!?」
「良かったな。お前の特殊恩恵が発動しては五匹の小虫を潰さない努力をする方が難しい」
違ぁぁぁぁぁぁう!
なんか全面的に違う!
「今までお前は指示と補助が主な役目で戦っていたのは四人だろう?今回はお前も攻撃に回れというだけの話だ」
「それを言われると何も言えない」
俺の主な役目は指示と補助だったことは事実。
相手の動きを見て仲間に指示を出して、必要なサポートと若干の攻撃魔法を使うくらいだった。
「そもそも夕凪真は前線で実力を発揮するタイプだ」
「たしかにそうですね」
「対象操作を封じられた所為で前に居るお前たちを傷付けてしまわないよう下手に戦えなかったんだろうが、前に出させて敵を丸投げしてやれば遠慮せずに戦える。敵が道具を使うならお前たちは夕凪真を使えばいい」
魔王が話す作戦にみんなは納得したように頷く。
もうこれ、この作戦で決定するパターン( ˙-˙ )スンッ
「分かった。今回は俺も前に出る。ただし陣形はいつも通り。物魔をかけて障壁を無効化してから前に出る。その間ドニやベルはザコ虫に突っ込まれるけど、指示をしたら引いてくれ」
「承知しました」
「分かった」
最初は普段通り。
前に居て魔法を遮られると作戦倒れになるから。
「俺も前に出るから騎士と戦う四人には指示が出せない。だからそっちの指示は後衛のエドに任せる」
「承知しました」
実際に試合に出る俺たちで作戦をたてていると、魔王は再びティーカップを手にしてまたしても優雅に寛ぎだす。
代表騎士じゃないのに俺たち以上の寛ぎぶり。
それを誰も不思議に思わないとは……これがリュウエンの言っていた魅惑の力か(多分違う)。
・
・
・
「ただいまよりブークリエ国王都代表対、アルク国王都代表の試合を行います。両パーティは舞台へ」
俺たちの試合は本日最後になる三戦目。
お蔭でゆっくり作戦を練ることができた。
「誓いの握手を」
俺の前に居るのは難敵の片方の騎士。
つまりこの騎士がパーティのリーダーということ。
あのザコ虫坊ちゃんが『リーダーじゃないとヤダヤダ』しない人物なのかと考えつつ固い手のひらに手のひらを重ねる。
「地上最強の胸をお借りします。どうぞよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
このおっさん思いきり握りやがって。
互いに作り笑いで握手を交わす。
作り笑いなら負けないぞ?
作り笑いが標準装備の元ホストを舐めるな。
「両パーティともに己に恥じることのない戦いを」
『はい』
観客のボルテージは最高潮。
今日もみんな元気だ。
「今回は重装備を辞めたみたいだな」
一旦アリーナを降りて試合の準備。
マントをルネに渡しながら話す。
「重装備は武器を持った相手と戦う時に重点を置いた装備だ。強い魔法士が相手だと逆に動きの鈍さが弱点になりかねない」
「シンとエド対策だろうけど、お蔭でベルと俺は戦い易い」
騎士は団体戦に入って二試合ほど重装備が続いていたけど、今日は胸や腹を防御する程度の軽い鎧と兜。
それでも鎖帷子とサーコートの俺たちからすれば重そうだけど、騎士だけに鎧装備には慣れてるんだろう。
「両パーティ舞台へ!」
「作戦通りに」
『Yes,Sir』
「主のご加護があらんことを」
『ありがとう(ございます)』
審判の声で再びアリーナに上がる。
作戦通りに進めるには俺がザコ虫三匹を捕縛するまでの工程を如何に早く済ませられるかが重要になる。
「始め!」
いつもの陣形で並んで試合開始。
魔導師が札を使って行った魔法は俺と同じ複数物魔防御。
今回は障壁じゃなくて先に全員の守りを固めてきた。
「ベル行くぞ!」
「はい!」
ザコ虫のリーダーが突っ込んだのはベル。
捕縛すると動けなくなるから、万が一にも禁止箇所に攻撃してしまわないようベルに声をかけてから闇魔法で捕縛する。
『レオン!』
「人の心配をしてる場合じゃないぞ」
動けなくなったザコ虫のリーダーを見ている残りのザコ虫二人も次々に捕縛する(※対象操作ができないから単独で)。
「バインドか!」
「バインドくらい自分たちで解除しろ!」
「無理!できません!」
「ビクともしない!」
「やってるけど外れないんだ!」
だろうな。
ザコ虫三人は俺の闇魔法に抗えるような精神力の高さがなさそうだから。
「余計な手間を!」
「ベル引いて!」
「うん!」
魔導師が解除しようとしたのを見て俺が走り出すとエドがすぐベルに指示を出す。
「解除させる訳ないだろ?お前の相手は俺だ」
「英雄が前衛に!?」
「ラウロ!」
「行かせません!」
「騎士さんの相手は俺たちだ!」
俺は刀で魔導師の手にある無効化の札を斬り落とし、こちらへ手助けに来ようとした騎士はドニとベルから止められる。
「まさか四人がかりでダンテに!」
「名前は知らないけどそれがあの騎士の名前ならそうだな。アイツら四人はあの騎士を。その代わり俺がお前とあの三人を相手する。だから弱い奴は先に動けなくさせて貰った」
観客席の歓声が地鳴りのように闘技場に響く。
分かりやすい観客たちだ。
「私を止めても英雄一人ではラウロに勝てんぞ」
「あら。地上最強の英雄であるシンさまの実力が今までの試合で見せてきたもので全てだとお考えですか?」
「シンは対象操作を禁じられた所為で前衛の俺たちを気遣って戦わなかっただけで、本当は一人でも問題ない」
騎士と剣を交えながら話すドニとベル。
今日に限って重装備を辞めたのは失敗だったな。
「この試合はシンを解禁する。英雄の実力を存分に体感しろ」
「ご自分の心配をなさった方がよろしいかと。五人中三人は既に動けないのですから」
活き活きしてるロイズとエド。
今日は四人とも楽しそうだ。
「私を舐めるな」
「自爆覚悟か」
俺の刀を防ぐ右手とは反対の手で札を手にした魔導師。
この道具の恐ろしいところは術式を使った時と同じ威力なことはもちろん、魔法が発動するまでの速さも脅威。
瞬間的に発動して魔導師と共に炎に包まれた。
「安心した。エルフ族にも強い人が居て」
自爆覚悟の魔法攻撃。
でも俺以下の魔力しかないなら意味がない。
二人を包んでいた炎を無効化する。
「……化け物か。術式を無効化するほどの魔力とは」
「化け物じゃなくてただの異世界人だ」
まあ人外で間違ってないんだけど。
半人族、半魔族だから。
「せっかく骨のある魔導師と出会えたからもっと長く戦いたかったけど、今回の試合では点数を狙ってるんだ」
今までの印象で魔導師は好きじゃないけど、この人は術式(札)を何度も使えるだけの魔力量を持っているし、高みの見物はせず自爆覚悟で魔法を使ってくる戦いがいのある人だった。
エルフ族にもあの騎士やこの魔導師のように強い人が居る。
自分が強いと勘違いして見た目重視の舐めたお飾り装備を着てるでもなければ、他種族を見下したりせず真剣に戦っている。
そういう人が居ることが分かって安心したし、嬉しかった。
「ラウロさんの名前は覚えた。いつか機会があれば今度はゆっくり手合わせして欲しい」
札の魔法を無効化していたのをやめて魔力を集めた手のひらで魔導師の顔を掴む。
「……これが地上最強の実力か」
「おやすみ。ラウロさん」
睡眠魔法をかけると今まで力が入っていた魔導師の体はプツリと糸が切れたように力を失った。
魔導師の方が戦闘不能になってまた歓声は大きくなる。
楽しんでくれてるようで何より。
「せっかくだから三人はラウロさんとあの強い騎士に一から鍛えて貰ったらいいんじゃないか?まだ解除できないみたいだから精神力を鍛える方が先だろうけど」
眠っている魔導師を抱きかかえアリーナの端に寝かせて、まだ解除できていないザコ虫三人の前に行きしゃがんで苦笑する。
魔導師と戦ってる間に一人くらいは解除するだろうと予想していたのに三人ともまだ動けずアリーナに座ったまま。
このまま三人は放っておくことにして定位置に戻る。
「エド。攻撃に回っていいぞ。回復と補助は俺がやる」
「お願いします」
正確にいうと騎士と戦っていたのは三人。
エドが指示する声は聞こえていたけど魔法は一度も使っていなかった。
「ロイズ、ドニ、ベル!横に退避!」
『Yes,Sir!』
怪我をしているドニに回復をかけながら隣の様子を見て三人に退避指示を出すと、それに合わせてエドが風魔法を撃つ。
今まで三人を相手に戦っていた騎士はとどめとなったその風魔法でアリーナに沈んだ。
「そこまで!」
審判の手が挙がると同時に耳が痛いほどの大歓声。
結局最後までアリーナに座っていただけのザコ虫三人の捕縛を解除する。
「父さん!」
回復のためにアリーナに上がる白魔術師よりも早く騎士の元に駆けつけたのはザコ虫のリーダー。
お仕置きした時に女魔法士が言っていた「レオンの父親は騎士団なんだからね!」はこの騎士のことだったらしい。
アルク国の騎士団だから別格に強かったのか。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。やはり王都代表は強かった。完敗です」
白魔術師から回復をかけて貰っている騎士に礼を言うと笑いながら気持ちのいい返事が返ってくる。
「勉強になりました」
「お強いですね。私も精進いたします」
「ありがとうございました。楽しかったです」
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
本当にアレの父親?
と疑ってしまうくらいに爽やかな騎士。
戦った四人と握手をしながら会話を交わしている。
あのザコ虫リーダーは父親の爪の垢を煎じて飲むといい。
「いやはや。よもや術札でも勝てないとは。お強い」
「ラウロ。目が覚めたか」
「ええ。どうやら加減していただいたようで」
「ラウロも完敗だったな」
「本当に。やはり英雄勲章をもつ御方だけある」
目覚めて歩いてきた魔導師。
試合の途中でかけたとはいえ、この早さで目が覚めるくらいの精神力の高さもあるということ。
「試合中は失礼な物言いをして申し訳ありませんでした」
「それは私どもも同じこと。試合中には敵同士なのですから威圧するのも当然。互いに謝るのはやめましょう」
「そう言っていただけると」
試合中の態度を詫びてラウロさんと握手を交わす。
「エルフ族の技術力の高さとそれを扱えるだけの魔力量を持つラウロさんの実力に驚かされた人は大勢居ると思います。先程も言いましたが改めて、機会があればまた手合わせ願います」
「それは願ってもないことで。是非とも」
「今度は私とも手合わせしていただきたい」
「是非。その時を楽しみにしています」
本当に気持ちのいい代表騎士二人。
二人の前に俺が跪くと四人も並んで跪く。
「勇敢な戦士に心からの敬意を。ありがとうございました」
『ありがとうございました』
観客席から沸き起こる大歓声と拍手。
空気状態で仲良く固まっている三人のザコ虫にもしっかりと礼をしてアリーナを降りた。
「おめでとうございます!」
『ありがとう(ございます)!』
歓声に負けないよう大声で迎えてくれたルネから一人ずつマントを受け取る。
「首位発表が行われますのでこのまま待機を」
「分かった」
今日勝ったパーティが入場する間にエドとベルが手分けしてリフレッシュをかけてくれる。
どちらにせよ後でシャワーは浴びるけど、それまで汚れたままで居なくて済むリフレッシュは本当に有能。
十分ほど待って代表騎士が揃って式が始まる。
『まずは勝ち残った三組の代表騎士たちに盛大な拍手を』
ガラス越しの貴賓室の中に姿を見せた両国の王家。
国王のおっさんが言うと観客は大きな拍手をする。
『本日の試合、どれも素晴らしく見事であった。本大会に相応しい礼節ある戦いを観せてくれた諸君に感謝する』
こうして見上げていると王様なんだなと思う。
威厳があるというか。
とてもじゃないけど今の国王は俺のパトロンとは思えない。
いや、周りからすれば国王をパトロン扱いしてる俺が有り得ないんだろうけど。
『これより点数の発表を行う』
国王のおっさんとアルク国王の話が終わって結果発表。
今日勝ち残った時点で最低でも三位入賞は決まっているんだけど(三位から賞金が貰える)、三位決定戦をするかそのまま決勝戦に勝ち進むかの差は大きい。
『ブークリエ国ブラジリア集落代表。562点』
カムリンのパーティ。
審判と副審の六人が持ち点100を持っての点数だから、562点は高得点だ。
『ブークリエ国ボア集落代表。571点』
残ったもう一組も獣人族。
やっぱり獣人族は全体的に強い。
『ブークリエ国王都代表。598点』
「よし!」
俺たちが首位。
点数を聞いて観客の歓声に紛れみんなとハイタッチする。
『首位通過のブークリエ国王都代表は決勝進出。二位ボア集落と三位ブラジリア集落で後日三位決定戦を行う』
止まない歓声と拍手の中、今日の大会は終了した。
「決勝進出おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
『ありがとうございます』
特別室に戻るといつものようにディーノさんたちが丁寧に頭を下げて出迎えてくれて、みんなで礼を言う。
「やはり早い試合展開になったな」
「悔しいけどフラウエルの予想が当たってた」
「悔しがる必要はないだろう。単純に経験の差だ」
魔王がたてた予想と作戦が当たった試合展開。
戦いを好む魔族の王をやっている魔王はやっぱり凄い。
「団体決勝戦でも我々がお仕えいたします」
「いつもありがとうございます。またお願いします」
荷物を纏めたあと見送ってくれるディーノさんたちに礼を言って特別室を出た。
「三試合しかないのに結構かかったな」
「はい。時間が無制限になって一試合が長いので」
「最初は時間制限があったのも納得」
二組ずつの三試合で既に午後三時を過ぎた。
組数が減って試合の合間に休憩が挟まれるようになったことも理由の一つだけど。
「決勝はレイモンたちも観に来るって」
「チケットが手に入ったって喜んでたよな」
「へー。まるで俺たちが決勝行くことが分かってたみたいだ」
「分かってただろ」
「みんなも決勝戦狙いでチケット買ったって言ってた」
当たり前だろという表情のロイズとドニ。
王都ギルドの冒険者たちだけでなく本人たちも勝ち進む気満々だったと。
「お前たちが負ける方が難しいだろう。個々の能力の高さに加えて俺と張り合える英雄が居るチームだというのに」
「真顔でハードルをあげるのやめてくれ」
真剣にハードルをあげる魔王と嫌がる俺にみんなは笑う。
フラウエルの強さが別格なことはみんなも知ってるだけに『俺と張り合える』という発言には疑問を持たないらしい。
「腹が減った」
「俺も。試合が終わったら急に」
「昼食は軽食で済ませましたからね」
「減ったけど夕飯までまだ結構あるよな。中途半端」
更衣室でシャワーを浴びたあと着替えをしていて空腹に襲われ言うと、ロイズやドニやエドも同じく空腹だったらしい。
「代表宿舎に帰って何か食べるか?」
「店舗地区に行かないか?早く休みたいなら別だけど」
「私もお供します!」
「そんな全力で言わなくても連れて行くって」
カーテンで仕切った向こうからベルの元気な声が聞こえてみんなで笑う。
「じゃあ店舗地区を回りながら軽く食べるか」
「賛成」
「そうしよう」
「フラウエルもそれでいいか?」
「ああ」
「決まりですね」
首位通過した俺たちは明日の試合がないから休息日。
訓練と休息は明日に回して、久々にみんなで一緒に出かけることにした。
「ルネごめん。もう術式繋げちゃった?」
「いえ。まだお時間がかかると思っていたので」
髪を拭きながら更衣室のドアを開けてルネに声をかける。
「まだで良かった。みんな腹が減ってて店舗地区で少し食べて帰ることにしたから術式は要らない」
「分かりました」
「ルネも一緒に行かないか?」
「せっかくのお誘いですが会合がありますので」
「そっか。俺たちだけ出かけて悪いな。いつもありがとう」
「勿体ないお言葉をありがとうございます」
付添人のルネは会合があるから不参加。
俺たちが試合に集中できるのはルネがしっかり付添人の仕事をこなしてくれているお蔭だ。
「なあ。闘技場を出るのは別々にしないか?」
「ん?なんで?」
ルネと話したあとドアを閉めるとロイズから言われて首を傾げる。
「ローブで顔を隠しても一緒に出たら代表騎士って気付かれるだろうし、シンの身長で王都代表って分かりそうだから」
「言われてみれば。出待ちしてる人なら気付くかもな」
一理ある。
俺が居るとは思っていない場所でなら目の前を通っても気付かなかったとしても、居ると分かっていて出待ちをしている人なら気付く可能性が高い。
「じゃあ子供サイズで行く」
「そっか。それならさすがに分からないな」
「うん」
身長の問題も子供サイズになれば一件落着。
異空間から子供服を引っ張り出す。
勝手に魔力が漏れた以来、自然制御を過信してはいけないと思い部屋に居る時は極力制御しているから子供の姿にも慣れた。
「お前たちの荷物は俺の異空間で預かってやろう。姿を隠しても荷物を持っていれば気付くだろう」
『ありがとうございます』
みんなが魔王に荷物を預けてる間に子供の姿まで魔力を抑えて着替える。
「小さい時はホント可愛いな」
「子供の頃はこんなに小さくて可愛かったのが今のシンに成長したのか。純粋無垢な天使が老若男女を誑かす色気男に」
「お前ら大事な所に頭突きするぞ」
「「やめろ!」」
失礼な二人だ。
まるで今の俺が悪のように。
間違ってるとは言えないけど。
「今日も愛らしいです」
「それ、見た目は子供でも中身は大人だから」
頬と頬をつけてスリスリするベルにドニは不満気。
「ベルお姉さま」
「お前」
「なんて可愛らしい!」
胸のスライム(物理)目掛け抱きついてドニに舌を出す。
よし、勝った。
着替えを済ませ子供用ローブもしっかり着て更衣室を出るとルネから凝視される。
「どうなさったのですか?外でそのお姿になって」
「ローブで姿を隠しても身長でバレるだろうって」
「ああ。シン殿の身長は特徴の一つですからね」
「バレて騒動にならないようこの姿で行ってくる」
「承知しました。念のため裏口から出てください」
「うん。ありがとう」
裏口に先導するルネの後ろを歩いていると背後からヒョイっと体を持ち上げられる。
「親子」
「完全に親子」
「楽だけど複雑な心境だ」
歩く速度が遅くて焦れたのか、断りもなく魔王から抱っこされた俺を見てロイズとドニはプっと笑った。
「こちらにも出待ちがおりますのでご注意を」
「関係者の出入口にも居るのか」
「目立つ正面口を避けて裏口から出ると考えてのことかと」
「なるほど」
本来裏口は関係者の出入口。
代表騎士の出入りは正面からだけど、裏口から出入りすることを予想してこちらに張っていると。
「先にエドとベルが護衛のフリして出てくれるか?」
「構いませんが、どうなさるのですか?」
「代表騎士じゃないフラウエルにはあえて顔を出して貰って俺は寝てるフリして顔を隠しておく。ロイズとドニとルネはフラウエルと俺の後ろについて来てくれ」
「なるほど。貴族の親子と護衛を装うのですね」
「うん。貴族なら護衛を連れてるのが普通だから」
武闘本大会は貴族家も多く観戦に来ていて、そういう人たちは護衛を連れて歩いている。
大会に参加していない魔王を見て代表騎士とは思わないだろうし、その人が抱っこした子供が俺だとは誰も思わないだろう。
「ではその方法で」
ベルとエドが先に出て俺は魔王の肩に顔を埋める。
寝たフリで顔を隠してるから周りの様子は見えないけど、聞こえてくる声は俺たちが代表騎士だと気付いている様子はない。
そのまま数分。
「もういいだろう」
「成功?」
魔王の声で顔をあげると既に闘技場からは離れていて出待ちの姿はない。
「気付かれてなかったか?」
「はい。私とエドが出た時は見ておりましたが、その後のシンさまたちを見て代表騎士ではないと判断したようです」
「そっか。上手くいって良かった」
顔を知られた代表騎士や付添人じゃない魔王が居た(しかも貴族っぽい威厳がある)からできたこと。
以前囲まれた時は魔導車の中だったけど、今回はそのまま歩いているから囲まれたら厄介だった。
「代表騎士になってシンの大変さが少し分かった気がする。フードをかぶって正体を隠さないと囲まれるんだから大変だ」
「言えてる」
そう話すロイズとドニから苦笑される。
王宮地区ではフードなしで歩いても囲まれないけど、王都地区を歩く時はいまだにフード付きのローブが必需品。
「ドニさまやロイズさまも大会後のことを考えておいた方がいいですよ?仕事面では指名依頼が増えて潤うでしょうが、私生活の方も良くも悪くも変わるでしょうから」
「しばらくはそうかもな。悪い方には勘弁してほしいけど」
「普段通りの生活に戻れば落ち着くだろ」
ベルの忠告に苦笑するドニとロイズ。
それぞれ目的があって出場してるから何も変化がないのも困るけど、何かが変化する時には大抵いい面とわるい面がでてくるものだ。
「ロイズは女で苦労しそう。キャーキャー言われてるし」
「俺だけみたいな言い方するな。俺を応援してくれてる人の方が賑やかなだけで人気があるのはドニやエドも同じだろ。シンは元からだから別として、代表騎士だから騒いでるだけの人は大会の余韻がなくなれば冷めると思う」
たしかにそうだけど、冷静な分析だ。
モテてることに少しくらい浮かれてもいいだろうに、全く浮かれる様子もなくあっさりしている。
「もしかしてロイズって恋人が居る?」
「居る様子があったか?」
「なかったけど、全然興味がなさそうだから」
「人並みの興味はあるけど代表騎士だから近寄って来ただけの人には興味がない。応援してくれることは素直に嬉しい」
「堅実」
「俺が堅実なんじゃなくてシンが軽率なだけだと思う」
「そこは否定できない」
美味そうな据え膳は食べる俺が軽率なのは事実。
自分もそういう奴だし近寄ってくる人もそうだった。
類は友を呼ぶじゃないけど、それが当たり前の世界(コミュニティ)で生きてきたから異世界に来てからも大して変わらない。
「一応選んでるんだけどな」
「今ので?」
「誰でもいい訳じゃないぞ?自分の方から誘うことは滅多にないし、誘いに乗ることで自分に何かしらの得があるなら乗るってパターンが殆ど。前に居た世界の時からそうだった」
言葉を選ばず言えば利用価値があるかどうか。
それが仕事面でも私生活でも、自分のプラスにならないと判断すればどんなに誘われても躱して終わり。
「好きな人とっていうのが普通じゃないか?」
「常識の中で生きていける奴と非常識と分かっていても常識の中では生きられない奴の差かな。物事の善悪は分かっていても善に従って生きられるかは別。正しく生きられる人はそうできるだけの環境が揃ってる人だけ。俺にとって肉体関係を持つこともその日を生きるための手段の一つでしかなかった」
俺には正しく生きる環境がなかった。
顔だろうと身体だろうと使って自分の力で衣食住を手にしなければ野垂れ死ぬしかない環境で品行方正に生きるのは難しい。
「……って言い訳。どんな環境でもまともに育つ奴は育つ。俺は自分が置かれた環境に負けた敗北者だ」
自分の環境に抗えず黒に近い世界で生きた。
自分がクズなことは自分が一番よく理解してる。
「常識など置かれた環境一つで変わる曖昧なもの。好意を寄せる者を選ぶことが多くの者の常識だとしても、理由あってそれができない者や許されない者もいることを忘れてはならない。常識から外れた者をどうしてと思うのではなく、常識を選ぶことのできる自分を幸せに思うといい」
魔王はそうロイズたちに話して抱えている俺の背中を子供をあやすように数回叩く。
本当に魔王さまは……激甘。
でも心配しなくていい。
俺は異世界に来て過去を受け入れることができたし、多くの人と出会って自分なりに楽しく生きているから。
「難しい話は終わり。店舗地区でなにを食べようか」
「俺はシンの店のホットドッグ?だっけ?あれがいい」
「いいですね。軽く食べられますし」
「夕飯までの繋ぎに丁度いいか」
「ルネにも何か土産を買って帰るから」
「ありがとうございます」
先に宿舎に戻るルネとはそこで別れ、六人で店舗地区に向かって歩きながら他愛ない会話を交わして笑う。
大丈夫。
俺はもう幸せだ。
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特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
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特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
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第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
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修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
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しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
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テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
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神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
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◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
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