ホスト異世界へ行く

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第八章 武闘大会(後編)

同朋の敵

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ドニとベルが壮絶な試合をした翌日。
審判がドニの個人戦欠場を観客に伝えたあと、その理由について医療師がアリーナに上がって説明する。

『ドニ選手についてですが、昨日さくじつ行なわれた試合で負傷をした際に回復ヒール治療と増血治療と魔力補給を行いました。現在容体は安定しておりますが、出血量が多かったことと魔力欠乏をおこしていたことを考え数日の安静が必要と判断いたしました』

つまりドクターストップ。
傷は回復ヒールで治っていても試合をできる程の元気はない。
今朝医療師に診察して貰い棄権するよう言われたドニは「全力を尽くしたから悔いはない」とすんなり受け入れた。

「理由を聞いて概ね納得してくれたようですね」
「うん。医療師に説明して貰って正解だな」

棄権することを伝えた時は野次(+どうしてという驚き等)が飛んでたけど、ドクターストップがかかる容体なら仕方ないと納得してくれたみたいだ。

安静を言い渡されたドニとベルは宿舎で留守番。
放映で試合状況は観れるからおとなしく横になっておくよう話してきた。

「本日はレイウッドティーをご用意しました」

ディーノさんが用意してくれた紅茶。
お高そうなティーカップに注がれたそれと銀のアフタヌーンティースタンドには菓子や軽食が用意されている。

「よい香りだ」
「名前通り木の香りが仄かにしますね」

魔王とエドはそう話してカップを口に運ぶ。

「クイーンサンド美味しい」

ロイズも早速軽食のサンドウィッチを口にする。

……忘れないで欲しい。
ここは闘技場コロッセオの特別室。
本来は血なまぐさいはずの場所での優雅な気遣いに日に日に慣れてきた自分が怖い。


闘技場コロッセオらしからぬまったり時間を過ごしたあとエドの試合が始まる。

「同じ魔法系か?相手選手」
「武器を持ってないからそれっぽい」

ショート丈のローブを羽織った人族の選手。
相手はいかにも魔法を使いそうな出で立ちだけど、ローブを脱ぎナイフフォルダーを腰に巻いてるエドは魔法士っぽくない。

「この試合、早そうだ」
「ん?」
『始め!』

魔王の呟きに首を傾げると同時に試合開始。

「「え」」

アリーナの様子を見てロイズと俺は声を洩らす。

『……そこまで!』
「「ぇぇぇぇぇぇえ!?」」

瞬 殺 。
開始と同時にエドはナイフを投げて相手選手の魔法を遮り、ナイフの追撃のように撃った風魔法で相手選手を吹っ飛ばした。

審判も判定員も唖然。
吹っ飛ばされて倒れたままの相手選手の様子を確認して思い出したように手を挙げていた。

「相手もここまで勝ち上がってきたのだから魔法は得意なのだろうが、どんなに魔法の威力が優れていようと撃たせて貰えなければ何の意味もない。素早いあの獣人小僧を相手に武器を扱えない時点で誰が勝つかは決まっていた」

だから『この試合早そうだ』と言ったのか。
仲間のロイズや俺が驚いたんだから観客が驚かないはずもなく驚きと賞賛の混ざった歓声と拍手が送られる。

「一瞬なにが起きたのか把握できなかった」
「俺も。本人のエドは先手必勝って決めてたんだろうな。ローブの中に武器をしまってたらどうするんだとは思うけど」
「相手より早く投げられる自信があったのだろう」
「「なるほど」」

昨日の試合もそうだけど、ここにきて王都代表のみんなの実力が目に見えて発揮されてきた。
ドニとベルは共倒れ状態になってしまったものの、四人の実力は他の代表騎士も観客も嫌というほど分かったことだろう。

「お帰りエド。進出おめでとう」
「おめでとう」
「ありがとうございます」

迎えたエドはいつもの可愛いエド。
今えげつない試合を見せた奴とは思えないくらいに。

「一瞬だったな。試合」
「高レベルの魔法を扱う黒魔術師だとルネさまから聞いていましたから魔法を使われる前に終わらせた方がいいかと」
「魔法の強さで勝ち上がった選手だったのか」

相手が弱かったんじゃない。
エドがそれ以上に強かっただけ。
最初から背中を預けられる強者に声をかけたつもりだけど、デュラン領での二ヶ月で思った以上の実力をつけていた。

「二ヶ月間フラウエルから鍛えられたことがデカかったか」
「真剣に鍛えないと殺されそうな特訓でしたから」
「今思えば俺たちよく生きてるよな」
「人って追い込まれるとこんなに頑張れるんだと思いました」

まるで以前の俺。
俺もエミーのデスマーチが始まったばかりの頃を思い出すと『良く生きてたな……』と遠い目になってしまう。

ただ俺が戦えるようになったのはエミーのお蔭。
自分の身は自分で守れるよう鍛えてくれたから今の俺がいる。
みんなにとってもフラウエルから鍛えられた二ヶ月間はこの先の人生に役立つだろう。


エドの試合あとは待機時間が空いて午後。
ロイズと俺の試合が近付き準備を始める。

「あのさぁ、シン」
「ん?」

サーコートを着ていてロイズから呼ばれて振り返る。

「やる前からって思うだろうけど、お前との試合は負け試合だと思ってる。頑張ればどうにかなることもあれば頑張ってもどうにもならないことって世の中にあると思うんだ。お前との試合は後者のどうにもならないことだと思う」

そう話すロイズは至って冷静。

「鍛えて貰ってある程度は戦えるようになったからこそ、シンの強さが俺の常識を超えてることが分かるようになった」
「そっか。それで?」
「負け試合でも俺なりに全力で戦おうと思う。シンと俺の力差じゃ死なないよう加減して貰うことにはなるけど、俺にも花を持たせるようなパフォーマンス目的の戦いはやめてくれ」

相手との実力差を分かっていても投げやりな試合をするんじゃなくて全力で戦おうとしている。
今まで俺と戦ったカムリン以外の代表騎士はまるで俺との試合をとでも考えているのか闘志を感じなかったけど、まさか自分の仲間が本気で戦ってくれるとは。

「俺は本気の相手には本気で応えるぞ?」
「そうか。そういえばそんなこと言ってたな」
「うん。記念試合としか思ってない相手なら俺もそれに合わせるし、本気の勝負をしてくる相手とは俺も本気で戦う」

相手に合わせた対応をするのは日本に居た時から。
常に全力の熱量は俺にはないからにはで、全力には全力で応えていた。

「ロイズが本気で戦うつもりなら今まで俺が戦った試合の中で一番緊張感のある試合になると思う。弱いと思ってたら代表パーティに誘ってないから」

完全実力主義の王都ギルドのAランク冒険者。
しかもそのリーダーとなれば弱い訳がない。
為人ひととなりも含めパーティに誘ったけど、一緒に特訓をしていてロイズを誘ったことに間違いはなかったと確信した。

「悔いのない試合をしよう」
「ああ」

勝っても負けても悔いの残らない試合を。
どちらの結果でもに繋がるように。

「シンさま。ロイズさま。お時間です」
「はい」

準備を終えてそろそろかと試合状況を見ていると副団長が呼びにきた。

「お二人とも頑張ってください」
「「ありがとう」」

手を組み祈るエドの頭を撫でる。
戦うロイズと俺もだけど、送り出すエドもパーティの仲間同士を送り出すのは複雑な心境だろう。

「出し惜しみせず自分の持つ力を駆使して戦え」
「はい。そのつもりです」

ロイズに声をかける魔王。
まるで師弟関係のようだ。
いや、二ヶ月という限られた期間であろうと特訓を受けたんだから師弟関係には違いない。

「俺には?」
「なにか言葉が必要か?」

そう真顔で言われて笑う。

「必要ないな。行ってくる」

深く頭を下げ見送ってくれるディーノさんたちにも笑って特別室を出た。

「じゃあロイズ。会場に出た瞬間から敵同士だ」
「うん」

西側と東側の出入口は別。
道が分かれる途中まで一緒に行って握手を交わして分かれた。

「本戦の順が近かったので仕方がないですが、昨日に引き続き同朋との試合になってしまいましたね」
「うん。順番が離れてたのエドだけだったから勝ち進んでいけば三人とは早目にあたることは分かってたけど」

東側の出入口に向かいながら副団長と話して苦笑する。
こればかりは引き運が悪かったとしか言えない。

「まあ同朋だろうと他の領地の選手だろうと決められたルールの中で戦うのは同じだ。同朋だからって手は抜かないし、ロイズもそんな甘い奴じゃない」

団体戦では仲間でも個人戦では敵。
あくまで『自分対誰か』の戦い。

英雄エロー。そのままお進みください」
「前の試合は終わってたのか」
「はい」
「分かった」

東側の出入口に着くとそのまま入るようスタッフから言われて試合会場に入ると大歓声で迎えられる。
観客席に居るのは人族だけではないのに英雄エロー(称号)の人気は凄いなと第三者のように思いながら観客に手を振って返した。

「思ったけど英雄エロー称号って人族のものなのか?」
「人族のものと言いますと?」
「エルフ族と獣人族は英雄エローを名乗れないとか」
「いえ。英雄エロー勲章は基準が決まっておりまして、基準を満たせば性別や年齢はもちろん種族も問わず与えられます」
「へー。そうなのか」
「尤もその基準が厳しいのですが。英雄勲章はブークリエとアルクの両国王の同意があって授与される特別な勲章ですので」
「え?基準を満たした人の国の国王が与えるんじゃなくて?」
「一方の陛下の判断で勝手に授けることはできません。数ある勲章の中で両国の陛下から授与されるのは英雄勲章だけです」

観客の歓声を聞いていてエルフ族や獣人族も俺を英雄エローと呼んで敬う様子があることを今更不思議に思って聞くと、そんな驚く返事が返ってくる。

「ですから英雄エローは他の種族にとっても英雄エローなのです」
「納得した」

ブークリエ国は人族と獣人族が暮らす国。
アルク国はエルフ族が暮らす国。
両国の国王が授けた勲章だから全ての精霊族の英雄エローだと。

「おっさんもそんな大事な勲章なら先に言ってくれよ」
「先に聞いていたら辞退したのでは?」
「した。間違いなくした」
「英雄勲章は辞退できません。不敬罪になります」
「え?そうなの?」
「基準を満たした者に与えない訳にはまいりませんので、シンさまが不敬罪にならぬよう陛下が配慮したのだと思ます」

そういうことか。
地上層全体の決まりだから英雄エロー勲章を与える必要があるけど、先に話したら俺が嫌だと駄々をこねることが分かってたから不敬罪で首が飛ばないよう苦肉の策だったと。

「俺は恵まれてるな。期待されてた勇者じゃなかったのに異世界人ってだけで大切にして貰えるんだから」

脱いだマントを渡しながら言うと副団長は微笑する。

「異世界人だからではなくシンさまだからです。ブークリエは盾の国家。例え敵わない巨大な力が相手でも人々の前に立って盾になります。シンさまが召喚の儀の際に騎士や魔導師に囲まれていながら同朋を思い陛下に物申したお姿は、盾の国である私たちと繋がる姿だったのです」

国王のおっさんに物申した……ああ、アレか。
なんかヒーローのように捉えられてるけど、召喚されて帰れないことに怒ってたから最低限そのくらいやれよと厭味を言っただけなんだけど。

「ただいまよりブークリエ国王都代表英雄エロー対、ブークリエ国王都代表ロイズ選手の試合を行います。両者舞台へ」

審判の声のあと煩いくらいの大歓声に包まれる。

英雄エローは地上層のみんなにとっても英雄エローか。
まるで救世主を押し付けられたアイツら勇者と同じだな。
俺もアイツらもただのヒトなのに。

「副団長。俺はそんなご立派な奴じゃないぞ」
「シンさまはシンさまのままで居てくださればいいのです」
「そっか。じゃあ俺らしく戦ってくる」
「お二人に主のご加護があらんことを」

英雄エローとしてじゃなく同朋ともとして敵としてロイズと戦う。
アリーナに上がりながら物魔防御をかけた。

審判の説明の最中は瞼を閉じて精神統一。
軽い気持ちで試合に挑める相手じゃない。
今まで戦った代表騎士の中でロイズが一番強いことは間違いないから。

「試合中はアイテムやご自身の魔法を使い強化するも回復するも自由です。ご理解いただけましたか?」
「「はい」」
「それでは両者白線までお下がりください」

何度も聞いた説明が終わって開始位置の白線まで移動する。
緊張で高鳴る胸に手のひらを添えて深呼吸をした。

「始め!」

開始の声と同時に刀の柄を掴みロイズの方へ走る。
既に弓を引いてるロイズと目が合い互いに笑みを浮かべた。

弓矢二本を斬り落としてそのまま突っ込むと短剣と弓本体で刀を止められ金属音が響く。

「いきなり二本とは随分なご挨拶だな」
「可愛いご挨拶を一太刀で斬り落とすなよ」
「ただの矢が俺に当たると思うのか?舐めるな」
「物事には順序ってものがあるんだ」

ギシッと弓が軋む音がしてすぐにロイズはバックステップで一歩下がると俺にナイフを投げて距離を置いた。

「魔力が尽きた時には頼むぞ」
「口から直接送って即効回復してやるよ」
「普通でいい」

弓に番えた矢には魔封武器を通して雷魔法が付属されている。
魔力が尽きるのも覚悟の上でこの段階から使うか。

「まともに受けたら痺れそうだな」

昨日の試合で弓の魔封武器の威力は見た。
例え刀で受け流せても雷魔法の攻撃は効きそうで、刀に風魔法を纏わせ目の前に飛んできた矢を斬り落とした。

「「こっわ(怖)」」

爆発音と爆風。
刀に纏わせた風魔法と弓矢に纏わせた雷魔法がぶつかり合って引き起こしたその爆発に、矢を撃ったロイズも斬り落とした俺も同じ感想を口にして予想していなかったその状況に笑う。

「強いな、ロイズは」
「化け物レベルの強者に褒められるとは光栄だ」

化け物とか失礼な奴だ。
いや、人外の時点で化け物で間違ってないか。

「さあ続きをやろう」

互いに様子見はお終い。
ここからが本当の戦いだ。

刀に纏わせた風魔法は消してまた距離を詰める。
ただ、ロイズも雷魔法を付属させた矢を早撃ちで撃ってくるから近距離まで近付けない。

当たったら大怪我必須のその戦いが面白い。
この試合は記念試合でもパフォーマンスでもない。
英雄エローじゃなく夕凪真と本気で戦ってくれている。
それが楽しくて嬉しかった。

「……これで最後だ」

肩で息をするロイズが構えた弓に番えたのは三本の矢。
矢に付属された雷魔法がバチバチと音をたてている。

ロイズまで覚醒したか。
数十分魔法を使い続けた本人はもう満身創痍で気付いてないみたいだけど、その雷魔法は今までとは桁違いの威力。

「……悪いな……これ以上は無理だ」
「充分楽しかった。やっぱロイズは強い。本気で戦ってくれてありがとう」

俺に向けて撃たれた三本の矢。
一本は俺の耳を掠めて二本はアリーナに突き刺さった。

「そこまで!」

ロイズが倒れると同時に審判が手を挙げる。
避けたつもりだったのに掠った耳はズキズキ痛む。
意識が朦朧とした倒れる寸前に撃った威力がこれとは、やっぱりロイズの強さは侮れない。

回復ヒールは俺にかけさせてくれるか?好敵手に報いたい」
「構いませんが英雄エローもお耳にお怪我を」
「大丈夫。後で自分にもかけるから」

観客の大歓声が続く中アリーナに上がった白魔術師を止めて倒れたままのロイズに回復ヒールをかける。
殴ったり蹴ったりで痣になっていた場所も何度か斬ってしまった深い傷も綺麗に塞がった。

「魔力欠乏を起こしているようですね」
「うん。約束通り俺が譲渡する」

気絶したままなのは魔力が尽きかけてるから。
しかも最後に結構な量を使ったから枯渇寸前。
普通でいい(むしろ普通がいい)と言ってたけど、ここまで使ってしまうと額を重ねて魔力を送るのは時間がかかる。

「文句は目が覚めたら聞いてやる」

傷が塞がっていることを確認してからロイズの体を抱き起こして手で口元を隠しながら重ねて魔力を送った。

「こんなもんかな。あとは医療室で休ませる」
「ストレッチャーをお使いになりますか?」
「このまま連れて行く。ルネ、ロイズの弓とマントを頼む」
「はい!」

昨日のドニとベルに引き続きロイズも医療室行き。
ロイズを抱きかかえて観客の大歓声に見送られながらルネと副団長を連れて舞台会場を離れた。

医療室には昨日と同じ医療師(女医)が既に待っていて指示されたベッドにロイズを寝かせる。

「今日は増血剤は必要なさそうだ」
英雄エローの方が必要になりそうですが」
「俺が?」
「お耳の怪我。まさかお忘れですか?」
「あ。怪我してたんだった」

あとでかけるつもりで忘れてた。
本気で忘れていた俺を医療師とルネは呆れた顔で見て、副団長はクスクス笑う。

「結構吹き飛んでる?」
「シンさまの回復ヒールであれば再生可能な範囲かと」
「そっか。じゃあこのまま」

右耳が丸ごと吹き飛んだ訳ではなさそう。
大部分が吹き飛んだんじゃなければ再生できる。

「みなさま、私どもと訓練をした時よりお強くなりましたね」
「デュラン領での特訓が厳しかったからな」
「フラウエルさまに鍛えられたと伺いました」
「うん。俺がエミーに鍛えられたのと同じ道を四人も通った」

耳に回復ヒールをかけながら副団長と話して苦笑する。
魔王が直々に鍛えたんだから嫌でも強くなるのは当然。

「本日の試合はこれで終了になりますが、ロイズさまがお目覚めになってから騎士宿舎に戻りますか?」
「もう戻っていいのか?」
「はい。本日は最初から一試合ずつの予定でしたので」
「シン殿。朝の報告で説明いたしましたが」
「……言ってたな。試合も佳境だからとか何とか」
「ええ」
「悪かった」

ドニやベルの診察やらなんやらですっかり忘れてた。
‪真顔のルネと謝る俺に副団長と医療師はクスクス笑う。

「じゃあ着替えてくるからその間だけ寝かせておく」
「魔導車でお戻りになりますか?」
「いや。抱えて帰るからいつも通りに」
「承知しました。準備いたします」
「ありがとう」

まだ試合中だから出待ちしてる人は居なさそうだけど、魔導車より術式で帰った方が早い。
ルネに術式の準備を頼んでロイズのことは医療師に任せて特別室に戻った。

「シンさま。進出おめでとうございます」
「ありがとう」
「ロイズさまのご様子は」
「今は医療室で寝かせてる。もう宿舎に戻っていいらしいから着替えて帰ろう。宿舎でゆっくり寝かせる」
「分かりました」

いつものように戻ってすぐ近寄ってきたエドも今日はさすがにロイズの様子が気になるらしく耳も尻尾もおとなしい。

「ロイズさまのお荷物は纏めておきました」
「ありがとうございます。助かります」

ロイズの様子でもう帰ることは読めていたのか、ディーノさんたちがロイズの私物(着替えなど)を纏めてくれていた。

「俺は先に戻っておく」
「待った。今日は一緒に戻ろう。荷物を持って欲しい」
「俺を荷物持ちにすると?」
「だって俺はロイズを抱えて帰るし。駄目か?」
「……分かった」
「ありがとう」

魔王が渋々納得するとエドはプっと笑って咳で誤魔化す。
いやもう誤魔化せてないけども。
睨む魔王と素知らぬ顔のエドに笑った。


一緒に帰る魔王にも更衣室に付き合って貰い、試合着から私服に着替えてローブを羽織る。

「このまま置いて行くのか?」
「後で防具職人が取りにきてメンテナンスしてくれる」
「そうか。だから箱に鍵を」
「うん。盗まれると困るから」

纏めた防具を置いて帰る理由を話しながら更衣室を出ると、いつものように待っていたルネが頭を下げる。

「特例措置で医療室に術式を用意いたしました」
「ありがとう。助かる」

ロイズは弓士だから長弓ロングボウ二つ(一つは予備)と矢のケースを持ち歩いていて、武器だけでも荷物が多い。
俺の荷物(刀と着替え)も持って貰わないといけないから、医療室で術式を使わせて貰えるなら荷物を持って貰う二人も楽だ。

「明日の朝、医療師が宿舎へ診察に参ります」
「よろしくお願いします」

医療室に行くと床に描かれていた術式。
魔王は試合でロイズが使っていた弓を手にとる。

「弓も修理が必要そうだ」
「俺の攻撃を何度か弓で防いでたから」
「このくらいなら俺が直してやろう」
「ありがとう。ロイズも喜ぶ」
「今回だけだ。お前と戦って壊れたのだから仕方ない」
「うん。ありがとう」

俺がしたことの尻拭いをしてくれるオトンか。
と言う本音は胸に仕舞いロイズの体を抱きあげる。

「ここで術式を使わせてくれて助かりました」
「いいえ。患者の安静が優先です」
「ありがとうございました」

いいな、女医(昨日に引き続き)。
荷物はエドと魔王に頼んでルネの術式で宿舎に戻った。


「お帰りなさいませ。医療室をご利用になりますか?」
「ああ、その方がいいか」
「医療師が待機しておりますので安心かと」
「じゃあお願いします」
「かしこまりました」

受付に行くと宿舎長が走ってきて、俺が抱えてるロイズの様子を見て医療室に連絡を入れてくれる。
回復ヒールもかけたし魔力譲渡もしたから問題ないと思うけど、一人で部屋に寝かせておくのも少し心配ではあるからお言葉に甘えて目が覚めるまでは医療室で寝かせて貰おう。

英雄エロー。ストレッチャーはお使いになりますか?」
「このまま運びます」
「かしこまりました。要らないそうです」

荷物を持ってくれているエドと魔王にはロビーで待ってて貰うことにして、ルネには受付とルームキーを頼み俺は宿舎長の案内で医療室にロイズを抱えて行った。

「お帰りなさいませ。こちらのベッドをお使いください」
「ありがとう」

医療補助士が待っていて案内されたベッドに寝かせる。

「回復と魔力譲渡はしてあるから問題ないとは思うけど、目が覚めるまでよろしく頼む。またあとで見に来るから」
「私どもがおりますのでどうぞご安心ください」
「ありがとう。頼んだ」

代表騎士宿舎だけあって医療室も立派。
昨日はドニとベルが目が覚めてから宿舎に帰ってきたから医療室は利用しなかったけど、ベッドも医療師も医療補助士も数が揃っていた。

「あれ?ドニ、ベル」
「シンさま。進出おめでとうございます」
「おめでとう。放映で観てた」
「ありがとう。ロイズの様子を見にきたのか」
「うん。受付から戻ってきたって連絡がきたから」
「そっか。今は医療室で寝かせてる」
「聞いた。寝てるなら後にする」

ロビーに戻ると居たのはドニとベル。
受付嬢が部屋に連絡をしてくれたらしくロイズの様子を見に来たらしい。

「ドニさま拗ねておられましたよ?」
「ん?」
「シンさまがロイズさまと楽しそうに戦っていたので」
「よ、余計なこと言うな!」

ん?あれ?もしかして?

「二人で放映を観てたのか?」
「はい」
「ロビーでな。ロビー」
「なんだ。二人だけじゃなかったのか」
「他の代表騎士はおりませんので二人でしたが」
「わざわざ言わなくていいから!」

正直に答えるベルを慌てて止めるドニにニヤリとする。

「そこは部屋で観るだろ。ん?何でロビーなんだよ」
「部屋で二人きりはマズいだろ」
「何がマズいんだ?ドニのJrがきかん坊になるのか?」
「違う!ベルは女だろ!男と二人で居たとか駄目だろ!」
「そりゃ無理に連れ込んだら殺すけど同意ならなぁ」
「お前ウザ!」

肩を組んでボソボソと話す。
ようやく巡ってきたせっかくのチャンスだったのに平和な環境で放映を観てたとか、健全な二十代男子がそれでいいのか。

「シンさま?」
「なんでもない。もうしばらくは俺にモフらせてくれよな」
「いつでもどうぞ」

ベルの尻尾をモフりながらドニに舌を出す。
俺にからかわれてギリギリするドニをエドが隣で肩を叩いて慰めていた。


「あー。面白かった」
「趣味の悪い」
「少し焚きつけるくらいじゃないと進展しなさそうだし」

部屋に戻り荷物を降ろしながら言うと魔王は呆れた顔をする。

「獣人娘の方には脈がなさそうに見えるが」
「いや。ベルもドニのことが気になり始めてる」
「俺には分からない」
「まだ好きとかじゃないかも知れないけど、弟のエドや主人の俺じゃない異性に興味を持ち始めたことは確か」

エドは双子の姉弟で俺はあるじ
それ以外の男には一切の興味を示さないベルが、昨日の試合では傷を負ったドニを不安そうに見ていた。
今はまだ『仲間だから』という理由が大きいだろうけど、始めてエドと俺以外に興味を示したことは間違いない。

「二人のペースで上手くいってくれるのが一番だけど、ドニもベルには純朴青年になってるから少しくらいはな」

ベルが全く脈ナシのままなら放っておいたけど、少しでも興味を持ったのならもう少し頑張れとドニの背中を押すくらいはしてやりたい。

「そういうのをお節介と言うんじゃないのか?」
「まあな。俺もそう思う」

お節介、その通り。
でも俺はいつか二人を置いて魔界に行くことになるから、エドにもベルにも自分たちなりの幸せを掴んで欲しい。
それが俺のエゴだと分かってるけど。

「人族は複雑だな」
「魔族は単純なのか?」
「人族に比べれば単純だ。匂いで惹かれあう」
「フラウエルもよく俺の匂いを嗅ぐよな。それか?」
「匂いにも惹かれたが、何よりも惹かれたのはその魂色だ。誰よりも美しく他にない複雑な色をしていて面白い」

やっぱりが一番か。
本当にそういうところはハルと似てる。
似てるからある意味分かり易くもあるけど。

「あ。弓を直すのか」
「目覚めた時に直っていた方が安心するだろう?」
「それは間違いない。俺は風呂入ってくる」
「ああ。ゆっくり温まれ」
「ありがとう」

魔王も自分が変わったことに気付いているんだろうか。
半身の俺に釣られて少しずつ変わっていることには気付いていても、他の人にも関わることで『複雑』と表したその人族に近付いていることを。

ロイズの弓をケースから出して磨き始めた魔王を見て本の少し口元を笑みで歪めた。

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あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

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 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

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