ホスト異世界へ行く

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第八章 武闘大会(後編)

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英雄エロー!』

大歓声と拍手の響く闘技場コロッセオ
胸に手をあて四方の観客席に向かって礼で応えた。

「お疲れさまです。いい試合でした」
「ありがとう」

アリーナの下で待っていたルネからマントを受け取り観客たちには営業スマイルで手を振ってアリーナを離れる。

「ただいま。どうだった?今日の試合」
「まあ合格点だろう。無駄な手数も多かったが」
「無駄とか言うな。観客に楽しんで貰うための演出なのに。そういうのも英雄エローの役目ってエミーから言われたんだよ」

アリーナの出入口で待っていたフラウエルとの会話にルネはクスクス笑う。

「シン殿は代表騎士の中でも別格の能力をお持ちですから、観客も勝敗の行方というよりもシン殿が勝利するまでの過程を楽しみに観戦しているのだと思います」
「そのようだな。俺が観た試合の中では無駄な手数の多い今日が一番観客の歓声が大きかった」

歓声の大きさでいうなら開幕の儀やデモンストレーションの時も大きかったけど、試合であれだけ喜んでくれたのは多分初めてだったと思う。

「すっかり吹っ切れたようで安心しました」
「心配かけて悪かった。やっと俺らしい戦い方ができた」

本当に
個人戦の初戦前から棄権するよう言われたり、団体戦も審議判定ですぐ試合を止められたり、あの愚王が俺のデリケートな心をバキバキ砕いてくれたお蔭で思うように戦えなかったから。

「これでまた難癖をつけられたら今度こそキレそう」
「笑顔で恐ろしいことを言わないでください」

半分冗談で半分本気。
俺がうっかり賢者の能力を使ったとかなら試合を止められるのも失格になるのも当然だけど、やっと調子が戻ったのにをつけられたら「あ?(怒)」となると思う。

「それは困りますがお気持ちは分かります。色々な妨害をされましたからね。本当に色々と。シン殿だけでなくみんなにとっても様々な理由で歴史に残る武闘大会だと思います」

笑顔で『色々』を強調するルネに笑う。
もう今の時点でそうなることは間違いない。


「シンさま!お疲れさまでした!」
「素晴らしい試合でした」
「ありがとう」

特別室に戻るとベルとエドが駆け寄ってきて尻尾をパタパタ耳をピルピルさせる。

「進出おめでとう。絶好調だったな」
「やっと調子が戻ったみたいで良かった」
「ありがとう。もう面倒なしがらみは国王のおっさんたちに任せようって吹っ切れたから」

ロイズとドニの表情も今日は晴れやか。
四人には散々心配をかけて申し訳なかったけど、魔王と戦って気が晴れたのとハルたちへの心残りが果たせたお蔭で悶々としていた心がすっかり軽くなった。

「話をするのはいいが治療を受けながらにしろ」
「うん」
「リフレッシュおかけします」
「ありがとう」

エドにリフレッシュをかけて貰ってからディーノさんが治療用に準備してくれた椅子に座る。

「試合中に痛みはなかったか?」
「大丈夫だった」
「そうか。それなら良かった」

右肩を動かすと痛みがあることに気付いたのは昨晩。
魔界層で戦ったあと魔王が魔力譲渡と魔回復ダークヒールをかけてくれて綺麗に傷は治ってたのに、風呂に入って髪を洗うために腕を動かしたら激痛が走った。

「ただ、思っていたより早く痛みが出てきたな」
「まあ仕方ない。言われてたことだし」
「痛みが出ることを分かってたってことですか?」
「ああ。大会に間に合わせるための治療は施したが完治した訳ではない。本来であれば一年ほど治療に費やす状態を無理に仕上げただけだ。それは本人にも話してある」

肩に魔回復ダークヒールをかけながら魔王はロイズに説明する。
デュラン領で療養することが決まったあと魔王から、二ヶ月で完治するのは無理だと言うことと、治ったように思えても痛みが出る可能性があることは聞かされていた。

「それほど深刻な状態だったってことですよね」
「お前も魔腐蝕まふしょくくらいは知っているだろう?限界以上に魔力を使えば体は蝕まれ死に至る。運良く助かってもただ怪我をした時より治りが悪い。中でも神経は特に回復が難しいのだが、夕凪真は身体中のあらゆる箇所の神経が切れ既に腐蝕も始まっていた。完治までに時間がかかって当然だ」

生きていることも奇跡なら動けていることも奇跡。
魔王は「時間がかかって当然」と言ったけど、本来は『時間以前に人族には無理』らしい。

つまり魔王だからできたこと。
自分が持つ魔力量を超えて強引に魔力を引き出すと、体内は傷付き腐蝕していく(命を代償にしているから)。
それを“魔腐蝕まふしょく”と言うらしいけど、魔腐蝕のダメージは聖属性レベルの高い人の回復ヒールでも治療が難しく、以前の健康な状態に戻すのは不可能。

それなのに魔王は二ヶ月で通常に近い状態まで治した。
エミー曰く、魔王がしたことは人族には到達することのできないらしい。

「少し強めにかけたが体は怠くないか?」
「平気。痛みも……うん。ない」

腕をあげたり回したりしてみたけど痛みも怠さもない。
試合前にもかけて貰ったけど、その時は体が怠くなったりしないよう軽くかけて貰った。

「聖属性の適性がないから詳しくないんですけど、回復ヒールの強弱で体に不調がでたりするんですか?」
「不調を起こし易いのは自然治癒力をあげる魔法だ。夕凪真の治療には回復ヒールと同時に自然治癒をかけている」
「なるほど。ただ回復ヒールをかけてるだけじゃなかったんですね」

魔王のは回復ヒールじゃなくて魔回復ダークヒールだけど。
ドニも魔王の治療に興味津々。
ロイズにしてもドニにしても本当に魔王に懐いている。


治療が終わったあとは観戦。
今日は見応えのある試合が多い。

「あ。この人がエルフ族最後の代表騎士だ」
重圧プレッシャー凄そう」
「真剣に戦う気があるなら。な」

アリーナに立ったのはエルフ族と人族。
昨日予想したように今日はエルフ族同士が試合になることはなく順調にていて、今アリーナにあがった人がエルフ族最後の代表騎士。

「この人が負けたらエルフ族は個人戦終了ってことか」
「エルフ族の領が一番多いのにな」
「全敗するのが早すぎる」

まだ〇位決定戦という段階でもない。
そこに辿り着く前に全滅の危機になってるんだから、エルフ族が如何に負けていたかが分かる。
辛うじて今日まで勝ち進んだ選手は運良くエルフ同士で試合をして勝てた人が殆どだろう。

『いつまで勝敗をつけず侮辱するのだ!やる気があるのか!』

放映を通して聞こえたエルフ族の代表騎士の声。
地団駄を踏みそうな勢いでプンプンしている。

「巨大ブーメランが刺さってる」
「ブーメラン?ああ。自分に戻ってくる武器か」
「うん。投げたはずの言葉が自分に返ってきてるってこと。やる気があるのかの言葉が盛大に自分に突き刺さってる」

開始からやる気がなかったのはエルフ族の選手の方。
人族の選手は相手がエルフ族最後の代表騎士だということと、観客へのパフォーマンスを考えて少しくらいは花を持たせようと気を使ったんだろうけど、さっさと試合を終えたいエルフ族の選手にとっては余計なお世話だったらしい。

「人族にも横柄な人は居るけどエルフ族と比べると可愛いものに思えてきた。なんでみんな揃って偉そうなんだ」
「自分たちを地上の神って言ってるような種族だぞ?そりゃ自分を高貴な存在だと思ってる人も多いだろ」

呆れ顔のロイズに苦笑しながら答える。
エルフ族が偉そうなのはもう『地上層の神(自称)だから』という他に答えはない。

「ただ最初はエルフ族に悪い印象しかなかったから、この武闘大会でそうじゃない人も居ることが知れたのは良かった」
「あ、それは思う。宿舎のスタッフとか」
「屋台の人も感じが良かった」

結局はどの種族にも善い人も居れば悪い人も居るということ。
ただ、ロイズが呆れるのも分かる。
揃いも揃って偉そうなのは間違いない。

「最近は会食や夜会に顔を出さないエルフ族も増えたから多少は反省して考えを改めたんじゃないか?」
「そうだったらいいけど。横柄なところは変わってないってことは恥ずかしくて顔を出せないだけの人が多そう」

まあご尤も。
少なくともあのザコ虫たちはぶつかった相手が英雄エローだったから謝っただけで、ぶつかった瞬間は完全にこちらを責める気で睨んだから変わっていない。

「酷いものだな。強者として選ばれたはずの代表が加減されなければ一瞬で終わる実力しかないとは」

侮辱と言われた人族の選手が加減を止めたら即終了。
観客の冷ややかな反応と無表情の魔王に苦笑いをした。


「お疲れさまでした」
『お疲れさまです』

今日予定していた試合が全て終わったのは夕方。
最初より制限時間が少し長くなったから、スムーズに進んでもまだ一戦するだけでそのくらいはかかる。

「上位の騎士が絞られてきたな」
「今日でまた半数減りましたからね」
「長かった」

代表騎士のパーティは五名。
各領地から五名ずつ選ばれてるんだから数百人規模。
個人戦となるとなおさら時間(期間)がかかるのも仕方ない。

「一般参加者なんてもっと多いんだから大変だ」
「でも一般参加は自分の試合時間に合わせて来ればいいから俺たちみたいに長時間拘束されずに済むのは羨ましい」
「それは言えてる。代表騎士は待機時間が長い」

一般参加は代表騎士より人数が多いから『〇番~〇番の試合は〇時~〇時までの間に行う』と時間指定されてるらしく、選手はその時間に間に合うよう試合会場に来ればいい。
代表騎士は必ず朝イチに全員が集合するから自分の試合以外の待機時間が長いという違いがある。

「エルフ族の騎士は今日で敗退したそうですね」
「うん。次回からエルフ族の国王は来なかったりな」
「地上の祭典ですからさすがにそれはないかと」

防具の引き取りに来ている防具職人たちと話して笑う。

「今の話で思い出したのですが、最近店舗地区でエルフ族関連の揉め事が増えていることはご存知ですか?」
「え?初めて聞いた」
英雄エローのお耳に入っていないということは一区だけなのでしょうか。うちの商店でもあったのですが、周囲の商店でもいざこざが続いておりまして」

エルフ族の話題で思い出したアランさんから詳しく聞くと、一区(貴族が多く集まる方の地区)でエルフ族が関係した揉め事(喧嘩や言い合い等)が続いているらしい。

「何かあればすぐ報告するよう頼んであるから二区では目立った問題は起きてないんだと思う」
「それならば安心ですね。一区ではここ最近になって増えたものですから警備兵を増員したようです」
「警備兵を増やすほどに?」

王宮防具職人のアランさんの店舗は一区。
大きな店舗の支店が集まっている一区は元から二区よりも警備兵の数が多かったのに、その上また警備兵を増員させたとなるとかなりの頻度で騒動が起きているんだろう。

「アランさんの店のいざこざはどんなのだった?」
「うちはエルフ族同士の言い争い程度でしたので大きな被害はなかったのですが、他の店舗ではエルフ族と人族が店内で争って商品を壊されたりといった金銭的な損害も出ています」

損害が出てるなら増員するのも納得。
一区では飲食店にしても商店にしても高級店ばかりだからなおさらだろう。

「どうして急に増えたんだろう。二区は一般国民が多いから喧嘩くらい日常だけど、一区は貴族が多いのに」
「これは様々な騒動の内容を聞いた上での私の予想ですが、エルフ族の権力が通らなくなっているのかと」
「権力?どういう意味?」
「言葉を濁さず言えば、横柄な態度を周囲の者が許してくれなくなったということです。今までは強い種族として知られていたので理不尽なことでも大事にならないよう耐えていた人が多かったのですが、今大会で実力が分かりましたから」

なるほど。
今まで理不尽なことにも耐えていた人たちが言い返すようになったから揉め事が増えたんじゃないかと。

「以前シンさまが虐められっ子が虐めっ子にならなければいいけどと仰っていましたが、エルフ族が早く気付いて横柄な態度を改めなければ現実になりそうですね」
「うん。今までエルフ族は散々人族や獣人族を見下してただけに立場が逆転したら痛い目を見るだろうな」

因果応報というか、巡り巡ってと言いうか。
今まで他の種族を見下して威張り散らしていたエルフは今後痛い目を見ることになりそうだ。


「あれ?フラウエルは?」
「お出かけになりました。明日の朝には戻るそうです」
「あー。またか」

更衣室を出ると魔王の姿がなくルネに訊くと、またフラッと魔界層に帰ったようだ。
いや、むしろ魔族の王さまが地上層にちょくちょく来てる方がおかしいんだけど。

「俺もデュラン侯爵の所に行ってくる」
「このまま?」
「うん。エドとベルも宿舎に戻って休んでくれ」
「お一人で行くのですか?」
「その方が目立たないから。転移魔法で行く」

しょぼーんとするエドとベルの頭を撫でる。
俺が転移で連れて行けるのは一人だけ。
エドとベルを連れて行くなら歩いて行くことになるから二人にも宿舎に戻るよう話す。

「二人も転移魔法を使えるよな?」
「使えません。転移は時空属性ですので」
「一瞬で移動したりしてるあれは?」
「獣人族の能力です」
「へー。転移魔法とどう違うんだ?」
「見えている範囲の場所に移動するというのは同じですが、移動する早さも距離も劣ります。シンさまの転移魔法は特に別格ですのでワタクシたちでは到底追いつきません」

説明するベルにドニは首を傾げる。
時空魔法を覚えるのは魔導師になってからだからドニが詳しく知らないのも当然。

「シンの転移は早くて距離も長いってことか」
「はい。属性レベルが高いですのでなおさら」

正確には属性レベルの話じゃなくて魔法自体が違う。
エドとベルはそれを知っているけど話せないから『属性レベルの違い』とごまかしたんだろう。

「そういうことだから先に戻っててくれ」
「承知しました」
「お気を付けて」
「うん。ありがとう」

納得してくれた二人の頭をもう一度撫でて術式で宿舎に戻るみんなとは反対の出入口に向かった。


「試合お疲れさまでした。進出おめでとうございます」
「ありがとう」

魔祖渡りで行ったのはデュラン侯爵が宿泊している宿。
先に受付をしてロビーで待っているとデュラン侯爵がすぐに来て侯爵家の使用人が周囲をパーティションで囲う。

「まだ販売数が落ちてないな。飽きると予想してたのに」
「貴重な甘味や今までになかったメニューの数々ですので。最終日まで続くのではないかと予想されます」
「そうだとありがたいんだけど」

今回の出店しゅってんは異世界メニューがこの世界で受け入れられるかやどんな物が好まれるかのだったけど、大会期間の半分が過ぎても売上が下がるどころか上がっている。

「あ。ショコラの人気はどうなってる?」
「想定していた以上の人気商品となっております。お一人様一つまでと限定して毎日陳列しておりますが、開店前から並ばなければ購入できないほどの人気で午前中に売り切れます」
「それは凄いな。チョコはこの世界でも強いか」

俺が居た世界でもチョコレートは強かった。
あらゆるお菓子に使われているだ。

「そこでご相談なのですが、今回出店しゅってんしているレシピの中で今までなかった物は先に登録いたしませんか?」
「レシピの開発権か」
「はい。最近異世界商品が何から作られているかを探る者が増えているようです。先に登録されてはこちらが扱えなくなるのはもちろんですが、大人だけでなく子供たちに訊く輩も居るらしく安全に考慮して早急に申請するべきかと」

書類を見ながら聞いていてさすがに驚き顔をあげる。

「子供たちに怪我はなかったのか?」
「それはご安心ください。子供たちから聞き出そうと声をかけただけで脅迫や暴力行為があった訳ではございません」
「そっか。良かった」

それを聞いてホッとした。
子供が相手だろうと関係ないクズも居るから。

「話は分かった。そういうことならすぐに申請しよう。そこまで人気になると思わなかったのもあるけど、店を出す時に申請すればいいって軽く考えてた俺が甘かった」

子供たちは販売を手伝っているだけだから訊いても分かる訳がないけど、今後も同じことが起こらないとは限らない。
カルオ豆を使ったショコラの作り方やハムの製造方法や生クリームなど、全てにしてあるから。

「現物は大会用に準備してあるもので宜しいでしょうか」
「うん。それぞれに伝達して作って貰うと時間がかかる」
「承知いたしました。必要な書類の作成が終わり次第一度王都へ戻って申請して参ります」
「よろしく頼む」

この世界になかった物を書き出した結果、ホットドッグのパンとショコラ(チョコ)と生クリームとハムとマヨネーズ、それと土産物屋にある幾つかの商品とカレーを申請することにした。
カレーをレシピ以外に申請しないのは、申請するそれらを使わないと作れないレシピだから。
肝心のそれさえ申請しておけば他の人は同じレシピを使ったカレーでの商売はできない(※個人で作って食べるのは自由)。

「個人的に外注してるハムの申請書は俺が作成する。今のところ俺と業者しか製造方法を知らないから」
「かしこまりました」

生クリームなどは自分たちで作るからデュラン侯爵たちも知ってるけど、ハムは召喚されたばかりの頃に話を持ち込んだ俺と業者しか製造方法を知らないから俺が作成することにした。

「申請が通った際には取り扱い業者と正式に契約を結ぶことをお忘れなく。業者側が罪に問われますので」
「うん。気をつける。迷惑をかけるようなミスはしない」

今後商品に権利が発生すれば以前から頼んで作って貰っていた業者でもその商品を作れなくなる。
デュラン侯爵が言うように、間違っても業者が罪に問われることがないよう気を付けないといけない。

「明日の試合あとに持ってくる」
「今日の明日ではお休みになれないのでは?」
「大丈夫。現物は出店で準備してるもので済むから書くだけだし。それに自分が早く安心したいっていうのが大きい」

仮申請だろうと効果はある。
子供たちにまで訊いてくるような奴が居るなら一日でも早く申請した方が安心だ。

「では私の方も早目に済ませます」
「ありがとう。あ、カームはどうしてる?」
「病気も怪我もなく元気にしております」
「そっか。じゃあ良かった」
「やはりお会いにならないのですか?」
「うん。俺が保護責任者だってことが広がるとカームのためにならないから。王都に戻るまでは会わない」

俺が会いに行くと目立ってしまう。
ローブで姿を隠していようと受付では身分を明かさないといけないから、宿のスタッフに秘密にして貰ったり保護情報を隠している意味がなくなってしまう。

英雄エローは子供がお好きなのですね」
「いや別に。小生意気な子供とかイラっとするし」

子供が好きかと訊かれたらそれはない。
子供ならみんな可愛いとも思わない。

「好き嫌いじゃなくて子供を守ることは大人の役目だと思ってる。ただ甘やかすだけじゃなくて悪いことは悪いって教えることも。子供を育てたことがない俺が言っても説得力ないけど」

自分が児童養護施設で育ったからっていうのもあるけど、子供たちの未来が明るいものであって欲しい。
俺のようなクズにならないように。

「充分すぎるくらいいい施設長だと思いますよ?今まで西区の状況から目を逸らしていた私たち国民よりも」
「そこを責めるつもりはない。相手の階級が下であろうと他の人の領地に手を出す訳にはいかないから。もし前領主が改善に前向きな人だったら手を貸すことくらいは出来ただろうけど」

唯一出来ることと言えば月に一・二度の炊き出しくらい。
それさえも領主に許可をとる必要があるし、スラムでは自分の身の安全も考えないといけないから警備も多く必要だったりと簡単な話じゃない。

「さてと。帰って申請書の作成しないと」
「明日も試合ですのでご無理はなさらず」
「ありがとう」

ゆっくり話してる場合じゃなかったことに気付いて申請書の紙を封筒にしまう。
帰って風呂だけ入ったらすぐに取り掛かろう。

「じゃあ明日」
「お気を付けて」

見送るデュラン侯爵や使用人に挨拶をして宿を離れた。


貴族が宿泊する地域を抜けたら魔祖渡りでさっさと帰ろうと思いながら歩いていて、どこからか聞こえてきた声。

「喧嘩か?」

アランさんが言っていたことを思い出し軽く辺りを見渡してみたものの喧嘩をしているような人の姿は見られない。

「待てっ!」
「お助けください!」

気の所為かと再び歩き出すと路地からローブ姿の人が勢いよく飛び出してきて俺の後ろに隠れた。

「ソイツを渡せ!」
「事情による。複数人で追いかけてる理由は?」
「お前には関係ないだろ!」
「ご尤も。ただ助けを求められた限り無視はできない」

たしかに関係ないし、俺にとっても巻き込まれただけ。
ただ、助けてと言われてそのまま「どうぞ」と引渡すのはクズの俺でもさすがにできない。

「怪我をしたくなければ退け!」
「こんなところで剣を抜く気か」

怒鳴りながら帯刀していた剣のグリップを握った男の手を押さえて止める。

「お前も待て。人に押し付けて逃げるな」

人を巻き込んでおきながら隙を見て逃走しようとしたローブ姿の人物の首根っこを掴む。
押し付けて逃げるとかMPK(Monster Player Killer)か。

「俺に押し付けて逃げようとした時点でお前への信頼度は九割減った。コイツらに渡してもいいかと思ってる」
「女を守るのが男でしょ!」
「は?ふざけんな。守るかどうかを決めるのはこっちだ。女なら無条件で守って貰えると思うなクソが」

うぜぇぇぇぇぇぇえ!
こういうタイプの女はうぜぇぇぇぇえ!(絶叫)

「で?お前らがこのクズを追いかけてた理由は?事情によっては引き渡すのもやぶさかじゃない」
「ちょっと!」

もしこのクズが悪いのなら喜んで進呈しよう。
人に揉め事を押し付けて逃げるような奴を助けるほど俺は優しくない。

「ソイツは娼婦だ!」
「へー。で?」
「で?って」
「娼婦だから追いかけたのか?それならお前らが悪い」
「違う!俺の金を盗もうとしたんだ!」
「窃盗犯か。じゃあこのクズが悪い」
「ちょっとどっちの味方なの!」
「悪くない方に決まってんだろ」

聞かなくても分かるだろ。
娼婦だからって理由で追いかけたなら男たちが悪いし、窃盗犯ならクズの方が悪い。

「ところでなんで最初からそれを言わなかったんだ?」
「それは」
「ん?」
「金を盗まれそうになったとか……かっこ悪いだろ」
「ああ。なるほど」

娼婦ってことは買ったんだろうけど、買った女に金を盗まれて逃げられたことが恥ずかしかったと。
なにその要らぬ恥じらい。

「買ったぶんの金は払ったのか?」
「払ってない。そもそもまだ何もしてない」
「やる前に盗まれそうになったのか」
「先にシャワーを浴びてて気付いた」

なんてベタなパターン(  ˙-˙  )スンッ
魔法が存在する世界でもそんなベタなやり口があるのか。

「恥ずかしいから先に入ってて♡すぐに行くから♡で金を抜かれてたパターンか。お前実は娼婦じゃなくて、娼婦を装っただけの窃盗犯だろ。しかも何回も同じ手口で稼いでる常習犯」

この世界では春を売ることも買うことも禁じられてない。
つまり買った男たちの方は犯罪じゃないけど、窃盗しようとしたクズの方は犯罪だ。

「そういうことなら警備兵に」

引き渡した方がいいと言いかけながらクズの顔を一目見てやろうとローブのフードをおろす。

「なあ。一つ訊きたいんだけどお前らバイか?」
「バイ?」
「こいつ男だぞ?女装してるだけの男の娘」
『え?』
「やっぱ知らずに買ったのか。そりゃヤる前に金を盗んで逃げるはずだ。脱いだら下が付いてるのがバレるからな」

春を売ってたんじゃなく最初から財布の中身を根こそぎいただいて逃げるつもりだったと。
華奢だから女にも見えるけど、男の娘でもストライクゾーンのパンセクシャルな俺から見れば一目で男の娘だと分かった。

「お前たちそこで何をしている」

聞こえてきた声で振り返ると警備兵が二人。
なんてベストタイミング。

「女性に乱暴をしてるんじゃないだろうな」
「助けてください!この男が無理矢理!」
「違います!この男じゃなくてこの男が窃盗犯です!」

俺に冤罪を擦り付けようとする男の娘。
俺じゃなくて男の娘が窃盗犯だと主張する男たち。
男たちが指をさす男の娘を見て首を傾げる警備兵。
この場だけで情報量が多すぎる。

「君、フードを脱いで顔を見せなさい。怪しく見える」
「まあたしかに」

さっきまで男の娘も被ってたけど今は俺だけ。
顔を見え難くしている奴が一番怪しく見えるのも仕方ない。

『…………』
「え、英雄エロー!とんだご無礼を!」
「申し訳ございません!」
「いや。顔を隠していたら疑われるのも当然だ」

ローブのフードを外すと一瞬沈黙したあと警備兵と男たちはその場にサッと跪く。

「お前はまたどさくさに紛れて逃げるのか」
「魔法は狡い!」
「窃盗犯に狡いって言われてもな」

俺以外が跪いたタイミングで逃げようとした男の娘を捕縛して捕まえ警備兵に引き渡す。
懲りない奴だ。

「ことの経緯をお伺いできますか?」
「俺はここを歩いていて路地から飛び出して来たこの男に助けを求められただけだ。その前の話は当事者のこの者たちに」
「……男性なのですか?」
「娼婦を装って金を盗もうとしたらしい」

警備兵にも女に見えるようだ。
骨格が男なのに。

英雄エローは仲裁に入っただけということで間違いないか?」
「間違いありません。金を盗んだこの男を俺たちが追いかけていたところに通りかかって助けを求められただけです」

警備兵の質問に男の一人が答えると他の男も頷く。
ところで男たちはなんで複数いるのか。
一緒に追いかけて貰ったのかそういうプレイで買ったのか。
同意の上なら人の性癖に口を挟みはしないけど。

「試合でお疲れのところをご協力感謝いたします。この者たちは警備棟に連行して聴取を行います」
「よろしく頼む」

男の娘の所為で無駄な時間を喰ってしまった。
これから申請書の作成が待っているのに。

英雄エロー。先程は申し訳ございません」
「先程……ああ、アレか。もうやらないようにな」
「はい」

男に謝られて何がと考え、俺に剣を抜こうとしたことかと気付いて苦笑で答えた。

「たまたま通りがかった人とはいえ助けを求める相手を間違えたな。俺は性別で善悪の判断はしない。言っただろ?悪くない方の味方だって。しっかり絞られて反省するようにな」

女であれば無条件に信じて守ってくれる男に助けを求めたなら逃げ切れたかも知れないけど、たまたま通った人が俺で残念。
警備兵にバインドをかけられていながら俺を睨むその根性だけは賞賛するけど。

今日も色々あった一日だったと思いながら宿舎への道を歩いた。
 
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 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
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神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

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