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第八章 武闘大会(後編)
異世界と地球
しおりを挟む大聖堂で不思議な体験をした翌日。
個人戦の本戦が始まった。
「今日も攻撃魔法は封印したか」
「封印したって訳じゃないけど極力使わないつもりでいる」
試合を終えて戻った特別室。
苦笑するロイズにエドからリフレッシュをかけて貰いながら答える。
「得意としている魔法を使わずとも勝てるというのは凄いことなのですが、観ている観客は些か不満かも知れませんね」
「だろうな。武器や体術より魔法攻撃の方が派手だから観客も分かり易くて盛り上がる。シンが賢者の能力を持ってることを知ってるからなおさら魔法攻撃を期待してる観客も多そう」
そう話すルネとドニも苦笑。
そうは言っても難癖をつけられそうな魔法は避けたい。
エミーは気にするなと言ってくれたけど、あんな開始直後に審議の合図を出すせっかちさんでは、俺が魔法を使う度に「あれは?」とか「違反じゃないのか?」とか訊きそうだ。
「アルク国王の企みに乗せられてるようで気分が悪いですね」
「勝てる間は使わなくてもいいと思うけど」
「もちろんシンさまなら魔法を使わずとも勝てることは分かってるけど、結果的に相手の思う壺になってることが嫌なの」
エドの一言にプンスと怒るベル。
まあ俺もあの愚王の狙い通りになってる気はするけど。
「使う必要がある相手の時はもちろん使う。その時はエミーたちに頑張って説明して貰うしかない。もし普通の単発魔法でも訊くような国王なら説明に苦労するだろうけど」
「それはさすがにないだろ。エルフ族だって魔法は使えるんだから一属性の魔法かどうかくらいは見れば分かるはず」
「威力で疑ったりな。賢者の能力だろって」
「ステータスの数値で魔法の威力が変わることも常識だ。そんなことは魔法を使えない人でも知ってる」
ドニやロイズが言う通りこの世界ではそれが一般常識。
物魔防御の時は範囲でかけたから分からなかっただけだとは思うけど、止められれば対戦相手も巻き込んでしまうだけにどうしても疑ってしまう。
「武闘大会は個人が持つ能力を駆使して強さを競うことで互いを高めあうことが趣旨の大会だったはずなのですが。後世によろしくない印象の大会として語り継がれてしまいそうですね」
しみじみ言ったディーノさんにみんな苦笑。
主にエルフ族の悪い印象が残る大会になりそう。
「今日で殆どのエルフ族は消えそうですね」
「運良くエルフ同士で当たらないとそうなるだろうな」
「もう代表騎士側は諦めてるようにしか見えません」
「うん」
アリーナで行われている試合はエルフ族VS獣人族。
やる気が感じられないエルフ族の代表騎士に獣人族の代表騎士は不機嫌な表情をしている。
「闘う気がないなら棄権すればいいのに」
「国王が居るから下手に棄権もできないんだろ」
「それに付き合わされる相手騎士には迷惑な話だ」
本当に。
俺たちは幸いエルフ族とは当たらないけど、あんな「さっさと倒してくれよ」と言いたげな態度を取られたら迷惑だろう。
『あー……』
獣人族の選手が怒りを滲ませながらエルフ族の選手を抱え上げて場外に投げ捨て試合終了。
お遊戯会にすらならなかった試合に観客たちは大ブーイングで野次を飛ばす。
「付き合わされた今の獣人族の代表騎士も可哀想だけど、この最悪の空気のまま次に試合する代表騎士たちも可哀想」
「迷惑極まりない。シンさまが仰るように棄権してくれた方がまだ最小限の迷惑で済みます」
やる気がない選手が困るだけなら構わないけど、他の選手にまで観客の反応というしわ寄せがくるんだから困る。
観客もやる気がない試合で無駄な時間を取られるくらいなら棄権してくれた方が次の試合に気持ちを切り替えられるだろう。
「もうアリーナ全体が負の連鎖に入ってるな」
「うん。この空気に飲まれたら実力を出せない」
野次を飛ばす人も居れば席を立つ人もいる。
さっさと次の試合に入らないと帰る人が増えそうだ。
「ああ。もうシンの試合が終わったからか」
「ん?」
「今までシンの試合が最後だったから途中で観客が帰る姿を見かけなかったけど、本戦に入って順番が変わったから。面白くない試合をわざわざ最後まで観て行こうとは思わないんだろ」
「有り得ますね」
たしかに本戦に入った今日から順番が変わった。
しかも王都代表は五人とも試合が済んで勝ち上がっている。
俺のというより王都代表の試合が終わったから、つまらない試合は観る価値がないと判断して席を立った観客も居そう。
「今日の内にもう一戦やると思うか?」
「やらないと思う。この空気と空席だし」
「シンの試合までは満席だったのにな」
「観客が正直すぎる」
早く試合が終わりそうだからもう一試合やるだろうかと思ったけど、言われてみればこれではさすがにやらないか。
観客たちもこの険悪な状況ではやらないだろうと見切りをつけて帰ったんだろうし。
「観客の反応が正直なのは半期大会もでした。不甲斐ない試合をすれば野次はもちろん物を投げられることも当然でしたし。これが代表騎士の試合だからというのもあるのでしょうが、半期大会の時と比べればまだ今大会の観客は大人しい方かと」
「それはたしかに今回の観客の方が大人しいかも」
そんな荒くれ者の集いのような状況を半期大会の時に味わったんだとしたら、席を立って帰るだけの今回の観客が大人しい方だとディーノさんが感じるのも分かる。
「失礼します。リアムです」
「どうぞ」
ノックのあと開いたドアから顔を見せたのは副団長。
「帰っていいって報告?」
「はい。二戦目は行わないそうです」
やっぱり。
先に訊くと副団長は苦笑する。
「エルフ族の国王のご機嫌は?」
「私は王家の護衛についていないので見ておりませんが、この段階で既に終了の判断をしたということは恐らく……」
「まあそうか。自国の代表騎士のやる気がないから」
まあご機嫌なはずもない。
自国の選手にやる気がないことはアルク国王にも分かってるだろうから。
「現状で勝ち上がったエルフ族は?」
「片手で数えられる程度かと」
「じゃあ次の試合でエルフ族は全員消えそう」
余り残ってないならエルフ族同士の試合になる可能性は低い。
そうなれば勝つことは至難の業になる。
今後の個人戦はアルク国王にとって自国の代表騎士が居ない退屈な観戦になりそうだ。
いつものように術式を使って戻った騎士宿舎。
魔導車で戻る他の代表騎士たちはまだ帰って来ておらず、受付に並んでいる人も居ない。
「今日も先に着いてる」
「俺たちは着替える時間がかかるからな」
「ルームキーを受け取って来ます」
「ありがとう」
一階にあるソファに座って本を読んでいた魔王。
ルネがルームキーを取りに行って俺たちは魔王の元に行く。
「……分かり易い顔」
対面に座る俺に向けた魔王の分かり易い( ˙-˙ )スンッとした顔。
いつもの無表情さえ超えた無の境地に笑ってしまう。
「つまらなかったんだろ?俺の試合が」
「ああ。時間の無駄だった」
「ハッキリ言ってくれる」
魔王がご機嫌斜めなのを察してロイズやドニはソファに座らず様子を見ていて、エドとベルは俺が座るソファの後ろに立つ。
「なぜ魔法を使わない」
「使わなくても勝てただろ」
「それはそうだろう。あの弱者に負ける方が難しい」
いや、そこまで弱い相手じゃなかったけどな?
異世界最強からすれば弱者だとしても。
「不殺のルールがあるから手加減をしなくてはならないことは分かる。だが、お前の魔法ならもう片付く戦況にありながら敢えて武器で攻撃をしているのは、相手をじわじわと嬲っているようで観ていて気分のいいものではなかった」
「なるほど……そう見えたのか」
たしかに魔法を使えば終わりな場面も多々あった。
でも下手に魔法を使うとエミーや国王のおっさんが説明に苦労しそうと思って刀や体術だけで戦った。
そのことが魔王には、もう勝てるのに倒さず相手を嬲って遊ぶゲスな戦い方に見えたんだろう。
「例え相手がどんなに弱者であろうとも剣を交えたのであれば敬意を払うべきだと俺は思っている。今日のお前のように時間をかけ四脚を削ぐようなやり方は好きではない」
言われて当然か。
相手にとっては敗北の見えた試合で徒に痛みを与えられ続けたんだから。
「シンさまは嬲るつもりで魔法を使わなかったのでは」
「ベル、いい。フラウエルの言う通りだ」
反論しようとしたベルを止める。
何度も倒せる場面も力もあったのに倒さなかった。
それは事実だ。
「ありがとうルネ」
「いえ。あの」
「みんなは先に部屋に戻って休んでくれ。フラウエルと俺は話の途中だからもう少し話してから戻る」
受付をして来てくれたルネが空気を察して黙っているのを見て先に戻ってくれるよう話しながらキーを受け取る。
「私も残ります」
「ベル。私たちが居たらお二人の話の邪魔になる」
「でも」
「フラウエルさまはシンさまに何かしたりしない」
「それは」
さすが俺の執事。
状況を読んでベルを諌めるエドは冷静だ。
空気を読んでベルを連れて行く五人を見送りつつ、黒いベルがニョッキリしなくて良かったと息を吐いた。
「悪かった。話の腰を折って」
「口論をしているつもりでは無かったのだが」
「みんな分かってる。ベルは心配症だから少し大事に捉えただけで。それだけ心配して貰えるのはありがたい」
ベルは魔王だと知ってるから感情的になっただけ。
他のみんなは『珍しく説教されてるな』くらいにしか思ってなかったと思う。
「やはりあの時止められたことが尾を引いてるのか」
「うん。すぐ審議判定を出さないよう国王のおっさんがエルフ族の国王と話し合ってくれたことは分かってるけど、いざ使おうとするとやっぱり躊躇する。完全に俺の心の問題」
禁じられたのは賢者の能力だけ。
だから一属性だけの単発魔法は使っても問題はないのに、いざ使う場面になると意識しすぎて躊躇してしまう。
その結果魔法を使うのが遅れて突っ込んでこられたり、間違いようもない刀や体術での攻撃にしておこうとなってしまう。
「団体戦では他の四人が居たから何とかなっていたが、個人戦になって先延ばしにしていた問題が浮上したか」
「そういうことです」
団体戦では複数物魔防御や回復や無効化が主だったけど、個人戦になると自分で攻撃魔法を使う必要があるし、一瞬の躊躇が攻め入る隙になってしまう。
「図太そうに見えて意外と繊細だな」
「元居た世界でもそう言われてた」
オーナーからは『ダイヤモンドと豆腐メンタルの男』と言われるくらい、状況によって極端にメンタルが左右されていた。
「まあいい。着いて来い」
「どこに?」
ソファから立ち上がって俺の腕を掴んだ魔王は、質問に答えてくれないまま宿舎の外に向かって歩いて行く。
「どこ行くんだよ。鍵持ったままなんだけど」
「魔界だ」
「は!?」
という間にも魔界到着。
土地も空もとっても広いです……(項垂れ)
「どうするんだよ。急に消えたのを見られてたら」
「転移魔法を使ったとしか思わないだろう」
「……たしかに。でもサラッと魔王の能力を使うな」
転移魔法と魔祖渡りは見た目では分からない。
移動できる距離は“目に見える範囲”と“層”で全く違うんだけど。
「で、何でわざわざ魔界……」
強引な奴だと呆れつつ魔王を見るとなぜか服を脱ぎ始めて唖然とする。
「あの、何を?」
「破れないよう脱いでいる。この衣装は魔力を抑えた時の姿に合わせた衣装だからな」
そう話して衣装(上衣装)を異空間に仕舞った魔王は抑えていた魔力を解放して本来の魔人の姿に戻る。
「加減続きだから鬱憤が溜まって悪い方にばかり考えてしまうんだろう。俺が相手になってやる。思う存分力を解放しろ」
……魔 族 的 ス ト レ ス 発 散 方 法 ( ゚д゚ )
異空間から大剣を引っ張り出している魔王は本気だ。
「俺は戦闘狂じゃないから戦いで解消は」
「戦いで溜まったものは戦いで解消するのが道理」
聞いて。
俺の話を聞いて(涙)
「つべこべ言わずに来い。大怪我をしたくなければ」
【ピコン(音)!特殊恩恵〝Dead or Alive〟の効果により守護が発動。特殊恩恵〝カミサマ(笑)〟の効果により加護が発動。特殊恩恵〝不屈の情緒不安定〟の効果により全パラメータのリミット制御を解除、全パラメータを限界突破。特殊恩恵〝大天使〟の効果により自動回復が発動。特殊恩恵〝魔刀陣〟の効果により魔神刀 雅を召喚。ただいまより特殊恩恵〝神に愛されし遊び人〟の効果、魔神モードに移行します】
……フル解放きたァァァァァァアア!!
魔王さま、や る 気 ですありがとうございます(号泣)
「面白い能力が解放されているな。自動回復とは初めて見た」
「な、なんで分かった!?」
「特殊恩恵〝魔王〟には相手の状態を見る効果もある」
「え?じゃあ俺の状態が丸見えってことか?」
「守護、加護、自動回復と出ている」
やだ……丸裸にされてる(オネエ)。
「……待て。魔王の特殊恩恵が発動してるってこと?」
「ああ。勇者ではない者が俺の特殊恩恵を解放させるとはな。しかも発狂もせず生きている。やはりお前は面白い」
SOS、SOS。
魔王さまのやる気スイッチがログインしました。
「ここであれば幾ら破壊したとて問題ない。存分に戦いを楽しもう。愛しい魂の半身よ」
目に見えるほどに強い闇色の魔力。
肌に突き刺さるような威圧感は痛みを伴うほど。
鼓動は早くなって肌には冷や汗が滲む。
これが特殊恩恵〝魔王〟を持つ者の本来の姿。
特殊恩恵が発動していない時の魔王の強さは本来の力と比べれば仔犬程度のものなんだと嫌でも実感させられる。
ブラウンの長い髪と大きな三日月型の角。
闇色の魔力に包まれた魔王は禍々しくも美しかった。
武器のぶつかり合う金属音と地面の抉られる破壊音。
見渡す限りの荒野に響くのは互いが発する攻撃音だけ。
手は痺れ、肉は千切れ、地面には血飛沫が散る。
自分の恩恵を駆使しても魔王は倒れない。
刀でも体術でも魔法でも。
地でも空でも魔王は倒せない。
殺されることもないけど殺せもしない。
でも殺されそうな危機感だけは常に付き纏う。
生きていたいと本能が叫ぶ。
それが楽しい。
それが気持ちいい。
痛みが生きていることを教えてくれる。
時間も忘れて戦い続けた。
一切の加減が必要のない相手と思う存分に。
ああ、そうか。
召喚される前の世界ではこうだった。
拳ではなかったけど、毎日自分の武器で戦っていた。
客と。
ハルと。
ハルが俺に戦う喜びや勝敗の緊張感を与えてくれた。
いま思えばハルが別の店に移籍したのは俺の最大の敵で居てくれるためだったんだろう。
「……ハル」
「ん?」
……え?
一瞬で変わった景色。
薄暗い部屋に人々の賑わう声。
「……ここは」
「は?」
隣に居るのは魔王……ではなくハル。
夢か?
「キモ。なんだよ急に。金払え」
顔に触れてみると返ったのはそんな言葉。
あれ?驚くくらいハルだ。
「駄々捏ねても三回目はないからな。さっさとやれ」
目の前にはビリヤード台。
台の上には玉が散らばっている。
そして俺の手にはキュー。
「どういうこと?」
「お前がどういうこと?」
魔界で魔王と戦ってたはずなのに。
理解ができない俺をハルは訝しげに見ている。
「自分で誘っといてやる気なしか」
「俺が……いや、うん。やる」
意味が分からないままゲーム開始。
何もしなければそのままこの時間が終わってしまう気がして、召喚される前はよくやっていたビリヤードに興じた。
「クソ……屈辱」
「ごち」
ゲームに勝ったのは俺。
負けたハルは悔しそうにウイスキーの注がれたロックグラスを俺に渡す。
「次は何して遊ぶ?」
「は?仕事の後なのに何でそんな元気なんだ」
だってハルと会うのが久々だから。
何が起きたのか分からないけど地球に帰って来れたから。
「お前さっきからキモいな。人の顔を見すぎだろ」
「清々しいほどにハルだ」
「キモいって言われて喜ぶな」
毒舌も冷たい目もハルだと実感させる。
清々しいゲスクズ野郎が俺の知るハルだ。
「普段からおかしいけど今日はその万倍おかしい。なにかあったのか?また独りで抱えて引きこもりになる前に話せ」
「いや。ハルと遊ぶのが楽しいだけ」
「……俺にダメージをおわせるゲームか?」
粟立った腕を見せるハルに笑う。
でもハルとこうしていることが楽しいのは事実だ。
俺にとっては今の時間が懐かしくて貴重だから。
「なあ。もしどこかに自分と似た人が居たらどうする?」
「ドッペルゲンガーの話か?」
「そうじゃなくて並行世界的な」
いや、並行世界とも違うか。
この世界と並行している世界ではなさそうだし。
この世界のIFの世界というより、別次元にある地球とは全く関係ない場所っぽい。
「どうもしない」
「あっさり」
「仮に並行世界に自分と似た人が居たんだとしても会うことはないし。交わらない世界の奴に何をどうしろと?」
「それもそうか」
どうもしないというよりどうにもできない。
どうする?という質問はザックリしすぎた。
「アホの癖にまた小難しい本でも読んで影響受けたのか?それとも異世界漫画の読みすぎで現実と妄想の区別がつかなくなったのか?そこまで行ったら手遅れだ。諦めろ」
真顔で失礼な奴だ( ˙-˙ )スンッ
「異世界のハル(似)は激甘なのに」
「末期だな。ご愁傷さま」
「残念な人を見る目で見るな」
こうしてハルと話していると分かる。
顔も性格も似ていようと魔王とハルは全くの別人だと。
ハルはハルで魔王は魔王。
同じ存在ではなく、どちらも地球と異世界で別々の人として存在している。
「よし。次はダーツやろう」
「だからどうしてそんな元気なんだ」
「時間は有限なんだぞ。いつまでも続くと思うな」
「世界一無駄に時間を生きてる奴に言われるとは」
勝利品を呑み干してダーツに誘う。
分かってる。
この世界はもう俺の現実じゃない。
だからせめて思い出だけでも。
・
・
・
「呑みすぎだろ」
「久々の地球の酒が美味すぎた」
「妄想で宇宙旅行にでも行ってきたのか。妄想の癖に俺に迷惑かけやがって。まっすぐ歩け」
肩を貸してくれるハルと夜明けの街を歩き、辿り着いた自宅マンションのエレベーターに乗る。
「なあ。異世界のハル(似)と俺って夫婦なんだけど」
「そうか。見る目がない異世界の俺死ね」
「死ねとか言うな。死んで欲しくない」
ヒカルにも魔王にも死んで欲しくない。
戦って欲しくないし、傷付いて欲しくない。
「床とキスしたくなければ鍵を開けろ」
「はい」
スーツのポケットを漁り鍵を見つけて開ける。
もう家に帰り着いてしまった。
「ハルさん。お疲れさまです」
「うわー。シンさん泥酔じゃないですか。珍しい」
「部屋に突っ込んどけ」
「いや、重くて無理なんでハルさんが運んでください」
「お願いします」
「お前ら」
出迎えに出てきたのはポンコツ二人。
眠そうな顔でハルに運搬を押し付ける。
「お前ら交換で飯作って喰えよ?生ゴミは毎日棄てるように。帰り道で力尽きてももう行ってやれないからな」
「なにを言ってるんっすか?急に」
「旅行に行くとか?オーナーよく長期休暇くれましたね」
「酔って妄想を語ってるだけ。異世界だ何だ煩いんだ」
「異世界とか」
「漫画読みすぎ」
違うのに。
でも、ポンコツどもも元気そうで良かった。
「とうちゃーく!」
「……クソ疲れた!」
部屋まで肩を貸してくれたハルはベッドに投げ捨てるように俺を降ろして肩で息をする。
「寝過ごして明日の朝礼に遅刻すんなよ」
「今日の俺は朝礼に出た?」
「は?」
「朝礼に出てた?」
「記憶喪失ごっこか?独りでやってろ。じゃあな」
呆れ声で体を起こしたハルの腕を掴む。
「ありがとう」
「キモ。お前が俺に礼を言うとか」
「言っておかないと心残りになるから」
「は?」
みんなの反応を見るに多分この世界にはこの世界の俺が居る。
だからみんなにとっては別れじゃないけど、今ここにいる俺にとってはみんなとの今生の別れ。
戻って来れないのならこれが最後。
次にまた会える保証はない。
「……どうしたんだよ。変だぞ?」
「うん。変かも。でもすぐに戻るから」
「意味が分からない」
今は異世界に召喚された俺だから噛み合わないだけ。
俺が異世界に戻ればこの世界の俺がまた俺に戻る。
いや、もしかしたらこれはただの夢かも知れないけど。
「ハルと会えて良かった。最初はオーナーに言われたからだったとしても、俺を見捨てずに友人やライバルで居てくれてありがとう。お蔭でクズのまま死なずに済んだ」
俺にできた初めての友達。
誰も信用できない世界でオーナーとハルは心許せる人だった。
「なんだその別れの時みたいな礼は」
「全然別れじゃないです。普通に明日も居ます」
「紛らわしい!」
この世界の俺は。
居なくなるのは今ここに居る俺だけ。
「ちょっとキスしていい?」
「死ね」
「ちょっとだから。試しに」
「溜まってるなら他の奴に頼め」
「いや、溜まってるならヤっていいか訊いてる」
「知るか!」
腕を掴む手を離そうとするハルは蹴って俺との距離を取る。
「犬が咬んだだけだから」
そう付け加えてキスすると離れた瞬間に顔面を足蹴にされた。
「なんの遊びだ。豆腐に頭打って死ね」
「うん。ハルだった」
実感して俺が笑うとハルは足を退けてまた訝しげな顔。
「なんなのか知らないけど俺は俺だ」
うん。やっぱりハルはハルだ。
魔王じゃない。
「ハルは俺のライバルで悪友だ」
「……本当に意味が分からない」
「うん。酔っ払いの戯言だから忘れてくれ」
「とんでもない酒癖だな」
ジワリと温かくなる体。
ああ、もう終わりか。
こめかみを押さえるハルの姿が薄くなって行く。
「元気でな」
「は?」
「ありがとう」
ポンコツどもにも気になっていたことを伝えられた。
ハルにもう一度会えて礼も言えた。
「シン?」
もう心残りはない。
この世界の俺、あとは頼んだ。
「じゃあな。ハル」
最後に笑って別れを告げた。
・
・
・
「目が覚めたか」
「ハル」
「ハル?」
「違った。フラウエル」
目覚めたら魔王の顔。
一瞬ハルに見えてまだ地球に居るのかと思ったけど、俺を腕におさめて魔力を送っていたのは魔王だった。
「どうだ?少しは鬱憤が晴れたか?」
「……鬱憤晴らしにしては地面の被害が大変なことに」
魔王が俺を膝に乗せ座っているのは抉れて盛り上がった地面。
世紀末な光景に今更ヒヤヒヤする。
「ここは魔素が濃い。すぐに戻る」
「へー。魔界層って魔素で復活するのか」
「ああ。数年で戻るだろう」
「魔族時間でのすぐかよ!」
数百年生きる魔族からすれば数年がすぐ。
寿命数十年の人族にとっての数年は長い。
「多少は気が晴れたようだな」
「うん。スッキリした。ありがとう」
難しいことは一切なしにして思う存分動いてスッキリ。
誰かの顔色を伺って俺らしくない戦い方をすることに嫌気がさしていたんだと、思う存分戦ってみて気付かされた。
「それなら良かった。お前に思い悩む顔をされるとどうすればいいのか分からなくなる」
「うん。フラウエルだ」
「ん?」
うん。やっぱり魔王は魔王だ。
ハルじゃない。
「ありがとうフラウエル」
お礼を言って短くキスをするとキスで返ってくる。
うん。激甘。
もう心残りはない。
俺はこの異世界で生きて行く。
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