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第七章 武闘大会(中編)
魔力制御訓練
しおりを挟む予選が始まってから十二日。
一般参加に合わせた日程で行っていた個人戦の予選が終わって三日間の予備日を挟んで代表騎士による団体戦が始まる。
「間に団体戦を挟まれると切り替えが厳しいな」
「一般参加の予選が強行軍だから仕方ない。休みを挟まないでこのまま個人戦の本戦をやっても実力が出せないだろ」
「そういう理由で先に代表騎士の団体戦をやるのか」
「はい。代表騎士には予備日がありますが一般参加者にはありませんので。本戦に進んだ一般参加の選手には団体戦が行なわれている間に休んでいただきます」
チーム戦までの予備日二日目。
早朝から訓練をして今は昼食を摂りながら今後の予定を話していた。
「お食事中に失礼いたします。受付から英雄に来客の報せが届いておりますが如何なさいますか?」
「来客?」
「フラウエルさまと伺っております」
「フラウエルが?」
珍しい。
今回は転移を使わずに受付を通して来たのか。
いや、そうしてくれた方が色々と助かるんだけど。
「私がお迎えにあがりましょうか」
「いや。俺が連れてくるから先に食べててくれ」
「受付の者がご案内することもできますが」
「え?いいんですか?」
「滞在許可証をお持ちですので」
そういえばそんな物を発行して貰ってた。
代表騎士と同じく宿舎内の施設を利用できる許可証。
付添人もこの許可証を持っているから自由に出入りできる。
「じゃあお願いします」
「かしこまりました」
迎えに行ってくれようとしたルネが座り直すと食堂のスタッフは丁寧に頭を下げて席を離れた。
「フラウエルさんに会うの何日ぶりだっけ」
「開幕の儀の前日かな。たしか」
「ああ、そうだ。夜の会食にはもう帰ってたんだった」
「いつの間にか帰っちゃうからな」
そんなロイズとドニの会話に苦笑する。
半身の俺にとっても魔王は神出鬼没だ。
「お仕事は一区切りついたようですね」
「来たってことはそうなんだろうな。本戦には間に合うよう終わらせるとは聞いてたけど」
「今回も診察と治療に来てくれたんだろ?」
「まあ。本戦を観たいっていうのが一番だろうけど」
「出たがってたくらいだからな」
魔王が来たことに誰も疑問はないようだ。
デュラン領では一緒に居たし俺が完治した訳じゃないと知ってるから大会中でも診察や治療に来たとしか思わないんだろう。
「失礼します。お席はどちらにご用意いたしますか?」
「じゃあ俺の隣で」
「かしこまりました」
俺が少しズレて横に椅子を用意して貰う。
食べるか分からないけど俺たちもまだ注文したばかりだから席を立てないし、食べないなら飲み物でも飲んで待ってて貰う。
「来た。久々に見るとますます大きく感じるな」
「賢者さまだけあって風格がある」
賢 者 じ ゃ な く て 魔 王 で す。
案内されてくる魔王を見ながら背が高いやらガタイがいいやら顔がいいなどと褒めるロイズとドニに苦笑する。
「久しいな。食事時間に来てすまない」
「大丈夫です。お久しぶりですフラウエルさん」
「お久しぶりです」
「ご無沙汰してます」
ロイズとドニとルネは魔王と握手を交わし、正体を知っているエドとベルも今は人前だけに丁寧に挨拶をする。
魔王は相変わらずの真顔だ。
「食事した?」
「いや。今日はまだ何も」
「じゃあ一緒に食べよう。俺たちもまだ注文したばっかだし」
「ああ」
「メニューをどうぞ」
やっぱり魔王は目立つ。
魔力を抑えて人族のフリをしているから多少は縮んでいるものの人族の中では大きい俺よりも更に背丈があるし、長く生きている魔族の王だけあって為政者の風格がある。
俺たちと同じ訓練着姿の代表騎士たちから注目を浴びていた。
「おすすめは?」
「フラウエルならステーキかな。海燕ステーキとか」
「それにしよう」
「他にも注文した方がいいですよ?足りないでしょうから」
「この麺は量もあって味もいいのでおすすめです」
「後はお野菜も忘れず食べてください」
「では麺と野菜も」
魔王が大食らいなことを知ってるエドとベルは俺が海燕ステーキをすすめた後に麺や野菜もすすめて追加注文する。
魔王と知っている二人からもなんだかんだと受け入れられている(馴染んでいる)のは、あまりにも害のない魔王だからか俺の半身だからか。
「賢者さま、シン殿の治療はマッサージ室で行いますか?」
「いや、夕凪真の部屋で行う。損傷が酷かった箇所の確認とマッサージもするが、基本は右目の複視の治療が中心になる」
「かしこまりました。もし治療の段階で機材が必要であれば予約をとりますので私にお申し付けください」
「分かった。それから俺のことは他の者と同じようにフラウエルでいい。賢者と呼ばれては悪目立ちしてしまう」
「承知しました。今後はご尊名でお呼びいたします」
魔王なのに賢者って言われるのが嫌なんだろ?
という本音も胸にしまってルネと魔王の会話に苦笑した。
少し遅れて注文したフラウエルの分も一緒にスタッフが運んで来てくれて、みんなで少し遅めの昼食を済ませた。
「訓練に行くけどフラウエルは部屋で休むか?」
「いや、俺も行こう」
「強行軍で疲れてるんじゃ」
「問題ない」
訓練が見たいのか。
さすが戦いが大好きな戦闘狂。
付添人の仕事があるルネにキーを預けて訓練棟へ。
代表騎士の宿舎も広くて立派だけど、訓練棟も全ての代表騎士たちが訓練できるよう沢山の部屋がある。
「室内ではないのか」
「上級魔法の訓練をする時には屋外じゃないと駄目なんだ」
「ああ、お前の魔法訓練が主な理由か」
『そうです』
そんなみんなで声を合わせなくても。
訓練棟の室内でも魔法訓練はできるけど、上級魔法の訓練には屋外の訓練所を予約する必要がある。
「屋外は今日しか予約がとれなかったから時間が許す限り訓練しておきたい。うっかり複合魔法を使わないように」
「複合魔法も禁じられているのか?」
「うん。賢者にだけ使える能力は禁止」
正確には禁じられたんだけど。
魔王に話すと余計な火種になりそうだから途中でルールを変更されたことは言わない。
「おかしな話だ。賢者の能力を禁じてはむしろ危険だろうに。禁じられていなければ対象操作ができるのだから」
「そうなんです。シンの魔法は威力が強いから対象操作があった方が安全なんですけど、賢者の能力を禁じられてる所為で個人予選では大怪我をさせないように殆ど刀で戦ってました」
「そうなるだろうな。対象操作なしに魔法を使えば当たってしまうのだから威嚇には使えない」
訓練の準備をしながら話すロイズから聞いて魔王は頷く。
「予選と言えば結果はどうなった?お前たちほどの技量があれば早々に負けるとは思えないが」
「全員で本戦に進出しました。フラウエルさんが鍛えてくれたお蔭です。ありがとうございます」
「そうか。お前たちには元から素地があった。俺はその底上げを少し手伝っただけ。強者が増えることは喜ばしいからな」
それが精霊族でも魔王には関係ない。
常に強者を求めている異世界最強にとって、魔界層の魔族だろうと地上層の精霊族であろうと強者は歓迎。
天地戦以前に根っからの戦闘狂だから。
この先いつか地上層の敵になる時が来るとも知らず、ロイズやドニはすっかり魔王を慕っている。
二人は冒険者だから天地戦が始まれば恐らく魔物討伐の方に駆り出されるだろう。
自分たちがいま親しく話している相手が精霊族最大の敵と知らないまま、勇者たちに命を預けて魔物と戦うことになる。
「シン?訓練しないのか?」
「する。団体戦でどう戦うかを考えてた」
「やっぱ水魔法を中心にするのか?」
「うーん。まあ一番安全なのは水魔法だけど」
ブーツの紐を結びながら考えごとをしていてドニから声をかけられ、そう誤魔化して紐を結ぶ。
「各地を代表する者たちなのであれば上級レベルの魔法を扱う魔法士も出てくるんじゃないのか?」
「もちろん魔導師レベルの人も出てくると思いますけど、それでもシンの魔法レベルに適うかどうか。俺たちもシンがどの属性をどのくらいのレベルで使えるのか知らないですし」
ドニが説明すると魔王は少し考える素振りを見せる。
「仲間に見せていないのか」
「言われてみれば全部は見せてない」
「教えてはまずいのか?対象操作が使えないならお前に背を向け戦うことになる前衛は知っておいた方がいいと思うが」
「今まで刀が中心で訓練をしてたから見せる機会がなかっただけで隠してる訳じゃない。一通り見せておくか」
隠していた訳じゃなくて使う機会がなかっただけ。
相手が魔法で攻撃をしてきたら反対の属性で打ち消したり闇魔法で無効化するけど、自分から攻撃する時は火魔法で事足りてしまうことが多いから。
「先に口で説明しとくと全属性の上級魔法が使える」
「「七属性全部!?」」
「うん。俺が扱えないのは術式だけだ」
全属性が使えることを教えるとロイズとドニに驚かれる。
正確には魔属性も合わせて十三属性だけど。
「念のため障壁をはってやろう」
「ありがとう。みんなは障壁の向こう側に居てくれ」
訓練棟はもちろん四人に万が一のことがないよう魔王が障壁をはってくれた向こう側に行って貰う。
「火と聖属性はいいよな。その二つは何度も見たことあるし」
「うん」
魔法は属性レベル+魔力値+魔力量+想像力で変わる。
上級魔法にも一応『このレベルに到達したらこの魔法が使える』というように基本の種類はあるものの、実際には自分の想像力や能力値次第で様々な形を作れてしまう。
逆を返せば、能力値が同じ二人でも想像力に乏しい人と想像力が豊かな人では威力や範囲に大きな違いが出る。
例えば同じ火炎をイメージしても想像力が乏しい術者と想像力豊かな術者とでは熱さも範囲(大きさ)も違うものになるから、作りたい魔法(形)の明確なイメージをすることが大切。
エミーが最初の訓練でマッチや松明というように具体的な火の種類を指定したのはそのため。
威力が変わるのはもちろん、初心者は上手くイメージができないと魔力が暴走してしまうから。
「じゃあ水属性上級の氷から」
最初に作ったのは氷塊。
空に浮かんでいる数メートルはある鋭利な氷塊を落下させて地面に突き立てる。
「次は雷属性の落雷」
水属性は上級で『氷』が扱えて聖属性は『光』を扱える。
その二つ以外の属性は威力が変わるだけ。
複合魔法は今回の大会では禁じられてるから雷属性単体で落雷を氷塊に落とすと粉々に割れて飛び散った。
「危な!怖!」
「障壁があるのにビビった!」
「大丈夫。フラウエルの障壁を突き抜けることはないから」
「さすが賢者さま。障壁も頑丈」
「特殊恩恵が発動している時であれば割れるがな」
『シン(さま)だ(です)から』
それを合言葉にするのは辞めて欲しい。
それに救われてなあなあにして貰えることも多いんだけど。
「風は竜巻」
風の威力をあげた竜巻。
前段階の『嵐』は風が強くて障壁をかけないと立っていられない状態になるけど、竜巻は巻き上げるから高レベルの物魔障壁をかけないと服も皮膚も切れるし体も吹き飛ばされる。
「次は時空間属性の箱」
時空(間)属性は時間や空間に関わる魔法。
異空間や転移などがこの属性。
自分で作り出した巨大な竜巻を時空魔法で作った四角い箱(空間)に閉じ込める。
「最後は闇属性の無効化」
最後に竜巻を閉じ込めた四角い箱(空間)を縮小させ手のひらサイズにして握り潰(無効化)した。
「……もしかして加減してこれだったりします?」
「ああ。本気を出せば威力も範囲も数倍になる。今の威力は俺と手合わせしている時の半分以下の力しか出していない」
「やっぱり。連発したのに涼しい顔してると思えば」
ロイズは魔王の返事を聞いて真顔で俺を見る。
暇を持て余した神々に遊ばれているだけで、俺本人はこんな人生ハードモードになる力は要らなかったんだけど。
「やっぱ俺はお前が勇者としか思えない」
「あ。また勇者熱に火がついた」
「だってこんなにも強いんだぞ?勇者さまはこれ以上に強いって言うのか?本物の勇者さまを近くで見たことがないけど、シンよりも英雄の風格があるのか?」
勇者馬鹿のドニに火がつきロイズが宥める。
「現時点では夕凪真の方が勇者よりも強いだろう。だが天地戦においては特殊恩恵を発動した夕凪真でも覚醒した勇者には敵わない。勇者の特殊恩恵がある者が唯一魔王を倒せる強者だ」
そう話しながら魔王は障壁を解く。
自分を倒す力のある者を求めている異世界最強。
勇者の覚醒を一番待ち望んでいるのは魔王だ。
「同じ異世界人として召喚されたけど俺の特殊恩恵だけは勇者や一行の四人とは全く関係ないものだった。それなのにどうして俺まで召喚されたのかいまだに分からないけど、ドニが子供の頃から憧れてたこの世界を救える勇者じゃないことは確か」
俺以外の四人の特殊恩恵には勇者がついていた。
でも俺の特殊恩恵は〝遊び人〟で勇者のゆの字もない。
勇者召喚を行った魔導師のミスなのか、暇を持て余した神々が遊べる異世界人を望んだのか、それともなにか他の意味があって召喚されたのか、真実は分からないけど。
「私はシンさまが勇者でなくて良かったと思っています」
「私もです。もしシンさまが勇者であれば、私たちの主になってくださることもお仕えすることもできませんでした」
そう話すベルとエドにドニは溜息をつく。
「それは俺も分かってる。シンが勇者だったら本物の勇者さまと同じように勇者宿舎で生活してただろうから、こうして気軽に話してくれることも一緒に武闘大会に出ることもなかった。でも俺にとってシンは初めて自分の剣と命をかけてもいいと思えた人なんだ。憧れてた勇者そのものなんだ」
勇者じゃないと分かっているけど考えを捨てきれない。
多分ドニはそういう心境を抱えているんだろう。
「勇者でないと駄目なのか?」
「駄目というと?」
「憧れていた勇者そのものの存在が現れたというのに特殊恩恵が勇者ではなかったというだけで剣と命をかけられなくなるのか?そうであればお前が憧れていたのは特殊恩恵に勇者と付く人物だ。本物の勇者に剣と命を捧げればいい」
魔王から言われてドニは地面に視線をおろす。
本物の勇者に捧げたくても出来ない事情もあるんだけど。
「たしかにシンが勇者だったらとは今でも思います。ただそれはそう思える人が勇者だったら良かったのにって思うんであって、本物の勇者に剣と命をかけようとは思いません。この先いつか俺が剣と命をかける時があれば迷わずシンにかけます」
顔をあげてハッキリと答えたドニに魔王はくすりと笑う。
「そうか。尤も夕凪真はそれを望まないだろうがな。むしろ自らの身命を賭してお前たちを救おうとするだろう」
うん、望まない。
俺に剣や命をかけるような状況になったなら自分がどうすれば生き残れるかを考えて欲しい。
「一般国民の俺たちは強い人として習った程度で詳しくないんですけど、覚醒した勇者さまはそんなに強いんですか?」
「魔王と戦える者が弱いはずはないだろう?」
「そうですよね。でも勇者さま方は俺たち一般国民とは全く関わりがないだけに強さが漠然としてるんです。シンの強さは俺たちも知ってるから、勇者さまはシンよりも強いのかってドニが思うのも少し分かるんです。精霊族のために戦おうとしてくれてる方に申し訳ないとは思いますけど」
勇者が国民と関わりがないことは事実。
毎日座学や実戦訓練をしていて忙しいというのもあるけど、何より人前に出ると命を狙われる可能性があるからヒカルたち勇者一行は訓練以外の時間を勇者宿舎で過ごしている。
「お前たちがそう思うのも分からなくはない。勇者とは別に夕凪真の存在が特異であることは確かだ。本来ならば異世界から召喚されるのは勇者の特殊恩恵を持つことが出来る才を持つ者のみ。それにも関わらず勇者ではない夕凪真も召喚されて異世界人特有の強大な力を持っている。少なくとも俺が知る限りでは勇者以外に異世界から来た者は居ない」
寿命が長い魔族は人族より昔の知識も残っているはず。
まして魔王ともなれば魔族はもちろん人族のことも伝え聞いているだろうから、学んだ長い歴史の中に俺みたいな異世界人は現れなかったんだろう。
「魔導師が召喚に失敗したって可能性は?」
「失敗したのであれば勇者も召喚されていない」
「偶然勇者たちの召喚に巻き込まれたとか」
「言ったように召喚できるのは勇者だけだ。仮にお前がその時勇者の隣に居ようとも一緒に召喚されてしまうことはない」
それならどうして俺は召喚されたのか。
ユニークスキルは持ってたけど勇者とは関係ないのに。
「神の悪戯か、勇者とは別の宿命があるのか」
「どっちにしても勘弁して欲しい。最初から勇者にはなりたくなかったし、人生イージーモードで生きたかったのに」
無双はしたいけど勇者にはなりたくない。
それよりも同伴の約束をしていた太客との時間に遅れるのが嫌でさっさと帰りたかった。
ヒカルたちが一緒に召喚されてなければ知らない世界のために命をかけるなんて冗談じゃないって口にしたと思う。
本当に命をかけなくてはいけない勇者が一緒に居たから言わなかっただけで。
「そうは言いつつ無茶を愛するのがお前だろう?」
「したくてしてる訳じゃないって」
「どうだろうな」
「本当に!」
力説する俺と軽く流す魔王に四人は笑う。
「お前にとっては不本意な召喚だったろうが、少なくともここに居る者たちはお前に会えて良かったと思っているはずだ。無茶をすることを止められないのがお前の性格だというなら俺も出来る限り手を貸そう。俺の居ない場所では死ぬな」
また真顔でそんなことを。
いい意味でも悪い意味でも正直でまっすぐな魔王だけに紡ぐ言葉もストレート。
「シンさまのことは私たちもお護りします」
「我々の大切な主ですので」
そう言って俺に寄り添うベルとエドを見て魔王は口許を笑みで歪ませる。
「口先だけで大切なものは護れない。本当に護りたいのであればもっと強くなれ。そのためなら幾らでも鍛えてやろう」
「「お願いします」」
魔王が異世界最強だというのは事実。
例え将来の敵ではあってもそれは認めてエドとベルは魔王に頭を下げた。
「俺たちもお願いします」
「俺も。最近の訓練で行き詰まってて」
「いいだろう。夕凪真が魔法の訓練をしている間は俺が鍛えてやろう。一太刀でも当てられるようになってみろ」
それはさすがに無理だと思う( ˙-˙ )スンッ
でもみんながいいコーチを得てやる気になってるのは有難い。
「俺は魔力を制御する訓練をするから先にみんなへ防御魔法をかけとくけど回復で回復できる範囲にしてくれよ?」
「ああ。それとこれを置いておこう」
「水晶?」
四人に防御魔法をかけてる間に魔王は腕輪から水晶を外して手のひらに握りこむ。
「え?物魔障壁?」
「石に俺の障壁魔法を封じた。これでお前もこの者たちを気にせず制御訓練ができるだろう?」
「さすが賢者さま。アイテム付与もできるんですね」
「これは一時的に魔法を封じただけだ。魔力譲渡のできる者しかできないが、俺がお前たちに集中していてもこの中の魔力が尽きるか解除するまでは障壁が解けることはない」
魔王がコロンと地面に転がした水晶にみんな興味津々。
術式と違って魔力譲渡できる人(=賢者と魔王)にしかできないらしいけど、俺も水晶があればできるんだろうか。
もしかしたら魔族の力も必要なのかも知れないから後でみんなの居ない時に訊くことにした。
「よし。俺も制御訓練を頑張る」
「訓練内容が強化じゃなくて制御って辺りがもうな」
「シンだから」
「シンさまですので」
「シンさまですから」
ロイズの言葉を待っていたように合言葉を言われて苦笑した。
少し離れた場所で魔王から訓練を受けているみんなとは別に、俺は一人で魔力を制御をする訓練に入る。
魔力制御は毎日練習してるしある程度は自然に制御されてるんだけど、魔王のように感知しようとしても出来ないくらいに抑えるのは難しい。
というより常人には無理。
高レベルの感知を使えるエミーが見ても最大限まで制御した魔王は魔力がない人族にしか見えないらしい。
俺の場合は制御しても魔力量が多いことがバレバレ。
自然に制御されてるから(多分特殊恩恵の効果らしい)周りに魔力酔いをさせずに済んでるけど、魔法の威力を抑えるためにも魔力制御は必須。
座って心を落ち着かせて制御することに集中する。
エミーのような賢者はこんなことをしなくても瞬時に解放したり制御したりできるんだから凄い。
この異世界に来て一年ほどの俺はまだまだ素人だ。
「苦戦しているようだな」
「あ、ごめん。来てたの気付かなかった。みんなは?」
「休憩させている。バテたんでな」
集中していて気付かず魔王の声でハッと顔をあげる。
「普段どうやって魔力を制御しているんだ?」
「訓練ではギュッと抑え込むイメージ。ただ俺の場合は特殊恩恵の効果もありそうってエミーが言ってた。召喚された時から魔力酔いをさせないくらいには自然に制御されてたらしい」
「やはり謎の多い特殊恩恵だな」
魔王は俺を見下ろしながら呟くと口許に手を当てて考える仕草を見せる。
「今のお前は感知能力のある者が見れば魔力持ちであることが分かる。不必要な魔力を使わないためというのはもちろん、魔力を好む魔物から身を守るためにも制御できた方がいい」
「え?魔物って魔力を好むのか?」
「正確には魔力を感じとる能力が優れている。魔力を垂れ流すことはここに居ると教えてやってるようなものだ。逆に弱い魔物は魔力が強い者を恐れて近寄って来ない。俺が狩りをする時には雑魚が寄って来ないようある程度の魔力を解放している」
全然知らなかった。
俺は座学もなく実戦から入ったから知識が足りていない。
上手く解放と制御を使い分けることが出来るようになれば魔王のように対峙する相手(魔物)の強さを絞れるようになると。
「俺から一つ糸口をやろう。さきほどお前がやって見せた魔法の中で魔力制御に最適な心象と繋がるものがあった」
「本当に?えっと、俺がやって見せたのは……」
水(氷)・雷・風・時空・闇。
その中で魔力制御のイメージと繋がるのは……。
「時空魔法か!」
「ああ。空間を箱状にして縮小させるとは俺にも思い浮かばなかった使い方だ。あれができるなら魔力制御もできるだろう」
「なるほど。魔力を抑えるって曖昧なイメージよりも魔力を縮小するイメージの方が分かりやすい。早速やってみる」
魔力を抑えるイメージというと曖昧。
地面に押し付けるイメージや手で包み込むイメージで試行錯誤してたけど、魔力を箱に閉じ込めて縮小させる方がイメージしやすい。
「まずは魔力を箱に閉じ込めて……」
時空間魔法のように魔力を四角い箱に閉じ込めるイメージ。
閉じ込めたら四角い箱を徐々に小さく。
「待て!」
「へ?」
イメージしている最中に魔王の声がして瞼をあげると、いつの間に魔力を解放したのか大きくなっている魔王が居た。
「どこまでやる気だ!」
「〇□△」
……!?
呂律が回らず驚くと同時に地面へ後ろ向きに倒れる。
「……!?……!?」
起き上がろうと動かした手は小さい。
体も思うように動かせない。
もしかして……赤ちゃんになってる!?
「「シンさま!?」」
「シン!……だよな!?」
「なんで赤ん坊に!?」
俺の様子に気付いたらしく走って来た四人。
起き上がろうともがいても自分の服が重く感じる。
「まさかここまで制御できるとは。それだけお前の想像力が豊かということの証明でもあるが」
そう言いながら魔王はバタバタもがく俺を抱き上げる。
俺にもまさか以外の何物でもない。
「魔力制御でこうなったのですか?」
「さきほど使っていた時空魔法の箱と縮小が魔力制御の訓練に最適だと糸口をやったらあっという間に赤子の姿に」
「これはさすがシンさまと言っていいのか……」
魔王から事情を聞いて赤ちゃんになっている俺を見たベル。
「……私にも少し抱かせていただけますか?」
「ああ」
「赤子のシンさま……愛らしい」
おいっ!
いや、やっぱ役得。
胸に飼ったぷよんぷよんのスライム(比喩)の感触はラブリーな赤ちゃんの姿にならなければ味わえなかっただろう(ゲス)。
「裸だと風邪ひく」
「そうでした。でも赤子の服は」
「俺のローブを貸そう」
着るものを探してるのかキョロキョロするドニとベル。
魔王は自分が着ていたローブを脱いでベルが腕に抱いている俺の上にかけた。
あの……みんな冗談でやってる?
制御した魔力を解放すればすぐ戻れるんだけど。
ロイズとエドはそれに気付いているらしく三人の様子を見て俺に苦笑する。
「どうだ?そこまで抑えて体は辛くないか?」
言葉を喋れないから首を縦に振って答える。
動かせたということは少なくとも首は座ってるようだ。
「今日はこのまま赤子の姿を維持しろ。明日からは子供の姿まで抑える訓練を続ければ瞬時に制御できるようになるだろう」
あ、魔王もすぐに戻れることは分かってたんですね。
天然気味のベルとドニのように気付いてないのかと思ったら。
「長時間この姿を維持できればいい制御訓練になる。夕凪真は寝かせてお前たちも訓練の続きをしよう」
「寝床が必要ですね」
「みんなのローブを敷いた上に寝かせるか」
「そういうことでしたら寝かせる前にリフレッシュを」
「フラウエルさんのローブだけはこのまま着せておこう」
すまんな、みんな。
手間をかけて。
ベルに抱かれたまま寝床を準備してくれるみんなを見て心の中で礼を言った。
重ねたローブに俺を寝かせてみんなは訓練に戻る。
よし、俺も制御したまま筋トレでもするか。
と言っても赤ちゃんの姿で出来る筋トレなど知れてるけど。
手を上げて握力を鍛える筋トレ。
自分の手だけど小さくて怖い。
しばらく繰り返しているとあっという間に手が疲れる。
中身は大人だけど体はしっかり退化しているようだ。
子供の姿になってるエミーがそれでも強いのはきっと血の滲むような訓練を繰り返してきたからなんだろう。
俺も負けられない。
次は筋トレの特訓。
フルチ(自主規制)で何をやってるのかと自分でも思うけど、ベルが股間の下までローブのボタンを止めてくれたから可愛くなった息子がモロ出することはないだろう。
「ふーっ!……うーっ!」
……獣か!
力んで漏れる声が獣(小動物)の唸り声っぽくて思わずセルフツッコミをする。
「制御して動いていても戻らないか。箱のイメージはよほどお前に向いていたようだな」
頑張ってようやく寝返りを打てたあと戻れなくなってパタパタもがいていると背後からヒョイと持ち上げられる。
「あーうあ(訳:ありがとう)」
「トイレか?」
「あーう(訳:違う)」
首を横に振ってトイレを我慢してる訳じゃないことは理解して貰えたけど、何を言ったのかは当然理解して貰えていない。
みんなはどうしたのかと見れば瞑想中。
魔法で戦うにも武器で戦うにも集中力は重要。
俺も最初の頃は集中力を鍛えるため何時間も座らされていた。
しかも途中でエミーが邪魔をしてくるオマケ付きで。
「赤子になったら途端に可愛くなったな」
「あうあ(訳:見んな)」
腕に抱いてローブをチラと捲ってモノを確認される。
そりゃ赤ちゃんに大人サイズのモノがついてたら事件だろう。
赤ちゃんだからこそフルチ(自主規制)でも許される。
「いつかお前とこうして子を抱けるといいが」
それが叶うのは魔王が勇者に勝ったら。
当然来る未来のように考えて今を生きているけど、実際には魔王と俺が魔界層で暮らす未来は来ないかも知れない。
俺はヒカルたちに負けて欲しくない。
同時に魔王にも負けて欲しくない。
どちらも失いたくないことは今でも変わらない。
なあ、フラウエル。
もしお前が勇者に負けて滅ぶ日が来たら俺は……
「動いて眠くなったか?赤子の内はよく寝るからな。しばらくは瞑想が続くから寝ているといい」
寝かしつける手の動きが心地好い。
半身だからか体が赤ちゃんだからか本当に眠くなってきた。
自分が好むこと以外のものには表情が乏しい奴だけど案外いい父親になりそう。
そう思いながら眠りについた。
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そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。
ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが――
※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・)
※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・)
★追記
※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。
※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。
※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
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2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
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