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第七章 武闘大会(中編)
交流会
しおりを挟む「なんか人が少なくないか?」
「はい。空席が目立ちますね」
「急遽でしたので着付師が遅れているのでしょうか」
いつものように着付けをして貰って向かった二階フロア。
もう会食が始まる時間だというのに席についている代表騎士がいつもよりも少なくてエドやベルと首を傾げる。
「エルフ族の姿が少ない」
「ああ。言われてみれば」
全く居ない訳じゃないけどたしかにエルフ族の姿が少ない。
スタッフが引いた椅子に座りながらドニの言葉に納得する。
「もしかして今日の結果で反省して訓練してるとか?」
「そうなんだったら救いがあるけどな」
今日の現実で反省して訓練をしているなら代表騎士戦は多少まともな戦いになる……かも知れない。
いや、現実的に言えばもう手遅れだけど、頑張って戦うならまだ他の種族の選手も戦い甲斐があるだろう(多分)。
「着付が遅れてるんですか?」
「いえ。ルームサービスをご利用の騎士さまが多いです」
「ああ。部屋で食べるんですね。試合で疲れたのか」
グラスに水を注ぐスタッフから理由を聞いて、わざわざ着飾って会食に出席する気にならなかったのかと納得した。
「俺も今日は体を休めて明日訓練しようと思ってる」
「賛成。明日の朝からやった方が効率がいい」
「休める時に休んでおかないとな」
「主に疲れたのは精神的にですが」
「振り回されましたからね」
「このあとはまた他の会場で交流がございますので、少し呑んでぐっすりお休みになるのも手かと」
料理が運ばれてくるまで六人でこの後のことを話す。
部屋での飲酒は禁止されてるから、会食の後にある交流会(という名の呑み会)で少し呑んだら各自のタイミングで部屋に戻ろうという結論に至った。
今回も豪勢な会食を済ませて交流会へ。
恐らく会食の時よりも人数が減るだろうからみんなでゆっくり呑めそうだ……と思っていた自分が甘かった。
スタッフからグラスを受け取ってすぐ人集りに。
今までは貴族の男騎士(代表騎士は貴族家の息子やその関係者などが多い)が挨拶に来ることが多かったのに、今日は女騎士の割合が異常に高い。
「グラスが空いております。こちらをどうぞ」
「バルコニーでお話ししながら飲みませんか?」
「異世界のお話を聞かせてください」
なんなんだ今日は。
肉を目の前に置かれたライオンのように今にも飛びかかりそうな女騎士の群れはまるで目を血走らせた肉食獣の集い。
「誘ってくれたのに申し訳ないけど今日は」
「英雄!」
上目遣いで見あげてくる肉食獣たちに断りを入れようとしている最中に背後からビターンと特攻をかけられる。
「ああ……お美しい英雄の香りが醜い私の体内に……もっと私の中を英雄で満たして欲しい……」
この声と変態純度の高い台詞は。
「今日戦った代表騎士か」
「はい。本日の試合で痛みをいただいたカムリンです。貴方さまの肉奴隷のカムリンです」
「そんな約束は一切してない」
「私を見捨てないでくださいませ!生涯をかけて立派な肉奴隷になるとお誓いしますから!」
「そんなもの誓うな」
俺の背中にはりつく超絶変態に女騎士たちはドン引き。
ギラギラした女騎士に捕食されずに済んで助かったような、ただ新たな肉食獣が現れただけのような……。
「忠告いたします。今すぐシンさまから離れなさい。シンさまは私たちの主です。突然現れ先人の私たちに話も通さず奴隷契約を乞うなど許しません」
黒いベルがにょっきり。
背にはりついている超絶変態の肩を掴み黒い笑みを浮かべる。
「ベル落ち着いて」
「エドはいいの!?シンさまは私たちの主なのに!」
「多分勘違いしてるから。それ」
「勘違い!?」
俺とロイズとドニは珍しいベルの姿にポカン。
どうしてプンスコしてるのかと思っていたけど宥めるエドの話で理解できた。
「肉奴隷って聞いて契約を強請ってると勘違いしたのか」
「多分そうだと思う」
「知らない言葉だったんだろうな」
肉奴隷=性奴隷。
女騎士が言ったのはあくまでベッドの中の話(性的な主従関係)で奴隷契約を強請った訳じゃないんだけど、ベルは肉奴隷の言葉を知らず“奴隷=奴隷契約”と勘違いしたんだろう。
「彼女のお怒りは私の所為ですか?」
『うん』
背中から離れて見上げる女騎士に三人で大きく頷く。
「その怒りを私の身体に全力でぶつけてくださいませ!」
「いや、そうじゃない」
「息が荒い」
頬を高揚させベルに詰め寄ろうとする女騎士をロイズとドニが肩を掴んで止める。
「ご安心を。奴隷契約を望んでいる訳ではありません」
「……そうなのですか?でも奴隷って」
「肉奴隷というのは〇〇とか〇〇とか」
「変なこと教えるな!」
ハアハアしながらプレイ内容を説明する女騎士に慌てたドニがベルの両耳を塞ぐ。
キョトンとするベルや慌てるドニやハアハアしている女騎士を見ていて堪えきれず笑い声が洩れた。
「みなさま。どうかなさったのですか?」
「いや。戯れてただけだから安心してくれ」
「そうでしたか。何かあったのかと」
明日の訓練室の予約を取りに行っていたルネが走って来て、騒ぎ(ある意味騒ぎで間違ってないけど)になっていた訳じゃないことを説明する。
「あ。付添人が捜してるぞ?」
「ブラス!私ここです!ここ!」
人集り(ドン引きの女騎士たち)の向こうに試合の時に会った付添人の姿が見え、キョロキョロ辺りを見渡しているのを見て捜しているのかと気付いて超絶変態に教える。
「カムリン!一人で先に」
ドン引きの女騎士たちにペコペコと頭を下げながらかき分けて姿を見せた付添人は俺と目が合うと口を結び硬直する。
「ま、まさかまた英雄にご迷惑を」
「生涯肉奴隷宣言されただけ」
「も、申し訳ございません!ああ!王都代表のみなさままで!申し訳ございません!本当に申し訳ございません!」
みんなにもペコペコ頭を下げる付添人の男。
さすが超絶変態の付添人。
本人には不本意だろうけど謝り慣れてる。
「試合に引き続きご迷惑をおかけしました!」
「迷惑だとは思ってない。試合は戦い甲斐があったし、俺の称号目当てじゃないことがハッキリしてるから気が楽だ」
みんなに謝ったあとまた俺に深々と謝る付添人に笑う。
他の女騎士が求めてるのは英雄称号持ちの俺だろうけど、超絶変態が求めているのは見返りや虐げられること。
媚を売る他の女騎士よりよほどいい。
「それは肉奴隷にしていただけると受け取っても」
「それはない」
「容赦ない拒絶も快感」
本当に変わった奴だ。
面白いからいいんだけど。
「仲間の代表騎士は?」
「他の四人は二回戦に備えて訓練室へ」
「真面目。じゃあ俺たちと少し呑まないか?」
「王都代表のみなさまとですか!?」
「俺たちも今日は少し呑んだら休むつもりだから長居はしないけど、二人にこの後の予定がなければ」
超絶変態がドン引きさせてくれたお蔭で女騎士から捕食されずに済んだし、戦った相手と呑むのも悪くない。
「よろしいのでしょうか。ご一緒させていただいても」
「俺はいいですよ?断る理由もないですから」
「俺も」
「シンさまがよろしいのでしたら」
緊張しながら訊く付添人にロイズとドニとエドが答える。
「ベルは?」
「シンさまのご判断にお任せいたします」
肉奴隷は奴隷契約の話じゃないことを理解したからか(※肉奴隷が何かは理解してない)ベルもすんなり答える。
「カムリン。どうしたい?」
「ご一緒させていただけるなら光栄です」
「ではお言葉に甘えて」
「決まり」
自分だけで判断せず代表騎士に確認する辺りしっかりした付添人だ。
「バルコニー席の方が落ち着けるかと」
「そうするか」
「準備をお願いして来ますので席でお待ちください」
「ありがとう」
王都代表の付添人も優秀。
後でブツブツ言われないよう集まっていた女騎士には軽く断りを入れ、会場を抜けてバルコニーに出た。
「はぁ。なんか疲れた」
「そういう時こそ私が人間椅子に」
「ならなくていいから座れ。付添人も好きな所に」
「ありがとうございます」
「シンさまはこちらへ」
「うん」
人間椅子になろうとする変態を止めてエドに誘導された奥側の位置に俺が座ったのを見届けたみんなもソファに座る。
「予想してた通りになったな」
「なにが?」
「女騎士たちの距離感。今まではシンのところに女騎士が挨拶に来ても男の代表騎士や付添人が一緒だったのに」
「ああ、それか。予想以上に囲まれて驚いた」
ロイズとそう話して苦笑する。
会場に移動してすぐ人集りになるほど集まってくるとは思わなかった。
「畏れ多くて話しかけられなかった方も多いと思います。私も常々どうすれば痛みをいただけるかとタイミングを狙ってはいましたけど、今日までは近づく勇気が持てませんでしたから」
「今日まで勇気がなかった奴の行動がアレか」
「脚を掴まれて堪えていた愛が溢れてしまいました」
「それ、溢れたのは愛じゃなくて性癖だ」
なぜか照れる変態。
色んな意味でメンタル最強。
「まあ英雄称号を持つ奴には近寄り難いっていうのは分かる。もし俺が逆の立場なら下手に近づかないだろうし」
もし俺が逆の立場なら極力接触は避ける。
怒らせたら面倒なことになりそうだし、関わらなくて済むならわざわざ近付かない。
「一度話せば話し易い奴だって分かるけど、称号がな」
「うん。ただ本来なら近寄り難い方が普通なんだと思う。一般国民の俺たちと対等に話すシンが変わり者なだけで」
「爵位や称号を貰っても中身までは変わらない。御大層なものを与えられたってことは分かってるけど、肩書きで威張ったところで所詮中身はクズの俺のままだからな」
クズが立派な爵位や称号を貰おうと中身はクズのまま。
幾らご立派なものを貰ったからって中身までもご立派にはならないし、所詮は表面を着飾ったにすぎない。
「シンさまはクズなどではありません」
「英雄であり、我々がお慕いする唯一無二の主です」
「ありがとう」
左右に座っているベルとエドの頭を撫でる。
この二人は例え俺が一文無しになってドン底まで落ちぶれようとも変わらず傍に居てくれる気がする。
もちろん二人に苦労させるつもりはないけど。
「シン殿。支度をお願いしてきました」
「ありがとう。ルネも座って飲もう」
「はい。それと人払いするそうです」
「人払い?」
「諦めきれず追いかけて来たご婦人方が居るようで、こちら側へは来れないよう仕切りをするそうです」
スタッフに飲食の用意を頼んで戻ってきたルネはそう話すと、変態女騎士の付添人に「お隣失礼します」と声をかけて座る。
「外で飲みたい人に迷惑がかかりそうだけど」
「半面は空いております。バルコニー席はスタッフが少ないですから警備面を考えると致し方ないかと」
「ああ、警備の問題か」
たしかにバルコニーはスタッフの数が少ない。
殆どの人は会場内で呑むから少ないのも当然だけど。
「たまたまバルコニーで飲もうとしたんじゃないのか?俺たちを追いかけて来たのかは分からないだろ」
「ご婦人方が集団で来て英雄はどちらの席に居るのかと訊かれれば、スタッフも分からないはずがありません」
「なるほど。納得した」
俺が選んだ席はバルコニーの一番奥。
人目に付き難い席だから見つけられず訊いたんだろう。
ロザリアと呑んだ時も目立たないようこの席に座った。
「断っても追いかけてくるって凄い執念」
「困りましたね。今日だけで済めばいいですが」
「あんま酷いようなら会食以外は出ないことにする。他の代表騎士やスタッフにまで迷惑かけたくないから」
「試合後の酒くらいゆっくり呑ませてやればいいのに」
「そこまでしてしまう人はもう自分の欲望を叶えることしか考えていないのだと思います」
そう話して五人で溜息をつく。
俺が参加して他の人に迷惑がかかるなら参加しない方がいい。
「私も英雄のお姿を見つけて抱きついてしまいましたから欲に関しては人のことを言えませんね。すみません」
「知り合いから抱きつかれるくらい俺にとって戯れの範疇だ。それは別に構わないんだけど、周りのスタッフや代表騎士に迷惑がかかるような行動をされたら困る」
俺が囲まれるだけならいい。
それは俺が気を付ければ済む話だから。
ただ、スタッフが困るような迷惑行為や他の領地の代表騎士が不快に思うような行為だけは辞めて貰いたい。
「英雄に憧れている者は獣人族にも多いです。先程の代表騎士の中には居ないようですが」
「そういえば見かけなかったかも。って言うか交流会で獣人族に話しかけられたことがなかった気がする」
付添人に言われて気付いたけど交流会で話しかけてくるのは主に人族の貴族(貴族関係者含む)で、エルフ族はたまに居たけど獣人族は居なかった。
「歌姫が獣人族だろ」
「あ、そっか。でもロザリアは最初俺が英雄だって気付かずに酒が目当てで話しかけてきたんだけど」
「酒目当て?」
「あの日も人目に付き難いこの席に座ったんだけど、スタッフが気を使って一人じゃ飲みきれない量の色んな酒を用意してくれたんだ。それを見て余りそうなら頂戴って話しかけてきた」
疑問符をあげたドニにあの日のことを話す。
「好みの子だったから誘ったのかと思ってた」
「違うし。あの日はそんな心境にもなれなかった」
「それもそうか」
ロザリアと会った日はジャンヌのことで目一杯。
腹が立ってたから一人で頭を冷やす為にバルコニーへ出て来ただけで、好みの子もなにも考えられる精神状態じゃなかった。
「英雄から誘うこともあるのですか?」
「それはもちろ……あれ?ないな。自分から誘ったこと」
超絶変態から訊かれてふと思えば、俺から声をかけてどうこうなったことがなかったことに気付く。
「やはりそうですか。お美しい方ですから誘わずともお相手の方から近付いて来るのではと思って」
「そうなのです。シンさまは老若男女種族問わず人を惹きつける素晴らしい方なのです」
「お優しく美しく心身ともに鍛えあげた立派な方ですからね」
「ええ。その通りです」
そんな過大評価で意気投合されても。
分かりやすくバッサバサ揺れているエドとベルの尻尾と超絶変態のピルピル動く耳。……モフりたい(モフり欲発動)。
「お二人とも英雄と契約を結んでいるのですか?」
「「はい」」
「エドとベルは元々俺の専属執事と女給として国が用意してくれた使用人なんだ。そのあと獣人族の境遇を聞いて主が居れば二人が安全に暮らせるならって思って契約したけど、今は主従関係って言うより家族みたいな存在」
契約を結んだ主従関係なだけじゃなく大切な家族。
例え血は繋がっていなくても血の繋がり以上の何かがあると俺は思っている。
「獣人が専属で仕えることも異例ですが家族とは。みなさま仲がよろしいですし、王都は獣人に対して寛大なのですね」
「それは違います。シンさまたちの方が特殊です」
「夢を砕くようで申し訳ないですが、王都でも獣人は姿を偽り暮らしています。私とベルは幸いにもシンさまがありのままの姿を愛してくださいますので隠しておりませんが、やはり獣人族は奴隷と考えている方が大半です」
残念ながらエドの言う通り。
俺の周りに居る人たちがエドやベルを受け入れているというだけで、王都全体で考えれば獣人族と距離を置く人の方が圧倒的に多い。
「人族の国の王都代表なのに二人が姿を隠してないのは獣人族の環境を変えたかったから。国が法律を作ろうと国民の考えまでは変えられない。獣人は奴隷なんかじゃないってところを見て貰うために二人は優勝を目指してる」
圧倒的に多いからこその行動。
人族の俺たちと肩を並べて共存しているところや獣人の実力を直接見て貰うことで、少しでも多くの人に考えを改めて貰えたらと思う。
「英雄には到底敵いませんでしたが私も同じ考えで大会に参加しました。集落にこもっていても状況は変わりません。獣人族はもっと前に出て活躍するべきです。本当に理解して貰いたいのならまず自分たちが行動で示さないと」
そう話す超絶変態に口元は緩む。
エドとベルの他にも行動で示そうとしている獣人が居ることが知れただけでも武闘大会に参加して良かった。
「今後はカムリンって呼んでもいいか?」
「え?光栄ですが、急ですね」
大きく首を傾げるカムリンに少し笑う。
前向きな奴は嫌いじゃない。
変態なのは確かだけど、ただの変態ではないようだから。
「もしや肉奴隷にしていただけるのですか?」
「違う。ハッと気付いたような仕草するな」
カムリンと俺の会話にロイズとドニは吹き出して笑う。
どれだけ肉奴隷になりたいんだ。
「談笑中失礼します。ご用意させていただきます」
「お願いします」
酒や果物を載せたカートを押して来たスタッフ二人。
前回用意して貰った時より人数が多いとは言え、それでも種類が多い。
「あ。こちらに人が来ないよう対策してくれたらしいですね。手間をとらせてすみません。ありがとうございます」
「もったいないお言葉をありがとうございます。英雄に関しては大会前から想定していたことですので、どうぞ私どもスタッフにはお気遣いなくごゆっくりお過ごしください」
「ありがとうございます。助かります」
丁寧に頭を下げる二人に頭を下げて返す。
事前に騒ぎが予想ができるほど英雄は地上層の人にとって大きな意味のある称号なんだろう。
英雄でさえこれなんだから、この世界の命運を握った勇者が国をあげて歓迎されるのも納得。
「もう追いかけてくる方は居なくなりましたか?」
「いえ。まだおられますが、仕切りの前にスタッフを数名配置してお断りしておりますのでご安心ください」
「まだ居ますか。それなら付添人の私がお断りを」
「お待ちください」
まだ追いかけている人が居るのを聞いたルネは自分が行こうとして止められる。
「代表騎士のみなさまが寛げる環境を作るのは我々宿舎スタッフの仕事です。先程も申し上げましたようにこうなることは想定しておりましたので事前に対策は考えております。どうぞここは我々スタッフに一任していただけませんか?」
「分かりました。指揮を乱そうとして申し訳ありません」
「いえ。お心遣い感謝いたします」
ルネも付添人として対応をしないとと考えたんだろう。
スタッフもルネも俺たちにゆっくり寛ぐ環境を用意してくれようとしてるんだからありがたい。
「ごゆっくりお過ごしください」
『ありがとうございます』
テーブルに数種の酒や果物を準備して頭を下げるスタッフ二人に俺たちもお礼の言葉を返した。
「女性がつい英雄を追いかけてしまうのも分かる気がします。お強いのはもちろんですが容姿も美しければ性格もいいのですから。何かイマイチな部分があればここまで執拗に追いかけられることはなかったかも知れませんね」
「言えてる。予想の斜め上をいく変わり者だけど種族や身分も関係なく平等に接してくるから話し易いし、容姿や実力も男から見ても羨ましいくらいに出来た奴だから」
カムリンとロイズはそう話しながら酒を作ってくれている付添人の二人を手伝う。
「お付き合いされてる方は居ないのですか?」
「居ない。ん?待った。返答に迷う」
「はい?」
カムリンから訊かれた質問に悩む。
付き合ってる人は居ないけど半身は居る。
魔族のいう半身は子供を作るために契約をした相手のことだから人族のいう恋人とは感覚が違う。
つまりお互い他に恋人が居たとしても関係ない。
半身は半身、恋人は恋人。
人族の感覚は魔族には当てはまらない。
「付き合ってる人って恋人ってことだよな?」
「え?はい。英雄の居た世界では違うのですか?」
「いや、俺の居た世界でも同じ」
頭の中がこんがらがってきた。
恋愛感情があって付き合い始めた人なら恋人に違いないけど、半身はあくまで契約上の相手だからややこしい。
「恋人って言える人は居ない。今後も恋人は作らない」
『えっ!?』
半身と恋人は別物と考え答えるとみんなに驚かれる。
「付き合ったり結婚したりしないのか!?」
「結婚はしてもいい」
「は!?」
訊いたドニだけじゃなくまたみんなから首を傾げられる。
「例えば俺の紋章を使って商売したい人とか何かに役立てたい人とか。もちろん権力を悪用しない人に限るけど、恋愛感情なしに紋章分けのための結婚ならアリかと思ってる」
エドが話していたパートナーとしての婚姻関係。
この異世界は一夫多妻制で俺の居た世界とは結婚に対しての価値観が違うようだから、紋章分けのためだけでいいのなら結婚しても構わない。
「貴族はたしかに政略結婚が多いらしいけど、第一夫人くらいはせめて好きな人にした方がいいんじゃないか?」
「俺はそもそも結婚に向いてない」
「向いてない?」
「婚姻関係を結べば必然的にお互いを束縛することになるし、自分一人の考えだけで行動する訳にいかなくなるだろ?それが無理。だからもし結婚するなら俺に恋愛感情を期待しない人で俺が居なくても生きて行ける人じゃないと無理だ」
結婚しなくていいならしない。
でも貴族には紋章分けという文化があって結婚しないといけないのなら、恋愛感情を期待せず自分で生きていける人がいい。
「自由でいたいってことか?」
「それもあるし、俺が人を幸せにできると思えない」
「もう幸せにしてるだろ。国民はお前に命を救われた」
「そういう幸せじゃなく恋人や旦那としてってこと。人を好きになることはあっても恋愛感情での愛にはならない。昔からそうなんだ。その辺の感情が俺には欠けてる」
理解できないらしくドニは複雑な表情で首を傾げる。
「簡単に言えば愛せないってことか」
「そんな感じ。例えばロイズやドニのことは友達として好きだし大事だ。エドとベルのことも家族みたいな存在として好きだし大切に思ってる。人に対してそういう好意は持てるけど恋愛となると上手くいかない。恋はできても愛にはならない」
ロイズの言うそれが正解。
パンセクシャルの俺は女限定じゃないけど、恋愛感情で人を愛することができない。
「今まで出会った女性がそこまで思える人ではなかったというだけのことではないですか?」
「どうかな。異世界に居た時は何人か付き合ったけど相手に問題はなかった。俺自身が駄目なんだ。愛せない」
俺には人を愛せない。
そう言われて別れを告げられた相手も居る。
たしかにその通りで、俺は恋人が何をしていようと咎めることはなかったし、誰と居ようと嫉妬したこともなかった。
「俺が束縛されるのが嫌だから相手のことも束縛しないんじゃなくて独占欲がない。恋人に執着心もなければ関係自体にも拘らない。だから恋人は作らないし、紋章分けのために結婚するなら子供が要らなくて俺が居なくても平気な人がいい」
紋章を分けて貰うためだけの存在でいい。
恋愛感情もなければ体の関係もなく、ただ紋章(権力)が必要なだけの人。
「子供も?お前の子供を望む人は多いだろうに」
「親同士は同意の上の関係でも、恋愛感情のない夫婦の間に産まれる子供が可哀想だろ?貴族家ではそれも普通なのかも知れないけど、俺は子供に関してだけは無責任に作りたくない。母親を愛してもない父親なんて要らないだろ」
俺はいつか魔界層に行ってしまうし既に魔王と子供を作る約束をしてるから、例え紋章分けのために結婚したとしてもその人と子供を設けるつもりはない。
「本来は恋愛も結婚も自由ですが、貴族となるとお世継ぎさまを求められるので難しいですね」
「うん。英雄称号は俺本人に与えられてる一代限りのもので世襲制じゃないからいいけど、爵位は家系で継いでいくものだから悩む。こう見えて一応伯爵なんだ」
「それは間違いなくお世継ぎ問題になりますね。伯爵ともなるとさすがに」
苦笑いするカムリンに苦笑いで返す。
俺本人は結婚する気や子供を設ける気がなくても、伯爵家として結婚や世継ぎをせっつかれる可能性は高い。
子供自体は魔王と設けるつもりだけど、その子供はあくまで魔族との子供であって人族の世継ぎではないから。
「ただ紋章分けをするだけでいいのでしたら望まぬ結婚をせずとも方法があるにはあるのですが」
「そんな方法があるのか?」
「はい。紋章分けする家系の誰かと養子縁組をするか、貴族同士であれば血判契約をすれば」
「血判契約?」
結婚するしか方法がないと思っていたけど、他に方法があると教えてくれたルネの聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「血判契約というのはこの紋章の主とこの紋章の主は強い繋がりがあると証明するものです。ただし一人が繋がりを持てば一族全てが紋章を掲げられる婚姻関係や養子縁組とは違って、血判契約は実際に契約を結んだ者だけしか掲げられません」
つまり血判契約を結べば相手も俺の紋章を掲げられるようになるから結婚しなくても紋章だけは分けることができるのか。
「養子縁組の場合だと俺の戸籍に入るってことだよな」
「はい。例えばですが、Mr.エドワードとMs.ベルティーユがシン殿と養子縁組をした場合、お二人も英雄伯爵家の者としてシン殿と同じ紋章を身につけることになります」
「そっか。血判契約だとただ紋章を分けるだけだけど、夫婦や養子になると伯爵家の一員ってことにもなるのか」
「はい。ですが養子縁組は幾つもの条件がありますし血判契約は一族にまで効果はないですから、英雄であるシン殿の価値の高い紋章分けを望む者は婚姻関係を狙ってくると思います」
生臭い話だけどたしかにそうか。
条件なしに一族丸ごと紋章を掲げられるようになるには婚姻関係を結んだ方が早いから。
「結局は結婚する気がないなら気をつけろってことだな」
「はい。貴族家では愛など無関係の政略結婚も珍しくないと肝に銘じて気をつけていただければ」
「了解」
行き着く結論は結局それ。
遊ぶ相手には気をつけろってこと。
ルネから忠告されて溜息をつく。
「爵位を持つのも大変ですね。私が英雄に近付く理由は見返りですから他の方とは少し目的が違いますが」
「少しじゃなくて大いに違うだろ。英雄称号の恩恵じゃなくて体に痛みをくれって言ってる変態なんだから」
「変態なんてそんな。ありがとうございます」
「いや、全然褒めてないけどな?」
ここまで目的のハッキリした変態を極められると逆に気を遣わずに済んで気が抜ける。
照れながら礼を言うカムリンにみんなで笑った。
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修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
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