ホスト異世界へ行く

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第七章 武闘大会(中編)

初戦前

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「ロザリア。手を貸してくれてありがとう」

会場に投げ込まれたゴミを片付けるために一旦入場口のある廊下に移動して、手を貸してくれたロザリアに声をかける。

「ううん。それより後先も考えずに話しかけてごめんね。知り合いなのがバレちゃった」

申し訳なさそうに謝るロザリアの隣に居る代表騎士。
ザコ虫に絡まれていたロザリアのところの女騎士だ。

「バレるとロザリアが困るんじゃなかったのか」
「私?私はなにも困らないよ?シンは英雄エローだから異性と親しくしてると思われたら困るかなって」

お互いにバレたら相手が困るかと考え気遣いあっていただけのようで、ケロっと言ったロザリアに笑う。

「俺も別に困らない。英雄エローだってただのヒトだ」
「ただのヒトは魔力で翼なんて作れないよ」
「まあそれは、うん。あんまそこは突っ込むな」

精霊族の中で魔力を使った翼を作れるのは俺だけ。
魔族でも魔力を使った翼を作れるのは上位クラスの魔族だけだと魔王が言っていたから珍しい存在なのは確か。
俺にも魔族が混ざってるからそれらしき能力があるのか、暇を持て余した神々が暇潰しで与えたのかは知らないけど。

「そんなことよりエドも礼が言いたいって」
Msミズ.ロザリア。お蔭さまで私も失格になることなく試合を続けられることになりました。感謝いたします」
「お礼なんて。同じ獣人としてあるじさまに命を捧げる強い覚悟に心をうたれてお節介をしてしまっただけです」

そう話すロザリアの隣で力強く頷く女騎士。
バッサバサ揺れるその尻尾をモフりたい。

「シンさま。目で追っても駄目です」

バ レ て た 。
ロザリアと話してたのによく気付いたな。

「なにが駄目?」
「尻尾が揺れてたんでつい」
「尻尾?嫌い?」
「逆。好きすぎてモフりたくなる」
「モフ?」

ロザリアと俺の会話を聞き赤い顔で尻尾を抱える女騎士。
主にしか撫でさせないと聞いてるからモフらないけど。

「やっぱりシンは変わってるね。尻尾が好きなんて」
「そうか?」
「獣人族の尻尾が好きな人なんて居ないよ」
「人は人。俺は俺」

地球にはモフモフ歓喜の人も大勢居るのに。
世界が変われば蔑まれる対象になるんだから不思議だ。

「既に準備をして待っていたのに私の行動の所為で再戦となりますます試合を遅らせることになって申し訳ありません」
「い、いえっ!もう一度観られるなんて幸せです!」
「幸せ?」
「し、集落の獣人以外の戦いを観る機会がないので!」
「ああ。そうなのですか」

この子エドのファンだな‪(  ˙-˙  )スンッ‬
赤い顔でエドと話しながら尻尾がボフっとなってる。
驚いたり興奮してる証拠。

「あ。エド。話してるのに悪いけど聞きたいことがある」
「はい」
「悪いな。また時間がある時に」
「は、はいっ!」
「ロザリアもまた」
「うん!またね!」

呑気に立ち話をしてる場合じゃなかった。
再戦前に聞いておきたいことがあって人気のない廊下の奥側に移動する。

「誰から聞いた?俺が棄権すること」
「誰だったのか分かりません」
「分からない?誰かが話したから知ってたんだろ?」
「はい。ですが男性の声だったということ以外には本当に何も分からないのです」

大切な試合の前に話した馬鹿が誰だったのかを訊くとエドにも分からないらしく困った顔をされる。

「集中するために一人にして貰ってそこの角でナイフフォルダの位置を調整していたのですが、背後から声が聞こえて」

どういうことかと詳しく聞くと、試合前に集中したくて一人で人気の少ない通路の角で装備品の確認をしていたら「振り返るな。黙って聞け」と声をかけられたらしい。

英雄エローの話だと言われたので何かあれば攻撃できるようナイフに手をかけつつ聞いたのですが、アルク国王がシンさまの能力を恐れて棄権させる判断をしたと」


貴賓室に向かう途中で俺に用があるのはエルフ族の国王だとエミーが言っていたし、賢者の能力を使えることを知っていて俺に参加するよう言った国王のおっさんが今になって言うはずないからそうだろうとは察したけど、当事者の俺ですら誰が棄権させる判断をしたかまではハッキリ言われた訳じゃない。
それなのにどうしてその男はアルク国王が棄権させる判断をしたと断言できたのか。

「声に聞き覚えは?」
「全く。アルク国の関係者は分かりませんが、自国の軍人で王家の警護につくような上官の声は分かるはずなのですが」
「ああ、そうだよな。エドも軍人なんだから上官の声なら聞き覚えがあるかどうかくらいは分かるか」
「はい」

極秘の特殊部隊でも同じ国王軍の軍人。
下っ端の軍人ならまだしも、来賓室の会話が聞こえる位置で警護をしている上官の声ならエドにも分かるはず。

「……まさかフラウエルじゃないよな」
「魔王の声なら分かります。それに顔見知りの私に姿を隠す必要がありませんし、性格的にも堂々と声をかけるかと」
「たしかに」

厳戒態勢の貴賓室の中での会話を知ってるとなると魔王が水晶で見て伝えに来たのかと思ったけど、エドが言うように魔王の性格なら堂々と姿を現して話しただろう。

「誰なのか分からない。わざわざ教えた理由も分からない。敵なのか味方なのかも分からない。ってことか」
「はい。スタッフに呼ばれた一瞬の隙に走り去る後ろ姿は見ましたが、どこにでもあるローブを着ていたことと、少なくとも獣人ではなかったということしか分かりません」

獣人族じゃないローブ姿の男。
当てはまる人が多すぎて分かるはずがない。
ローブという特徴なんて脱がれただけでアウト。

「エぇぇぇぇドぉぉぉぉ」

真剣に考えているとどこからともなく聞こえてきたその声に二人でビクッとする。

「エ、エミーリアさま!」

廊下の曲がり角から半分顔を出していたのはエミー。
ホラー映画のワンシーンか。

「も、申し訳ございませんでした。お叱りはご尤もです。しっかり罪は償いますのでどうぞ」
「なんの話だい?」

ペコペコ謝るエドの元に歩いて来たエミーは目の前まで来て首を傾げる。

「私の言動が問題になったのでは」
「そんなの始末書で済む話だ。それよりよくやった」
「はい?」

今度はエドがパシパシ腕を叩くエミーに首を傾げる。

「エドが観客を味方につけたお蔭で国家間の問題になることなくシンの棄権を取り消して貰えた。アルク国側だって国民に暴徒化されたんでは堪らないからね。気持ち良かったよ。我らが国王に諭されているアルク国王の姿は」

さすが加虐性愛者サディスト
自らの体を抱きしめ悶えるエミーの姿に‪(  ˙-˙  )スンッ‬となる。

「賢者の能力を棄権させる理由にされては国王も認めるしかなかったんだ。大会に賢者が出ても良いじゃないかって私は思うけど、賢者の能力は一般の人より高いだけに戦う相手が危険だからって理由で出場が禁じられてるからね」

そこを指摘されて認めるしかなかった、と。
その意見が提案したことならいい国王だと思うけど、エルフ族の代表騎士が散々負けてから言い出したんだからそれはないだろう。

「結局のところ、エルフ族が惨敗してるからムカついて駄々こねたって受け取ればいいのか?」
「簡単に言えばそういうことだね。アルクの師団たちが不機嫌な国王から当たり散らされていて少し可哀想だったよ」
「暴君だな。国民の生活状況を考えたらやり手の国王なのかも知れないけど」

性格だけで言えば暴君でも裕福な生活を送れている国民にとってはいい国王なのかも知れない。

「アルク国王については少し疑問ではあるんだけどね」
「疑問?」
「普段はあんな感情的な発言をする人じゃないって国王が」
「ん?国王のおっさんがそう言ってたのか?」
「うん。誇り高い方だから自国の選手が勝てないことを悔しく思うのは分かるけど、君を棄権させれば暴動が起きかねないなんて簡単なことを分からない方じゃないって」

どういうことなのか。
他国の王がどういう性格かなんて表面しか知らない俺たちには分からないけど、少なくとも俺たちよりは交流があるだろう国王のおっさんはアルク国王の言動に違和感を持っていると。

「Mr.エドワード。いらっしゃいますか?」
「あ、はい!」

話しているとエドの名前を呼ぶ声が聞こえてきて、キョロキョロしてた女性スタッフが返事を聞きパタパタ走って来る。

「え、英雄エローさま!」
「どうも」

耳が尖ってるってことはエルフ族か。
背の小さい眼鏡っ子に見上げられて軽く会釈する。

「どうしたんだい?まだ片付け中だろう?」
「け、賢者さままで!お話し中に申し訳ございません!」

随分オーバーな眼鏡っ子だ。
赤い顔でペコペコ頭をさげる姿に苦笑した。

「なにかあったのですか?」
「あ、はい。再試合のことなのですが、相手選手が棄権したためエドワードさまの予選通過が決定しました」
「棄権?回復できない怪我をさせてしまいましたか?」
「いえ。実力が違い過ぎるので再戦しても同じだと」

……なんだそれ‪(  ˙-˙  )スンッ‬
たしかに実力差は明らかだったけど、せっかく再試合の機会を貰ったんだから挑戦するくらいはしろよ。

「審判が観客へ説明をしてから勝者判定をいたしますので再開しましたら舞台前へお願いします」
「分かりました」

また俺やエミーにペコペコ頭をさげる眼鏡っ子に会釈で返して後ろ姿を見送る。

「なんとも締まらない予選通過になったねえ」
「観客からブーイングを受けるパターンだな」
「勝てないから再戦しないって選択をするとは予想外だよ」
「相手選手、盛り下げムーブの天才だろ」

エミーと‪(  ˙-˙  )スンッ‬としながら話す。
観客は国王たち(正確には国王のおっさん)の温情で行われる試合を期待して待ってるだろうに、まさか大会スタッフも「結果は変わらないから棄権する」って判断を通してしまうとは。

「おめでとう、エド‪ (  ˙-˙  )スンッ‬」
「予選通過おめでとう‪ (  ˙-˙  )スンッ‬」
「……ありがとうございます」

再戦する前に決定してしまった予選通過祝いにエドは複雑そうな表情で苦笑した。

「そうだ。襲撃犯は捕まえたのか?」

アルク国王の話も気になるけど今はそれより襲撃犯。
既に人を襲ってるんだから他の代表騎士や観客にも危険が及ぶ可能性がある。

「いや。逃げられないよう闘技場コロッセオの出入を規制してるからまだ中に居るはずだけど、人族とエルフ族の国王軍が総出で捜してもまだ形跡すら見つかってない」

形跡も見つけられないってことは付添人が見たというローブ姿のままでどこかに潜んでるのか。

「……エドに話した奴が実は犯人だったりして」
「可能性がないとは申しませんが、ローブを着用している者は大勢おりますので同一人物かどうかまでは」

襲撃犯もローブを着ていたとベルが話していたのを思い出して言うとエドは悩みつつも少し首を傾げる。

「エドに話した奴?」
「俺が棄権することをエドに話した男が居る」
「シンが話したんじゃなかったのか」
「試合前に動揺させるような話をする訳ないだろ」
「言われてみればそうだね」

エドから試合前にあったことを聞いたエミーは腕を組み「うーん」と唸る。

「結果的にブークリエ国側にとってはありがたい展開になったけど、何の目的でエドに話したんだろうね。エドを使って観客を暴徒化させたかったのか、純粋に親切心だったのか」

良い方に転がってくれたものの、もし観客が暴徒化すれば大会を中止にせざるを得なかっただろうし、怪我人や逮捕者が出る最悪の事態になったかも知れない。

「防音してある貴賓室での会話を知ってるとなると人族かエルフ族の王宮関係者か国王を含めた王家ってことになる。何らかの方法で盗み聞きできる奴が居ないとも限らないけど」
「フラウエルではなかったらしいぞ」
「だろうね。あの男ならわざわざエドを焚き付けるような真似をせず自分でアルク国王に詰め寄るだろうよ」

言えてる。
異世界最強の魔王さまは馬鹿正直。
誰かにやらせるなどと回りくどいことはせず俺の半身契約騒動の時みたいに自ら国王の前に姿を現しただろう。

「とりあえずその件は保留。襲撃犯のようにエドに怪我を負わせた訳じゃないからね。改めて王宮関係者の言動には注意しておくけど、正直今はやることが多すぎて手が回らない」

まあそうなるだろう。
王家や貴族家の警護や護衛だけでも大変なのにアルク国王が文句を言い出すわ、怪襲撃事件が起こるわ、物事に優先順位をつけて対応するしかないのも分かる。

「忙しいのにここに居て良いのか?」
「もう戻るよ。エドには大会が終わって王都に戻り次第始末書を書いて貰うけど罪には問われないから安心しな。それからシンの棄権も正式に取り消された。二人とも予選続行だ」
「分かりました。ご迷惑をおかけしました」

わざわざ来たのはそれを俺たちに伝えるためだったようだ。

「私の愛弟子として無様な試合はするんじゃないよ」
「能力制限ありなんだから少しは大目に見ろよ」
「ふん。どの口が言ってるんだ。賢者の能力を封じられたところで君には痛くも痒くもないだろうに。せいぜい愛想振り撒いて不完全燃焼中の観客たちを楽しませてやりな」
「Yes,Ma'am」

軍人のエミーらしい激励。
出された拳に拳を重ねて返した。

「お待たせしました。予選を再開いたします」
「片付け終わったみたいだな。行って来い」
「はい。先にお戻りになりますか?」
「勝ち名乗りをあげるだけだから待ってる」
「分かりました。それではエミーリアさま、これで」
「次の試合はしっかり戦うんだよ」
「はい」

相手が棄権したから予選通過を報せるためだけにアリーナに出るエドを二人で見送った。

「なあ。ルナさまは大丈夫なのか?」
「なんの話だい?」
「今回のことが成婚に影響したりしないのかってこと」

エドが居る間は聞かなかったけど、エミーが貴賓室に戻る前にそれだけは訊いておきたかった。

「君にも分かっているだろうが今回のご成婚は政略結婚だ。数年前から打診は来ていたが、ルナさまの学業や勇者召喚を理由に引き伸ばしていた。ようやく決まった次期国王との成婚をアルク国王がこんなことで破棄するとは思えないね」

愛のない結婚。
貴族でもそうなんだから王家の結婚なんて尚更そんなものなんだろうけど、愛のない結婚で国民たちから「おめでとう」と言われるのはどんな気分なんだろうか。

「正直ルナさまが打診を受けたのは意外だった」
「なんで?」
「君が居るからに決まってるだろ」
「俺?」

首を傾げて見せると聞こえて来た観客の声。
話してる間にも相手選手が棄権したことが発表されたようで案の定のブーイング。

「ルナさまが慕ってるのは君だ。君の役にたちたいと言っていたから王子と成婚する意志はないんだと思ってた。国王や王妃も本当は君とルナさまをご成婚させたかったんだと思うよ」
「いやいやいや。伯爵がプリンセスと結婚って」
「伯爵以前に英雄エローだろ。栄誉称号の方は一代限りで引き継げないから世襲制の爵位も一緒に与えられただけだ。英雄エローとのご成婚なら国民も納得するさ」

納得するとかそういう問題じゃなくて。
とんでもないことを言ってる自覚はないのか。

「それ以前に俺はもうフラウエルの半身だし」
「半身契約は人族の結婚とは別物だろ。書類を交わしてる訳でもないし、ルナさまが第一夫人で魔王が半身でも問題ない」
「大ありだ!」
「数人の夫人も養えないような男はこの世界ではモテないよ。この甲斐性なしが」

この世界のモテ条件のハードル高ぇぇぇぇぇ!
国王や貴族には数人の嫁が居るとは聞いてたけども!

「まあ第一夫人どうこうは冗談として、ブークリエ国初の女王陛下としてご成婚はせず第一王子のルイス殿下と上手く国を纏めて行くんじゃないかと思ってた」

冗談かよ!
寿命が縮むかと思っただろ!

「国王が結婚しないって有りなのか?お世継ぎ的に」
「そこはルイス殿下が居るから」
「そっか。少なくとも次はルイスさまが国王なんだよな」
「うん。王家のしきたりで言えば男系長子のルイス殿下が王位を継ぐのが普通だけど、五歳ではさすがに早過ぎるからルナさまが先に継承する。だからルナさまには出来ずとも次期国王のルイス殿下にお世継ぎが出来れば問題ない」

たしかにそれならルナさまが無理に結婚しなくても王家の血が絶えることはない。
ルナさま本人がもう決めたんだから手遅れだけど。

「じゃあ私は戻るよ」
「うん。引き留めて悪かった」
「大丈夫。あ、数人の夫人も養えない甲斐性なしがモテないのは事実だよ。金があるのにセコイ奴だと思われる」

そこは事実なのかよ!
最後に爆弾発言をしたエミーは笑いながら去って行った。

「シンさま。お待たせしました」
「……お帰り……エド」
「どうかなさいましたか?」

まだ観客のブーイングが聞こえる中を戻って来たエド。
壁に両手をついて項垂れる俺の顔を下から覗きこむ。

「数人の夫人を養えない男はモテないって本当か?」
「はい?」
「金があるのにセコイ奴って思われるってエミーが」

大声で話すことではないから小声で訊くと、エドは「ああ」と答えて苦笑する。

「モテないと申しますか、貴族でありながら一人しか養っていないのかと思われることは事実です。幸いにも第一夫人と恋愛結婚を出来た方でも家同士の繋がりのために第二夫人や第三夫人を迎えることが多いですね。国王陛下もそうですし」

思われるのか。
やっぱり思われるのか。
異世界のハードル高し。

「第二夫人はそれでいいのか?平気なのか?」
「好んで第二夫人になる方も多いですよ?貴族令嬢は18までに成婚するのが一般的ですが、成婚したい相手がいない方には気楽な第二夫人の方が好ましいようです。お相手から不自由なく養って貰える上に第一夫人より自由に生活できますので」
「逞しいな!異世界の令嬢は!」

多分『結婚』そのものが俺の知る感覚と違う。
もちろん好きな人と結婚するのがベストだろうけど、感覚で言えば『結婚相手=養ってくれる人』なんだと思う。
貴族は特に昔に倣っていて前に出る女性は少ないから。

「まあ一夫多妻制の世界ならそのくらい逞しい方がいいのか。養う側の男としては複雑な心境だけど」

金としか見られてない感が凄いけど、男は戦場に行ってしまう世界では女性もそのくらい逞しい方が生きていけるだろう。

「尊敬する方の第二夫人になって支える女性も居ます」
「ああ。それは何となく理解できるかも。一方が与えるんじゃなくて互いに与えあえるのはいい関係だと思う」

パートナーの関係は悪くない。
恋愛感情どうこうじゃなくて互いにプラスになる関係。

「よし。納得できたところで戻ろう」
「はい」

この世界の一夫多妻制の感覚が何となく理解できたところでスッキリして特別室に戻る。
ルナさまの政略結婚に関してはスッキリしないけど、それは俺がとやかく言える立場じゃない。


「エド!」

特別室に戻ってすぐ名前を呼んでツカツカ歩いて来たベルはエドの頬を叩く。

「観客を巻きこむなんて愚かな真似を」
「ごめん」
「……無事で良かった」

怒った顔で泣きながらエドに抱きつくベル。
それだけ心配だったんだろう。

「お前たち二人はもっと自分を大切にしろ。俺みたいなクズに忠誠を誓ってくれるのはありがたいけど、命がけで何かして貰うために主従契約を結んだ訳じゃない。無茶をするな」

それほど慕って貰えることは素直に嬉しい。
でも俺が主従契約を結んだのは二人が暮らせるようにと思ったからで、世話をして貰おうとか命がけで何かをして貰おうとか、月日が経った今でも思っていない。

「シンさまはクズではありません。大切な主です」
「何かして貰おうと思っていないことはもちろん分かっております。ワタクシたちがシンさまのお役にたちたいのです」
「主を守ることの出来る幸せを奪わないでください」
「頑固だな。獣人はそうなのか、お前たちが特別なのか」

素直に「はい」とは言わない二人。
その場に合わせた返事はしない正直者ってことでもあるだろうけど。

「分かった。ただ、俺はお前たちに何かあったら落ちこんで立ち直れなくなると思う。今後命をかける時は俺を悲しませる覚悟でやれ。その覚悟があってやるなら止めない」
「「それは……」」

困った顔で口ごもる二人に少し笑って腕におさめる。
大切に思っているのも守りたいのも同じ。
無茶をする三人が巡り会ってしまったんだから、この先も互いに心配をかけることになるんだろう。

「二人の幸せが俺の幸せでもあることを忘れないでくれ」
「「シンさま」」

ギュっと抱きついてくる二人の頭を撫でながら、心配そうに様子を伺っていたロイズとドニにも大丈夫だと笑みで応えた。

「話が一段落したところで早速だけど、二人とも試合は続けられるのか?エルフ族の国王は一応認めてたみたいだけど」

三人でソファに座るとロイズからそう訊かれる。

「うん。エドは始末書だけで罪には問われないことと、俺の棄権も正式に取り消されたことをエミーが伝えに来てくれた」
「そっか。良かった」
「これでようやく予選に集中できる」

正式に続行が決まったことを話すとロイズとドニは大きく息をついて安心した表情に変わる。
同じ王都代表だけに二人もいざこざに巻きこまれて申し訳なかったけど、本当に予選のことを一番に考えられる状況になった。

「ルネさんも戻って来たら一安心するだろ」
「行くギリギリまで心配してたからな」
「うん」

今日、付添人のルネは不在。
ポーラさんの開発者権の申請に王都へ戻っている。
魔導車での行き来になるから夜には戻って来るけど俺たちの予選が無事に行われるかを気にしていたから、エルフ族の国王が認めたことで多少は安心してくれるだろう。

「あ。今戦ってるのってこの前のエルフ族じゃないか?」
「この前?」
「歌唱士のところの女騎士に絡んでたエルフ」

ドニから言われて試合を観るとたしかにザコ虫。
アルク国で揉めた(絡まれた)時にビビって逃げようとした男二人の内の一人。

「魔法士のようですね」
「らしいな。文句言ってた女が魔法士かと思ってたけど」
「我々と同じく魔法士が二人なのかも知れませんね」
「ああ。そうかも」

うちのパーティは剣士が二人、弓士が一人、魔法士が二人。
エドの言うようにザコ虫たちも魔法士が二人居るパーティなのかも知れない。

「……初級科の実技を観てる気分」
「魔導校との合同実技だろ?」
「そう。初級科の子に教えた時を思い出した」

エルフ族同士のお遊戯会を眺めるロイズとドニ。
懐かしむような、子供のお遊戯会を観に来た親のような、微笑ましい(生暖かい)表情で観ながら話している。

「初級科って?」
「基礎を学ぶクラス。7歳から入れる」
「裕福な家の子は7歳で初級科に入学して基礎を学んでから中級科や上級科に進む。俺とかドニみたいにそんな金がない奴は自分たちで訓練して最初から上級科に入るけど」

なるほど。
俺の居た世界で表すと小学校に入るかいきなり大学に入るかの違いってことか。

「つまり今戦ってる選手は基礎クラスの実力ってことか」
「え?シンには二人が強く見えるのか?」
「まったく。西区の子供たちの方が才能ある」
「だろ?」

剣と魔法を使ったお遊戯会。
これが子供同士なら微笑ましく観れたんだろうけど、俺たちと変わらない大人がやってるんだから笑えない。

「エルフ族の若者はもう強かった先代たちに頭を下げて基礎から教わった方がいい。洒落にならないくらい酷すぎる」
「先代たちはどう思ってるんだろうな。この姿を見て」
「さあな。怒ってるのか諦めてるのか」

一般参加の予選では全盛期をこえたエルフ族も見かけたけど特別室で観戦していたから試合中の様子しか見ておらず、若者たちをどう思っているのかは知らない。

「一般参加の予選から観てるけど獣人族に強い選手が目立つ。元々恵まれた身体をしている上に日々鍛えてたことが分かる選手が多い。努力してきたんだろうな」

全体で見ると獣人族の身体能力が高い。
武器や魔法を扱う技術で言えば人族の方が上だけど、パワーや瞬発力は獣人族の方が上。

「獣人族いいな。欲しい」

西区の警備兵に。
スカウトしたら来てくれないだろうか。

「欲しいって」
「そんな真剣な顔で何を言い出すんだ」
ワタクシとエドだけではご不満ですか?」
「尻尾好きが過ぎて遂に獣人ハーレムをお望みに」
「は?西区の警備団に欲しいって思ったんだけど」
『警備団に?』

四人揃ってどんな想像をしてるんだ。
獣人ハーレムとか……いや、最高だけども。

「西区に獣人専用のアパートを建てようと思ってる」
「じ、獣人専用アパートを……ですか?」
「うん。師団長には少し話したんだけど、獣人専用のアパートを作れば今みたいに人族のフリしなくて済むだろ?物乞いしてる人の中にも獣人族が居ることをエドとベルから聞いて、住む場所を探すのがまず難しいんだろうと思って」

国王のおっさんが獣人のための法を制定したけどまだその法は、現状で獣人は姿を隠し人族に紛れて暮らしている。

「獣人への偏見が根強い今は反対派が多くて他の地区には建てられないだろうけど、西区が目指してるのは異世界地区だ。人族はもちろん獣人族だろうとエルフ族だろうと受け入れる」
「……本気で言ってるのか?」
「本気。むしろ色んな種族のいいところを出し合って西区が発展していくのが理想だ。予選を観て獣人族の強さがよく分かったから西区の警備兵として雇いたいと思った」

西区の清浄化はまだ始まったばかり。
危険な建物の解体も必要。
人々が暮らす住居の建築も必要。
犯罪を未然に防ぐための警備団も必要。
だからこそ強い獣人族の力を借りたい。

「お前は本当にとんでもないことを考える奴だな」
「この世界の常識の遥か斜めを行ってる」
「常識に囚われていてスラムにまで落ちた西区が改善されると思うか?目指してるのは偽善に溢れたお綺麗な地区じゃない。暮らす人や遊びに来る老若男女の笑顔が溢れる地区だ」

ブークリエ国にもそんな地区があってもいいだろ。
幸いにも西区は地区だから、今後どのような物を建てるかなどは東西南北に分けて考えられる。

「そのような地区にできれば素晴らしいですね」
「今は夢物語でしかないけどな。そんな簡単な話じゃないことは重々承知してる。基盤は俺が作るから未来を生きるこの世界の人たちの手で暮しやすい場所にしてくれたらいいと思う」

何十年先か何百年先か。
俺がその時を見ることは出来ないだろうけど、いつか種族差別のない国になってくれたらと思う。

「シンが話すとそうなれる気がするから不思議だ」
「実際に行動してるからだろ。ただ口で言うだけなら誰にでも言えるけど、実際に行動できる人は少ない」
「褒められると照れるだろ。礼はベッドの中でいいか?」
「「断る」」
「二人して即答するなよ。可哀想だろ、俺が」

俺の冗談を即座に断る二人。
エドとベルは俺たちのそんな会話にクスクス笑った。

「シンさま。お迎えにあがりました」
「どうぞ」

ザコ虫の試合は辛うじて魔法士が勝ち次の人族同士の戦いが始まって数十分、ドアをノックしたあと副団長が姿を見せる。

「いいか?しっかり手加減しろよ?」
「幾ら相手が身体能力の高い獣人族だとは言ってもお前の力はその遥か先を行く規格外なことを忘れるな」
「エミーリアさまのようにはいきませんのでご注意を」
「お相手が弱ければ目一杯の手加減を。強ければそれなりに手加減をしてくださいませ」

ソファから立ち上がった俺へ真剣に話す四人。
副団長はそんな四人の様子に笑い声を洩らす。

「俺の時だけどんな忠告だ」
「「シンだから」」
「「シンさまですので」」

失礼な奴らだ。
人を人外みたいに言って。
いや、半分魔族らしいから強ち間違いでもないけど。

「行ってらっしゃいませ。シンさま」
「お気をつけて」
「「頑張れ」」
「ありがとう。行ってくる」

エドから受け取った刀を剣帯にさして四人に見送られながら特別室を出た。

「遂にきましたね。シンさまの試合が」
「ほんっっとに待ち時間が長かった。色々なハプニングがあっても無事に予選が出来るのは良かったけど」

そう副団長と話して苦笑する。
俺の初戦はトーナメントの最後。
アルク国王のお蔭でハプニング続きだったけど、それでも待ち時間は長かった。

「名前と獣人族ってことしか知らないけど楽しみ」
「シンさまらしいです。緊張より期待に溢れているのが」
「やっと回って来た自分の番だから」

カムリンという名の獣人族。
獣人だけが集まって暮らす中規模集落の代表騎士で、魔法や体術を使うってことはルネが調べてくれた紙に書かれていた。

「獣人族のバッキバキマッチョには殴られたくないな」
「獣人族は基本的に体格のいい方が多いですからね」
「うん。もしマッチョだったら殴られないよう気をつける」

体術というと人族でいう格闘士。
レイモンみたいなマッチョだったら全力で回避しよう。
筋肉ムキムキに殴られて喜ぶ趣味はないから。

「お怪我なさいませんよう」
「死ななければ自分で回復ヒールをかけられるけどな」
「そうでしたね」

副団長と話して笑いながらアリーナへ向かった。
 
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【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

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ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

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 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

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屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

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