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第七章 武闘大会(中編)
暴徒
しおりを挟む「お疲れベル。かっこ良かった」
「ありがとうございます」
表情一つ変えずに戻って来たベル。
勝って当然と思っていたようで喜びとかそういった感情は一切見られない。
「初戦突破おめでとう」
「ありがとうございます」
ドニに対しても同じ反応。
軽く答えてリフレッシュをかけるベルはたった今一試合終えたとは思えないくらい普段通りだ。
「シンさま」
「ん?」
「棄権した代表騎士についてお耳に入れておくことが」
そう話しながらベルは俺の足元に跪く。
「椅子に座れよ。話は聞かせて貰うから」
「はい。ドニさま、お隣に失礼してもよろしいでしょうか」
「うん」
ちょうど空いていた(ロイズがこっそり移動して空けた)ドニの隣に座ったベルは短い息をつく。
「控え室で何者かに襲撃を受けたようです」
「……は?襲撃?」
思ってもみなかったベルの話に驚く。
詳しく話を聞くと、棄権した獣人は緊張を解すのも兼ねて試合前の準備運動を控え室でしていたらしい。
試合が間近になって迎えに行った付添人が控え室から走って出て行くローブ姿の人物を見かけて中を覗いたら棄権した選手が倒れていたと。
「襲われた選手は無事なのか?」
「今は救護室に運ばれて命に別状はないそうですが、攻撃されたのが後頭部なので念のため検査が必要だと話していました」
救護室に運ばれたなら白魔術師が回復をかけただろうけど、攻撃を受けた場所が後頭部だから検査を優先して棄権させたんだろう。
「今回は騎士が付き添って来なかったのは犯人捜しか」
「部屋の前までは付き添ってくださいました。次のエドの試合まで少し間が空きますが、安全が確認されるまで不用意に部屋から出ないよう副団長さまから言伝を預かってます」
「分かった」
会場内に襲撃犯が居るとなると一大事。
貴族や王家も観戦に来ているから必死で犯人を捜していることだろう。
「そんな状況でも試合はやるみたいだな」
「観客たちに報せてはパニックになり兼ねませんので。予選は続行して護衛や警備兵で手分けして捜すようです」
「まあそうか。混乱に乗じて外に逃げられたらもう見つけられなくなるもんな」
会場の出入口には警備兵が立っている。
出入りする人のことは止めて確認をするだろうから会場に居た方が安全かも知れない。
「試合前に襲われるなんて恨みでもかってたのか?」
「さあな。襲われた獣人がどんな人なのかも分からないし。何か恨まれるようなことをしたから襲われたのか別の理由で襲われたのか、犯人を捕まえてみないとなんとも言えない」
とはロイズに言ったもののモヤモヤする。
考えすぎだとは思うけど、人族や獣人族に全敗してるエルフ族の試合相手が襲われただけにもしかしたらと。
「やめた。証拠もなく疑うのは良くない」
「え?なにが?」
「いや。なんでもない」
なんの証拠もないのに疑うのは良くない。
自分がいまいち信用できない相手だからって証拠もなく疑っては失礼だ。
「エルフ族を疑ってるんだろ」
「なんでもないって言ったのに当てるなよ」
「俺も疑ってるから言った」
「ドニも?」
「エルフ族が他の種族に全敗してて相当腹が立ってるだろうからな。陛下と居るエルフ族の国王が直々に命令したんじゃなくても自分の判断で動く腹心が居るかも知れない」
ドニが言ったそれは俺の疑心と同じ。
今のところ試合自体に口出しはしていないけど、エルフ族が負けすぎてるから妨害行為をしているんじゃないかと。
「まあお互いにここだけの話ってことで」
「うん。みんなも念のため部屋を出た時には周囲に気を配るようにしてくれ。仮にこれが妨害行為なら他人事じゃない。一番邪魔なのは俺たち王都代表騎士だろうからな」
エルフ族の国王を疑ってるなんて話は極刑もの。
ドニにしても俺たちしか居ないから口にしたこと。
証拠のない疑心ではあるけど注意するようにだけ話した。
モヤモヤして試合に集中出来ないまま予選は進みベルが飲み物を注いでくれる手許をぼんやり見ていると、ドアをノックする音が聞こえて顔をあげる。
「シン。私だ」
「エミーか。開けていいぞ」
「失礼するよ」
ドアを開けて入って来たのはエミー。
王家の護衛を離れて来たとか嫌な予感しかしない。
「国王陛下がお呼びだ。一緒に来てくれ」
「は?もう少しでエドの試合なんだけど」
「分かってる」
分かっているけど来いってことか。
国王のおっさんの命令なら聞かない訳にはいかない。
「シンさま」
「行って話を聞いてくる。試合には間に合わないかも知れないけどエドが勝つって信じてるから」
「我が主に勝利を誓います」
「うん。無事に戻ってこい」
跪いてベルと同じく勝利を誓うエドの前にしゃがんで頭に額を重ねて無事を願う。
「みんな俺の分もエドの応援頼んだ。あと気を付けろ」
「お前も気を付けろよ?」
「そうする。話が終わったらすぐに戻るから」
ソファから立ち上がった俺を心配そうな表情て見るみんなの頭にも額を重ねて特別室を出た。
「呼び出しとか嫌な予感しかしないんだけど」
「正解だよ」
口数が少ないエミー。
これはろくな話題じゃなさそうだ。
「国王のおっさんってことはエルフの国王も一緒か?」
「ああ。正確には君に用があるのは私たち人族の国王陛下でなくエルフ族の国王陛下の方だ」
「うわぁ……遂に来たか」
何事もなく始まって良かったと思ってたけど、まさか自分の試合を控えた今になって嫌な予感が当たるとは。
「昨晩言ったことを忘れるな。堪えろ」
「エミーの方が爆発間近の顔してるけど」
「誰かに聞かれる状況じゃなければブチ撒けただろうよ」
「大変だな。国仕えの軍人さまも」
「君も国仕えのようなものだろ。貴族なんだから」
「貴族は貴族。分類上は国仕えじゃありませーん」
国から金は貰ってるけど国仕えとは違う。
当然エミーもそんなことは分かっていて話してるんだけど。
「シンさま」
エミーの案内で辿り着いた部屋の前に居たのは団長。
両国の王家が居る部屋だけあってエルフ族の騎士や魔導師たちも警護についている。
「警護お疲れさま」
「……ありがとうございます」
「そんな顔するなよ。大丈夫」
みんなもう話の内容は知ってるんだろう。
暗い顔をする第一騎士団員に笑みで声をかけた。
「行くよ」
「うん」
「失礼します。英雄をお連れしました」
エミーが開けた部屋に勢揃いしていたのは王家の面々。
ブークリエ国の国王と王妃とルナさま。
そしてアルク国の国王と王妃と王子。
「これはまた見事な。お近くで拝見するとますますお美しい」
そう声を洩らしたのはアルク国の王子。
微笑して返して闘技場の中とは思えない豪華な部屋にある玉座にいる国王二人の前に跪いてこうべを垂れる。
「試合を控えた大切な時に呼んで申し訳ない」
「陛下にお声がけいただけるとは光栄です」
国王が国民に謝ったら駄目だろ。
おっさんらしいけど。
「英雄シン・ユウナギ。面をあげよ」
「はっ」
言われても上げちゃ駄目なんだろ?これ。
たしか時代劇の作法は間違ってるって読んだことがある。
あれ?ここは異世界だし西洋風の世界だからどうなんだろう。
分からないから少し顔をあげたもののエルフ族の国王とは目を合わせず視線は床に送る。
面倒くさがらず師団長から詳しく教わっておけば良かったと今更後悔した。
「なぜ目を合わせない。疾しいことがあるのか」
「いえ。陛下を直視するのは失礼にあたるかと」
「異世界のしきたりというものか。構わん。面をあげよ」
「はっ」
異世界のしきたりということはこの世界にはそんな決まりはないということだろうから、今度はしっかりと顔をあげてエルフ族の国王と目を合わせた。
「銀の髪と銀の瞳を持つ美しい青年だと話には聞いていたが、たしかにこう見ると常人とは思えぬ美しい容姿をしているな」
「恐悦至極に存じます」
ただの元ホストだけどな。
銀の髪と目がこの世界に居ないことはたしかなようだけど。
「呼んだのは他でもない。試合の話だ」
「はい」
やっと本題か。
話が逸れすぎだろ。
「シン殿……。大会を棄権して貰えないだろうか」
名前を呼んで少し間を開けた国王のおっさんは覚悟を決めたようにそう言った。
「理由をお聞かせ願えますでしょうか」
嫌な予感はしていたけどまさか棄権しろとは。
大会に出れるよう魔王に力を借りて急ピッチで治療をして貰ったり訓練を重ねて来たのに。
「貴殿の力は各地の賢者に匹敵する。ブークリエ国だけ賢者級の者を参加させたのでは試合バランスが崩れるという判断だ」
そうアルク国側がゴネ出した、と。
国王のおっさんは俺の力を最初から知っていたんだから今更そんなことを言うはずがない。
「私は賢者ではございません。特殊能力を持った者の参加は本大会の規約で禁じられていたということでしょうか」
「いや。禁じられているのは賢者と勇者のみ。貴殿は賢者でも勇者でもないから代表騎士に任命したのだ」
それなら国王のおっさんも推薦したエミーも悪くない。
地上層の強者を決める大会だから英雄の称号を持つ俺を代表騎士に選んだというだけで。
「もう一つお聞かせ願います。私が棄権した場合に王都の代表騎士の試合はどうなるのでしょうか。個人戦はまだしも団体戦は五人一組で行うと認識しておりますが」
個人戦は一人ずつだからいいとしても団体戦は別。
俺を除いた四人で出ろということなのか全員を棄権させるということなのか。
「団体戦はシン殿の代理で第一騎士団の団長に出て貰おうと思うが……どうだろうか」
どうだろうもなにも俺に断る権利はないんだろ?
みんなも一緒に棄権させるって話ならふざけるなってキレたと思うけど、俺だけなら……まあ仕方ないか。
ルナさまの成婚が決定したのにアルク国と揉めごとを起こしたくないだろうから。
「承知しました。棄権いたします」
「シンさま!」
硬い表情で聞いていたルナさまが声をあげて苦笑で返す。
俺が棄権すれば事を荒立てずに済む話。
西区の襲撃の件もこの調子ではなかったことになりそうな予感がするけど、争いになって誰かが悲しむことになるくらいなら俺が全て飲み込めばいいだけ。
「本日の予選だけは観戦する許可をいただけますでしょうか。宿舎へ戻り次第国へ帰還する支度をいたしますので」
「滞在は許可しよう。代表宿舎に好きなだけ居るといい」
「感謝申し上げます。ですが棄権すればもう代表騎士ではありませんのでお気持ちだけ頂戴いたします」
ご満悦だなエルフ族の国王。
ブークリエ国の国王と王妃とルナさま、護衛役で居る師団長たちの表情とは天と地の差がある。
「このあと仲間の試合が控えておりますので用件がお済みであれば失礼いたします」
目があった国王のおっさんは何か言いたげ。
そんな顔をしなくても、国王のおっさんはこんな事態を望んでいなかったことも、国や国民のことを第一に考えてこうするしかなかったことも理解してるつもりだ。
今にも泣き出しそうな顔をしてるルナさまや国王のおっさんと同じく何か訴えるような表情の王妃に微笑で返し、国王二人にもう一度こうべを垂れて部屋を出た。
「シンさま」
「団長。代表騎士のみんなのことは頼んだ」
「承諾したのですか?」
「そりゃするだろ。俺ごとみんなを棄権させるって話なら断ったけど。この大会のためにみんな必死で訓練してきたんだ。その努力を踏み躙るんじゃないなら承諾する」
やっぱり先に聞いていたようで小声で話しかけてきた団長に小声で答える。
「それはシンさまもではないですか。それなのに」
「ありがとう。でも国仕えがそれ以上言葉にしたら駄目だ」
気持ちは嬉しいけど国仕えの軍人がそれ以上言っては問題になり兼ねないから、その先は口にしないよう言葉を遮る。
「守りたいものがあるなら時には長い物に巻かれるのも已む無し。俺が棄権すれば収まるなら誰にも迷惑かけずに済むだろ」
俺の言動が争いを生むのは避けたい。
まだ西区の為にもやらなくてはいけないことが残っているし、おとなしく代表騎士をおりて西区の領主の仕事に戻るだけ。
「とりあえず今日の予選だけは観戦して行く許可貰ったから。みんなが待ってるからもう戻る」
「護衛を」
「大丈夫。一番守らないといけないのはここだろ」
地上層をおさめる両国の国王が居る部屋。
護衛しようとする団長や騎士たちを止めて赤い絨毯の敷かれた廊下を独りで歩き出した。
「あ。襲撃犯は捕まえたのか聞き忘れた」
話す機会があったんだからエミーに聞けば良かった。
特別室に戻りながら今更気付いて後悔する。
無事に捕まえたかまだ捜索中かくらいは教えてくれただろうに失敗した。
「あれ?」
「シンさま!」
長い廊下を抜けた先から歩いて来たのはエドと副団長。
向こうも俺に気づいて走って来た。
「これから試合か?」
「はい。陛下のお話は何だったのですか?」
「戻って来てから話す」
「ですが」
「今は試合に集中しろ」
「……分かりました」
試合前に話しては動揺させてしまう。
エドの初戦相手はエルフ族だからなおさら。
「負けるなよエド。試合相手にも観客にも」
「はいっ!」
もう一度額を重ねて無事を願い後ろ姿を見送る。
勝って獣人族を見下す奴らの鼻を明かしてやれ。
「ただいま」
「お帰り。今ちょうどエドが行ったところ」
「うん。そこで会って話した」
特別室に戻るとドニが言って途中で会ったことを話しながらソファに座る。
「国王陛下の用件は何だったんだ?」
「結論から言うと本大会を棄権することになった」
『は!?』
「あ、俺だけな。みんなにはそのまま出て貰う」
ロイズから訊かれて結論から話すと驚かれる。
まあ驚くのも無理はないけど。
「なんでシンだけ棄権するんだ」
「俺の能力は各地の賢者に匹敵するからブークリエ国だけ賢者級の奴が出たら試合バランスが崩れるって」
「は?今更?シンの実力は知ってて選んだんだろ」
「ブークリエ国側は。な」
訓練状況をエミーから聞いている国王のおっさんたちは俺が賢者と同じ能力を使えることを知っている。
使えると言っても術式は使えないし、対象操作もまだ訓練中だから属性によっては使いこなせてないけど。
「規約で禁じられてる賢者でも勇者でもないから任命したって国王のおっさんは言ってたけど、賢者の能力を使えるなら賢者と変わらないって言われるのも仕方ないのかもとは思う」
賢者じゃないけど賢者が使える能力は持っている。
本来なら賢者の能力は賢者にしか使えないから有り得ない話だけど、俺は暇を持て余した神々が付けた〝遊び人〟という『特殊恩恵や恩恵が増えるユニークスキル』を持ってるから賢者の真似事ができてしまう。
賢者を禁じてるのに狡いと言われればそれまで。
それでも「賢者じゃないから規約違反じゃない」と判断するか「賢者の能力が使えるなら賢者と同じ」と判断するか、人によって判断は割れるだろう。
「たしかにそうだけど、今になって言い出したのはエルフ族が全然勝てないからだろ?昨日のデモンストレーションでシンの能力は観てるんだから駄目ならその時点で言ってるはずだ」
「まあそこはそうだろうな。代表騎士が弱すぎて勝てないから一番の天敵の王都代表を潰すために考えたんだろ」
アルク国の王都代表とブークリエ国の王都代表。
国王が居る王都同士は最大のライバルだろうから。
「直談判して参ります」
「落ちつけ。そんなことをしたらベルの首が飛ぶ」
「構いません。卑怯なやり方は納得できません」
「駄目だって」
黒いベルがニョキっと顔を出して引き留めるため腕におさめて全力で尻尾をモフる。
「シンさま……このような時に」
「行かないか?行かないって言うならやめてやる」
「ですが私は」
「まだ反抗するか」
「……しません!もういたしません!」
「じゃあやめてやる」
腕の中でクタっとしたベル。
主に関わることとなると他国の国王にすら向かって行こうとするんだから獣人族の忠誠心は危ない。
「……刺激の強いものを見せて悪かった」
ベルのあられもない姿にクッションで顔を隠すドニとドニの姿を見て苦笑するロイズ。
あられもない姿と言ってもただ尻尾をモフっていただけなんだけど……純粋か。
「とにかくそういう理由で俺は棄権する。団体戦は代理で第一騎士団の団長が出てくれるらしいから、俺が抜けても当初の予定通りそれぞれのために優勝を目指してくれ」
それぞれの目的のために優勝を目指すことは変わらない。
実力者だけど護衛のために代表騎士の面子から除外されていた団長を選んだのは、国王のおっさんもみんなに優勝してほしいからだろう。
「……うん、とは頷けない。団長が強いことは分かってるけどそういうことじゃなくて、五人で優勝しようって言って今まで訓練してきたんだ。そもそもシンがリーダーじゃなかったら代表騎士を引き受けてない。少し考えさせてくれ」
クッションをソファに置いたドニはそう話して試合の様子に目をやる。
「悪いけど俺にも考える時間をくれ。個人戦はまだしも団体戦はパーティだ。もしこれがプロビデンスでのことだったとして考えたら、国の都合で誰か一人を入れ替えて戦えって言われても断る。パーティってそういうものだろ?」
自分の仲間を大切にするロイズらしい意見。
俺ももしエドやベルを他の誰かと替えて戦うよう言われたとしたら間違いなく断るだろう。
「私たちの気持ちもですが、王都ギルドの冒険者のみなさまも、ブークリエ国民も西区のみなさまも、装備や衣装に携わる職人も観客たちも。応援してくださった全ての方々がシンさまが棄権すると知ればガッカリするでしょうね」
それを言われると一番キツい。
俺たちがこの大会に参加するまでに沢山の人が関わり、その沢山の人が応援してくれている。
「ベルじゃないけど直談判してやりたい気分だ」
「自分たちの種族が弱いからってこっちにレベルを下げさせるとか卑怯だろ。自分たちが鍛えなかったのが悪いのに」
顔は試合を見ているもののロイズもドニもそう話して溜息をついた。
「エドの試合はしっかり応援しよう」
「「うん」」
「はい」
人族同士の試合が終わって次はエドの試合。
一旦気持ちを切り替えてアリーナの様子を見る。
「エドに棄権することは話したのですか?」
「いや。試合前に動揺させたくなかったから」
「そうですか」
先にエルフ族の代表騎士がアリーナへあがってエドも続いてアリーナにあがる。
相手のエルフ族が絶賛不人気中なだけに人族と戦ったベルの時よりも観客の反応は冷ややか。
地上層の最強を決める大会の観客にマナーも何もない。
出ている選手が強いか弱いか、試合が面白いか面白くないかで観客の反応が変わる。
『始め!』
審判の開始の声と同時に弓を構えたのはエルフ族。
「……どうしたんだ。エドの奴」
「なんで動かない?」
試合が始まったのにエドは棒立ちのまま。
エルフ族の選手も逆に棒立ちのエドに警戒していて弓を構えたまま様子を伺っている。
「エド?」
あまりの棒立ちぶりに観客席もザワつき始める。
『戦わないのですか?』
『お前こそどうして動かない』
放映を通して聞こえてきたエドと相手選手の声。
『魔法士なのだろう?なぜ攻撃をしない』
『地上最強の居ない大会になど興味がないからです』
……え?
「シンさま。エドには話していなかったのでは」
「俺は話してない。副団長も話すはずがないのになんで」
仮に副団長も俺が棄権することを知っていたとしても、試合の妨げになるようなことを勝手に話す人じゃない。
「誰だ。エドに話した馬鹿は」
「このままでは警告を出されてしまいます」
試合中に休憩するような時間を無駄に作ったり守るだけで攻撃の手数が少ない選手には警告が入り、それでも変わらなければ失格になる。
『地上最強は我が主である英雄。多くの精霊族が幾百年と誕生を待ち望んだ英雄を棄権させて最強を競わせるなど片腹痛い。英雄と戦い勝たぬ限り例え優勝しようとも所詮は二番目でしかないと言うのに。そんな大会になんの価値がある』
真っ赤な目をしたエド。
獣人化して正気を失っている訳ではないけど怒りは露わ。
『どういうことだ!』
『棄権させるなんて聞いてないぞ!』
『英雄を出せ!代表騎士なら正々堂々と戦え!』
『英雄の戦いを見に来たのにふざけるな!』
『五十年に一度の国民の楽しみを奪うな!』
『最強を競う神聖な武闘大会を穢すな!』
エドの話を聞いた観客たちが次々と声を荒げる。
押し寄せる波のようにその声は広がって、放映を通して聞こえる声は地鳴りのように特別席にも響く。
「シンさま。どうぞ行ってエドの怒りをお鎮めください。あの子は自分が刑に処される覚悟でシンさまを棄権させるのは誤りであると国王陛下へ訴えております」
「……本当に、獣人って種族には困ったもんだ」
馬鹿な奴だ。
ただの試合なのに命懸けで訴えるとか。
「行って来る」
「「うん」」
ベルの頭にキスをしたあとロイズとドニにも額を重ねて魔祖を使いアリーナの出入口に移動する。
「シン!」
「ロザリア」
「どうするの?このままじゃエドさんが」
「大丈夫。心配してくれてありがとう」
次の試合はロザリアのところの選手らしく、駆け寄って来たロザリアの額にキスをして出入口からアリーナに出た。
「エド!戦え!」
「シンさま!」
出入口からアリーナまでは魔導師が使う転移魔法を使い移動してアリーナの上に居るエドに戦うよう声をかける。
「馬鹿だなお前は。俺のために命をかけて訴えるなんて」
「主にかける命は惜しくありません」
そう言ってエドはアリーナに跪く。
「もしこれでお前が罪に問われるなら俺も一緒に罪を償う。もし処刑されるなら俺も一緒に死んでやる」
「勿体ないお言葉。ですが獣人は自分がこの方と決めた主を守ることが最上級の幸せにございます。罪は私一人で償います」
笑みでそう答えたエドの目は赤から普段の青に戻る。
「巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。この戦いが私の最期の戦いになるかも知れません。全力で来てください」
観客席の英雄コールが続く中、俺に背を向けてエルフ族の選手と向き合ったエド。
例え無効試合になろうとここでエドの戦いを見届けよう。
「行け。エド」
距離を詰めるため走りながら相手の放った矢を右手で掴んだエドは左手に集めた風魔法の衝撃波を相手の腹に撃ち込む。
「……そこまで!」
さすが双子。
ベルと同じくたった一撃で試合を決めて観客席からは大歓声があがり、エドは白魔術師が駆け寄った相手選手に跪きこうべを垂れたあと再び立ち上がって観客席にも丁寧に頭をさげた。
『今の試合は無効とする』
聞こえて来た声。
やっぱりそうなるかと思いながら振り返って国王たちが居る来賓席の場所を見上げる。
「なんで無効なんだ!まだ警告も受けてなかったのに!」
「礼を尽くして戦ってたじゃないか!」
「エルフ族が負けたからって言いがかりだ!」
「エルフの都合で武闘大会のルールを変えるな!」
「全種族の大会だぞ!エルフ族のための大会じゃない!」
無効を言い渡したエルフ族の国王に観客たちがまた声を荒げはじめてアリーナは怒りの声で振動する。
『反抗する者は捕えよ』
「ふざけるな!」
「エルフ族の王は独裁者だ!」
「独裁者を許すな!」
「地上層はお前たちのものじゃない!」
「国民はお前たちの玩具じゃないんだぞ!」
観客たちの怒鳴り声と会場に投げ込まれるゴミ。
あの国王は馬鹿なのか?
この状況でそんなことを言ったら暴徒化するのに。
馬鹿が国王なんてやるな。
「……シンさま」
「自分がしたことをしっかり反省しろよ?」
「はい。申し訳ございませんでした」
観客の怒りのきっかけを作ったのはエド。
落ち着いたところに燃料を注いだのはアホな国王だけど。
「シン!」
「ロザリア!危ないから来るな!」
「大丈夫。私が歌うからシンはみんなに声をかけて。英雄の声ならきっとみんな聞いてくれる」
色々な物を投げ込まれる中を走って来たロザリアはそう言うと魔力をこめて歌い出す。
放映を通してアリーナに響くロザリアの歌声。
その平和を願う曲に物を投げる人の手が次第に止まる。
「エド。ロザリアを頼む」
「はい」
声をかけるなら今しかない。
エドにロザリアを任せて翼を出すと上空へと飛ぶ。
「鎮まれ!話を聞いてくれ!」
大きく息を吸いこんであげた声。
荒ぶりの収まらなかった人たちも俺を見上げる。
「もう争うのは辞めよう。みんなも武闘大会を楽しみにしていたんだろう?それなのにこんなことで罪に問われるなんて馬鹿馬鹿しいと思わないか?この武闘大会では人族も獣人族もエルフ族も平等の権利を与えられている。そんないい大会なのに嫌な思い出を残したら勿体ない」
楽しみにしていた武闘大会で捕まるなんて笑えない。
しかも国王への反逆で捕まれば首を飛ばされる。
それだけは止めたい。
「戦いなら代表騎士に任せてほしい。この大会のために訓練を重ねた各種族の代表騎士たちが大会のルールに則って観客のみんなを楽しませてくれる。だからもう争うのは辞めよう。どうか私の願いを聞き入れてほしい」
空中ながら跪く仕草を見せこうべを垂れると観客席からワッと歓声があがる。
こんな時ばかりは英雄の称号があって良かったと思う俺は自分でもセコいと思わなくもない。
「英雄!棄権しないで!」
「楽しませてくれるんだろ!試合を観せてくれ!」
「獣人の魔法士も悪くない!かっこ良かったぞ!」
「国王陛下!無効試合は取り消してくれ!」
「そうだ!英雄を棄権させるなんて理不尽なことをしなければ良かっただけだ!失格にしないでくれ!」
今度は怒り任せではなく冷静に訴える観客。
人族はもちろんその中に居るだろう獣人族やエルフ族までもが国王たちに訴えていて、大会が始まって初の種族を超えたその声に笑みが浮かんだ。
「アルク国王陛下。ブークリエ国王陛下。ご判断を」
観客席から国王たちの方に向き直して跪き判断を仰ぐ。
ここでとやかく言うアホな国王ならもう観客を止めない。
英雄の称号で抑えられるのはここまで。
『今の試合が無効試合であることに変更はない。そこで再度二人に試合をして貰うのではどうだろうか。互いに試合に集中できる状態で行うのであれば正しい結果が得られるだろう』
そう判断をくだしたのは人族の国王。
観客は国王のおっさんの判断に納得して歓声と拍手を送る。
『自国の特級国民である英雄に関しては私の判断で答えては贔屓目になってしまう。アルク国に委ねよう』
さあどうする、エルフの国王。
全ての種族の国民を敵に回すアホの王様になるか、さすが国王だと思わせるか。
『英雄を棄権させることにしたのはブークリエ国の王都代表だけに賢者級が居ては試合バランスが崩れるからだ』
「最強を決める大会なのに試合バランスってなんだ!」
「いつから能力を平均にする仲良し大会になったんだ!」
「強い者を決める大会だろ!英雄が出ない武闘大会なんて有り得ない!」
アホか?やっぱりアホなのか?
また観客のボルテージが上がり始めてうんざりする。
『最後まで聞け。英雄が賢者だけが使えるはずの能力を使わないと言うのであれば棄権は取り消そう』
「使える能力を使ってなにが悪い!」
「賢者さまのお力を使えるなんて凄いことじゃないか!」
「さすが英雄さま!」
俺をあげてくれて(※あげてしまって)ありがとう。
うん、やっぱりアホだ。
「承知いたしました。賢者だけが使える能力は使用しないとお約束します。寛大なご判断を賜り感謝申しあげます」
観客はまだ納得できないようだけど、ここが落としどころ。
何より賢者だけが使える能力というのは複合魔法と対象操作と魔力譲渡の三種類なんだけど、それを分かってて言っているのかは知ったことじゃない。
「シンさま」
アリーナに降りるとエドから苦笑される。
エドは俺の力をある程度知っているから、賢者だけが使える能力を禁じられたところで大した影響はないことを知っている。
『会場の片付けのために一時休憩を挟み、無効試合となった二人の予選を再度行う』
国王のおっさんの株は爆上がり。
元々悪口を言う人を見かけたことがない国王だったけど。
エドと少し視線を交わして苦笑いを浮かべた。
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(エレベーターのあるマンションに引っ越したい)
そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。
「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」
「はい?どちら様で…?」
「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」
(あぁ…!)
今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。
「え、私当たったの?この私が?」
「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」
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アダルトな表現あり
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この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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