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第七章 武闘大会(中編)

開幕の儀

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「シンさま。よくお似合いです」
「さすが我々のあるじ。神々しい」
「祈るな祈るな」

闘技場コロッセオ控え室。
開幕の儀の衣装に着替えた俺をベルとエドが祈りだす。

「いや、ほんと似合う。まさに英雄エローって感じ」
「元から王者の風格はあったからな。黙ってれば」
「ハリボテの風格なら任せろ」
「自分でハリボテとか言うな」

中身が伴っていないことは自分が一番知っている。
残念ながらどんなに着飾ろうとみんなが望む恰好いい英雄にはなれない。

「俺の鎧だけ色が違うけど材質は何を使ってるんだ?」
英雄エローさまのお姿に合わせて白銀を用いました」
「白銀!?」

それってクソ高い鎧になったんじゃ……
数回しか着ないのに。
さすが、幾百年ぶりの英雄エローという肩書き。
防具職人たちの気合いが違う。

「マントをお着けいたします」
「ありがとう」

正礼装の時と同じくみんなは赤で俺は白。
恒例の如くデカデカと紋章が刺繍されている。
今回はみんなもデカデカとブークリエ国の紋章が刺繍されてるけど。

「騎士の鎧を着る日が来るとは」
「なんか畏れ多い。ただの冒険者なのに」
「身分なんて関係ない。代表騎士なんだから騎士だろ」
「王都だけだろうけどな。一般国民と獣人が代表なの」
「一番異端者の異世界人が居ることを忘れるな。王都代表騎士は身分の垣根がない完全実力主義だ」

今までの常識をぶっ壊す組み合わせ。
だからこそ面白い。
俺たちが勝ったらこの世界の常識が揺らぐ。

「みなさま。お時間です」
「よし。行こう」

時間になったらしく控え室に入って来たルネ。
俺たちが最終準備をしている間にも既に闘技会場への入場は始まっていて、人族の王都代表の俺たちが入るのは一番最後だ。

「代表騎士のみなさまに勝利の栄光があらんことを」

ヤンさんに続いて跪いた防具職人や衣装屋たちへ言葉の代わりに笑みで応えて控え室を後にした。

各地を代表する騎士の入場に闘技場コロッセオの盛り上がりは最高潮らしく、歩いて向かう廊下にも歓声が聞こえる。

「凄い歓声。緊張してきた」
「俺も」
「そんな緊張しなくても。開幕の儀と抽選だけだぞ?」
「だからこそ。今日来てる人は試合じゃなくて代表騎士を見るために来てるってことだろ」

歓声が引き金になって緊張する四人に苦笑する。
気持ちは分からなくないけど。

「もう忘れたのか?俺たちの実力はクソッタレ賢者さまのお墨付きだ。抽選で誰とあたっても勝てると自信を持て。強者として胸を張れ。約一ヶ月後、勝利を土産に堂々と凱旋するぞ」
「「ああ」」
「「はい!」」

五人で気合いを入れ直して会場に足を踏み入れると一瞬歓声がおさまり、その後すぐ割れんばかりの歓声に変わる。
国王の城がある王都代表はさすがに期待値が高いらしく、試合の日には気を引き締めて挑まないと雰囲気に飲まれそうだと思いながらも先導するルネの後に続き俺たちが位置に並ぶと三段雷が上がった。

声が聞こえ見上げた来賓席の中心に居るのは国王のおっさん。
その左側には第一王妃とルナさま。
国王のおっさんの右側には耳の長い男女が三人。
多分あれがエルフ族の国王と王妃と王子なんだろう。

国王二人が立ち上がり姿が見えるよう少し前に来ると一旦おさまった観客席からまた大歓声があがる。
おっさん二人、大人気だな。

『ただいまより開幕の儀を行う』

そう言葉を発したのはエルフ族の王。
うん、偉い人っぽい。
同時に腹黒っぽい。
あくまで顔つきを見ただけの第一印象だけど。

そこからは式典ではお約束の長い話。
代表騎士に向けてまずはエルフ族の国王が長々しい話をして、飽きてきた頃に今度は国王のおっさんの話が続く。
俺が居た世界なら貧血を起こして倒れる子が出てくるレベルに長い(学生あるある)。

『精霊族のみなが心待ちにしていた五十年に一度の武闘本大会という記念すべきこの日にもうひとつ喜ばしい報告がある。レオナルド、プリンセス。前へ』

国王のおっさんの話がやっと終わったかと思えば前に呼ばれたのはルナさまとエルフ族の王子。
ザワザワする観客たちに静かにするようエルフ族の国王は手でジェスチャーする。

……まさか。

『我が息子である聖地アルク国第二王子レオナルドとブークリエ国王太女ルナの婚約が決定した。国を挙げての婚約披露は後日になるが、ここに居るみなへ一足先に報告しておく』

やっぱり。
エドを振り返ると驚いた表情で貴賓席を見上げていた。

大歓声に包まれる闘技場コロッセオ
その歓声はエドにとって辛いものでしかないだろう。

でも今エドに声をかけることは出来ない。
エドは国仕えの軍人でルナさまは王太女。
究極のロミオとジュリエットだから。

つい先日までデュラン領で一緒に居たのに。
今日のタイミングで発表されたということは一緒に過ごしていたあの時にはもう既に決まっていたんだろう。

『プリンス・レオナルド。プリンセス・ルナ。ご婚約おめでとうございます』

そんな聞き覚えがある声と同時に貴賓席の前の大画面に映されたのはロザリア。
華やかに着飾った赤いロングドレス姿で丁寧に挨拶をする。

『祝歌を捧げる栄誉を賜りましたロザリアと申します。このような大役を仰せつかり大変光栄です。お二人のご婚約をお祝いすると共に、地上層に生きるみなさまの幸せを願って』

皮肉。
俺が頑張れと言ったがルナさまとエルフ族の王子の婚約を祝う歌だったとか……。

闘技場コロッセオに響き渡るロザリアの歌声。
魔力をこめて歌うその歌声が美しければ美しいほどロザリアとの巡り合わせを皮肉に感じた。

「……エド」
「なにも仰らないでください。いつかこのような日が来ることは分かっておりましたので」

開幕の儀が終わってすぐに声をかけるとエドはそう言って笑みを浮かべる。

「あの子歌姫ディーバだったのか」
「シンは知ってたのか?」
「いや。歌唱士って言ってたから歌姫ディーバじゃない」
「あの上手さで?じゃあ今回の祝歌で歌姫ディーバ決定だな」

エドの気持ちを知らないロイズとドニから話しかけられなにもなかったように普通を装って返事をする。
エドもロイズやドニと笑みで話していて、取り繕うようなその姿に胸が痛む。

「シンさま……」

複雑な表情で俺を見上げるベルに今は触れないでいてやろうと軽く肩を叩いた。


「Bブロックの8番」

開幕の儀が終わるとそのまま抽選会に。
俺が引いたのはBブロックの8番目。
観客の歓声の中ブークリエ国王都代表の文字が書き込まれる。

「代表戦第一試合はエルフ族か」
「弓と風魔法に気を付ける必要がありますね」
「うん。まだ日程があるから訓練しよう」
「はい」

明日行われるのはまず一般参加者の抽選と予選。
大会期間中の日程順に言うと、一般参加者の予選と一日遅れで代表騎士の個人予選→代表騎士の団体戦→一般参加者の本戦と代表騎士の個人本戦→代表騎士の団体上位戦と続く。
そのあと一般部門で優勝した参加者と個人優勝した代表騎士で『強者決定戦』が行われ、最後に代表騎士の団体戦を勝ち進んだパーティでの優勝戦が行われるという流れ。

「一般参加の試合は別の闘技場って言ってたよな」
「はい。抽選と上位決定戦はこの会場で行われますが」
「ここでやらないのには意味があるのか?」
「一般参加者の予選は同時に数試合行います。ここはアリーナが一つしかございませんので平地の闘技場で行います」
「ああ。なるほど」

抽選や上位戦はここでやるのに他は別の闘技場で行う理由が分からず訊くとルネが紙を確認しながら教えてくれた。

「代表騎士は領を代表して選ばれた人だからこの人数だけど、一般参加は15歳以上なら性別も身分も関係なく誰でも参加できる。それだけに人数が多いからここじゃ試合ができない」
「そんなに集まるのか」
「らしい。俺も訓練校で教わっただけだから実際にどのくらいの人数が参加するのかは分からないけど」

いま抽選を行っているのは代表騎士だけ。
明日抽選を行う一般参加者より一足先に団体戦と個人戦の抽選を行って日程の目処をたてて調整する。

試合の日程がでしかないのは一日に何試合行えるかが分からないから。
戦う選手同士の実力差次第では一瞬で終わる試合もあるだろうから、日によって何試合行われるかは状況を見て。

だから日程はあくまで目処。
付添人が毎日集まって代表騎士に一日の予定を伝える必要があるのはそれが理由。

「自分たちの試合の前日には教えて貰えるのか?」
「はい。前日の試合が済み次第付添人に伝えられます」
「そっか。じゃあ当日になって突然試合ってことはないな」
「よほどのことがない限りは」

ルネと話している間にも個人戦の抽選に入る。
約一ヶ月間かけて試合を行う予定とはいえ、代表騎士は団体戦も行うから割とハードスケジュールになる。
個人戦ですぐに負ければ話は別だけど。

「……ん?俺の名前がもう書いてあるんだけど」

巨大スクリーンに映るトーナメント表。
まだ抽選してないのに俺の名前だけ既に右端に書かれている。

「シン殿は英雄勲章をお持ちの英雄エローですので。多くの者が楽しみにしているシン殿の試合は最後に行われます」
「へー。じゃあ俺は抽選に参加しなくて良いのか」
「はい」

俺の試合は予選の最後に行うことが決まってるらしい。
この大会での俺の役目は客寄せパンダ。
予選を盛り上げるために最後に行うんだろう。
自分の役目は理解してるつもりだから不満はない。

そんなことより気になるのはエドの精神状態。
今は触れないでおくにしても気を付けておかないと。
この大事な時にとんでもない暴露をしてくれたものだ。
いや、国王のおっさんどころかルナさまでさえエドの気持ちは知らないだろうけど。

次々に埋まって行くトーナメント表。
観客たちは自分が暮らす領の代表騎士や贔屓の代表騎士が居るのか、ただの抽選会なのに楽しそうだ。

「ロイズの初戦は獣人族か」
「そのようですね」

抽選に行った四人の中で最初に名前が出たのはロイズ。
王都代表騎士の発表とあって観客たちの歓声は大きい。

「初戦から仲間とあたるのは勘弁してほしいな」
「はい。ですがこればかりは引き運ですので」

ルネとそう話して苦笑する。
抽選は箱に入った番号を引くシステムだから、運が悪ければ初戦から仲間内で戦うことになる可能性もある。

「みなさん決定しましたね」
「良かった。みんなと当たらなくて」
「勝ち上がって行けば当たることにはなりますが」
「そうだけど初戦から潰し合うのは精神的にキツい」
「お気持ちは分かります。私個人の考えとしては団体戦を行う代表騎士の個人戦については自由参加でいいと思うのですが」
「たしかに。最強を決める大会だから仕方ないけど」

個人戦で仲間と戦うのは団体戦に響きそうな気もするけど、そのくらいの状況は跳ね除けてこそ代表騎士ということなのか、各地の代表騎士は仲間と敵になったり味方になったりしながら個人戦と団体戦の優勝を目指すことになる。

トーナメント表をメモるルネを横から見ているとワッと大歓声があがって何事かと巨大スクリーンを見上げる。

「シン殿のお相手が決まったようですね」
「うん。俺も獣人族か」

俺の隣に記された名前。
カムリンという名の獣人族らしい。
ロイズと俺が獣人族、ドニとベルが人族、エドはエルフ族が初戦の相手に決まった。

「エドワード殿はあまりよい相手とは言えませんね」
「エルフ族だからか」
「はい。エルフ族は極端に獣人族を見下しますので」
「らしいな。近寄りもしないって前にベルが言ってた」

ロザリアも開会まで種族を明かさない理由にエルフ族のことを話していたくらいだから、よほど差別が酷いんだと思う。
地上の神(笑)を名乗る割には器が小さい。

「ただいま」
「お帰り」

抽選が終わり戻って来た四人。
ベルと話しているエドは笑顔で逆に心配になる。
かといって国家間で決まったことをどうにかしてやることは出来ないんだけど。

「エドは少し引き運が悪かったな」
「相手が誰であろうと力を尽くすまでです」
「そっか」

初戦がエルフ族なことはあまり気にしてないようだ。
会ったばかりの頃は自分が獣人であることを卑下していたのに最近は本当に逞しくなったと思う。

「当たった時には俺も手を抜かない。お互い頑張ろう」
「はい。その時には胸をお借りします」

大会は地上に暮らす人々に考えを改めさせる絶好の機会。
これをきっかけにして、いつの日か獣人族にも暮らしやすい世界になってほしい。

抽選も終わって開幕の儀も閉幕。
貴賓席に並ぶ王家を見上げて小さな溜息をつく。
王女や王子の婚約は両国にとっても国民にとっても喜ばしいことなんだろうけど、エドの気持ちを知ってるだけに素直に「おめでとう」と言える心の余裕はない。

内心ではモヤモヤしたまま表情には笑みをはりつけ大歓声に見送られながらアリーナを後にする。
正直どっと疲れた。

「この後に茶会があるのか……だる」

控え室に戻って鎧を脱ぎながらこの後に入ってる茶会の予定にうんざりして愚痴を洩らす。

「大好きだな。お偉いさんは夜会だ茶会だって」
「他の領地の代表騎士は貴族が多いみたいだし、それが理由でこんなに毎日何かしらの集まりがあるのかもな」
「シンも貴族だろ。しかも伯爵」
「貴族なら夜会好きだと思うな。正装してダンスに付き合わされるよりギルドで冒険者たちと呑んでる方が好きだ」

そう本音を吐露するとみんなは笑う。
元の世界に居た時からパーティーやイベントなどは好きじゃなかったのに、この世界にきて貴族になったからってそれが変わるわけじゃない。

「我々も客席で開幕の儀を見ておりましたがプリンセスの婚約には驚かされました」
「俺たちも驚きました。デュラン領に居た時はそんな話どころか素振りもなかったので」

騎士の鎧や正装用の武器を仕舞う武器防具職人たちはやはりルナさまの婚約の件が驚きだったらしく、ロイズやドニとその話題で盛り上がる。

「国民からすれば待ちに待った嬉しい発表になりましたね。15歳の成人の儀か16歳の生誕祭で発表されるものと思っておりましたが発表がなく、17歳の生誕祭は行わないまま終わりましたので。武闘本大会まで待ったのでしょうか」
「そうかも知れませんね。あえて五十年に一度の大会まで待ったのかも」

婚約の話題に盛り上がるみんなに悪気はない。
エドの気持ちを知らない人にとっては喜ばしい発表だったことは間違いなく、盛り上がるのも仕方がない。

「ルネ。茶会はパス出来るか?」
「お疲れですか?」
「いや。明日のデモンストレーションの練習や訓練に時間を使いたい。対戦相手も決まって訓練に集中したい時にのんびり茶を飲みながら中身のない話をする時間が無駄にしか思えない」
「そうですね、私もそう思います。宿舎に戻り次第シン殿の茶会はキャンセルして訓練室の予約をとります」
「頼んだ」

怖いくらいに有能。
王城に仕えるでありながらブークリエ国の貴族としての務めよりも俺の考えを優先してくれるんだからありがたい。
ルネも無駄な時間と思ってたってことだろうけど。

「私もキャンセルできますか?訓練したいので」
ワタクシも出来るのであれば」
「俺も訓練がいい」
「うん。出なくても大丈夫なら」

エドに続いてみんなもキャンセルを申し出る。
みんなも優勝を目標にここへ来てるだけに優雅に茶を飲んでる時間が惜しいと感じるのは同じらしい。

「承知しました。王都代表騎士は全員キャンセルということで手続きいたします。本日はお部屋で作戦を練る代表騎士も多いことと存じますので一番広い訓練室の予約を申し込みます」
『お願いします』

王都代表騎士は花(茶会)より団子(訓練)。
上品な人たちに混ざって優雅に過ごすより体を動かして汗に塗れている方が俺たちにはお似合いだ。

「みなさまやる気ですね。試合が楽しみです」
「本当に」

そう話す武器防具職人と衣装屋。
俺が茶会をキャンセルしたのは出席してるかも知れないロザリアと顔を合わせるのを避けたかったのもある。
大役を任されて祝歌を歌ったことを素直におめでとうと言ってあげられたら良かったけど、エドのことを考えると今はまだ言えそうにない。

エドも茶会を避けたのは婚約の話題になるからだと思う。
身分差を考えればどんなに慕ったところでエドの恋心が叶うことはなかったのかも知れないけど、こんな時にこんな形で聞かされるとは思ってもみなかっただろう。

「近い内にみんなで宿舎の外も見て回るか」
「賛成。出店が今日から出てるから賑わってると思う」
「我々も大会期間中は武器や防具の販売を行います。各地からあらゆる職人や商人が集まって軒を連ねておりますので掘り出し物が見つかるかも知れませんよ」
「それは楽しみ。各地の食べ物も食べてみたいし」

どうせなら訓練や試合の間の気晴らしに。
部屋と訓練室の行き来だけでは気が滅入りそうだから。
着替えを済ませてヤンさん達とはまた試合の日にと話し、魔導車が待っている俺たちは一足先に闘技場コロッセオを出た。


「お疲れさま」
「エミー?」

出入口で待っていたのは数人の騎士とエミー。
王家の護衛なのにどうしてここに。

「君たちが出て来るのを待っている人たちが多すぎる。魔導車を出入口の目の前に停めるから悪いけど急いで乗ってくれ。あの興奮状態では怪我人が出かねない」

出待ちってヤツ?
元から魔導車で宿舎に戻る予定ではあったけど、終わったら待機してる所まで自分たちで歩いて行く話になってたんだけど。

「俺たちと言うよりシン待ちですよね」
「もちろん英雄エローのシンを見るのが目的の人も多いだろうけど君たち王都代表を待っているには違いない。私たちもまさかここまでとは想定していなかったから警備兵の数が足りない」
「それで賢者さまや騎士団の人たちまでここに」
「そういうこと」

王家の護衛から離れる事態になるほどってことか。
幾百年ぶりの英雄エローの誕生はそれほど地上の人々にとって重要な意味を持つんだろう。

英雄エロー!』
「……うわ……」

魔導車が着いた報告が入って出ると見渡す限りの人、人、人。
警備兵が柵を立てて辛うじて魔導車が通れるだけの道を空けているけど、広いはずの会場前が人で埋め尽くされていた。

「早く行きな」
「シンさま、お急ぎください」
「止まらず魔導車へお乗りください」

まるで神か王かというような熱狂ぶり。
左右から俺たちの名前を呼ぶ声が絶え間なく聞こえる。
黄色い歓声とはこういうことかと思いながら騎士たちに周りを護られつつ急いで車に乗った。

「すぐに出発いたします」
「頼んだ。気を付けて」
「はい」

押し込まれるように全員が乗ったら早速出発。
魔導車のドライバーの運転は普段なら穏やかなんだけど今はそうも気遣っていられないらしい。

「危な」
「鍵をお締めください!危険です!」
「は、はい!」

柵を乗り越える人たちを発端に、その人たちを止めるために警備兵が移動した隙をついて別の場所から柵を超えた人たちで魔導車はあっという間に囲まれ、助手席に居るルネから言われたドニは思わず敬語になりながら鍵を閉める。

「怖い怖い怖い」
「ベッタリ張りついてる」

窓に張りついて中を覗く人たちにビビるロイズとドニ。
全方向に張り付かれてるからホラー映画でも見ている気分だ。

「これは動かせないな」
「はい。賢者さまと騎士団のみなさまにお任せして道が空き次第すぐに再出発いたしますので少々お待ちください」
「うん。念のために障壁はっとく。ぶっ壊されそう」
「お手数をお掛けします」

鍵がかかってるのにムキになってドアをガチャガチャする人も居るからお高い魔導車が壊されないよう外に障壁をかける。

「あ、離れた」
「正確に言うと障壁に弾かれたんだけどな」
「ああ、そうか」

物理障壁をかけたからもう車には触れない。
それでもまだ障壁を叩いてるのが凄い執念だけど。

「一般に解放された途端に大変なことになりましたね」
「これでは何人拘束者が出ることか」
「群衆心理のいい見本だな」
「群衆心理?とは?」

この世界では使われない言葉なのかエドに首を傾げられる。

「例えば今の状況も一人の時なら危険で罪に問われる行為だと分かるのに、周りで多くの人たちがやっていると自分もやって大丈夫な気がしてくる。そういう心理のことを俺が居た世界では群衆心理って言うんだ。群衆心理は普段冷静で優しい人でも暴力的になったりするから怖い」

今まさに『赤信号、みんなで渡れば怖くない』の状況。
拘束されて集団ではなくなった時にはじめて冷静になって「なぜあんなことを」と後悔する人も多く居ることだろう。

「あ。あれ」
「レイモン!」

魔導車の進行を止める人たちを退ける人を見てロイズは声をあげる。

「ネルとセルマも居る」
「あちらでも王都の冒険者たちが」
「アイツら来てたのか」

取り囲む人たちを引き離してくれてるのは王都の冒険者。
警備兵や騎士たちだけでは対応しきれない状況を見兼ねて手を貸してくれたんだろう。

「道が空きました。出発いたします」

早く行けとジェスチャーするレイモンやネル。
セルマも傍に来れないよう障壁をはってくれていて、その空いた道を通って漸く闘技場コロッセオの前から抜け出せた。

「あとでアイツらに礼をしないとな。本当に助かった」
「うん」
「酒がいいか」
「だな」

俺に答えたロイズとドニは少し嬉しそう。
王都の冒険者たちが道を作ってくれて嬉しかったんだろう。
いい仲間たちだ。

その後は無事に宿舎へ到着。

「生きて帰って来れたぁぁ」
「宿舎が天国に見える」
「急激に疲れましたね」
「シンさまの仰るように群衆になると恐ろしい」

車内でグタっとする四人。
俺もだけど宿舎が安息の地に感じる時が来るとは。

「お疲れさまでございました」
「お互いに。大変な状況で運転してくれてありがとう」
「嬉しいお言葉をありがとうございます」

誰が一番お疲れかと言えばドライバー。
お礼を言って魔導車を降りた。

「キーを受けとって参ります」
「ありがとう」

先に到着していた代表騎士で混雑している一階フロア。
受付にも各地の付添人が並んで待っている状況だ。

「なんか腹減った」
「俺も」
「もう時間が時間だからな。俺も減ってる」

朝から闘技場コロッセオに行って開幕の儀と抽選を行ったから昼食は食べていない。
無事に帰ってこれた安心感もあるのか腹が減ったことを口にするとドニとロイズも同意する。

「茶会の前の短時間で食べることになるから宿舎内の食堂はどこも混むだろうし、俺たちは外に出て外食にするか」
「さっきみたいに囲まれそうじゃないか?」
「そこはローブを着てフードで隠すしかない。そのまま訓練室に行けるように訓練着で行こう」

英雄エローとして来てる大会期間中まで姿を隠すはめになるとは思わなかったけど。

「お待たせいたしました」
「ありがとう。訓練室の予約とれた?」
「はい。A訓練棟の最上階がとれました」
「やっぱ今日は訓練より作戦を練る代表騎士が多いのか」
「そのようです」

ルネが予想していたように、まずは初戦であたる相手の対策を練ってから訓練をする代表騎士が多いんだろう。

「訓練前に外で食事するんだけどルネも来れるか?」
「ご一緒させていただけるのですか?」
「もちろん。ルネも王都代表の一人だからな」
「もったいないお言葉。お供させていただきます」
「訓練着に着替えるから30分後に術式前で集合」
「承知いたしました」

直通の術式に入って最上階へ戻り一旦解散。
部屋に戻って早速上を脱いでシャワーを出す。
これから訓練をしたらまた汚れるけどその前に外食をするから軽く入っておきたい。

「あ。バスボム入れてくれてたのか」

浴槽に目が行きふと気付く。
開幕の儀の間に部屋の掃除をしてくれた人がバスボムを入れておいてくれたらしい。

「凄い泡だな」

水(お湯)に触れてブクブクするバスボム。
水圧に弾かれてシャボン玉が出来ている。

「シャボン玉……」

……こ れ だ(閃き)!

明日のデモンストレーションで行う魔法。
パレードでもやった水と光を使った魔法の他にも幾つか考えたけど、デモンストレーションの時間が15分間と長いこともあってもう少し種類が必要だとルネと話していたところ。

水魔法なら安全だし、シャボン玉なら子供も楽しめる。
シャボン玉は石鹸が必要だから水魔法で水球を作るとして、それを様々な形にすれば大人でも楽しめるだろう。

どんな形が喜ばれるかを考えながら急いで風呂を済ませた。


集合時間より前に出てエドの部屋の呼び鈴を鳴らす。

「シンさま。どうなさったんですか?」
「少しいいか?着替えながらでいいから」
「はい。どうぞ中へ」

出てきたエドはまだ着替えの真っ最中。
迎え入れられてエドの部屋に入る。

「ルナさまのことですか」
「うん。なにも言うなとは言われたけど、試合に集中するためにもエドの気持ちだけは聞いておきたい」

俺が一人で来た時点で話の内容は分かっていたらしくエドは着替えながら苦笑する。

「私とベルは両親を亡くし子供二人でひっそり暮らしていたのですが、奴隷商に拐われ命からがら逃げ出しました。そのあと行く宛てなく王都森林で数日彷徨っていたところを偶然見つけて保護してくださったのがルナさまだったんです」

なるほど。
つまりルナさまはエドとベルの命の恩人ってことだ。

「見窄らしい私たちを王都へ連れ帰り名前がなかった私とベルに名前をつけてくれて、住む場所はもちろん知識を学べる環境までも与えてくださいました。獣人の私たちが国仕えの軍人になれたのもルナさまが口利きをしてくださったからです」

国仕えの軍人になれるのはひと握り。
何かあれば戦場に立つことにはなるけどそれなりの給料が貰えるから生活は安定する。
だからルナさまは口利きしたんだろう。

「そういう経緯があって惚れた訳か」
「正直に申しますと自分でもこの好意がどのようなものなのか分かりません。プリンスと幸せになって欲しいと思う反面、出来ることなら私がお守りしたかったと思う気持ちもあります」

それならやっぱり惚れてたんだろうに。
身分差を考えてその答えに辿り着くのを避けているだけで。
なんとも奥ゆかしい話だ。

「ですがシンさま。婚約発表されたからこそ優勝したい気持ちが強くなりました。ブークリエ国のプリンセスの婚約が決まったこの時に王都代表騎士が土をつける訳には参りません。シンさまには気を揉ませて申し訳なかったですが、このことに関してこれ以上の気遣いは不要です」

かっこいいな、エド。
俺の目を見て言いきったエドにそう思う。

「エドの気持ちは分かった。必ず優勝しよう」
「はい」

もう婚約の件でエドの顔色を伺うことはしない。
一人の男が自分で道を選んだんだから。

俺たち王都代表騎士の目標は優勝のみ。
 
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凡人がおまけ召喚されてしまった件

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