ホスト異世界へ行く

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第六章 武闘大会(前編)

再開と再会

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デュラン領での療養も早いもので一ヶ月。
武闘大会まで残り半月ほどとなった。

「ストップストップ!元気になりすぎだろ!」
「やっと許可がおりたんだ。運動させろよ」
「お前には運動でも俺たちには生死に関わる!」

そう怒るのはドニ。

「一ヶ月以上療養してた奴の体力じゃない」
「さすが主。多少の加減はお願いしたいですが」
ワタクシたちの方が先に力尽きそうですね」

そう話すロイズとエドとベルも肩で息をしている。

「片目を塞いだ者に遅れをとるとはな」
「ぜんっっぜん!ハンデになってませんから!」

やれやれという様子で言う魔王にもドニが反論する。

「仕方ない。休憩して昼食にするか」

俺が鞘に刀をおさめると四人は大息をついた。

「どうだ?久々に訓練してみて」
「鈍ってる感はあるけど大会までに間に合わせる」
「そうか。夜はまた治療をするからな」
「うん。ありがとう」

一ヶ月間半治療を続けて昨日ようやく訓練の許可がおりた。
既に日常生活は送れるようになってたけど、訓練できるほどの回復状況ともなるとさすがに時間がかかってしまった。

「みなさまお疲れさまです」
「お食事の用意はできてますわ」
『お疲れさまです』
『ありがとうございます』

待っていたのはルナさまとアデライド嬢とメイド三人。
訓練の邪魔にならないよう敷地の端で昼食の準備をして待っていてくれた。

「体調は如何ですか?」
「大丈夫ですよ。久々に動けて気分もいいです」
「それを聞いて少し安心しました」
「みんなに手助けして貰って療養に集中できたお蔭です。ありがとうございます」

ルナさまからタオルを受け取って答える。
この一ヶ月半、みんなには色々と手を煩わせてしまった。

「まだまだ無理は禁物ですわ。フラウエルさまからの注意事項は必ずお守りくださいませ」
「うん。分かってる」

正直まだ完治はしていない。
左手の小指と薬指には痺れが残っているし、右目もまだ二重に見えているし、時々体に激痛が走る時もある。
でもボロボロになっていた内臓や神経は治ったから、残り期間を考慮して訓練の許可を出してくれた。

「やっぱりフラウエルさんは凄いですね。上級回復ハイヒールを使える白魔術師や神官でも治せないくらい傷ついてたシンの体をたった一ヶ月半でここまで回復させたんですから」

エドからリフレッシュをかけて貰ったロイズは椅子に座りながらそう話す。

「肉体はもちろん回復の速さにも関わる精神力を鍛えていたというのが大きい。治療の妨げにならないよう話さなかったが、あの状態では会場に立てる程度に回復すれば上々だった。この速さで回復できたのは本人の自然回復力が高かったからだ」
「そこまで酷かったのか」
「生きてることが奇跡だ。鍛えてくれた子供賢者に感謝しろ」
「それは本当に感謝してる」

俺の自然回復力が高いのはエミーのお蔭。
少しの怪我くらい舐めておけば治るとなかなか回復ヒールを使わせてくれなかったことが治療に役立ってくれた。

「賢者さまの体調はどうなんですか?」
「魔法検査にも異常がなく既にお仕事に戻られたとテオドールから聞いています。ただ、療養中に溜まってしまったお仕事が終わらないと嘆いていたと」

パンをちぎりながらロイズとルナさまの会話に笑う。
王都から離れてるからまだ顔は見れてないけど、エミーが目覚めたことと検査の結果に異常がなかったことは俺も使者から報告を受けている。

「食事中に失礼するよ」

そんな口調と声。
後ろから聞こえたそれに慌てて振り返る。

「タイミングが悪かったかな?」

食事をしている俺たちの方に歩いて来る子供。
翡翠色の長い髪はポニーテール、服装は軍服姿。
腰には剣を携えている。

『エミーリアさま!?』

みんなの驚く声の中、姿を見て反射的に立ちあがった。

「礼に来るのが遅くなって悪かったね」

そう話しながら俺を見上げたのはエミー。
使者から報告を受けてもう安心していたはずなのに、変わらないその姿を実際に見たら様々な感情がこみ上げる。

「……無事で良かった」

しゃがんで顔に触れた手のひらに伝わる体温。
こうして元気な姿を見せてくれたことが何よりの礼だ。

「そんなに私に会いたかったのかな?」
「その減らず口を叩く口にも回復ヒールが効けば良いのにな」

死線を彷徨っても相変わらず口の減らない奴だ。
ただそれがエミーらしくて笑う。

「この目の眼帯も私の所為か」
「所為ってなんだよ。俺が自分で決めて行動したことなんだから誰の所為でもない」

右目にした革製の眼帯に触れたエミーに答える。
自分がやると決めてやったことを誰かの所為にするほど腐ってはいない。

「エミーに死なれたら俺が困るんだ。まだデスマーチ中に魔法を使わせられてないのに勝ち逃げはさせない」
「蔑まれるのが好きな変態の愛弟子とは困ったものだ」
「全然好きじゃねえから!」

笑いながら互いに背中に腕を回して抱きしめあい、その体温で生きていることを確認した。

「魔、いや、フラウエル。君も私を救ってくれたそうだね。礼を言うのが遅くなって悪かった。心から感謝している」
「俺に礼は要らない。夕凪真が命懸けでお前を救おうとしていたから手を貸したまで。夕凪真がお前に死なれては困るように俺も夕凪真に死なれては困るんでな」
「それでも私が救われたことは事実だ。君とシンが居なければ私はここに居ない。感謝くらいはさせてくれ」

お互いが理由。
理由はなんであろうとそれがエミーの命を繋いだ。

「質素な体を見せられた詫びだけは受け取ろう」
「素晴らしい体を見せていただいてありがとうの間違いだろ」
「どこがだ。大したことのない奴ほどよく吼える」
「……お前とは剣で語り合う必要があるようだ」
「受けてやろう。退屈してたところだ」
『えぇ!?』

転移を使って一瞬で敷地の真ん中へ移動した二人にみんなは驚き、俺は二人やみんなの様子を見て笑う。

暴れられるのも体に異常がない証拠。
ずっと引っかかっていた不安が解消されて心から安心できた。

……けど。

「お二人ともやりすぎです」
「すみません」

お怒りのルナさまに謝るエミーとツンとする魔王。
最初は剣で戦っていたのに段々と熱が入り始めた二人は魔法まで使いはじめ、訓練のために使っている敷地の地面に大穴をあけてルナさまから説教されている。

「やっぱフラウエルさんも賢者さまだったのか」
「エミーリアさまと対等に戦っておられましたものね」
「うん。エミーリアさまと対等に戦えるなんて絶対ただの一般人じゃない。戦いのレベルが俺たち一般人とは違いすぎる」

メイドが淹れてくれた食後の紅茶をのんびり飲みながら話すドニとアデライド嬢。
敷地の真ん中で熱い戦いが繰り広げられている最中も何事もないように食事をしていたみんなのメンタルが強い。

「フラウエルさんが使った炎の弓かっこ良かった」
「魔法で弓を作るなんて規格外にも程があります」
「賢者さまは魔法の形も自由に変えられるんだから出来てもおかしくない。きっと凄い手練の賢者さまなんだろうな」

ロイズとベルのそんな会話にもエドと苦笑う。
賢者じゃないけど賢者すらも凌駕する魔王というスーパーチートキャラです。

それから数十分後。

「お疲れ。整地ありがとう」
「まさか俺まであんなことをさせられるとは」
「一緒にやったんだから後始末も連帯責任に決まってるだろ」
「お前が光魔法の威力をあげすぎたからだろう?」
「あげないと死ぬような魔法を撃ったのは誰だい?」

ルナさまから怒られ魔法で敷地を整地した二人。
エミーは愚痴るフラウエルにリフレッシュをかけて自分にもかけたあと椅子に座る。

「賢者さまはお食事なさいましたか?」
「まだ。仕事を片付けてそのまま来たんでね」
「よろしければこちらをどうぞ」
「私もいただいていいのかい?ありがとう」

取り分けてあったフラウエルの分とエミーの分の食事をアデライド嬢が置いてメイド衆が紅茶を淹れる。

「食欲もあるみたいだし体調は問題なさそうだな」
「お蔭さまで。隅々まで検査を受けさせられたけど一切異常はなかった。医療師たちもさすがに驚いていたよ」
「そっか。しっかり効いてくれて良かった」

やっぱり自分の目で見て確認した方が安心できる。
フォークを口に運ぶエミーは以前の食欲と変わりない。

「そうだ。忘れる前に話しておくけど、武闘大会の三日前に街頭パレードを行うことになった」
「パレード?なんの?」
「お前たち代表騎士のパレードに決まってるだろ?」
『……え?』

ベーグルサンド(もどき)を片手にサラっと言ったエミー。

「パ、パレードって、俺とドニもですか!?」
「当然君たちもだ。代表騎士なんだから」
「でも俺たちは一般国民ですよ!?」
「一般国民だろうと王都代表には違いない」

一瞬の沈黙のあと慌てたのはロイズ。
エミーは『だから?』というようにまたサラっと答える。

「なんでここにきて突然決まったんだ?」
「国民の要望だよ。大会の前に代表騎士たちを生で見たいと司書室に要望が殺到してる。そのうえ貴族たちまでパレードの資金を支援すると言い出した。断れないだろ」

貴族たちが支援って……マジで?
療養中に王都で何が起きてるんだ。

「これについては君個人の話だから後でテオドールが詳しく話すだろうけど、西区への寄付はどこで受け付けているのかと貴族家からの問い合わせも続いている」
「寄付も!?」

いや、ありがたい話なんだけど急すぎて。
今まで西区で炊き出しを行ってくれる貴族は居ても寄付なんて話は出たことがなかったのに。

「君の決死の行動がプライドの塊だった多くの貴族たちの心を動かしたんだ。自分たちの命を救ってくれた英雄の活動を支援したいと。あの日の君の姿に心を打たれたのはデュラン侯爵家とシモン侯爵家だけではなかったってことだ」

まさかそんなことになるとは。
ただ必死だっただけなのに。
思わず無言になるとエミーは笑う。

「結構なことじゃないか。今後ますます西区には莫大な資金がかかるんだ。しこたま貯めこんでる貴族たちから頂戴するくらい迷う必要もないだろ。西区の領民のためになるんだからね」
「腹黒いな!」

俺が前にやったのを覚えていたらしく、親指と人差し指で輪を作りお金を表すジェスチャーをして言うエミーは腹黒い。
でもまあたしかに西区に莫大な資金がかかるのは事実だし、寄付をしてくれると言うならありがたく受け取ろう。

「みんなが見たいのは英雄エローの姿だろ?つまり俺たちはパレードに参加しなくても」
「逃げようとしても無理だよ。君たちが一般国民と獣人だからなおさら大きな話題になってるんだ。シンの存在が精霊族の中で大きくなってるからこそ、その英雄が選んだ一般国民と獣人をみんなが見たくなるのも分かる」

パレードを避ける理由にしようとしたドニはエミーから食い入るように無理と言われて落ち込む。
そんなにイヤなのか……。

「勇者さまでもないのにパレードなんて」
「勇者は勇者。代表騎士は代表騎士。別物だろ」
「それはそうですけど」

アワアワするロイズと落ち込むドニの姿に笑う。

「エドとベルは軍人だけあって落ち着いてるな」
「「…………」」
「エド?ベル?」
「意識が遠くに行ってるだけのようだね」

二人は静かだと思えば放心状態になっているらしい。
仕方ないからしばらく放心させておこう。

「大会の三日前ってことは出発日だよな?パレードが終わった足でそのまま会場に向かうってことか?」
「そう。本当はもっと前に出来れば良かったけど国民の声に応える形で急遽決定したからね。これでも準備期間は目一杯だ。みんなには会場入りする前にひと仕事させて悪いけど」

代表騎士が会場入りするのは開催日の三日前。
一般国民に解放されるよりも前に会場入りして、代表騎士のための宿泊施設に約一ヶ月間滞在することになる。
ちなみに会場と呼ばれる敷地内には代表騎士のための選手村や本命の闘技場コロッセオの他、試合を見に来る人用の宿泊施設やレストランや出店や土産物屋とあらゆるものが揃っているらしい。

「パレードの服装は?」
「代表騎士用の礼服。サイズ測っただろ?」
「うん。じゃあ俺たちが急いで準備する物はないな」
「ない。全て国側で用意する」
「分かった。それならここで訓練を続ける」
「そこは君たちに任せるよ」

王都が騒ぎになってるならここの方が集中できる。
王宮地区に暮らしている俺やエドやベルはまだしも、王都地区暮らしのドニやロイズは囲まれてしまうかも知れないから。

「パレードも大会も楽しみですわ」
「ええ。本当に」

ワクワクするアデライド嬢にルナさまはフフと笑う。
パレードはやりすぎな気もするけど、五十年に一度の大会だからこそ国民たちも盛り上がっているんだろう。

「私が直接訓練をしてやりたいけど時間が足りなくてね」
「エミーリアさまから訓練を受けたら大会前に息絶えます」
「ご自分の仕事に集中してください」

エミーの話に即座に反応したのはロイズとドニ。
‪分かりやすい(  ˙-˙  )スンッ‬としたその顔に笑った。


「さて。食べ逃げのようで悪いけど私は帰るよ」
「もうお帰りになるのですか?」
「これからギルドに行かないといけないんだ」
「そうなのですか」

エミー大好きっ子のベルはしょぼん。
垂れた耳と尻尾が可愛すぎる。

「訓練頑張るんだよ。試合楽しみにしているからね」
「はい!頑張ります!」

今度は左右にパタパタ。
鎮まれ俺のモフり欲。

「フラウエル。任せきりで申し訳ないけど引き続きシンの治療を頼む。私では君ほどの回復はさせられない」
「お前に頼まれずとも続ける。俺の半し」
「口がまた緩んでるぞ?」

口を滑らせそうになったフラウエルの口を手で塞ぐ。
本当にこのだけは毎回毎回焦らせてくれる。

「次に会うのは王都へ帰って来てから。私が見てないからって訓練をサボるんじゃないよ」
「サボる暇なんてないし。みんなより出遅れたのに」

去り際まで訓練訓練と。
立派な師匠すぎて泣ける。

「じゃあね。みんなの試合楽しみにしてるよ」

地面に術式を描いたエミーはみんなにもそう声をかけると嵐のように去って行った。

「エミーリアさまらしいですね。どこからともなくスッと現れたかと思えば用が済み次第スッとお帰りになる」
「本当に。忙しない」
「お忙しい方ですから」

ルナさまと話して互いに苦笑する。
それを言ったってことはルナさまに対してもそうしてるってことだろうけど、王女相手にいいのかそれ。

「……よし。今は訓練しよう」
「うん。今は集中しよう」

真顔で訓練を再開するロイズとドニ。
訓練に没頭してパレードの現実からは逃避するようだ。

「シンさま。後でまたお手合わせ願います」
「私ともお願いします」
「分かった」

エドとベルの切り替えの早さはさすが軍人。
二人も早速訓練を再開する。

「お前は少しマッサージをしてからだ」
「うん。頼む」
「シート敷きますわね」
「ありがとう」

俺の訓練が本格的に再開したのは今日から。
昨日もマラソンや筋トレ程度はしたけど、今日は約一ヶ月ぶりの本格的な訓練だから休憩を挟みながらやる約束をしている。

「どこか痛みは出てないか?」
「今のところは平気」
「後になって痛みが出ないといいが」
「筋肉痛くらいはなるかもな。歩く以外はしてなかったし」

激しい運動は久しぶり。
歩けるようになってからも散歩くらいしかしてなかったから筋肉痛にはなりそうだ。

「残り半月か。あっという間だな」
「うん。あと半月で少しでも体力を戻さないと」

脚のマッサージをしてくれながら魔王はクスと笑う。

「お前らしいと言うべきか」
「ん?」
「いや。それだけ回復したのはいいことだ」
「え?うん。フラウエルには本当に感謝してる」

何が言いたいのか首を傾げて見せると魔王はまたクスと笑っただけでなにも言わなかった。





大会に向けた訓練に明け暮れる日々。
日が沈むまでみんなで訓練をして夜に治療を受ける。
そのお蔭でしつこく残っていた左手の痺れはなくなった。

「今日でここでの生活も終わりか」

残りの半月はあっという間。
明日は王都に帰る。

「やはり右目は治してやれなかったな」
「大丈夫。フラウエルが治療してくなかったらここまで回復できなかった。本当にありがとう」

デュラン領での最後の夜も温泉に浸かって治療を受けつつ今日まで治療を続けてくれた魔王に感謝を伝える。
右目の複視ふくしは治らなかったけど、完治の保証はないと言われるほどボロボロだった体が治ったんだから奇跡のようなもの。

「それに眼帯姿の俺もちょっとかっこいいと思わないか?いて言うのなら三塚井ザ〇ロちゃん的な眼帯じゃなくてキング・〇ラッドレイ的な眼帯が良かったけど」
「キング?」
「ああ、ごめん。俺が居た世界のアニメキャラの話」

ものもらいになった時などにする耳にかけて目の部分を隠す眼帯を想像してたんだけど、ルナさまが用意してくれたのは顔の四分の一を隠す勢いの黒い革製の眼帯。
この世界にも患部を覆う目的の眼帯はあるらしいけど、冒険者や軍人のように運動量が多い人ではズレたり外れたりしてしまうから頭の後ろで留めて固定できるこちらを使うと言われて確かになと納得した。

「アニメ……以前話していた動く絵か」
「そうそう。俺が居た世界にあった娯楽。今言ったのは眼帯してるキャラクターの名前」

地球では子供の頃から意識せずとも周りにあった漫画やアニメもこの世界にはないもの。
挿絵のついた小説や絵本ならあるけど(但しクソ高い)。

「お前の居た世界は退屈しなさそうだ」
「どうかな。たしかに娯楽の種類は沢山あったけど、人生が退屈だって愚痴る奴も少なくなかった」
「贅沢な話だ」
「ほんとにな。俺もその贅沢な一人だったんだって、この世界に召喚されて気付いたけど」

当然のようにあるものにありがた味を感じることは少ない。
なくなって初めて気付くことも沢山あった。

「この世界には娯楽が少ない。そんな生活の中での武闘本大会は老若男女が楽しみにしてるビッグイベントだ。代表騎士に選ばれた限り優勝を目指すのはもちろん、国民みんなに少しでも楽しんで貰えるような試合をしたいと思ってる」

貴族はまだお茶会だ夜会だと娯楽があるけど一般国民の生活にそんな余裕はない。
大会は階級も年齢も性別も種族も関係なく参加できるイベントだからこそ娯楽の少ない人たちにも楽しんで貰いたい。

「地上の英雄か」
「ん?」
「お前は生涯精霊族のために何かをしていそうだ」

そう言って魔王は苦笑する。

「俺には精霊族のために何かしてるって感覚はない。みんなの生活が少しでも潤えばいいなって程度で。魔界に暮らしてても出来ることがあるならやるかも知れないけど」

身近な人のためになることならって考えしかない。
精霊族のためなんて、そんな大規模なことをやり遂げられるのは国王のおっさんくらいだ。

「……魔界に来る気はあるのか」
「は?フラウエルがマルクさんに言ったんだぞ?天地戦が終わったら俺や子供と一緒に魔界で暮らすって」
「言った。俺はそうしたいと思っている」
「じゃあなんで訊いたんだ?」

魔王本人が俺や子供と魔界で暮らすと話してたから俺もそのつもりで今できることをしてるのに。

「地上でやろうとしていることが沢山あるだろう?それに、長い時間を一緒に過ごせたここでの生活が終わることを少し残念に思ってるのは俺だけのようだったんでな」

なるほど。
あれもこれもやりたいと地上での将来を語られたら魔界に来る気がないと思ってしまうのも当然か。

「ごめん。そこは俺の配慮が足りなかった。ただ、この生活が終わるのを少し残念に思ってるのは俺も同じだ。領地の人は親切ないい人たちだったし、みんなで訓練をしたり食事をしたりする生活も楽しかった。フラウエルのことも沢山知ることが出来たし、沢山手助けしてくれて本当に感謝してる」

ここでの生活を名残惜しく思うのは俺も同じ。
みんなと同じ屋敷の中で暮らして朝昼晩と顔を合わせ、同じ食卓を囲んで同じ食事を口に運び、色々なことを話しては悩んだり笑ったりと充実した生活だったから。

「将来魔界に行くことを前提にブークリエ国の人たちへ今の俺でも遺せることをしてるだけ。最初は勇者じゃないのに手違いで召喚されるし二度と帰れないしでロクでもないって思ったけど、今となっては大切な人たちも出来た。精霊族のためじゃなくてその大切な人たちのために一つでも多く遺して行きたい」

改善に力を入れているのは少しでも多く遺したいから。
あれもこれもと欲深くなるのはそれがあるといいんじゃないかと思うものだから。
ただ、地上に居る間に全て出来るとは思っていない。

「でもフラウエルもここでの生活を名残惜しく思ってるとは思わなかった。正体や実力を隠して貰ってるから窮屈だろうと思ってたのに、同じ考えだったことは少し嬉しいかも」

なにせ魔王と俺では考え方に大きな差がある。
その相手と共感できることがあるのは素直に嬉しい。

「それは感情豊かなお前を半身にしたからだ。今までは魔族の長として誰かの上に立ち続けることが当然だと思っていたし、何かが終わることに対して複雑な心境になることもなかった。多くの魔族は魔王の俺に強さ以外のものを求めてはいない」

魔王という存在の圧倒的な孤独感。
同じ魔族からでさえ望まれているのは唯一無二の力を持つという名の強者で、フラウエルという魔人ではない。

「じゃあ今日はその複雑な心境を埋めるために半身の俺が一緒に寝てやるよ。ただこれだけは言っとくけど、帰ってからも好きな時に会いにくればいいし俺からも会いに行く。ここでの生活は終わっても俺たちの関係まで終わる訳じゃないから」

終わるのはあくまで生活。
魔王と俺が半身同士だってことは変わらない。

「ただしだからな。睡眠の方の寝るだから」
「…………」
「なんだその分かり易い不満そうな顔は。伽の相手なら城に帰れば居るだろ。俺たちは半身だからそこは別」

不満を訴える分かりやすい表情をする魔王。
先に忠告しといて良かった。


温泉と治療を済ませて屋敷に戻る。

「お帰りなさいませ」
『お帰りなさいませ』
「ただいま戻りました」

最後の日まで出迎えてくれたのはアデライド嬢とメイド。
王家のルナさまはパレードや武闘大会の準備が必要だから、三日前にメイド数人を連れて一足先に王都に帰った。

「四人は?」
「食堂でお待ちです」
「結構待たせた?」
「先程お戻りになったばかりですわ」
「じゃあ良かった」

四人が利用しているのは俺とは別の温泉。
治療をするから俺とフラウエルは先に出たんだけど、後から出た四人の方が先に戻ってきていたらしい。

「お戻りになりました」
「待たせてごめん」
「大丈夫。俺たちも戻って来たばっかだから」

すでに食堂の椅子に座っていた四人。
待たせたことを詫びて魔王と俺も食卓につく。

「今日でデュラン領ともお別れか」
「早かったな。二ヶ月近く居たはずなのに」

デュラン領での最後の夜。
感慨深いものがあるのか、ロイズとドニはメイドが淹れてくれたお茶を飲みながらそう話す。

「最初はどうなることかと思いましたが、過ぎてみれば実りのある二ヶ月でした」
「ほんとそうだよな。プリンセスやご令嬢と暮らすなんてどうなることかと思ってたけど」

ベルが言ったことに同意したのはドニ。
ベルが『どうなることか』と思っていたのはルナさまじゃなく魔王の方だと思うけど。

「私はシンさまと生活が出来て嬉しかったです」
「うん。可愛い奴だ。あとでモフってやる」
「どんな褒美だよ」
「喜んでるし、睨んでるけどな」
「……獣人はそれが褒美になるのか」

モフモフ一つで喜ぶエドとエドを睨むベルを見てロイズとドニは‪(  ˙-˙  )スンッ‬とする。
獣人全てがそうなのかは俺も知らないけど、少なくともエドとベルは撫でられるのが好き。

「みなさま。お話もいいですが、お食事もどうぞ」

食堂のドアが開いてカートを引いたアデライド嬢やメイドたちが入って来る。

「今日は一段と豪華」
「訓練最終日ですもの」

カートの上からテーブルに置かれる料理は豪華。
アデライド嬢が席につく間にもメイドたちがテキパキと準備をしてくれた。

「食べる前に言っておく。アデライド嬢とメイドのみんな。ここに来て約二ヶ月、みんなが世話をしてくれたから俺たちも訓練に集中できた。本当に感謝してる。ありがとう」

準備が終わりメイド衆も揃ったことを確認してお礼を伝える。
料理はもちろん掃除洗濯買い物と全てやってくれていたから、最後の夜の今日は改めてお礼を言っておきたかった。

「嬉しいお言葉をありがとうございます。英雄エローさまからそうおっしゃっていただけるなんて光栄ですわ」
「恐れ多いことでございます」

アデライド嬢はフフっと笑い、俺に答えたメイド長に合わせて他のメイドたちも笑みで丁寧に頭をさげた。


みんなで豪華な食事を食べたあと雑談して、いつもより少し早めに部屋に戻る。
明日の早朝には王宮関係者が迎えに来るからこの部屋で過ごすのも今夜が最後。

「荷物はこれだけか」
「うん。殆どの物はデュラン侯爵が揃えてくれてたから。俺が王都から持って来た私物はそれだけ」

部屋の端に置いてあるバッグ一つ。
デュラン侯爵から「全て揃えてあるから身一つで」と言われたものの下着と私服と訓練着は数枚持って来たけど、その数枚すらも持って来る必要がなかったくらい完璧に揃えてあった。

「いつも俺が頼んでる仕立て屋から聞いたらしくて、下着まで俺が普段使ってる特注の物で揃えてくれてた」
「治療に専念できるよう普段使いの物を用意したんだろう」
「多分そうだと思う」

ここに暮らしていたみんなだけじゃなくデュラン侯爵やシモン侯爵にも色々と世話になった。

「沢山の人に支えられて回復できたんだから武闘大会は負けられない。四人ののためにも」

俺が出来る恩返しは王都代表として優勝すること。
優勝を目指す理由がまた増えた。

「無茶はするなよ」
「大会はルールの中で戦うから無茶も何もないだろ」
「戦う限り万が一の可能性も……ないか。もしお前を殺せるほどの強者が地上に居るのならば俺も戦ってみたい」
「人外扱いすんな。俺より強い奴ならエミーたち賢者が居る」

人と魔族が混ざってるって意味では人外だけど。
強者ってことならエミーたち賢者が居るし、今はまだ覚醒前ってだけでヒカルたち勇者も居る。

「たしかに特殊恩恵が解放されていない通常時で言えば、まだ戦いの経験値が浅いお前よりも子供賢者の方が上手だろう。だが解放されている時はお前が地上最強と言ってもいい」
「もし本当に俺が地上最強ならフラウエルと戦わないといけなくなるぞ?勇者じゃないからトドメは刺せないけど」
「それは困るな。半身が相手では手を出せずに負ける。手合わせなら喜んでやるが」

そう話してフラウエルはクスっと笑う。

知ってる。
たまのストレス発散で手合わせしてるけど、必ず先に強化をかけてくれるし本気の攻撃はしてこないから。

困ったことに、この異世界最強の王は半身に激甘。
だから敵として認識できない。
地上のみんなには敵でも俺には半身。

「俺はフラウエルの味方にもならないけど敵にもなれない。仮に俺が勇者として召喚されてたとしてもフラウエルにトドメは刺せなかったと思う」

甘いのは俺も同じ。
許可なく半身契約を結ばれる前の出会いの瞬間から不思議と同じ匂いを感じていたから。

「そうか。それであれば、時代が終わる最期の刻を二人で静かに眺めていたかも知れないな」
「うん」

そして俺たちが居なくなったあと新たな時代が始まる。
この異世界はそうやって破壊と再生を繰り返してきた。
誰かに導かれるかのように。

既にさいは投げられている。
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