ホスト異世界へ行く

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第五章 新たな始まり

休暇

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「おーいフラウエル!魚採ったぞー!」
「ピィー!」

休暇を取るよう言われて来たのは魔界層。
いくらなんでも魔界でバカンスって……と思ったけど、アミュの世話がゆっくり出来るから意外と満喫中。

「ってデカっ!恐竜か!?」
「アークファウロだ。地上には居ないのか?」
「俺は見るの初めて。こっちに来てまだ一年経ってないし、肉屋で見る名前以外の魔物にはあんま詳しくない」

アミュの水浴び中に発見した20cmオーバーの魚を捕まえてる間にひと狩りしたらしく、魔王は4m程はありそうな魔物の尻尾を片手で掴んで引きずってきた。

「頭にコブがあってパキケファロサウルスっぽい」
「パキケファロ?」
「俺が居た世界で大昔にいた恐竜って生き物」
「ほう。半身の故郷にも魔物のようなものが居たのか」
「魔物じゃない。恐竜って動物」

あれ?この世界の魔物と恐竜は似た位置づけか?
この世界の動物が魔物だから。

「似た姿をしているなら魔物と同じような気もするが、アークファウロの肉も美味い。城へ持ち帰って料理させよう」
「これは?アミュと採ったこの魚の味は?」
「それはバブルフィッシュ。毒魚だ」
「……アミュ噛んでたんだけど!?アミュ死ぬなー!」
「ピィ?」
「祖龍に毒は効かない」
「そ、そうなのか。良かった」

見た目はカツオのようだから美味いのかと思ったのに。
アミュが毒にノーダメで良かった。
今度からは先に料理スキル(鑑定)で確認してから採ろう。

「食べられないのに余計な殺生をしてしまった」
「それはポイズンスライムにやろう」
「ポイズンスライム?」

ドラ〇エの緑のゲル……いや、あれはバブルスラ〇ムだ。
バブルフィッシュの名前と混ざってややこしい。

「スライムを飼ってるのか?フラウエルが」
「勝手に庭園で生息している」
「魔物が入れない結界をはってるって言ってなかった?」
「スライムは最弱だけに反応しない」
「魔物なのに結界が反応しないレベルで弱いスライムって」

人族にもペットとして人気らしいから魔王もかと思えば。
ちなみに何故なのか俺は一度も見たことがないから、この世界のスライムは“はぐれメ〇ル”なんじゃないかと思ってる。

「ラヴィ!」

魔王が名前を呼ぶと上空に現れた漆黒のドラゴン。
風格のあるお姿で翼をバッサバッサさせながらゆっくりと降りて来た。

「このアークファウロとアミュを城まで頼む」

そう魔王から頼まれたラヴィはアークファウロをカプっと噛み自分の背中に投げ捨て、アミュの首根っこも噛んでまた背中に投げ捨てる。

「やっぱ雑い」

来た時も見たその光景に笑う。
ただ、猫が子猫の首の後ろを噛んで運ぶのと同じく祖龍はこうして自分の子供を背中に乗せて運ぶというだけで、決して雑に扱ってる訳じゃないらしいけど。

「バブルフィッシュはいい。アークファウロとアミュを落とさぬよう気をつけて城に運んでくれ」

見た目カツオの毒魚を咥えようとしたラヴィを止め、魔王は先に城に戻るよう話した。

「戻ったらすぐ湯に入れ。体調を崩す」
「うん。借りる」

アミュの水浴び&毒魚との格闘でずぶ濡れ。
俺まで水浴びをしたような姿になっているからありがたく風呂を借りることにした。

魔王と二人になって転移したのは魔王城の城門前。
警備のために立っている門番が開けてくれた門から入り、バブルフィッシュを土産に手入れの行き届いた花々を横目で見ながらポイズンスライムが居るという場所へ向かう。

「居た」
「どこに?」
「ここに居るだろう?」
「え?」

…え?
……ええ?
ぇぇぇぇぇぇえええ!?

「なんだこの異形のものは!」
「ポイズンスライムだ」
「俺が知ってるスライムじゃない!」

土に埋まっているおどろおどろしい花。
いやもう茎と葉があるから花だと辛うじて分かるだけで、花の部分は魔女が煮込んだ鍋の中身のような紫と赤が混ざったゼリー状のなにか。

異臭が漂いそうなドロンとしたなにか。
触ったら天に召されそうなジュルジュルのなにか。
こんな奴に『ボク悪いスライムじゃないよ』って言われても一切信用できない。

「なんでこれがペットとして流行ってるんだ。人族の子供たちは美的感覚がおかしいのか?」

初めて出会ったスライムはプヨプヨの愛らしいマスコットキャラではなく、出会って数秒で逃げる照れ屋なあんちくしょうでもなく、花だけゲル状のなにかでした(震え)。

「人族が飼っているのは別のスライムじゃないか?」
「種類は知らないけどスライムが流行ってるって」
「ポイズンスライムはこんななりでも毒素が強い。誤って食べた魔物が死ぬこともある。毒物を食べて成長するから人族が飼うのは無理だろう」

こんななり……いや、まんま毒物ですけど?
明らかに危険物ですけど?

「こっちがノーマルスライムだ」
「これ?ただの花にしか見えないんだけど」
「それはそうだろう。スライムは花の魔物だ」
「え」

魔王が教えてくれたのは芍薬しゃくやくのような花。
今まで遭遇したことがなかったのも納得。
仮にどこかで遭遇していたとしても『スライム=ぷよんぷよんのアイツ』と思ってた俺が気付くはずがない。

「ただし、二足歩行する特殊な花だが」

魔王が指さした先に居たのは二本の根で歩く花の姿。

「…………」

なんでモデルウォーキング?
たしかにスラッとした体(茎)だけど。
脚(根っこ)も長いけど。
腕(葉)を腰(茎)に添えキュッキュッと尻(茎)をくねらせ歩く姿を眺めてると、視線を感じたのかキモ花はキュッと止まりランウェイでターンするかのように体(茎)をくねらせ振り返る。

「モンス〇ーボール!」
「ギュイッシュ!」

俺が顔(花)目掛けて投げたモン〇ターボール(バブルフィッシュ)がクリーンヒットすると、キモ花は「ゴフゥ!」の変わりに奇妙な鳴き声をあげながら地面に倒れた。

「ギュイッ!」
「悪かった。つい殺意が沸いた」

親父にもぶたれたことないのに!
と言いたげなポーズで俺を見上げるキモ花に謝る。
だけど、心からキモかったんだから仕方ない。

「食べ物を投げるとか一生の不覚」
「ギュイッ!」
「だから悪かったって。バブルフィッシュに」
「ギュイッ!」

俺には全く食べ物じゃないけど、ポイズンスライムの食事をつい生温い殺意をこめて投げてしまった。

「これこのままあげていいのか?体の倍以上あるけど」
「ああ。尻尾を持ってポイズンスライムに近付けてみろ」
「こうか?」

毒々しい顔(ゲル状の何か)に魚を近付けるとガバァと飛びつくように広がったゲル状の何かは、20センチオーバーのバブルフィッシュを包み込む。

……怖あァァァァァァァァァァああ!
毒々しいゲル状の何かの中でぶくぶく消化される毒魚。
時々笑っているかのようにヒクッとするゲル状の何かにその都度ビビりつつ見ていると、身を全て消化された毒魚の骨を最後にプッっと地面に吐き出した。

「美味かったか?」

魔王が訊くとゲル状の何かの一部が口らしき形になり、その口らしきもので二ターっとする。
もし今『ボ ク 悪 い ス ラ イ ム じ ゃ な い よ』と言われたなら即刻叩き斬ったことだろう。

「中へ入ろう。じきにラヴィとアミュも戻って来る」
「うん。寒いから風呂借りる」
「そうした方が良い」

キモ花とゲル状の何かを眺めてる間に体が冷えた。
夕飯を狩りに行く前に魔王が風呂の準備をしておくよう話していたから(水浴びしたアミュを温めるために)、恐らくもう入れる状態にしてあるだろう。

『お帰りなさいませ』

魔王がドアを開けると既に整列して待っていた魔人たち。
行く前は山羊さんと赤髪だけだったけど、今回は他の魔人も出迎えに間に合ったようだ。

「アークファウロを狩って来た。ラヴィが運んで来るから夕食に出してくれ。半身と俺は先に湯浴みを済ませる」
「かしこまりました。半身さま、お体を壊されませんよう」
「ありがとうございます。気をつけます」

気遣ってくれる山羊さんにお礼を言って、魔王の移動魔法(赤髪が使ってたヤツ)で部屋へと移動した。

「寒っ」
「早く湯に入れ」
「うん。部屋の主より先に入って悪いけど」
「気にするな」
「アミュが戻って来たら一緒に入るから教えてくれ」
「分かった」

話しながらもバッグから着替えを出す。
休暇でブークリエ国を離れるから、訓練所のあと一度宿舎に戻って着替え類を持って来た。

「相変わらず広い風呂だ」

ここの風呂を借りるのは二度目。
二度目でもそう感じるほどに広い。
何人で入る想定で作られたのか謎。

「ギュイ~」

寒さを堪えて体を洗っていると聞こえた異音。
聞き覚えがあるその異音で辺りを見渡すと、露天風呂のような石づくりの風呂の中に浮いている異物を発見する。

「…………」

洋画のワンシーンにありそうな、片脚(根っこ)を湯から出して後ろ髪(花弁)を手(葉)でかきあげる「うっふん♡」な体勢で風呂を満喫していたのはあのキモ花。

「ギュイッ!」
「フラウエル!不法侵入者(花)が居るぞ!」

茎を掴んで湯から持ち上げ部屋の主を呼ぶ。
異世界最強の部屋に不法侵入するとは見上げた奴(花)だ。

「どうした」
「これ」
「スライム?着いてきてしまったのか」
「そうらしい。どうやって着いてきたか知らないけど」
「お前の服にでも潜っていたんだろう。城に仕える者ですら転移を使わなければこの部屋へは辿り着けないからな」

ポイズンスライムに魚をあげてた時か。
残酷な捕食シーンにしか見えないポイズンスライムの食事風景に夢中でキモ花がどうしたか気にしてなかったけど。

「食事時間に降りた時に外へ連れて行こう」
「うん。仕方な」
「ピィー!」
「ギュイッシュ!」

風呂の床に置いた途端に白い物体から激突されたキモ花。
勢いよく吹っ飛んで床にベチャっと落下した。
……さよなら、キモ花。

「ギュイッ!」
「あ、生きてた」
「ピィピィピィ!」

アミュ必殺の頭突き攻撃を受けるキモ花。
戻って来たと思えば何事だ。

「どうしたアミュ」
「嫉妬したんだろう。お前と一緒に湯浴みをしていて」
「ああ。一緒にっていうか勝手に入ってたんだけど」

見知らぬ魔物と風呂に入ってたからヤキモチを妬いたのか。
可愛いヤツめ。

「アミュは俺が洗ってやろう。寒いだろう?」
「ありがとう。助かる」

正直クソ寒い。
元々ずぶ濡れで体が冷えきっていた上に、今も腰にタオルを巻いただけで全裸なんだから寒くないはずがない。

「ギュイッ!」
「あ」

頭突き攻撃から復活したキモ花がアミュに体当たりをしてアミュもろとも風呂に落ち、勢いよく跳ね上がったその湯が魔王にザバンとかかる。

「……無に還りたいようだな」
「いやいやお湯だから!ただのお湯!」

湯に浮かんでチーンとしているキモ花を上から踏んで沈ませようとしている魔王を止める。
無に還される理由が『魔王にお湯をかけたから』ではさすがにキモ花が可哀想だ。

「もうフラウエルも入っちゃえよ」
「いいのか?」
「風呂を借りてるのは俺の方だし。ただ使用人が居ると落ち着かないから洗うのは自分でやって貰えると助かる」

普段は座っていれば全て使用人がやってくれてるだろうけど、今日は俺も居るから自分でやってくれると有難い。
初めて来た時に『一度伽の相手をしただけで厚かましい』と厭味を言われたことをまだ忘れてないから、使用人が居ると気になってゆっくり入れそうもない。

「分かった」
「悪いな。借りてる身分で我儘を言って」
「お前は俺の半身だ。自分の城と思ってくれて構わない」
「それは無理だろ。そこまで図々しくない」

半身だからと言って魔王の部屋は魔王の部屋。
アミュの世話に来た時には寛がせて貰ってるけど、某国民的ネコ型ロボットアニメののように『お前のものは俺のもの。俺のものは俺のもの』とはなれない。

「おいキモ花。お前根っこに土つけたまま入っただろ」
「ギュイッ」
「洗え。もう手遅れだけど入りたいなら洗え」
「ギュイッ」

魔王が濡れた服を脱いでる間に、まだ体を洗ってないのに風呂に浸かってる(アミュは落とされたんだけど)アミュとキモ花を風呂から出す。

「ピィ」
「暴れるなよ?滑って落とすから」
「ピィピィ」

俺もまだ洗い途中だったから先に自分の体を急いで洗ってアミュの体も洗う。
魔王曰く眷属の祖龍をこうして風呂に入れてやるのも小さな時だけで、ある程度大きくなると湯の沸く場所(要は温泉)に行って自分で水(湯)浴びをするようになるらしい。

「代わろう」
「先に洗っていい」
「それでは体を温めるよう先に入らせた意味がないだろ」

腰にタオルを巻きながら戻って来た魔王は苦笑する。

「じゃあ頼む。ありがとう」
「ああ。しっかり温まるようにな」
「うん」

魔王も入るなら俺がと思ったけど、心配してくれてるんだと分かって変わって貰うことにした。

「なあ。祖龍ってどのくらいで世話が必要なくなるんだ?」
「個体差はあるが、だいたいは生後二年くらいだ」
「アミュは産まれてどのくらい?」
「俺の覚醒後だから……もう少しで一年になる」
「じゃあ世話をするのも後一年くらいか。寂しくなりそう」

いざ手がかからなくなったらなったで寂しくなりそう。
俺が来れない時でも世話をしてくれてる魔王からすれば肩の荷がおりるんだろうけど。

「その後にもっと手のかかる奴が待ってるだろう?」
「誰?」
「俺たちの子供だ」

そうだった。
魔王の子供とか戦闘狂になる予感しかしない。

「どの魔族も魔力で子供を作ることは聞いたけど、それって魂の契約を結んだ相手としか作れないのか?」
「ああ。子を成せるのは契約を交わした半身とだけだ」
「へー。じゃあ仮に伽の相手がフラウエルの子供が欲しくて画策しても子供は出来ないのか」

魔族には不倫した夫や妻が外で子供を作ってしまうという修羅場はない訳だ。
そもそも魔族は人族のように結婚して籍を入れてどうこうってことがないから何人伽の相手が居ようとじゃないけど。

「出来ないならヤリほ」
「ギュイッ!」

ゲスい発言をしようとしたことを察したのかキモ花が顔面に飛びついて来る。

「……つい口が滑った」
「ギュイッ!」

まさかキモ花に止められるとは。
清純派&既婚者(不倫とは無縁の)を敵に回すところだった。

「アミュ。もう入っていいぞ」
「ピィ!」
「わ、ま、待て!」

キモ花と戯れているのが気に入らなかったのか、アミュまで顔面目掛けて飛びついてきて風呂に沈む。
ゲスい発言をしようとしたことへの天罰がくだった……。



「あー。散々なバスタイムだった」

風呂から出てシェーズロングに座り溜息をつく。
アミュとキモ花の戯れ(戦い)の所為で何度も頭からお湯をかぶるわ、体や顔にビターンと激突されるわ、ギュイギュイピィピィ煩いわ、大変なバスタイムになってしまった。

「俺には有意義な時間だった」
「髪を洗ってやっただけでそんなに喜ぶとは」
「半身にして貰うことはどんなことでも特別だ」
「そんなものか」
「ああ」

そんな素直に喜ばれると調子が狂う。
普段は使用人から洗って貰うのに今日は俺の都合でやめて貰ったから、洗うのが大変そうな長い髪だけ手伝ったんだけど。

「髪か長い方が好きなのか?」
「好きではないが、魔力量が多い魔人は髪が伸びるのが早い。以前は二日置きにマルクから切って貰っていたが、俺の魔力が残った髪は切った後に処分をするのも手間でな。一定まで伸びれば緩やかになるから今はこの長さで保っている」
「へー。そんな理由があったのか」

地上に来る時は長くないのに本来の姿に戻ると腰辺りまであるから好きで伸ばしてるのかと思ってた。
二日置きに切るとなると山羊さんも大変だし、特別な力を持つ魔王の魔力が残った髪はゴミと一緒に捨てられなさそうだし、成長が緩やかになるまで伸ばすことにしたのも魔王なりの気遣いなんだろう。

「お前の背中の絵画はなにで描いているんだ?触っても洗っても落ちないが。さすがに痣ではないだろう?」
「絵画じゃなくて異世界の刺青。針で表皮の下にインクを流し込んで描いてるから洗っても消えない。機械で描く方法もあるけど、これは彫り師って職人が手彫りで彫ってくれた」

タトゥマシンの方が作業時間も短いし値段も安く済むから主流になってるけど、俺の刺青は伝統技術を持った数少ない手彫りの彫り師からやって貰ったもの。

「ここ辺りに三日月があるだろ?」
「ああ」

着たばかりのバスローブの上だけはだけて右肩甲骨辺りにある三日月を見せる。

「実はこれが痣なんだ。子供の頃から大きくて目立つこの痣が嫌だったから逆にこれを活かした構図にして貰った。これなら誰に見られてもそういう構図の刺青だと思うだろ?」

産まれた時からあった(らしい)色素性母斑黒あざ
男の手のひらサイズの三日月型の痣がポツンとあると目立つから、どうせならそれを活かした刺青を入れることにした。
そういう経緯で彫った刺青がまさか異世界で自分の紋章シンボルとして扱われることになるとは思わなかったけど。

「思えばフラウエルの角も三日月型だよな」

本来の姿の時だけ出してる三日月型の大きな角。
角と痣の違いはあるけど、偶然にも同じ型の三日月。

「人族は伴侶と揃いのものを身につけるのだろう?」
「揃いのもの?……あ、結婚指輪のことか?」
「魔族にはそういった儀式的なものはないが、人族は伴侶と揃いのものを身につけると聞いたことがある。だから証を俺と同じ腕輪にしたが、贈らずとも既に揃いのものがあったな」

なんでそんなに嬉しそうなのか。
……本当に調子が狂う。

「ピィ!ピィピィ!」
「ん?手がどうした?」

魔王から貰った水をキモ花と飲んでいたアミュが突然鳴きだして俺の脚をペシペシ叩いて手を見せてくる。

「ピィ!ピィ!」
「なんだ?」
「怪我をしている様子はないが」
「こっちも平気そう」

二人でアミュの手(前脚)を確認したけど怪我はナシ。
棘が刺さってるということもないし、何を訴えてるのか。

「ああ。自分も揃いだと言ってるんじゃないか?」
「揃い?」
「爪を仕切りに出しているから恐らく」
「……鉤爪か!」

アミュの手には鉤爪かぎづめがある。
湾曲した爪は確かに三日月型(の半分)とも言えなくない。

「そっか。アミュもお揃いだな」
「ピィ!」
「そうなると鉤爪の生き物は全て揃いになるが」
「ピィピィ!」

魔王の現実的な言葉に怒るアミュへ笑う。
フラウエルにしてもアミュにしても最初は一方的な契約から始まったけど、今となってはこうして笑っていられる時間が楽しいと思えるようになった。

「あー。久々に大笑いした気がする」
「いつ見ても難しい顔ばかりしていたからな」
「今になればそうだったんじゃないかって自分でも思う」

教会と孤児院を開設するために必死の数ヶ月だった。
早朝から賄いを大量に作って西区まで運び、表に出て建設工事を手伝う時もあれば、教会でも自室でも山のような書類に目を通して許可を出したり手配をしたりと目紛しい月日だった。

「まだ教会と孤児院が建ったってだけで、本当に大変なのはこれからだ。南側のことも早急に調べて手続きや許可を出さないといけないし、生活に必要なのに足りてない住宅や商店なんかの建設も急を要する」

解体工事と同時進行で警備団の設立と駐屯所の建築。
収入も住む家もなく廃墟に暮らしていた人たちが行き場を失うから住宅や雇用先も必要になってくる。

「そもそも働く気がない人は別として、西区には働き先がなくて生活に困ってる人たちも結構居るんだ。魔族みたいにみんなが狩りをして生きていける力があるならいいけど、人族には魔物と戦う力のない人も多いから最低限だろうと生活をさせるためには雇用先を絶対に作らないといけない」

解体壊すだけでは駄目。
西区は今まで長期間放置され過ぎてのものさえ足りていないから、解体工事と同じくらい必要施設の建築も重要。

「必要なら作ればいいだろう」
「それが簡単じゃないんだ。住宅の建築はもう話が進んでるけど一番の問題は食べ物や日用品を売る商店。窃盗が多いから仕入れた商品はもちろん物を売り買いする金も狙われる。それを考えると現状の西区で商売が出来る商人は少ないと思う」

商人が持つ店舗の多くは南区に集まっている。
理由は簡単。
南区が一番王宮地区に近くて安全だから。

使用者が集まるのは南区。
被用者が集まるのは北区。
それで上手くいっているのに、わざわざ危険な西区に店を出してやろうって猛者商人はなかなか居ないだろう。

「だから領主の俺が建てて警備を雇うしかないんだけど」

店を建てることは出来ても俺は店に居られない。
そうなると教会や孤児院と同じように数人体制で警備を置く必要がある。

「人件費がかかって物の値が上がるのか」
「そういうこと。その店で雇用する人たちの給料を出せるだけの料金設定にしないといけない。でも西区は低所得者の住む区域だから値段が高いと買えないっていうジレンマ」

警備を雇うのも無料タダじゃない。
でも安く売らないと店を建てた意味がない。

「一旦他で補うのでは駄目なのか?」
「ん?どういうこと?」
「住人の生活に必要な物は安く売って、その店で出る不足分を補えるような店を他に建てれば良いんじゃないか?」

なるほど。
俺が建てるんだから何もその店の売上だけで賄う必要はない。

「補えるような店ってなると相当難しいな」
「異世界のメニューを出す料理店はどうだ?」
「異世界の?」
「人族にとって異世界人は救世主だろう?その救世主が暮らしていた世界の料理とあらば食してみたい者も多いだろう。お前は料理が出来るのだからレシピを提供してやればいい」

異世界メニューの料理店……?
たしかにレシピなら俺が提供できる。
この世界にはない料理だから、西区まで足を運ばないと食べられないという招き寄せ効果もある。

「……それだ!うん、いけるかも!」

今までは危険が多い奥側北側での商売を考えてたけど、俺が西区全てを管理することになったから比較的安全な手前側南側に店を建てれば他の地区から食べに来てくれる人が居るかも知れない。

少しずつでもいい。
他の地区の人たちが西区に来るきっかけになるならやってみる価値はある。

「それが成功したら飲み屋もやってみたい」
「飲み屋?」
「酒を提供する店。こっちは外で呑もうと思ったら食堂で呑むしかないけど、俺が居た世界には酒を呑む目的で行く店があったんだ。もちろん酔っ払いが増えるから孤児院や商店の近くには建てられないけど、区間を決めてやるのはアリかなって」

ブークリエにはがない。
それはそれで生真面目な国ってことだし何事もやりすぎは良くないけど、多少の娯楽はストレスの発散にもなる。
それに西区はスラム化している区域。
他の区域と同じことをしていても人は来ないんだから、西区に来ないと経験出来ないことをやるしかない。

「面白そうじゃないか。異世界地区」
「よし。西区の売りはそれで行こう。領民が賛成してくれればだけど、あれもこれも駄目って悩んでるより全然いい。領民の生活に役立つなら異世界人の肩書きも喜んで使わせて貰う」

領民が生活をする区間と商売をする区間は分ける。
働きたいのに働き先がない人の雇用先が作れれば少しは生活も安定するだろう。

「お前が以前やっていた商売もするのか?」
「異世界でホストか。需要あんのかな」
「日常に疲れている者を癒す仕事なのだろう?この世界にもそういう者は多いと思うが」
「もし呑み屋の許可がおりるようならやってみたいかな。召喚される前はそれが俺の仕事だったし」

呑み屋に関してはこの世界で出来るのか分からない。
俺はやってみたいけど、呑み屋がない理由がその発想がないからなのか禁止されているからなのか分からないから。

「地上では無理なら魔界でやればいい」
「魔族相手に?支払いは金の変わりに食料とかで?」
「個人で消費する食料は自分で狩るのが基本だが、魔人族にも商売をしている者は多い。金は持ってるぞ?」
「え?商売してるのは竜人族だけじゃなかったのか」
「竜人のように集まって生活はしてないが、魔人界にも店が集まっている魔人街という場所がある。今度連れて行こう」
「それは是非行ってみたい」

殺伐とした場所なら遠慮するけど。
その後も魔人街の話を聞いたり西区で出来そうな商売の提案をしてくれたりと互いに会話は尽きず。

夕食では魔王城の専属料理人が作ってくれたファイアベアやアークファウロの肉を使った美味しい料理を食べたり、食後には酒を呑みながら山羊さんや赤髪から魔界の魔物の話を聞いたりと有意義な休暇を過ごさせて貰った。


「ピィー」
「ごめんな?またすぐ来るから」

二日間魔界で過ごして地上に帰ることになり、アミュから可愛く甘えられる。

「アミュ。半身さまもお忙しいんだ。俺と散歩しよう」
「ピィー」
「すみません。また必ず来ますからお願いします」
「お任せください」

離れないアミュを抱きあげた赤髪に泣く泣くお願いする。
今までは夜の数時間だけ世話をしに来るだけだったけど、二日間も一緒に過ごすとさすがに離れ難い。

「お前にはまだ地上でやることがあるだろう?魔族の寿命は人族より遥かに長いんだ。待つのなどなんということはない。お前は自分が後悔しないようやりたいことをやれ」

そう言って魔王は口元に笑みを浮かべる。

「ありがとう。結局は仕事の話ばかりしてた気もするけど、みんなのお蔭でゆっくり体を休められたし楽しい休暇だった。次の休暇では約束通り俺が料理を作ってご馳走するから」
「楽しみにしている。無茶はするなよ」
「気をつける」

この二日間で魔王のことも色々と知った。
本音をいうと名残惜しい気持ちもあるけど、地上でやりたいことがまだまだあるから休暇はお終い。

「じゃあ、また!」

見送ってくれる魔王と山羊さんと赤髪とアミュに大きく手を振った。
 
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