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第一章

第一王子の明と暗

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第三王子のアヴェンタは、時折町に出向いていた。認識阻害効果が付与されたコートを羽織り、フードを深く被った彼が王子だと民達は誰1人として気が付かない。堂々と出向いても良いのだと言う長兄の言葉に、これで良いのだとアヴェンタは答える


「俺は、ありのままの姿がみたいのだ。俺の存在に気付いた時、民達はきっと緊張してしまい、普段の生活を見せてはくれないだろう。だからこれでいい」

「…お前はそういう子だったね。戦場では誰よりも目立ちたいくせに、そうでは無い時は目立ちたがらない」


弟の言葉に、フ、と笑みを零したアデルは自分よりも幾らか高いアヴェンタの頭を優しく撫でた


「だけど、それがお前のいい所の1つだと僕は思うよ」

「うむ、ありがとう兄者!」

「ふふふ、僕は本当の事を言っただけさ」


ニッと眩い笑顔を向けた弟の頭からアデルはスっと手を下ろす。その背後に通貨が入った小袋を持って駆けて来る愛しい幼子の姿を捉え、一等深い笑みを浮かべた

「リアン君も支度が出来たみたいだ」

「なにっ」

兄の言葉に自身の背後を振り返り、走って来るリアンの姿を見たアヴェンタはその場に膝を折り屈み込んだ。両手を広げて待っていれば、リアンはその腕の中に吸い込まれるように飛び込む

「偉いなリアン!約束の時間ピッタリだ」

「えへぇ」

「その手に持っているのは、兄様から貰ったのか?」

「うん。これで、好きなものかっていいってくれました!」

「おっ、そうかそうか!では、それはリアンがちゃんと持っているんだぞ?…町で買いたいものがあったらそのお金で買うんだ、分かったな?」

「ん!」

アヴェンタの言葉に頷くリアン。その様子を見ていたアデルはその小さな手に握り締められた小袋を「貸してご覧」と取り、首からかけられる長さの紐を括り付ける

「落としちゃったら大変だからね。こうしていれば落とす心配もないはずだ……もし落としてしまったとしても、特別に僕がおまじないをかけておいたから無くなる事はないよ」

「兄者は心配性だな。俺も居る故、何も案ずる事などないのに」

「そうだね。だけど一応、念には念をいれないと………誰が何処で見ているか分からないから」


首から下げた小袋を嬉しそうに触るリアンを見つめアデルは呟いた。何か言ったかと首を傾げるアヴェンタに彼はなんでもないと笑顔を返す

「ならば、そろそろ出発しよう。リアン、もう一度確認だ。町では俺から手を離さないこと」

「うん」

「欲しいものは誰のお金で買うんだったかな?」

「ぼくのお金でかう」

「その通りだ。では最後に、兄者との約束はなんだった?」

「ぼくも、アヴェンタさまも、ちゃんと元気にお家にかえってくること!」

「うむ正解だ!…では兄者、行ってまいります。夕刻には戻る予定です」

「アデルさま、いってきます!」

「うん。行ってらっしゃい、2人とも気を付けてね」

仲良く手を繋ぎ町へと出かけた2人の背を見送り、アデルは柱の影に身を潜めていた自身の配下を呼び出す

「ルイス、2人の事を頼むよ」

「はい」

「町の治安は保たれている筈だけど、何があるか分からない。リアン君との買い物をアヴェンタも邪魔されたくはないだろう…あの2人に対して不審な動きをとる人物を見掛けたら片付けろ」

「連行ではなくて良いのですね」

「うん。そこはお前に任せるよ」

「承知しました」

一言、確認すれば迷いなく頷いた主に頭を下げルイスは再び闇へと姿を消した。本当ならば自分が共に着いて行きたいが、次期王という立場からそうはいかない……第一王子も楽じゃないとため息を吐きアイオリアが居る書簡へと足を運んだ

















書簡の扉を開けた先には大きな棚が幾つも並び、数多の本が収納されている。カーペットの上を暫く歩き部屋の奥を覗き込めば、椅子に座り数冊の本を熟読しているアイオリアを見つけた

「2人は町へ出掛けたよ」

アデルが声をかければ、アイオリアは本から顔をあげた。疲れた様子で己を見上げる弟の隣に腰をおろし、アデルは積み上げられた本を手に取り口を開く

「お前は行かなくて良かったのかい?」

「…兄上こそ、着いて行かなくて良かったのですか」

「僕は立場上難しいからね。ルイスに2人にバレない様に護衛しろと頼む事くらいしか出来ないよ」

「…」

「それよりも…お前はこんなに沢山の資料を読み漁ってどうするのかな」

パラパラとページを捲りながら問いかけたアデルの横顔を眺めながら、アイオリアは素直に答える

「兄上がオスト帝国から仕入れた情報が本当なのかどうか…疑っている訳ではありませんが、確かめたくて…」

「うん」

「リアンはあの国からオスト帝国に売られたんですよね?」

「そうだね。僕達があの子を見つけたあの国…リーテンからオスト帝国へあの子は売られる筈だった。けれど僕達がリーテンを襲撃した事によりリアンが売られる事はなくなった」

「オスト帝国の現皇帝は若かったと兄上が仰ったので、その皇帝について記載されている資料を調べていました。そしたら彼が過去のいざこざから女性に対して苦手意識を持っていることと、それ故に独り身であるという事が記載されたものを見つけまして」

そこまで答えてアイオリアは言葉を止めた。重たい息を吐き、椅子の背もたれに寄りかかった彼は積み上げられた資料を眺め呟いた


「憶測しましたが…兄上が調べた通り、リアンは現皇帝の妃候補として売られていたのですね」

「…うん。そうだね。それで…お前は自分で確かめた訳だけど、どうしたいのかな」

「何があろうと渡しませんよ。オスト帝国が軍を率いてこの国に攻め入って来ようと、民を人質に取られようと…私はリアンもこの国も渡す気はありません」

「そうか、それなら良かった」

「…良かったとは?」

「実は来月、皇帝の戴冠式が行われるらしくてね。それに招待されたんだ。僕とお前とアヴェンタと…リアンも」

「何故リアンまで?」

「僕達がオスト帝国について探っているのと同じように、あちらもまた、この国を調べているという事だよ」

「…」

「僕としてはなるべく穏便に事は済ませたい。けれどあちらの出方次第では、僕はきっと民よりもリアンを取るだろう。その時に冷静でいてくれる心強い弟がいれば安心できる」

そう言った兄の瞳が冷たい色を宿している事に気付いたアイオリアは静かに視線を外し「あまり期待しないで下さい」と答えた。そんな弟に苦笑を零したアデルは、また後程詳しい事を話すと言い残し、その場を後にした
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