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番外編:結婚式

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 荘厳な大樹の中に作られた図書館の足元にはキラキラと水面を輝かせる小さな湖がある。
 湖の辺りを色とりどりの花と、雪柳の花であしらえられた道がまだ春先の冷たい風でさわさわと揺れ幻想的な花吹雪を起こす。

 白地の椅子と新緑の草木で統一された席に、次々と参列者がやってくる。

 図書館内に施された一室から、幻想的な雰囲気に似つかわしくない悲鳴が上がる。

「うぅぅぅ!っぐ、ぐるしぃっっ」
「ちょっとは我慢しなさいな!主役でしょ」
「ちょっ、本当もう無理!!それ以上閉めたらお腹と背中がくっついて死んじゃうよ!!」
「研究に託けて社交界を蔑ろにしてるツケが回ってきただけよっと!!」

 貴族令嬢らしからぬ力強さでコルセットを締めるのは、調査団で仲良しになったナザリーだ。
 私たちのやりとりをお腹を抱えながら笑っているマリーも健在である。

「そもそも開始直前まで準備できてないことが論外なのよ!腹を括りなさい、腹を!あの式典での貴女の方が数倍立派よ!」
「まぁまぁナザリー勘弁してあげてよ」

 ケラケラと腹を抱えながら笑うマリーを睨みつけ肩で息をする。
 ドアのノック音に振り返ると私の義母であるリンドバーグ公爵夫人リリーとメイド長のテレサが入室してきた。

「まぁ!!お嬢様!!なんてこと!!」
「あっ!テレサさん!こっこれは…」
「言い訳はあとで聞きます!早くこちらへお越しくださいな!さぁさぁ皆、手を貸してちょうだい」

 廊下で待機していたメイドに声をかけて彼女たちと共にテレサに手を引かれパーテーションの奥へと押し込まれた。
 パーテーション越しに三人の笑い声が聞こえる。

「お手数をおかけしましたわ、ナザリーさん」
「いえ、コルセットを閉めるのは良いストレス発散になりますので」

 少し不貞腐れながらも用意された衣装に袖を通していく。

「こんな大々的にやるなんて思わなかった…」
「詮無きことを言っても仕方ありませんよ。養子とはいえリンドバーグ公爵家の御令嬢と我が国の師団長殿の門出なのですから。国民としてはむしろ首都を回るパレードをしてもいいと思う程の行事ですよ」

 テレサの発言に驚愕していると「それは良いわね」と不穏な声が聞こえる。
 現実にならないことを祈りながら「まだマシか」と肩を落としながら思うことにした。
 支度が終わりメイド達の手によりパーテーションが片付けられていく。
 窓から差し込む光が伸びて足元のトレーンをキラキラと輝かせた。

「…綺麗」
「えぇ、本当に……」

 顔を上げると涙を瞳にためるリリーと向かい合った。

「本当に綺麗よ、ロゼッタ。さぁ、最後の仕上げよ。貴女に渡す大事なものがあるの」

 テレサに手を取られながらドレッサーの前に腰を下ろす。
 鏡越しにリリーが手渡された箱を開け見せてくれる。

「私の生家のものよ。曽祖母のものだから石自体はアンティークだけどデザインは変えてるの。ネックレスだったりブローチだったりとね。私からはこれよ」

 そう言いながら取り出したのは銀色の月桂樹の葉をモチーフにしたであろうヘアドレスに青い宝石が埋め込まれていた。

「サムシングブルーって言うでしょ?母から娘へと我が家で代々受け継がれていたものなの。ほら、うちは男所帯でしょ?お嫁さんにってのとは違くてね…ウィルには内緒にしてたけど結構悩んでいたのよ。幼い貴女に会ってから娘にならなくとも、必ず譲ろうって決めてたの。…これをロゼッタにって」

 メイド達にセットされた少し癖のある黒髪に自らヘアドレスを付けながらリリーが語る。

「殿下が我が家に貴女を連れてきてくれた時のことを今でも覚えてるは。本当に小さくて、今より髪はくるんくるんでね。男の子にない香りと柔らかさがあって抱きしめた時、三人も産んでいるくせにウィルと一緒にあたふたしたのを覚えているは…子供達もすぐに貴女を受け入れ可愛がってたものよ。さぁ、できたわ。見てちょうだい」

 そう言われて手鏡を渡される。
 低めに結われたシニオンに付けられたヘアドレスが陽の光で輝く青い宝石と真珠で花嫁を飾る。

「幸せにおなりなさい、ロゼッタ…貴女の幸せを私たちはいつまでも願っているわ」
「…お母様…ありがとうございます」

「さぁ、時間よ」と目元を赤くしながら微笑むリリーに手を取られマリーたちと共に部屋を出た。

 ――――

 図書館の門をくぐると義父であるウィリアムが燕尾服に身を包み待っていた。

「首を長くして待っていた甲斐があったな…綺麗だよ、ロゼッタ」
「お待たせして申し訳ありません、お父様」
「殿方は待つのが仕事でしょうに。さぁさぁ、ゲストがお待ちですよ」
「マテオの反応が楽しみだ」

 肩を寄せ合い笑い合う。
 リリーが最後にとベールを被せる。
 レース越しに親友とリリーが先導する背中を見つめていると、ウィリアムに腕を取られエスコートされ歩みを進めた。
 軍人らしい逞しい腕に手を添えていると昔の思い出が蘇る。
 湖の辺に設置されたバージンロードに着くと、ゲストたちの歓声が鳴り響く。

「本当に…こうしてロゼッタの隣を歩むことができるとは、感慨深いものだな。…もちろん寂しさもあるがな」

 上背のあるウィリアムを仰ぎ見ると慈愛溢れる横顔が見える。

 ――この方々に拾われて私は幸せ者だ

 血の繋がりのない孤児を愛してくれ、育ててくれた。
 幼い頃から幾度となく、この逞しい腕に縋りついて甘えたのを覚えている。
 手に力を籠めると、そっと大きな掌が触れる。

「前を向かないと転んでしまうぞ。ほら、婿殿が怖い顔をしている…笑ってくれ、ロゼ」

 腰に手を添えられ前へと促される。
 手の甲にキスを落とした。

「さぁ、残念だが私はここまでのようだ」
「早く手を離してください。御父上」

 長く見えたバージンロードがいつの間にか終わりを告げていて愛しい人が目の前に現れた。

「相変わらず余裕がないな。まだまだ未熟者だな」
「御父上も大人気ないようで」

 変わらずのやり取りが微かに耳に入るが、目の前の人に視線を奪われる。
「ん?惚れ直したか?」とこれ以上ないほどの蕩けた笑顔を向け、この国一番と謡われる美丈夫が問う。
 花婿らしい白地のタキシードの襟や袖には銀糸と黒糸が綺麗に刺繍されている。
 艶のある黒髪を綺麗に撫でつけ色香を漂わす。
 よく見るとカフスやブローチには私の瞳を模したアースカラーの石が至る所に差し色として施されている。
 ノアとは反対に私のドレス裾には青い石たちが波のようにグラデーションをつくっていた。
 互いの色を身に纏うことが、こんなにも高揚感をもたらすとは思わず顔に熱が集まる。

 ――ベールで隠れててよかった!!

 動揺を隠すように深呼吸をし、ノアの手を取り並ぶ。
 神父の祝詞を聞き向き直る。
 ベールを捲られ青い瞳に見つめられる。

「あぁ、本当に綺麗だ…」

 互いに吸い寄せられるように口付けを交わす。

「やっとだ…」

 息継ぎと共に囁かれたノアの声は口腔内に消え、喝采が鳴り響いた。

 ――――

「怪しからん!!あんな獣のようにロゼに口付けしおって!」

 式を終えガーデンパーティーが執り行われる中マテオの嘆きの声が響いた。

「ほっほほ、いいものが見れたの」
「愛し合ってるもの同士なのだから仕方がないでしょう、殿下。ロゼも同意だろ?」

「な?」と腰をしっかりとホールドしながら悪戯な笑みを向けられる。
 参列者たちへの挨拶を交わし終えた後の一幕である。
 変わらないやり取りの二人を置いて辺りを見る。

 ――みんな楽しそうでよかった

 春の少し冷たい風が吹き込む。

 ――あっ

 雲が太陽を隠し影を落とす。
 ポツポツと水滴が頬に当たった。
 先程の晴天が嘘のように雨脚が強くなる中、人々は次々と屋根のある場所へと避難していく。

「ロゼ!こっちだ」

 腕を取られ一瞬のうちに浮遊感が訪れる。
 足が地に着く感覚を感じ辺りを見ると見覚えのある場所に移動していた。

「ノア…」

 睨みを効かせ見据えると悪戯のような笑顔を返され笑い合う。

「まさか雨が降るとは」
「びしょ濡れ」
「でも、おかげでやっと二人きりになれた」

 濡れた肌にノアの手が添えられ、熱を持ち始める。

「抜けてきちゃったけど…いいのかな」

 ノアの執務室の窓から外を覗くと、先ほどより強い雨足となっていた。
 そっと肩に触れられ、頸にかかった後毛を拭われ厚い唇が触れる。

「…戻りたい?」

 耳朶に唇を当てがいながら囁かれ肌が粟立つ。
 そのまま見つめられ否とは言えなかった。
 濡れたドレスに隠された体は求めるように熱を持ち始めている。
 互いに貪るように口付けを交わす。
 下唇を甘噛みされ体がびくりと跳ねる。
 逃げることを許してくれない舌が口腔内を蹂躙し息があがる。
 それでも求めるように口付けを交わした。
 ドレス越しにもわかるノアの下腹部の熱がゴリっと腹に擦り付けられる。

「…挿れたい」

 腰を支えながら熱のこもった瞳に見据えられる。

「…頂戴、ノア」

 その言葉と共にビスチェが擦り下ろされ双丘を貪られる。
 その衝撃で執務机の小物がガタガタと倒れてく。
 腰を持ち上げられ机にそのまま倒れるとドレスの裾を捲り上げる。

「…エロいな」

 恍惚な表情で自身の口を手で拭うノアが言う。
 ドレスは濡れレースが肌に張り付き、雫を作る。
 タイを緩ませ濡れた髪を掻き上げながら徐に内腿に貪り付いてきた。

「ちょ!ノアっあ――」

 ガーターを口で降ろされる。
 微かに触れるノアの唇が時折ちりりと痛みを帯びる。
 反応を確かめるように見つめるその目は獲物を見る目。

「っ――っあ、ノア…もう――」

 ――欲しい、全部

 そう思うと同時に節くれだった長い指が愛液を掬い、蜜口を蹂躙し始める。
 ぐちゅぐちゅと室内に卑猥な音が鳴り響き頭が快楽で溶け出す。

「――っあ、もっ、いっちゃっ――ん…」

 与えられる快感を受け止めるので頭が白くなり、目の前に火花が散る。
 はぁはぁと空気を求めると、再び蜜口に熱く硬い感触を拾う。

「っあ――」

 いまだ疼く下腹部にノアの剛直が穿たれる。
 ばちゅんばちゅんと肌と溢れる水音に翻弄される。

「ぁっはっ…あ――きもちぃっ、ノア…ぁ、ノア」

 霞む目を僅かに開けると、捕食者の目と合う。
 目尻を赤くしながら快楽に抗うノアが愛おしい。

「…ロゼ――」

 囁かれる自身の名前が愛おしい。

「ノア――もっとっ――――あぁっ…もっと、奥っ」

 私の奥をゴツゴツと穿ち腰を打ち付けられる振動に耐える。
 背筋には電流が走りきゅっと下腹部に力が入る。
 肉壁がノアの剛直を包み締め付ける。
 互いにきつく抱き合い声なき声をあげ、最奥へと白濁を放った。


 気づけば雨は上がり陽の日差しが窓から差し込む。

「…大丈夫か?」

 腰が立たずいまだ行儀も悪く机に座りながら手渡されたコーヒーカップを受け取る。

「おかげさまで絶不調」

 クツクツと笑いながら一緒に腰掛けたノアの肩に頭を預けた。

「………晴れたね。戻らなきゃ、だね」

 衣服は魔法で乾かしたが肌寒さを感じ借りたローブを手繰り寄せる。
 繋いだ手にほんのりと熱を感じノアに体重を預けていると外が騒がしくなる。
 それに気付き目が合い笑い合う。

「行くか」
「だね」

 手を繋ぎ二人で扉を開け歩き始めた。
 愛しさが胸を熱くし、想いが溢れる。

「ノア大好き」

 それを聞いたノアの表情は私の一生の宝になった――



 ――fin――

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