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発表会と評議会
しおりを挟む公爵邸で目を覚ました日から数日が経ち、私の生活は一変した。
あの夜以降ノアとは会っていない。
毎月恒例だったお茶会にも行けていない。
理由としては、年に一度の研究発表の時期になっていたからだ。
間近に迫った研究発表の準備で大忙しで図書館に泊まり込みなどもあった。
朝から晩まで図書館に缶詰状態である。
おかげで、ノアのことを考える余裕もなく、気持ちを紛らわすことができる。
だけど、ふと一人になった時、心に穴が空いたように寂しくなる。
以前はこの生活が普通だったのだ。
ノアと関わる前、自分はどう生活していたか思い出せないほど彼は私の境界線の中に入り込んでいたのだと嫌でも痛感した。
マリーが心配して聞いてくれるが、正直なことは何も言えず、曖昧に答える。
心配そうに見つめてくるが、私自身がノアとどうなりたいのか、ノアをどう思っているのか整理できていないのだ。
整理する時間も今はない。
だから今はまだ大丈夫。
今までも一人でやってきたと自分を鼓舞し笑顔を作る。
今は目の前の仕事に集中するのだと言い聞かせて。
今回の発表は、最初にノアが持ってきた魔術書に、新たな防衛魔法陣の術式らしきものを見つけた。
それと関連がありそうな文献を片っ端から調べていた。
その結果、未開拓の遺跡に施されている魔法陣と酷似していることに行きつき、発表することにした。
発掘調査をすれば決定的な確証を得ることができる。
このまま評議会で認められれば、正式な調査団が設立され費用も出る。
以前と比べられないほどの大規模な開拓ができると確信している。
ノアに出会い、様々な依頼を受けた。
準備を進めていく中で、その一つ一つの依頼が結ばれて形になったものだった。
あの夜から会っていない、声も聞いてない、姿を見ることもない。
元々が別世界の人だったのだとわかりきっている。
最初は戸惑いもあったが、過ごすうちに楽しく、心が満たされる時間になっていた。
呼吸をするように、ノアと会話をし、笑い合える日々は、あの夜を境になくなった。
まるで今まで自分の都合のいい夢を見ていたように。
それでもノアの存在を現すものが、そこかしこに確かにあり、主張している。
遅効性の毒のように気付いた時にはノア・グランヴェルという男が私を侵食していた。
研究し調べた物が形を成すにつれ、心は複雑に絡まり合う。
全てが過ごした思い出と絡まり合い、思考が奪われていく。
ノアは私じゃなきゃダメなのだと言った。
事あるごとに私にしかできないと。
私の実力を認めてくれていた。
そして私を好きだと言い、恋人のようにキスをし、抱きしめてくれた。
会えない、声が聞こえない、連絡もない。
名前を呼んでくれることが嬉しくなっていた。
ふとした時に深い青い目に見詰められることに高揚した。
忙しい人なのは重々承知だ。
でも数ヶ月前までは毎日会えてたのだ。
――ノアが会いに来てくれていたんだよね。
自分から何もしてない。
動けなかった、怖かった。
拒絶されるのではないかと。
一時の興味だったのではないのかと。
その事に気付いただけだった。
数日が経ち研究発表の日がやってきた。
名前が呼ばれスポットライトだけが照らされた壇上に立つ。
私の立つ場所だけが明るく、辺りは暗闇の中で喪失感を感じ背中に嫌な汗が伝う。
ライトが眩しく、目の前は暗闇の中の人々が薄らぼんやりと見えるだけ。
顔は見えない、それなのに私の心に居座り目に焼き付いてるノアの姿が魔術院の人々が並ぶ客席に見えた。
――魔術師長だ、いるに決まってる。
そんな当たり前のことに今頃気付く。
ノアがいる、ノアに会えたと思うだけで鼓動が速くなる。
ノアがどんな顔で見ているかは私にはわからない。
けれど、今の私を構築しうるものはノア・グランヴェルという男なのだと認める。
それほどまでに私の心も身体も毒に侵されている。
ただそれは嫌悪感などではなく、胸が苦しいほどの愛しく好ましいものだった。
大きく息を吸い吐き、胸を張る。
――見ててね、ノア。聞いててね、ノア。
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