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告白

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 気分はダダ下がりだ。
 先程まですこぶる絶好調だった。
 油断していた自分に腹が立つ。
 今は急転直下、坂道を転がり落ちるとはこうゆうことかと納得する。

 原因は分かりきっている。
 先程のノアの発言にある。
『噂を真実にする』ことに何の意味があるのか。
 その言葉を口に出された瞬間、裏切られたと思った。
 初めて味わう悲しみに襲われた衝動のままに、お金を置いて店を出てしまっていた。
 後ろからノアの声が聞こえる。

「ロゼッタ!悪い、謝るから。待ってくれ、話をしよう」

 いつの間にかそばに来ていたノアに簡単に腕を取られてしまう。
 無言で腕を振り解こうと足掻くが、鍛えているノアは微動だにしない。
 掴まれた二の腕が「痛い」と不満を口にすれば「悪い」と言いながらも腕を下に滑らせただけで手首を掴まれる。
 離す気はなさそうだ。

「気分を害したなら謝る。すまなかった」
「……私は下心でノアと一緒にいたわけじゃない。純粋に楽しかったから……なのに、なのに……」

 声が震える。自分の心なのに制御できない――ぐちゃぐちゃだ。
 ノアに恋愛感情があったかというと疑問だが、彼のそばはあまりにも居心地が良く、ありのままでいれた。
 そう感じていたのは、ノアも同じなのだと勝手に勘違いしていたのだろう。
 ノアの発言がそれを証明している。
 私の潜在能力に気付いているか解らないが、エナジータンクとして股を開けと言われた気がした。

「本当にすまない。さっきのは俺が悪い。どうもお前の前だと上手くいかないな……」

 眉間に皺を刻み顔を伏せるその横顔は哀愁を帯びていた。
 なぜ言った本人が傷ついた顔をするのだと苛立つ。
 しかし、何かを決意し顔を上げたノアの瞳は今まで見たことのない熱が灯っていた。
 目元は朱く染まり、瞳は僅かに揺れている。

「ロゼッタ……お前が好きなんだ」

 青天の霹靂。
 目を見開き、思わず空気を求めて口がパクパクしてしまう。

「ずっとロゼッタが好きだった。本当はロゼッタがもっと心を開いてくれたら言うつもりだったんだ。さっきのは本当つい……お前に少しでも意識してほしくて……すまない」

 繋いだ手から震えが伝わる。
 私ではなくノアの手が震えてる。
 目の前の男は誰もが羨む美貌と名誉を持ち、プレイボーイ。
 その彼が、手を震わせながら拙い言葉で告白をしている。
 口から溢れ出る甘言は吟遊詩人の如く、女性たちを虜にしてきたであろう人がである。
 恋愛に縁がない鈍感処女でも流石に理解する。本気である。

 理解した瞬間、ボッと体中の血が沸騰したかの如く熱くなり心臓がトクトクと鳴り出す。
「え……あ、そぅ……」と言葉にならない声しか出ない。
 我ながら恥ずかしいし情けないしで項垂れてしまう。
 周りの音は消え、聞こえてくるのは自分の早すぎる鼓動の音。
 感じるのは女性とは異なる剣だこのできた節くれだった熱く大きな掌の感触。
 今更ノアが異性なことを再確認し、無意識に自分とは何もかも違うノアの手や腕、胸に自分の手を滑らせていた。
 努力してきたことがわかる掌や筋肉は魔術師には必要ないものだ。
 それでも彼が自分を律し、長い間努力してきた成果がノア自身を構築している。
 ローブから覗く服の上からでもわかる、割れた腹筋や軽く盛り上がる胸筋などの男の美体に好奇心が湧き鼻息が荒くなる。
 さわさわと触り、鎖骨に首にと、自然とまだ見ぬ場所へ手が伸びる。
 さて次は頬の感触を――と手を伸ばそうとして気付いた。

 ――やっちまったよ、おい!!

 至近距離で見つめる瞳には激しい情欲が含まれ、取られた手は熱い。
 そのまま私の手を頬に擦り寄せ挟む頬も熱い。
 徐に腰が引き寄せられ、身長差でつま先が立ち鼻先が触れ合う。

「――――……………っ!!」
「煽ってんの、わかってる?」

 吐息が唇を掠め、髪の間に大きな掌が滑り込む。

 腰はノアの逞しい腕に囚われ、足は完全に宙を浮き体重を感じていないように抱き抱える。



「しりやがれ」――そう囁くノアの言葉は二人の口内に掻き消えた。



 貪られるように口腔はノアの厚い舌で蹂躙され、くちゅくちゅ卑猥な音を響かす。
 舌を絡ませ下唇を噛まれ、幾度となく方向を変えながら深く深く味わうように、全てを食い尽くすようにキスをされる。

「っは……ぁ、のぁ――っは」

 声にならない吐息が漏れ体は火照り、激しいキスで息継ぎもままならず頭がくらくらする。
 口から溢れた唾液が首筋を通るが、力が入らず拭うこともできない。
 唇が離れ、二人の間に光る銀糸が伝う。
 足りない酸素を求めて息が上がっていた。

「――――…んっ、はぁっ」――やっと終わった。

 と思ったが、甘美で残酷な声が熱い息と共に耳元に聞こえた……

 ――「ロゼ、鼻で息しろ」

 その言葉と共に、また深くキスをされ、その際に溢れた唾液を追うようにノアの舌が舐め上げる。
 大きな手でくびれや背中を擽られ、初めての感触ににぞくぞく体が疼き出し、力を入れることもできない。
 私が認識できたのは、卑猥な水音とノアに触れられる暖かい痺れだけになっていた。

 どれくらい経っただろうか、顎を持たれ目線が合わさる。
 回らない頭でも私はこの瞳を知っている。

 ――本気なんだ――

 未だに熱い情欲を秘めているが心から慈しみ愛しさが溢れた表情の彼がいた。

 意識が消えゆく中――「思い知ったか」と満足そうなノアの声が聞こえた気がした。

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