牡丹への恋路

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⑦対面

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 車に乗り込み外を眺める。

 太陽が沈み始め都会のビルの光がガラスに反射し始める。



「親父、お嬢。まもなく」



 静かに告げる龍の声にフロントガラスを覗く。

 目の前には誰もが知る一流ホテル。

 組長と孫娘、それに古参の幹部を引き連れての登場は堅気の人がわかるほど異様な存在だろう。

 ママのおかげで恥じることはない格好をしてはいるが、それが余計に体を重くする。



「うげぇ、目立つぅぅ」

「っははは!お前が気にするとこはそこかよ!」



 祖父の笑い声に困惑するが、気持ちを落ち着かせる間もなく続々と車が車寄せに停まっていく。



「別嬪なんだから胸を張れ」



 龍がドアを開け祖父をエスコートする。

 祖父に延ばされた手をとり車内を出た。

 車止めのあちこちに幹部が立ち辺りを警戒する。

 遠巻きに従業員が緊張感のある面持ちで待機していると思いきや流石はプロ、涼しい顔で立っている。

 ちらちらと堅気の人たちの方が様子を見ている。

 不意にママの言葉が頭を過る。



 “立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花”



 美人の形容詞になってるが本来は漢方の使い方か何かだったよな?と場違いなことを思い浮かべて肩の力が抜ける。



「お嬢」



 静かに呼ばれ振り返る。

 長めの前髪を今日は上げ凛々しい男らしい眉と切長の目を現す。

 今日は眉間に深い皺を作り色男が影を作る。

 笑うと眉が下がるのが龍の癖だったなと思い出し自然な笑みが浮かぶ。



「えぇ、行きましょう」



 強く拳を握りしめた龍には気づかず祖父の後に続きホテルのロビーに向かった。

 周りを龍や幹部たちに隠されながら先に進む。

 案内された部屋の入り口にはすでに相手方の幾人かが立っていた。

 見るからにやから風の者もいればスーツに身を包み秘書らしい風体の者もいてまちまちだ。

 新参と聞いていたが色々な派閥の寄せ集めの印象を受ける。



 促されるよう部屋に入ると祖父よりは下の、生きていれば父と同世代であろう男たちが待っていた。



「急にお呼び立てして申し訳ない」

「あぁ、それはいい。藍、紹介する」



 祖父がずれ正面にいる相手の男たちと顔を見合わせる。



「これはこれは!!噂に違わぬ女性だ!喜一さんが溺愛するはずですね。お初にお目にかかります。嶋田組組長を拝命している和嶋と申します。よろしくお願いします。そしてこちらが件の愚息の翔です」

「和島 翔です、お会いできて光栄だよ。藍さんとお呼びしても?」

「えぇ構いません。本日はよろしくお願いします」



 向かい合う男たちは堅気のような柔らかい笑顔を向けてくる。

 親しみやすいそれが何故か不気味さを感じさせた。



「よろしければこちらへ。食事や飲み物も用意させてますので」



 翔がエスコートを申し出腕を差し伸べる。

 手を取ろうと前に出ようとした時肩を掴まれた。



「お嬢」



 静かに囁かれ振り向く。



「もう少し警戒して下さい。毒味を」



 龍が私を見ることはなく前を見据えながら耳元で囁く。



「こちらは噂以上の過保護のようだ。今日は顔見せだと言うのに警戒心が強いね。君が深谷くんかい?」



 喜一がやれやれと首を振る。



「何も仕込んでませんのでご安心ください。藍さんもどうぞ」



 翔に促されるが、肩に置かれた手が外されることはなかった。



「龍」



 祖父の声に置かれた手に力が入り離れる。



「藍、こっち来い」



 祖父に従い食事会が始まった。





「いや~お嬢本当美人に成長しましたね~。今まで変な虫が付かなかったことが不思議っすよ。組長の孫じゃなければ俺もチャンスありましたかね!?ってなんすかそれ?眉間の皺やばいっすよ。………龍さん今日は一段と機嫌悪いっすね」



 壁に寄り会食中の藍たちを見守る中、雅人がこそこそと話しかけて煽ってくる。



「何が言いたい」

「本当機嫌最悪っすね。いや、俺は別に。龍さんが感情的になるのはいつだってお嬢のことでしたから面白くって」



 雅人は藍と疎遠になる少し前に舎弟に入ったため当時の二人を知る人物でもある。

 野生の勘も働くため雰囲気を察知したのだろう。



「まぁ、俺としては二人が決めたことなら何も言えないっすけどね。しかしいい女ですねぇ。相手方には勿体なさすぎるでしょ」

「……決めたも何も、お前が想像してるようなことは俺たちには何もない」



 “元世話係”と“組長の孫娘”



 それ以上でもそれ以下でもない。

 俺たちは何も始まってもいない。

 始める覚悟もなく無いものねだりな自分自身に奥歯を噛みしめる。

 だからただこの光景を見守ることしかできない。

 下賎な眼差しで見ている雅人も他の奴らにも何も言える立場でないことがわかり自然と眉間の皺が深まり拳を握る。

 ただ彼女が幸せならそれでいいと。



 ――こんな感情も烏滸がましいな



 程なくして藍たちが立ち上がり握手を交わす。

 雅人に車の手配をさせ自分は親子とお嬢のそばに寄る。



「また是非お会いしましょ。できれば若い二人だけでデートでもいかがですか?」



 藍の肩越しに翔と目が合う。

 牽制しているつもりだろうが無意味なことをと思いながら平静を装う。



「えぇ、可能でしたら是非」



 朗らかに大人な対応をする藍を横目に親父の元に向かった。



「準備できました」

「あぁ。じゃ和嶋またよろしく頼むな」

「もちろんです」

「藍さんも。また連絡させていただきますね」



 車に乗り込み走らせる。



「ちと、きなくせぇな」

「おじいちゃん」

「事実だろうが?」

「…何かおありで?」



 バックミラー越しに二人に問いかける。



「和嶋のやつなぁ。なんか隠してそうなんだよなぁ。と言うか下心見え見えで不気味だわなぁ」

「おじいちゃんったら!!今話さなくてもっ」

「龍と三人しかいねぇんだから丁度いいだろうが?なぁ、本当に式はあげないのか?じいちゃんはお前の花嫁衣装が見たいんだヨォ」

「っ!!だから今話さなくたっていいでしょ!!」

「和嶋はお嬢狙いだったと?」

「そんな節があんだよなぁ~俺としちゃ孫娘を安心して任せられるならそれでいいんだがなぁ。挙式はどこそこのだの、指輪やドレスはあれこれがいいとかぁ~。飯食ったきしねぇわ」

「お嬢が幸せになるんならいいんじゃないんですか?」

「「幸せねぇ」」



 祖父と孫の息が合い言葉が重なる。

 わずかにぎこちない空気が流れた。



「あ!龍、私このまま送ってくれない?帰り途中だよね。足疲れちゃって」



 誤魔化すように捲し立てる。



「泊まってかねぇのか?」

「明日からまた仕事だし。遊びに行くよ」



 少し寂しがる祖父に申し訳なさを感じながら帰路に着いた。




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